昼寝ネコの雑記帳

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老パイロットの人生観


Astor Piazzolla - Invierno Porteno (Buenos Aires Winter)

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ブログにコメントを入れてくださった方によれば、日本はどうやら
ハードランディングになると予測する人が増えているという。
もし本当に事態がハードランディングに至るとなると、
想定外で未経験の状況に直面する人が増えることになる。

想像しただけで、想定外で未経験の状況には、恐怖、驚き、パニック、
社会秩序の破綻、混乱がつきまとう。
確かに、「覚醒した日本人」と「日本人になりすました反日勢力」の
対立は先鋭化しつつある。
集団通報、官邸メール、一連の不買運動、集団訴訟、マイナンバー制度、
テロ関連法案、さらには米国大統領が日本の暴力団を
「国境横断的犯罪組織」と認定して金融制裁を課す動きが拡大し、
国際的にも国連やFATFの動き次第では、出口を失った集団が
武装して市街戦が群発する可能性も出てくるのかもしれない。

さらには、竹島での日韓武力衝突もあるかもしれないし、
第二次朝鮮戦争が起きるかもしれない。
中国の覇権主義が尖閣で実動すれば、日中武力衝突もあるかもしれない。

そう考えると、非常事態を想定して提案している、「食糧などの備蓄」
だけでは安心できない要素がある。
やはり最終的には、個人個人が精神的パニックに陥らず、
普段から、どのようにして平常心を保ち、冷静な判断をできるかが
重要な要素になると考えている。
もちろん信頼できる情報源の確保も、重要な局面では欠かせない要素だ。
何度も繰り返していうが、官邸メールや集団訴訟での
勝ち負けに一喜一憂するのではなく、個人としての精神的存立基盤を
堅固なものにすることも重要な備えだと思っている。

今日読んだある雑誌で、現役を引退している老パイロットの
コメントを目にした。彼は敬虔な宗教家でもあり、鋭い洞察力による
とても示唆に富んだ内容なので、以下に一部を引用紹介する。

【退役老パイロットの談話】

 先日,妻のハリエットとわたしは,,空港で巨大な飛行機が次々と着陸するのを見ました。それは風の強い日のことで,着陸しようとしている飛行機に突風が吹きつけ,そのためにどの飛行機も近づいて来るときに進 路を外れ,激しく揺れました。

 自然と機械のこの闘いを見ながら,わたしは自分が受けた飛行訓練と,そこで学び,そして後に他のパイロットを訓練する際に教えた原則を思い出しました。「乱気流の中で飛行機の制御装置と闘ってはならない」と,わたしはいつも彼らに言ってきました。

 「平常心を保ち,取り乱さないこと。滑 走 路 のセンターラインから目を離さな
いこと。目標の進入路から外れた場合,迅速に,しかし注意深く修正すること。飛行機の能力を信頼し,乱気流を乗り切ること。」
 経験豊かなパイロットは,周りで 起こることを必ずしもコントロール できるわ け で は ないということを 理 解して います。乱気流をなくすことはできません。雨や雪をやませることはできません。吹く風を止めることや風向きを変えることはできません。

 しかし,彼らは乱気流や強風を恐れること,また特にそれらによって制御不能に陥るのを恐れることは間違いであるということも理 解しています。状況が 理 想的とは言えない場合に安全に着陸する方法は,できるだけ完全に正しい着陸コースを保つことです。わたしは飛行機が次々に最終着陸態勢に入るのを見て,パイロットとして長年学んできた原則を思い出しながら,わたしたちの日々の生活に応用できる教訓があるのではないかと思いました。

 わたしたちは人生の道中に訪れる嵐を必ずしも制御することはできません。時 折,どうしても思いどおりにはいかないことがあります。失望や疑念,不安,悲しみ,ストレスの 乱気流にあおられ,吹き飛ばされていると感じることがあるかもしれません 。そのようなときに,うまくいかないあらゆることに心を奪われ,それしか考えられなくなってしまうことがよくあります。

 救い主と, 真理に対する自分の証 にではなく, 直面している 試練に集中するという誘惑に駆られます。しかしそれは,人生におけるチャレンジを乗り越える最善の方法ではありません。経験豊かなパイロットが嵐ではなく,滑走路のセンターラインと的確な着地点に集中し続けるように,わたしたちも自分自身の信念や生き方に集中し続けなければなりません。」
(「乱気流の中で安全に着陸する」ディーター・F・ウークトドルフ)

私ごときが、何も解説を加える必要はないと思う。
人種・国籍・思想信条が異なる相手、あるいは日本人であっても、
いわゆる反日・売国行動に走る人たちであっても、
同じ人類であるという根源的な認識を持ち、しかしながら私たちの
生存基盤に関わる国家安全確保の「闘い」には、
断固として冷徹・果敢に取り組むことが要求されていると思っている。

そして、自分や家族を守り通すためには、非常事態を想定した
物資の備蓄を進めること、さらには精神的な平安さ、客観的な視点や
視野を育てて行くこと・・・言葉でいうのは簡単だが、
現代を生きる私たちに必要・不可欠の要素なのではないだろうか。


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by hirune-neko | 2016-01-31 23:55 | インテリジェンス | Comments(4)

こんな感じで配信中「Weeklyみるとす創刊準備号3」


Astor Piazzolla - Remembrance

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話題の新刊書籍「余命三年時事日記」のことを、
「出版史上最悪の書籍である」というタイトルで記事にした。
その日は、一日に12,000人以上の余命読者が来訪された。

