昼寝ネコの雑記帳

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どこに行ってみたいか、何をしてみたいか


Astor Piazzolla - Viaje de Bodas

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考えてみたら、旅行に行こうとか、余暇に何かをしようか
などという発想がまったくなくなって久しいようだ。
絶えず時間に追われ、常に何かを考えている。
もしかしたら、自ら病を作ろうとしているのかもしれない。
客観的に自分の生活パターンを見ると、健康的とはいえない。
明らかに不健康なのだと思う。
寝たきりは身体の機能を弱めるというが、
座りきりだって、明らかに筋力が弱り、
身体の機能も落ちているのを実感している。
どうにかしなくては、と思ってはいるのだが、
仕事の蟻地獄から、なかなか這い出せない。

アクション映画を観ただけで、
自分も激しく身体を動かしたように錯覚している。
映画の舞台がイスタンブールに移っただけで、
自分もイスタンブールに行ったような気分になっている。

自分の置かれている環境が蟻地獄だとは思っていない。
単に迷路なだけだと感じている。
出口のない行き止まりだと困るが、
仮に行き止まりだったとしても、壁を乗り越えるか、
あるいは突き破ってしまおうという気力はある。

日本語化しているナイーブという言葉と、
英語本来のナイーブという言葉は、本質的に意味が違うようだ。
日本語では、ナイーブというと繊細というニュアンスがある。
英語では、火星人が存在するといわれてそのまま信じるような、
小さい無邪気な子どものような、純真さを意味するらしい。

普通、人間は年齢を重ねると、どちらの意味でも
ナイーブさが失せてしまい、現実的になるようだ。

還暦を過ぎても、二十歳前後の若者と、同じような視点で
現実社会を見ているとすれば、明らかに困ったものだ。

逆に還暦を過ぎて、社会の現実を理解していても、
繊細な感性を失わずに生きている人は、
そんなに多くはないような気がする。

自分の存在を支え守るものは、お金しかない、と
確信して生きる人もいる。
名誉や地位に固執して、すべてに優先させる
価値観の人も存在する。

やがて、いずれは朽ち果てる人間として、
人生で何を拠り所にして生きるか。
それを最終的に決定するのは、その人の感性だと思う。
感性は理論を超越した判断力だ。
感性は、往々にして洞察力の源にもなる。

その感性を強め、高める薬やサプリメントは存在しない。
感性が豊かになる飲み物や食べ物も存在しない。
大学の偉い先生に訊いても、慣性の法則はよく知っているが、
感性の法則なんてある訳がない、というだろう。

感性は脳にも働きかけるし、感情にも大きな影響を与える。
人格形成にも大きな影響をもたらすし、人間関係を円滑にもする。
感性は一体どこに存在し、定着しているのだろうか。
心の中なのではないだろうか。
しかし、外科医が心を手術するなどとは聞いたこともない。
目に見えない存在でありながら、人間であれば誰でも
心の存在を実感している。

心に感じる音楽を聴き、心に届く言葉を聞き、
心に感動を憶える物語を読み、心が安らぐ美術品を観賞し、
・・・つまるところ、心に対していい影響を与える要素を
見つけ、積極的に吸収することが、感性の完成への
近道なのではないだろうかと、最近はそう思うようになった。

現実社会の分析も大事だが、一人の人間として、
豊かな感性を自分自身、あるいは子どもたちの中に
育むことは、目視確認がしにくい領域のことではあるが、
長い人生を通じて、ゆっくりと取り組む価値のある
一大事業だと確信するに至った。

長年にわたって虚無感や無常感に伴走されて生きてきたが、
いつ不存在の存在になってもおかしくない年齢になって、
ようやく、誰の人生にも立ち塞がる重い扉を開く鍵が
なんであるかが分かりかけているような気がしている。


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by hirune-neko | 2016-10-31 00:13 | 心の中のできごと | Comments(0)

Weekly みるとすの再刊に向けて


Astor Piazzolla - Largo Tangabile

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みるとす会員の皆さんに、みるとす新サイト構築の途中報告と
Weekly みるとす配信遅延のごお詫び、それと無料プレゼントの
「子どもと楽しくつきあう365のあそび」の応募締切が
明日であること、以上をお伝えするメールを一斉に送信した。

昨晩は比較的連続した眠りだったせいか、
クシャミと鼻水の症状は、かなり改善されてやれやれだ。

iMacとMacBook Proのメール設定不具合も、とりあえずは
システムのバグということなので、その部分を避けながら
本格的に使っていこうと思っている。
約6年近くの酷使に耐え、現在も引退せずに頑張ってくれている
老兵iMacには、何か勲章か感謝状を贈呈しなくては、と思うぐらい
よく頑張って付き合ってくれている。

先週の日曜日、ある勉強会があった。
私は講師として資料を準備したが、生徒の皆さんは
老若男女さまざまで、30人ぐらいの人数だっただろうか。
テキストを元に解説するのだが、インテリジェンスについて
少し時間を割いて、私見を述べさせていただいた。

インテリジェンスの専門家は、歴史上最古の
「諜報活動=スパイ活動」は旧約聖書に遡ると述べている、と説明した。
旧約聖書・民数記の中で、主はモーセにカナンの地を与える、と
いわれたが、そのままいきなりカナンの地には入らなかった。
「どのようにしたか、ご存知の方はいらっしゃいますか?」
と質問したが、手を挙げる人は誰もいなかった。

主はモーセに、イスラエルの各部族から一人ずつを選び、
カナンの地をことごとく探らせた、と説明した。
(以下、旧約聖書より抜粋開始)
 主はモーセに言われた、「人をつかわして、わたしがイスラエルの人々に与えるカナンの地を探らせなさい。すなわち、その父祖の部族ごとに、すべて彼らのうちのつかさたる者ひとりずつをつかわしなさい」。
(中略)
 モーセは彼らをつかわし、カナンの地を探らせようとして、これに言った、「あなたがたはネゲブに行って、山に登り、その地の様子を見、そこに住む民は、強いか弱いか、少ないか多いか、また彼らの住んでいる地は、良いか悪いか。人々の住んでいる町々は、天幕か、城壁のある町か、その地は、肥えているか、やせているか、そこには、木があるかないかを見なさい。あなたがたは、勇んで行って、その地のくだものを取ってきなさい」。(民数記13章)
(以上、旧約聖書・民数記第13章より抜粋終了)

