昼寝ネコの雑記帳

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ちょっと大真面目に〜国家存立基盤の限界点


Milonga en re- Astor Piazzolla

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いよいよ、ファミリー・インテリジェンス・サービスの提供を
開始することになっている。
厳密に、何月何日とは周知している訳ではないが、
とにかくスタートさせなければいけない段階だ。

家族の良好な関係や、家族の時間の過ごし方、家族の記録、
健康被害懸念情報・・・ここまでの分野に関しては、
ある程度の過去の遺産があるので、なんとかなると思う。

問題は、国内および国際社会の懸念情報の提供だ。
OSINT(Open Source Intelligence)情報の有用性は
専門家も指摘するところなので、自信をもって進めたい。

過日、ある地方新聞社の編集局長にお会いしたとき、
国家インテリジェンスとは異なるファミリー・インテリジェンス
について言及した。
各論または両論並記という基本方針について説明したが、
誰が最終的に、正しい情報だと決めるのか、と質問された。

逃げ口上のように聞こえるかもしれないが、いくつかある
情報あるいは分析結果について、どれが正しいかと
判断をくだすことは非常に困難だ。
異なる視点からの分析情報を提供し、まずはいい意味で
疑問を持っていただく。
次いで、興味を持って自ら考え、そして調べていただく。
そのようなプロセスが、一般市民の健全な政治意識を
醸成するという基本的な考えが大前提だ。

なので、最初に結論を提示し、都合のいい情報だけを
トリミングして補強材料に使う、という手法は避けたい。

公開情報を丹念に調べていくと、ある程度正確な
状況判断ができるというのは、前述の
OSINT(Open Source Intelligence)情報収集に
各国の情報機関が、80〜85%程度の労力を
費やしているという事実に裏付けられる。

忙しい一般市民が、時間と労力を割いてあれこれ
調べるにも限界がある。
なので、各論並記という手法で基本情報の提供を行い
さらに参考となりそうな情報ソースを紹介する。
当面はそこまでが限界だと考えている。

日本は民主主義国家なので、多数を掌握すれば
選挙で当選できるし、多数の議員を抱えれば
法案を通し、自己理念を実現できる。
なので、いろいろな手段を講じて人心の掌握を図る。
場合によっては、実利的な利益供与も行う。
善し悪しは別として、そういう発想は理解できる。

逆に、一般市民が政治意識を持ち、史実を正しく理解し、
国内外の動向の実体を知るようになると、
集団催眠や洗脳のような、扇動政治は通用しなくなる。
結果的に、より多くの個が賢明な選択をすることになり、
投票行動に反映され、国益を踏まえた政治環境が整う。

そのように考えているので、逆に責任を感じている。

日本国内が大転換点にさしかかっていることは、
それなりに予告されていたことだ。
しかしここ最近、急に緊迫度を増しているのが
アメリカを中心とするオーストラリアおよび
日本を含む東南アジア諸国と、中国との軍事対立だ。

たびたび紹介しているブログ「余命3年時事日記」は
明らかにOSINT情報のみならず
HUMINT(Human Intelligence)情報を併せ持ち、
かなり正確な情報を提供していると判断している。

今日など、1日に2本の記事をアップしている。
「 核武装トマホーク」と「 米中開戦へ一直線」の2稿だ。

余命初代ブログ主の頃から中国の軍事委員会の検討内容など
完全にHUMINT情報を提供されていたし、余命2代目も
人民解放軍OBとの接点に言及されていた。

つい最近、余命3代目に就任された方は、これまたアメリカに
広く深く人的ネットワークをお持ちのようだ。
しかも、過去の公開資料を中心に丹念に分析されている。
正義感が強いだけでなく、「断固闘う」強い意思を
お持ちのようで、文面からうかがい知ることができる。

「余命3年時事日記」へのアクセス数が異常に多いことは、
それだけ危機感を持つ市民が多いことを反映している、
さらに、実に多くのブロガーたちが余命の記事を
引用し、拡散している。
インターネットの発達なくしては考えられなかった現象だ。

このような、しっかりしたブログが注目されて存続し、
自然発生的に拡散伝播されるということは、
日本はまだまだ健全な国であり、やがては国民総監視態勢が
整うようになるのではないだろうか。

日本は残念ながら、国家存立の限界点を迎えつつある
国々に囲まれている。
しかし、その国々には、生存条件そのものを脅かされ
悲痛な叫び声を上げている一般市民が、
多数存在していることを決して忘れてはいけないと思っている。

国家間の対立は非情さ・冷徹さを伴うが、
たとえ敵対している国であっても、その国の一般市民とは
同じ人間同士であるという事実を、重く受けとめたいと
いつも肝に銘じている。

*ブログ「余命3年時事日記」
 http://kt-yh6494.blog.so-net.ne.jp/


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by hirune-neko | 2015-05-31 21:04 | インテリジェンス | Comments(0)

登場人物に自分自身を見る疑似体験


Contramilonga a la Funerala

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視聴率を気にするようなテレビドラマなら、
ウケ狙いの脚本になり、演出になるのだろう。

上演作品すらまだ絞り込めていないし、公演日も
公演会場もまだ決まっていない。
決まっているのはただひとつ。出演者だけだ。

候補作品は短編で、10を超えていると思う。
登場人物を一人ずつ、ぼんやりと思い出している。

そういえば意識していなかったが、どういう訳か
主役は皆、女性になっている。

誰もかも、生きてきた時間に比例して、
心に陰影が刻まれている。
拭い去るのも億劫であり、哀しみも苦しみも
過ぎ去った時間に熟成されたように、
いつしか静かに同居するようになっている。

