昼寝ネコの雑記帳

<   2015年 07月 ( 26 )   > この月の画像一覧

月末の今日は、朝から戦争状態だった


rio sena - astor piazzolla (accordion tango)

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


月末は振り込み作業の前に、何人もの印税計算をしなければならない。
いつもぎりぎりになってしまう。
皆さんが、誰も文句をいわないので、ついつい甘えてしまっている。

朝一番で、ある産婦人科クリニックからファックスが入った。
退院される患者さんに渡す絵本の製作申し込みセットが
一定数の在庫になると、専用の依頼用紙をそのまま
送信してもらい、数日以内に作成して発送する。
しかし「大至急」と手書きされていたので、確認の電話を入れた。
すると、残部数が1〜2部なので今日中に発送できないか、
といわれてしまった。

相手はお客様なので、なかなか断りにくいものだ。
なので、やりかけの作業を中断し、大きい封筒、返信用封筒、
プレゼント券、製作依頼書、絵本の内容説明チラシを
2台のプリンターを使い分け、なんとかセット組みして
発送することができた。

時間に追われるとろくなことがない。
3時ちょっと前まで待って、振り込みがなかった
産婦人科クリニックへ電話した。
おそるおそる、請求書は届いていますでしょうか、と尋ねた。
折り返し電話があって、確かに事前振り込み手配をしているので
朝一番で入っているはずだといわれた。
確かに振り込まれていた。

夕方、サーバー会社からメールが入った。
ドメイン更新手数料7,560円を請求したが、
7,500円しか振り込まれておらず、更新できないという。
なるほど、数字を見間違えており、こちらのミスだった。
差額の60円を、百数十円かけて振込予約を終えた。

時間に追われると、ちょっとの確認が手抜きになってしまい、
あちこちに迷惑をかけてしまった。
他にもまだ何か間違いがあったかもしれない。

考えてみれば、間違いの皆無な人生を歩む人はいないだろう。
誰だって間違いは犯したくない。
しかし、どれだけ気をつけていても、体調や心理状態や、
偶発的な状況が重なり、間違いを犯してしまう。
それが人間なのではないだろうか。

間違いを謙虚に認め、反省し、繰り返さないよう気をつける。
それでもやはり、同じ間違いを繰り返すのが人間だと思う。

落ち込むか、笑って忘れるか、それは人それぞれだろう。
でも、あまり自分に厳しくなると、人に対しても厳しくなり
寛容さが失われて、人間関係がぎくしゃくする。

うっかりの間違いなんてざらにある。
故意に人に危害を加える犯罪的行為の場合もある。

何かの本で読んだ、アーミッシュの家族の話を思い出す。
記憶が不確かだが、酒酔い運転の若者がまだ年若い男性を
はねてしまい、死亡事故になった。
裁判の前後だったかに、亡くなった男性の両親が、
留置所に犯人の男性を訪ねた。
果たしてなんといったか。
私たちはあなたを赦します、といったそうだ。
実話のようだ。

私が同じ立場だったら果たしてそのように
寛容な気持ちになれるだろうかと自問してみた。
想像しただけで、非常に困難なのが分かる。
しかし、実際にそういう生き方の人たちが実在する
ということを知っただけでも、人間に対する
視野が拡がった思いがしたのを、今でも鮮明に憶えている。

現実的には、私は多くの皆さんに対し、赦しを乞う局面が
ほとんどであり、赦す訓練の機会はあまり記憶にない。
皆無ではないものの、圧倒的に失敗が多い人生だったし、
現在もなお、居直らなければ生きていけない有様だ。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-07-31 22:41 | 現実的なお話し | Comments(0)

死の淵を歩む老母との、深刻な会話


Resurrección del Ángel - Astor Piazzolla - Montreal Jazz Festival (1984)

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


北海道で独り暮らしの母は、今年で90歳になっている。
毎日、必ず安否確認の電話を入れているが、
死を覚悟した話題になることが多い。

そのときに、誰に連絡するかの名簿を作っているとか、
家族葬でひっそりと見送ってほしいとか、
年賀状の時期に、喪中葉書を送らなくてはいけない人の
名簿を作ってあるとか、あれこれ細かい注文が多い。

