昼寝ネコの雑記帳

<   2016年 11月 ( 30 )   > この月の画像一覧

別バージョン・元祖「Here's to Life」を聴いてみた


Joe Williams sings "Here's To Life”

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

今日の夜、徒歩で1時間ほど外出した。
歩きながら、シャーリー・ホーン(Shirley Horn)が歌う
「Here's to Life」を、8回ほど繰り返し聴いた。

「Here's to Life」を日本語にどう訳すかを
ネイティブの人に訊いてみた。
困った顔をして、歌詞を読まないと難しい、といわれた。
じゃあ、一般の日本人では意味が理解できなくて当然なので、安堵した。

インターネットはとても便利だと痛感した。
検索すると、この「Here's to Life」という曲に関し、
実に詳細な解説をしてくれているブログを見つけた。
最初は、シャーリー・ホーンではなく、
冒頭のジョー・ウィリアムが歌ったのだが、いろいろな
経緯があって、シャーリー・ホーンが最初に
レコーディングしたらしい。
  ■出展:「歌と歌手にまつわ話)
   http://ozsons.jp/Here'sToLife(Joe).htm

歌詞も見つけることができた。
直訳風だったが、日本語訳がついていたので、
参考にしたが、聞き取れなかった英語の単語が
頭に入った。

あれこれ調べると、シャーリー・ホーンは、
乳がん、糖尿病を患い、足を切断したそうだ。
読みながら、自然に頷いていた。

「60歳になったら聴くべきジャズ」というブログで、
この「Here's to Life」もリストに載っていた。

晩年の心象を切々と歌い上げている。
そんな歌詞なのだと理解した。

ジョー・ウィリアムの歌を好む人が多かったようだ。
しかし私は、圧倒的にシャーリー・ホーンの歌に
感情移入して聴いてしまっている。
人生の晩年を病床で過ごし、独り静かに
最期のときを迎えたであろう姿を想像し、
歩きながら何度も聴いた。
聴くたびに、感情がこみ上げるのを感じた。
こんなにひとつの曲に傾倒するなんて、珍しいことだ。

以下に、シャーリー・ホーン版の「Here's to Life」を
再掲するので、できたら聴き比べてみていただきたい。
そしてその下部に、オリジナルの英語の歌詞を掲載する。
さらにその隣には、学校の和訳テストなら落第点になるだろう
和訳文を、私なりの推測と想像で表現してみたいと思う。
あたかもシャーリー・ホーンが、彼女のこの歌に
耳を傾ける人たちに伝えたいと思っているメッセージを想像し、
ささやかながら、シャーリー・ホーンに捧げたいと思う。


SHIRLEY HORN – Here's To Life (1994, HD)

「Here's to Life」  終わりから始まる 新しい人生

No complaints 人生を振り返り 何も不満はない
And no regrets 失敗も多かったが 後悔の念はない
I still believe in chasing dreams
 人生の最期が近づいてきたが まだ心は夢に満ちているし
And placing bets 進むべき方向に 少しも迷いはない
But I have learned 確信を持って理解することができたのは
That all you give あなたが 持てるものすべてを
Is all you get 惜しみなく 人に分け与えたということだ
So give it all you've got 
 これからも 惜しみなく人に愛を与え続けてほしい

I had my share 欲しいものは 手に入れることができた
I drank my fill 抱えきれないほど 十分な量だった
And even though I'm satisfied 
 もうこれ以上 必要なものは何もない
I'm hungry still でも わたしの心は飢え渇いている
To see what's down another road
 もっと別の生き方があったのかもしれない
Beyond the hill
 もうやり直しのできない人生だけれど
And do it all again
 最初からやり直すことができたらいいな とも思う

So here's to life 人生は 未来に向かって拓けている
And every joy it brings 人間らしく生きるなら 喜びがある
So here's to life 誰の人生にも 未来がある
To dreamers and their dreams
 夢と理想を掲げて生きる人と その夢には未来がある

Funny how the time just flies 
 可笑しく思えるぐらい 人生はあっという間の出来事だ
How love can go 固く信じた愛は気紛れで
From warm hellos 心ときめく出逢いも
To sad goodbyes いつしか別離の瞬間を迎えてしまう
And leave you with the memories
 でも どんな思い出も心の中で大切にすれば
You've memorized 時がが過ぎゆくうちに
To keep your winters warm 
 孤独感に苛まれる心を 暖かく包み癒やしてくれるようになる

For there's no yes in yesterday
 過ぎ去った過去の誤りを 正すことはできないし 
And who knows what tomorrow brings
 未来に何が待ち受けているかは 誰にも分からない
Or takes away 佳き兆しかもしれないし 悲しみかもしれない
As long as I'm still in the game
 たとえ人生の最期の瞬間が近づいていても わたしは最期まで生きる
I want to play 心を喜ばせることを求め
For laughs おなかの底から笑いもしたい
For life わたし自身の人生のしめくくりのために
For love わたしを愛してくれた人たちのためにも

So here's to life 人生は 未来に向かって拓けている
And every joy it brings 人間らしく生きるなら 喜びがある
Here's to life 誰の人生にも 未来がある
For dreamers and their dreams
 夢と理想を掲げて生きる人と その夢には未来がある

May all your storms be weathered
 あなたが人生の苦難に立ち向かうとき 心に平安があるように
And all that's good get better
 佳きことが さらに至福のものとなるように
Here's to life 人生は 未来に向かって拓けている
Here's to love 愛はすべてを乗り越えることができる
Here's to you あなたの存在は 未来永劫 消え去ることはない

