昼寝ネコの雑記帳

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亡くなった人は夢に現れないと聞いていたが


Milonga for Three - Astor Piazzolla

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夢は大抵、早朝に見ているようだ。

夢の中では、他界した人と一緒でも何も不思議に思わず、
自然に時間を過ごす。
夢から覚めて初めて、亡くなった人と一緒だったのだと理解する。

夢に現れたのは、今から30年以上前に、社内で働いていた女性だった。
すでに両親は他界しており、兄弟だか姉妹はカナダに移住してしまっていた。
たまたま用事があり、バンクーバーに行ったときにお目にかかった。
妹さん夫婦だったか、弟さん夫婦だったか記憶にない。

Vancouverなので、カタカナ表記では「ヴァンクーヴァー」が
適切だと思うのだが、バンクーバーが一般的なようだ。
自然豊かな、きれいな街だったと記憶している。

退社前だったと思うが、彼女が手術を受けることになった。
日本には身内がいないため、手術の日に付き添ったのを憶えている。

その彼女が、数年前に他界したと聞いていた。
私は死なないと、最期までいっていたらしい。

夢の中では、死人と口を聞かないとも聞いている。
いや、会話をしたよという人もいる。

とにかく、彼女がなぜ私の夢の中に現れたのか、
理由はさっぱり不明だ。
理由などないのかも知れない。

この1年ほどの間に亡くなった将棋の先輩、ボランティアで
話し相手になっていた男性。
ときどきふと、彼等のことを思い出すことがある。
今頃、どこでどうしているのだろうと思う。

死後の世界があるとしたら、そこでは将棋を指しているのだろうか、
と真面目に考えることがある。
もし、死後の世界に将棋の滅法強い天使がいたら、
先輩はさぞかし嬉しがっているだろうと、目に浮かぶ。
昼寝ネコさんも、早くおいでなさいと誘ってくれるだろう。

義母の手術と入院、母の体調の悪化と気弱な言動、家内の叔母の
すがるような電話、あれこれが重なり私自身が疲労を抱え込んだようだ。

なんとかピークを脱しつつあるが、緊張が解けるとともに、
疲れが押し寄せているようだ。

つい先日、血圧が異常に下がったが、今日は低いなと思ったら、
今度は一転して上がってしまった。
そんなときは、脳内に違和感が拡がり、心臓から全身に不安感が拡がる。
久しぶりに「救心」という名の、漢方薬を飲んだ。
身体に合うのか、いつものように緊張から解放され、血圧も安定した。

年間読書計画は、予定通り11月28日で読了した。
読書リストには、旧約聖書と新約聖書が入っている。
なので、キリスト教とユダヤ教の概念は、ある程度理解していると
思っている。イスラム教のコーランは、まだ開いていない。

一神教の場合は、人智を超越した創造主としての存在が根底にある。
さらには、輪廻転生ではなく、直線的な時系列で前世、現世、来世が
前提となる。

宗教は、サルトルをはじめ、頭から否定する無神論の哲学者が存在する。
無論、それは自由だ。

しかし、現在世界中で展開しているテロリストによる殺戮、
それに対して報復する空爆や軍事的掃討作戦・・・
これはまさに、映画「ミュンヘン」のラストシーンで、
報復のために、パレスチナのテロリストを殺害した主人公の男性が、
徒労を滲ませ、苦渋の実感を込めて口にした言葉、
「憎しみと殺害の連鎖の延長線上には、決して平和は存在しない」
が、全てを物語っているのではないだろうか。

旧約聖書にも新約聖書にも、「末の日」には、戦争の噂があり、
戦争があり、地震などの自然災害、疫病(伝染病)が拡がる、
と書かれている。

一神教の教える天父、イエス・キリスト、聖霊、ユダヤの王、
あるいはアッラーの神なる存在がないとしたら、
キリスト教徒もユダヤ教徒もイスラム教徒も、地上で最も
滑稽で愚かな存在になることだろう。

しかし、もし実在するなら、そしてマホメッドが語ったように、
キリスト教徒の神と、イスラム教徒のアッラーの神、さらには
ユダヤ教徒の希求するユダヤの王が、もし同一人物として
存在するなら、これはちょっと話が違ってくるなと思い始めている。

世界中の対立構造の根底には、岩盤のような融解しがたい、
ある意味では頑迷な思考に取り込まれた人たちの、感情的、
情念的憎悪や敵愾心が、ドロドロに渦巻いているように思う。

インテリジェンスの世界で、宗教マターへの言及は聞いたことがない。
背景にある政治的な動きや、宗教に名を借りた工作活動、
という側面を捉える見方が、一般的なのではないだろうか。

政治も宗教も、話題にするのはタブーとされる、容易に対立構造に
巻き込まれやすいテーマだろう。
しかし、神学的視点あるいは宗教的視点というのは、本来は
視野に入れるべきものなのではないかと、ずっと考えている。

しかし残念なことに、まだまだどうしていいのか、
アウトラインすら思い浮かんでいない。

なので、夢の中に亡くなった人が現れたら、次回はあれこれ
インタビューしてみたいと考えている。
・・・そのうち自分自身が、実際に死後の世界に旅立ったりして。

いや、もうしばらくは、この地上で悪あがきを続けさせていただきたい。


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by hirune-neko | 2015-11-30 22:25 | 現実的なお話し | Comments(0)

病み上がりに映画鑑賞の静養療法だった


Astor Piazzolla, Sinfonia Buenos Aires, Op. 15, II. Lento, con anima

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徐々にウォーキングの習慣を取り戻しているのだが、
1時間ほど歩いて帰ってきた昨日、どうも脳貧血と
脳内の違和感が強まってきた。

もしかして、久しぶりに血圧が高くなったかと思い、
測ってみたら・・・器械の故障かと最初は思った。

上の値が、なんと50。
測り直したら、今度は50を切ってしまった。
いくらなんでも異常な数字だ。

床に背中をつけて深呼吸し、繰り返し測り直した。
数分後には、なんとか110まで快復した。

今日、知り合いの看護師さんに状況を説明したところ、
それは危険な数値だから、病院に行った方がいいといわれた。

正直にいうと、病院は好きではない。緊急事態の症状なら別だが、
なるべく、自然に自己免疫力や抵抗力を高める方法を採用したい。
いや、もしかしたら昨日は緊急に準ずる状態だったのかもしれない。