母は約8年前、検査入院していた病院で急性心不全になり
緊急手術でペースメーカーを入れた。

退院後は、せめてあと3年は生きたい、
なんとか85歳までは生きたいなどと、毎年いい続けている。

数日前の電話では、ペースメーカーの電池が切れたら
そのまま交換せずに、静かに死にたいといい始めた。
無理に身体にメスを入れずに、意識が薄れたまま死にたいと
自分勝手なことをいい出した。
なので私は、そんな訳にはいかない。無理矢理でも
手術を受けさせるぞ、というと、あくまでも抵抗するという。
意識が薄れているのに、どうやって抵抗するの?
実際に抵抗したら麻酔銃で眠らせて、
そのまま手術を受けさせる、というと、おかしそうにケタケタ笑う。

確かに、ちょっと動いただけで息が切れ、
立ちくらみがするらしいので、決して楽観的な症状ではない。
しかし、冗談を理解して面白がるぐらいだから、
思考力はまだちゃんとしているので安堵している。

息苦しくなる原因がなかなか特定できないので、
良さそうなサプリメントや、なるべく天然のものを
何度か送っている。
自分のことで手一杯なのに、わたしにまで気を遣うなと、
毎回いわれてしまう。

なので、人間というのは最期の時を迎えると
案外と体力が必要なように思うので、
安らかにコロンと死ねるよう、
基礎体力をつけておいた方がいいよ、と説得する。
するとまた、ケタケタと笑う。

葬儀にはごく限られた人だけにして、公にするな
というのが母の希望だ。
どうせお前は口先でハイハイといいながら、
いろいろ声をかけるに決まってる、と信用がない。

母は、家の中のことを第三者に公にするのを酷く嫌う。
なので、私が喪主として挨拶をするときに、
生前の母は、こんなことをいっていた、あんなことをいっていた
そんな感じで全部ばらすから、腹立たしく思ったら
棺桶から出てきて、文句をいいなさいよ、というと
本当におかしそうに笑う。

年齢的には秒読みの段階なのだろうが、一応は覚悟をしている。
いろいろな積年の思いが、一気に押し寄せるのだろうと想像している。

それにしても、どんな深刻なテーマで会話をしても
結局は漫談のようなやりとりになってしまう。
それもこれも、振り返れば佳き思い出になっているのだろうと思う。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-07-30 23:24 | 現実的なお話し | Comments(0)

「余命3年時事日記」に見るアーバン・サバイバル的要素


Save your love for me - Eliane Elias [Buddy Johnson]

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


そういえば最近は、あまりサバイバルという言葉を
聞かなくなったような気がする。

1980年代初頭はまだ、アウトドア用品のブームがあり、
オートキャンプ場ガイドがあったり、ペンションが流行り、
自然界に目を向ける人たちが多かった時代でもあり、
ある意味では、のどかで平和な時代だったと思う。

なので、サバイバルというと圧倒的にアウトドアでの
サバイバルという印象が強かった。
その後、飛行機事故や交通事故、自然災害など、
いわゆる都市生活の中での生き残り方法を提言する
アーバン・サバイバルという表現も姿を現した。
確か、元傭兵だった方が、何冊か本を出していたと記憶している。

さて、当時から30年以上が経過した今日では、
どのようなサバイバル=生き残りが課題なのだろうか。

今年はちょうど戦後70年の年にあたる。
一般市民にとって、最も身近なサバイバル技術・知識は
どの領域に必要とされているのだろうか。

砂漠や海上でのアウトドア・サバイバルも、
飛行機や交通事故、災害などのアーバン・サバイバルも
目に見える危機的状況であり、なんとなくイメージが湧く。

しかし、現代社会で日常生活を普通に生きる私たちにとって、
最も恐れ、警戒すべき危機とはどのようなものなのだろうか。

そのような自問自答を繰り返すうちに、もうかれこれ
5年以上は経過したように思う。

どなたも経験されていると思うが、amazon.comはとても
システムが研究されており、過去の購入実績や閲覧履歴をもとに
興味を持ちそうな商品をメールで送信してくる。
昨日送られて来たメールには、2冊の書籍が紹介されていた。

c0115242_21571216.jpgc0115242_2157567.jpg「米陸軍サバイバル全書」それと
「最新SASサバイバル。ハンドブック」の2冊だった。
こうなるともう衝動買い同然で、目次も確かめず、
即購入してしまった。今日、もうすでに配達されてきた。
おまけにプライム会員なので送料が無料であり、これまでの
通常の取次・書店ルートでは考えられなかったシステムだ。