 これに付け加えて、「コンビニがあるかどうかも調べなさい」と
いわれた、とジョークをいったのだが、誰も笑ってくれなかった。

以前、元自衛官で、米軍の情報機関と自衛隊が横田基地で
合同情報部を構成し、そこに勤務していた人から受けた
レクチャーの一部を説明した。

情報=インフォーメーションを収集し、分析した後に方向や方針を
決定する、その結果がインテリジェンスだという説明を受けた。

旧約聖書には、部族が他部族を侵略支配する、いわゆる戦争の
記述が絶えない
現代の日本社会はどうだろうか、と続けた。
相変わらず、テロや軍事侵略の懸念が拡大している。
情報戦争は明らかに、熾烈に繰り広げられている。
・・・反応はなかった。

そこで初めて「外患誘致罪」に言及した。
聞きかじりではあるが、明治時代に制定された刑法の一部で、
他国との関係で、有事や国家の存立に関わる非常事態のときに
適用される罪名だと説明した。
過去に一度も適用例がないが、危機感を抱いた一般市民が、
集団告発を始めている、従って、これからの日本は
騒然となる可能性があり、目が離せないという予測を伝えた、
外患誘致罪には有罪か無罪かしかなく、有罪はなんと死刑である、
と、余命ブログから学んだ内容を伝えたが、反応はなかった。

外患罪集団告発が具体的に実現した。
門外漢の無責任な感想で申し訳ないが、現時点で何か影響が
出ているのだろうか。

ごく一般の方を前にして、外患罪集団告発が始まったといっても、
理解する人は一部を除き、ほとんど皆無なのではないだろうか。
一方、弁護士や司法関係者、政治家、マスメディア関係者は
どのような反応なのだろうか。
昨日辺りから、余命三年時事日記では告発状の内容を
対象別に次々と公開している。

この、一般市民による外患罪集団告発の動きに対し、
日弁連、司法関係者、マスメデイア、左派政党、政治家などの
反応はよく分からない。
けしからん、と声高に騒いでいるようにも見えない。

しかし、いくつか興味深い記事を見つけた。

せと弘幸さんが、ご自身のブログに、
「見捨てられた、男組・添田充啓組長〜弁護士もつけてもらえず、
国選弁護士の可能性も?」というタイトルで記事を書いている。

(以下、一部抜粋開始)
防衛局職員にけがさせた男起訴

 先月、ヘリコプター発着場の建設工事が行われているアメリカ軍北部訓練場に入り、防衛局職員を突き飛ばして頭を打つけがを負わせたとして、建設工事に反対する抗議活動をしていた男が日米地位協定に伴う刑事特別法違反や傷害などの罪で起訴されました。

起 訴されたのは住所不詳、無職の添田充啓被告(43)です。起訴状などによりますと、添田被告は先月24日の午後、国頭村のアメリカ軍北部訓練場に入り、沖 縄防衛局の男性職員を突き飛ばして転倒させ、頭を打つけがを負わせたとして、日米地位協定に伴う刑事特別法違反や傷害などの罪に問われています。
(以上、一部抜粋終了)

せとさんのこの記事の後半に、2ちゃんねるからの興味深い抜粋が
掲載されていた。
逮捕された人物が過去にも数度逮捕されたとき、弁護を務めたとされる
神原元弁護士に対し、対決しているとされる高島章弁護士が、twitterで
公開質問したようなのだが、そのやりとりがそのまま掲示されている。

(以下、要旨掲載開始)
・高島章弁護士→神原元弁護士
 高江の件で那覇地裁に起訴された添田充啓氏の件でお尋ねします。同事件について私選弁護人はついたのか? 保釈請求は出したのか?おそらく起訴後も接見禁止だろうが、その解除申請はしたのか? 勾留理由開示請求は? そもそも、自白なのか否認なのか?これらについて全く情報が入ってきません。貴職は、男組を含めいわゆるしばき隊関係の事件を多く扱っているものと思いますので、お尋ねする次第です。

・神原元弁護士→高島章弁護士
 何ですか、いきなり失礼ですね。あなたにお伝えすべき情報は何もありませんよ。

・高島章弁護士→神原元弁護士
 私に伝えるべき情報ではなく、国民に伝えるべき情報ではないでしょうか?私以外に知りたいと思っている人が多くいます。

・神原元弁護士→高島章弁護士
 無礼を詫びなさい。非常識ですよ。
(以上、要旨掲載終了)(引用元:せと弘幸BLOG『日本よ何処へ』)
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/53206615.html

この件を補足説明するような内容の記事があったので、
余命ブログから引用させていただく。
(以下、一部引用開始)
 この影響が、もうあちこちに出始めた。
 しばき隊添田の逮捕容疑は外患罪ではないが、余命が反対勢力を告発していることと、近々に連携する集団と個人を外患罪で告発することを予告していることから内部分裂が始まっているようだ。
(中略)
 このしばき隊を擁護したり、弁護する者は皆同罪で告発されるから打ち首獄門を覚悟して弁護を引き受ける者はまずいないだろうと思っていたが、まさにその通り、もう弁護士同士でアリバイ作りが始まっているようだ。
(以上、一部引用終了)
(引用元:余命三年時事日記『1241 外患誘致罪告発朝日に白旗』)
 http://goo.gl/wgAorK

私自身は、外患罪集団告発の委任状をまだ送付していない。
きちんと全貌を把握し、理解してから行動に移そうと考えていたが、
母の死後の後始末やサイトの異常動作、新しいパソコンの動作不良
などが重なり、遅延案件があっという間に累積してしまっていた。

もちろん,私ごときが一人、委任状を出そうが出すまいが、
大勢にはまったく影響がないことは理解している。
しかし仮に、他の皆さんに集団告発への参加を勧めるような
局面になったとき、中途半端な理解と判断では無責任になってしまう。
何ごとも確信を持って進めたいと思っている。

