昼寝ネコの雑記帳

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現実に直面して、蒼ざめたネコを見よ


MALENA canta el tango... (A. Piazzolla & S. Rinaldi)‏

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ピアソラの作品を聴くようになってから、
スペイン語を理解できないことがストレスになっている。
言語人口が多いようなので、勉強したいと思っている。
ポルトガル語で歌われるボサノヴァを聴く度に、
ポルトガル語を勉強して、歌えるようになりたいと思う。
フィリピンから来た人とは、タガログ語で話したいと思う。
ヴェトナム人の方と知り合いになると、少しでも
ヴェトナム語を話せるようになりたいと思ってしまう。
学生時代以来、フランス語を勉強しようと取り組んだものの、
何度も挫折している。発音は悪くないようなので、
また再開しようかと思ってしまう。
歌曲やオペラアリアを、イタリア語とドイツ語で
習ったのだから、この際、本格的に勉強しようかと考えた。

思うだけなら、いくらでもできる。
しかし、仕事と雑事に追われる毎日なので、結局は
各国語の基礎的な教材を購入しただけで、1ミリも進んでいない。

とうとう意気消沈して、最後の砦である英語だけに集中することにした。
海外の仕事では、英語で商談していたし、そこそこは
英語力があるだろうと、自信を持っていた。

昔は実用英語検定試験だったが、今はTOEFLだとかSATだとか、
訳の分からない試験が増えているが、ひとまず何かに手を付けよう。
そう決心して、かなり以前にiPadにインストールしていた、
英語教材を開いてみた。

SATの英語クイズというのに挑戦してみた。
3分間で12問のクイズだそうだ。
Basicという一番簡単なコースを選んでスタートした。

ん?押し間違えたかもしれない。
Basicではなく、Intermediateあるいはadvancedなのではないか。
そう思いつつ、必死で3行程度の説明文を読み、
下部に設置された4つの英単語から
適語と思われるものにチェックを入れる作業を始めた。

意味不明なものは、当てずっぽうでチェックを入れて
6問目ぐらいを読んでいる最中に、時間切れになってしまった。
評価を見ると、正解は3問だけだった。

なんてこった、パンナコッタ。
正直いうと、愕然としてしまった。
こんなにも英語の実力がないなんて、思いもよらなかった。
文字通り、蒼ざめたネコになってしまった。
外国語学習に対する熱意に、冷水を浴びせられたようなものだ。

ところで、SATって、一体なんなのだろう。
そう思って調べてみた。
どうやら、全米高校生のための共通一次試験のようなものらしい。
外国人向けではなく、アメリカの高校生の英語力を総合的に評価する
試験であるらしいことが分かった。
これは、少し安堵してもいいのか、あるいはやはり自信喪失すべきなのか。
いずれにしても、残された人生の時間は不明であるものの、
いまさら何カ国語も話せるようになろうという、無謀な考えは捨てよう。
最も身近な英語に集中し、しかしそれなりのコミュニケーションや
ディべートができるようになるべきだ、という結論になった。

とりあえずは、さらばスペイン語よ、フランス語よ、イタリア語よ、
また会う日まで、しばしのお別れである。

SAT (大学進学適性試験)
 アメリカ合衆国の学校制度では、高校卒業までが義務教育期間である。しかし高校によって学力に差があり、成績評価基準も学校によって異なるため、大学受験で高校の成績のみで合否を判定することはできない。そこで 4,500校余りの高等教育機関からなる大学評議会が標準テストを実施し、そのスコアで生徒の大学受験の合否を決定することになった。SATは現在アメリ カ国内で一番広く大学受験に使われているテストである。(Wikipedia)


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by hirune-neko | 2016-04-29 23:21 | 現実的なお話し | Comments(5)

消耗した月末を終え、ささやかに「月越の祭り」を祝った


Chão de Estrelas-Baden Powell

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明日からは連休が始まるため、今日は実質的な月末だった。
毎週木曜日は製本屋さんに行く日なので、朝から校正に追われる。
校正作業と振り込み作業が重なってしまったので、時間との戦いだった。

全てを振り込むにはかなり時間が必要なので、なんとか
午後3時までに終えられるだろうかと、気が焦った。
振込口座に資金移動しようとしたとき、いつもならちゃんと
銀行名を確認するのに、今日に限って口座名義を見ただけで、
反射的にクリック送金してしまった。

何年も動かしていない口座だったので、ログインしたら
合い言葉を入れる画面に変わった。
「あなたのうまれた場所の名前は?」が質問だった。
私が生まれた場所は一ヶ所しかないし、もちろん日本なのだが、
私のことだから、なんて書いたか分かったものではない。
イスラエルか、ブエノス・アイレスか、あるいはドゥーヴィルか、
もしかしたらシベリアと書いたかもしれない。

結局は一時的にログインを凍結されてしまった。
振り込み資金なので、やむを得ずコンビニに下ろしに行ってもらった。
数字4桁の暗証番号なので、絶対にこの組み合わせしか使わない、
という3種類を教えたのだが、その都度電話がかかってきて、
ログインできないという。
絶体絶命だったが、他の口座に保管していた予備資金を移動し、
なんとか振り込みを終えることができた。
合い言葉はリセットすることにし、郵送で必要書類を送るよう依頼した。

謎は暗証番号だった。
いろいろな可能性を反芻しているうちに、ある特殊な数字の組み合わせが
記憶の彼方から浮かんできた。
製本屋さんからの帰途、セブンイレブンでその数字を試してみた。
ビンゴ!だった。

久しぶりに「月越の祭り」を、ささやかに祝った。
長い年月の中には、月末を越えるのが困難なときもあったが、
そんなときは、古代イスラエルの民が艱難の末にエジプトを脱出した
記念に定めた「過ぎ越の祭り」をパロって「月越の祭り」と呼び、
ささやかな慰労会をしたものだ。

昨日はくしゃみと鼻水が止まらず、すっかり消耗していたので、
なんとかハードな一日を、無事に務められて安堵している。


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by hirune-neko | 2016-04-29 00:38 | 現実的なお話し | Comments(2)

改めて緊急事態・非常事態について考える


Samantha Wells performs "Valsa Sem Nome" by Baden Powell

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この曲は、ブログ読者のcausalさんが、コメント欄に残してくださった。
バーデン・パウエル作「名前の無いワルツ」"Valsa Sem Nome"だ。
YouTubeのURLもふたつ残してくださった。
ひとつは女性ギタリストの独奏で、もう一つは女性ヴォーカルだった。