本文をめくってみたが、基本的には極限状況における
アウトドア・サバイバルが軸に解説されているようだ。

数十年来のサバイバルという視点で見ると、あくまでも私見だが
現在の私たちにとっての危機的状況というのは、日本社会で
「姿を隠し、姿を変えて」静かに潜行し、浸透してきている。
しかも実に長い年数をかけて、着実に日本社会の崩壊を実現すべく
巧妙な方法と手段によって、完成形近くまで構築されてきた。

しかし、彼等には大きな誤算があった。
一昔前までは、購読部数の多い全国紙、視聴率の高いテレビ局、
それらへの影響力を絶対的なものにできれば、ほぼ世論は
思うままに操ることができたに違いない。
まさに数年前の日本は、そのような危機的な状況だった。
危機的な状況であることは、今も変わっていないと思う。

では、何が彼等の大きな誤算だったのか。
最大の誤算は、インターネットの発達だろう。

2015.07.26付のブログ・余命3年時事日記
「7.9〜Q&A ②」には、以下の記述がある。

「現状、余命ブログはのべ閲覧者数1400万人を突破している。
総pvは4400万にまでせまっている。しかし目標もなければ
当然終わりもない。」


余命3年時事日記は、ほんの数年前から徐々に閲覧者を増やし
最新の記事では、連日「集団通報」に必要な情報を提供している。
ここに至るまでの膨大な記事によって、マスメディアが報じない
実に深刻な状況を、詳細に説明してきている。
その記事内容の正確さや、広範囲にわたる情報収拾の精度により
膨大な数の読者層を形成している。

ある意味では、現在推進されている外国人登録法の改正に関連した
集団通報という新しい法システムへの牽引力、さらには
一般市民のある種の覚醒と、日本再生への動機付けのかなりの部分を
この、余命3年時事日記というブログが引き受けているように見える。

本来は、ジャーナリストやマスメディアが果たすべき役割を、
この、個人で運営されていると思われる、ブログが引き受けている。

今後も、インターネット上で公開される「正しい情報」の拡散を
止めることは不可能なのではないだろうか。

現代人にとっては、より実態に近い情報を得る手段を持ち、
たとえ目に見えずとも、「姿を隠し、姿を変えて」静かに潜行し、
浸透してきている勢力の実態を把握することが、
必須の防御手段のひとつなのだろうと思う。

判断力を増した社会人が、選挙で棄権せず
日本の将来を託せる人物や政党に投票する・・・このような
民主主義社会で与えられている、基本的な義務と権利を
自覚する人が、1人でも増えることが健全な国の基盤となるだろう。

その意味で、余命3年時事日記というブログは
プロパガンダ活動によって、日本と日本人を危殆に陥れよう
との目的と強い意思で、姿を隠し、姿を変えて活動している
勢力に対し、先駆的で大きな抑止力となっていると判断している。

私自身はまだまだ傍観者の域を出ていないものの、少しでも
日本が平和で安心・安全に暮らせる国であり続けるよう、
自分の身の丈に合った方法を、今後も模索していきたいと
心から願っている。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-07-28 22:06 | インテリジェンス | Comments(0)

突貫工事第2夜目となってしまった


Cinzas

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


何度か外出したが、ひどい暑さに思ったより消耗したようで
夜、帰宅したものの脳内機能が停止状態。
比較的冷房がよく効く2階の部屋に行った。
どれぐらい仮眠しただろうか。
2時間以上ではないだろうか。
なんとか機能回復したと思ったら、いつのまにか
深夜0時になってしまった。

夕方、印刷会社の営業マンの方がわざわざデータを取りに
車で来てくれた。新宿区新小川町からだから、
いやあ、申し訳なかった。

近くの教会なら無料で駐車できるので、同行しようと思い
助手席に回ったら、ありゃ、うら若き女性が同乗している。
いつも電話すると出てくれる方だそうで、初対面だった。

データ修正が間に合わなかったので、近所の洋菓子店に
2人を案内し、待ってもらうようお願いした。
ここはガトー・ショコラが美味しいから、
食べながら待ってくださいといい、仕事場に戻った。

いまどきの印刷会社は、事務職員でも営業を兼務するそうだ。
とても育ちの良さそうな女性で、皇族の方だといわれても
疑いようもないほど、とても気品がありスレていない。
とても美しい日本語を話す。いまどき、珍しいことだ。
どのような出自なのだろうかと、興味をもった。
本社は京都なので・・・そんなことは関係ないだろうけど、
私などとは人種が違うなと思った次第だ。

