昼寝ネコの雑記帳

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いよいよ2014年の最後の日だ


Astor Piazzolla Ave Maria.mpg

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とうとう今年最後の日を迎えてしまった。
なのにまだ、自分自身の来年度計画に着手できない。
こうなるともう、居直るしかないだろう。

でもまあ気を取り直して、どこまで続くか分からない
計画表を作ってみようと思う。
なので、今晩ばかりはピアソラの作品でも
最も穏やかな曲想の「アヴェ・マリア」を選んだ。

午後から久しぶりに長男がやってきた。
しばらくして、三男から電話があり、途中から
二人で話す内容を黙って聴いていた。
スピーカーフォンにしたので、両方の会話が分かる。

医者向けの、何やら最先端の検査システムを、
大学の先生と共同開発しているという話題になった。
専門用語が飛び交い、もう私にはチンプンカンプンだ。
苦笑しながらも、自分の子どもたちがすっかり成長し、
しかも社会の第一線で奮闘する姿を見るのは、
父親として、すこぶる嬉しいことだった。

同時に、ああもう私の時代は終わりつつある、
次の世代に主導権を委譲する年齢なのだ・・・
などどは、これっぽっちも思わなかった。

インターネットを駆使したさまざまな
マーケティング手法が開発され、それに伴って
ソフトもどんどん更新進歩しているため、
使いこなせるよう追いつくのは大変に厳しい。
なかなか大ブレークせず、下積み生活が続いている。

でも、今日あるブログ記事を読んで
とても励まされる気持ちになった。
そこには、こう書かれていた。

「王道とは、その道の基礎や基本を
誰も見ていないところで、淡々と愚直に繰り返し、
泥にまみれ、汗を流し、苦しみを味わうことである。
それは、一見ムダなように見える時間だが、
基礎や基本は膨大な時間をそこに費やさなければ
身につかないのだから、絶対にムダではない。」
Darkness 2014.12.31

おお、まるで私のことをいってくれてるようだ。
誰かも述べていたが、ひとつのことだけに
1万時間は取り組まないと、プロにはなれない、と。

ではやはり気を取り直して、毎日、毎週、毎月、毎年
実行することのチェックリストを作成し、
続くところまでは努力してみようではないか。

かくしてあと5時間ちょっとで2014年が終わる。
これから作る計画表を、果たして
どこまで活用できるだろうか。


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by hirune-neko | 2014-12-31 19:18 | 現実的なお話し | Comments(0)

再び、無謀な計画を立てている


Sabor A Mi...♪Clémentine♪

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昨年末の計画は、もちろん100%は達成できていない。

なのに、また計画を練り直している。
良くいえば積極果敢、悪くいえば無謀で身の程知らず。
肉体も頭脳も徐々に機能低下しているというのに、
まるで強迫観念に取り憑かれたような感じだ。
どんな計画かというと、まあざっとこんな感じだ。

・カテゴリー1:断糖計画
・カテゴリー2:筋力増強計画
・カテゴリー3:2ブログ・1ツイッター継続計画
・カテゴリー4:記録作成継続計画
・カテゴリー5:三間飛車習得計画
・カテゴリー6:詰めパラレベル10制覇計画
・カテゴリー7:ギター独奏習得計画
・カテゴリー8:大学院講座聴講計画
・カテゴリー9:3外国語習得計画
・カテゴリー10:基本図書読書計画
・カテゴリー11:新規プロジェクト稼働計画

2014年を振り返ってみると、反省点が多い。
断糖計画を立てたはずなのに、セブンイレブンに
入ると、どうしてもスィーツコーナーに
足が向いてしまう。新税品があろうものなら、
試さずにはいられない。滅法、甘いものに弱い。
お菓子類を食べると、脳内に至福感が拡がり
文字通り、脳内麻薬になっている。

筋力増強などと考えているうちに、筋肉自体が
どんどん削げ落ちてしまい、今では増強できる
筋肉など見当たらず、脂肪の固まりしかない。

ブログを毎日更新するのはなかなか困難だ。
しかし、会社のサイトのSEO対策をお願いしている
会社から、会社のサイト内にブログを立ち上げ、
さらにツィッターを始めるよう依頼があった。
内容の薄い文章になると思うが、とにかく
毎日何かを更新したいと思っている。