May all your storms be weathered
 あなたが人生の苦難に立ち向かうとき 心に励ましがあるように
And all that's good get better
 佳きことが さらに至福のものとなり 心に拡がるように
Here's to life 人生は 未来に向かって拓けている
Here's to love 愛はすべてを乗り越えることができる
Here's to you あなたの存在は 未来永劫 続いていく


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2016-11-30 01:57 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

大統領になって過去の犯罪を闇に葬ろうとしたのか


Shirley Horn Return to Paradise

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

最近はすっかり、シャーリー・ホーン(Shirley Horn)に
魅せられている。
外出中も、歩きながらイヤホンで聴いているほどだ。
語学学習熱も、しばし小休止だ。
圧倒的にスローバラードが多いのだが、
このReturn to Paradiseのような、アップテンポの曲も、
なかなか味わい深い。
おかげで元気をもらっている。

この動画の最後の部分を観たら、11年前の2005年に
ワシントンDCで亡くなっているようだ。
せっかくいつか、お近づきになりたいと思っていたのに、
まったく残念なことだ。
私がいつか霊界に行ったとき、探し当てて挨拶をしたい。

Return to Paradise・・・
天国のように、平安で安心して暮らせる世界になるのだろうか。
独裁者に代わって、聖人が支配・統治しない限り、
期待するだけ無駄なことだろう。

独学でインテリジェンスについて学び、行き詰まっていた頃、
防衛研究所の主任研究員の方にメールを送った。
積ん読ではあったが、購入した関係書籍のリストを
見ていただいた。
すると、国家安全保障関係の書籍に偏っていると指摘され、
何冊かを推薦していただいた。
その中の一冊が、スノーデン・ファイルだった。

後に、青学の大学院でインテリジェンスの講座を
受け持っていらっしゃると教えていただき、
その講座だけを単科履修したが、授業で改めて
スノーデンの略歴や、どういう行動をとったかを教わった。

授業では主要各国の情報機関の特色、国家安全保障会議の
組織形態や機能など、ごく初歩的な知識を教えられた。
非常に興味深かった。

日本の場合は、効果的なスパイ防止法がなく、
世界的に比較しても、カウンターインテリジェンス機能が
脆弱だという評価が定着していると教わった。
日本はかなりの領域で国籍条項が外され、ほとんどの分野に
工作活動が可能な人たちが浸透してしまっている。
何か対応策を講じようとしても、情報が筒抜けであり、
官邸も、下手な行動に移せないというジレンマがあるのだろう。

可視的な範囲では、民間レベルで動き出している
一連の「外患罪告発」が、特異な傾向なのではないだろうか。
単なる評論の域を超え、隠蔽されてきた情報の開示も超えてしまい、
国家の安全を危惧する一般国民を啓蒙して、具体的な行動に
出ているのは、多くの耳目を集めるようになった
余命3年時事日記+余命三年時事日記だ。
初代かず先生の時代には、考えられなかったような
動きになってしまっているのではないだろうか。
あっという間に何冊もの書籍を刊行し、インターネットとは
縁が薄い人たちにまで情報発信をしている。

売国奴、反日勢力と見なされる人間や団体を見る目は
格段と厳しくなってきているので、検察関係者も
外患罪の告発をうやむやにしてしまうことは、
かなり難しくなっているのではないだろうか。

一方、大統領選挙が終結したアメリカだが、
もしヒラリー・クリントンが大統領になれば、自らの犯罪行為を
闇に葬り去ることができたかもしれない。国家レベルの犯罪が
どうやらこれから追求されそうな状況のようだ。

確かにメールは便利なツールだ。
しかし、機密事項のやりとりが傍受されてしまうと、
これほど危険で厄介な情報はない。
インテリジェンスの授業で先生から質問があった。
かつてのCIA長官(だったと記憶している)に愛人がいて、
メールで普通にやりとりをすると傍受されることは
プロなので、そんな危険なことはしなかった。
さて、どのようにしたと思うか?という質問だった。
正解者はなかった。
ひとつのメールアカウントを共有し、送信メールの下書きを
作るまでで送信せず、保存したままにしたそうだ。
相手はパスワードを使って読み、返信も同様に
下書きまでで保存しておく・・・という手法だったそうだ。

ところが、ヒラリー国務長官は私的メールアカウントで、
機密のやりとりを続けたというのだから、脇が甘いのを
通り越して、ある意味では危機管理ができていない、
慢心の国務長官だったといわれても仕方がないだろう。
勿論、意図的に傍受可能なメールアカウントを使用し、
他国に機密漏えいしたのではないかと、疑われても
やむを得ないのではないだろうか。

スノーデンは、かなり膨大な量のメール更新や
違法な傍受の証拠をダウンロードして待ち出しているそうで、
しかも今はモスクワにいるそうなので、まるで時限爆弾だろう。

遅延案件を処理するのに、もう少し時間がかかるが、
毎日のプレッシャーの中で、みるとすサイトの再構築と
Weekly みるとすの復刊についてあれこれ思い巡らせている。