歌詞の作者はモライスで、本名は実に長ったらしい名前だ。
マルクス・ヴィニシウス・ダ・クルス・エ・メロ・モライス
(Marcus Vinícius da Cruz e Mello Moraes)。
ミドルネームというのは聞いたとがあるけれど、こんなに長いと
一体どれがなんなのか、さっぱり分からなくて、寿限無みたいなものだ。

モライスは、名前を聞いたことがある程度だったので、改めて調べた。
Wikipediaには、モライスがブラジルの詩人、作家、作詞家、作曲家、
翻訳家、外交官、歌手、ジャーナリスト・・・なんだ、この人は?
一人の人間が、こんなに才能を独り占めにしていいのだろうか。
アントニオ・カルロス・ジョビンとコンビで「イパネマの娘」を
作詞したといえば、もっと分かりやすいかもしれない。

初めて聴く曲だったが、とてもいい曲想だなと思った。
この女性ギタリストは、なかなか丁寧で繊細な演奏をしていて、
音のひとつひとつに生命を与えている・・・ギター初心者の
私ごときに、偉そうにいわれたくはないだろうけど・・・。

何度か聴いたが、やはりいい曲なのでiTunes Storeで
アルバムをダウンロードしようと思った。
この女性の演奏は、シングル盤1曲だけで、作曲家でもある
バーデン・パウエルが演奏したアルバムは、3種類見つけることができた。
3枚とも、他の収録曲も聴き比べ、最終的に「Seresta Brasileira」
という名のアルバムを購入した。

バーデン・パウエル自身の演奏を何度も聴いた後、改めてこの
女性ギタリスト、サマンサ・ウェルズ(Samantha Wells)の
演奏を聴いてみたが、なかなか捨てがたい。
なので、再びiTunes Storeに戻って、このシングル盤も購入した。

一体いつになったら、標題の「改めて緊急事態・非常事態について考える」
の話題になるのか、と思われただろう。
実は私もそう思っていた。

私見だが、これだけ複雑に構築されている現代社会にあっては、
自然災害ですら、発生の正確な日時と場所を特定することは困難なのに、
ましてや、軍事的侵攻、テロ行動、暴動などに至っては、
事前にFacebookやブログ、あるいはインターネット上の公開場所に、
正直な予告記事が掲載されるなどと、期待できる訳がない。

あらゆる不測の事態を予測し、回避しようとするのは当然のことだ。
しかし現実には、テロ問題を取り上げても、例えばアメリカだけでも
年間10兆円単位の予算を注ぎ込んでいるそうだ。
インテリジェンス・クラスの講師は、現役の防衛研究所の方だったが、
一瞬、単位を数え間違えたかと思ったぐらい、莫大な金額だといっていた。
その割に、費用対効果が思ったほどではないともいっていた。
つまり、いかに専門家といえども、テロリストの行動を完全に
監視することはできないということだ。

マット・デイモンが主演の映画、ジェイソン・ボーンシリーズ、
最終作品にはアメリカの大がかりな通信傍受システム・NSAの様子が
頻繁に登場して、とても興味深かった。

私なりの結論は、「緊急事態・非常事態」の発生を予測することに
時間と労力を費やすのは、非常にロスが大きいだろうということだ。
実感していただけると思うが、巨大地震がいつどこで発生するかを、
いろいろな情報を集めて分析・予測するのと、
家の中に、米を数十キロ、飲料水を数百リットル、缶詰を数箱、
七輪と炭を一定量備蓄しておくのと、どちらが有効だろうか。

もうひとつ抽象的なことをいわせていただきたい。

「緊急事態・非常事態」が発生した時の、心理状態だ。
小さい子どもからお年寄りまで、不安や恐怖に対する耐性は、
それぞれに異なる。
その家庭で、日頃から心の存在、精神の存在に着目し、
パニックにならないよう、それぞれに合った方法で訓練をすることが
いざというときには、役に立つと思っている。
・・・心や精神を知覚することだ。

さらにいうと、目に見える情報、耳に聞こえる報道だけで判断せず、
普段から感覚を研ぎ澄まし、感覚や感性で事態を洞察することが
できるかどうか・・・これに万人共通のセオリーは存在しないと思うが、
感覚や感性を豊かにしておくことは、人生で遭遇するさまざまな
試練や苦難を受けとめ、乗り越えようとするときにも大きな力となる。

以上は、あくまでも私個人の経験を通して得た、主観的な意見だ。
しかし、いたずらに不安感を持ち、予測することに比重を置かず、
常に事態を冷静・客観的に捉え、感情的に付和雷同しそうになる
自分自身を抑制することを、これからの日本人は意識する必要が
あるだろうなと、そのように考えている。

感覚・感性・洞察力などの知覚しにくい要素を涵養しようとするのは、
まだまだ体系化されていない手法だと思うが、
私自身もさらに研究を継続したいと思っている。
いずれにしても、基本的には努力を怠らず、信頼できる情報源を、
丹念に探して確保することは、基本の必須要素だろうと思う。
情報が発信されている意図と、その構造を理解すれば、
自ずと、信頼できず忌避すべき情報源は把握できるはずだ。

いい音楽を聴いて、いい曲だなと感じるのは、
人間の持つ感性部分が刺激されているのではないだろうか。


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by hirune-neko | 2016-04-28 00:42 | インテリジェンス | Comments(3)

情報過多時代に出現した、ブログ・余命三年時事日記の存在意義


Aga Zaryan - Sophisticated lady

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まだテレビがなかった子ども時代を経験している。
ラジオだってNHK第1と第2放送ぐらいしかなく、民放はなかった。
新聞といえば、数紙しかなかったし、新聞記者にはいわゆる
知的なエリートだというイメージがあった。
いや、今でも新聞記者の皆さんは、知識が豊富で文章力もあると思う。

独り暮らしの老母は新聞が手放せず、今でも病床で新聞を拡げている。
世の中の動きを知るには、新聞、ラジオがせいぜいであり、
徐々にテレビにその座を譲ったものの、今でも新聞とラジオ、そして
雑誌が情報源としての使命を果たしていると思う。

逆にいえば、主要な放送局、新聞社、ラジオ局、雑誌出版社を、
恣意的な報道をするようコントロールできれば、世論を操作できた。
世論を操作できれば、マスメディアが推挙する政党や候補者は、
大量に得票することができた。
逆に、敵視する相手に対し、針小棒大に執拗なスキャンダル攻撃を行えば、
その対象となった政治家は、失脚を余儀なくされ政治生命を絶たれる。

これは何も日本に限ったことではなく、欧米でも顕著な現象だろう。
社会主義国家、共産主義国家に至っては、情報統制が行われるので、
強力な官製の世論が形成される。
反旗を翻す人間は、自宅軟禁、逮捕、強制労働、拷問、粛正ということが、
現在でもまかり通っていることは、広く知られている。