おそらくは、昼寝ネコってどれだけ反日の奴なんだと確認しに
たくさんの方がいらっしゃったのだろう。
あらら、ぜんぜん反日ではない、と納得していただいたようだ。

その中の何人かの方が、丹念に過去の記事を閲覧されたようだ。
私が言い出しっぺで、出版社が運営協力をしてくれている
「みるとす=ファミリー・インテリジェンス・センター」
に関する記述を探し当て、約10人の方が登録された。

当初は、私が文章を書いた名入れ絵本を、産婦人科から出産祝いで
受け取られたご家庭のために、と思って構想を練っていた。
数年がかりで準備を進めている。
今年こそは公開して、出産後のご家庭に登録を勧め、利用してもらおうと
思っていたのだが、たとえ10人といえども、せっかく登録して
くださったので、登録会員向けのニュースレターを創刊準備号として
配信することにした。
今日は、その第3号を配信したので、ブログ読者の皆様にも公開したい。

入会金も年会費も、何もお金がかからないサービスだ。
私のボランティア活動+趣味・道楽のようなものだ。
以下に、今日発信した創刊第3号を掲載することにする。
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Weeklyみるとす 創刊準備号3
2016.01.30

 かなり気温が下がっていますが、お元気でお過ごしでしょうか。

 今号は以下の特集テーマで、ご案内します。

1.「子どもと楽しくつきあう365のあそび」から
 ☆マッシュポテトで作ろ☆
2.家族の良好な関係を維持する
3.非常事態を想定し家族のために備える
4.国際社会の懸念情報を知る

1.【「子どもと楽しくつきあう365のあそび」から☆マッシュポテトで作ろ☆】
 楽しく作った後は、焼いて実際に食べられる遊びです。お子さんが喜ばれると思いますので、是非一度試されてはいかがでしょうか。以下のURLをクリックして、閲覧およびダウンロードが可能です。
http://www.family-intelligence.com/index.php?go=LFiTQ8
 *登録会員しかログイン・閲覧していただけません。

2.【家族の良好な関係を維持する】
 どこのご家庭でも、子育て中は忙しいものです。改まって家族の時間を確保するのは、なかなか難しいことだと思います。でも、子どもたちにとっては、楽しい時間です。今日は、とくに小さいお子さんとの過ごし方についての提案です。
 お子さんの年齢にもよりますが、まずは1週間に一度、曜日と時間を決めて、お子さんを中心とした時間を過ごされることを提案します。今日一日、あるいはこの一週間の出来事を聞いて上げてください。あるいは、何か物語を選び、読み聞かせてください。どうしても忙しくて時間が確保できないときは、交換日記という方法もあります。とにかく、第一歩を踏み出してみませんか?お子さんが、とても楽しみにする時間になりますよ。

3.【非常事態を想定し家族のために備える】
 非常事態が発生してしまったときの状況を想像してみてください。備蓄の優先順位が高いものは、食料品と飲料水です。飲料水と食料品は、緊急事態が発生するとコンビニやスーパーの棚から、あっという間に消えて亡くなります。可能な範囲で予算を確保し、部屋のどこかにスペースを確保して、貯蔵を始めてみませんか?
 amazon.comなど、家まで配送してくれるサービスがあります。水は重いので自宅まで配達してくれるサービスは便利です。お勧めは天然の水です。銘柄はいろいろあると思いますが、500mlもしくは1500mlがあります。私は個人的にはフランス産のVOLVOC(ヴォルヴィック)を購入しています。地下の水源に有害物質が浸透しないよう、町ぐるみで地面をシートで覆っていると聞いているからです。普通の水道水にミネラルを混ぜて、「ミネラルウォーター」として販売されているケースもありますので、注意してください。また、値段が安いからといって、土壌汚染が顕著な国、あるいはキャップとラベルだけを新品にしても中身は水道水の飲料水を天然水として販売している国、などから輸入している飲料水は、慎重に選んでください。

4.【国際社会の懸念情報を知る】
 最近、比較的頻繁に目にするのは、中国経済に対する不安情報と、対中貿易の依存度が高い韓国経済に対する懸念情報です。以下に、最近の新聞や各種ブログサイトから見出しだけを転記しますので、専門家がどのように判断しているか、その傾向だけでも把握していただき、参考になさってください。もし国家経済の状況が深刻化するなら、現地に進出している企業で働く日本人の皆さん、そして日本に対してどのような影響があるのか、私自身は正確に予測できません。もちろん、何も起きないだろうと楽観視するのは自由ですが、私としては的確な状況把握をされるようお勧めしたいと思います。

(参考タイトル)
・チャイナ・ショックによる衝撃度が「リーマン」を超える恐れは十分(zakzak)
・さよなら中国マネー。三大投資家ジョージ・ソロスも中国を見捨てる(MAG2NEWS)
・中国、国家存続の限界 「共産党独裁・自由主義経済」が破綻の危機(Business Jornal)
・韓国経済が直撃している悪材料 「中国」「通貨」「原油」の「3Cリスク」(livedoor news)
・韓国4大財閥総崩れ サムスンと現代自は減益 ポスコ初赤字…(zakzak)
・「"内憂外患"の韓国経済はもはや打つ手なし 日本は反面教師として「内需拡大」に舵を切れ」(SAPIO)



 当初の予定では、名入り絵本を採用してくださっている、産婦人科で出産されたご家族を対象として、「ファミリー・インテリジェンス」センターを始める予定でした。最近、どうやらブログ「余命三年時事日記」で私の記事をご覧になり、過去に遡って閲覧されて、この「みるとす」に登録してくださった方が増えています。そんな皆さんをずっと放置しておく訳にはいきませんので、「Weeklyみるとす」創刊準備号として配信させていただきます。ご意見やご要望はご遠慮なく、お送りください。

