昼寝ネコの雑記帳

<   2015年 01月 ( 17 )   > この月の画像一覧

ときどきは人間に戻るようだ


Piazzolla : Celos

いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。


あまり自分の実年齢を意識することがない。
確かに運動機能が、とくに足許がときどき怪しいので、
まあ、運動不足も手伝っていると思うが、自然の摂理で
徐々に肉体は衰えているのを実感している。

しかし困ったことに、まるで脳内の空間を埋めようとでも
するように、ある種の欠落感を払拭するかのごとく
知的な飢餓感に襲われている。
新たに10GB程度の容量の生体チップを、
脳内に埋め込めたらどれだけ知識が増えるだろうかと
そんなアホなことを考えている。
もちろんあり得ないことだ。

「昼寝ネコは普段はネコなのですが、
人前に出るときはさすがに人間の格好をしています」
そんなことを聞いたら誰だって冗談だと思って笑う。

「昼寝ネコは、実は3,000年ほど前に古代イスラエルで
生まれ、ずっと生き続けているんですよ」
というと、誰だって冗談だと思って笑う。

もちろん自分でも本気でいっているわけではない。
でももしかして、忘れ去っているだけで、
ひょっとしてもしかして、本当は自分は
生身の人間ではないのかもしれない、などと
ヘンテコな妄想に駆られることがあるのは事実だ。

執着するものが実に見事になくなっている。
失われた3,000年の史実を思い出そうとでも
するかのように、あれほど興味のなかった世界史や
宗教発生史、戦史などへの興味が湧いている。

ずっと昔は、かなりの数の異なる原語を理解していた
というような妄想が湧いてきて、とりあえずは
3種類の外国語を学ぼうとしている。
自分の中で、何か異変が起きているのは確かだ。

今日は朝から腰痛と背中の筋の鈍い痛みに襲われ、
仕事を中断してしまった。
椅子に座っている時間が長すぎるからだが、
でも仕方がない。他に選択肢がない。

背中を椅子の背もたれにあずけて
じっとしている姿勢だと痛みが出ない。
なので、何もすることができない状態だ。

そんな時間に、ふと自分を客観的に吟味してみた。

最近、かなり明確に自分のライフワークに
ロックオンできたように感じている。
ああそうだ。これを目指していけばいいんだ。
そういう確信が拡がり、したがって不可欠な
知識や技術が何であるかが、具体的・明瞭に
浮かび上がってきている。

まだごく稀に、人間的な弱さや葛藤が姿を現すが、
自分の体質があたかも生身の人間ではなく、
不純物が濾過されたヨーダに変容したような、
奇妙な感覚に包まれている。
迷いや邪念はかなり昇華されてしまったようだ。

今日は製本所に行った帰り道、
中野島のオクダベーカリーに寄ってみた。
わずかにトレイ2枚しか残っていなかったが、
その中にこしあんドーナツがあった。
・・・ので本当に久しぶりに、甘い誘惑に負けて
ひとつ購入し、運転しながら食べてしまった。
「断糖宣言」をしており、甘いものは避けることに
なっているのだが・・・ん〜、こうしてみると
やはり私は、まだまだ生身の人間のようだ。

そういえばキャットフードなんて、シロと一緒に
食べたこともないので、やはり私はネコではなく
普通に人間なのだろうと、安心感と落胆の気持ちが
錯綜する不思議な感覚に包まれている。


いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。

[PR]
by hirune-neko | 2015-01-30 01:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

せめて1日を26時間にできないだろうか


Astor Piazzolla - Milonga en Re

いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。


1日が24時間というのは、地球上で生きていれば
どうにもならないことだとは重々承知している。
であれば、どうにかして時間を上手に管理し、
課題の案件をひとつでも多く処理できないだろうか。
達成スピードを速めることができないだろうか。

これでもすでにかなり以前から昼寝の習慣はない。
なので昼寝ネコの名前は変えた方がいいかもしれない。
睡眠時間を削るというのは、理論的には正しいが
脳内疲労が解消できず、かえって効率が悪くなる。
毎日未処理案件が増えており、本来するべきことに
手が回らなくなってきている。困ったものだ。

今日はある宗教団体の依頼で、パキスタンからの
難民男性との面談に立ち会ってほしいと
いわれていたので行ってきた。

イスラム教徒の彼は、このようなことをいった。
「イスラム教では人を殺すとは教えていない。
最近も、イスラム教徒はみんなテロリストなのか
と質問されたことがある。決してそんなことはない。
つい1か月前、パキスタンの小学校が爆弾テロに遭い
子どもたち300人が犠牲になった。自分の従兄弟も
二人犠牲になった。なぜアメリカ人やヨーロッパ人は
イスラム教徒を憎むのか。」