将棋だってギターだって、毎日のトレーニングを
欠かせない。

こうやって全体像を書き出してみると、一体
どうやって自己管理するのかが、一番難しそうだ。
細かいチェックリストを作って管理するだけでも
結構な労力を必要とする。

さて、2015年はどの辺りまで計画が達成できるか
考えるだけでため息が出る。
実は、始める前から、すでに弱気になっている。

1日をせめて32時間にできる方法がないだろうか。
そういえば、タイムマネージメントという手法を
聞いたことがあるけれど、それをマスターするにも
時間がかかるはずだし・・・
つくづく困った性格だと思う。


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by hirune-neko | 2014-12-29 18:39 | 現実的なお話し | Comments(0)

2015年まであと数日になった


Astor Piazzolla - Remembrance

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ずっと早世の予感があったのだが・・・

母方の祖父が30歳代後半、父が45歳で亡くなっている。
そのせいか、なんとなく自分は短命の家系だという
漠然とした感覚があり、20歳代後半からは
人生というものを長期展望できなくなってしまった。

家内の父親は63歳で他界している。
ずっと通院の送迎をしたので、車中、向き合っての
会話をする機会が増えた。
医師からはすでに、ガン細胞が転移していると告げられ
余命宣告も受けていたが、本人には肝硬変と伝えていた。
しかし、白目に黄疸が出てからは、義父もかなり
気落ちしたようで、すっかり弱気になってしまった。
もしものときのことを、口にするようにもなった。
「いつになるか、分からないことでじゃないですか」
そう応対するしかなかった。
そうしなかれば、義父は自分の死期を悟っただろう。
「いつになるか分からないことなんだから、そんなことを
考えなくてもいいですよ」という私の反応を見て、
明らかに安堵したような笑顔が拡がった。

ほどなく、臨終を迎えた場に居合わせが、
いろいろな人間関係が交錯していたこともあり、
周りを囲む家族や親族の表情を、冷静に見つめていた。
人生の終局から逆算して、一人の人間の生き様を
俯瞰する機会となった。

最近、改めて亡くなったときの年齢を家内に確かめた。
当時の私から見て、かなり年配だと思っていたのだが
63歳だったそうだ。現在の私の年齢と同じだ。

健康を損なったこともあり、今でも自分の人生の
残余の年数がそんなに長くないという感覚は強い。
しかし、あの義父の年齢に並んだということに
不思議な感慨を持っている。

今日、久しぶりに会った三男とエレベーターの中で
短い会話を交わした。
「お父さんは60歳を過ぎてから、段々
進むべき方向がはっきり見えてきて、
この年齢からさらにいろいろ勉強しようと
しているんだよ」

亡くなった義父が私を見たときは、ほぼ
こんな年齢差だったのではないだろうか。
しかし、私はまだ生涯を終えることはできない。
やりかけのこと、学びかけのことがいくつもあり、
その使命感や折々の達成感が、自分を支えている。

頭脳も肉体機能も衰退する一方の年齢になっているが
来年の2015年は、さらに新たな課題を自分に加え
命脈が尽きる最後の一瞬まで、前向きに生きていたいと
・・・まあ、文章で表現すると悲愴感が溢れてしまうが、
適度以上に睡眠時間を確保しながら、ずぼらな楽観主義で
また来年も、なんとか師走を迎えたいなと希望している。

さて、どうなることやら。

この曲はピアソラのRemembrabce(思い出)で
Oblivion(忘却)と一緒に、「エンリコ4世」
というイタリア映画のために作曲されている。
いずれも、最も好きな作品の一部だ。
思い出と忘却。
人生の晩年には、誰でもが悲喜こもごもに
思い浮かべるシーンなのではないだろうか。

久しぶりに子どもたちの家族と会い、孫の顔も見られて
改めて佳き晩年だなと感じられたひとときだった。


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by hirune-neko | 2014-12-28 00:42 | 心の中のできごと | Comments(0)

クリスマス・イヴの白昼夢


Romance de diablo (悪魔のロマンス)- Astor Piazzolla

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Merry Christmas!