ここ数日の動きだけを見ても、市民団体が民進党の蓮舫代表を
刑事告発したそうだし、反日仲間の逮捕には不当逮捕への抗議や
裁判資金のカンパなど、かばい合う姿勢が顕著だったのが、
仲間の弁護すら引き受けないなど、私見ではあるが、どうやら
外患罪の被告の弁護を引き受けることで、自分自身の身にも
外患罪の告発という災厄が降りかかるのを避けようと
しているのではないかと、邪推したくなる。

確か余命記事の中の一節だったように記憶しているが、
反日・反体制勢力の皆さんは、ある意味でこれまで、
調子に乗り過ぎたのではないだろうか。
沖縄の反基地デモに代表される、目に余る傍若無人の行動が
多くの一般市民の知るところとなり、余命の皆さんが先導する
一連の官邸メール、集団告発という磁場に引き寄せられ、
国民参加の大きなうねりになってしまったような気がする。

高校生の私は、授業が死ぬほど退屈で日本史も世界史も、
赤点の再試験組だった。
今頃になってとても後悔している。

日本は、国家として世界最古の国らしい。
かなり以前から、日本人・ユダヤ人同祖論を主張する人がいる。
確かに、伊勢神宮の灯籠や、一般閲覧できないものにダビデの星が
刻まれているようだし、神社の赤い鳥居も、旧約聖書に出てくる
過ぎ越しの以下の記述と類似性を感じる。

(以下、旧約聖書関連記事から抜粋引用開始)
 家の入り口の鴨居と柱に子羊の血を塗ることを命じられました。そうすることによって、滅ぼすものがその鴨居と柱に塗られた子羊の血を見て、その家に災いを下すことなく過ぎ越されると言われたのです。
(以上、旧約聖書関連記事から抜粋引用終了)
(引用元:富里キリスト教会の公式ホームページ)
 http://goo.gl/pshqk6

日本は八百万の神だ、とかいろいろな解釈があるのだろうけれど、
純粋に感覚的・直感的な印象をいえば、古代イスラエル時代に
イスラエルの支族の散乱があり、その一部が日本に渡来した、
という説には、様々な傍証もさることながら、説得させられる。
日本の分水嶺とも思われるこの時期に、忽然と現れた導き手の元に
瞬く間に大勢の民衆が、国を護るという意思によって一致団結し、
想像もできなかった、巨大な沈黙のうねりが胎動し始めている。
日本人の底力を、まざまざと見せつけられたような思いだ。

この集団が面的な拡がりを見せるならば、諸外国の民間防衛よりも
遥かに強力な防衛基盤ができあがるような予感がする。
さらには、日本の脆弱な部分だといわれる
防諜機能・カウンター・インテリジェンス機能は、
格段と強化され、永続性の高い国家として繁栄するのではないだろうか。

そのような兆しを感じさせる流れになって来ていると感じる。
一連の外患罪集団告発を主導されている皆さんの、想像を絶する
ご苦労とご努力には、改めて敬意を表したいと思う。


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by hirune-neko | 2016-10-30 00:20 | インテリジェンス | Comments(0)

不眠症も困るが、ずっと眠いのも困ったものだ


Ne me quitte pas (Édith Piaf)

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今日は一日中、睡魔と闘っていた。
思い切って全てを放り投げ、寝てしまいたかった。
でも、疲れた心身を引きずって、無理を重ねている
人たちがいるのを知っている。
自分だけが楽をしてはいけないと思い、
なんとかこの時間まで踏ん張ってきた。

でも、眠気を感じず、眠れない人に較べれば、
眠いというのはまだ、許容範囲なのではないだろうか。
それにしても眠い。

そういえば昨晩も、かなりリアルな夢を見たようだ。
夢の中では、通常通りに判断し、人と会話している。
夢の中の自分と、目覚めているときの自分との
境界線が曖昧に思えるときがある。

遂に、現実と非現実を識別できず、現実世界に
妄想世界を引き込んでしまうのだろうか・・・
そこまでは病的ではない。
病的ではないと思うのだが、ちょっとした一瞬のシーンを見て、
そこからストーリーが展開する。
勿論、脳内での出来事ではあるものの、実に疲れる。

人間は普通、目に見えるものを見て判断する。
しかし、水面下や背後に展開する動きを洞察しなければ
成り立たない職業も存在する。

相手の言葉をそのまま真に受けず、発言の真意を探る。
感覚を研ぎ澄まして、相手の嘘やごまかしを見抜かなければ
成り立たない職業が存在する。

自分の気持ちに正直になれるのなら、
どこか遠くの、誰も知る人のいない土地に行き、
異邦の人間として滞在し、人との接触を避け、
静かに暮らしたいと思うことがある。

北欧にはまだ一度も行ったことがない。
なんの知識も持ち合わせていないので、歴史背景や
政治体制については、盲目同然だ。
最近立て続けに、フィンランドが舞台の映画を観た。
過日、5カ国語を話すアメリカ人女性と話す機会があった。
スタンフォード大学の学生らしいが、祖先がフィンランド人だ。

ノルウェイ、スェーデン、デンマークなどにも、なぜか惹かれる。
いくら考えても、理由は特定できないと思う。

膨大な数のパズルの断片が、そのうち全体像を・・・咳きこんで
目が醒めた、いつの間にか寝入っていた。
これは重症だ。

なんの脈絡もなく、迷路を彷徨うように
ただだらだらと書き連ねているのは自覚している。
読む人にとっては、実に迷惑なことだろうと思ってもいる。

少しうたた寝をしたせいか、ようやく頭が回り出した。

学生の頃、寮生仲間から・・・彼は東京農大生だったが、
私の話すのを黙って聞きながら、突如、
「お前には幻想文学が合っていると思う」といわれた。
もしかして、まだ二十歳ぐらいの頃から、
私の内部では、現実と非現実が交錯していたのだろうか。
そうかもしれない。
相手に、そのように言わしめたのは、名誉なことだと思う。

今ようやく気づいた。
北欧世界には、創作意欲を刺激する何かがあるように感じる。
人生なんて、決して規則通りに展開などしない。
不意の出来事や偶然という名の悪戯に翻弄され、
不本意な結果を引き受ける人のなんと多いことか。