痛切な訴えだった。パキスタン人の方とも、
イスラム教徒の方とも、実際に会うのは初めてだった。
慎重に言葉を選び、彼に質問した。

「私の知人の友だちがある大学の中東専門家で、
彼の原稿整理を手伝ったことがあります。
それによると、マホメッドは『キリスト教徒が信じる
神と、自分たちが信じるアッラーの神は、もしかしたら
同一かもしれない。なのでイスラム教徒もキリスト教徒も
兄弟同士だ』といっているけれど、間違っていますか?」

彼はその通りだといった。私はなおも続けた。

「数ヶ月前にロンドンの同時多発テロをテーマにした
映画を観ました。
警察官がイスラム教徒の男性をテロリストと誤認して
地下鉄構内で射殺したため、スコットランドヤードの
チーフが更迭され、後任にパキスタン出身の人物に
代わりました。映画の中でモスクの内部や説教を
興味深く見聞きしました。そのチーフの甥が
パキスタンからロンドンにやって来て同居したのですが、
実はその甥はテロリストでした。最後の場面は
叔父と甥が銃を持って向かい合うという、とても
辛い心境のシーンでしたが、私たちは誰も
パキスタン人やイスラム教徒が、すべて
テロリストだとは思っていませんよ。」

彼は少し私に気を許してくれたのか、時々私に
視線を向けながら話すようになった。

国家安全保障などという分野に興味を持ち勉強すると
初対面の外国人はどうしても、日本潜入を試みる
工作員のスリーパーではないかと疑ってしまう。
別に自分が公安関係の仕事している訳ではないが、
いつの間にか、そのような体質になってしまっている。

一般論としてだが、日本はとても特殊な国だと思う。
あまり人を疑わず、ことを荒立てず、穏便に済まし、
和をもって尊しとする国民性のようだ。
しかし、今回の自称「イスラム国」の日本人人質事件で、
図らずも自らメッキを剥がし、テロリストシンパで
あることを公言することになった
政治家、評論家、ジャーナリスト、市民運動家が多い。
口汚く現政権をののしり、事件を現政権のせいにする。

テロ関連法案をよく勉強している政党の党首は、
さすがに慎重になり「懸命に対処している政権の
足を引っ張るような言動を慎むべきだ」と表明した。

この事件のシナリオを書いたのがどこの誰であり、
日本国内にも協力者が存在するのかなど、
謎は尽きない事件だが、真相を知らされないできた
日本国民と、長年にわたって反日の外患誘致を
目論んできた勢力の色分けが、そろそろ鮮明になる
時期にさしかかっているのだろうなと、
傍観する第三者ながら、そのように観測している。

いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。

[PR]
by hirune-neko | 2015-01-27 22:53 | 現実的なお話し | Comments(0)

世を捨てた女性アーティストに拾われて


Astor Piazzolla Revirado

いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。


東京・世田谷の某所に、一般市民を装ってひっそりと
生活している女性アーティストたちが存在する。
小田急線の駅から少し歩いた、閑静な場所に
小さな美容院を開き、二人で忙しく働いている。

もう8年になるだろうか、ギョロ目の店長が
ブログ「昼寝ネコの雑記帳」に書き溜めた記事を
出版するよう強く勧めてくれた。

そもそもは、人間とまったく接触せず、
ネコとしか会話しない私を見かねて、せめて
ブログに何か書いたら?と
当時のmixiに招待してくれたのがきっかけだ。

なんでオイラが、そんな公衆の面前に文章を
曝さなくてはいけないんだ、と思ったのだが、
でも確かに、自分自身の殻に閉じこもってばかりでは
精神衛生上も良くないかと思った。
それが起点となり、今日に至っている。

多少は記事が書き溜まった頃、出版を勧められた。
躊躇して優柔不断な私に、毎日圧力をかけてきた。
どんな圧力かというと、ギョロ目で睨みつける。
巷の噂では、この女史に睨まれると、ヤクザといえど
視線をそらしてしまうというほどの、ド迫力だ。

店長は、何を隠そう(何も隠していないようだが)
女流フォトグラファーである。
ピューリッツァー賞を取り損なったとかいう話は
聞いたことはないが、感性のいい店長だ。

ぐだぐだと決断のつかない私を見るに見かね、
店長と一緒に働いている女性が描いてくれたといって
何枚かの昼寝ネコのイラストを送ってくれた。
あらら、こんなにまでしていただいて・・・・
で、結局は単行本「昼寝ネコの雑記帳」を
出版することになってしまった。

イラストレーターの女性は、誕生日がなんと
カトリーヌ・ドヌーヴと一緒らしく、
自らをカトリ〜ヌ・笠井と名乗っている。
幼少の頃から画才に恵まれていたのだが、
どういう訳かコマーシャリズムの世界を嫌い、
才能を包み隠すように、ひっそりと生きている。