私がまだ子ネコだった頃の情景が、唐突に甦った。
もうかれこれ3,000年ほど前のことになるだろうか。

3,000年も生きていると、旧い記憶はどんどん薄れ、
思い出すことは限られてしまっている。
なのに、エルサレムに住んでいた当時、
祖父から聴かされた話を鮮明に思い出したのだ。

祖父はイスラエルの王族に仕えていたらしい。
旧約時代の預言者たちの託宣を編纂し、
王族に進言するのが務めの、ネコだったそうだ。

祖父によれば、神学的な解釈では天使と悪魔は
対局にある存在なのだが、もっとずっと昔には
天使と悪魔の距離はうんと近かったという。
それがある時を境に敵対するようになったそうだ。

祖父はなおも続けた。
イスラエルの支族は世界中に散らされるが、
地上が最も荒れ廃れ、
人々が疫病や戦いの恐怖に包まれるとき、
昼寝ネコの末裔は記憶が覚醒され、
それぞれの場所から、人々の心に平安を伝える、
それがお前たちの使命だと、祖父は確かに
私にそういったのを思い出した。

ピアソラはかつて「ネコ」と呼ばれていたらしい。
もしかして、彼も昼寝ネコの血筋だったのかなと
この「悪魔のロマンス」を聴きながら、
思い巡らしている。

ピアソラの「天使の組曲」と「悪魔の組曲」は
いわれてみなければ、天使なのか悪魔なのか
判然としない曲想だ。
つまり、かつては親しかった天使と悪魔の関係を
ピアソラは思い出し、表現したのではないだろうか。

悪魔は地上の冨と権力、さらには武力をも手中に収めた。
しかしそれとは裏腹に、心の中には徒労感が濃く澱む。
できうれば、もう一度最初に戻り、
かつては佳き友だった天使たちと袂を分かたずに生き、
穏やかな晩年を迎えたかったと、
今では、そのように思っているのではないだろうか。

「悪魔のロマンス」を聴いていると、
決して洩らすことのできない悔悟、喪失感に苛まれている
悪魔の孤立を感じさせる。

そうはいいながら、もうすでに賽は投げられ、
過去からの流れに押し出されるように、悪は地に満ちて
白日の下に曝される日は、もう近い。
引き返せない大きな流れが、濁流となって
人々を呑み込む日は、すぐそこまでやって来ている。

このクリスマスの時期に、祖父の別の言葉を思い出した。
人は誰でも、この地上に生を受けるとき、そっと心の中に
天からの贈り物を授かっているという。
耳を澄まし、眼を凝らしても見つけるのが難しい、
その贈り物は、心が平安に満たされるときに、知覚できる
不思議な贈り物だそうだ。

目に見え、耳に聞こえ、手に取って確認できるものだけを
頼りにしていたのでは、決して見つけられないという。

ネコなので元々背中は丸かったが、全身白毛だった
祖父の語った言葉が、こうしてクリスマス・イヴの夜に
遠い記憶の彼方から甦ったので、書き残すことにした。

ピアソラはすでに故人であり、オラシオ・フェレールも
ついに鬼籍に入ってしまった。
本来なら、イエス・キリストの生誕を祝うクリスマスだが
数千年の歴史を踏まえ、新たな2015年を迎えるに当たって
何かが胎動している予感を否定できない。

もしかしたら、やはり私は古代イスラエルの生まれで、
ネコの姿に変貌することもできるのかもしれないと、
半分以上寝ぼけた頭で考えている。


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by hirune-neko | 2014-12-24 23:22 | 心の中のできごと | Comments(0)

訃報はある日、突然訪れる


Kremer, Maria de Buenos Aires, Poema Valseado(Piazzolla)

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訃報は通常、ふいに訪れるものであり
事前通告されるのは、特殊な場合だろう。

facebookにピアソラのファンクラブを創設してすぐなのに
残念な報せです、との書き出しなので何ごとかと思った。
コロンビアの福岡さんからで、オラシオ・フェレールが
亡くなったという。

ピアソラとは面識がないし、フェレールとも交流がない。
しかし、ピアソラの音楽とフェレールの詩による
傑出した作品のいくつかが脳裏に甦った。

もうすでに、インターネット上にはフェレールを追悼する
記事が溢れ、至る所で画像も掲載されている。
なので、私自身は彼らの作品である
「ブエノス・アイレスのマリア」の舞台から
1曲を紹介したい。

ギドン・クレメールが、歌姫フリア・センコを伴って
来日公演したときの動画だが、このときはフェレール自身も
舞台に立ち、独特の風貌と声でナレーターを務めている。
掲出したのは、その中の1曲
「Poema Valseado」(ワルツによる詩)であり
センコのやや情感を抑えた
クールな歌唱法が気に入っている。
ピアソラの数少ないワルツの1曲でもある。