さて、再確認したら案の定データには不備があった。
2016年の2月は29日まであるのだが、なんと
30日まで入れてしまっていた。
当月のカレンダーには、小さいながら前月と翌月も
表示するレイアウトなので、処理中に集中力が薄れたようだ。
他にも数カ所不備があったので、修正が必要になった。
なのでこれから、更新データを作成し、しかも
画像データを軽くしなければいけない。

今から作業を始めるので、さて何時に終わるだろうか。
まあ深刻に考えず、淡々と取り組むしかないだろう。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-07-28 00:54 | 現実的なお話し | Comments(0)

突貫工事終了〜お疲れでした


Sabor A Mi...♪Clémentine♪

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


いやあ、久しぶりの突貫工事だった。

明日、印刷所に入稿しなくてはいけない卓上カレンダーの
日付や祝日を、また座標数字とにらめっこで、なんとか
データ化することができた。
あとは依頼主の短いコメントを入力すれば、完成する。
そのコメントがまだ届いていないので、少し不安ではある。

夜8時頃からのスタートだったが、9時から予定されていた
約2時間のスカイプ会議が直前で中止になった。
そのおかげで、作業がずいぶんはかどった。
連続約6時間の作業で、そろそろ午前2時だ。
久しぶりに深夜作業になってしまったが、
零細企業の宿命でやむを得ない。

睡眠時間に支障が出るので、これで休むことにする。

今日の格言・・・は、何も思いつかない。
とにかく寝ることにする。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-07-27 01:57 | 現実的なお話し | Comments(0)

13年間の眠りから覚めた卓上カレンダー


"DESPERTAR" - Astor Piazzolla

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


13年ほど前に、あるクライアントの方と契約し
絵本と卓上カレンダーの製作を手がけた。
事情はよく覚えていないのだが、中断したままになっていた。
それが突然、絵本を発刊したいとの依頼があった。

打ち合わせに行くときに、当時デザインまで終えていた
卓上カレンダーも参考資料としてお持ちした。

10日ほどして、再度の打ち合わせにお邪魔したとき、
卓上カレンダーも作りますといわれた。
当時のアクリル製ケースはすでに存在せず、
取り寄せた見本だと、サイズそのものが違うため、
レイアウトの作り直しとなった。

デザイン的に1本ずつの線の端を、1ポイントだけ空けるので
天地左右の座標を、数字とにらめっこして、ようやく
12か月分の基本レイアウトを作成し終えた。
デザインに変更がなければ、あとは日付の数字を入れて、
祝日を確認する作業で終了する。
久しぶりの突貫工事だった。
昨日からずっとかかりきりだったので、何もできなかったが、
一労働者として、ちゃんと責務を果たした日々だった。

まるで小学生の日記みたいな記事になってしまった。
ずっと、座標の数字に集中していたので、
仕事以外のことは何も考えていない。

長い年月のうちには、こんな日もあるのだろう。
13年の空白の彼方から、再開する仕事なんて
初めての経験だった。
でも、仕事をいただけるのは有難いことだ。

カレンダーは目覚めたのだが、私の思考力は眠ったままだ。

そうそう、仕事の合間の頭休めに、ボナンザという
将棋ソフトを相手に、風変わりな展開を試してみた。

未完の大作(いつもそう自称している)に登場する
主人公の女性は、まだ小さかった頃、将棋が滅法強く、
江戸から指導に来た棋士をして
「気仙流を指す天才少女」といわしめた・・・という
シーンを考えている。陸前の地での話だ。

別に舞台上で実際に将棋を指す訳ではないのだが、
その話を師匠の堀川修先生にしたところ、
「初手、6六歩はどうですか。そんな手は誰も指しませんよ」
といわれたことがある。
ああそうか、と思っていた。

で、急に思い立ち、私が先手で▲6六歩と指してみた。
対するボナンザは△3四歩、▲6八飛車と、ちょっと見は
四間飛車の形にした。
狙いは、そのまま立石流に持っていき、最終的には
石田流三間飛車にする構想だった。
さすがにボナンザは、立石流への対応手を知っていて
角交換から△3三角と打ち、こちらは▲6六角と合わせる。

