昼寝ネコの雑記帳

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ヘボ将棋、勝っても負けても悔い残り


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記録に残しておきたいと思った対戦棋譜


将棋ソフトとの対戦や詰め将棋は
毎日多少の時間を確保して勉強している。
しかし、ネット対局道場で見知らぬどなたかと
対戦するのは、時間の都合でなかなかできない。

昨晩は、ほぼ同レベルの方との対戦だった。
私は後手で、相手は先手右四間飛車だった。
右四間飛車の定跡を勉強していなかったため、受けを誤り
32手目で長考したまま、投了しようと思った。
持ち時間の約半分を使う大長考だった。

そのとき、師匠の格言を思い出した。
「残り時間があるのに投了するのはとんでもない」

なので、負けを覚悟で指し続け、
相手の判断ミスにも助けられて、徐々に劣勢を立て直し、
おっ、もしかして情勢が逆転したかな、と思った瞬間
王手と龍の両取りを喰らってしまった。

ハア、そこでまた師匠の格言を思い出した。
「プロは、盤面全体の変化を細かく確認しながら指します。
なので、序盤にとても神経を使い、時間も使います」

相手が無意味な歩を突いただけと判断してしまったが
実は両取りを狙っていた。
そんなことにも気が付かないなんて、改めて未熟さを実感。

最終123手の長丁場だったが、途中40手目から最後まで
ずっと1分将棋になってしまった。
なんのことはない。
ほとんど早指し将棋を指したようなものだ。

一度は序盤で投了を決意し、気を取り直して
ようやく希望が生まれたと思った瞬間、
相手陣で睨みを利かす攻めの要の龍を取られ、
唖然としつつ、ああ落胆。

人生でいえば、夜逃げでもしたくなるような
失意と絶望のどん底だった。

どん底でも諦めずに粘る・・・
まるで私の人生そのものではないか、と思いながら
1分という制限時間の中で、
1手1手に最善を尽くした将棋だった。
なので、勝ち負けはともかく、記念の1局として
記録に残そうと思う。

勝ち負けはともかく、と書いたものの
実は最後は勝ちを拾うことができたのは嬉しかった。
相手がもう少し上級者ならば、
もちろん完膚なきまでに
叩きつぶされただろうことはいうまでもない。

将棋に興味のない方には、退屈だと思うが、
自己観戦記と棋譜をご覧いただきたい。
また、最下部には師匠の将棋スクールを
ご紹介しているので、興味のある方はご覧いただきたい。

開始日時:2014/10/30
棋戦:R対局(15分)
手合割:平手
先手:相手の方
後手:昼寝ネコ

手数----指手---
1 ▲7六歩   
2 △3四歩
3 ▲4八銀  
4 △4四歩  
5 ▲4六歩 
6 △4二飛  
7 ▲4七銀  
8 △6二玉
9 ▲5六銀
10 △3二銀
11 ▲4八飛
12 △3三銀
13 ▲4五歩
14 △3二金
15 ▲4四歩
16 △4四銀
17 ▲5八金
18 △7二銀
19 ▲4五歩打
20 △3三銀
21 ▲5五銀
22 △4三金
23 ▲6八玉
24 △7一玉
25 ▲9六歩
26 △9四歩
27 ▲7八玉
28 △5四歩
29 ▲9七角
30 △4一飛
31 ▲4四歩 約7分の大長考・投了しようと思った局面
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32 △4四銀
33 ▲4四銀
34 △4四角
35 ▲8八角
36 △4七歩打
37 ▲4七飛
38 △8八角成
39 ▲8八銀
40 △3八角打 ここから最後まで1分将棋
41 ▲3二銀打
42 △4七角成
43 ▲4七金
44 △2八飛打
45 ▲4八歩打
46 △4六歩打
47 ▲4六金
48 △4八飛成
49 ▲6八金
50 △5九銀打
51 ▲7七銀
52 △6八銀成
53 ▲6八銀
54 △4二飛
55 ▲3六歩
56 △3二飛
57 ▲2六角打 王手龍取りを喰らった局面
c0115242_21403210.jpg

58 △4四歩打
59 ▲4八角
60 △5二飛
61 ▲3一飛打
62 △3二銀打
63 ▲4一銀打
64 △4一銀
65 ▲4一飛成
66 △4二飛
67 ▲2一龍
68 △8二玉
69 ▲1一龍
70 △4五歩
71 ▲4七金
72 △5三金
73 ▲2六角 
74 △5二金打
75 ▲6五桂打
76 △6四銀打
77 ▲5三桂成
78 △5三銀
79 ▲8六香打
80 △5一桂打
81 ▲3三角打
82 △4六歩
83 ▲4八金
84 △4七歩成
85 ▲4九金
86 △5七と
87 ▲4二角成
88 △6八と
89 ▲6八玉
90 △4二金
91 ▲5八金
92 △5五角打 相手が龍を見捨て、自陣の安全性が飛躍的に高まる
c0115242_21411719.jpg