     編集責任者:昼寝ネコ
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みるとす=ファミリー・インテリジェンス・センター
http://www.family-intelligence.com/


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by hirune-neko | 2016-01-30 21:13 | インテリジェンス | Comments(0)

漂流する人の避難場所は、どこにあるのだろうか


Astor Piazzolla - La Familia

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日に数回、老母に電話をする。
ソファから反動をつけて立ち上がろうとするのだが、
1回で立てたことがない。
まさか私がウェブカメラで様子を見ながら、会話しているなど
夢にも思っていない。

大正末期生まれなので、戦争も体験している。
その意味ではいろいろ辛酸を舐めてきている。
何もいわなくても、それなりに飲料水や食料は備蓄している。

短い時間でも、毎日、起こり得る緊急事態をイメージする。
インターネットで知る限りでも、社会の潮流に変化がありそうだ。

海上で波が荒くなったとき、方向性を失って漂流したとき、
動力を失ったとき、どのように避難所を確保するのだろうか。
避難所というからには、安全であり安心して過ごせる場所だ。

まず、自分自身の中に、自分を支え保護することができる
精神的な避難所を見つけることができるだろうか。
家族だけでなく、信頼でき、助け合える友人・知人たちとの、
輪を持っているだろうか。

自然災害だけではなく、人為的にもたらされる緊急事態をも、
想定しておくべき潮流になっているのではないだろうか。
そんなときには、最も信頼・安心できる人間関係が
貴重な避難所になると思う。

他国がどのように日本に侵攻し、実効支配しようとしているか。
これはもう妄想ではなく、現実論で対応を考えるべきだろう。
これまでに経験したことのない、異常な状況が発生するなら、
普通はパニックになっても不思議ではない。
しかし、パニックになる精神状態は、最も避けたいところだ。

社会インフラが次々と破綻し、外出もままならないような
状況は想定しておくべきだろう。
自宅内である程度の期間を過ごすための、備蓄を勧めている。
一時的に避難しなければならない場合の、非常持ち出しリュックも
考えておくべきだろう。
何を優先して持ち出すかは、平常時から検討しておいたほうがいい。

他国と連携して日本を弱体化しようとする人たちが存在する。
隙あらば、日本を実効支配しようと目論む他国が存在する。
危機感を抱いた日本人は、連携して対応しようとしている。
最近は集団通報、官邸メール、不買運動、集団訴訟と、
対抗手段が徐々にエスカレートしつつある。

まずは自分が存在する基盤を見直し、精神的にも物理的にも、
戦闘状態に耐えられるよう、整備しておくべきなのではないだろうか。

追い詰められると、どのような手段に出でるか予測がつかない。
追い詰められる人たちが、確実に拡大して行く情勢なので、
予測できないことに対して、備えることは難しいものの、
日頃から物心両面の避難所を確保しておくことは
これからも勧めたいと思っている。

闘う気持ちを持つのは結構だし、行動に移すのもいいだろう。
しかし、そのひとつひとつは、あくまでも平和で安全な国家基盤を
維持するのが目的であり、私たち個人の人生の最終目的ではない。

客観的な視点を持ち、視野を拡げ、目先の情報だけに目を奪われず、
感性や洞察力を強め、高めることも意識すべきではないだろうか。


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by hirune-neko | 2016-01-29 23:31 | インテリジェンス | Comments(2)

訪問者はBill Evansがお好きだそうだ


Bill Evans - I Will Say Goodbye

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最近、ブログ「余命三年時事日記」で私の記事が、
人騒がせな内容だということで紹介され、それがきっかけで、
「余命から来ました」という方々が、閲覧してくれたり、
コメントを残してくれたりしてくれるので、とても励みになっている。

そんな中で、「日本晴れ」という爽やかな名前の方が、
Bill Evansが好きだと書いていらっしゃったので、
1曲プレゼントをさせていただく。

どの曲にしようかと、さんざん迷ったのだが、この
I will say goodbyeにした。

初めて聴いたのは、かれこれ30数年前。
なかなか大人になり切れなくて、悶々としていた時期だった。
この演奏を耳にすると、今でも当時のほろ苦い思い出が甦る。

作曲はミシェル・ルグランだと記憶している。

当時からの約30数年の人生を振り返ると、いろいろ学んだと思う。

試行錯誤をしない人間は存在しない。
試行錯誤の過程で、失敗しない人間も存在しない。
過ちを犯さない人間も存在しない。
失敗や過ちは、その都度が人生の分岐点だと、改めて思う。
同様に、苦難や挫折や試練も、その人間にとっては大きな分岐点だ。

行く手を塞がれたとき、人は自暴自棄になることもできるし、
何かに逃避してしまうこともできる。
それはあくまでも、その人個人に任されているからだ。

あたかも、古代の航海士が、
遠い北極星を目印に航海を続けたように、
心の中の目に見えない北極星に導かれ、苦難の人生を歩み続ける人は、
やがていつか振り返ったときに、自分自身が成長したこと、
人間性が深まったこと、人に対して寛容になり慈悲深くなったことを
実感するに違いない。

人生で最も難しいことは、人を許すことだと思う。
とくに、自分を憎悪し敵対する人間に対して、あるいは
自分や自分の家族、友人に危害を加える人に対して、
相手を受け容れ、許すということは、おそらく最も難しいことだろう。