私はせめて、もし定まった人生というものがあるとしても、
それに逆らって、自分の嗅覚を頼りに生きていきたい。
家族や周りの人たちに迷惑を残さないよう、けじめはつけるが、
自力歩行ができるうちに、未知の世界に飛び込めるよう、
紆余曲折を続けて行きたいと思っている。

しがらみを捨て、義理を欠き、既成概念に囚われず、
精神的には自由な旅を目指したいと願っている。
もしかして、異常なほど複数の外国語を学びたいと思うのは、
先天的な放浪癖があるのかもしれない。

そういえば、厚木の将棋教室からの帰路、助手席で
松本清張の「駅路」という映画のあらすじを
まるで自分自身と重ねるかのように語ってくれた、
今は亡き、自称将棋キチガイの鳥井お父さんのことを思い出した。
ゴーギャンの絵、銀行員生活、定年後のタヒチ旅行、
北陸での密会などのキーワードが、鮮やかに甦る。

その後、私の棋力はさっぱり向上していないようなので、
今対戦したら、私が負けるかもしれない。
私との対戦で、勝てると思ったのに負けた夜は、
悔しくて眠れなかったといったときの表情、それと、
おそらくは一度だけだと思うが、私が投了したときの
無邪気で嬉しそうな表情は、今でも鮮明に憶えている。

さて、いろいろ障害物が横たわっている仕事環境だが、
なんとか気を取り直して、再びチャレンジしなくては。


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by hirune-neko | 2016-10-28 23:42 | 心の中のできごと | Comments(0)

印象的だった今日の電話での会話


Samantha Wells performs "Valsa Sem Nome" by Baden Powell

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何週間前だったか、記憶はおぼろげだが電話を受けた。
知り合いの方が産婦人科からプレゼントされた,名入れ絵本
「大切なわが子へ」を見せてくれたという。
絵本の文章を読んで、自分の娘にも作ってやりたい、
もう子どもではないが作ってくれるか、という問合せだった。
親から子どもへの愛情表現なので、大きくなったお子さん向けに
作ることができます、とお伝えした。

そのことはもうすっかり忘れてしまっていた。
毎日、絵本製作申し込み専用アドレスに、何冊かの
申し込みがある。

その中のひとつを開けてみると、父親の名前がなく、
母親の名前だけが記載されていた。
お子さんの名前と生年月日を確認したら、
一瞬、年齢が計算できなかった。
20代の後半のお嬢さんだった。
ああ、あの電話の方だなと思い出した。

基本文があり、名前部分を差し替えて、ある意味では
次々と機械的に本文を印刷している。
そうしないと勿論、コスト的に赤字になってしまう。

例外がある。
天使版の文章での製作依頼が来たときは、
内容がデリケートだけに、製作ラインから外され、
私の手許に回されてくる。

天使になったタイミング、つまり、出産前に
母親のお腹の中で天使になったのか、あるいは
分娩処置中に天使なったのか。
産声を上げたのか、生まれた赤ちゃんを一瞬でも
抱きしめることができたのか、それによって
とくに母親の心の受け止め方が、微妙に異なる。
とても事務的に文章を作ることなどできない。
ある程度の状況を把握し、相手の心象を推測して
初めて文章のイメージが湧く。

あるご夫婦は、なかなか精神的に立ち直れず、
院長にメールで近況を伝えてくる。
そのメールが、院長から私に転送されてくる。
ご夫婦で苦しんでいたそんなある日、
子どもからの悲痛な叫び声が、心に聞こえたという。

「お父さん、お母さん、もうこれ以上
ぼくのために苦しまないで」

そこで我に返ることができたそうだ。

院長から天使版の絵本をプレゼントされた、そのご夫婦には
やがて次の子どもが授かり、再び院長の診察を受けに来たそうだ。
とても嬉しかったと、院長は心からの喜びを私に告げた。

もう20代後半のお嬢さんのために、絵本を作ろうと思ったお母さん。
父親の欄には名前の記載がない。

私はためらわず電話した。
呼び出し音が途切れても声がしない。
私が声を出すと、ようやく応答があった。
それなりに意味のある空白の数秒だと感じた。

立ち入ったことを伺いますが、と断り、
父親名が空白であることに触れた。
病死なのか・・・といいかけたら、離婚しました、
という言葉が返ってきた。
では、お父さんのことは触れない方がいいですか?
触れないでください、という短いやりとりだった。

聞くと、お嬢さんは近々、嫁がれるそうだ。
女手ひとつで育て上げた娘が嫁いでいく・・・
母親にとっては、人生の大きな節目なのだろう。
その思いを一冊の絵本に託し、大切に育てた
愛する娘への、無言のメッセージにしたいのだろう。

長かったこれまでの人生には、様々な労苦があったに違いない。
おそらくは自分自身を犠牲にして、子どもを育ててきたに違いない。
母親の心情が痛いほど伝わって来た。
試作した文章を事前に見たいとのことだったので、
できあがったらPDF版で送る約束をした。
電話を切るときの挨拶は、言葉に詰まってしまい、
ちゃんと伝えることができなかった。

これまで、4万数千冊の絵本を製作してきたが、
このようなケースは初めてだった。
母親の心情がお嬢さんの心に届くよう、それなりの時間をかけて、
文章を推敲したいと思う。

ああそうだ、同じ絵本を2冊作り、1冊は私からお母さんへの
プレゼントとして一緒に送って上げようと、たった今、
心に思い浮かんだ。
永年苦労して育て上げたお嬢さんとの、かけがいのない思い出に、
お互いに違う場所で違う時間に、同じ絵本を手に取って
同じ感動を味わっていただけたら、どんなにいい思い出になるだろうか。
きっと喜んでいただけると思う。

勿論、文章推敲・修正の料金も、追加の絵本代金も請求はしない。
お二人の心で、それぞれの愛情を感じ、感動を味わっていただければ、
人生にとって、これほど得がたい経験はないのではないだろうか。

その情景を思い浮かべることができれば、私にとっては、
お金では買えない、何よりも貴重な達成感だと思っている。


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by hirune-neko | 2016-10-28 00:09 | 心の中のできごと | Comments(0)