たまたま昨日、このブログに私が作成した資料を
請求できるようにした。
せっかくなので、新しいメールアカウントを開いた。
いろいろ調べたら、署名欄に画像を添付できることが
分かったので、カトリ〜ヌ・笠井画伯の作品を
引っ張り出してきた。

ああ、こんなにいいイラストを描いてくれてたんだ。
「人が苦労して描いたのに、なんだい今頃になって」
というお叱りの言葉が聞こえるが、いやあ本当に
改めてカトリ〜ヌ・笠井さんの描く動物には
生命が吹き込まれており、ほんのり癒やされる。

なので下部にそのイラストを掲示して紹介したい。
このイラスト付きのメールを送信してほしい方、
それともちろん、昨晩苦労して作った資料
(FATF:Financial Action Task Force on
Money Laundering)を保存されたい方には、
この新しいメールアカウントからお送りできる。
なので、ご希望の方はこのアドレスに直接
メールでリクエストしていただきたい。
少しお待たせするかもしれないが、なるべく
迅速にお送りしたいと思う。

この二人の女性アーティストは、世俗に迎合せず
根っからの芸術家だ。
その意味で世を捨ててしまっている。
そのような二人に拾ってもらった私は、今でも
この二人に足を向けて寝ていない。

それと、忙しい美容院なので予約が必要なようだが
感性の具わったアーティストの美容師さんに
ヘアデザインをしてもらいたい、という方は
なんの特典もないけれど、紹介だけはさせていただくので
ご遠慮なくどうぞ。

*昼寝ネコのイラスト付き新メールアドレス
 hiruneneko.blog@gmail.com

c0115242_2045587.jpg


いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。

[PR]
by hirune-neko | 2015-01-25 20:45 | 創作への道 | Comments(0)

オシント初挑戦・余命3年時事日記+wikipedia


Tanguedia Quintet & Sinfonietta Lentua: Tristezas de un Doble A (Piazzolla/Sandås)

いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。


”オシントはオープン・ソース・インテリジェンス
(OSINT:open source intelligence)の略で、
公開情報から収集された情報を元にする、
情報収集の専門領域を指す。
各国情報部は、この手法に70〜90%の割合で
時間と労力を割くと説明されている。
(思ったよりずっと高比率だ。)

「合法的に入手できる資料」を
「合法的に調べ突き合わせる」手法で、
情報源は政府の公式発表(プレスリリース)、
マスメディアによる報道、インターネット、書籍、
電話帳、科学誌その他を含む。
具体的には、対象国の方針を割り出すために、
対象国の新聞社交欄、ニュースの断片、人事の異動発令
などを丹念に集積し、分析するといった手法である。

細かいデータを少しずつ集めて分析するだけでも、
相当な精度の情報が得られることがある。
媒体入手・分析は駐在国公館で行なわれることが多い。”

以上はwikipediaで説明されている記述に
少し手を加えたものだ。

毎日、少なくとも20種類の各種個人ブログと
何種類かの有料メルマガを閲覧している。
現在のところは、そこまでで手一杯であり、
なかなか対象が広がらない。

その中でも、再三紹介している
「余命3年時事日記」の記事は大変興味深い。
とくに、今年2015年7月を期限として、複合的に
発効する種々の法案が相乗することで、日本国内での
暴動発生を予測している。しかも警察力だけではなく
自衛隊どころか予備兵までを投入する準備が
進められているという記述があり、尋常な状況ではない。

「余命3年時事日記」は、ときにwikipediaを引用し
第一発信者になることを避けながら、かなり具体的な
分析説明をおこなっている。
マスメディアはほとんど触れていないとも説明している。
その理由はともかくとして、ざっと読んだだけでは、
第三者に簡単に説明できるほど、単純な構造ではない。

個人的に、ボランティアで関わっている市民団体に
説明の機会をいただいて、一度客観的な報告説明を行い
一応は注意を喚起しておこうと思っている。
そこまでが私の務めであり、そこから先は
運営管理者の皆さんの判断だ。

「テロ資産凍結法案」、「犯罪収益移転防止法改正案」
および
「公衆等脅迫目的の犯罪行為のための資金の提供等の
処罰に関する法律の一部を改正する法律案」の3種類が、
なぜ相次いで可決したのか。
それと国内暴動がどのようにつながっているのか。

ようやく分かってきたのは、そもそもの発端が
1989年にフランス・パリで開かれたアルシュ・サミットで
経済宣言を受けて設立されたFATF:Financial Action
Task Force on Money Laundering、つまり
「マネーロンダリングに関する金融活動作業部会」
と呼ばれる各国政府にまたがる機関にあることだ。
2007年の時点で、世界主要34カ国と国際機関が
加盟している。