実に統制の行き届いたメディア・コントロールで、芸術的な見事さだった。

放送事業は認可制らしいので、誰もが自由に参入できる業界ではない。
新聞社だって、網の目のような宅配サービスなしには展開できず、
新規参入が非常に難しい。
書籍や雑誌も、実質的には取次会社との取引口座など開設が容易ではない。
実に、不可侵領域として保護されてきたのではないだろうか。

江戸時代の瓦版を起点として、一般市民に情報発信を行う手法は、
年々進化し、技術の進歩もあって、その究極とも思える、
不可侵で巨大な情報発信テリトリーが完成した。

軍用に開発されたインターネットが、民間レベルでも実用化され、
数年かかったものの、徐々に加速度がつき始め、
誰もが端末でインターネットから情報を得る時代になった。

初期の時代には、高価なオフコンが主流であり、
パソコンも個人で容易に利用できず、なかなか普及しなかった。
だから、マスメディアの世界の人たちは、そんなに危機意識を
持たなかったのではないだろうかと思う。

アメリカで「個人ブログ」が増えていると話題になった頃、日本ではまだ
一部の人しか認識していなかった。
しかし今ではその気になれば、誰でも気軽にブログを始められる。
Facebookの利用者も爆発的に増えている。

個人ブログは、マスメディアと違って買収が利かないといわれる。
今でもそうだろうと思う。無数にあるのだから。
仮に、日本の実効支配を目論む勢力が、誰かにお金を払って、
自分たちに都合のいい情報を発信するブログを作っても、
情報強者になった人たちが圧倒的に増大し、見向きもされないだろう。

日本の実効支配を目論む外国勢力の庇護を受け、不可侵で絶大な威力の
情報発信を続けてきたメディア各社が、インターネットの至る所から
発信される、「正しい」情報による監視と反発を受け、必然的に
主要なメディアの真実性に、疑問が向けられるようになって久しい。

しかし問題は、何かおかしいのではないか、という漠然とした疑問や
不安を抱くようになっても、表層の情報だけでは確信に至らず、
さらには、どのような行動や対応が必要とされるのかとなると、
選挙以外にはなかなか思い浮かばない人が、多かったように思う。

そのような状況に、忽然と姿を現したのがブログ・余命3年時事日記だった。
手許の資料では、最初の記事は「余命3年と宣告されて」で、
2012-08-16 09:50の投稿だった。
最近は一日にアップされる投稿記事量が非常に多くなり、
初代かず先生の指示通りに、全記事をPDF化して保存している私は、
冗談抜きでアップアップすることが、多くなっている。
でも、貴重な情報源をいつでも開示できると思うと、張り合いになっている。

余命初代から現在の余命三代に至るまでの、首尾一貫したポリシーは、
実に見事に「公開情報」の発信に徹していることだ。
すなわち、個人的な憶測・想像ではなく、広範囲の公開情報を収集し、
整理して取り上げているので、真偽の議論を差し挟む余地はない。
しかも、余命三代からは、実に行動的・戦闘的な戦術を展開している。
つまり、一定の情報を発信し、危機感を共有し、集団通報から官邸メール、
さらには選挙までを視野に入れた、行動を伴うある種の「啓蒙」活動に
変容させてきている。

率直にいわせていただくと、これほど分かりやすく、しかも
国家安全保障の観点からは、国の平和と安全に直結する具体性のある
世論形成は、かつて存在しなかったのではないだろうか。

永年にわたって秘匿されてきた史実や事実が、新刊書籍を含む一連の
余命プロジェクトによって開示されてきた。
不可侵の安全領域から、国民世論をコントロールできた
ある種の支配層からすると、まさにとんでもない、憂慮すべき事態だろう。

海外勢力の展開してきたプロパガンダ活動の実態と、日本が現実的に
どのように「侵略」されているかの危機的な現実を知りたい人にとっては、
さらには、選挙を含め具体的に毅然と対応したいと考える、
政治意識の高い人たちには、余命3年時事日記・余命三年時事日記は
格好の情報源だと考えている。

ただ、個人や家族の安全保障、すなわちファミリー・インテリジェンスという
手法を勧めたい私としては、
まずは自分自身と家族の安全と安寧を常に視野に入れ、
バランスのとれた行動を考えていただきたいと願っている。
内外情勢も非常に流動的であり、国際政治や国際経済など、一般市民には
なかなか把握しにくい要素が渦巻いているので、常に「全てを疑って」
緻密で慎重な行動をしていただくことを期待している。

今後も、常に自然災害発生の危険性は存在するし、事前予告されて起こされる
緊急事態などありえないので、引き続き良質な情報源を確保し、
可能であれば、信頼できる人的ネットワークを形成し、
日本の実効支配・侵略に加担していると疑われるメディア・団体は、
できる限り遮断・忌避して、ご自身の「洞察力」を養っていただきたいと、
ひたすら願っている。


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by hirune-neko | 2016-04-27 01:12 | インテリジェンス | Comments(0)

最近は昼寝ができなくなったので、twitterをすることにした


Diana Krall _ I Get Along Without You Very Well

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後に、出版するよう私を強迫することになった知人から
mixiに招待されたのは10年以上前のことだ。
そのとき、昼寝ネコという名前で文章を書こうと決めた。
理由は、シロという名の飼い猫と相思相愛で仲が良かったのと、
とにかく年中眠くて仕事の合間に、寸暇を惜しんで
ちょっとの時間でも昼寝していたからだ。

ところが最近は滅法忙しくなってしまい、なかなか昼寝ができない。
なので、2010年の4月に@hirune_nekoの名でアカウントを取得し、
そのまま放置していたtwitterを、この際だから
利用させていただくことにした。

昼寝ができないことと、twitterを本格化しようと決めたことに、
どのような関連性があるのかというと、まったくない。

今日たまたま、ブログ読者の匿名希望さんから、
twitter機能のあらましを教えていただき、おおそれなら
ブログに文章を書くよりも、ぜんぜん気軽につぶやけるな、
と思ったことが第一の理由だ。

第二の理由は、ときどき思い浮かんだことや、飛び込んできた情報を
すぐに誰かに伝えたいと思ってしまう気質なので、速報性がある
twitterは、なかなか利便性が高いと思ったからだ。

第三の理由は、考えてみたら最近は毎日ブログ記事をアップしており、
文章を書くことが苦にならないどころか、なかなか良質の読者の皆さんが
ときどき感想を残してくださるので、文章を書くことに快感を
覚えるようになったことだ。