ようやくMacの動作不良の結論が出た


Melodia en la menor, Astor Piazzolla

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メール設定がうまくいかず、約2か月の間、前に進まなかった。
今日、アップルサポートの方から電話があり、
システムの不具合なので、次のOSの更新まで待ってほしい、
というのが結論だった。
いつになるかは分からないというが、結論が出たので
とりあえずはやれやれだ。

現時点ではgmailの設定ができない。
受信数が少ないアカウントはなんなく設定できたが、
いろいろな有料メルマガをgmailで受信して
フォルダ分けしているので、どうしても総受信数が多くなる。
なんとかしようと考え、不要のメール数千通を削除したが、
どういう訳か、今度は受信トレイにうまく移動できなくなった。
本当にトホホのヤレヤレだ。。

おまけに、クシャミと鼻水がまた止まらなくなり、
点鼻スプレーも短時間しか効き目が持続しない。
弱り目にたたり目とはこのことだろう。

更新頻度がペースダウンしていたブログ・余命三年時事日記だが、
今日の更新タイトルは、記念すべき節目の内容だった。

「1228 告発が始まったよ!」
始まった。倒れた。でも大丈夫。一同くたくた。12時間寝た。


いやあ、本当にお疲れさまであり、初志貫徹精神に敬服している。
初代かず先生がお読みになったら、さぞかし感銘されただろう。

私のような門外漢に、内情など知る由もないが、
結局のところ、なし崩し的に国籍条項が外されたり、
通名なりすましで、公的機関のかなりの所まで、
非日本人の浸透が実現し、
さらには、日本人であっても義理人情しがらみ、あるいは
安易な感情論などで籠絡され、気がついたときには
政府といえども、国家安全のための思い切った動きに
出にくい状態が続いていたのではないだろうか。

あくまでも私の個人的推測だが、対テロ国際協力機関である、
FATF(マネーロンダリングに関する金融活動作業部会)から、
日本政府は対応の遅れを再三指摘されていたようだ。

また、他国からの諜報活動や浸透工作を防ぐための
カウンター・インテリジェンス機能も、法整備を含め
他国と較べてかなり脆弱だという不名誉な評価を受けていた。

テロリスト、広域犯罪組織や極左暴力主義の団体に対する、
国際的な資金的締め付けを目的とする国際協調機関・FATFが、
日本に対して過去何度も、是正勧告を行ったようだ。
しかし、最近明らかになってきたように、
テロリスト、広域犯罪組織や極左暴力主義の団体との関係が
親密であると見なされる国会議員や司法関係者などを含む、
多数の人間が、政府中枢やあらゆる公的機関に浸透している現状では、
たとえ政府が、正面からの法改正や是正を行おうとしても、
マスコミによる強力なメディア・スクラムの抵抗にも遭い、
頓挫してしまう可能性は決して低くはないと思う。

武力行使ではなくとも、水面下で、着実に国家転覆に向けての
工作活動を行い、他国の浸透・支配を誘致するかのような
言動は、かねてから懸念をもって指摘されていた。
現・安倍総理を中心とする皆さんは、臥薪嘗胆の心境だったと
余命ブログでも読んだ記憶がある。

余命ブログの創設者である、かず先生は、おそらくは
言葉を選び、刺激的な表現を巧みに避けていたと思うのだが、
行間には、「外患誘致罪」による反国家勢力の一斉放逐を
イメージされていたのではないだろうか。

余命三代目は、アメリカで亡くなられたと読んだ記憶があるので、
現在は余命四代目なのだろうと思うが、
ブログと何冊かの書籍刊行の組み合わせで、現実的に
外患罪の告発までこぎつけてしまった。
政府や法務関係者ではなく、多数の民間人が情報と理念を共有し、
国を思う心意気で、とうとう外患罪の集団告発を実現した。

ある意味では、日本人はいざとなると恐ろしい民族だと思う。
今後、マスメディアが集団告発をニュースとして扱うのかどうか、
さらには関門が検察庁だと聞いているが、形式的審査だけで
無罪にしてしまうのか、大いに注目したいと思う。
メディアが報道し、インターネット上でも話題が拡がれば、
これまで永年にわたって秘匿されてきた種々の実態が、
さらに拡散・浸透することになるだろう。

国家安全保障の危機と捉えた、外患罪集団告発に共鳴する国民の輪が、
拡がりを見せるならば、これまで我が物顔で横車を押してきた
反国家勢力にとっては、間違いなく脅威に映るだろう。
少なくとも選挙戦では大苦戦を強いられるに違いない。

長かった序盤を終え、中盤最初の一歩を踏み出された皆さんの
労をねぎらい、今後ますますのご健闘を期待したい。

ちょっと前、二箱目のティッシュペーパーに手がついてしまった。
こんなに酷い症状は久し振りだ。
あちこちで、誰かが私の噂話をしているなどということはあり得ないが、
これにて閉店休業させていただく。


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by hirune-neko | 2016-10-26 23:33 | インテリジェンス | Comments(0)

今日は努めてペースダウンし、休養した


Astor Piazzolla - Tristeza de un doble "A"

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休養するといっても、何もしないと廃人になったような気になるので、
将棋ソフト「将皇」の最強レベルと、私が後手で対戦した。
なんとか勝つことができた。
その後、迷ったのだが、結局は映画を一本観た。
リュック・ベッソンの作品で、タイトルは「96時間」だった。
記憶の中に「48時間」というタイトルの映画があったが、
別物だった。

さすがにプロの作品は違うなと感心した。
主演していた俳優さんは、勉強不足で誰も知らなかった。
冒頭のロス・アンゼルスから、舞台はパリに移る。
場面があまりにもめまぐるしく展開するので、
ストーリーの説明は止めておく。

最後まで観てから調べたら、同名の作品の
第2作、第3作が制作されていた。

映画の世界に引き込まれると、現実を離れることができる。
あれもしなくては、これもしなくては、という現実の重圧が
のしかかってこないだけでも神経が楽になる。
そのせいかもしれないが、テンポの速い、しかも
テンションの高い作品を好んで観る傾向がある。
ある意味では、自己流の束の間の現実逃避だ。