それよりも、訳者の力量のおかげもあると思うのだが、
失礼ながら、この風貌のおじさんのどこに、このような
幻想的な詩を操り出す感性があるのかと、
しばし唖然としたのを、今でも鮮やかに憶えている。

あくまでも想像なのだが、
ピアソラとフェレールの二人には、
何かしら言葉を超越した領域深くに通底する、
共有領域があったのだろうと感じている。

遥か遠い日本の地から、追悼の気持ちを込めて。


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by hirune-neko | 2014-12-22 14:31 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

自分の行動がよく理解できないとき


Astor Piazzolla - Milonga Tres

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いくつもの遅延している仕事を抱えて
身動きが取れなくなっているのに、
突如思い浮かび、facebookにグループとして
ピアソラのファンクラブを作ってしまった。

その名もAPFC:Astor Piazzolla Fan Clubだ。

正直いって、自分でも自分自身の行動基準が
よく理解できない。
でもまあ察するに、仕事脳が飽和状態になってしまい
別のことに神経を向けて避難するしかなくなったのだろう。

それにしても、日本にピアソラのファンクラブが
存在しないのは意外だった。
アルゼンチンにはいくつもあるようなのだが。
でもまあ考えてみれば、フランスに美空ひばりの
ファンクラブなんて、おそらくは存在しないだろう。
それと同じ理屈なのかもしれない。

ピアソラを押しつける訳にはいかない。
とても個性の強い作風だし、おまけに
曲想もクラシックからジャズまでを視野に入れ
つかみ所がない作曲家でもある。

しかし、オラシオ・フェレールの詩をもとに
ピアソラが作曲した、作品を味わってみると
世の中の最も弱き者、小さき者への
いたわりと慈愛が根底にあることが良く分かる。
いうなれば、ピアソラ自身は、ピアソラの心から
聴き手の心へのメッセージを、音楽化して伝える
特殊な才能の持ち主だと思えてならない。

ピアソラの音楽に引き寄せられる人は、どんな人だろう。
私なりのイメージはあるのだが、それをいってしまっては
身も蓋もないことになる。
まあ、お節介かもしれないし、地下で静かに眠る
ピアソラはもしかして、舌打ちをしているかもしれない。
そっとしておいてほしいのに、日本なんかで
何を始める気なんだ、と迷惑顔かもしれない。
あれこれ理屈をこねるつもりはなく、ただ静かに
少しずつ、ピアソラの作品を紹介していきたい。

ピアソラの音楽に接して、癒やされる感性の人は
必ず存在すると思っている。

*クリック→APFC:Astor Piazzolla Fan Club〜facebook

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by hirune-neko | 2014-12-21 00:23 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

夜の静けさの中で


Bill Evans Trio - B Minor Waltz (For Ellaine)

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日中の追われるような生活から逃れ、
途中で何度も睡魔に襲われたが、なんとか
一日の終わりを迎えて安堵している。

昨日、北海道深川市の古書店から、注文していた
「フランス詩集」が届いた。
お礼のメールを送り、ついでに先日のブログ記事を
案内した。この書籍を探し当てるまでの経緯を
記載した記事だ。

読んでくれたとのことで、そのフタバ書店の
店主とおぼしき方から、以下の返信が届いた。

「プログ拝見いたしました。インターネット販売を始めて
まだ1年5か月しかたちませんが。
今までで一番感激いたしました。1冊の本がこれほどまで
喜んでいただけるのは古本屋冥利につきます。
北海道は昨晩から、大風と大雪に見舞われていますが
嵐を吹き飛ばす程の大きな喜びに浸っています。」

たまたま探し求めていた書籍が、たまたまこの
古書店だけが大切に保管してくれていた。
とても確率の低い出会いだが、目に見えない読者の
注文に至る心の軌跡をご覧いただけて、私も嬉しく思った。

「フランス詩集」はハードカバーで、しかも
しゃれたケース入りのものだった。
長い年月を経て、忘れ去っていたかつての
友人と再会したかのような、心温まる瞬間だった。