挫折、失敗、過ち、試練、焦り、苦渋・・・そんないばらの道を、
黙々と、心の中の北極星を頼りに歩み続けた人には、
もしかして理解の及ぶ心象風景なのかもしれない。

ひたすら明日に向かって歩き続け、
昨日までの旧い自分には、心を込めて別れを告げる。

人生は決して平坦で単調ではないが、
ひとつだけ確信を持っていえることがある。
空を見上げれば、北極星は誰の目にも映る。
見ようとしない人の視界には入らないが、
誰もが北極星を目指して歩き続けられるよう、
心の中には人を常に正しい方向に導く道標が
生まれながらに与えられている。

もし自分を受け容れられないときがあっても、
昨日までの旧い自分には、心を込めて別れを告げることだ。

I will say goodbye。


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by hirune-neko | 2016-01-28 22:27 | 心の中のできごと | Comments(5)

今日は、ちょっとくたびれたようだ


Melodia en la menor, Astor Piazzolla

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あれこれ細かい事務処理に追われた一日だった。
処理案件が重なってしまい、さすがに何か仕組みを考えないと、
うっかり忘れたり見落としたりが発生しそうだ。

そんなせわしない状況だったが、世の中の動きを横目で見ていた。
今年はやはり、なんとなく飽和点というか臨界点というか、
平穏無事な日常生活が、ある日突然遮断されるのだろうか。

何か起きそうな状況だと考える人は多いだろう。

そんな時期でも、納入先のある産婦人科クリニックでは、
一日に3人も4人も赤ちゃんが誕生している。
確認事項や問合せへの回答で、今日は何人ものお母さんと
電話で話す機会があった。
その一人は、ベトナム人のお母さんだったが、流ちょうな
日本語を話すので、驚いてしまった。

出産した母親は、誰だって平穏に過ごし、幸せな家族生活を望むと思う。
人によって幸せの基準や尺度は違うだろうけど、逆に考えると、
停電になり、電車が運行休止になり、水源地に毒物が投げ込まれたので
断水になり、国内数カ所の原発に携帯ミサイルが撃ち込まれて、
大量の放射線が飛散したため外出禁止令が出たり、
武装した暴徒が市街戦を起こしたり・・・緊急事態を考えればきりがない。

そんな非常事態の最中に、一体誰が人間にとっての幸福とは何か、
なんていう悠長な議論をするだろうか。できるわけがない。
とにかく安全が確認できて、平穏な日常生活を取り戻すことが
最優先課題になるだろう。

大変に困ったことだが、私たち現代人にとっては、
平凡で普通の生活は、黙っていても自然に築けるものではない。
一定量と水準の情報を収集し、危険を察知し、一般市民として
なし得ることを行動に移す責務がある。

一方で、やはり人間としての、つまり自分や家族の存在が、
どのようにあり続けるべきかを、同時並行して考える必要がある。
冷静に考えれば、銀行預金の残高や資産価値が高いのは、
何もないよりは遙かにましなのだが、例え預金が枯渇しても、
資産を失っても、それで人間が必ず不幸になるわけではない。

片面では、ある意味で生存環境の維持存続に必要なこと、
もう片面では、人間の内面に直結した幸福感、充実感、達成感、
信念、確信など、数字では計測できない要素について、
常に考え続けることが、現代人には必要な姿勢だと思っている。

その両者のバランスが良ければ、危機に際しても冷静に判断し、
選択を誤らず、結果的に賢明な方向に進んでいけると考えている。

抽象的な領域の概念を、いかに具体的に感得できるか・・・
感得していただけるような、ある意味での警鐘を鳴らせればいいなと
毎日考え続けている。

なので疲れる毎日を生きている。

今晩、ネットで2局の大激戦を制したのもあってか、疲労困憊だ。
いや、将棋の話である。


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by hirune-neko | 2016-01-27 23:57 | 現実的なお話し | Comments(10)

人と対面すると、超能力が働くようだ


Ottmar Liebert ~ Morning Glory

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大概の人は信用してくれないが、本来の私は無口で人付き合いが悪い。
集団の中にいても、できればそっとしておいてほしい。
話しかけないでほしい。話しかけられれば、仕方なく相手をする。

娘は、ここに自分のことを書かれるのを非常に厭がる。
なので娘のことを書くと、ほどなく家内に電話が入り、
削除命令が伝えられる。

今、娘の家族は英国に滞在している。
まさかブログは閲覧しに来ないと思うので、ちょっとだけ触れる。

娘は何年間か関西に住んでいた。
初対面の人に私を紹介するとき、決まっていう台詞がある。
「私は父に似て、人付き合いが悪いんです」

そんなこと、自慢げにいうもんじゃないよ、と思うのだが、
娘自らが、私に似ていると公言するのを聞くのは、
父親としては嬉しいものだ。

私には三人の息子と娘が一人いる。
それぞれが、社会人として頑張っている。
それぞれが、私のある部分を受け継いで、発展的に頑張っている。
私に似てあまり社交性がなく、人との接触を得意としないのは、
娘と二男だと思う。おそらく、二男もそれは否定しないと思う。

しかし、ここ数年前から自分の変化を認識している。
定期的に出席する会合があるのだが、自然に自分から話しかけている。
しかも、相手が意外性を感じて笑い出すようなことをいっている。
計算してギャグを無理矢理考え出しているのではなく、
その瞬間瞬間に、自然に言葉が出てくる。

非常に深刻な状況に追いやられている女性がいる。
「大変な状況ですね。気持ちはよく分かりますよ。
ときどき無性にあんパンが食べたくなるでしょう?」
それまで暗い表情で口数が少なかった彼女は、
顔いっぱいに笑顔を浮かべて「しょっちゅうです」といった。

それぞれに大変な境遇の女性三人が、深刻そうに話し込んでいる。
突然近寄って、
「すいません、私も仲間に入れてくれますか?」
三人ともどっと笑い出す。
勿論気心が知れた人たちだから、通用するケースだ。