みるとす構想を軸とする、絵本の営業に動き始めるが、
営業対象の産婦人科院長、自治体関係者の中には、
左派傾向の考えの人が存在するだろう。

ある市の市長、担当部長、市議会議長、地元の新聞社の
編集長などの皆さんに説明させていただく機会があった。
国内あるいは国際社会の懸念情報をどのような切り口で
紹介するかは、実にデリケートな部分である。
対立感情を持たれても、やむを得ない局面もあるだろう。

Weekly みるとすは、政治ニュースレターではない。
あくまでも、日本の一般家庭にとって、家族の絆を強め、
安全、健康、平安に生活していただくお手伝いが目的だ。
その根底には、生活基盤である国家の安定があることは
いうまでもない。
つまり、国家安全保障という思想が優先課題であって、
その視点から懸念される情報内容を、発信することになる。
重要な職業の国籍条項撤廃や、在日外国人への地方参政権付与、
種々の在日特権など、多文化共生などという思考以前に、
国家基盤を脆弱にする懸念のある要素は、明確にする。

相手の院長、あるいは自治体首長が、国籍条項を減らし、
在日外国人への地方参政権付与の推進論者であるかもしれない。
仮に、彼らに歩み寄り、基本的な編集方針を修正すれば、
絵本を採用しようという申し出があったとしても、
それ自体が、私たちに信頼を寄せてくれている、
みるとす会員の皆さんを裏切ることになり、しかも
私たちの行動範囲の限定的な領域のことではあっても、
国家の安全を毀損することにつながると考えている。

したがって、年間一万人の出産がある大規模な病院であっても、
自治体であっても、目先の利益は捨ててこちらか辞退する考えだ。
別に議論して敵対関係になるつもりはないが、国際的な
国家安全保障の実態をもっと学び、皆さんに少しでも
理解していただけるよう、私自身の知識も補強しようと思う。

私に検証能力はないが、よくまとめられている動画があったので
以下にご紹介したいと思う。

いきなり国際社会を、パラダイスのような対立のない、平和な場に
転換することは現実的な考えではないと思う。
しかし、ひとつひとつの家庭単位で考えるなら、
私たちでもお手伝いできる部分があると確信している。
堅固な絆でつながり、見識ある家庭が増えていけば、
国の方向も、健全で堅固になっていくと楽観的に考えている。


「ヒラリー・メール」 副島隆彦氏


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2016-11-29 00:06 | インテリジェンス | Comments(2)

人が生き方を変えるプロセス


Milonga en re- Astor Piazzolla

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

人が生き方を変えるプロセス、だなんて考えてみたが、
そんなに容易なことではないと実感している。
自分のことに限っていえば、ある決心をしても
実行はまた別次元の問題だ。

私は生き方を変えようとしているが、
決心は直に減衰し、なかなか継続しない。
継続できない理由の言い訳は、あれこれ説明できる。

ああ、なんて自分は意志が弱いのだろうか。
脳内に疲労とストレスが溜まると、どこかに隠れていた
別人格の自分が、いつの間にか自分自身の前に立ちはだかり、
前進するのを妨げる。

どれもみな、自分から出ている分身なのだが、人間は誰でも
多かれ少なかれ、多面的な要素を持っていると思う。

考え方と生き方は表裏一体であるものの、
小さな矛盾が生じることが多い。
自身の内部に葛藤が生じるのは、決して心地よくはない。
しかし振り返ってみると、ごく短時間で上下を繰り返す
波があったとしても、常に思索し続けていれば、
一見不定期な波動ではあっても、その平均値は上昇している。
そう認識できれば、少しは気休めになるようだ。

ずいぶん抽象的なことを書いているなと思う。
しかし、具体的な行動に出る前に、相当の時間を費やして
思い巡らす必要があると思う。
自分自身の頭で考え、自らの判断で行動に移す。
やがて行き詰まり、ペースダウンして考える。
お決まりのサイクルだ。

行動目的が金銭の人だったら、毎日の売り上げや収入を
グラフ化して可視化するのは容易だろうと思う。
しかし、なかなか視認できない内面のこととなると、
感覚的に捉え、判断するしかない。

どうやら私は因果な人間のようで、全存在で納得し確信できないと、
霧が晴れずモヤモヤが続いてしまう。

人間の内面や事象を、できるだけ深いところで捉えるには、
自分自身も、ある程度の深度まで視野を拡げる
必要があると思っている。

なかなか思うところを上手に言い表せないもどかしさがある。
それも含めて、一連の葛藤は私の属性であり、
前進する上で、不可避の関門だと思っている。

最後の最後まで、具体性のない抽象論になってしまった。
思索し、模索するのは決して苦痛ではないので、
これからも、微調整しながら自分のペースで生きていこうと思う。



いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。
[PR]
by hirune-neko | 2016-11-28 00:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

なりすまし名で、不思議なメール交流が続いている


SOUNDTRACK CINEMA PARADISO - ENNIO MORRICONE

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

この5月に他界した母には、旧い付き合いの女性が何人かいた。
かれこれ20年にはなるだろうか。
自然と、私自身も知り合いになった。

最後の最後まで、交代で見舞ってくれたり、
食事を差し入れてくれたり、親身に励ましてくれた。

自分の人生は、ずっと不幸だったというのが
母の口癖だった。
生まれた時から18歳の時まで同居していたので、
ある程度は理解しているつもりだ。

今年の春先に、とうとう寝たきりになってしまったが、
頭と口は達者だったので、日に何度かは電話で話した。
内緒でウェブカメラを設置したので、部屋の様子や
来訪者は、ほぼ把握していた。