日本がアメリカや他の加盟国から、非協力的な国として
名指しされ、非難されていたことも、これらの法案の
可決を後押ししていたようだ。

既述のように「細かいデータを少しずつ集めて分析する」
作業になってしまうが、「余命3年時事日記」の記事を
参考にして、他の各種サイトを調べ、
説明資料を作成しようと準備を始めている。

とりあえずは、上記のFATFなる政府間機関のあらましを
A4判1枚にまとめてみた。
最下部には、日本が非協力国と認定された根拠が
表として掲載されている。

国内暴動だなんてやれやれだが、私にも
娘や孫がいるので、しっかりした説明資料を作成し
注意を喚起していきたいと思っている。
下部に、その資料を画像化して掲載する。
内容はすべて公開情報なので、PDF版でほしい方は
メールアドレスとお名前を教えていただければ
添付してお送りしたいと思うので、ご遠慮なくどうぞ。

・メール依頼送信先→hiruneneko.blog@gmail.com

2015年問題分析資料
c0115242_21423428.jpg


いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。

[PR]
by hirune-neko | 2015-01-24 21:43 | インテリジェンス | Comments(0)

断食、昼寝、驚嘆、追憶、平安


Lady in Satin Billie Holiday & Ray Ellis - The End of a Love Affair (Columbia Records 1958)


いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。


今日は朝から断食をしている。
朝の内は少し辛かったが、どうやら身体が馴染んできて、
目標はあと数時間なので、大丈夫そうだ。

睡魔がひどくなり、横になった。
あおむけになり、iPadを手で支えて読み始めた。
途中、なんども眠りに落ちてしまい、その都度
iPadが顔の上に、ゴツンと落ちてきた。

ある言葉がどうしても思い出せず、気になった。
禁書のような意味で、しかし完全に焼却してしまう。
漢字も正確に覚えていないし、読み方も思い出せない。
はんしょ、ほんしょ、ぽんしょ、ばんしょ???
なので国語辞典も漢和辞典も役に立たず、
googleに頼ってみた。
「本を燃やす」で検索すると、
最初のページにちゃんと出てきた。
「焚書」であり、読みは「ふんしょ」だった。
さすがにもう忘れないと思う。

facebook上に作った、ピアソラ・ファンクラブに
会員登録の承認申請が入っていた。
日本人ではなく、どうやら南米の方のようだ。
メンバーの福岡さんに報告したところ、
すぐに返信があった。

アルゼンチンにはピアソラのファンクラブがあり、
その名もそのまま「Astor Piazzolla」だそうで
申請してきた方は、その会長さんだという。
すぐに確認できる福岡さんも凄いと思うが、
そのような方の目に留まり、しかも会員登録申請を
してくださるなんて、大変光栄なことだ。
それもこれも、連日にわたり、福岡さんが
ピアソラの珍しい演奏や楽曲を投稿してくれている
からだと思っている。
たった今、また二人目の登録申請があった。
たぶん、アルゼンチンからだと思われる。
いやあ、驚いた。


今日は一気に仕事モードに入れず、
ぼんやりするという贅沢な時間を過ごしてみた。
唐突に、高校生の頃、毎日通ったジャズ喫茶を
思い出した。
おそらく、今ではもう存在していないだろう。

質のいい大人のジャズファンが集まる店で、
毎月持ち回りの研究発表が行われるという
なかなかアカデミックな空間だった。

ピアニストのマル・ウォルドロンは
あまり聴かなかったが印象に残っている。
All Aloneという曲が特徴的だったが、
Left Aloneの方がずっと音楽的だ、などと
思い出すうちに、ビリー・ホリデーとの
エピソードも思い出した。

マル・ウォルドロンは数年間、ビリー・ホリデーの
伴奏者を務めたが、ビリーは程なく他界してしまう。
Left Aloneの作詞はそのビリー・ホリデーだが、
彼女が歌うのを聴いた覚えがない。
もっぱらジャッキー・マクリーンのサックスを聴いた。

女性ジャズ・ヴォーカルとして、彼女の独特の
クセのある歌唱法が、どうしても好きになれず、
とうとうアルバムは1枚も購入しなかった。
・・・と思っていたが、思い出した。
「Lady in Satin」というアルバムで、
オーケストラと協演しているのを購入していた。
確か、学生時代アルバイトをした日給を持って
そのままレコード屋さんに買いに行ったはずだ。

「The End of a Love Affair」を選んで紹介した。
この曲の歌詞を訳すと、ほとんどド演歌だと思う。
「I am a fool to want you」という曲も
収録されていて、なかなかいい曲だと思う。
でも、歌詞を翻訳してしまうと、
「私バカよね、おバカさんよね」という演歌と重なる。