パリ旅行に行った娘が、人身売買組織に誘拐され、
それを知った、元CIAエージェントの父親が救出に行く、
という設定だ。
96時間以内に見つけ出さないと、永久に取り戻せない。
それが映画のタイトルになっている。

一見すると平和に見える日本で暮らしていると、
様々な事件が起きても、対岸の火事か別世界の出来事のように感じる。
通名報道に限らず、大半のメディアは特定の国にとって不都合であれば、
事件の背景の本質を報じない。

インターネットを通じて、まるで決壊した堤防から、
川の水が溢れ、街中に拡がるように、背景事情が拡散され、
実態を把握する人たちの数が、加速度的に増えているように思う。

官邸メールや集団訴訟、集団告発の動きが広まっているようだ。
選挙以外には、なかなか意思を反映させる機会が少ないので、
国の行く末を案じて、集団訴訟や告発に加わるのは、
ある意味で、民意が健全な形でまとまるので、いいことだと思う。

しかし、気をつけなくてはいけないのは、自分自身の生き方や、
家族の安全などの基本的なことを視野に入れず、
義憤や激情のみで行動に移してしまうことだ。
なかなか表現するのが難しいのだが、視野を広く持ち、
冷静な思考によって、バランス良く行動することが
期待されていると思っている。

外患罪の対象となる人間や団体、企業を特定し、
その勢力を削ぐこと自体は、日本の将来のためには
健全なことだと思うし、不可欠だと思っている。
しかし、人生というのは誰もが紆余曲折を経験し、
試行錯誤して生きている。
外患罪の告発とその対象だけが、人生の目的ではないはずだ。

まずは自身の足下を固め、冷静客観的に判断して関わるよう、
自分自身を戒めたいと思う。

今日、複数のサイトから得た情報を総合すると、
中国の外貨準備高が減っており、どうやら深刻な状態のようだ。
中国高官の多くが、多額の資金を海外に持ち出しているというのは、
ほぼ事実のように書かれている。
中国から企業を撤退するときに、莫大な賠償金の支払いを
求めることのないよう、日本の財界人が大挙して訪中し、
政府と交渉に当たったようだ。
また米国から巨額の罰金支払いを求められたドイツ銀行が、
資金確保のため、中国で株式を売却したが、その代金が
支払われない状態だ、とも書かれていた。

窮鼠ネコを噛む、ではないが、民心を離反させないために、
尖閣への上陸や、戦闘行為に出るのではないかという
軍事専門家の意見も掲載されていた。

その類いの様々な懸念材料をいつも視野に入れていると、
精神状態がいつも重苦しく、なかなかからっと晴れない。
せめてもの救いは、執着するものが少ないので、
個人的に深刻な状況になることは考えにくいことぐらいだろうか。

ただ、一人でも多くの方に、ご自身とご家族のために、
精度の高い情報を得ていただき、選択力・判断力を
身につけていただきたい、そのお手伝いをしたい、
その一点のために、憂鬱で暗鬱な日々を過ごしている。
そんな脳内重圧を軽くするためには、どうしても
何か甘い物を必要とするのだが、なかなか理解してもらえない。
誰にだって辛いことのひとやふたつはあるものだ。


Taken (96 hours) Trailer


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by hirune-neko | 2016-10-26 00:49 | インテリジェンス | Comments(0)

逆境をバネに逆襲するネコ・・・になれたらいいな


Arthur Nestrovski - "Se Todos Fossem Iguais A Você" - Jobim, Violão

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八方塞がり状態から、まずは気分的に脱却しつつあり、
ユーザーフォーラムにSOS投稿したら、親切な皆さんが、
打開策を一緒に考えてくれることが分かった。
これはいい傾向だと思っていたら、クシャミと鼻水が出だした。
やれやれ、最近は一難去ったらまた一難というのが
パターン化している。
一体、私になんの恨みがあるのだ、と愚痴が出てしまう。

温かいものが飲みたくて探したら、賞味期限をちょっと過ぎた
オレンジ&スパイスという名の、ハーブティーが出てきた。
熱いのを一杯飲んだら、少し治まってきた。

みるとすサイトを再稼働させたら、入会案内チラシの作成にとりかかる。
ずいぶん昔、イラストを描いてくれる人を公募したことがある。
インターネットで公募したところ、かなりの人数の応募があった。
どういう経緯か憶えていないが、最終的に今でも
お付き合いいただいているイラストレーターが、一人だけいる。
そんなに頻繁に仕事を依頼している訳ではないが、
いつも丁寧に対応してくれるし、装丁を依頼したときも、
本文をちゃんと読んだ上でデザインを考えてくれる。

元々は北海道の札幌近郊在住の方だが、ご主人の仕事の関係で
現在はお子さんたちも一緒にオーストラリア在住だ。
オーストラリアとは、そんなに時差はないのだが、
何せ南半球なので、日本とは季節が正反対だ。
お子さんの学校の春休みなどが、結構長期間のため、なかなか
連絡が取りにくいこともある。

チラシのテーマはファミリー・インテリジェンスなので、
両親と子どもたちが一緒のイメージだと伝えた。
ただ、抽象的なのがいいか、写実的なのがいいか、
決めかねている、とメールを送った。
折り返しのメールで、何点かサンプル画像を送ってくれた。
作風からして、おそらく彼女自身の作品だと思う。

花びらのイラストと、ほっぺが赤い女の子(だと思う)の
イラストが、とても印象的で気に入ったと、返信した。
本人には無断になってしまうが、とてもいい感じなので
記録のためにも、ブログに掲載しておこうと思う。
(ご本人から連絡があり、他の方の作品だということなので
削除させていただいた。私の早とちりをお詫び申し上げる。)

最近はずっと仕事に追われていたので、お休みしていたが
今晩、久し振りにギターレッスンに行って来た。
入門してからやや2年経ってしまったが,私のように
練習時間が乏しく、進歩成長が牛歩どころか、
ナメクジ以下の生徒を教えるはめになり、
先生は頭を抱えていらっしゃることだと、申し訳なく思っている。