舞台上では演じる女性がひとり。
作品の色彩をイメージさせる音楽が、プロローグ。
経緯の説明があり、会話があり、感情を吐露する。

観る人には、登場する女性と懐かしさで対話する。
観客としての疑似体験は、彼女の心象に引き寄せられ
ときに自分自身と重なる。

観客の心の中では、静かな時間の反芻が行われ、
過去に引き戻される。
そしてついには、未来に投影される自分を感じる。

自分しか持たない鍵で、錆び付いた重い扉を開ける。
やがて扉の向こうから、濃密な感傷がゆっくり流れだし、
改めて生き直そうとする自分が視野に入る。

やがて舞台は幕を閉じ、拍手とともに
徐々に心が軽くなるのを感じながら帰途につく。
足取りも軽くなり、過去の自分を追い越して
未来を先導していく。

・・・そんな舞台になるといいなと思っている。

書き溜めた雑文を出版したのは、もう8年も前だろうか。
第2作をという意欲はあるのだが、仕事に忙殺されて
実現していない。
紙に印刷した書籍にはまだ愛着がある。
手に取れる書籍にはぬくもりと、時間経過を感じる。

でも、女優さんのモノローグで再現してもらうのも
なかなかいい味がでそうな気がしている。

この、オラシオ・フェレールのモノローグを聴いて、
改めて、公演の実現を目指したいと思っている。

会場の後列でひっそりと観客に紛れ、
文字の作品が、どのような変貌を遂げるかを
そっと鑑賞したいと思っている。

ピアソラとフェレールの世界には、
近づくことすらできない。
ただ遠くから、あの独特の雰囲気の世界を眺望し、
自分なりの独自の世界を再現してみたい。

小さく、弱い、哀しみと苦しさを経てきた
架空の主人公たちに寄り添いながら。


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by hirune-neko | 2015-05-31 00:01 | 創作への道 | Comments(0)

昼寝ネコの箴言なるものを書いてみた


Rosa Passos & Henri Salvador - QUE RESTE T'IL DE NOS AMOURS - Charles Trenet

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その昔、マーフィーの法則なるものが話題になったことがある。
チラッと読んだだけで、深入りはしなかったものの
なかなか鋭い洞察力を感じたのを憶えている。

旧約聖書には「箴言」という名の文章があるが、
これまたなかなか味わい深い。

割と最近、ネット上ではかなりの対立構造や扇動的表現、
危機感を煽る論調の記述が溢れるようになっている。

ネコという生き物は、伝統的に旗幟鮮明にすることを嫌う。
ネコの資質として知られているのは、高い場所を好むこと。
上から目線で人間社会を見下ろすこと。
醒めた視線で感情に流されず、事象を冷徹に客観視すること。

どの国のネコにも共通のDNAではないかと思う。

月末の今日は、ずっと細かい数字に集中したため、
脳内がオーバーヒートしてしまったようだ。
なので、これ以上の負荷はかけずに、リラックスして
本来のネコ思考に戻り、人間社会を冷ややかに眺めて
少々評論してみたいと思った。
生意気にも、昼寝ネコの箴言などと、格好をつけてみた。

【昼寝ネコの箴言】

1.重要な情報ほど、どうでもいい情報に覆われ深く沈む。

2.固い決意ほど忘れ去られるのが速い。

3.知恵に乏しい人間ほど、大声でまくしたて聞く耳を持たない。

4.戦争に反対する人間は、いざ有事の際に真っ先に逃亡する。

5.愚かな人間は、一部だけを見て全体を理解したと思う。

6.賢い人間は、短期間で色褪せるものと、永続するものとの
 違いを弁えている。

7.知恵ある人間は、反論する相手であっても
 まず相手の言葉を聞き、人格的に受け入れることから始める。

8.本当に大切なものは、目に見えないところに存在する。
 (これは確か「星の王子様」でキツネがいっていたはずだ)

9.正しい人間と邪悪な人間を見分けるためには。まず自分自身が
 正しい人間になろうと努めなくてはいけない。

10.無価値になってしまうかもしれない資産に執着するより
 真理と善と平安に満ち溢れる人生を生きたいと思ったら
 たとえ何歳であっても決して遅すぎることはない。

きりがないので、これぐらいにしておこう。
箴言だなんて書いてみたが、ちょっとの合間で思いついた
文章なので、失礼なことをしてしまった。

でもまあ、たまにはこんな時間を過ごすのも
いいことなのではないだろうか。


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by hirune-neko | 2015-05-29 23:51 | 心の中のできごと | Comments(0)

当たり前だけど、月末は毎月やって来る


Daniel Mille - Astor Piazzolla - Cierra tus ojos // Arr. Samuel Strouk

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支払いは月末に集中しているし、振り込みが終わると
請求書の作成作業がある。
なので、月末は仕事にならない。

最近は仕事に切れ目がないので、集中力を維持するのに
苦労することが多い。
知らないうちに居眠りをしてしまうことがある。

普段、健康のためにかなりの水を飲んでいる。
分厚いガラスのコップで飲むのだが、
気がついたら、そばに置いておいた筈のグラスが
見当たらない。
どこにも持って行っていないし、大きいものなので
どこかに紛れることもあり得ない。
床に落としたのかと思い、くまなく調べたが
今現在、まだ消息不明だ。

実に不可思議だ。
グラスは新しいのを買えばいいようなものだが、
忽然と消えてしまったことが気になって仕方がない。

そういえば、90歳の母が10日ほど前から
背中が痛むといいだした。
その痛みは、背中から首へ移動し、こめかみから
頭頂へ移り、なんとか抜けたようだという。
これも不思議な話だ。
薬嫌いの母だが、二日間痛み止めを飲んだそうだ。