寝たきりになった数週間後、母が電話の向こうで
嗚咽しながらいった。

「私の人生はずっと不幸だったけど、今は幸せだよ」

仕事として世話をしてくれたヘルパーさん、訪問看護の皆さん、
訪問医療の皆さんにも、とてもお世話になった。
しかし、旧い友人たちとその知人を合わせると、
全部で17人の人たちが、ボランティアで母を支えてくれた。
義務感からではなかったので、心の交流があったのだろう。

最期の最期に、自分の人生が幸せだったと、
心から思えた母は、ある意味で本当に
幸せだったのではないだろうか。
そんなに苦しまず、孤立感を持たず、安心して死地に
旅立ってくれてよかったと、改めて思っている。

数ヶ月前、母の旧い知人女性の一人が、北海道から
「食用ハマナス」を送ってくれた。
手紙が添えられていた。
毎年時季が来ると、自宅の庭から採取して
母に届けてくれていたようだ。
今年のは酸っぱいとか甘いとか、そこは北海道の女性らしく、
ストレートに感想を伝えていたらしい。
母が他界したため、恒例のやりとりがなくなり、
寂しいとも書かれていた。

母のメールアカウントは私が管理していたので、
母になりすまし、母の名前でお礼のメールを送った。
それがなりすましメールの始めだった。

母の後始末が一段落した頃、お世話になった女性たちに
お礼で何かを送ることにした。
あれこれ考えた末、鎌倉名物の鳩サブレを選んだ。
母の名前で皆さんへのお礼の文章を書き、同封した。
皆さんは地元の教会の会員だったので、
「聖霊が鳩のように降ったという表現がありますが、
霊界から鳩は送れないので、代わりに鳩サブレを送ります」
と書いて、結びの言葉とした。

今朝、その食用ハマナスの方から、北海道産の
ジャガイモとカボチャが届いた。
母の誕生日には、いつもこうして何かを
持って行ってくれていたそうだ。
早速、母の名で母のメールアカウントから、
お礼のなりすましメールを送った。結びの言葉は、

「息子は、まだ納骨してくれないし、喪中葉書も
送っていない。ここまで親不孝だとは思わなかった」

するとほどなく返信メールが届いた。
メールを読んで、思わず笑ってしまった。

「喪中葉書は要りませんので、お母さんの名前で
年賀状を送ってください」

母がまだ生きていて、一緒に同じ空気を吸っていると
感じている、とも書かれていた。
人生の最期まで、そして死してなお、心の交流が続いている。
希有なことではないだろうか。

そんなある種の清々しい感情とオーバーラップするように、
隣国の女性大統領の、政治家としての最終章が視野に入る。
歴代大統領同様に悲惨な結末を迎えるのか。あるいは
一部で報道されているように、戒厳令を発効させて
反対勢力を武力で押さえ込もうとするのか、目が離せない。

聖域かと思われていた天下の電通に、強制捜査が入ったそうだ。
にわかには信じられないが、明らかに政権から危険視され、
入り口は労働環境問題なのだろうが、文字通り、
反日勢力の牙城に巣くう影響力を排除しようという、
政府の決意が後押ししての、その第一歩だとしか考えられない。

人間の営みは多岐にわたる。
しかし、個人の生き方や主義主張と別の領域では、
常に国家安全を脅かす動きが、24時間休みなくうごめいている。
一人でも多くの国民が、できるだけ的確な現状認識を行い
自らの生活を守るためにできることを、認識すべき時代なのだろう。

今私たちは、明らかに日本の分水嶺に立っているのではないだろうか。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。
[PR]
by hirune-neko | 2016-11-26 22:12 | 心の中のできごと | Comments(2)

のどかな日常〜iPadの便利な機能に助けられた


DIANA KRALL Maybe You'll be There

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

ここ数年で、数回しか行ったことのない事務所に向かった。
日が短いので、夕方を過ぎると辺りも暗くなる。
明るければ記憶を頼りに、なんとか到着できるはずだった。
数年も行っていないと、工事中の長い塀が視界を遮り、
とうとう道に迷ってしまった。
すでに見慣れない景色で、どこを走っているのか
皆目見当がつかない。

電話番号を調べ、道を訊いてみることにした。
iPadを取り出し、siriに向かって話しかけた。

「川崎市中原区の○○業」

すると検索結果がずらっと並んだ。
ここまでは見慣れた光景だ。
相手の社名をタップすると、住所や電話番号地図が表示される。

目指す会社の地図を拡げてみた。
すると、「車の経路」という見出しがあり、タップすると
「出発」というボタンが出てきた。
カーナビ機能で見慣れた表示だ。
その「出発」をタップすると、音声によるガイドが始まった。

普段からiPadのカーナビ機能は利用している。
やれやれ、これでなんとか余裕で時間内に到着だと思った。
ところが、カーナビのいいなりで走っているうちに、
どうもおかしな方向に向かっているのではないかという
不安が湧いてきた。
それでもなんとか、目指す事務所近くに到着した。
看板を目にしてほっとしたのだが、通りの雰囲気が違う。
おまけに、大きなガラス張りの店舗が前面にある。
改築したのだろうと思って、店内に入った。

見たことのない男性が二人、対応してくれた。
数十秒のやりとりで、その事務所は、目指す事務所と
よく似た名前の、まったく別の会社だと判明した。
詫びて事情を説明すると、武蔵小杉にある
似た名前の社名を教えてくれた。
同業者だという。