東洋医学系の治療をされる先生たちは、口を揃えて
歩くことが免疫力を高め、内臓機能も改善するという。
それを期待しているのだが、2日や3日程度では効果は出ないだろう。

その翌日だったのと、都心まで電車で行く自信がなかったので、
今日の午後に予定されていた高校の同窓会をキャンセルさせてもらった。

いつだって具合が悪くても、何かしないと気が済まない。
アホな人間の悪い習性だ。
でも、今さら直しようがないのも事実だ。

amazon.comのプライム会員になって数年になる。
プライム商品は送料が無料になる、という程度の特典だと思っていたが、
最近プライムビデオなるサービスが始まった。
レンタルビデオのリストの中にある「プライムビデオ」は
プライム会員なら、無料で視聴できるサービスだ。

観たい映画を選び、ウォッチリストに登録しておけば、
いつでも無料で観られるし、途中で停止したシーンから再生してくれる。

大学院のインテリジェンスの先生は、かなり映画好きの方で、
授業中にこれを観た人はいるか、あれを観た人はいるかと質問し、
何作も紹介してくれる。

これまでに、先生の推薦で視聴したのは、「ゼロ・ダーク・サーティ」、
「誰よりも狙われた男」、「フェアウェル」、「テロ・ポイント」、
そして数週間前の授業で触れたのは「ミュンヘン」だった。

ミュンヘン・オリンピックの時に、11人のイスラエル選手が人質になり、
全員が殺害された、という事実をテーマにした作品だ。
イスラエルの情報機関・モサドに選ばれた男が、選手たちを殺害し、
世界の色々な国に潜む、パレスチナのテロリストおよび
首謀者を探し当て、殺害するというストーリーだ。

授業では、イスラエルの対外情報機関のモサドは、
暗殺を行うが爆殺を好むと習った。つまり爆弾を使用するという意味だ。

なるほど、事実に基づいて作ったというだけあり、電話器の中や、
ベッドのマットレスの下などにプラスチック爆弾を仕掛けて爆殺していた。

選ばれた男性は、妊娠7か月の妻を残してフランス、イタリア、アメリカ
などを訪れて任務を果たす。

帰還した男は、脳裏に残っている残虐な殺戮シーンにうなされ、
モサドからの次の任務の依頼を断る。
そのときの台詞には、まったくその通りだと同感した。

「憎しみと殺戮の連鎖の延長線上には、決して平和は存在しない」

終了後のタイトルロールを眺めていたら、スピルバーグの名前があった。
ああ、スピルバーグの作品だったんだ。
そんなことも知らずに観てしまったが、出来のいい作品だったと思う。

先生の推薦するスパイ映画を何本も観たせいで、
私自身もすっかり用心深くなってしまったようだ。

夜、ゴミ置き場にビニール袋のゴミを出しに行くときは、
必ずベルトにボノヴィ(Bonowi)社製の特殊警棒を取り付けて行く。
ドイツの特殊部隊であるGS-9制式採用の、頑丈なものだ。
おそらく世界で一番、実用的だろうと思う。
いろいろリサーチして辿り着いたのが、ボノヴィ社製だった。

なので、暗がりで急に近寄ってこられると、特殊警棒が
ジャキーンという音とともに長く伸び、危険なことになるので
お気を付けいただきたい。


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by hirune-neko | 2015-11-30 00:20 | 現実的なお話し | Comments(0)

もしかして自虐行為か自殺行為なのだろうか


Diana Krall-Guess I'll Hang My Tears Out To Dry

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何日か前、「中国の100年マラソン」という言葉を目にした。
記憶が不確かだが、アメリカから屈辱的な扱いを受けたため、
100年かけて、世界制覇を成し遂げ、アメリカも支配しよう・・・
確かそのような中国らしい、遠大な野望があるという内容だった。

断片的な情報が次々と駆け巡るので、印象には残るものの
情報の整理が追いついていない。

今日、たまたまあるブログで、その中国の遠大な復讐戦略が
単行本で出版される、という記事を目にした。

著者のマイケル・ピルズベリーは、CIAに所属していたようだが、
同時に、ランド研究所にも席を置いていたらしい。
ランド研究所といえば、アンドリュー・マーシャルが
そこで永年にわたり、中国を研究していたはずだ。

かねてから、キッシンジャーを筆頭に米国の中国に対する
肩入れがまかり通っていた。
しかし、そのキッシンジャー自身が中国の本性を知り、
親中派を止めたと宣言しているらしい。

マイケル・ピルズベリーは、この本を出版するに先立ち、
CIAおよびFBIに原稿のチェックを依頼し、活動上の妨げになる
記述を削ったと書かれている。

私は国際政治を勉強している訳ではない。
なので次々と提供される国際情報に翻弄されている。
遮断したい気持ちはあるのだが、しかしいずれの国家の問題でも、
日本国民にどのような影響があるかは、独自に研究したいと思う。

なので、まさに自虐行為か、はたまた自殺行為のように
思えるときもあるが、とにかく目一杯に視野を拡げる努力をしている。

amazon.comで探したら、kindleブックがあったので購入した。

門外漢の私があれこれ説明するより、専門家のコメントを
紹介した方が手っとり早いので、以下にコピーする。

・書名:China 2049 秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」

・副題:米国を出し抜き、2049年に世界覇権を握るための秘密戦略、中国「100年マラソン」の全貌。

・著者:マイケル・ピルズベリー

・書評1:

本書はマイケル・ピルズベリーのCIAにおける経験に基づいて書かれ、CIAのエクセプショナル・パフォーマンス賞を受賞した。「パンダハガー(親中派)」のひとりだった著者が、中国の軍事戦略研究の第一人者となり、親中派と袂を分かち、世界の覇権を目指す中国の長期的戦略に警鐘を鳴らすようになるまでの驚くべき記録である。 本書が明かす中国の真の姿は、孫子の教えを守って如才なく野心を隠し、アメリカのアキレス腱を射抜く最善の方法を探しつづける極めて聡明な敵だ。我々は早急に強い行動をとらなければならない。
──R・ジェームズ・ウールジー(元CIA長官、民主主義防衛財団会長)