多少なりとも練習していれば、「上達しましたね」とか
「頑張ってますね」とか、褒めようがあろうものだ。
入門したときに、ピアソラのOblivionをソロで弾けるように
なりたいんです、と臆面もなく宣言した。
あれから2年経ったが、今日は楽譜の2段目まではなんとか
誤魔化し奏法で、ようやく3段目でまだもたついている。

さすがに先生も私を褒めておだてたくても、該当部分が無い。
最近までは、私の右手の格好が巨匠・セゴビアのようだ、
と励ましてくれていたが、さすがにもう
ネタが尽きていらっしゃるはずだ。

目指すのはアマチュア迷ギタリスト、と宣言している。
Oblivionを、人前で演奏できるようになったら、記念に
このブログで音源だけでもアップしようと思っている。
画像だと、ネコがギターを弾いている、と大騒ぎになるから
それは自粛しようと思っている。

現実と非現実の境界線が、怪しくなってきているようだ。
今日も、ある産婦人科クリニックにファックスで請求書を送ったが、
しばらくして、果たして原稿面を上にして送ったか不安になった。
仕方がないので電話して事情を説明したところ、電話に出た方が
ファックスを確認して、経理担当者に渡してくれたという。
安堵した。
まだそこまで重症にはなっていないようだ。
多くの処理案件が錯綜して連続すると、ときには集中力が途切れ、
何をやろうとしていたのかを、思い出せないこともある。

プロジェクト管理とか、タスク管理とか、リマインダーとか、
あれこれかなりの種類のソフトを試してみたが、
最終的に生き残りそうな、最も確実で実用的な方法は
極めて原始的だが、小型のメモパッドにサッとメモることだ。
A4サイズの紙にメモる方法を試したが、1枚に1案件にしないと、
処理済みの消し込みがまた、余分な仕事として残ってしまう。
記憶に頼れるような量ではないので、この方法に落ち着きそうだ。

大型文房具店の伊東屋は、品数が豊富なので、
店内を散策するだけでも楽しいし、実際に助かっている。


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by hirune-neko | 2016-10-25 01:05 | 現実的なお話し | Comments(0)

忙中閑なし状態で,ふと思ったこと


"Nada" - Julia Zenko


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普段はパソコンの前で、座りっきりの時間が長いせいか、
外出したり人と会ったりすると、脳内に疲労が重く沈殿する。
血流が阻害され、思考力が低下して眠くなってしまう。

ちょっと横になって眠りたいという誘惑に駆られるが、
これだけは終えてからにしようと思い、なんとか終わらせる。
すると、もうひとつ終えてから寝た方が、後が楽だと思い直し、
さらに別の案件を片付ける。
こんな状態を続けていると、どこかでうっかりミスをしてしまう
不安感も募る。

そんなこんなで、夕方からパソコンに向かい、
だらだらと作業をして、この時間になってしまった。

習慣的な、馴れた作業なので、全神経を集中しなくても、
ある程度は自然に指が動いてくれる。
脳内の稼働してない領域で、ふと思い浮かんだことがある。

ずいぶん、お金にならないボランティアもどきの作業が多い。
よくよく考えると、一銭にもならないことがかなり多いようだ。
我ながら自嘲的に笑ってしまっている。

もちろん、毎月ある程度の支出があるので、
一定の売上は確保しなければいけない。
しかし逆に、お金になるからといって、どんな仕事でも
引き受ける体質ではない。
お金をいくら積まれても、意に沿わない内容の仕事は引き受けない。

たとえ金銭的な対価は得られなくても、誰かの役に立っている、
そう思えれば、十分な精神的対価だ。
ある程度の年数を生きてきて、いろいろなプロジェクトを
立ち上げて、うまくいったりいかなかったりを繰り返し、
「生き残る仕事」とはどのようなものなのかを、体感したと思う。

学生時代に味わった深い虚無感、喪失感、無常感を、今でもなお
ずっと引きずって生きているのだろう。
目先の華やかな栄光が、じきに色褪せてしまうのが見える。
利己的で虚飾に彩色された外壁が、バラバラと剥げ落ちるのが見える。
魅力的に映る入口も、足を踏み入れたその先の終焉が見える、。

自己主張することで、白眼視され、あるいは非難され、
さらには集団で徒党を組み、脅迫的に撤回を迫られる
シーンがあるかもしれない。
何かを失うかもしれない。
それは主張の場かもしれないし、取引先かもしれないし、
あるいは命かもしれない。

命乞いして自分の理念を踏みにじるか、理念に殉じるか、
もしかしたら、そのような場面が訪れるかもしれない。
振り返ったその瞬間、私は自分自身の生き方に
自分自身が感動できるような選択をしたいと、いつも思っている。

失いたくないことはいくつもある。
しかし,執着することはそんなに多くはない。
紆余曲折と試行錯誤の延長線上に見出した、淡い光明。
その道標を見失わないように、それだけを願っている。
無の世界から忽然と蘇生した、希有なエネルギーに支えられ、
かろうじて生きているような感覚がある。


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by hirune-neko | 2016-10-23 22:41 | 心の中のできごと | Comments(0)

読者の皆さんへの公開質問


Astor Piazzolla - Los pajaros perdidos (5 - CD3)


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今週になって、余命ブログの記事が
「告発準備進行中」というタイトルで、頻繁に連番更新されている。

私見だが、外患罪集団告発は特定の国の人間を
個人的に忌避したり排斥するという感情的な発想なのではなく、
・・・もちろん、実態が開示されて状況を把握すればするほど、
不快感が先行し、同時に懸念も深まって当然なのだが・・・
種々の特権や、組織に対する日本人に偽装しての浸透など、
放置すれば国家転覆あるいは他国に属国化されるという、
国家の存続に関わる事態を避けんがための行動だと理解している。

一連の余命ブログ全記事を、PDFに加工保存することに追われてしまい、
なかなかじっくり読むことができないでいる。
ましてや、余命関連といわれるいくつかのブログにも、
探してお邪魔する時間的な余裕がない。

近々、外患罪集団告発が本格化するようなので、
遅まきながら、私自身も概要程度はしっかり把握したい。
ついては、読者の皆さんに以下の項目へのご回答、
あるいは何かご助言があればご教示をお願いしたい。