引っ越してきたばかりで馴れていない夫婦が、ポツンと立っている。
「ちょっと済みません。実は私には特殊能力があるんですよ」
二人は怪訝な表情で私に視線を向ける。
「私は数秒間じっと観察していると、
なんのスポーツをしていた人かが分かるんですよ」
まだ若いその女性に
「新体操をされていたでしょ?」
「えっ!新体操ではありませんが、体操の選手でした。
どうして分かるんですか?」
「あまり大きな声ではいえないんですが、私は霊能者なんです」
二人はどっと笑い出す。
「じゃあ、主人はなんのスポーツか分かりますか?」
「ん〜・・・卓球ではないですか?」
「ちょっと違いますけど、バドミントンです。すごいですね」
そんなこんなで、その場は一気に和む。

息子さん夫婦に二番目の赤ちゃんが生まれ、わざわざ
ニュージーランドから来日した老夫婦がいた。
数年前の、最初の男の子の出産の時にも来日していたので、
顔見知りになっていた。
明日、ニュージーランドに帰国するというので、
「また来ていただきたいので、息子さん夫婦に
もう一人子どもを作るよう強制してもいいですか?」
破顔一笑というに相応しい、大きな笑顔になる。

苦しんでいる人間や、不安を感じている人には笑いが必要だ。
単なるダジャレやギャグは、彼らの心に届かない。
誰でも心を開ける相手を必要としている。
自分を理解してくれている、という印象は心を開く鍵だ。

私自身は無口だし、人付き合いを避ける傾向が強い。
しかし、心が重くなっている表情の人を見ると、
無意識のうちに、少しでも軽くして上げたいという衝動を感じ、
気がついたら行動に出ている。

でも、特別に本当のことを告白するなら、実は私は霊能者だ。
雄弁な言葉に幻惑されることなく、相手の心を読むことができる。
別に信じていただかなくていい。
たまには真面目に自分の隠された一面を公開しようと思った。
れっきとした、地元三丁目町内会認定の霊能者である。


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by hirune-neko | 2016-01-26 22:52 | 心の中のできごと | Comments(10)

珍しく、頻繁に外出した一日だった


Astor Piazzolla - "Oblivion" for solo guitar (arr. Lake)

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朝、車検のため自動車の修理屋さんに車を持って行った。
バス停がすぐ近くなので、帰りはバスで帰ることにした。
私が一番前で、後ろに6〜7人の人が並んでいた。
やがてバスが到着し、てっきり後ろのドアから乗車するものと思って、
後ろのドアが開くのを待ったが開かない。前から乗車するバスだった。
皆さんは私のことを、よそ者か田舎者だと思っただろう。

午後からは、論文レポートを提出するために、電車に乗って
表参道にある大学まで行った。
無事に提出したので、自分へのご褒美に以前数度
立ち寄ったことのある洋菓子屋さんでクッキーを買おうと思った。
店内改装中だった。

なので、家の近くの洋菓子屋さんで2種類のクッキーを購入。
最近は血糖値が高止まりしているので、何か理由をつけないと
食べるのを許可されない。
そこで学長が直々に、論文提出のお祝いにクッキーをくれたよ、
と真面目にいったのだが、まったく無視されてしまった。

夕方、車検を取ってもらった車を引き取りに行った。
この修理工場は事務所内でネコを飼っている。
最初は「しのぶちゃん」だったが、若くして他界したのか、
新しいネコが居座っている。
しのぶちゃんはネコ好きを嗅ぎ分けられるらしく、
私になついていた。

普段はパソコンの前で過ごす時間が長いので、
外出すると疲れやすい。
頭が重く、眠気に襲われる。

短時間うたた寝してしまったが、今日はギターのレッスン日なので、
数十分だが予習した。
基本練習のアルペジオの曲は、なんとか暗譜したので、
一音一音がきちんとクリアに出せるよう心がけた。

最大の課題は、発表会での演奏を目指している
ピアソラのオブリヴィオンだ。
前奏部分の6小節だけを何度も繰り返し、譜面の構造はほぼ理解した。
頭では理解したが、指の方はまだまだ消化不良だ。
弦をちゃんと押さえるのが、私にとってはかなり難しい。
指が隣の弦に触れてしまい、音がでない部分がある。

ギターの先生は、失意のどん底で自信喪失している私を、
親身に励ましてくれる。
なんて優しいのだろう。
音楽性が高く、人格者の先生なので私のような
オサボリ生徒にとっては、とても有難いギター教師だ。

私にだってストレスはある。仕事でもボランティアでも
面倒臭くなったり、放棄したくなることもある。
でも、ギター演奏の趣味を持つことで、気分転換ができている。

これがもし、偏屈で短気でわがままな先生だったら、
いくら音楽性が高くても、かえってストレスになってしまう。
その点、今のギターの先生は、細やかに気遣ってくれて、
本当に頭が下がる。
おそらくは、私のような無精者の生徒を教える先生の方が
私のレッスンでストレスが溜まっていると思う。
本当に申し訳なく、恐縮している。

今日はこれ以上、難しいことは考えられない。
放電状態のまま、一日を終えたいと思う。


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by hirune-neko | 2016-01-26 00:25 | 現実的なお話し | Comments(4)

相変わらずの書生論・精神の空洞化に気づくべき現代人


Ottmar Liebert - Moon over Trees

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体調が戻ってくると再び、保留していたテーマを考え始めてしまう。

記憶が定かではないが、昔ローマ時代には
哲学は緒学の女王といわれたそうだ。
実利の世界を超越した、崇高な学問だったのだろうと想像している。
形而上学ともいわれていた。