・書評2:

本書は米国における中国専門家として著名であるばかりでなく、米国政府の対中政策に最も深く関わってきたマイケル・ピルズベリー博士の中国論である。その本人が本書の冒頭で、米国は中国の国家戦略の根底にある意図を見抜くことができず、騙されつづけてきたと告白する。この告白は衝撃的である。
我々はこれほど中国に精通し、中国要人と交流のあった同博士でさえ中国に欺かれ続け、それを知らずに歴代米国政権が対中政策をピルズベリー博士の助言や勧告に基づいて進めてきた事実を知って今更の如く愕然とする。
──森本 敏(拓殖大学特任教授・元防衛大臣)

・内容解説:

 1990年代後半のクリントン政権時代、著者のマイケル・ピルズベリーは国防総省とCIAから、中国のアメリカを欺く能力と、それに該当する行動を調査 せよ、と命じられた。諜報機関の資料、未発表の書類、中国の反体制派や学者へのインタビュー、中国語で書かれた文献をもとに、中国が隠していた秘密を調べ はじめた。やがて見えてきたのは、中国のタカ派が、北京の指導者を通じてアメリカの政策決定者を操作し、情報や軍事的、技術的、経済的支援を得てきたとい うシナリオだった。これらのタカ派は、毛沢東以降の指導者の耳に、ある計画を吹き込んだ。それは、「過去100年に及ぶ屈辱に復讐すべく、中国共産党革命 100周年に当たる2049年までに、世界の経済・軍事・政治のリーダーの地位をアメリカから奪取する」というものだ。この計画は「100年マラソン」と 呼ばれるようになった。共産党の指導者は、アメリカとの関係が始まった時から、この計画を推し進めてきたのだ。そのゴールは復讐、つまり外国が中国に味わ わせた過去の屈辱を「清算」することだった。
 本書は、ニクソン政権からオバマ政権にいたるまで、米国の対中政策の中心的な立場にいた著者が、自 分も今まで中国の巧みな情報戦略に騙されつづけてきたと認めたうえで、中国の知られざる秘密戦略「100年マラソン(The Hundred-Year Marathon)」の全貌を描いたものだ。日本に関する言及も随所にあり、これからの数十年先の世界情勢、日中関係、そしてビジネスや日常生活を見通す うえで、職種や年齢を問わず興味をそそる内容となっている。

・登録情報

フォーマット: Kindle版
ファイルサイズ: 2174 KB
紙の本の長さ: 347 ページ
出版社: 日経BP社 (2015/9/3)
販売: Amazon Services International, Inc.
言語: 日本語
ASIN: B0152SPEQE
X-Ray:
Amazon 売れ筋ランキング: Kindleストア 有料タイトル - 267位 (Kindleストア 有料タイトルの売れ筋ランキングを見る)
2位 ─ Kindleストア > Kindle本 > 社会・政治 > 政治
3位 ─ 本 > 社会・政治 > 政治 > 国際政治情勢
5位 ─ 本 > 社会・政治 > 外交・国際関係


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by hirune-neko | 2015-11-28 21:32 | インテリジェンス | Comments(0)

「人間失格」から「人間合格」に至る源泉


Bill Evans Trio With Symphony Orchestra - Valse

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初めて、太宰治の生家である斜陽館、そして津島家別邸を
訪れたときのことが、突如思い出された。
あれは何年前のことだったか、まだ思い出せない。

思い出した。
東日本大震災後に、寄贈絵本を記事にしてくれるよう
北海道新聞、室蘭民報、函館新聞を訪れ、津軽海峡を渡って
次に訪れたのは、弘前に本社のある陸奥新報だった。
その帰途、レンタカーで津軽平野を北上して立ち寄ったはずだ。

母方の祖父の生まれは、昔の金木町・現在の五所川原市だ。
北海道の室蘭に移り住み、母の言葉によれば若くして
当時の日本製鋼所の工場長を務め、38歳で病死した。
その祖父とは一面識もないのだが、アルバムの写真と
母から聞いたいろいろなエピソードで、子ども心に
尊敬の念をいだき、また親近感を持っていた。

なので、津軽弁や津軽鉄道には今でも郷愁を感じている。

名入り絵本の「大切なわが子へ」の本文を、津軽弁で
作りたいと考えたのも、やはり心の中にずっと
津軽に対する郷愁が消えなかったためだろうと思う。

五所川原で太宰の作品を、津軽弁で読み聞かせている女性を
紹介してもらい、その方に、津軽弁の文章を作ってもらった。
出来上がってすぐに、陸奥新報社の五所川原支社に電話して
記事化の取材依頼に押しかけた。
当時の女性記者の方が、かなりのスペースを割いて
記事にしてくれた。

祖父と太宰治はほぼ同時代人であり、菩提寺も一緒だ。
しかし、私自身は太宰作品をほとんど読んでいない

斜陽館はすっかり観光拠点になっているように見えた。
一方、津島家別邸は観光客が訪れる気配もなく、
ひっそりと、当時の静かな佇まいを残していた。

ガイドの方にお願いし、太宰が作品の構想を練った
という和室で、一人にさせてもらった。

太宰が暖を取ったとされる火鉢にそっと手を置いてみた。
理由は分からないが、突然、太宰の魂が降臨したかのように
心の底から感動がこみ上げ、涙が溢れた。

今、考えてみても、一体何がそうさせたのか思い当たらない。

太宰の作品では、「人間失格」というタイトルが印象深い。
自分自身のことを胸を張って、「人間合格」だなどとは
とても宣言できない。
「人間失格」という言葉の陰に隠れ、心のひだに織り込まれた陰影を
ときどき苦渋の思いとともに思い出すような人間なので、
「人間失格」というレッテルに甘んじている。