思い込みとは恐ろしいもので、社名を取り違えたまま、
確信を持って間違えてしまった。

再度iPadのsiriとカーナビ機能にお世話になり、
今度は見慣れた通りの、見慣れた事務所に辿り着いた。

特別な出来事ではないかもしれないが、改めて
人間のさまざまな弱点を補い、補強し、対話もしてくれる、
物言わぬiPadに、さらなる信頼感と親近感を持っている。

しばらくお会いしないうちに、相手の社長は
二度も手術を受けたそうだ。
痔の手術と、前立腺の手術だったそうだ。
前立腺肥大は血液検査ですぐに発見できるから、
すぐに検査医に行った方がいいと、熱心に勧められた。
「はい、そうします」と応えたものの、すぐに忘れるだろう。

さて、また遅延案件に取り組み、平行してMacbook Proの
設定にも手をつけなければ。
改めて振り返ると、なにやら私の行く手を阻みたいと考える
敵勢力の妨害に遭ってしまったような気がする。

昨日、ブログ読者の方から問い合わせをいただいた。
twitterに「昼寝猫」というアカウントがあるが、
私自身なのか、という質問だった。
調べたら確かに、そのアカウントがあった。
私は昼寝ネコとカタカナを使用しており、このブログ記事しか
投稿しておらず、@hirune_nekoが正式なアカウント名である。
「昼寝猫」さんがどのような方なのか、どんなtweetをしているのか、
興味がないので読んではいない。

私は引き続き、どこまでも私らしく、幼児のように
素直で無邪気・多感に生きていきたいと思っている。


Baby Works iPad Perfectly. Amazing Must Watch!


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2016-11-26 00:37 | 現実的なお話し | Comments(0)

事実は小説より興味深いと思う


「死刑台のエレベーター」 マイルス・ディビス・クインテット

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

今ではもう、ドナルド・トランプ次期アメリカ大統領が
内外から注目を集めているが、ある時期までは、
ヒラリー・クリントン候補の絶対的な優勢が伝えられていた。

私自身、アメリカ政治の内情は専門外なので、
一切のまともな論評をすることはできない。
しかし、洩れ伝えられる断片的な報道情報をつなぎ合わせ、
一本の映画作品のシナリオを書く、という視点で見るなら、
・・・つまり、そんな無責任な分析でいいのなら、
私も多少の組み立てをしてみたいと思う。

トランプ vs ヒラリーの、どちらが大統領になったら、
世界情勢にどのような影響を与えるか、というテーマで、
専門家による世界的な議論があっただろうと思う。

少なくとも、政治、経済、金融、外交、軍事など、
多方面にわたって、新大統領の構想が反映されるだろうから、
様々な利害得失の絡む人たちにとって、目の離せない、
世紀の大決戦だっただろうと思う。

長期にわたる大統領選のプロセスを、つぶさに観察して
いたわけではないので、見落としが多いと思う。
しかし、非常に意外で不自然だと思った出来事がある。

確か投票日の1週間ほど前だったと記憶しているのだが、
FBI長官が議会に対し、ヒラリー候補の私的メール問題を
再捜査するとの報告書を送ったという報道を目にした。

投票日直前というタイミングも不自然だったし、
この件は以前、不起訴で決着がついてたはずではないのか。
勿論、新しい証拠が出てきたという事実があれば、
事態は新たな展開を見せることは理解できる。

しかもその後、投票日の直前になって、不起訴を決めたと
発表したのだから、さらなる驚きだった。
これではいかにも、ヒラリー候補の印象を悪くし、
意図的に、支持率を低下させようとしたとしか思えない。
しかし、天下のFBIともあろう組織が、気紛れに、
思いつきでそのような行動に出るだろうか。

ほんの数日前のzakzakの記事がヒラリー候補と
FBIの確執について、結構詳しく報じていた。
なるほど、と得心したのだが、その記事を見つけられなかった。

アメリカ政府は、世界中に軍隊や情報機関の人間を送り、
国益に沿うように活動を行っている。
第一線で行動する兵士や情報部員は、文字通り危険に身をさらし
命がけで行動している。
職務に忠実たらんとし、愛国心から命を犠牲にすることも厭わない。

それがもし、自国の大統領の私利私欲によって、
第一線で働く兵士や情報部員が犠牲になっていた、という事実が
明らかになれば、明らかに深刻な事態を招いていることになる。

ヒラリー候補はFBI長官の一連の行動により、支持率が
急降下し、思わぬ敗戦に終わったと責めている。
しかし、もし逆に、ヒラリー候補あるいはヒラリー一家による
反国家的な行動が事実として表面化したならば、
愛国心、正義感、危機感を抱いた諸機関は、そのような人物が、
次期大統領になるのを、黙って見ているだろうか。
国家安全保障会議の一翼を担う人たちの、文字通り
危機意識が働く局面なのではないだろうか。
これが軍部ならば、クーデターにつながるだろう。

議会に対する周到な根回しや、関係諸機関との調整により、
この「正義の陰謀」が実行に移されたというシナリオが
思い浮かぶ。

さらに興味深いのは、事実かどうかは私に判断できないが、
ヒラリー一族の身柄を拘束しようとするFBI、ペンタゴン・軍部などと、
一族を海外に亡命させようとしているCIAおよび有力者が、
水面下で暗闘しているという情報もある。