第四の理由は、どうやら我が人生の最後に残された仕事は、
読んでくださる方の心に届く文章を書くことだと、
そう思えるようになったことだ。

第五の理由は・・・もうこれ以上はこじつけになってしまうから、
これぐらいにしておこうと思う。

そのような次第なので、「まるで息を吐くように」頻繁にとはいかないが、
気が向いたときには、何かつぶやこうと思うし、ブログ更新も
twitterでお知らせしたいと思うし、不特定多数の皆さんにお伝えしたいと
思うことがあれば、速攻で発信したいと思う。

これまでのtwitter利用実績はたったひと種類だけだった。
「詰め将棋パラダイス」というソフトで詰め将棋に取り組んでいると、
100問解く毎に、twitterでつぶやきませんか?と表示されるので、
高揚感も手伝って、記録している。それだけだ。

ブログ記事を更新すると、Facebookに自動表示される機能は、
ずっと利用している。
今日からは、Facebookの「シェア」とtwitterのアイコンを
表示させていただく。

とくにtwitterでは、老境で昼寝好きのネコが、昼寝時間を失って、
どのようにボヤクか、また実社会とは常に一線を画してきた
ある種の発達障害老人が、世の中をどのように眺めているか、
さらに、ある程度の年数(3,000年以上だ)人生を生きてきて、
人間の生き方について、どのように達観しているか・・・
過日紹介したように、スティーブ・ジョブズへの共感もあるが、
まあ、汚い言葉で表現すれば、私にとってのガス抜きのような
言葉の発信に利用させていただこうと思っている。


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by hirune-neko | 2016-04-26 00:18 | 創作への道 | Comments(2)

動作確認のための試験投稿


Astor Piazzolla - Milonga Tres

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ブログ機能の設定を変更したため、正常に機能するかどうか、
動作確認のための投稿である。


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by hirune-neko | 2016-04-25 14:06 | 現実的なお話し | Comments(0)

長く退屈な話〜迷える子羊の教会: The Church for the Lost Sheep


Astor Piazzolla - Soledad

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 スーツケースひとつを車のトランクに入れ、とりあえず西に向かってハイウェイを走った。デンバーから何時間か走り、日が陰ってきたのでハイウェイを出て、目についた安ホテルに投宿した。あれからもう、1週間になる。

 最初の数日は何も考えられなかった。少しは思考力が戻って来たような気がするが、訪ねてくる人など存在せず、どこにも行く当てがない。食欲もないし眠気も感じない。スケジュールは全てキャンセルされ、何の予定も入っていない。電話をかける相手も、メールを送る相手もいなくなってしまった。実在するけれど、社会的には不存在の人間。そんな自分は、このままこの安ホテルで朽ち果てるのも、ありかもしれないと思い始めていた。人目を気にすることもないので、外見がどうでも良くなってしまい、シャワーを浴びる程度で、ヒゲも剃っていない。

 思い出したくないあれこれが、徐々に湧き上がってくるのを感じた。

 あの日、懲罰評議会で除名を言い渡され帰宅した夜、いつもは明かりが点いているはずの家が、闇の中に溶け込んでいた。厭な予感がして家に入り、居間の照明のスィッチを入れると、テーブルの上の書類が目に飛び込んできた。さらに厭な予感がした。
 手に取って見ると、妻からの短い手紙と、離婚承諾書、郵送用の封筒だった。

「これからの生涯を、汚名とともに生きるだけの勇気はありません。書類に署名して投函してください。弁護士から連絡させますので、連絡が取れるようにしてください。 ジェニファー」

 もうこのまま、家族と会う機会は訪れないのだろうか。突然の環境の変化に、戸惑いと不安、そして孤立感を感じた。そんな感傷に浸る余裕もなく、その夜遅く、
懲罰評議会の代理人だと名乗る弁護士から電話があった。48時間以内に住まいを明け渡すようにとの通告だった。家内と娘達の荷物は、代理人が引き取りに行くので手を触れないようにともいわれた。私物はそんなに多くはないし、その家に住み続けたいという気もなかった。私は48時間以内に、車で家を後にした。

 5月に入ったばかりなのに、少し蒸し暑いような気がした。ホテルのエアコンの効きが悪いのかもしれない。
 脳内のパニックが少しずつ鎮まって、やや客観的に考えられるようになってきたようだ。今、自分はどこにいるのだろうか。まだコロラド州内なのだろうか。それともユタなのか、あるいはもうネバダなのか。

 東部で生まれ育った子どもの頃の情景が、次々と浮かんできた。ボストン郊外に住んでいたが、父親の仕事の関係で何度も市内のコモンパークに連れて行ってもらい、芝生の上を歩き回るリスたちを追いかけたことを思い出した。
 父はビジネスマンであり、商工会議所の理事を務め、多くの政治家との親交もあった。男の子は私一人だったので、私が会社を継ぐのが当然だと思っていたようだ。妹たちも異存がなかったようだし、母も期待してくれていたのだろう。

 父はいつの頃からか、私がハーヴァード大学に進み、そのままビジネススクールで学ぶというコースを、既定路線だと考えるようになっていた。大学受験を意識しだした頃、父は私に、試験は形式的に受けるだけでいい、と告げた。つまり、なんらかの方法で、すでに私の合格が決められていたのだと知った。
 感謝して、そのまま父の母校でもあるハーヴァードを受験していたら、そしてそのまま卒業し、ビジネススクールも修了して、父の紹介の企業で訓練を積み、最終的には父の会社を手伝うのが、一番無難な人生だったのかもしれない。

 私が、神学校に進みたいといったとき、テーブルで食事中だった家族全員が手を止め、言葉を失ってしまった。あの時の情景は、今でもよく憶えている。私の出自が火星人だと知ったときのような、そんな驚きようだった。

 家族関係は気まずくなっでしまったが、私は自分の我を通し、奨学金を得て自力で神学校を卒業した。卒業後は、コロラド州内の教会で修行し、数年後にはジェニファーを紹介されて結婚することになった。ジェニファーの父親は、教会のコロラド州を統括する聖職者だった。同窓生は皆、これで私の将来が安泰だと羨んだ。
 なるほど、その後の私は教会の実務を離れ、コロラド州本部の財務や法務の仕事に就くようになった。そんなある日、私は目にしてはならないものを見てしまった。
 教会は政治的な中立を宗規としているのだが、教会員に対して、特定の上院議員と下院議員に投票を誘導する、巧妙に作られた計画書を目にした。さらには、同様に特定の議員に対し、いくつかの慈善団体を経由して選挙資金を提供する、アクションプログラムが承認されている議事録を目にした。
 私はすぐさま、ジェニファーの父親を訪ね、ことの次第を報告した。あのときの彼の表情は、今でもよく憶えている。聖職者の表情が崩れ、苦悶と困惑の表情になった。彼は鋭い視線を私に向け、いった