・・・こんなところで棋譜を説明してもしょうがない。
師匠にいわせると、私のような棋力のアマチュアだと
ボナンザには数十手まで行かないうちに
粉砕されてしまうらしい。
しかし、この気仙流の出だしから約50手ほどまでは
なかなか均衡を保っていい勝負だったのではないかと
自画自賛している。
でも、時間切れになってしまったので記念に棋譜を保存し
仕事に戻った。

くどいようだが、その未完の大作「気仙しぐれ雪は」
依然としてまだ、未完のままだ。
東日本大震災で落命された方々へのレクイエムと考えている。
語り部の婆やを軸に舞台が進行し、
ピアソラの作品に合わせて、舞いが入る。

舞う女性は、娘を念頭に置いているため、仕方がない。
脚本ができあがったら、娘に頭を下げて出演を依頼するつもりだ。
さて、なんといわれるだろうか。
「いやだよ、そんなの」と門前払いになるだろうか。
「うん、なかなかいいストーリーだね。イメージが浮かぶよ」
といってくれるだろうか。
「出てやってもいいけど、ノーギャラじゃいやだよ」
と、現実的な労働争議になるだろうか。

イメージは完結しているし、ピアソラの作品も選定している。
ただ、私自身に時間がなく、まったく書けない状態が続いている。

状況が整ったら、大船渡のリアスホールで初演ができると
いいなと希望している。

・・・しかしどうして私はこんな風に、お金にならないことばかりに
情熱を傾けるのだろうか。
でも反省はしていないし、自己嫌悪にも陥ってはいない。
最も自分らしいスタイルなので、おそらくずっと
このままで一生を終えるのではないだろうか。

いつかはこのブログで、
初演のご案内ができる日が来るだろうと思っている。

c0115242_23563272.jpg


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-07-25 23:22 | 創作への道 | Comments(0)

郵便屋さんから「危ない人ですね」といわれてしまった


Astor Piazzolla - Jorge adios

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


夕方、今日2度目の集荷に来てもらった。
初めて見る郵便屋さんだった。

ドアを開けるなり「どうしたんですか」といわれた。
なかなか観察眼の鋭い人だ。
「背中が痛くて、これ腰痛ベルトなんですよ」と答えた。
10数センチ幅のゴムのベルトを、胸から背中に巻いていて
そのまま玄関に出てしまった。

何時間か連続して椅子に座っていると、背中の筋の凝りが
どんどん酷くなってしまい、仕事にも集中できなくなる。
なので格好なんか考えている余裕がない。

「椅子に座っている時間が長いので、背中に来るんですよ」
「いやあ、運動された方がいいですよ」
「何かスポーツしてるんですか?」
「センター北にあるスポーツジムに通ってるんですが、
ぜんぜん違いますよ」
「地元にジムがオープンしたので、息子夫婦に誘われて
メンバーになったんだけど、まだ1回しか行ってないんです」
「それはいけませんね」
「そうなんです。白い目で見られているんですよ」
「あはは」
「これでも昔はバスケをしていましたし、40歳過ぎまで
高体連の公式試合で、審判をしてたんですよ」
「へえ、すごいですね。地元のジムは広いんですか?」

この郵便屋さんはおそらく、大きな会社で営業をしていたのだろう。
リストラか倒産で、日本郵便で仕事をすることになった・・・
のではないだろうかと思う。
如才なく、またきちんと目配りができている男性だと思った。

ゆうパックの集荷処理なので、そんなに時間はかからなかった。
彼の作業を待ちながら、アホな私は余計なことを言い続けた。

自己防衛用ツールとして、ドイツ特殊部隊GSG9制式採用の
特殊警棒や、スミス&ウェッソン社製の、ボールペン型武器を
購入して持っていることを説明した。
しかしさすがに拳銃型の催涙スプレーは購入を躊躇したが、
アメリカの公営射撃場で何度も実射訓練し、ワルサーPPK
というオートマチック拳銃も購入し、銃砲店に預けていた
ということまで、一気に話してしまった。
郵便屋さんから「危ない方ですね」と笑われてしまった。

残念ながら、私には国防に関する知識はない。
自衛隊の装備がどうなっていて、防衛能力がどのような
水準なのかもまったく知らない。

しかし、現実に日本と日本人を敵視する国が近くに存在し、
その国の工作員相当数が、おそらくは間違いなく
日本国内に潜伏しているのだろうから、まずは自分の家族を
どのように守るかを自分の責任として考えている。
また、知人・友人に対しても、私の知る限りの情報を提供し、
自己防衛手段を提言しつつある。