おそらく、ビリー・ホリデーはそんな生き方の
女性だったのではないだろうか。
そんな奔放で情熱的な彼女を、傍で静かに見守り続けた
マル・ウォルドロンが作曲したAll AloneもLeft Aloneも
案外、演歌調の男心だったのかもしれないと考えると
なんとなく得心がいくような気がする。
今にして思えば、音楽的に早熟だったかもしれない
高校生・17歳の自分を、懐かしく思い起こしている。

こんなことばかり書いているが、
決して仕事はおろそかにしていない。
ようやく営業の攻め方が具体的に見えてきて、
資料作成の青写真ができた。

右半身でブログを更新しているが、
左半身ではちゃんと、仕事もこなしている。
・・・単なる言い訳だけど。


いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。

[PR]
by hirune-neko | 2015-01-23 15:42 | 心の中のできごと | Comments(0)

ピアソラの悔悟・・・納得の酷評


Duke Ellington and Rosemary Clooney - Sophisticated Lady

いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。


今日、facebookのピアソラ・ファンクラブに
福岡貞夫さんが、ピアソラが演奏した
ソフィスティケイティッド・レイディ
(Sophisticated Lady)を投稿してくれた。
直訳すると「洗練されたレディ」だろうか。

福岡さんのこんな説明が添えられていた。
「アストル・ピアソラの第一ニューヨーク
時代で結成したジャズ・タンゴ・キンテート
による演奏。デューク・エリントン作曲
「ソフィスティケイティッド・レイディ」。
ピアソラは、この苦境時代のこの楽団結成を
一生後悔し続け、息子ダニエル氏にも
理由を明かさなかったらしい。」
(*一部改編)

この話は聞き知っていたが、あまり興味が湧かず
そのままにしていた。
演奏動画も一緒に投稿されていたので聴いてみた。

デューク・エリントン作曲のこの曲は
ジャズのスタンダードナンバーであり
実に多くのミュージシャンが演奏している。
したがって、記憶の中の
「ソフィスティケイティッド・レイディ」は
味わい深いスローバラードだ。

なのに、ピアソラはなんと、この曲を
まるっきりラテン音楽にアレンジして演奏している。
ピアソラのファンを自認している私だが、
すっかり驚き呆れてしまった。
なので、このようにコメントした。

「デューク・エリントンのこの曲を、
ピアソラの演奏で聴くのは初めてです。
有難うございます。

素人評論になってしまいますが、
この曲はスローなバラードとして演奏してはじめて
味わいが出る曲だと思います。なのに、
ピアソラはコマーシャリズムに乗ろうという意気込み
丸出しで、ラテン風にアレンジしたのではと想像します。

残念ながら、原曲の良さはぶちこわしであり、
ピアソラもおかしな色気を出してしまっ て、
自分の領分を外れたことに痛恨の思いが
あったのではないでしょうか。さらにいえば、
誰かの口車に乗ってしまったことへの後悔とか
・・・謎ですね。で も、その反動で
ピアソラらしさが出るようになったのでは
ないでしょうか。あくまでも想像ですが。」
(*一部改編)

この解釈には、福岡さんも同意してくれ、
こうコメントした。

「デュークのオリジナル演奏を聴きましたが
昼寝ネコさんの説の通りですね。ピアソラはメンバーも
ラテン系なので完全にラテン風にコマーシャル編曲を
強制されたようです。ピアソラのバンドネオンだけが
浮き出ていて原曲の面影はありませんが、
ピアソラが不本位にコマーシャルに
妥協せねばならなかった
経済的苦境時代の演奏ですか痛恨の後悔で
悩んだのだと思います。」

この「ソフィスティケイティッド・レイディ」を
ご存知ない方のために、原曲の雰囲気に近い
ローズマリー・クルーニーのヴォーカルを掲載した。
比較のためにピアソラのラテン・アレンジの演奏を
掲出するのは、ピアソラ自身が表情を歪めて
非常に厭がると思うので止めておく。

誰にだって人生にはいろんな時期がある。
不本意な生き方のときもあるあるだろう。
でも、そのときを振り返った悔悟の念によって、
その人は生まれ変わるのではないだろうか。

その後のピアソラの作品には、
コマーシャリズムとは無縁の、ピアソラらしい
エッセンスが通奏低音のように流れていると思う。

おっ!今日はなんと、音楽評論家をやってしまった。


いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。

[PR]
by hirune-neko | 2015-01-23 02:00 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

全面広告 日本で唯一かもしれない、ピアソラ・ファンクラブ


Astor Piazzola y Roberto Goyeneche - Vuelvo al Sur


いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。


そういえば、facebook上に数あるグループの中に
ピアソラのファンクラブがあるだろうかと調べたら、
意外にもなかった。
なので早速、APFC:Astor Piazzolla Fan Club
なるグループを作ってしまった。