「ブライアン、聖なる業をこの地上に広めるときは、地の汚れを浄めるために、まず私たち自身が、その汚れの中に足を踏み入れなくてはいけないんだよ。それと、ジェニファーと娘たちの生活を守りたいと思わないのかね。」

 ジェニファーに相談できる内容ではなかった。私は3日間熟考し、最終的に確信が持てた選択を行った。ワシントンDCにある教会の本部を訪ね、法務部のディレクターに面会申し込みをし、経緯を説明することにした。そのディレクターは、私の勇気ある行動を讃え、コロラドに帰って待機するように告げた。さすがに教会の本部では、正義が通用するのだと、安堵して家路についた。

 その3日後、私はコロラド州本部の懲罰評議会から呼び出しを受けた。いつでも証言できるように、経緯を正確に資料化していた。懲罰評議会は、10分もかからずに終結した。「法務および財務の重要機密を開示した重篤な責任」を問われ、私は教会そのものから除名処分を受けてしまった。つまり、ワシントンDCの教会本部が承認の上で全てを進めており、私は一気に危険人物として浮上してしまったのだと、そのときにようやく気づいた。

 私は、何か神聖なものに裏切られたような心境だった。突然、拠り所を失い方向感覚がなくなってしまった思いだった。

 突然ドアがノックされた。ルームサービスなど頼んだ覚えはない。クレジットカードにトラブルでも発生したのだろうか。ドアの外に立っていたのは、身なりのいい男性二人だった。私の両親の依頼を受けた弁護士だというので、招き入れた。

 私の居所を突き止めたのにも驚いたが、さらに驚いたのは両親からの申し出だった。私の身に起こった全容を知らされた両親は、コロラド州の隣に位置するネブラスカ州の片田舎で売りに出されていた建物を購入したという。長く独立系の教会として使われていた建物だが、急逝した聖職者の後継者が見つからず、閉鎖されることになったらしい。その建物で、自分が正しいと考える教えを広めるよう支援したい。それが両親からの申し出だという。
 父や家族の期待を裏切り、教会でも自分の正義感を通し、ジェニファーや娘たちを悲惨な境遇に追い込んでしまった私。そんな私の行動を理解し、受け入れ、寛容に接してくれる両親に、心から素直に感謝の気持ちを持つことができた。

 代理人の弁護士は、今すぐに結論を出す必要はないといった。時間をかけて、これからの自分の人生を設計し直すよう勧め、名刺をテーブルの上に並べた。ドアに向かって歩く途中で振り返っていった。

「もうひとつ伝言があります。お母さんが、お父さんに内緒であなたの銀行口座に1万ドルを振り込んだそうです。ゆっくり旅行していい景色を楽しむように、と伝えるよういわれました。ああ、それともうひとつ。ストレスのせいにして、ドーナツを食べ過ぎないよう注意してくれともいわれました」

 その夜は、疲れ切った頭では何も考えられず、深い眠りに落ちていったようだ。

 朝方、鮮明な夢を見た。私はスペインの荒野で羊飼いをしていた。囲いには100匹の羊を入れて、番をしていた。ちょうど100匹で、それぞれ1匹ずつには名前が付けられていた。毎日3度、羊たち全てが揃っていることを確認することが、義務づけられていた。夕方、何度数えても羊は99匹しかいなかった。囲いの入口を丈夫な綱で固定し、失ってしまった1匹の羊を探しに荒野に向かった。
 徐々に日が陰り、不気味な闇が濃さを増していた。私は途中で引き返す気持ちになれず、もしかしたら危険な目に遭っているかもしれない羊の安否が気がかりで、いつも持っている鈴の音を響かせながら、あてどもなく探し回った。

 突然、何かの気配がした。2頭の狼だった。1頭が右から飛びかかってきたので、杖で殴打したが、その隙に左から飛びかかられ、足に噛みつかれた。必死で抵抗し、痛さをこらえて杖で何度も殴打するうち、狼はぐったりと動かなくなった。薬草で応急手当てし、私はまた羊を探し始めた。

 かすかに羊の鳴き声が聞こえた。私が鳴き声のする暗闇に向かって声をかけると、鳴き声が大きくなり、やがて私の方に駆け寄って来る子羊の姿が目に入った。子羊は安堵したように、私に飛びついてきた。私は子羊を抱きしめると、肩の上に担いで囲いに向かって歩き始めた。

 かなりの時間を費やしていたのだろう。東の空が少しずつ赤みを増し始め、辺りの景色が鮮明になっていた。

 そこで私は目が覚めた。夢の世界から、一気に現実に引き戻されたが、子羊の感触も足の痛みもまだ残っていると感じるほど、鮮明な夢だった。理由もなく、心の底から感動が湧き上がり、涙が溢れ出した。

 両親からの申し出を受けるべきだと、強く感じた。私にはなんの権能もない。地位もなければ、正当な権威もない。しかし、荒野で迷っている子羊を救い出すのに一体、何の権威や地位が必要だというのだろうか。安全な囲いの中で、しばし平安に過ごせるよう手助けし、その後は自分の意思と判断で、必要とすればどの宗教を目指してもいいではないか。

 そう考えると、とても気楽になった。しばしの休息を得て、新たな道を目指して行けるよう手伝うことなら、私にでもできるかもしれない。

 迷える子羊の教会: The Church for the Lost Sheep。今の私にできる精一杯のことなのではないだろうか。そう考えたとき、聖書の一節が思い浮かんだ。

『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』

【創作メモ】
 疲れ切った頭で、ぼんやりしていたら、脳内にこの登場人物・ブライアンが現れて身の上話を始めた。イメージを鮮明にして、なんとか文章にしておきたいと思ったのだが、さすがに何時間もかかってしまった。

 人生には結末はないものの、この主人公の許を去った妻のジェニファーは、後に父親から歪曲された虚偽の経緯を説明されていたことを知る。まるでハリウッド映画のラストシーンのようになってしまうが、ある日、主人公・ブライアンが小さな礼拝堂に入っていくと、最後列にジェニファーと娘たちが座っているのを目にした。その後、ジェニファーはブライアンの生き方に共感し、一緒にこの小さな教会の維持を手伝うようになったという。めでたしめでたしが、アメリカン・ストーリーの良さでもある。

 忙しさに紛れてしまっていたが、久しぶりに短編作品を書くことができて、清々しい気持ちになっている。
 もしこの退屈な作品を、最後までお読みくださったのなら、その忍耐心と寛容さに心からお礼を申し上げる。