私が学生だった時代、ちょうど70年安保闘争の頃は、
本棚に哲学や思想の書籍が並んでいない学生は、馬鹿にされた。
私の場合は、ほとんどが「積ん読」だった。

当時とは比較にならないほど、今日の私たちはおびただしい数の
課題を抱え込んで生きている。
過密なスケジュールに追われている。
判断すべき案件が連続して押し寄せてくる。
必要な知識も広範囲にわたるので、即効性のある方法を優先してしまう。
目に見える成果物を追い求め、成果物に囲まれないと不安を感じる。
疲労とストレスが蓄積する。

具体的な実利を生み出しそうもない、哲学や思想に関心を持つ人は、
今や一体、どれぐらい存在するのだろうか。

個人や家族のためのファミリー・インテリジェンスには、
大別すると二種類の側面がある。
ひとつは、国家インテリジェンスとも通底するが、
個人や家族が安心して安全に、そして平和に生きられる家庭環境の確保
という、文字通り、個人・家族の安全保障だ。

国家安全保障の視点には、個人の集合体である「国民」という
概念は存在するだろうけれど、一個人の人間としての価値とか、
個人の生き方や人生観までには踏み込まない。
それは、自分自身で確立するよう期待されているからだと思う。

ここ数年の間に、長い間秘匿されていた国家の安全に関わる
危機的状況が、個人的努力によって徐々に開示されてきた。
ブログ「余命三年時事日記」に代表されるように、実態に肉薄した
情報開示が拡大し、多くの日本国民の知るところとなった。

知れば知るほど・・・感情論は抜きにして・・・生存基盤である
日本国家の安全性に対する危機感が醸成されつつある。
これまでは、その危機的状況に、具体的に対峙する手段を考えても、
なかなか見えなかったのではないだろうか。
それが今や、ブログ「余命三年時事日記」が主導する形で、
集団通報に始まり、官邸メール、そしておそらく
ごく近い将来には、集団訴訟に発展拡大する様相だ。

一国民としては、合法的かつ危害の及ばない正当な意思表示だ。
ブログ「余命三年時事日記」の表現によれば、一人3,000円程度の
費用負担を求めるとのことなので、数万人の同意者が集まれば、
かなりのテーマに対する集団訴訟が、実現するのではないだろうか。
これまでの日本社会では、考えられなかった状況ではないだろうか。
内容によっては、私自身も事情が許す限り参加しようと思っている。

しかし、既述のファミリー・インテリジェンスの考えでは、
一連の「集団通報」・「官邸メール」・「集団訴訟」による、
状況の変革は、あくまでも手段ともいうべき達成目標であり、
個人や家族がそれだけで、人間として充実した価値ある生き方を
送れるわけではない。

なので、手段を目的化してしまわないように、あくまでも
人間個人としての生き方や、家族による創造的な人生の実現を
最終目標として、視野に入れる必要があると考えている。

現代社会に生きる人たちのどれだけが、人間にとっての根源的な
生き方、価値観・人生観という概念に興味を持っているか分からない。

学生だった当時に読み、今でも印象深く憶えている言葉がある。
実存主義を提唱した、ジャン・ポール・サルトルの言葉だ。
「今在るところのものであらず、在らぬところのものであるよう」
自分自身を投企する・・・という表現だ。

現在の自分に埋没せず、さらに成長した崇高な自分に向かって、
耐えず生き方を変化させていく・・・我流の解釈だが。
サルトル自身は、クリスチャンは生まれながらに、聖書によって
規定された価値観に縛られているので、人間としての生き方に
制約を受けてしまっている、と考え宗教を否定した。

私自身は、真摯に真善美を求め、相手に対する寛容さや
慈愛の気持ちを育もうとする宗教的姿勢は評価したい。

2016年はおそらく、社会構造の対立軸が随所で顕在化し、
有事を含む緊急事態を想定しておくべきだと思っている。
物理的・物質的な意味での備蓄が重要になると考えている。
しかし、それ以上に大切なのは、人間としての生き方、価値観、
人生観など、人間の精神に直結し、精神的な空洞を埋めるものが
何なのかを、突き詰めて考える時代になっているとも思っている。


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by hirune-neko | 2016-01-24 23:41 | インテリジェンス | Comments(2)

私は一体、何者なのだろうか


ROBERTO GOYENECHE - "Los Mareados"

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最初にお断りするが、これは完全に創作フィクションである。
中には一部だけを読まれて、早合点する方がいらっしゃるので、
念を押させていただくが、これは想像の世界の作り話である。
それと、最後までお読みいただかないと主旨を誤解されるだろうと
危惧もしている。
まあ、どのような印象をお持ちになっても自由ではあるが。)

去年の春、よそ見運転の車にはねられ、地面に頭を強く打った。
意識が薄れていく中、かすかに救急車のサイレンの音が聞こえたのは、
かろうじて憶えている。

脳外科病院に運ばれ、大量の輸血を伴う厄介な手術だったと、
後で聞かされた。
三ヶ月近くの長い入院生活を経て、ようやく退院が許可された。

主治医から、退院後はリハビリを兼ねて散歩するよう勧められた。
歩くことに不安はなかったので、まずは近くを10分歩いた。
できれば毎日40〜50分歩いた方がいいといわれていたので、
江戸時代から続く用水路沿いに、第三京浜まで往復するのが
日課となっている。

主治医の先生も家族も、手術の部位が部位だけに後遺症を心配した。
聴力、視力、握力、記憶力など、様々な検査を受けたが、
とくに異常が見られず、みんな安堵したようだった。