今日、92歳の義母が突然頭痛がするといいにきた。
すわ脳出血かと思い、とりあえず体温を測るように
いったら、なんと逆さまにして脇の下に入れようとした。
ちゃんと入れ直して、しばらくして結果を聞きに行った。
温度が表示されていない。
デジタル体温計なのだが、昔ながらの水銀体温計と
一緒に考え、スイッチを入れず検温したらしい。
夜には症状が落ち着いたようでやれやれだ。

いよいよ6月にはスポーツジムがオープンする。
次男のお嫁さんからの伝言だそうで、
「お父さん、ちゃんと通ってくださいね」
といわれている。
そのつもりだ。
頭と目だけを集中的に酷使している今の日常は
明らかに不健康なことは重々承知している。

やりたいことすべてを外注したら楽に決まっている。
しかしかなりの費用が発生する。
自分自身でやろうとすると時間がかかる。
でも振り返ってみれば、苦労しながら習得すれば
技術が身につくし、応用力も増す。

ところが、最近のIT技術は進化のスピードが速い。
なので、短時間で理解し吸収するには、
それなりにイバラの道だ。

陽の射さない暗い森の中を、見えない出口に向かって、
ただひたすら出口があることを確信しながら
愚直に前進しているようなものだ。

自分を客観的に評価するなら、おそらく
年齢の割に、複数の異なる分野の技術を、
習得しつつあるように思う。
専門化・分業化した時代の流れからは逸れるが
であるが故に、ある種独創的なプロジェクトを
生み出せるのではないかと、希望的に期待している。


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by hirune-neko | 2015-05-29 01:04 | 現実的なお話し | Comments(0)

ある日突然、日常性が失われる予感がする


Astor Piazzolla -- Loving - Kronos Quartet - Leonor Fini.

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緊張度が高まってきているのを、肌で感じている。

3.11東日本大震災の時は、結局事前に何もできなかった。
あのときは地震と津波という自然災害で、
予測した人は存在したようだが、結果的に大勢の人たちが
犠牲になり、その後遺症は今なお重い。

日本を挟む、アメリカ、韓国、中国、場合によっては
北朝鮮まで視野に入れると、いつ、どこで、何が起きるか
正確にいいあてるのは困難だろう。

それでなくても、7月8日の登録期限はどんどん迫ってくる。
不法滞在者となり、強制送還されるかもしれない人たちは
どれぐらい発生するのだろうか。

日本には有効なスパイ防止法がないため、
おそらくはかなりの数の工作員が潜伏し、有事の際には
さまざまな行動に出るべく、待機しているのだろうと
想像している。

子どもたち家族には、ときどきメールで注意を喚起している。
どこで何が発生するかを予測するのは困難だ。
しかし、想像力を働かせてみると、通信手段、交通手段が
一時的にせよマヒしてしまい、社会は混乱するだろう。

緊急事態を想定して、平常時から備えるよういっている。
おそらく、最も有効なのは、ハワード・J・ラフが
いっていたように、食料品、飲料水を中心とする
日常生活で必要なものの備蓄なのではないだろうか。

仮に人為的な災害が起こされるとしたら、
そこには種々のテロ行為も含まれるだろう。

何かが起きても、無事にやり過ごし、平安な日常が
また戻ってほしいものだ。

また何も役に立たなかった、という思いで
虚脱感に包まれることになるかもしれない。
でも、私の与えられた立場では、情報提供や注意喚起、
提言など、できることはほぼ行ったように思う。

何から自分や自分の家族を護ろうとしているのか、
実体が見えていないので、判然とはしないのだが、
でもたとえ漠然とした予感であっても、現実に
危機感がひしひしと伝わって来ているのを感じる。

理念的・観念的平和主義を主張する人たち、
明らかに近隣国のプロパガンダに荷担している人たち、
祖国から裏切られたと実感する人たち・・・
一般市民をも含め、おそらくは多くの人たちが
非情な現実と直面する事態になるのではないだろうか。

根拠のない予感ではあるが、たとえ憲法9条を守り、
集団的自衛権の行使に反対したとしても、
国際紛争というのは、そんなことにお構いなしに
発生するものだということを、多くの人たちが
実感する事態になるのではないだろうか。

私は年齢的に、自分のことはある意味でどうでもいい。
一人でも多くの方が、賢く備えていただけるよう
何かお手伝いできないだろうかと、考えてはいる。

まあ、とりあえずは近隣国の手先になっているような
マスメデイアの情報は鵜呑みにしないことだろう。
戦時態勢になれば、そのような報道機関は真っ先に
外患誘致罪とか、スパイあるいはテロ容疑で
機能を停止させられてしまうことになるだろう。

ここはあくまでもエッセイ・ブログなので
あまり具体的な内容を書くのは不相応だと思う。
Googleで検索すれば、相当数のブログが警鐘を鳴らしている。
自分や家族を護りたければ、ちゃんと事実を伝えている
情報源を、普段から確保しておくことだろうと思う

まあ、これぐらいにしておこうと思う。


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by hirune-neko | 2015-05-28 00:04 | インテリジェンス | Comments(0)

おお、これがかの有名なゴールド免許なのか


Too Marvelous For Words - Diana Krall

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今日は、更新運転免許の引き取り日、初日だった。
警察署に行き、交付を受けた。
免許証の線の色が青くなかったので、もしやと思った。
「あの、これってゴールド免許なんでしょうか」
「はい、そうですよ」

へえ〜、運転歴46年目にして、初めてのゴールド免許だ。
小学生になって、初めて賞状をもらった子どものように
無邪気に嬉しかった。

車に乗る機会は、格段と少なくなっているので、
違反する確率もぐんと低くなっている。
ただそれだけのことだと思う。
でも、次回更新日が5年後の平成32年の4月だなんて、
はるか未来のことのように感じる。