以下に、YouTubeで目にした日本語の動画、および
英語の動画を掲載してご紹介する。

あくまでも、「アメリカ大統領選挙をめぐるFBIの陰謀、
そして中国色に染まった元アメリカ大統領一族の過去の悪行」
という、とても長ったらしい映画作品の、予告編だと思って
ざっと眺めてみていただきたい。

改めて、事実は小説よりも奇なり、という言葉を思い出す。
そしてこの類いの映画が好きな私にとっては、
格好のテーマであり、あれこれ想像を巡らせる
材料になっている。


【海外逃亡か】ヒラリー・クリントンの身柄をめぐって FBI ペンタゴン NY市警」と「米CIA」が壮絶なせめぎ合いを続けている。


10 Things You Didn't Know About Hillary Clinton
(ヒラリー・クリントン・隠された10の秘密)


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。
[PR]
by hirune-neko | 2016-11-25 01:10 | インテリジェンス | Comments(0)

最難関の遅延案件に、やっと手をつけた


Astor Piazzolla - Mumuki

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

ひとまずはほっとしている。
一番億劫だった仕事に、ようやく手をかけた。
一気に仕上げられる仕事ではないが、着手するまでが
気が重くて、ついつい先延ばしにしていた。
始めるとなると、いろいろな設定が必要だし、
何度も修正原稿が届いているので、どれを元にすればいいか、
その特定だけでも、かなりの手間がかかってしまった。

ちょっと抱え込みすぎているなと、自覚している。
さすがに混線気味で、焦点が結ばない。
年内に一度ぐらい、小旅行に行きたいと思う。
しかし、それすら贅沢なことだと感じている。

ああ、きっとそうだ。
自分に充電する時間が確保できず、ずっと放電状態が
続いているせいで、バランスが悪いのだろうと思う。

詰め将棋パラダイスというソフトがある。
師匠が推薦してくれて、iPadにダウンロードして
毎日ちょっとの合間に解いている。
疲れた頭を休める、というか、酷使している部分を
休めるために、別脳で詰め将棋を解いている。
全部で8,000問以上あり、随時新規問題が追加される。

難易度はレベル1から30までで、これまでに
2,000問を解いている。
後10問でレベル5までを、全問解くことになる。
詰め将棋にも作者が存在する。
よくこんな難解な問題を作れるものだと感心している。
特別な才能がないと、とても作れないと思う。
私はまったく持ち合わせていない種類の才能だ。

毎日時間と仕事に追われる身ではあるが、
ギターと将棋だけは、休みながらもなんとか続けたい。
どちらも普段からの練習が不可欠だが、その練習時間が
確保できないので、放校寸前の生徒みたいなものだ。

長い時間がかかると思うが、ある一定のレベルには
到達したいと希望している。
今のところ、他に興味を持てる習い事はない。
華道も茶道も書道もレース編みも、まったく興味がない。
依然として最も興味があるのは語学だ。
無謀なことだとは分かっている。
この年齢になっても、まだ複数の外国語学習に執着があるのは、
おそらく10年後に、多言語を必要とする何かが
待ち受けているのだろうと、相変わらず非現実的妄想に
とらわれているようだ。
でもまあ、知的な好奇心があるというのは、
いいことなのではないだろうか。

人間の脳は、果たして何歳まで酷使できるのだろうか。
最近はふと、そのようなことを考えてしまう。
個人差があるだろうから、一概にはいえないと思うので、
とにかくへたばるまでは、負荷をかけ続けようと思っている。

作家の舟橋聖一さんは、晩年になって言葉が出てこない、
という状態だったそうだ。
作家として、苦渋だっただろうと想像できる。
私はもうすでに、名前が出てこない症状が出ることがある。
つい先日、どうしても思い出せず、やっと思い出したのは、
ネット銀行の振り込み時に使用する、暗証番号を一定時間で
変更表示する「トークン」だった。

思い出したくないことや、忘れたいことを真っ先に
記憶の彼方に放逐できれば、それにこしたことはない。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。
[PR]
by hirune-neko | 2016-11-23 23:56 | 心の中のできごと | Comments(0)

思い出は過去から流れてくる・・・当然だけど


Natalie Cole LIVE - Unforgettable

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

学生時代、羽田から千歳に向かう機内で雑誌を手に取った。
ダリの言葉が紹介されていた。

「思い出は音楽に結びついている。その音楽を聞くと、
当時の思い出と記憶が甦る」

なるほど、と感心したものだから、半世紀近く経った今でも
鮮明に憶えてる。
ところが、かなりの回数を聴いたであろう、この
Unforgettableだが、この曲にまつわる思い出が
ちっとも甦ってこない。
もしかして、思い出したくない出来事なので、
無意識のうちに、シャットダウンしているのかもしれない。

それはそれでいいだろうと思う。

今日も、ずっと実務的な作業に追われていた。
一段落し、こうして気軽に思い浮かんだことを文章にする。
この時間は、私にとっては精神的にとても貴重なひとときだ。
あと数ヶ月で、最初のブログ記事からちょうど10年になる。
確認したら、2007年2月9日がブログ第1号記事だった。

いつの間にか、ほぼ毎日更新することが習慣になっている。
その最大の理由は、毎日ほぼ一定の数の方が
閲覧してくださり、コメントをいただくだけでなく、
直接お送りくださるメールからも、反応が伝わってくるからだ。
読んでくれている人が存在する。
これほど大きな張り合いはない。