しかし最近になって、どうも雲行きが怪しくなってきた。

どうせ自分は「人間失格」だからと、その看板に隠れて、
負け犬のまま人生を終えていいのだろうか、と思うようになった。
別に居直るつもりはないのだが、じゃあ、過去に汚点のない
「人間合格」のまま、ずっと人生を生きてきた人間は存在するのだろうか。

さらにいえば、人間の根源的な価値はどのように捉えるべきなのか。
失敗や過ち、挫折や苦難に遭い、そのままうちひしがれて
自己否定をしながら、日陰を選んで生きるべきなのだろうか。

いや、そうではないだろう。
どんな状況からでも、その気になりさえすればリセットして再出発が
できるはずだ。どの人間にも、そのような特質が具わっているはずだ。
失敗や過ち、挫折や苦難は、その後の生き方によって、その人間を浄化し
よりよい生き方をするプラスの原動力になるのではないか。

今では、そのような考え方に確信を持っている。

なので、真の「人間合格」というのは、「人間失格」状態から、
正しい方向に向かって、まさに重い一歩を踏み出そうと努力している
人間の姿に与えられる称号なのではないだろうか。

そのうち時間があったら、太宰作品のパロディではなく、
「人間失格」というのは、「人間合格」に至る初期状態である、
という考えに基づいて、「人間合格」というタイトルの
短編作品を書いてみたい。

いつになるかは分からないが、やりたいことがひとつでも多くあった方が、
人生が充実し、サルトルではないけれど、自己投企することに
つながるのではないだろうか。

二十歳過ぎの頃に出会った実存主義の基本的な考え。
「今あるところのものであらず、あらぬところのものであるよう」に
自分をより高い水準の自分に投企する、という考えに、今でも賛同する。

正確な表現は憶えていないが、サルトルは
「クリスチャンは、生まれながらにして聖書に生き方を束縛されている」
というような表現で、キリスト教を否定した。
その考えにすっかり同調・傾倒した私は、牧師さんと議論するために
キリスト教会を訪れた。論争では負けない自信があった。

あれから40年以上経過したが、今ではサルトルのその考え方は
大きな誤りだと、自信を持っていえる。
もしサルトルが生きていたら、フランスに飛んで議論したいぐらいだ。

たかだか1週間そこそこだが、断糖効果が出てきたのか、
少しずつ、脳内機能が重力に逆らうように、ギシギシいいながらも、
生気を取り戻してきたように感じる。

実に嬉しいことだ。

今日も、セブンイレブンでは何も甘いものを買わず、
洋菓子屋さんの前も素通りして無事に帰ってきた。

以前の自分と較べれば、かなり進化してきたと、自画自賛したい。


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by hirune-neko | 2015-11-27 20:22 | 心の中のできごと | Comments(0)

断糖生活にも身体が慣れてきたようだ


Los Paraguas de Buenos Aires Amelita Baltar Astor Piazzolla

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先週、近所の洋菓子屋さんの女主人が亡くなり、葬儀があった。

最近は「焼きドーナツ」など、積極的に新商品を開発しており、
個人的にはチョコレートケーキのファンだった。
そんなに頻繁には通わなかったが、同じ町会なので
よく顔を合わせることがあった。

血糖値が高いのに、お菓子が好きなんで困ってます。
そういうと、女主人は笑いながら、私も高いんですと応えた。
へえ、血糖値はどれぐらいなんですか?と訊くと、
何もいわず、笑ってはぐらかされた。

お通夜と告別式の案内がシャッターに貼られていた。
一緒に「当分は営業しません」とも書かれていた。
遺族の皆さんにとっては、かなり大きな喪失感なのだろう。
今日、ようやくお店が再開していた。

遠目にチラッと覗いてみたが、あの「看板おばさん」の不在は
やはり何か欠落感を伝えている。
供養のために、チョコレートケーキを買おうかと
一瞬は思ったのだが、なんとか踏みとどまった。

とても恥ずかしい話だが、脳内疲労が濃いときは
どうしても甘いものを食べて、沈静化を図ることが多かった。

かなり以前から、セブン・イレブンの常連になっており、
チーズケーキから始まって、チョコレートケーキ、
マカダミアクッキー、かもめの玉子に良く似た食感の和菓子、
ブルボン製菓のチョコブラウニーなどなど。

甘いもの依存症に加えて運動不足、長時間の頭脳労働。
このままでは廃人になるのも時間の問題だと、いつも不安があった。

何日前から断糖生活を始めただろうか。
すでに1週間は経過したように思う。

意を決した理由はいくつかある。

口先では崇高な理想を掲げるくせに、おとなしいと思ったら、
お菓子の食べ過ぎで高血糖になり、廃人同様になってしまったと、
巷の噂になるのも癪だなと思った。

せっかく途中まで創り上げたプロジェクトを、未完のまま
放り出すことになってしまったら、潜在的に存在する
全国の何十万、あるいは何百万という数のご家庭に
大変申し訳ないことになってしまう。

2015年から2016年にかけては、日本の大転換期になると
旧・余命3年時事日記および新・余命三年時事日記で
指摘しているのに・・・確かに私自身の予感でも
規模の大小を問わず、有事が想定される局面にさしかかっている
というのに、お菓子の食べ過ぎで廃人同様になって戦線を離脱した、
なんていうことになったら、みっともないのを通り越して、
これは罪深いことに違いない。

それと、短編小説家としての立場を確立し、作品を多言語出版する、
という最大の夢物語も潰えてしまうではないか。
そうなると、おそらくはノーベル文学賞の選考委員の皆さんが
かなり落胆するだろうと、その姿が目に浮かんでしまう。

まあ妄想するのは好き勝手なことで、誰にも迷惑がかからない。
なので、そんなあれやこれやの理由で、心を鬼にして
ケーキ、クッキー、和菓子、チョコレートを完全に遮断した。

セブンイレブンにも行かなくなってしまった。
私が行かなくなってしまったら、どの程度の売上減になるのだろうか。
まったく影響などあるはずがない。そんなことは分かっている。

嬉しいことに、甘いもの禁断症状は思ったより軽い。
ウォーキングの習慣も少しずつ回復している。
そのせいか、歩くのがぐんと楽になり、脳内も爽快になってきた。

この調子で、なんとか軌道修正したい。

甘い誘惑と戦って退けることで、魂の自由が甦ってきたように感じる。
まったく呆れるほどの低俗な葛藤であることは、重々承知している。

亡くなった洋菓子屋の看板おばさんには、大変申し訳なく思うが、
心を鬼にして、チョコレートケーキはしばらくおあずけにさせていただく。


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by hirune-neko | 2015-11-26 23:51 | 現実的なお話し | Comments(0)

石田流、立石流から元祖・気仙流を目指して


Astor Piazzolla - Remembrance.