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by hirune-neko | 2016-04-24 22:23 | 創作への道 | Comments(6)

20160424 Weekly・みるとす 臨時速報9〜ノロウィルス情報・感染症情報

いつも情報を投稿してくださる、ブログ読者・匿名希望さんから
2本の投稿があったので、Weekly・みるとす 臨時速報9として、
みるとす会員の皆さんに配信した。

ご親戚やお知り合いに、被災された方がいらっしゃったら、
是非、情報の共有をお願いしたい。


*みるとすサイトでは、以下のURLに掲載されている。
もうしばらく、公開ページとして保存させていただく。


http://www.family-intelligence.com/index.php?20160424%E7%99%BA%E8%A1%8C%E3%80%80Weekly%E3%83%BB%E3%81%BF%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%99%20%E8%87%A8%E6%99%82%E9%80%9F%E5%A0%B19%E3%80%9C%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%B9%E6%83%85%E5%A0%B1%E3%83%BB%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87%E6%83%85%E5%A0%B1

Weekly・みるとす 臨時速報9〜ノロウィルス情報・感染症情報
2016.04.24


Weekly・みるとす 臨時速報9〜健康被害懸念情報をお届けします。

【Contents】
1.地震関連 ー 避難生活における健康問題
 ↑情報提供者:ブログ・昼寝ネコの雑記帳読者・匿名希望さん
2.ノロウィルス等感染症発生注意情
 ↑情報提供者:ブログ・昼寝ネコの雑記帳読者・匿名希望さん
 
 
1.【地震関連 ー 避難生活における健康問題】

 熊本地震の被災者の皆様の不安、不便が一刻も早く、様々な支援によって解消されることを切に願っております。 被災地の避難所等における健康問題として、ノロウイルス等感染症、及び車中泊によるエコノミー症候群の予防が留意されるところであります。

 ブログ読者の方々が拡散頂き、被災者の方々に情報共有して頂けるとさいわいです。

■熊本地震の被災地における未病治セルフケアについて ー 養生法の探求
http://kouhakudou.blog.fc2.com/blog-entry-1186.html
ー 引用開始

 このたび熊本地震で被災された皆様が一刻も早く、
もとの生活に戻れますようにお祈り申し上げます。

 さて、只今、避難所や車中泊などにおける窮屈な姿勢や運動不足などを原因とする
心筋梗塞やエコノミークラス症候群が多発する傾向が危惧されております。
よって、これらの血流傷害を未然に防ぐセルフケアの方法を幾つか挙げておきます。

 東洋医学では心臓と関係があるとされるのが手の小指です。
手の小指の爪をはさむように、揉むことで心臓の違和感が予防できます。

 また腕全体は肺と心臓の血流と関係があります。
腕をよく振り回し、動かすことで心肺の血流を促進できます。
手指のグーパーを繰り返すだけでも手の血流は良くなります。

 さらに、肩や首などを回し、全身をひねるようなストレッチをすることも良いです。

 また足のフクロハギや、太ももをよく揉むことは下肢の血流をアップします。

 青竹踏みの要領で、段差などを利用して足裏を刺激することは
全身の血流を促進できます。

 皮膚や血管は押されることで、一酸化窒素という分子ガスを合成分泌します。
この一酸化窒素という分子ガスには血管を拡張する作用があります。
どこを押しても揉んでも一酸化窒素はそこの血管壁で合成分泌されます。

 セルフケア、家族のケア、お知り合いのケアに、
是非ともセルフ指圧、セルフマッサージ、セルフ按摩を励行してください。

 触れあうことでオキシトシンというホルモンが分泌されます。
ストレス、不安感の軽減に効くホルモンです。
 このオキシトシンの分泌に連動してβエンドルフィンというホルモンが分泌されます。βエンドルフィンは痛みの緩和に効く鎮痛ホルモンです。

 皆様の血流が改善され、これらホルモンが効を奏することをお祈りしております。

※本記事は緊急の要請に基づき急遽作成いたしました。

 ブログ読者、有志の皆様におかれましては本記事の拡散にご協力頂きますれば
幸いに存じます。
宜しくお願い申し上げます。
ー 引用終わり

↑情報提供者:ブログ・昼寝ネコの雑記帳読者・匿名希望さん


2.【ノロウィルス等感染症発生注意情】

 熊本・南阿蘇避難所でノロウイルス感染と見られる症状が見られる一方、東京都内でも140名余りにわたる集団食中毒が発生しています。

 例年より1ヶ月近くはズレこんだインフルエンザが落ち着いてきた一方、嘔吐下痢症、喉頭感染症ほか様々な感染症が、特に比較的免疫力の低い小児を持つ家庭には要注意です。

 ゴールデンウィークを目前にして、多くの人の集まったり往来したりする場所に出掛ける機会もあろうかと思われますが、外出・外食時を含め、手洗い・うがいの励行など衛生管理、ナマモノを避け充分に加熱/殺菌処理されたものを食する等、家族が互いに心掛ける必要があります。

 またGW中に病気にかかったときに緊急で対応してもらえる最寄りの医療機関の連絡先を確認しておくと安心です。

■【社員食堂で140人余が下痢やおう吐 集団食中毒か】
NHKNEWS WEB-2016/04/22
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160422/k10010494621000.html
ー 以下、一部引用
○社員食堂で140人余が下痢やおう吐 集団食中毒か
 東京・千代田区にある企業の社員食堂で、140人余りが下痢やおう吐などの症状を訴え、保健所はノロウイルスが原因の集団食中毒が発生したとして、食堂を営業する業者を営業停止処分にして、詳しい原因を調べています。
ー 引用終わり

■【南阿蘇村避難所でノロ集団感染か 25人が下痢などの症状】
東京新聞- 2016年4月23日
ー 以下、一部引用
 熊本県南阿蘇村は23日、被災した住民が避難している南阿蘇中学校で、これまでに25人が下痢や嘔吐などの症状を訴え、ノロウイルスに集団感染した疑いがあると明らかにした。14人が病院に搬送され、うち1人からウイルスを検出。
ー 引用終わり

■【ノロウイルス対策でシート】
時事通信 − 2016年4月23日
http://news.biglobe.ne.jp/domestic/0423/jjp_160423_4017472472.html
http://news.biglobe.ne.jp/domestic/0423/4017472472/jjp_jjp_m0021276057_jpg.html
ー 以下、引用
 熊本地震で甚大な被害が出た同県南阿蘇村の避難所で、下痢や吐き気を訴える人が急増している。写真は、ノロウイルスなどへの感染を防ぐため、清掃後にブルーシートで避難所の廊下を覆う日赤の医療スタッフ。
ー 引用終わり