ここ数日来、新たな懸念材料が急浮上しているようだ。

日本との安全保障協力を強化したアメリカが、
中国を敵視するような行動に出ている。
今日辺りは、いくつもの政治ブログが取り上げている。

米中戦争は避けられないとか、第三次世界大戦が勃発する
などの、物騒な見出しが並んでいる。

中国は中国で、アメリカに対して敵意を露わにし、
戦争も辞さないという表現で威嚇している。

私は所詮、あちこちで発信される情報を
閲覧しているに過ぎない。
しかし、数年前の状況と較べると、どうやら
中国も韓国も、そろって経済情勢がよくないようだ。

なぜ中国が必死になってアジアインフラ投資銀行を
設立しようとしているのか。
そして日本は、そのAIIBに加わらないどころか、
まるで競合するかのように、アジア開発銀行からの
融資を拡大すると発表している。

誰かがどこかで発言しているかもしれないが、
私の個人的野次馬の意見としては・・・
阿倍総理はもしかして、テロ関連法案、
外国人登録法改正案、そしてマイナンバー制度
によって外堀を埋め、次の段階は竹島不法占拠問題を
持ち出し、日本と韓国を交戦状態に誘導しようと
考えているのではないだろうか。もしそうだとすると、
その目的は大体察しがつく。
もちろん、全面戦争は回避するだろうが、
副産物としてある環境を実現しようとしているように思う。

アメリカは、オバマ大統領自身が
ヘンリー・キッシンジャーの生徒のようなもので
かつてはアメリカと中国のツートップで
太平洋地域を支配下に置く構想を持っていた。
クリントン大統領だってそうだった。
しかし、そのキッシンジャー博士自身が、
中国の本性を知ったので親中は卒業した、と
語っているらしく、上下両院とも共和党が多数なので
中国に対する弱腰な対応は突き上げをくっているらしい。

中国の外貨準備総額は、大変な金額だそうだ。
永年にわたり、アメリカ国債の最大保有国だったので、
投げ売りされたらアメリカ経済が崩壊するという
恐れもあったようだ。
最近は日本が首位に返り咲き、中国は2位に
順位を落としたが、
それでも時価約120兆円ほどだそうだ。

しかし、最近ある方が中国が発表した外貨準備高に
疑問を突きつけている。
まず第一に、中国が発表する各種指標は信用が置けない。
共産党幹部が家族名義で、莫大な資産をアメリカに
隠匿していると指摘する人は多い。
また、習近平国家主席が、人民解放軍幹部や役人の
汚職摘発を大々的に進めていることが記事になっているが、
彼らもやはり同様に、賄賂で得た莫大な資金を、
アメリカに隠匿しているらしい。
そうなると一体、中国政府および共産党幹部、政府高官、
人民解放軍幹部の総資産は、米ドルでどれぐらいなのだろうか。
さらには、中国が発表している外貨準備高には、
海外に持ち出された賄賂などもそのまま含んでいると
指摘されている。でないと辻褄が合わないらしい。

もし、アメリカと中国が戦争当事国になったら、
中国が保有するアメリカ国債は、購入時の条件の適用で
紙切れになってしまうらしい。
またおそらくは、中国関係者がアメリカ国内で保有している
現金、債券、不動産などの資産は、凍結されてしまうと
予測している。

下手に核兵器による抑止力を考えるぐらいなら、
中国政府保有の国債の無価値化や、中国関係者が
アメリカ国内に隠し持つ資産の凍結をちらつかせた方が
よほど戦争抑止力になると、ずいぶん前に誰かがいっていた。

政治が絡むと、なかなか予測が難しくなるが、
地域紛争、テロ、暴動、全面戦争は決して架空の話ではない。
戦争はこちらから仕掛けなくても、相手が仕掛けてくる
場合も大いにある。

反戦、平和を掲げ憲法9条を死守しようとする人たち、
さらには市の条例で、有事の際には武装放棄するよう
制定を求める市民団体も実在する。

インターネットで日々変化する情勢を眺めているだけだが
改めて、戦わない国と戦えない国とでは、本質的に異なる
と考えている。

ある日突然、身の回りで起きるかもしれない
暴動、テロ、騒乱などは決して架空の話ではない。

かつて韓国の李明博大統領は、民主党政権が誕生したとき
われわれは日本を完全に支配したと宣言したそうだ。
もしそれが本当のことだとすると、「日本人は何も知らない」
という彼の言葉もまた事実なのだろう。

私は日本が韓国政府によって間接支配されているとは
断じて思っていない。

日本がごく普通の国として自立していけるかどうか、
実にその大転換期に、私たちは生きていると実感している。

ゴールド運手免許証をいただいたせいか、
少し気分が高揚しているようだ。

政治マターは対立構造が多いし、感情論にも発展する。
自己訓練として自分に課しているのは、
あるテーマの結論を断定的に導き出し、特定の方向に
誘導するのではなく、両論または各論を並記して
一般市民の皆さんに、考えていただく材料を提供する、
常にそのような視点で提言することだと考えている。

なかなか難しいことだ。


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by hirune-neko | 2015-05-26 22:55 | インテリジェンス | Comments(0)

災害も果報も忘れた頃にやってくる

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夕方近く、立川の産婦人科へ再製作した絵本を届けに行った。
途中のセブンイレブンで、LED電球2個とナッツ類を買い
レジで精算中に、会社から携帯に電話がかかってきた。

産婦人科の院長先生から電話があり、絵本を作って
ほしいので、電話するようにという内容だった。
産婦人科の名前を聞いた瞬間、どのクリニックなのか
とっさに判断ができなかった。老化の兆候なのだろう。