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将棋の話なので、将棋に興味のない方には退屈だと思う。

古くから、石田流三間飛車という三間飛車の戦法がある。
石田流の弱点を補い、最終的に石田流に組むという
急がば回れの戦法が、立石(たていし)流だそうだ。

東日本大震災があったのは、2011年3月11日なので、
その頃はすでに「ネット将棋スクールに入門して、数年経っていた。

数十年ぶりに将棋を指したくなり、google検索で見つけたスクールだ。
主宰は堀川修・指導棋士五段。
インターネットで対戦し、スカイプで講評してくれるというシステムで、
小学生の生徒も多く、かなりの子どもたちを県代表に育てている。
奨励会で活躍している卒業生も多いようだ。

なんとか有段者になりたいという夢があり、何年もかかったが、
ようやく堀川先生の許可が出て、日本将棋連盟から大きな額入りの
初段の免状をいただいたのが、2011年の初頭だった。

ブログを調べてみたら、2011年4月7日の記事で、額入りの免状を、
堂々と掲載している。
ちょっと照れながらも、以下の文章を記載している。

「初段の免状です。自己激励のために敢えて掲載します。
 でもちょっぴり自己自慢でもあります。ごめんなさい。」


あの東日本大震災で、多くの方が家族を失った。
たまたまご縁があり、親を亡くされたお子さんのための絵本を
作れないかという打診が、ある福祉団体からあった。

従前からあった、死産や流産で赤ちゃんを抱くことができなかった
ご両親のための「天使版」の文章が目に留まったようだ。
でも、親が亡くなった赤ちゃんのための文章は経験していなかった。
なので、そう簡単には書けなかった。

最終的には、親を亡くした子ども向け、子どもを亡くした親向け、
そして、仮設住宅などの過酷な環境で子育てをする両親を励ます、
3種類の文書を提案し、採用されることになった。

北海道から青森、岩手、宮城、福島の新聞社10数社を訪問し、
寄贈絵本の記事化をお願いした。なかなかハードな旅だった。

あれから4年以上が経過している。
もともと福祉団体や企業・個人の寄付が財源なので、
資金は無尽蔵ではない。

現在、かろうじて継続しているのは、
「気仙の赤ちゃんへの絵本寄贈」プロジェクトのみだ。

気仙というと、大船渡市、陸前高田市、住田町の3自治体だ。
おまけに、地元の新聞社である東海新報社に紹介していただき、
地元出身の方に、オリジナルのイラストを描いてもらった。

なので、現在流通している2種類のイラストとは別の、
気仙オリジナル版の絵本が、もうじき誕生しようとしている。

この災害がなかったら、気仙地方には訪れていなかったと思う。
不思議なご縁をいただいたが、どういう訳か気仙贔屓になってしまった。

東海新報という新聞社は、なかなか保守的な報道姿勢であり、
ネット上では「神のごとき新聞」と評価が高い。

趣味が昂じて、日本将棋連盟の大船渡支部にお邪魔したことも遠因だ。
支部長さんを中心に、子どもたちのための将棋大会を主催している。

一般市民の皆さんとの、個人的な交流も生まれた。
小さい子ども3人のお父さんが突然亡くなり、
連日泣き暮らしてばかりの子どもたちのために、絵本を作ってほしい、
という電話をしてきたのは、そのお父さんの母親だった。
津波が死因ではなく、その後の無理がたたっての心筋梗塞だったので、
作ってもらえないと、最初は考えたそうだ。

絵本を送ってしばらくして、気仙で獲れたサンマの氷詰めを送ってくれた。

このブログに、気仙に関する記事を何本も掲載することになった。
あるとき、東海新報社の目に留まり、その全記事を連載してくれた。

大好物である、さいとう製菓の「かもめの玉子」も遠因かもしれない。

何度も気仙を訪れ、たくさんの命を呑み込んだ荘厳な海の色を見ながら、
ある日ふと、舞台脚本のストーリーが脳内で展開した。

気仙で生まれ育ち、大きくなって江戸住まいとなった女の子。
小さい頃から将棋に才能があり、江戸から出向いた棋士相手に
互角に戦った、というエピソードが思い浮かんだ。
その女の子独自の戦法を「気仙流」と名付けた。

別に舞台上で実際に将棋を指す訳ではないのだが、独創的な
その主人公の女の子が考案し、いつしか「気仙流」という戦法が、
江戸でも話題になった、という展開だ。

別に女流棋士物語なのではなく、震災で意思に反して落命した
多くの犠牲者の皆さんの心象を、女の子に重ね合わせ
無念さの中でも、遺された家族の安寧を願う、といういわば鎮魂歌だ。

どうしても、「気仙流」戦法を言葉だけに終わらせたくなかったので、
対戦の後の堀川先生との雑談で、その構想を説明した。
そのときに、先生が提案してくれたのは「初手6六歩」だった。
なんですかそれ?と思ったのだが、ずっと立石流四間飛車を好んでいたので
少しずつだが、その初手6六歩の「気仙流」戦法を研究している。

低いレートの人たちと対戦しても、まだ勝率は高くないのだが、
気仙流、立石流、そして最終的には石田流に持っていく過程が
変化に富んでいて実に面白い。

女の子の最期は、若くしての死となる。
知人夫妻の娘さんの名前は「天芽」と書いて、「つぼみ」と読ませる。
その名前を使わせてほしいと申し出たら、お父さんは笑顔だったが、
お母さんは「最後に死んじゃうんですよね」と渋い表情だった。