二ヶ領用水路沿いの道は両側にあるが、一部を除いて
歩行者専用道路ではない。
しかしほとんど車が進入してこないので、一般市民の
のどかな散歩コースになっている。

犬を数匹連れて散歩する人、カップル、高齢者の方、そして
自転車はかなり多い。

しばらく歩くと、マンションの前に小さな男の子と母親がいた。
無意識のうちに声をかけてしまった。
「この間、お子さんが奇跡的に助かってよかったですね」
母親は驚いたように私を見た。
「・・・有難うございます。おかげさまで。ご覧になってたんですか?」
いや、5階のベランダから男の子が足を踏み外し、転落したその場所に
たまたま引っ越し中の布団袋があり、かすり傷一つ負わなかった、
そのときに居合わせたのではなく、たった今、その情景が
脳内で映像化されたに過ぎない。

少し歩くと、マンションの脇で小学生と思われる女の子が二人、
楽しそうに遊んでいる。
去年の春、父親が失踪してしまい、今は母親と三人暮らしだ。
生活を支えるため、母親は朝から派遣の仕事に出ている。
子どもは逞しいものだ。
別に知人でも何でもない。二人の女の子を見ていると、
その瞬間に、父親が失踪したときの情景が浮かんだ。

小柄で痩せた高齢の女性が、弱々しくゆっくりと先を歩いている。
私の方が速いので、じきに追いつき、追い越しざまに、
ちらっと彼女の表情を横目で見た。
その瞬間、病の床に伏すご主人の姿が見えた。
今日はご主人がデイサービスで外出しており、
その合間に、介護のための体力維持と気分転換のため散歩をしている。
ご主人は、60年安保闘争の学生時代、マルクスとレーニンに傾倒し、
民生の一員になった。その後日本共産党に入党し、
それ以来、熱心な共産党員として活動してきた。
二人に子どもはいない。
お互いの年金を持ち寄り、質素な生活を送っている。
なんとかして日本共産党を中心とする政権を誕生させたい。
その一心で活動を続けてきた。
もともと向学心の強いご主人は、社会情勢を把握するため、
何年か前にパソコンを購入し、インターネットで
いろいろなサイトを閲覧するようになった。70歳少し前の手習いだ。
学生の頃から、コツコツとロシア語も中国語も勉強した。
なので、とくに中国語のサイトも閲覧している。
醜悪で残酷・貪欲な資本主義社会に較べ、国民の暮らしと平和を護る
理想の国家形態こそが共産主義であり、社会主義だ。
そのような信念をずっと持ち続けていることに誇りを持っている。
数十年前に、モスクワとキエフを訪れたが、今でも鮮明に憶えている。
美しい街並みと、コンサートホールは素晴らしかった。
なぜ日本共産党は政権を奪取できないのだろうか、と悔しく思う。
しかし、最初は馬鹿にして無視していた中国語のサイトやブログが
最近少しずつ気になり始めている。
とくに、中国の環境汚染が深刻であり、富裕層は中国産の食品を信用せず、
日本産の高級な食品を購入しているという。
また、奇形児出産が多く、呼吸器系の癌で亡くなる人が
世界的に突出している水準だという。
役人の賄賂が常態化し、共産党幹部の子弟の多くはアメリカなど
海外に留学しているし、アメリカに資産を秘匿していると告発している。
アメリカに渡った人民解放軍のOBが中心となり、クーデターを
画策しているとも書かれている。
これはきっと、中国共産党政権を貶める西側のプロパガンダだ。
彼はそのように確信を持って否定していた。
しかし、法輪功関係者への弾圧や拷問に対する告発など、
頭から否定できないという気持ちが湧いてきている。
旧知の中国共産党員もみな高齢化し、疎遠になっている。
最近の国際世論の厳しさも、中国を恐れる西側諸国の情報操作だ。
共産主義こそが、この地上を理想郷に変えることのできる
唯一の思想なのだ、という信念は不動だ。
もし仮にこの告発情報が西側情報部による捏造でなく、
本当に中国人民の悲痛な生の声だとしたら、
半世紀以上の長きにわたり、運命をともにしている共産主義思想は、
果たして存続していけるのだろうか。
彼は自分の中で、永年の確信がぐらつき始めているのを感じている。

痩せた小柄の老女性と病弱なその夫のことが、いつまでも重く
心の中を占めている。
そして、彼らのこれまでと今現在の生活が、鮮明に映像化される。

異変に気づいたのは、ここ数週間前のことだ。
すれ違う人の瞬間の表情を見ただけで、まるで昔からの隣人のように、
過去が映像化されて見えてしまう。

頭を強く打った衝撃で、脳の一部に異常が発生しているのだろうか。
あるいは、大量の輸血が原因で別人の脳内人格が転移されたのだろうか。
それとも、損傷した脳を他人から移植したために、特殊で異常な
能力が発達しているのだろうか。

しかしいずれにしても、人と対面したときに単なる想像や妄想ではなく、
実像が脳内で再現されてしまうのは事実だ。
誰にも相談できないので、しばらくは様子を見ようと考えている。


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by hirune-neko | 2016-01-23 22:22 | 創作への道 | Comments(2)

人生の最期に見る心象風景が、できれば穏やかであるように


Astor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato

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遅れていた仕事案件が、かなり追いついてきたので、
少しばかり安堵の気持ちになり、心にも余裕が出てきたようだ。

何気なく窓の外に目を移すと、いつもの変わらない風景だったが、
ふと、人生の終わりに心の中に思い浮かべる情景は、
どのようなものなのだろうかと考えてみた。

91歳になった母や、もうじき93歳になる義母の最期の時が、
刻々と近づいているという実感があるため、人生を閉じる間際の
人間の心象風景に心が向いたのかもしれない。