【公開質問の内容】
1)ブログ・余命三年時事日記を、よりよく理解する上で
  助けとなるブログの名前とURLを教えていただきたい。

2)これまで、ブログ・余命三年時事日記には、分散する形で
  外患罪についての説明がなされているが、外患誘致罪その他
  各種外患罪関連の、基本構造を理解する助けとなる、
  余命ブログの記事番号、あるいは他のブログの名前とURLを
  教えていただきたい。

3)ブログ・余命三年時事日記の全記事を、PDFファイルで
  ダウンロードできるサイトがあれば、教えていただきたい。
  私自身、全記事を加工してPDFファイルで保存しているが、
  もしどこかにすでに全記事をダウンロードできるサイトがあれば
  私の作業は、あまり意味のないことになってしまうので、
  時間の有効活用のため、ご存知であれば教えていただきたい。

情報提供およびご意見は、このブログのコメント欄にお願いしたい。
公開場所への記述がされにくい方は、下記のメールアドレス宛に
直接送っていただきたい。

 →myrtus@family-intelligence.com

すっかり軟弱な身体になってしまったようで、
昨日、型抜きを終えた絵本用のパッケージ1,200枚を、
ビク抜き屋さんに引き取りに行ったのだが、狭い道で
対向車が来てしまい、移動するため慌てて積み込んだときに
背中の筋をいためてしまった。
身体は鍛えておかなくてはと、反省している。

いつもよりかなり早い時間なのだが、今晩はこれにて
失礼させていただく。


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by hirune-neko | 2016-10-23 00:08 | インテリジェンス | Comments(0)

珍しく一日中、脳内に睡魔が充満していた


Los mareados (Los dopados) - Roberto Goyeneche


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電車に乗ったり、車を運転したり、あれこれの電話に応対し、
問い合わせメールにも返信し、会食をしたりなどなど、
私としては動き回る時間が長かった。
そのせいだと思うのだが一日中、睡魔と戦っていた。

なんとはなしに、感動的なシーンがいくつか思い浮かんだのだが、
跡形もなく消えてしまい、記憶に残っていない。

私のような人間にとって、ただ忙しいだけの日常は、
正直いうと苦痛である。
仕組みの一部に組み込まれ、機械的に判断し対応する。
もちろんそれは仕事の基本要素だとは思うのだが、
自分の適性を考えると、不向きだと思う。

Facebook友だちがシェアした記事を読んだ。
電通の新入社員の女性が、自殺したことに触れていた。
さらに別の関連記事では、電通に入社し17年間務めて退社した
ある男性が、電通で働いていた時期を、赤裸々に説明していた。

どんな状況や事情で自ら命を絶ったのか、私には知る由もない。
余程の事情があったのだろうと想像している。

広告代理店でも、電通ほどの規模になると、クライアントの
営業担当者とクリエイティブな仕事を担当する人など、
かなり異なる業態の人たちが混在しているようだ。
電通といえども、クライアントがかなり無理なスケジュールを
押しつけてきたり、最終段階でクライアント企業の社長が
気に入らないという理由でひっくり返し、すぐに代替案を
作ることを強要されるなど、現場の皆さんは大変な
ご苦労をされているようだ。

何も根拠はないのだが、最近はふと、自分に残されている時間は
有限だという思いに捕らわれることが多くなった。
考えてみれば当たり前のことであり、誰にとっても残り時間が
無権にあるなどということはあり得ない。

決まったルール通りにこなすことを求められる業務がある。
ルールも何もなく、文字通り無から有を創り上げなくては
ならない業務もある。
前者は、比較的委任することが容易だ。
そこに手を付け始めており、とりあえず在宅で手伝ってくれる人を
確保している。
便利な時代になったもので、メールでのコミュニケーションは
相手の時間を束縛せずに済むし、データのやりとりも
ドロップボックスを使えば、多少の反映時間を考慮さえすれば
やりとりが容易にできる。

複数の人たち同士の情報伝達も、サーバー機能にある
メーリングリストやevernoteを使えば、確実に共有できる。
スカイプは、多少の人数なら電話会議も可能だ。
ずいぶん便利な時代になったものだ。

しかし良く考えると、ルールを定めた種々の業務内容を組み立て、
立体的かつ効率的に機能させる仕組みを考えるのは、
なかなか大変な「創造的」な作業だと思い当たる。
出版社なので、製作関係のDTPソフト、画像編集ソフト、
また、データ集計には表計算ソフトに加え、データベースソフトも
とても有用だ。
それらの機能全てを、ある程度は理解している人間でないと、
全体像の構築はなかなか難しいと実感している。

生身の身体なので、技術習得するソフトの種類が、際限なく拡がると
飽和状態になってしまうのは目に見えている。
別にインストラクターになる訳ではないので、必要最低限の
操作に熟知すればいいだけなのだが、そこまでが大変だ。
現に、サイト製作で思わぬ症状が発生し、苦労させられている。

そこそこは理解し、操作できるつもりでいるが、
データベース・ソフトの4Dは、初心に還って
ちゃんと勉強しようと思っている。
納品書も請求書も、現在は原始的にエクセルを使用しているが、
データベース・ソフトによる作成までこぎつけたい。

ここ数年のようだが、4Dに付随しワカンダという機能が開発され、
ブラウザを経由して、検索やソートができるらしい。
情報発信、情報提供の機能を高めるには、そこまでは習得したい。

このような構想で、通常業務から離れられる環境を実現し、
最も自分の適性に合っていると思っている
創作活動に専念したいというのが、最終的な目標だ。

さて、何年かかるだろうか。
隠居・引退できるようになった頃にも、まだ創作意欲が
残されているのだろうか。
ストーリーや言葉が自然に湧き上がってくる感性が
まだ残されているのだろうか。
何よりも、余力を残して生前退位を実現しなければ、
周りに迷惑をかけてしまうことになる。
まだまだ長い道のりだが、なんとか常に前進して、
自由の身になりたいと希望している。

物欲や執着心が薄れ、俗世間に対しても距離を感じるように
なってきている。
無欲になり邪心を抱かず、小さな世界を作品の中で
描けるようにと、ささやかな望みを持ち続けている。


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by hirune-neko | 2016-10-22 01:37 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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