わが家はまだまだ軽装備だし、基礎体力はすっかり劣化しているが
士気だけは高いので、押し入ろうとする賊敵にとっては
少々危ない人間になるだろうと思う。

ご用心召され。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-07-23 23:20 | インテリジェンス | Comments(0)

人間の存在にとって、本当の危機は何かを見極める


Astor Piazzolla - Moderato Mistico

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


たとえ漠然とではあっても、危機意識を持つ人が増えていると思う。

最近の事例をひとつだけ挙げても、安全保証法案について、
成立すると戦争が起きる、徴兵制度が始まると、
危機感を煽る政治家やマスメディアが存在する。
逆に、現実的な国家安全保障の視点から考えると
他国からの軍事侵攻の危険性が高まっているので、
安全保証法案を成立させ、抑止力を増すことが必要だと
主張する政治家やマスメディアが存在する。

いずれが正しいにしても、
どうやら私たちの日常生活は危機に隣接していることになる。
しかし、危機はこれだけに留まらない。
実に多くの様々な危機を指摘する人が、数多く存在する。
彼等の多くは、善意の動機によりブログなどで
できるだけ多くの一般市民に周知しようとしている。

結果的に、私たちにとってみれば、危機の情報過多になっている。
一般市民が、違憲か合憲か、あるいはどちらの歴史解釈が正しいか、
などの検証を、自分自身ですべて行うことは、実質的に不可能だ。

しかし、冷静に考えてみると、私たちすべてが政策決定の当事者ではなく
歴史認識の最終判断者でもない。

では、日常の限られた時間と労力で、どのように危機を特定し、
対応方法を考えればいいのかと、膨大な危機案件を目の前にし、
ともすれば思考が停止してしまうのを感じる。

誰かに指摘されなければ認識しなかった危機、
思いも寄らない危機構造がすでに社会に根を張っている。
小さな子どもを抱えていれば、余計に不安が募る。

あくまでも個人的な意見なのだが、安心していただきたい。

つまり、どれだけ調べても、危機的要因が至る所に
蔓延しているのは紛れもない事実なので、嘘か本当かなどと
悩む必要はないので、安心していただきたい。
間違いなく、現在の私たちは危機的状況に直面している。

で、さらに安心していただきたいことがある。
私たち全てが、中国の高層マンションに投資している訳ではない。
私たち全てが、中国企業の株式を所有している訳でもない。
私たち全てが、大切な戸籍を乗っ取られている訳ではない。
全ての隣人が、他国から潜入している秘密工作員な訳ではない。

そのように考えてみると、絶望的になる必要がないと思える。
まだまだ対処できる時間と方法がありそうな気がしてくる。

つまり、個々の危機要因全てを目の前に並べられてしまうと、
いかにもこの世の終わりが、もうすぐそこまでやって来ていると
無力感・絶望感に打ちのめされるかもしれない。
しかし安心していただきたい。
残念ながら完全に、絶対に、という保証はできないものの、
私たちには、自分自身や大切な家族が、危機的状況を回避し、
あるいは被害を極力軽減できる方法がある。
ただ、あまりにも情報過多の状況に追いやられてしまい
少し悲観的になってしまっているに過ぎないのだと思う。

さて、それではどのような方法があるのかという
現実的な視点から考えてみたい。
私個人はかなり以前から、そのような発想で回避方法を
考え続けてきた。
別段、特別なことでも何でもない。
現実社会を見るベクトルを、180度反転させるだけだ。

発生しうる個々の状況を想定羅列すると、あたかもそれら
全てに対してどのように回避しようか、何が起きるだろうかと
不安感が増大してしまい、収拾がつかなくなる。

そうではない。全く発想を逆転してみることだ。
つまり、緊急事態・非常事態が発生した時に
共通して私たちの日常生活の安全や平安、心身の健康を
脅かすことになる状況を、具体的かつ冷静に想定してみることだ。

そうすれば、普段の日常性がどのように非日常的なるかが
具体的に分かってくるはずだ。
想定されるひとつひとつの状況に、具体的な解決方法を考え
実行することが、緊急事態からの影響を回避・軽減することにつながり、
精神的な平安・安心にもつながる。