数ヶ月前から営業コンタクトを続けている
新規開業のクリニックだということを、
ようやく思い出した。

院長先生は診察中でなかなか電話がつながらず、
帰社してからも電話したが、相変わらず診察中だった。

しばらくしてようやくつながったのだが、用件は
出産祝いのプレゼントとして、患者さんご家族に
弊社の絵本を採用してくださるとのことだった。

今週の土曜日にお産があるとのことで、
ここ数日以内にすべての必要なものを製作して
届けなくてはならない。突貫作業になりそうだ。

約1年前から、営業手法を変更している。
聞きかじり程度の知識しかないのだが、
アメリカで主流となっているらしい
ダイレクト・レスポンス・マーケティングという
名前の、いわゆるウェブ・マーケティングの
技術を見よう見まねで応用している。

そこに付加価値として、数年来研究してきた
ファミリー・インテリジェンス・サービスを、
無料で付加することにした。
一見無謀な方法に見えるだろうけれど、これは
ウェブを活用した最新のマーケティングの入口だ
・・・そうだ。

元都市銀行の支店長だった方に、相談役になって
いただいているのだが、お医者さんは最も
営業が難しい相手なので、対象にしないよう
何回も助言されたことがある。

今年で13年目の商品で、これまでは100%、
産婦人科クリニックをターゲットに試行錯誤して来た。
昨秋、札幌で新規開業した産婦人科が採用してくれて、
今年は今日がようやく1案件目。
7月に開業される産婦人科の院長先生は
かなりいい感触で、見本を届けるところまでこぎ着けた。

この10数年を振り返ると、かなり打率が良くなっている。
これまでは新規開業のクリニックだけを対象にしているが
そろそろ既存のクリニック向けにアレンジして
コンタクト面積を拡げようと考えている。

思わぬ副産物もある。この商品と付加サービスは、
どうやら自治体にも応用できそうだ。
現時点ではまだ、ひとつの自治体にしか
提案していないのだが、徐々に外堀が埋まって
きていると実感している。

それにしても、災害は忘れた頃にやって来るというが
私流ののんびりした営業を続けていると、
果報も同様に、忘れた頃にやって来るのだなと
実感している。

年齢的に、そんなにいつまでも全国を飛び回れないので、
そろそろ加速度をつけて、契約件数を増やしたいなと
意欲だけはまだ健在だ。

そろそろスポーツジムもオープンするようだし、
体力と気力の維持のために、せっせと通うことにしよう。


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by hirune-neko | 2015-05-26 02:06 | 現実的なお話し | Comments(0)

大人のためのたとえ話〜動物園の象さん物語


"Se todos fossem iguais a você". - Maria Creuza, Toquinho e Vinicius de Morais.

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以前記したように、大学院の単科履修に必要な試験を受けた。

筆記試験後の口頭試問で、面接官の女性教授から質問を受けた。
事前に志望動機を書いた書面を提出していたため、
「国家インテリジェンスとファミリー・インテリジェンスは
どのように違うのか」と訊かれた。

ひと言で表現するのは簡単ではないので、
どこかで聞き覚えた、たとえ話を多少アレンジして
紹介することにした。


「ある日、目の不自由な人たち何人かが、動物園に
招待されました。引率していった人はこういいました。
『さあ皆さん、これが象ですよ。気立てのいい
優しい象さんですから、怖がらなくていいですよ。
そばに寄って触ってみてください』

みんな、おそるおそ象に近寄りました。
ある人は鼻に触り、ある人は耳に触れ、またある人は
後ろ脚に触りました。

その日、家に帰ると家族の人が訊きました。

『象さんは、どんな生き物だったの?』
鼻に触った人は言いました。
「象はね、長くてぶよぶよ柔らかい動物だったよ」

別の人も家に帰り、家族から同じ質問をされました。
耳に触ったその人はこう答えました。
『象はね、平べったくてパタパタした生き物なんだね』

もう一人の人も、家に帰ると同じように訊かれました。
後ろ脚に触れたその人はこう答えました。
『象さんはね、ものすごく太くて丸い生き物だったよ』

同じ象を説明するのに、三者三様の答えでした。
でも、三人ともそれぞれ実際に体感した知識を基に
説明したので、誰も嘘はついていないし、説明は全て
ある意味では正しい内容でした」


面接官が国際政治学の教授であり、アメリカ最大の
国際政治経済学会の次期副会長であることを知ったのは
翌日のことだった。

もし事前に知っていれば、小学校の低学年生に話すような
手法は選択しなかったと思う。

視力の弱い私だが、面接官の鋭い視線を感じていた。
しかし、怖いもの知らずの私は臆することなく続けた。

「現在、世界中どこの国もプロパガンダ活動を活発化し
自国に有利になるような世論誘導を行っています。
(そんなこと常識でしょう?という表情はされなかった)
その結果、あるテーマについての評価が分かれ、
往々にして対立構造ができあがってしまいますが、
それは避けられないことだと思います。

象のたとえ話をご紹介しましたが、一般論として
人は一部だけを視野に入れて判断する傾向があります。
ある人は、マスメディアから情報提供と影響を受け、
ある人は、自分で調べて分析し、またある人は
自分が傾倒している政治団体や政治家の評価を
そのまま鵜呑みにするケースもあるでしょう。

そのように、多様な思想信条・主義主張、さらには
異なる宗教観を有する、しかも忙しい方々が
少しでも的確に判断していただけるよう
各論あるいは両論並記で情報提供するのが目的です。
結論を確定して提示するのでは、単なる
オピニオン団体に過ぎませんので、あくまでも
外部からの影響を排し、個人や家庭の皆さんを
裏切らない手法を考えて構築したいと思っています」