わずか4ページの分量にしか過ぎないが、
フランスの1800年代の詩人が書いた作品を
内藤濯はどのように訳したのだろうか、と
興味がそそられた。

「狼の死」 
La Mort du Loup
アルフレッド・ド・ヴィニー 
Alfred de Vigny(1797〜1863)

狼の死

雲は燃えさかる焔のうへに、
吹かれ散るけむりのごとく、
いと赤き月をかすめて走り、
眼路の界にはろばろと佇む森の影黒し。


文語体の格調高い日本語なのだが、
残念ながら、読めない漢字がいくつもある。
でもなぜか、この詩を知るきっかけとなった
フランス映画「フェアウエル」のロシア人大佐が
この「狼の死」に共感し、まさにこのとおりに
国家や家族のために自らを犠牲にするという
映画の余韻を大切に残したく思い、
写経などしたことのない私なのだが
内藤濯の名訳を、手作業で入力し始めている。

こうして自分の行動を客観的に眺めていると、
ああ、相応に人生の晩年を生きているのだなと
気恥ずかしくもあり、あるいはそれなりに
我欲を削ぎ落とした老身の生き様に、
妙な親近感を覚えてもいる。

幸いにして、いつ終わるか知れない自分の人生の
針路は日々明確になっており、あとはただ
自然の摂理である機能低下をどのように
遅滞させて時間を稼ぎ、歩みを進めるかだ。

「狼の死」という響きにはそれなりにロマンを感じる。
私の場合は、「ネコの死」であって、どう贔屓目に見ても、
野垂れ死にのイメージを払拭することができない。


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by hirune-neko | 2014-12-19 01:01 | 心の中のできごと | Comments(0)

ああ愉しきかな、わが人生


Arthur Nestrovski - Eu Sei Que Vou Te Amar


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キャット・チェイサーからウルフ・チェイサーへ

締切仕事の遅れが重なってしまい、
今日のギターレッスンは休ませていただいた。
もちろん、教えるのではなく教わる方だ。
車で15分ほどの距離にあるギター教室で
「ふかしろギター教室」という。

感性と音楽性・人間性が豊かな先生で、
なかなか予習ができないダメ生徒の私に、
「教室に練習しにいらっしゃってください」
と、とても優しく寛大なので大助かりだ。

昨日は朝から夜まで、すっと慣れない外出だったので
まだ頭の芯に疲労が残っている。

外出先で、北海道深川市にある古本屋さんの
フタバ書店から回答のメールが送られてきた。
探している古書を在庫しており、読みたい詩が
その中に収録されているとのことだった。
なのですぐに返信し、その日のうちに発送して
もらえることになった。

よみたかった詩というのは、
フランスの詩人アルフレッド・ド・ヴィニーの
「狼の死」という作品だ。
なんとか日本語で読みたかったのだが、
ネット検索しても探し当てられず、困り果てた。
訳者は内藤濯だというところまでは判明した。
内藤濯?「星の王子さま」の翻訳者ではないか。

次の課題は、果たして単行本に収録されているかだが、
なかなか調べきることができず、最終的には
レファレンスサービスで、国立国会図書館所蔵の
書籍に収録されていることが分かった。

書名は「フランス詩集〈愛蔵版〉」で出版社は白鳳社。
amazon.comで検索したが、思った通り存在しない。
初版が昭和56年ということは、1981年なので
33年が経過しており、すでに絶版ということだ。

諦めの悪い私は、そこでかなり以前登録していた、
古書店のネット検索を思い出した。
登録当時のユーザー名とパスワードはすでに忘却の彼方。
なので再度新規登録して試してみることにした。

そこでヒットしたのが古書店2軒だった。
最初の古書店はすでに在庫なし。
で、一縷の望みを託して問い合わせたのが
北海道深川市の古書店であるフタバ書店だった。
返信メールにはこのように書かれていた。

「初めまして。数多い古書店の中から
当店の本に目を留めていただきありがとうございます。
ご照会いただきました<フランス詩集>には
お尋ねの狼の死は収録されています。
訳者も内藤 濯です。状態は同年代の本としては
良好と思っています。」