脚本が出来上がったら、改めて読んでいただき検討をお願いしようと思う。

元々は、娘が川崎市民劇で、主役の武将の妻役を演じ、
舞う女性だったのを舞台で観たときに得た印象がベースだ。
なのでもちろん、主役は娘を想定している。
しかし、私の血を引いてる子なので、お金を積んでも動かない頑固者だ。
なのでなんとか秀作の脚本を作り、土下座してでもお願いしようと思っている。

問題は、この未完の大作が、一体いつになったら完成するかだ。
着想からすでに3年は経ってしまっただろうか。
あらすじはできており、舞う曲もほぼ選定を終えている。

冒頭はピアソラのRemembrance(思い出)で、この曲だ。
ラストシーンは、同じくピアソラのOblivion(忘却)と
すでに決めている。

奇しくも、後日、ピアソラが作曲を担当したイタリア映画
「ヘンリー4世」を観てみたら、冒頭の曲とラストの曲が
この2曲で、偶然だがピッタリ一致した。
これぞまさに、運命的な巡り合わせだと私は感動した。
しかし、ピアソラは墓の下で迷惑そうな顔をしているだろう。

*ネット将棋スクールのご紹介


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by hirune-neko | 2015-11-25 23:50 | 創作への道 | Comments(0)

フラッシュ・バックで過去のシーンが甦る


Astor Piazzolla - Tristeza de un doble "A"

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30歳を過ぎた頃から、家系のせいで早世だろうと思い続けていた。

なのに、どういう訳か60歳を過ぎてから徐々に、
人並みの寿命を期待するようになっている。
まだまだ実行が伴っていないが、断糖し、ウォーキング時間を確保し、
ストレッチを実行し、もうじきスポーツ・ジムを再開しようと、
数々の目標に、密かにロックオンしている。

生きる意欲が湧いてきたのには、いくつもの理由がある。
あれもそうだし、これもそうだ。あれこれある。

それに伴って、必要な知識や技術を自分に補充したいという
意欲も湧いてきている。
目的が明確になっているので、動機も揺るがないでいる。

肉体的には、体力と気力の低下速度をなるべく遅くしたい。

しかしどうやら、問題は心理的な領域にあるようだ。
読書に集中し、思考の世界に浸ろうとすればするほど、
なんの脈絡もなく突然、数十年前のシーンが脳内に投影される。
心理学の用語らしいが、フラッシュ・バックが連続する。

遙か昔の忘れ去っていた、なおかつ思い出したくないシーンばかりだ。

まるで行く手を塞ぎ、過去の自分の呵責と訣別させまいとするかのような、
悪意に満ちた高笑いの声が聞こえるようだ。

人間は誰でも、過去の失敗や誤った選択の悔悟を引きずって生きている。
妥協して、自然の時間の流れに身を任せようとせず、
試行錯誤を覚悟して、新たな自分を生きようとする人間は誰でも、
自分を純化するために、過去の記憶の中から余分な部分を削ぎ落とし、
脱皮しようと悪戦苦闘している。

そんなときは、音楽家として優等生の作曲家が作った曲よりも、
このピアソラの作品に平安を見出し、勇気を与えられる。
(ピアソラには申し訳ないが、優等生だとは思っていない)
立派な成功談を聞かされるより、どん底から這い上がった人の、
大変だった経験談に励まされる。

さらには、私心を捨てて純粋に他者のために、時間と労力を
費やす人の生き方に接して、浄化される。

仕事の内容は、錯綜した迷路の中を手探りで進むようなものだ。
なので、進行速度は時間に比例しない。
ときどき立ち止まって、ため息をつくことも多い。

ブログには、時として政治的なことも書く。
もし政治ブログだったら、毎回政治的なことを書かなくてはいけない。
しかし、エッセイというカテゴリーはとても都合がいい。
日によって心に思い浮かぶことが、政治に限らず音楽でもいいし、
心理的なことでもいいし、創作でも散文詩でもいい。
自由気ままに書かせていただいている。

アクセス解析を見ると、
「余命3年時事日記」および「余命三年時事日記」で検索し、
お越しになる方がとても多いようだ。

書きたいように書かせていただいた文章を、毎日それなりの数の方が
読んでくださるのは、書き手にとって大きな励みになっている。
改めてお礼を申し上げたい。

私が手がけていることは、公開できる内容が大部分だが、
余計な摩擦を避けるため、名を伏して非公開で進めていることもある。
なので、何か期待されて訪問された方には、大変申し訳ないが、
100%オープンのブログではない点は、ここでお詫び申し上げる。

次の言葉は、著名なインテリジェンス専門家の理論だそうだ。

「インテリジェンスの基本は、相手が知りたがっていることを隠し、
相手が隠したがっていることを知ることだ」

誰の言葉だったか、思い出せない。

今日は、クッキーを1枚も口にしなかった。
お利口さんな一日だった・・・まだ三日坊主のレベルだが。


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by hirune-neko | 2015-11-24 21:58 | 心の中のできごと | Comments(0)

人間は決意次第で常に変われる資質を持っている


Charles Aznavour - Comme Ils Disent

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初めてシャルル・アズナヴールを聴いたのは、
22歳の時だったと記憶している。
主要な曲はほとんど聴いたと思っていたのだが、
数十年後に見つけ、いいなと思ったのがこの曲だった。

ブログで一度紹介した記憶があったので調べてみた。
2009年12月の記事で紹介していた。
で、このように書かれていた。

「初めてアズナブールの歌を知ってからもう40年近くなるが、
この曲、Comme ils disentを見つけたのはほんの2年前。
札幌で雪に埋もれ、退院したての母と同居していたときだった。
数十年前に作られた曲のようだが
なぜか新鮮な驚きをもって受け入れることができた。
残念ながら歌詞の意味は分からないし
調べようともしていない。
でも、とてもしっくりくる曲想だ。」