自画自賛になるが、象のたとえ話はそんなに
出来が悪くはなかったのではないだろうか。
原典は何を読んだのか、もう覚えていない。
しかし、それぞれが自分の持つ知識や情報で確信し
異論を排したいと考えるのは、極めて自然なことだ。

問題は、脳内に刷り込まれた情報に固執するあまり
反対者に対して、感情的な敵対心を持ってしまう
ことだろうと思う。

国策によって相手国への敵視政策を堅持し、
史実に反する捏造歴史観を教え込み、
領土・領海・領空を侵犯する示威行動を繰り返して
自国民の士気を高揚させる。
莫大な国家予算によって相手国のマスメディアや
政治家、評論家、教育者、企業人などへの
影響力を徐々に拡大し、自国に有利な世論操作を行う。

これらは別に特定の国のお話しではなく、
多かれ少なかれ、どこの国でも行っていることのようだ。
しかし、日本はどうもそうではないのではないだろうか。

誰しもが希求する平和を逆手に取り、観念的あるいは
理念的平和論によって、結果的に日本という国を
戦わない国ではなく、戦えない国として無力化する。
そのような策動を指摘する論調が、ここ数年
高まってきているように思う。

2015年は、日本の大転換期だという人がいる。
そうなのかもしれない。
しかし個人的には、日本人はある意味で
特殊な人種なのではないかと、ここ最近思うようになった。

日本人男性を草食動物であると暗示にかけ、恣意的に
戦意を喪失させようというキャンペーンを行った
勢力が実際にあるとしても、それは手痛い失敗に終わった、
と指摘する人もいる。

日本人は我慢する民族だが、ある一線を超えると
途端に一致団結して闘う集団と化する。
また、日本人はもともと優秀な戦闘民族だ、と
評する人も存在する。

個人的に、家族や周りの知人達には、自然災害だけでなく
暴動やテロが起きることも視野に入れるよう助言している。

イスラエルのように、周りを敵国に囲まれていると、
防衛意識も高く、戦意も戦力も自国と自国民を護るために
常に臨戦態勢のようだ。

日本はイスラエル同様に敵国に囲まれているという人もいる。
実際にはどうなのだろうか。

町内会の付き合いではないので、国家間レベルの問題は
常に緊張感と警戒心を持つべきだし、あらゆる
不測の事態を想定した対応を怠るべきではないと思う。

日本は戦後70年の節目を迎えている。
と同時に、大きな転換期を迎えているようだ。

象さんの一部だけを紹介して、全体を見せず、
一般市民を都合のいい方向に誘導しようと画策する
方々には大変申し訳ないのだが、私たちは少しでも
多くの方に常に全体像を視野に入れていただけるよう、
方法を考えていきたいと思っている。


面接が終わり、部屋を出る前に
「いやあ、イバラの道ですよ」といってしまった。
でも、こんな考えの私でも合格にしていただき
大変嬉しく思っている。


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by hirune-neko | 2015-05-24 18:25 | インテリジェンス | Comments(0)

グローバル化ともボーダーレスとも無縁な業態


Liliana Herrero - El viaje (Astor Piazzolla)

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若気の至りという言葉がある。
まるで自分のことを言い表しているのではないかと思う。

今の自分だったら、決して行動に移さなかったであろうことを
何のためらいもなく、次々と実行した30歳代の頃。

ちょっと頭の中で思いついたことを、ろくにリサーチもせず
よくもまあ行動に移したものだ。
30歳代というと、ちょうど自分の息子達の年代だ。
当時の私の構想のような案件を、息子達から相談されたら、
ひと言、お前はアホか、で終わらせるだろうと思う。

少しだけ思い出したが、市ヶ谷にあった
ブリティッシュ・カウンセルとかいう、英国に関する
書籍や情報を提供している施設があった。
どうしてそこに足を踏み入れたかは思い出せない。

そこで得た断片的な情報を頭の中で組み立て、
洋書と海外雑誌を輸入することを思いついた。
で、実際にロンドンに行き、目指す企業を訪問した。

世界中の雑誌を扱う企業ではあったが、行ってみると
本社はアメリカで、そこは英国支社だった。
日本からいきなりやってきて、取引を申し込まれ
あのときの女性支社長は目を丸くしていた。
でも熱意が通じたのか、取引口座を開設してくれた。

次のターゲットは、英国でも大きな学術書籍問屋だった。
これも飛び込みだったが、社長との面談の末、なんとか
取引できることになった。

ホテルに滞在中、楽譜も扱うべきだと閃き・・・
閃いたというよりは、単なる思いつきのレベルだった。

クラシック音楽の楽譜は、ヨーロッパなので
いろいろな国で出版されていた。
それらの楽譜出版社を仕入れて販売している企業が
数社あったが、そのうちの1社に電話アポで飛び込んだ。
最初はこちらの真意を図りかねる表情だったが、
もともと音楽好きだったので、なんとか理解してもらえ
取引できるようになった。

本当にアホではないかと思うのだが、ヘーゲルの生地の
ドイツ・シュトゥットガルトに飛び、書籍問屋と契約。

そういえば、フランス・パリの書籍問屋にも飛び込んで、
さすがにそのときは運転手兼通訳を頼んだが、
割と老舗の問屋との取引契約にこぎつけた。
今にして思い出せば、狂気の沙汰だった。

よせばいいのに、
スイスのジュネーブだったかベルンだったか
もうすでに忘れてしまったが、国際音楽コンクールの
事務局があることを知り、日本の音楽家のために
情報提供してくれるよう事務長に協力を依頼しに行った。