古書特定の顛末を記録に残そうと思ったのではない。
いつもの悪い癖で、
すっかり前書きが長大になってしまった。

実は一昨日観た映画の中で、この「狼の死」という詩が
非常に重要な伏線として使われていたのだ。
これまでに、何作ものスパイ映画を観てきたが
個人的にこの映画は、絶賛する価値のある秀作だ。
スパイ映画で初めて感動し、落涙した作品だ。
ストーリーを追う傾向の強いスパイ映画では描かれない
人間の内面や葛藤が深く掘り下げられており、
しかも1800年代の貴族が作った詩を、とても巧妙に
織りまぜて、主人公の生き方を代弁している作品だ。

数十年前、アメリカのハードボイルド作家である
エルモア・レナードの作品「キャット・チェイサー」を
夢中で読んだ。映画化された作品も観た。
今、この歳になって、こんなに夢中になれる作品との
出会いがあり、しかもかなりの時間を費やして、
存在するかどうかも分からない1冊の古い詩集を
追い求める情熱を持っていただなんて
自分自身でも驚いている。

しかし同時に、ああ愉しきかな、わが人生、と
思っているのも事実である。
どんな人だって生きてさえいれば、
至福の時間を味わう機会が訪れるものなのだと思う。

さて、肝心の映画を紹介するにはもうすでに
十分すぎる長文の前書きになってしまった。
上手に映画を説明しているブログを見つけたので
それを紹介して終わりにしたい。

映画・フェアウェル さらば、哀しみのスパイ〜狼の死
 クリック→ブログ「のびた@映画の話をしようよ」


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by hirune-neko | 2014-12-16 00:53 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

可能性を秘めた小さな男の子たち


Astor Piazzolla y Roberto Goyeneche - Chiquilin de Bachin

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クリスマスの小さな夕べを思い浮かべている

夜になると、駅前の通り沿いに青白く光る樹木がきれいだ。
無数の小さな電球に飾り付けられ、しばし目を奪われる。

ふと、ある家族のことが思い浮かんだ。
家庭内暴力が原因で離婚し、お母さんが一人で
小さな男の子二人を育てている。

お兄ちゃんが暴力の対象になっていたらしく
すっかえり心を閉ざしてしまっている。
まるで心の中から感情が消え失せてしまったような、
固い表情が今でも記憶に残っている。

クリスマスの時期には、街並みが新たな生命を
吹き込まれたかのように、表情を変える。
底冷えのする季節に、クリスマスツリーを飾り
プレゼントや温かい食べ物を囲んで
家族の明るい表情が弾んでいる。
どこの家にもありそうな、そんな光景の向こう側に
ひっそりと過ごす家族が目に浮かぶ。

サンタクロースが運んでくるプレゼントは
彼らの家を素通りするのだろうか。
それとも笑い声が部屋中に響くのだろうか。

10年後、20年後の男の子を想像してみた。
今の年齢で理解することは難しいかも知れないが
無事に成人し、社会人になり、やがて結婚して
自分自身の家族を持ったとき。
そして過ぎ去りしクリスマスの時期を思い出したとき、
彼の心には何が残っているだろうか。

本や暖かいセーターもいいだろう。
特大のクリスマスケーキもいいかもしれない。
でもなぜか、彼の心の中に残る何かを
プレゼントしてあげたいと思うようになった。

そうだ。
北極圏にほど近い北欧に、サンタクロースを養成する
子どものための学校があったことを思い出した。
あのストーリーは大人向けに書いたのだが、
設定を子ども向けにアレンジし、彼の名前を登場させて
読み聞かせてやろうではないか。
そして、中綴じの簡単な小冊子をちゃんと製本して作り、
クリスマスプレゼントとして、家族3人に手渡そう、
そんな考えが思い浮かんだ。

物語の中に自分の名前があると、子どもはとても反応する。
読み聞かせの先生が、
そのようにいっていたのを思いだした。

もしかしたら、退屈そうな表情で聴くかもしれない。
意味だって、ちゃんと理解してくれないかもしれない。
でもいつか、20年後か30年後の彼が、自分だけのために
物語を作り、製本までしてくれた大人たちがいたと、
そんな光景を、ふと思い出してくれるだけでも
十分なのではないだろうか。

小さな子どもの可能性は、ある意味でとても大きい。
しかし、周りの大人たちの接し方ひとつで
あっという間にしぼんでしまうのも、残念ながら
事実だろうと思う。

たとえ僅かな時間でも、小さな出来事でも
いつか思い出して心を開くきっかけになってくれれば、
それだけで嬉しく思う。

まるで世の中から忘れ去られたような小さな存在を
視野の中に入れ、心に思い浮かんだことを行動に移す。
それがクリスマスの精神の本質なのではないかと
ふと思っている。