この記事を読んだKC女史が、歌詞を日本語にして送ってくれた。
彼女はリヨンのオーケストラのヴァイオリン奏者で、
当時はすでに定年退職していたと記憶している。
今はリヨンの、高齢者用住宅に住んでいるはずだ。

歌詞は正確に憶えていないが、へえ、と思う内容だった。
母親と同居している男性の日常が記されているが、
彼はゲイ、いわゆる同性愛者で、母親に隠しながら
また葛藤を抱えながら生きている・・・そんな内容だった。

30歳代の頃は、頻繁に往来していたアメリカから、
拠点をヨーロッパに移し、洋書や楽譜の輸入、それと
欧州各地に住む日本人向けに、日本の書籍・雑誌を販売する仕事を
立ち上げた。もちろん、なんとか成立すると思って始めたが
1年も経たないうちに撤退した。
今にして振り返ると、正しい選択だったと思う。
amazon.comと同じような発想だったが、かなうわけがない。

表面しか見ていないものの、感覚的には、ロンドンもパリも
居心地が良かったように思う。
いずれも移民の多い都市で、裏通りに入ると、通りで見る人の
国籍も氏素性も皆目見当がつかなかった。

怖いもの知らずの無謀な行動だったと思う。
しかし、書籍の取次会社、世界中の雑誌を扱う会社、楽譜出版社など
手当たり次第に飛び込んでは、取引契約を成立させた。

濃い霧が立ちこめ、周囲の視界が晴れない状況だったが、
無我夢中で飛び回っていた。

今日は約10時間かけて、10日ほど遅れていた年間読書計画に
やっと追いついた。

読んだ本には、人間の生き方に対する示唆に富んだ記述が
随所にあった。

苦難に遭遇した人間の生き方については、
忍耐強く、人を非難しない寛容さを身につけ、慈悲深さを忘れい。
なかなか難しいことだが、この年齢になって
ようやく意味が理解できるような気がする。

人は誰でも、ある時期は金銭や名誉・地位を追い求める。
しかし、それらが必ずしも絶対的で不変の価値を有するか、というと
そうではないと、今ならいえる。

人によって、価値観が異なって当然なので、
画一的に押しつけることはできない。

しかし、これまでの人生を振り返ってみると、色褪せないものの
大切さが見えてくる。

それは決して知識の量ではないし、銀行預金の残高でもなく、
社会的な地位でもないことが、分かってくる。
もちろん人生の最後の最後まで、それらに執着する人も存在するだろう。

もし人が、自身の内面変化にその価値を見出すならば、
決心次第で、いつでもそこから軌道修正ができると思う。

他者の役に立つ何かに使命感を持ち、努力によって達成感を感じる。
たとえ、ささいなことであっても、そこに価値を見出している。
その継続が、人生を朽ちないものにしていくのだと思うようになった。

もちろん、多少の経済的な副産物があれば、それにこしたことはない。

とまあ、私としては割と崇高な思考を巡らしていたのだが、
背中の筋の負担を軽くするため、床の上に仰向けになって
集中した10時間を過ごしてしまった。
底冷えがしていたようなのに、アホな私は気づかなかった。
結果的にはくしゃみと鼻水が止まらなくなっている。

でも、遅れていた年間読書計画に追いついたのだから、
まあいいことにしよう。


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by hirune-neko | 2015-11-23 23:38 | 心の中のできごと | Comments(0)

余命三年時事日記書籍化、発売前からamazonで1位!


Astor Piazzolla - Enrico IV

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「369 余命書籍化 2015/12/17」

これが本日更新された、余命三年時事日記のタイトルだ。
書籍の内容は不明だが、つまるところ、今年の12月17日に、
旧・余命3年時事日記および、新・余命三年時事日記の
記事が圧縮・編集されて、単行本として発行されると解釈した。

余命記事には、以下のように記されている。

【余命三年時事日記より転載】
余命書籍化が以下のようにあちこちで報じられている。

遂に出版!\(^o^)/
余命三年時事日記 余命プロジェクトチーム (著)
出版社: 青林堂 (2015/12/17)
ISBN-10: 4792605369
ISBN-13: 978-4792605360


へえ、と思い試しにISBNコードの13桁をamazon.comで
検索してみたら、以下の表示が現れた。

【amazon.comより転載】
余命三年時事日記2015/12/17
余命プロジェクトチーム
単行本(ソフトカバー)
¥ 1,296プライム
発売日にお届け
近日発売 予約可。 この商品は2015/12/17に発売予定です。


さらに登録情報を確認したら、以下の表示があった。

【amazon.com登録情報より転載】
単行本(ソフトカバー)
出版社: 青林堂 (2015/12/17)
言語: 日本語
ISBN-10: 4792605369
ISBN-13: 978-4792605360
発売日: 2015/12/17
Amazon 売れ筋ランキング: 本 - 1位 (本の売れ筋ランキングを見る)
    1位 ─ 本 > 社会・政治 > 政治 > 日本の政治


なんと、冗談かエイプリルフールのような話ではないか。
発売前の予約注文だけで、総合ランキングの第1位だという。
いやあ、これは大変なことになると思う。

私ごときのコメントなど不要だろうと思うので、
以下に今日の余命記事から、「刺激的」な部分を引用紹介する。

【余命三年時事日記より転載】
「書籍化は戦闘準備が整ったということだ。狙いは
ネットを利用していない国民へのアピールである。」


「まあ、結果論だが、都合の悪い妄想記事がゾロゾロ
遠慮なく出稿されているのを放置できずとして余命ブログを
削除した対応は大失敗だった。(中略)遮断がなければ
余命3年時事日記は8月15日で終了していたのである。」

「現在、売られたけんかは買ってやる。
余命をネットから追い出した在日は、日本から追い出してやる
という実に簡単な図式になっている。」


「数多保守ブログがあって、それぞれが問題点を指摘し、
是正を論議しても、知る限り具体的な行動はもちろん
方法論さえも記述するブログはない。その意味で押さえようがない
唯一平和的な集団通報、あるいは集団メールという手法を駆使する
ブログは脅威なのだ。」