アホさ加減は止まることを知らず、今度はアメリカに飛んだ。
その後、英国企業と合併したが、当時はオレゴン州の
ポートランドにあった、やはり学術書の問屋と
取引を始められるようになった。

ミュージカル楽譜はやはり、ロンドンのソーホーより
ブロードウェイの方に勢いがあり、当時ニューヨーク郊外にあった
ミュージカル楽譜をほとんど扱う問屋に電話でアポを取り
取引を始めた。なんでもグレンミラー縁の企業だと
聞いた記憶がある。

あの頃は、ある大手のクレジットカード会社と契約し
カード会員へのメディアサービスを供給できる
ことになっていたし、ある私立大学の購買部経由で
洋書の販売もできていた。

なので、仕入ルートを確保できれば、販売の方は
際限なく拡大するかのような幻想にとらわれていた。

今では、誰だってamazon.comを利用するが、
創業間もなかったamazonについては、アメリカの
問屋筋から、経営に行き詰まっているいるとの
情報を得ていたし、そんなに浸透してはいなかった。

それに、電子書籍が普及するなんて誰も想像していなかった。

でも、決して居直る訳ではないが・・・結果的に
少なからぬ金額の損失を出し、かなりの時間を費やしたが
失敗だったと後悔したり落ち込んだりしてはいない。

何年間も飛び回ったが、こと出版物の国際流通に関しては
少しは土地勘が養われたと思うし、新しいプロジェクトを
インターナショナルに立ち上げることの難しさを
実体験できたのは、とてもいい経験だったと思っている。

ここまで書いてしまったので、もうひとつ白状するが、
ヨーロッパ在住の日本人向けに、日本の書籍・雑誌を
販売することを並存させようと思い立った。
知人の紹介で、パリ郊外のブローニュ近くに住む
出産直前のフランス人夫婦と同居した。
そこを拠点に会社を登録し、物流の仕組みを作った。
ちょうど、ロンドンに本社があった
ニュースダイジェスト社という日本人相手の新聞社と
提携できたこともあり、業容が拡大するものと、
これまた大いなる幻想を抱いてしまった。

笑われてもいい。
実際に今の自分は、当時の自分を笑いながら思い出している。

そんな手痛い思いをしたせいか、13年前から始めた
現在のプロジェクトは、つまり名入れ絵本の出版は
まったく国際化の構想がない。
グローバル化もボーダーレスもない、完全に
Made in Japanクォリティの商品になっている。
製本職人の芸術的な技量だけでなく、
ビク抜き(型抜き)職人の業の正確さなどなど、
外注先の実に日本的な職人技術に敬服してもいる。

しかし、基本的なアホな本質は、相変わらず変わっていない。
今は書けないのだが、あるカテゴリーの商品に関しては、
電子出版化をすべきと考えてる。
しかも、多言語化を目指している。

やはり、アホな気性というのは一生完治しないような
気がしている。
自分で自分に愛想を尽かし、しかし同時に期待もしている。
まことに複雑怪奇な心境にある。

大体、当時からもうすでに30年は経とうとしているのに、
肉体的機能低下、老化という肝心な部分の自覚が
スッポリと抜け落ちてしまっていることに思い至り、
このままでいいのかなと思い込んだり、忘れ去ったり。

まあ、最後まで悪あがきの人生でいいのではないかと
楽観的に生きられているようだ。


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by hirune-neko | 2015-05-24 01:20 | 現実的なお話し | Comments(0)

観劇記 川崎郷土・市民劇「華やかな散歩」


Oblivion - Marios Stefano Pietrodarchi Luca Lucini

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開演冒頭は、舞台上に何人かの男女が並び、
タイトルになっている詩「華やかな散歩」の一節を
交互に読むシーンから始まった。
その詩に寄り添うように、下手から男性ギタリストの
演奏が流れる。

大ホールだが、空間の大きさに負けず、控え目だが
丁寧な音色が観客の感性を包み込むようだった。
すぐに思い浮かべたのは、確かイタリア人だったと思うが
ギター奏者のLuca Luciniだった。そのLuciniに
似通った演奏で、奇をてらわず、音楽性豊かな演奏だった。

川崎市民劇は、隔年で催されている。
今年は第5回目のようで、基本的には
川崎に縁の人物が登場する。

時代的には江戸の作品もあったが、今回は
昭和初期で、詩人の佐藤惣之助だった。

プログラムでは

「赤城の子守歌」「人生の並木道」「湖畔の宿」
「六甲おろし」・・・の作詞者・佐藤惣之助は
川崎が生んだ詩人

と説明されている。

以前同様、プログラムには一切目を通さず、
したがって、なんの予備知識もない状態で観劇した。

時代はおよそ70年ほど前の昭和初期から始まる。
全体に通底するテーマはいくつかあるように思う。
詩人の感性と葛藤、人の輪、戦争や政治判断の
大きな流れに翻弄される市井の人々・・・。

これまでずっと脚本は小川信夫氏が手がけている。
小川信夫作品に共通するのは、社会的に小さな
存在と見なされる一般市民への愛情ある視点
ではないだろうか。

それと、戦争の勃発、情報部の高圧的な強要、
クーデター、徴兵、戦死などという社会的な
テーマに対しても一方的な見解を強要しない。
逆に、非情な役割を担う人物の持つ良心や葛藤、
人間性など、内面に宿る多面的な陰影を
包括することによって、作品が奥行きを生み出し、
さらにはリアリティを増している。

照明は、運命的出会いを演出する雷鳴、
空襲の炎を連想させる赤色、それ意外は極めて
写実的に現実感を与えていたと思う。

劇中で演奏された音楽は、おそらくオリジナルで
作曲されたのではないかと思うが、これもまた
舞台上で再現されているシーンのイメージを
損なうことなく、登場人物の心象風景に
自然に寄り添って雰囲気を作っていた。