ピアソラも、このChiquilin de Bachinを作曲したときは
親も家も失った境遇の子どもたちを、
心の中で思い描いていたのだろうと思う。



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by hirune-neko | 2014-12-10 00:56 | 心の中のできごと | Comments(0)

人生の晩年で、最も沈痛な光景


Astor Piazzolla - Tristeza, Separación

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人生はいつかは終わるものだが、いつなのは分からない

英国のスパイ小説作家ブライアン・フリーマントルが
新人の頃、ジャック・ウィンチェスターという名で
発表した作品がある。「スパイよさらば」で
新潮文庫で出版されていたが、今ではもう
ブライアン・フリーマントルの名で販売されている。

何十年も連れ添った愛する妻が亡くなった。
事故死だったように思うが、記憶が定かでない。
妻の遺品を整理していた老スパイの夫は、やがて
妻が自分を監視するために、ロシアから送られた
スパイだったことを知って、愕然とする。
・・・簡単にいうと、そんな筋立てだ。

知る人ぞ知る話だが、日本のかつての総理大臣が
通訳として雇い入れた中国人女性は、
愛人でもあったらしいが、まさしく
中国のスパイだったそうな。
ある人の表現を借りれば、その女性は総理に対し
最大限の誠意と愛情をもって、気遣いし優しく接した。
アメリカの大統領ほどではないと思うが、
日本の総理だってそれなりに権謀術数が渦巻く
過酷な世界を治め、精神的に重圧もかなりだっただろう。
なので、総理はその女性と一緒の時は、とても
居心地が良かったのだと、その人は指摘する。

脇が甘いといわれれば、それまでだ。
側近だって、中国人女性となればスパイを疑うだろうし、
誰だって疑念を持ち、不採用を進言したに違いない。
公安だって、かなり慎重に背後調査をしただろう。
しかし、そのようなガードをすり抜けて、その女性スパイは
日本の時の総理の信頼を勝ち得て、おそらくは
情報を中国政府に流し、また中国政府の意向を汲んで
総理に進言し、ささやきもしたのだろうと想像する。
その女性は、あくまでも想像なのだが、任務という
義務感を超えて、心底尽くしていたのだろうと思う。

人生の晩年に立ち、人生を振り返ってみたとき
誰だって自分の過去を肯定的に評価したいものだ。
それがよりによって、最も信頼し、常にそばにいた
女性がスパイだったなんて・・・想像しただけで、
いや、想像すらできないほどの、大きな痛手だったと、
いや、痛手だなんていう生やさしいものではなく、
自分自身の存在を根底から消滅させられたような
虚脱感、無常感なのではないだろうか。

私の場合はどうだろうかとふと考える。
来年で結婚40周年を迎える妻は、果たして
どこかの国のスパイなのだろうか。
まあ、私なんか他国の監視対象になろうはずがない。

春頃、携帯をiPhoneに変更した。GPS機能があるので
パソコンで彼女の所在位置がリアルタイムで分かると
伝えたところ、へえ、といったままでそれっきりだ。
帰りが遅いときは心配になり、画面上でどこにいるか
確認することがある。
もし本物のスパイだったとしたら、なんて間抜けな
スパイなのだろう。

私自身は性格的に、スパイとか情報分析官に向いていると
評価している。簡単に人を信用せず、基本的にはあらゆる
可能性を前提に、疑ってかかる慎重さがある。

つい数ヶ月前までは、コンビニで買ったブルボン製菓の
チョコブラウニーというお菓子のパッケージを
そのまま足許のくずかごに捨てていた。
家内はくずかごの中までチェックし、血糖値が高いのに
どうしてこんな自殺行為をするのかと、えらく叱責する。
なので今では、パッケージをそのまま捨てず、
ティッシュペーパーで二重に包んでから捨てている。
それ以来、叱責を受けたことは一度もない。
うん、情報隠蔽工作に秀でているのではないだろうか。

こうしてみるとどうやら、この先の人生のどこかで
家内が私を監視するために送り込まれたスパイだった、
などという驚愕の事実を突きつけられる可能性は
限りなくゼロパーセントに近いだろうと、
その点だけは今から安堵している。


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by hirune-neko | 2014-12-09 01:01 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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