たとえ誰も読んでくれなくても書き続けられるだろうか。
なかなか難しいと思う。
たとえ無言の読者であったとしても、静かな息づかいを感じる。
過日の読者プレゼントの、何人かの応募者の方が、
ふと私生活の様子を伝えてくれた。
一方通行のブログからは、到底垣間見ることのできない世界だ。

今度の日曜日には、約200人近い人たちの前で話すよう
依頼が来ている。
テーマは、「人生で喜び(歓び)を見いだす」だそうだ。
何を話そうか考えていたが、ようやく話すべき内容がまとまった。

平和で満ち足りた環境にある人たちは、
必ずしもさらなる喜びを必要としないだろうと思う。
真に喜びを必要とするのは、苦難、苦痛、不安、落胆、
悲嘆、心痛、心配、失望や落胆の渦中にある人たちだろうと思う。

そのような境遇にあれば、心も重く人に対して心を閉ざし、
果たしてどのような喜びを得られるのだろうか。

私は、よく分かっていると自分では思っている。
あらゆる苦難を乗り越え、心が平安を取り戻すのが、
どれぐらい先のことかは誰にも分からない。
一枚ずつ薄紙を剥ぐように、苦難の状況から、いつかは
抜け出すことができるだろう。

そのような人たちは、他の人たちの何気ない表情に
苦難の痕跡を見いだす。
どのような言葉を投げかければいいかが、よく分かる。
かつて自分が味わった苦しみを思い起こし、
たとえ見ず知らずの人であっても手をさしのべ、
声をかけることができる。

長い人生で味わった苦難が、自分の人生でどのような意味を
持っているのかを、そのときにようやく理解できる。
途中で投げ出さず、自暴自棄にならないでよかった、
そう思えるときが必ず訪れる。
そのときに感じる平安な気持ち、達成感は
何物にも代え難いものだ。

喜びといっても、その程度のものかといわれるかもしれない。
しかし、この喜びは金銭で買うことはできない。
しかも、その人間の精神を浄化し、まるで聖人のような
気高い人格を身につけていることだろう。

人が、その生き方を変えることほど大きな奇跡はない。
あらゆる苦難は、人を強め浄化するために備えられている。
もしそのような考えを受け入れられれば、人は苦難の中にあっても
ささやかな喜びを見いだせるものだと、そう思っている。
さらには、目に見えない世界からの清冽な励ましの声が、
心の中に届くとも思っている。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2016-11-23 00:00 | 心の中のできごと | Comments(0)

眠気が正常にやってくるようになった


Agustin Barrios - La Cathédrale. Gabriel Bianco, guitare

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

今年は念頭からずっと緊張の連続だったような気がする。
常に神経が張り詰め、頭が冴えて疲労を感じなくなっていた。
母が他界し、後始末を終えたと思ったら、約二ヶ月にわたる
パソコンの不調で、遅延案件が累積してしまった。
まだ完全に追いついてはいないものの、かなり平常ペースで
仕事ができるようになりつつある。
遅れを取り戻すのも時間の問題だと思えるようになり、
プレッシャーが消えかかっている。
どうやら元の、脳内疲労から自然発生的な睡魔を感じる
という自然なパターンが復帰しつつあるようだ。

このカテドラル・宮殿というギター曲は、
クラシックギター奏者の間では、よく知られているようだ。
私のような初心者には、第3楽章の演奏は超越技巧のように
思えてしまう。
ギターという楽器の特性と魅力を、最大限に引き出して
いるように感じる。
ああ、こんな風に弾けたらいいだろうなと思うが、
実際に弾けたら、立派な演奏家なのではないだろうか。

そういえば、今日はいつもよりずっと早くブログに向かっている。
毎日が消化不良で、深夜を過ぎても悪戦苦闘していた時期は
どうやら終わりつつある。
少しずつ、早く床につき、朝も早く起きられるように、
本能的にそのような日常パターンを目指しているようだ。
間違いなく、その方が健康にいいに決まっている。

最近はどこかで、自分自身への命乞いが吹っ切れたように思う。
人間として、使命感に殉ずるというのが、どのような生き方なのか。
それが体感的に理解できたようで、清々しい気持ちだ。

相変わらず読書時間を確保できていない。
読書は知の宝庫だと思う。
無理はできないので、徐々に読書時間を確保したいと思う。

余命宣告されている身ではないものの、さすがに
余命が無尽蔵にある訳はなく、最近は自分の生き方の
ソフトランディングの場所を、無意識のうちに
目指しているように感じている。

自分の到達地点をイメージし、そこに近づこうとすることが
できるのは、達成できるできないに拘わらず、
人間として幸福なことだと思える。

何かに追いまくられて主体性を失い、
両手に余るだけを持ちながら、なおも貪欲に求め続ける。
他人を踏み越えて私利を追求し、晩年になって
その踏み越えてきた人々の、呻吟する声が耳から離れない。
積み上げてきたと思っていたものが、時代の変化という名の
大波に一気に流されてしまう。

人の人生は多様だろうと思う。
私にはまだまだやり残していることがある。
やり終えたと思えるときに、安住できる小さな世界があり、
架空の人物や世界に息を吹き込めたらいいなと思う。
さらには、なにがしかの余力を与えられ、
希望を失い、行き場を失った人たちの役に立てれば、
それほど嬉しいことはない。