早速、facebook友だちの一人である、福岡貞夫さんに
案内したところ、連日ピアソラの珍しい演奏を
投稿してくれている。
言い出しっぺの私がサボっているのに、申し訳ないと
思っている。

福岡さんはコロンビアのボゴタ在住であり、
一面識もない。
そもそもの交流のきっかけは、私がブログ記事で
ピアソラがジャズに挑戦し、バリトンサックスの
ジェリー・マリガンと協演した演奏を失敗だったと
酷評した記事をお読みになり、いたく共感してくれた
ことによる。

後日談だが、南米だったかの音楽評論家がその演奏を
とても高く評価したことに、福岡さんは
いたく不満だったそうだ。
なので、私とは音楽的感性が近いということになり、
徐々にやりとりするようになった。

福岡さんは若かりし頃、ピアソラの音楽だったか
カルロス・ガルデルの演奏だったかを聴き、
なんと当時は船で南米に渡ってしまったという
行動力のある方だ。
私の記憶違いかも知れないが、チリの軍事クーデター
勃発時に現場に居合わせたという、生々しい
経験をされている。一度、ブログでその経験談を
紹介したことがある。
アルゼンチンにも滞在されていたので
スペイン語を理解しない私には、強力な助っ人だ。

福岡さんはカルロス・ガルデルの研究家でもあり、
いろいろな資料を集めて、伝記風な原稿を書いている。

ピアソラ・ファンクラブといっても、別に人数を
たくさん集めて何かをするなどということは
まったく考えていない。
ピアソラを日本で紹介したいという、いたって
呑気なグループだ。
facebookのアカウントをお持ちの方で、
興味がおありの方は
一度、訪問なさっていただきたく、ご招待申し上げる。

クリック→APFC:Astor Piazzolla Fan Club


いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。

[PR]
by hirune-neko | 2015-01-22 01:34 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

そろそろ自分の専門領分を定めようと思う


BORISLAV STRULEV AND AYDAR GAYNULLIN - PIAZZOLLA - AVE MARIA - BERLIN PHILHARMONIC

いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。


60歳を何年も過ぎた今頃になってから、
改めて自分に何か専門的なスキルがあるのかどうか
自問してみた。

ここ最近、珍しくブログを毎日更新している。
ということはつまり、仕事に少し距離を置き、
客観的に考える時間を確保しているということになる。

誰かがいっていた。
ひとつのことに最低1万時間は費やしていなければ
プロとはいえない。

1981年に出版社を立ち上げて、もうじき34年になる。
1日8時間、1か月20日を34年間続けてきたとして
単純に累計すると、65,280時間は出版周辺の
仕事をしてきたことになる。
なので、企画段階から編集・製作・営業のラインは
ひととおり経験したが、そんな人は世の中に
溢れるほど存在するだろう。

企業として瀕死の重傷の時期もあったが、なんとか
今日まで継続することができている。
従来は、出版業界の「正常ルート」とは
出版社→取次会社→書店の流通ラインを意味した。
今ではamazon.comに代表される、いわゆる
ネット書店が拡大し、並行して電子出版が
台頭してきている。

つまり、kindleやiPadなどの電子端末と
インターネット環境・電子出版の普及は、
用紙、印刷、製本、倉庫、運送などの仕事を奪い、
単純化していえば、出版業界の構造を根本から
覆しつつある。現代版の黒船襲来だ。

どの業界も一緒だとは思うが、この厳しく難しい
時代を航海するには、何が必要なのだろうか。
改めて自分の資質を吟味している。

・音楽と文章と人間に対する嗜好が明確になったこと。

・ようやくある程度、仕事上の土地勘が培われたこと。

・創作意欲と妄想力を持ち続けられていること。

・自力でウェブサイトを作れるようになり、もう少しで
電子書籍を製作し、ネット書店で配信できそうなこと。

・社会的な地位や名声に興味がなくなっていること。

・私利私欲が衰退し、理念哲学を最優先の体質になったこと。

・初対面であっても10分程度の会話で、相手の生い立ちや
価値観がある程度想像できるようになったこと。

・肉体的に相応に老化が進み、さまざまな欲が減衰したこと。

・ネコと会話ができるようになり、世界ネコネットという
特殊な情報ネットワークを構築したこと。(これはウソ)

こうしてリスト化してみると、専門技術というものは
さっぱり見当たらないものの、何かしら自分独自の
価値体系や問題意識が醸成されているように思う。

今から考えるのだから、もう試行錯誤の余地はない。
難しい現代を生きる方々のために、判断材料となる
的確な情報を発信したい。
心に感動や癒やしを与える、ちょっとした創作作品を
お届けしたい。