母も義母も、どちらもそれぞれの苦難を生き抜いてきた。
おそらく、苦難を経験していない人は少ないのではないだろうか。
母も義母も、子どもは一人しかいない。
なので、われわれ夫婦には兄弟姉妹がなく、従って
甥とか姪が存在しない。

母と義母には私たち子どもがおり、四人の孫がいて、
何人かのひ孫もいる。

人生で、経済的に苦労する人、家族関係や人間関係で苦しむ人、
仕事で辛酸を舐める人、健康に恵まれず長期療養している人、
人生の風景は実に様々だ。

国が平安で穏やかな状況は、実に有難いと思う。
人はそれぞれ、自分自身の課題に取り組み、自分自身の人生を考え、
勉学心を維持し、趣味の時間を持つことができる。

そのような穏やかな水面の下の、一般の人の目が届かない場所で、
悪意に満ちた奸智奸計(かんちかんけい)が、徐々に勢力を伸ばしてきた。
ここ日本では、ある種の飽和点近くまで危険性が膨らんできていた。

私は、人間は変わることができる生き物だと思っている。
悪行を重ねた人でも、何かのきっかけで改心する可能性がある
ということを受け容れられる。
人間の本質は、なるべく性善説で楽観視している。

しかし、国家間の奸智奸計は、あくまでも性悪説で捉えなければ、
相手に対して隙を作ってしまうのではないだろうか。
国家インテリジェンスの領域では、あらゆる可能性を想定して、
性悪説に基づいて判断しなければ、あっという間に国家は転覆させられる。

相手に対して、日本人ならそんなことをするはずがない。
なので、外国人だってそんなことをするはずがない。
他国が日本に対して軍事的な攻撃を仕掛けるなんて、妄想である、
という著名な評論家の発言を聞いて驚いてしまった。
憲法9条を守り、武装放棄し、戦争はしないと宣言すれば、
戦争は起きないし、他国から侵攻されることはない、という国会議員の
発言を聞いて、驚くより呆れてしまった。

この2016年が、果たしてどのような着地点に到達するのか、
私ごときにはまったく予測がつかない。
しかし、いろいろな危険性や危惧を指摘する人は、確実に増えている。

客観的に見ていると、穏やかで和を尊ぶ一般の方々にも、
ある種の危機感や驚き、腹立たしさは確実に拡がっているようだ。
声高に相手を罵倒する人は皆無ではないようだが、
一般の市井の人たちは、寡黙に耐えているように見える。

大声で叫ばない静かな戦闘はしかし、確実に始まりつつあるようだ。

武装し、第一線で戦う人の存在は必要だと思う。
しかし、現実的にはテロ行動は別として、国家間の戦争に限るなら、
全面的な武力衝突は、最終選択手段なのではないだろうか。
クラウゼヴィッツの「戦争論」という本は、内容が難解だそうだ。
学生時代は、とうとう読まないままで終わったし、最近刊行された
解説書すら、まだ読んではいない。
残念ながら、戦争メカニズムの知識も理解度もゼロのままだ。

正当性のない武力攻撃は、国際世論からの非難の対象となる。
しかし、自国の産油量を増大させ輸出量を拡大するならば、
国際原油価格はどんどん下落する。
原油で国家経済を成り立たせている国にとっては、国家財政が悪化し、
苦しい局面に立たされる。

石油などの資源だけでなく、同様に、戦略物資といわれる穀物も、
中央銀行の金利も、外国為替交換レートも、扱い方によっては、
相手国の財政状態を破綻に追い込み、国家を弱体化させることができる。
今や、武力戦争を仕掛けなくても、合法的な経済活動によって、
選択的に相手国を追い詰めることができる時代のようだ。

情報強者に育つ国民の数が増大するにつれ、日本国内で工作活動を
拡げようとする勢力に対しての、カウンターインテリジェンス機能は、
格段と高まることになる。
一国民ができることは限られるかもしれないが、政府が提出する
法案の是非についても、適切な世論喚起がなされれば、追い風になる。
日本を託すことのできる政治家や政党を、的確に選択できる人たちが
増えれば増えるほど、国家基盤は堅固なものになっていく。

今日、私は自分が最期の時に思い浮かべるだろう心の情景について、
ほんの短時間だが、吟味する時間があった。
子どもたちそれぞれは、懸命に自分の道を切り拓いており、
親としては、何も手伝うことはできないけれど、誇りに思っている。

私自身が、自分の経験を通して学んだことを、一人でも多くの方に
何らかの形で伝えたいと思っている。
押しつけるという意味ではなく、参考意見として聞いていただきたい、
そのように思うだけだ。
どのように受けとめ、選択するかは皆さんの自由なのだから。

永年、組織には帰属せず、所属したとしても付和雷同せず、
今日に至るまで、自分自身の考え方や感じ方を大事にしている。
自分自身にとって、失うこと、訣別することに苦痛を伴う対象は何か。
突き詰めて考えると、そんなに多くはないことに気づかされる。

一人でも多くのまだ見ぬ人たちのために、少しでも役立てるよう、
体力と気力を整えて奮起しようと、そのように思い続けることを大事にしたい。

何ごとにも執着心を持たず、真摯に何かを発し、それが誰かの心に
励ましや慰め、癒やし、共感として受けとめてもらえるなら、
これ以上に嬉しいことはない。

とまあ、殊勝な心境の一日だったが、そのような心の閃きは
いつでも大切にしたいと、改めて再確認することができた。


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by hirune-neko | 2016-01-22 23:56 | インテリジェンス | Comments(4)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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