悲嘆に暮れて茫然自失し、人に心を開けなくなった人。
望みはあるが達成する術を失っている人。
そんな人たちが心を開き、目を輝かせて立ち上がる。
そのような姿を見ることほど、崇高で感動に満ちた
瞬間はないのではないだろうか。

これまで同様、目に見えず、耳に聞こえず、
手で触れることのできない至宝の世界のことを模索し、
可視化できるような表現者になれたらいいなと思っている。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。
[PR]
by hirune-neko | 2016-11-21 23:54 | 心の中のできごと | Comments(0)

シャーリー・ホーンに癒やされて


SHIRLEY HORN – Here's To Life (1994, HD)

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

今日は珍しく、朝から途切れることなく、何かをしていた。
この時間になって、ようやく区切りがついたところだ。

神経が張り詰めて、途中で脳の血管が
どうにかなってしまうのではかと思った。
相手のあることばかりで、待たせているので休むわけにもいかない。
音楽など聴けるような感覚ではなかったのだが、どういうわけか
このシャーリー・ホーンの歌は、神経に障らない。
立て続けに、こんなに同じヴォーカリストだけを聴くなんて、
本当に珍しいことだ。

この表情だと、推定年齢68歳ぐらいなのではないだろうか。
しかも演奏が1994年ということは、26年前なのだから、
仮にご存命だとしても、94歳?
もしかして私は、自覚していなかったのだが、
ロリコンでもマザコンでもなく、きっとババコンなのでは
ないだろうかと、新しい発見をしている。

向き合う女性が、アン・ハサウェイだったり、あるいは
アンジェリーナ・ジョリーだったら、女性と向き合っているという
ある種の警戒心を持ってしまうと思う。
警戒心といっても、相手に対してではなく、自分自身に対してだ。

その点、シャーリー・ホーンが相手だったら、おそらくは
すっかり寛いでしまい、おそらく警戒警報のベルは
鳴らないのではないだろうか。

女性は死ぬまで女だと、誰かがいっていた・・・家内だった。
それはそうなのかもしれない。
しかし、私よりずっと若い女性だって、女性を意識させない、
実に人間的な女性が多いと思う。
たまたま私が、そういう群れの中にいるだけなのかもしれない。

シャーリー・ホーンの表情と声には、長い人生の陰影が
そこはかとなく刻まれている。
長いつきあいの、いい友達になれそうな気がする。
塵の中から這い上がってきたような、寛容な人間味を感じる。
・・・なんでアタシが、
アンタの友だちにならなきゃいけないの?・・・
と、いわれてしまいそうだ。

今日私は、ある場所で数十人の人たちを前にして、
偉そうに講釈を垂れた。
立ったままだったので、それなりに疲れたが、話しながら
話題とはまったく関係のないことを、頭の中で考えていた。

自分が、孤立を恐れない人間だということを、はっきりと自覚した。
人と接していても、あるいは共同作業で何かをしていても、
明らかに、接する人との間に距離を感じている。
どうやら、他者に依存するというメンタリティはないようだ。

でもこれは、とても懐しい感覚だ。
学生の頃も同じような感覚で過ごしていたと記憶している。
30歳代前半からは、かなり頻繁に海外に滞在した。
アメリカは、ワイオミングの牧場を除き、
ほとんどが大都市だったし、イギリス、フランス、ドイツ、
そういえばスイスにも行った。
相手が出版社や書籍・雑誌・楽譜の問屋だったので、
主要都市ばかりだった。
ドイツはそんなに頻繁ではなかったが、ケルン、ベルリン、
シュツッツガルト・・・あと数都市の名前は忘れた。
どこに行っても、仕事以外はいつも単独行動だった。
異邦の人間として、どんな所にも平気で入って行った。
ずいぶん無謀だったと思うが、あの頃から
自分が無国籍人間だと感じていた。

言葉の不自由さはあるし、体力や健康への自信も低下している。
しかし、感覚的にはどこの国に行っても、
そこの人混みの中に同化できそうな気がする。
不思議なことだが、今でも北欧、東欧、ロシアには
行ってみたいと思っているようだ。
残念ながら、アメリカにはそんなに行きたいとは思っていない。
理由は分からないが、ハリウッド映画よりヨーロッパの映画を
好むのと同様に、何か関係があるのかもしれない。

将来、仕事の内容が文章を書くことだけになったら、
ノートパソコンをリュックに入れて、旅先から原稿を送り、
しばらく滞在して、短編小説の主人公との出会いを求めたい。

どうせ思うだけで終わるのだろう。
せいぜいツアーの一員で、街を一回りして満足するような、
高齢者になるのも、そんなに遠くないのかもしれない。

怖い気もするが、シャーリー・ホーンが
まだどこかで歌っているのか、あるいはすでに他界しているのか
調べてみようかと思い始めている。

私はババコンなので・・・なんて伝えたら、
きっと気を悪くすることなく、可笑しそうに笑うだろうと思う。
そんな女性だと思うし、そんな年齢だとも思っている。

今日は一体、何をヘンテコなことを書いているのだろうか。
すっかり予測しない話題になってしまった。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2016-11-21 01:44 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
千波矢さん 投稿コ..
by hirune-neko at 18:56
ご無沙汰しています。 ..
by 千波矢 at 14:29
ロマランさん 一生..
by hirune-neko at 01:12
日本にいれば是非行きたい..
by ロマラン at 02:39
Nonnieさん ..
by hirune-neko at 11:53
記事ランキング
以前の記事
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