そうはいいながら、具体事例を挙げればかなりの量になる。
また改めて、別の機会に紹介したいと思っている。

繰り返すが、安心していただきたい。
目の前の危機も、中長期的な危機も、その基本構造さえ把握できれば
安全性を高めることは可能だ。

人間ウソつく。昼寝ネコ、ウソつかない。

しかし、タイトルにもあるように、残念ながら人間は誰でも
生きる上で根源的な危機要因を背負っている。
それはいうまでもなく、精神的・心理的破綻だろう。
生きる希望がなく、生きる気力を喪失し、人に心を開けず、
言葉を発することも億劫になってしまう。
精神的・心理的ダメージは、肉体に対しても大きな影響を与える。
薬物投与だけでは根源的完治は望めないだろう。

人間として地上に生を受け、人間らしく生きられるようになり、
人生の晩年に振り返ってみて、ああ、佳き人生だったと、
そのように思える人生を、一人でも多くの方に味わっていただきたい。
それが実は、昼寝ネコ一族のDNAでもある。

人間ウソつく。昼寝ネコ、ウソつかない。でも時々冗談はいう。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-07-22 21:00 | インテリジェンス | Comments(0)

自分自らを葬った後の余命を生きている


Astor Piazzolla - Muerte (Lumiere)

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


私の周りには、いろいろなテーマ毎に
深く詳しい知識を有する人たちが何人もいてくれて、
心強く思うことが多い。
ピアソラについて、ガルデルについて、タンゴについて、
フランス語について、スペイン語について、将棋について、
ギター演奏について・・・。

なのでこの作品のタイトルに疑問を持ったとしても、
その中の誰かが教えてくれるだろうと考えると気が楽だ。

ピアソラの作品のタイトルはスペイン語、イタリア語、
フランス語、英語などと多彩なようだ。
この、MuerteとLumiereという二つの言葉が並記されているのを
目にしたとき、ほんの僅かな知識しか持っていない私では、
Muerteがスペイン語で「死」を意味し、
一方でLumiereはフランス語で「光」を意味するのでは、と
思ってしまう。
同じ意味の言葉を、異なる言語で並記するのなら理解できる。
しかし、もし「死」と「光」という対極の意味の言葉を
並記しているのなら、そこには何か深い哲学的な意味が
あるのではないかと、つい考えてしまう。

昨日は長時間の外出で、しかも酷暑の中の大渋滞に巻き込まれた。

ようやく夜になって帰宅したのだが、珍しく変調を来した。
氷枕で後頭部を冷却し、目覚めたときには氷そのものが
すでに融けてしまっていた。
でも、体調と思考力はすっかり快復していた。
あれはもしかして、熱中症もどきだったのかもしれない。

つい今しがた、知人が主催するブログを久しぶりに覗いてみた。
テーマは神学・宗教であり、主にキリスト教に関するものだ。
31ものコメントが連続投稿されている記事があったので、
興味があり、ひととおり読んでみた。
記事のタイトルは「ゲツセマネの園と十字架」だった。
意見を述べ合ううちに、徐々にヒートアップし、
ついには相手を冷笑し、否定し、無知と罵倒する人もいた。
醒めた視点から何か書こうかとも思ったのだが、止めた。

言葉とは意味や知識を共有するためには便利なツールだ。
しかし、ひとつの言葉から共有できる表層の部分もあるものの、
仔細に定義していった先には、解釈の違いが厳然と立ち塞がる。
なので、一見便利そうに思える言葉には、実は不正確で
凶暴な要素も内包されている。そう思う。
なので昔から、論争は好まない。

先日、2・3歳の小さな男の子が、たどたどしく質問した。
「いくつなの?」
「3,016歳だよ」
そう答えると、子どもは理解不能の様子でうつむいたが、
一緒にいたお母さんは吹き出していた。

そうだった。
私はとっくの昔に、哲学的自殺・・・というと
格好をつけているように聞こえるかもしれないが、
そう表現するしか言葉が見当たらないので、敢えて自分では
哲学的自殺と思っている。
一度、自分自身の存在を払拭して無に帰せしめ、
今は死してなお、現実社会で余命を生き続けている。

なので周りの全てに現実感を持てず、3Dの世界で
通信機器を通じて対話しているようなイメージだ。

神学をテーマに議論に熱中し、仮にそこで合意が形成されても
それはあくまでも人間同士の自己満足の共有に過ぎない。
学問の世界では、知識や言葉を駆使して体系を構築するのだろうが
こと神学・宗教に関しては、おそらく生きているうちに
極め尽くすことは不可能だと思っている。