「反日メディアが何を言おうと、官邸メールで安倍内閣の
圧倒的支持と要望が寄せられている現実は政権にとって
大きな力となっている。」


「余命ブログの恐ろしさは妄想と銘打っているが、実は既存、
既成の事実しか扱っていないので、遅かれ早かれ必ず現実化する
というところだ。現実率100%は半端ではない。」


「在日がどのような出版妨害をしてくるかも楽しみだが、
一冊一冊の売り上げ印税が次の活動の鉄砲玉になるなんて
笑いが止まらない。」


【追記:不肖・昼寝ネコの読後感】
ブログで何度も指摘したように、ネット上のブログやサイトなど、
公開情報の存在は決して侮れない。
インテリジェンスのプロによれば、各国の情報機関は
90%以上の労力を、いわゆるオシント情報収集に割いているといわれる。
OSINT:Open Source Intelligenceだ。

もうかれこれかなりの年数になるが、政治ブログを中心に
相当な数のブログをチェックしてきた。
その中で、旧・余命3年時事日記の初代・かずさんがご存命中から、
特異な存在のブログとして、ずっと注視してきた。
かずさんの「要望」を素直に聞き入れ、全記事を保存している。
勿論、ただ単に鵜呑みにすることは勧めないが、少なくとも
現在の日本が国家として直面している、危機的状態に関する
具体的な資料として認識していただき、そこからは読者の皆さん
個人で判断していただく、そしてその行動が本来の意味での
民意を反映した結果になるものと期待している。

初代余命・かずさんの逝去後、二代目が引き継がれ、現在の
三代目が主導されている。・・・と認識している。

三代目は、なかなか戦闘的な方だという印象を持っていたが、
当初はまさか、このような展開になるとは予測していなかった。

現時点で、amazon.comの総合売上が1位だとすると、おそらくは
少なくとも数十万部の初版印刷になるのではないだろうか。
印税収入が、次のステップに投下されるとなると、ますます目が離せない。

翻って我が身を鏡に映してみると、膨大な原稿量の
旧・余命3年時事日記および新・余命三年時事日記をデータ化し
保存してはいるものの、あまりの展開の速さにまだ戸惑っている。
手も足も出ない。

そのうち、余命初代のかずさんが夢枕に立たれるのではないかと
内心は恐れている。
「何をもたもたしているのか。もういいから、三途の川を渡って
こっちに来なさい」
とかいわれそうな予感がしている。

あるいはドゥーヴィルから姪ネコのクレモンティーヌが飛んできて、
「おじさん、まだもたもたしてるの?しっかりしてよ」
と、ハッパをかけられるかもしれない。
いずれにしても、この歳であちこちから責められるのは
たまったものではない。

ストレスが昂じて、甘いもの依存症が再発しないことを願っている。


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by hirune-neko | 2015-11-22 23:11 | インテリジェンス | Comments(2)

往復で100分は歩いたようだ・自画自賛だ


María de Buenos Aires - (06) Poema Valseado

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最近は、断糖宣言に続き、身体の鍛錬に重心を移しつつある。

いつもは車で行く店に、今日は歩いて行くことにした。
最初の約20分は足腰が辛く、筋力の衰えのせいか少しふらついた。
哀れなものだ。

帰路はかなりしっかり歩けるようになった。
裏道に入ったら道に迷ったので、すれ違った若い女性二人に
道を教えてもらった。
「遠いですよ」といわれ、別れ際には「気をつけていらっしゃってください」
と優しい声をかけてくれた。

二度目にまた道に迷ってしまった。
信号待ちの女性に声をかけたら、親切に教えてくれた。

皆さん、日本人なのだろうが、親切さに頭が下がる。
中国人旅行者が初めて日本を訪れ、日本人の礼儀正しさと
優しさには驚いたと、何かで読んだことがある。
私も同感で、再認識している。

最近は休みがちだった将棋も、先週からちゃんと復帰している。
普段は「詰めパラ」(詰め将棋パラダイス)というソフトで
ちょっと時間があるときに解くようにしている。
通算で1,600問解いたが、少しは寄り筋が
見えるようになってきたと感じる。

もうひとつの趣味であるギターも、しばらく休みがちだったが、
ようやく気力が甦ってきている。
相変わらず、初心者レベルで留まっているが、先生が寛容に
接してくれるので、なんとか首の皮一枚でつながっている。
基本のアルペジオと指のトレーニングの音階練習を課題にしている。
で、先生からチャレンジされているのは、ピアソラの
「チキリン・デ・バチン」という曲で、国松竜次・編曲の作品だ。

最初の数小節が、セーハという技術を必要とするのだが
なかなかちゃんと弦を押さえられず、悪戦苦闘している。
まだまだそこから先に進めないでいる。

こうして考えてみると、人間は目先のことだけに追われていると、
ストレスになるし、視野も狭まり自閉的・鬱的になるのではないだろううか。
時には気分転換や趣味など、何かに没頭する時間は、長い目で見たら
必要な要素なのではないだろうか。

過日、ちょっと紹介したサイト上の音の出る図書館だが、
ヴァイオリン奏者の女性、ピアニスト・チェンバリストの男性から
選曲の協力をしてくれるとの返事があった。
嬉しいことだ。

日本の伝統芸能は、日本能楽協会にお願いしてみたが、
何やらいろいろな考えがあるらしく、協力は得られなかった。
かと思うと、古典落語のカテゴリーでは、facebook友だちの
女流落語家の方が、いくつかの演目を推薦してくれた。

着地点は徐々に視界に入ってきている。
最近はクラウドサービスも発達しているので、子育て中のお母さんに
在宅で業務を手伝ってもらう環境も整っている。
なんでもかんでも自分一人でこなすのは重荷なので、
身許のしっかりした方々でチームを作り、負担を軽くしてもらえそうだ。

こうしてみると、人間にはある程度の下積みは必要だと思う。
失望とか落胆とか挫折とか、いろいろあるのが人生だと思うが、
そんな期間は、自分を成長させ、忍耐力を養い、技術と知恵を
習得するいい機会だと考えれば、精神的に楽になるのではないだろうか。


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by hirune-neko | 2015-11-21 22:48 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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