■東京都福祉保健局
ノロウイルスによる感染性胃腸炎・食中毒に注意
http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/iryo/kansen/norovirus.html

■東京都感染症情報センター
感染性胃腸炎(ウイルス性胃腸炎を中心に)
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/diseases/gastro/

■家庭向け資料「防ごう!ノロウイルス感染」
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/assets/diseases/gastro/pdf-file/p-familly.pdf

■ノロウイルスのリアルタイム検索結果-Yahoo!検索(リアルタイム)
http://realtime.search.yahoo.co.jp/search?p=%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9&md=t&ei=UTF-8&rkf=1

■ノロウイルスの感染経路
どんな経路で広まるの? ウイルスや細菌による“感染症”の種類と予防法 − マイナビニュース [2016/04/02]
http://news.mynavi.jp/news/2016/04/02/141/

■ノロウイルスの経路 | これからの衛生管理 | 大幸薬品株式会社
https://www.seirogan.co.jp/fun/infection-control/virus/noro_virus3.html

■【4/24(日)午前こども元気クリニック・病児保育室月島3丁目03-5547-1191急病対応致します。 】 - 「中央区を、子育て日本一の区へ」こども元気クリニック・病児保育室 小坂和輝 16/04/23 22:33
http://blog.goo.ne.jp/kodomogenki/e/79ae18aad548e0316745cbc1f9586910

■熊本市の感染症発生情報 (4月22日更新) | 熊本市ホームページ
http://www.city.kumamoto.jp/hpkiji/pub/detail.aspx?c_id=5&id=4156

 ↑情報提供者:ブログ・昼寝ネコの雑記帳読者・匿名希望さん


 以上、Weekly・みるとす臨時速報7を、公開情報からの抜粋・見解としてお送りいたします。参考情報としてお送りしますので、これを機会に緊急事態、非常事態への備えについて、是非お考えになりますようお勧めします。

 お気づきの点やご意見は、ご遠慮なくお寄せくださいますようお願いいたします。

 編集責任者:昼寝ネコ
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by hirune-neko | 2016-04-24 18:46 | 現実的なお話し | Comments(0)

マッキントッシュ〜マック〜アップル〜ジョブズ


Reflections in D • Bill Evans

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「マック」と聞いて思い浮かべるのは、マクドナルドだろうか。
それとも、アップル・コンピュータの「マック」だろうか。

今から30数年前、仕事でアメリカの、とある地方都市に行った。
現地の仕事仲間のアメリカ人男性が、空港まで迎えに来てくれた。
いつもなら彼の家に直行するのだが、寄りたいところがあるという。
寄った先の事務所では、男性が待機しており、事務机の上に
果物ナイフと、見栄えが異なるリンゴが何個か置かれていた。

挨拶もそこそこに、待機していた男性は少々ぎこちない手つきで
リングの皮をむき始めた。
そして、私の仕事仲間にひとくち試食させた。

二人のやりとりを、怪訝そうに見ていた私にお構いなく、
二人は会話を続けた。
数個のリンゴはすべて種類が異なり、その男性の趣味が
リンゴの栽培で、いろいろ味見していることが分かって来た。

「これがマッキントッシュなんだ」

そこで初めて、私は「マッキントッシュ」が、
りんごの種類の名前であることを知った。
あの当時、私たちは「マック」と呼ばず「マッキントッシュ」と
呼んでいた。意味も分からずに。
そうか、りんごの種類の名前だったんだ。
だから今でも、マック製品にはかじりかけのりんごを
ロゴマークに使っているんだ・・・そういうことだ。

アップル・コンピュータの創業者は、スティーブ・ジョブズ。
かなり個性的な人物だったようだ。
私のデスクトップパソコンはiMac、ノートパソコンはMacbook Pro、
携帯はiPhoneでデバイスはiPadという具合で、すっかり
ジョブズの遺品にお世話になっている。
畏敬の念でジョブズを見ていたが、今はすでに故人となっている。

今朝、珍しく次男が、仕事に関係のないメールを送ってきた。
開くと、「スティーブ・ジョブズ氏の最後の言葉」というタイトルだった。

死の床に伏したジョブズが、自分の人生を振り返っての人生観を
率直に述べている。
読んでみたが、共感する部分が多かった。
人生には何が一番大切か、死後の世界にまで持って行けないものは何か。
おそらくは、常に前方のみを見つめて突っ走っていただろうと思われる
ジョブズが動きを止め、身動きのできないベッドの上で考えたこと。
私があれこれ評論するより、少し長いのだが、興味がおありになる方は
是非お読みになり、参考にしていただければと思う。

【以下、次男からのメールをそのまま転載】

アップル創業者/スティーブ・ジョブズ氏の最後の言葉

 私は、ビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。他の人の目には、私の人生は、成功の典型的な縮図に見えるだろう。しかし、いま思えば仕事をのぞくと、喜びが少ない人生だった。

 人生の終わりには、お金と富など、私が積み上げてきた人生の単なる事実でしかない。病気でベッドに寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。私がずっとプライドを持っていたこと、認証(認められること)や富は、迫る死を目の前にして色あせていき、何も意味をなさなくなっている。この暗闇の中で、生命維持装置のグリーンのライトが点滅するのを見つめ、機械的な音が耳に聞こえてくる。

 神の息を感じる。死がだんだんと近づいている・・・。

 今やっと理解したことがある。人生において十分にやっていけるだけの富を積み上げた後は、富とは関係のない他のことを追い求めた方が良い。もっと大切な何か他のこと。それは、人間関係や、芸術や、または若い頃からの夢かもしれない。終わりを知らない富の追求は、人を歪ませてしまう。私のようにね。

 神は、誰もの心の中に、富によってもたらされた幻想ではなく、愛を感じさせるための「感覚」というものを与えてくださった。私が勝ち得た富は、私が死ぬ時に一緒に持っていけるものではない。私があの世に持っていける物は、愛情にあふれた(ポジティブな)思い出だけだ。これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと一緒にいてくれるもの、あなたに力をあたえてくれるもの、あなたの道を照らしてくれるものだ。

 愛とは、何千マイルも超えて旅をする。人生には限界はない。行きたいところに行きなさい。望むところまで高峰を登りなさい。全てはあなたの心の中にある、全てはあなたの手の中にあるのだから、世の中で、一番犠牲を払うことになる。

 「ベッド」は、何か知っているかい?シックベッド(病床)だよ。

 あなたのために、ドライバーを誰か雇うこともできる。お金を作ってもらうことも出来る。だけれど、あなたの代わりに病気になってくれる人は見つけることは出来ない。物質的な物はなくなっても、また見つけられる。しかし、一つだけ、なくなってしまったら、もう一度見つけられない物がある。