これが自分のライフワークなのだと、ようやく得心した。
仕事モードに戻ると、ブログも思うように更新が
できなくなるかもしれないが、でもこうして文章にすると
自分なりに考えがまとまってくるので、その意味で
とても価値のある場所だと思っている。


いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。

[PR]
by hirune-neko | 2015-01-21 12:56 | 創作への道 | Comments(1)

パンドラの箱は一気に開けない方がいい


Doble Concerto para Bandoneón y Guitarra Astor Piazzolla II. Milonga

いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。


昨晩更新した記事で、キューバのギター演奏家
レオ・ブローウェルが作曲した「11月のある日」を
紹介した。私には初めて聞く名前だった。

今日、早速コロンビア在住の福岡貞夫さんから
連絡があった。

「昼寝ネコさん、Leo Brouwerは
コンシエルト・パラ・バンドネオン・ィ・ギター
(Homenaje a Liege*注:ピアソラの作品)の
演奏のディレクターを務めていますね。
レオ氏とピアソラとの接点は1985年ですね。
このLP持つているのですよ。」

この3楽章からなるピアソラ作曲の
ギターとバンドネオンのための協奏曲は
好きな作品のひとつだ。
しかし、ディレクターが誰かなんて、まったく
気に留めていなかったので、とても驚いた。
改めて福岡さんのオタクぶりにを再認識した。
カルロス・ガルデルの研究家みたいな方なので
ガルデルについてはさらに博識なのだろう。
ガルデルのどこまでご存知なのか想像もつかない。

第1楽章では冒頭からギターが大活躍している。
しかし、音楽性という点からは、第2楽章の方が
優れており、イメージもふくらむので、そちらを
掲載した。(ピアソラが「生意気いうな。そんな
偉そうなことをいうなら、何か1曲作ってみろ」
と、墓の中で憤慨している姿が目に浮かぶ)

前置きが長くなってしまった。
パンドラの箱は一気に開けない方がいい。
そういいたかった。

すでにかなりの方が認識しているように、
もちろんすべてではないが、一部の主要な
マスメディアが明らかに報道する自由と
しない自由を恣意的に濫用し、ある領域の情報を
一般市民の目に触れないようにしてきた。
これは紛れもない事実だ。
さらには、長年信頼を得てきた新聞社が、
ずっと報じてきた重要な案件を、事実ではなかったと
訂正することになった。これは誰が見ても
単純な誤報ではなく、意図的な捏造だった。
そう解釈されても仕方がないだろう。

外国政府の意を汲んだかのごとき報道記事が、
その外国の新聞社と、ほぼ同じタイミングで
足並みを揃えて同時報道するのを何度も見てきた。
具体的な手法は知らないが、外国政府の推進する
プロパガンダ工作に手を貸していると認定されても
否定できないような実態があると感じる人が多い。

次第にかなりの方々が、じゃあ事実関係はどうなんだと、
自発的に調べ、実態の解明が進んでいるようだ。
そしてついには腹立たしい思いをする。
それが今の日本の、一部のマスメディアに対する
素直な評価だろうと、理解することはできる。

しかし、一気にそのパンドラの箱を開けてしまい、
性急になんらかの行動を起こすことで、
逆に全体が見えにくくなることを懸念している。
つまり、病巣は目に見えないところで深く根付いており、
目に見える事象だけに飛びついて旗幟鮮明にするのは、
少しだけ躊躇していただきたいと希望している。
作用には反作用が伴うので、危惧もある。
日本国内だけでなく、視野に入りにくい国際社会の
構造の概要を把握することで、判断力に精度が増す。

反日教育を行い、反日行動をとり続ける国家といえど、
その国民は人間であり、さらにいえば、その国の中で
辛酸を舐めて絶望の淵に立たされている方も多いはずだ。
そこまでが視野に入れれば、画一的な行動ではなく、
新たな手法の必要性を感じるのではないだろうか。

私自身は、ネコらしくネコを被り、自分にできる方法で
少しでも的確な情報収集・分析結果、提言などを
・・・皆さんがパンドラの箱を開けきらないうちに、
提供する仕組みを作ろうと、日夜考え続けている。

いやあ、想像以上に困難な作業である。
ねっ、まことさんとやら。

いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。

[PR]
by hirune-neko | 2015-01-20 17:19 | インテリジェンス | Comments(0)

現代人に必要な生き方のメソッド


Un Dia De Noviembre, Leo Brouwer/ Per-Olov Kindgren

いつも有難うございます。クリックしていただくと励みになります。

情報操作と情報過多が交錯する現代社会で
現代人に必要な生き方のメソッドというものがある。
それに対する確信は強い。

それが何かという明確な結論は出ていないが、
あれこれ考えてきて、少しは核心に迫ってきたという
実感がある。

面白いもので、抽象的な概念はただひたすら考えていても
なかなか姿を現さないようだ。
トーストが焼けるのを待っているときや、
ポットのお湯が沸くのを待っている間、
ふとしたときにイメージが浮かぶ。