川崎・砂子と東京・雪が谷の佐藤邸内部は
舞台セットとは思えないほど、当時の雰囲気を
醸し出し、精巧な出来映えだったと思う。

衣装は気をつけて見たつもりだが、おそらくは
限られた予算の中で、昭和初期のイメージを出すのに
相当の苦心をされたのではないだろうか。

スタッフの皆さんの、目に見えない努力が
舞台に生命を吹き込んでいたように思う。

今回も舞台は上下2層に作られ、回想シーンや
幻想シーンを、全体の進行が中断されることなく
効果的かつテンポある流れに収めていたと感じる。

キャストの皆さんにはプロの方とアマチュアの方が
混在し、協演されているはずだ。
しかし、一人ひとりの方が熱演し、人物の内面を
とてもよく反映していたと思う。
決してオーバーアクションにならず、自然な演技で
説得力があった。
演技しているというのではなく、まさしく
登場人物になりきっていた。

ストーリーのプロットも精緻な構成であり、
終わってみれば、途中で冗漫に感じることのない
密度の高い流れだった。

日本人のメンタリティに訴え、涙を誘うシーンが
いくつもあった。

佐藤惣之助の先妻は、病気で他界したのだが
愛する夫の才能を高く評価し、同時に夫の
葛藤のよき理解者でもあった。
自らの死をも乗り越えて、夫に託した
期待と愛情を込めた行為が露見するシーンは
観客の心に感動を伝えたのではないだろうか。

情報部の部下は、非情になって
職責を果たさなければならない立場だったが、
自らの良心との葛藤に苛まれていたことが
最後に分かる。いや、途中のいくつかのシーンでも
決して言葉には出さなかったものの、
高潔な信念を持つ人物であることが表現されており、
その葛藤を推測させる心象が伝わっていた。

一体どれぐらいの準備期間を経て上演されたのか
私には分からない。
昨今のデジタル化された作品は、いとも簡単に
コピーしたり転送したりできる。
しかし、生の舞台劇というのは、観客にしてみれば
その時間にホールまで足を運ばなくてはならない。

それ以上に、スタッフ、キャストの皆さんは
かなりの時間と回数をかけて、上演の日まで準備を
継続してきている。

なんでもあっという間に検索できて、簡単に鑑賞できる
現代人にとって、電子書籍があれば紙に印刷された書籍は
不要になるのだろうか。

そうではないと思う。
今日の舞台のように、長い年月を積み重ねて練習した
登場人物が言外に発する感情、さらには唐突に脳内に浮かぶ
促しの気持ちなど、実は多くの要素が舞台には隠されている。

それを見出すのは、観客の感性に依存するところが大きい。
感性は目に見えない領域に存在する要素を感得させる。
さらにいえば、観客の感性は舞台上の人物の演技を通して、
自分自身に疑似体験を積み重ねることができる。
それは相手の心情を洞察し、理解し、寛容さを育む
貴重なきっかけとなる。

「華やかな散歩」には、そんな要素がたくさん散らばっていた。
とてもいい作品だったと思う。
いい作品であるためには、脚本の内容だけでなく、演出家のセンス、
音楽、照明、舞台装置、衣装、メーク、大道具、小道具、そして
登場人物一人ひとりの人間性・個性によって総合的に創造される
まさに瞬間芸術だと・・・そのように思わせる感動的な作品に
仕上がっていた。

残念ながら正確な表現は忘れたが、主役・佐藤惣之助の台詞に
「詩人の感性は予感の中に生きる」というような表現があった。

70年前の昭和初期に生きた登場人物たち。
そして平成27年の現代に生きる私たち。
大きな時代の変化は経たが、当時と同じ状況を感じる。

一見すると日本は平和な国に思える。
しかし本当にそうだろうか。そうとは思えない。
現代の全面戦争は、おそらくは事態解決の最終手段だろう。

その前段階に極地紛争があり、さらにその前には情報戦争がある。
つまり、世界中どこの国家も行っているプロパガンダ活動がある。
当時と今の大きな違いは、ほとんどの情報をマスメディアから
得て判断するしか方法がなかったのに較べると、現代人には
能動的になれば、かなりの情報量を収集し、
自分なりに分析できる環境が整ってきている点だろう。

旧約聖書は古代の歴史書の側面もあるが、実は現代人に向けて
書かれたメッセージだという神学者も存在する。

「華やかな散歩」で主人公が語った
「詩人の感性は予感の中に生きる」という一節は
実に示唆に富んでいると思う。

国家インテリジェンスでは、人々は「国民」という
集合体で捉えられてしまうが、実は国家の構成単位は
個人であり家庭であるという点を考えれば、
われわれ現代人は、個々を守り生かすための平和で安全な
国家の姿を予感しなければならない。
個々人が、感性によって知識や情報を識別し、自らが
考える国民として、真の愛国心や郷土愛について
予感しながら生きることが、実は最終的に平和で
健全な郷土を形成し、国を形作るのではないだろうか。

人生という行程を華やかに散歩しながら、
将来を予感できるような感性を育む・・・
私たち一般市民には誰にでも、そのような詩人の魂が
生まれながらに具わっているのだと、そう励まされた
秀作の舞台作品だった。

今後も、皆さんの活躍の場が継続するよう期待したい。

*今後の公演
  ・5月23日(土) 午後2時〜 川崎教育文化会館
  ・5月24日(日) 午後2時〜 川崎教育文化会館


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by hirune-neko | 2015-05-23 01:11 | 創作への道 | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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