 人生だよ。命だよ。手術室に入る時、その病人は、まだ読み終えてない本が1冊あったことに気付くんだ。

 「健康な生活を送る本」

 あなたの人生がどのようなステージにあったとしても、誰もが、いつか、人生の幕を閉じる日がやってくる。あなたの家族のために愛情を大切にしてください。

 あなたのパートーナーのために

 あなたの友人のために。

 そして自分を丁寧に扱ってあげてください。

 他の人を大切にしてください。

スティーブ・ジョブス
1955年2月24日 - 2011年10月5日

【以上、次男からのメール引用終了】


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by hirune-neko | 2016-04-24 00:43 | 心の中のできごと | Comments(4)

脳内トレーニング/ザ・ロンゲスト・ワン・センテンス


Lea Salonga - On My Own (Les Misérables) [720p]

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*(注意)以下は脳内トレーニングのための、お遊び文章なので、くれぐれも本気にされないように願いたい。題して「ザ・ロンゲスト・ワン・センテンス」。一体どの程度長いワン・センテンスを作れるかに挑戦してみたくなっただけの話で、内容は何もない。なので、読み飛ばしていただいて結構である。なんてヒマな奴だと思っていただければ、それだけで十分である。

〜史上最長のワンセンテンスの始まり

 英国だけでも、デイリー・テレグラフ、インディペンダント、ガーディアンなどの主要新聞社が追悼記事を掲載し、欧米のクォリティペーパー各紙も、相次いで訃報を報じたものの、ここ日本では朝日新聞、毎日新聞、北海道新聞、神奈川新聞、東京新聞、中日新聞などは完全な黙殺だったようなので、改めて日頃訪問してくださるブログ読者の皆さんのために、ご挨拶を兼ねてお知らせしたく思った次第なのだが、実は昼寝ネコ(住所特定・有職・男性・年齢は自己申告で約3,000歳)が心肺停止状態になり、救急車で聖マリアンナ医科大学付属病院に搬送された時の様子を再現すると、救急車が病院に到着する直前に、昼寝ネコは人間の姿から徐々に縮小し、救急治療室に運び込まれた時には、すでにネコの姿になっていたという珍事だったようで、担当医がひと目見て困惑し、「私は獣医師ではないので、動物病院に搬送し直してください」と、診察を拒否したそうなのだが、さあ困ったのは救急隊員の皆さんであったことは想像に難くなく、救急本部に連絡をとって対応を協議している最中に、なんと今度はネコの姿だったはずが、衆人環視の中であっという間に人間の姿に戻ってしまい、そうなるとさしもの医師も診察を拒否できなくなり、呼吸や心拍の状態、瞳孔などを検査し始めたのだが、死亡宣告をされてしまったようで、しかも死因が不明なので、規則により司法解剖に回されることになってしまったのだが、その所見がとても興味深いので簡単に転載すると「毒物反応はないものの、念のため胃の中を確認したところ、地元の和菓子屋『三芳野』製造の果実まんじゅう、かりんと饅頭、みるく饅頭、同じく地元の洋菓子屋『アンディー・ガーデン』製造のさつまいも焼きドーナツ、ガトーショコラなど異常な量が、未消化状態で残されており、因果関係は断定できないものの、高カロリー菓子類の大量摂取による急性多臓器同時機能不全症候群による、心肺停止と考えられるが、問題はなぜ同時に大量の菓子類を摂取したかであり、第三者による強制であれば他殺の可能性も浮上するが、本人の心因性による甘いもの依存症が昂じて歯止めが利かなくなった可能性も捨てきれず、関係者から日常生活の様子をヒアリングして判断すべき・・・」、とまあ、さすがに医科大学をちゃんと卒業して、医師国家試験に合格しただけのことはあるなと、今になってみれば感心するのだが、この訃報があっという間にネコネット経由で主要国の情報部にも伝わり、米国と英国では緊急の国家安全保障会議が招集されたとのことで、即刻英国のMI6の指示で在日英国大使館武官が、さらには米国のCIAの指示でアメリカ大使館の書記官が、外務省と公安警察に急行し、聖マリアンナ医科大学に対して昼寝ネコの遺体を48時間、保存するように連絡してもらったと聞いているのだが、なぜそのような大騒ぎになったかというと、まあこの際だから守秘義務をちょっと破って告白してしまうのだが、もともと昼寝ネコ一族のDNAは特殊であり、数千年も生きているとときどき「完全休養」が必要になることは、一部の人間にしか知られていないことで、7年サイクルで生きてその7倍、つまり49年生きると50年目には、少なくとも48時間、医学的には完全に死んだような状態で「熟睡」することが必要な身体になっており、これは旧約聖書の中でも「ヨベルの年」として記述されており、ユダヤ教でも「恩赦の年」と呼んでいることは知る人も多いと思うのだが、昼寝ネコの場合はもうひとつ重要な機密があって、実は生まれるとすぐに脳内に生体チップが埋め込まれ、さまざまな史実や立場上知り得た機密事項がずっと保存されており、したがって死亡宣告され日本の規則通りに火葬されてしまうと、その生体チップが修復不可能になってしまう、つまり古代イスラエル時代から伝わる、秘匿されてきた秘密情報や秘儀が失われるという深刻な事態に至ってしまうため、とくに英米の国家安全保障機能が働いたということになるが、そんなことを知る人は、ここ日本では皆無なので、まあありのまま開示したとしても、ああ、またアホな冗談が始まったとしか思われないと判断し、つまるところ今年が私によってのヨベルの年なので、上記のように医学的には死亡したと同様の心肺停止状態で48時間を、完全熟睡して今はこうして普通にブログ記事を書くに至ったので、ブログ読者の皆さんには包み隠さず、ありのままにお伝えしようと考えた次第であって、改めてお騒がせしたお詫びを申し上げたいのだが、幸いにここ日本では、ただの1行も報道されていないのだから、そんな必要はなかったと思うのだが、冒頭で述べたように、果たしてワン・センテンスをどれだけ長く書けるか、これまでの人生で試したことがなかったので、深い眠りから覚めた記念に、チャレンジして脳内機能が回復しているかどうか、試してみようと思い至ったのだが、こんなに読みにくい文章は存在しないと思うので、もし最後までお読みになった方がいらっしゃったら、心からお詫び申し上げる。

〜史上最長のワンセンテンスの終わり・・・フウ


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by hirune-neko | 2016-04-22 14:50 | 創作への道 | Comments(2)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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