相変わらず国家インテリジェンスと、ベクトルが正反対を
向いているファミリー・インテリジェンスの
融合させられる領域と根本的に異なる領域について
ずっと考えている。

前者は国民をひとかたまりで考える。それに対し、
後者は個を最重要視し、個の総体を国家と考える。
そこで最も厄介な問題は、国民には個々に異なる
バックグラウンドがあるということだ。

政治、宗教、思想信条、価値観、人生観、国家観、
趣味嗜好まで視野に入れてしまうと、まさに
収拾がつかなくなってしまうように思える。
そのような集合体を構成する個々に対し、
共有してもらえる生き方のメソッドが、本来は
ファミリー・インテリジェンスの本質だと思う。

最も避けるべきなのは、対立構造が最終的に
感情的な対立構造に変容してしまい、
ついには言葉で決着がつかず、武力行使に
至ってしまうことだろう。

小規模な暴動からテロリズム、果ては国家間の
戦争にまでエスカレートしてしまいかねない。
ディスカッションやディベートという、
比較的冷静な対話があり、お互いの意見の相違を
尊重して人間的に融和できるのが理想なのだが、
それにはどのような方法があるのだろうか。

一見すると解決法が視野に入らないのだが、
ふと思い至った。
現代人は知識を偏重しすぎており、感性や情緒など
目に見えない要素が希薄になっているのではないか。
その知識も明らかに情報オーバーフローの
インターネット社会にあって、逆に個の視野を
狭隘にしてしまっていると危惧している。

飛躍した暴論に聞こえるかもしれないが、
もし誰かに提案するとしたら、それは
「RBLメソッド」となるのではないだろうか。
googleで検索したが、1件もヒットしなかった。
するわけがない。今日考えついたばかりなので。

RBLとはなんのことはない。
単にRead Between the Lines、つまり日本語でいう
「行間を読む」というイメージだ。
日本国内だけでも、歴史観を巡る対立構造が
いくつも存在する。A論の人たちとB論の人たちが
激しく対立している。
基本的には歴史的事実というのはひとつのはずだ。
なのにどういうわけか異なった歴史観が存在する。

それはなぜなのだろうか、と考えるのがつまり
行間を読むことであり、便宜的に思い浮かんだ
RBLメソッドである。
インテリジェンス手法でいうところの、
情報収集と分析だといわれればそのとおりだ。
しかし、バックグラウンドがそれぞれに異なる
個に対して情報提供や提言を行う場合は
通常のインテリジェンス手法に加え、
情報提供と提言の方法論がとても重要になる。

特定の政治団体や宗教団体であれば、自己の主張を
明確にすればいいわけなのだが、私たちが目指す
ファミリー・インテリジェンスは単なる
オピニオン団体では成り立たない。

ようやくここまで整理がついた。
最後まで残る問題はおそらく、対立位置に
立っているかもしれない方々に対して、
どのように情報提供と提言を行えば、それぞれが
自主的に行間を読むというメソッドを受け容れ、
同時に私たち自身が、対立構造に巻き込まれずに
機能を果たせるか。これが最大の障壁だと思う。

従軍慰安婦の強制連行や南京大虐殺があったのか、
なかったのか。明確に結論づけて主張すれば
気分的にはすっきりするだろうと思う。
自分がすっきりしたいだけなら、声高に
意見を述べればいいだけの話だ。

その解決策が思い浮かぶまでには、まだ時間が
かかりそうだが、かすかなヒントは思い浮かんでいる。
論理的には到達できないであろうから、
天啓の閃きのようなものが降ってくるのを待っている。

今日はギターレッスンの日だった。
先生が標題の「11月のある日」という曲を
目の前で演奏してくれた。
生演奏で聴いたが、とても感銘を受けた。
いい曲を編み出す作曲家は、ピアソラだけではないと
再認識した。
落ち着いた地味な曲だが、味わい深い曲想だ。
作曲家のレオ・ブローウェルはキューバの方だそうだ。
いろいろな演奏があったが、ピアソラの曲も演奏している
ペオ・キンドグレンを選んでみた。
いい曲との出会いは、本当に嬉しいものだ。

[PR]
by hirune-neko | 2015-01-20 01:45 | 心の中のできごと | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
causalさんからの投..
by hirune-neko at 22:27
causalさんの投稿を..
by hirune-neko at 22:26
causalさん ..
by hirune-neko at 11:38
TEST また禁止語あり
by causal at 10:59
まめひろさん いろ..
by hirune-neko at 09:53
記事ランキング
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