一度自分を埋葬してしまった人間として、
新たに死者の視点から、再度世の中の人の営みを傍観し、
さらにはその渦中で、ともに現実に生きる者として
永続しうる価値観・人生観を体系化したいと願っている。

あらかた全てを放棄した人間にとっては
それぐらいしか生きる動機を見出せないようだ。

改めて思うが、ピアソラの作品には、
死の予感と生への執着が不可分に湛えられ、
虚飾を排した陰影が見事に表現されているように感じる。
一連の、天使の組曲と悪魔の組曲を聴いていると、
言葉による空しい神学論争を超越した、ピアソラ独特の
死生観を感じる。

ピアソラ自身と神聖な世界とを隔てる幕は、実は
とても薄かったのだと思えてならない。
真に音楽的感性を授かった、希有な作曲家だったと思う。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-07-21 21:47 | 心の中のできごと | Comments(0)

そういえば、旅行なんて久しくしていない


Dyango - Los Mareados

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


ときどきふと、不思議な感覚に包まれることがある。

人と挨拶し、冗談をいって笑わせ、相手の話に耳を傾け、
若夫婦の3人の、小さな子どもたちの名前を確かめ、
親切に対してお礼を述べ、健康状態を気遣い・・・
どれもが現実世界の出来事なのだが、まるで自分が
演出家でもあるかのように、客観的に自分自身を
醒めた目で見ている。
モノクロ映画の試写でも観ているかのように
現実感が伴っていないことに気づく。

仕事で飛行機に乗り、新幹線を利用し、駅で乗り換え、
バスで移動し、カーナビを頼りにレンタカーを運転した
記憶はいくらでも甦る。

常に時間を気にし、商談内容を頭の中で反芻している。
なので、車窓からの景色なんて味わった記憶がない。
でもいつだったか、数十年ぶりに津軽鉄道に乗ったときは、
懐かしさがこみ上げ、少し津軽弁を残したアテンダントの
女性のアナウンスには郷愁をそそられた。

私は北海道で生まれ育ったが、母方の祖父が青森県の
金木村(現在の五所川原市)の出身だった。
三十歳代の後半という早世だったものの、母から繰り返し
祖父についての思い出話を聞いていたので、
アルバムに貼られた写真の記憶しかなかったが、親近感と
尊敬に近い感情を持ち続けている。

菩提寺が太宰治と同じで、しかもほぼ同時代人だったので
ほとんど作品を読んでいないものの、太宰にも親近感を持っている。

すっかり観光化した斜陽館よりも、少し離れた津島家別邸の、
太宰が執筆したとされる和室に座り、陶製の火鉢に手を触れたとき
理由もなく感涙したのを今でも覚えている。

厳密にいえば、自分の郷里ではないのだが、今も郷愁を感じる。

何年も前、絵本「大切なわが子へ」の津軽方言版を作ろうと思い
地元で太宰の読み聞かせをしていた女性にお願いすることにした。
文章ができあがったのを機に、五所川原のホテルに滞在し
電話帳をめくって、最終的には弘前市に本社がある
陸奥新報の五所川原支局に取材のお願いをした。

タクシーで支局に行き、女性記者のインタビューを受けて
記事にしていただいた。
売上とか利益とかより、自分のこだわりを優先したことになる。
しかし、自己満足とはいえ、永年イメージして来た
母方の祖父へのレクイエムになったような気がしている。

何ごとも即効性を求める時代風潮だと思うが、
私の場合は、遅効性どころか一体何になるのか疑わしいことを
平気で行動に移してしまう悪い癖があるようだ。

厳密にいえば、仕事として青森に飛び、津軽鉄道に乗った。
でも、心に余韻の残る旅だったと思っている。

右手では、しっかりと収益を握るべきだと思うが、
しかし左手には、懐古できる佳き思い出を
持ち続けるようとする意思を、失いたくないものだ。

たとえ世の中の事物すべてが、
洪水で流されてしまうようなことがあったとしても、
心と思い出の中に、還って行ける場があれば、
それはそれで、穏やかな佳き人生といえるのではないだろうか。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2015-07-20 00:18 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
きいろ香さん お久..
by hirune-neko at 14:09
お久しぶりです。 色々..
by きいろ香 at 23:59
鞠子さん お兄さん..
by hirune-neko at 15:49
鞠子さん 深夜3時..
by hirune-neko at 00:11
鞠子さん 久しぶり..
by hirune-neko at 11:20
記事ランキング
以前の記事
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