93 ▲6六銀打
94 △1一角
95 ▲2一飛打
96 △6六角
97 ▲6六歩
98 △8八飛打
99 ▲5七玉
100 △8七飛成
101 ▲6七金打
102 △4五歩打
103 ▲8三香成
104 △8三龍
105 ▲7七桂
106 △4六銀打
107 ▲4八玉
108 △8九龍
109 ▲5九歩打
110 △2四香打
111 ▲8三歩打
112 △8三龍
113 ▲5三角成
114 △5三金
115 ▲6五桂
116 △8八龍
117 ▲2三飛成
118 △4七銀打
119 ▲3九玉
120 △5八龍
121 ▲5八歩
122 △3八金打
123 ▲投了 最終投了図 相手の受けにミスが連続し勝ちを拾う
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師匠・堀川修指導棋士五段のネット将棋スクールのサイト

小学生の生徒さんの、県代表は何十人も輩出している。
個人レッスンは多分、空きがないだろうと思うが
興味のある方は、直接サイトから
問い合わせされることをお勧めする。
昼寝ネコから勧められたと、ひと言つけ加えれば、
便宜を図ってくれるかもしれないし
「あっそう、それがどうかしましたか?」
といわれてしまうかもしれないが。
私自身は、7年以上前に入門し、敬老サービスで
かなり懇切丁寧にご指導いただいている。


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by hirune-neko | 2014-10-31 22:07 | Comments(0)

離婚が訪れる風景


Astor Piazzolla - Tristeza, Separación


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知人夫婦が離婚することになった


まだ小さい子どもたちの顔が眼に浮かぶ。

理由?
離婚を決断するのに、理由がないわけがない。

誰だって幸福で平安な家庭を築こうと思い
たった一人の人を選んだ。
恋愛感情だけでなく、相手に対する理解や信頼、
さらには尊敬の念もあったことだろう。

やがて二人だけの結婚生活が始まる。

そこで初めて見ることになる感情の起伏、
感じ方の違い、意外な表情や言動。

そんなことは、どこの夫婦でも経験しているだろう。
不意の病やケガ、突然の事故によって、
平穏な日常生活に暗い影が忍び寄ることもある。

誰だって忍耐し、寛容になろうと努め、
ときには泣きながら眠れない夜を過ごす。

小さい子どもたちがいれば、なおさらに
親としても修復に努めるだろう。

しかし、その努力が実を結ばず、時が流れ
傷口が拡がることを実感する日々を
絶望感と孤独感に苛まれながら、独り耐える。

同情しないでほしい。
離婚することで私と子どもたちは平安で幸せな
生活に戻れるのだから・・・。
それが彼女の最後の言葉だった。

子どもたちとともに、母親は人知れず旅立った。
かつて描いた幸福色の生活を、無彩色のまま後にして
独りの女性は去って行った。

独り残された彼は、営々と築き上げたガラスの館が
一瞬にして砕け散ったことを、全身で実感しているだろう。

どうすれば良かったのか。
たとえ全身に悔悟の念を満たしたとしても、
何も選択肢は思い浮かばないだろう。

思い返して悔いても、謝罪したくても、自分を責めても、
粉々にに砕け散った破片を、元通りに修復することは、
たとえ結果的にできたとしても、相当の時間と努力を要する。

ひとつだけ、私に想像できることがある。

トラウマのひと言で片付けるのは容易だが、
人間の心理の深層には、たとえ自分が忘れ去ったできごとでも、
いつまでも心のひだにこびりつき、不意に顔を出す。

長い時間をかけて変容する感性、感受性、人格。
それらは視覚的に捉えることはできないし、
手に取って感触を確かめることもできない。

何も受け付けなくなり、
重く閉ざされた扉の向こうで孤立する
目に見えない心の領域にまで到達し、
平安と安らぎを与えられるのは、言葉しかない。

厳選された、そして理解と慈愛に満ちた言葉だけが
重く閉ざされた人の心を開くことのできる、
唯一の鍵であることを、私自身、ごく最近になって
ようやく知ることができた。

どこまでできるか分からないが、
生きた言葉を探し出し、相手の心に伝えることを
自分の大事な使命としていきたいと、
改めて思い巡らせている。


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by hirune-neko | 2014-10-30 00:59 | 心の中のできごと | Comments(0)

パニック寸前のできごと


Astor Piazzolla & Roberto Goyeneche - Garúa


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こうしてまたブログに記事を書けるようになってよかった


「あれっ、どうしたんだ?」と、息子が仕事場でひと言。
「どうした?」
「ホースが外れちゃった」

つまり、ガスストーブのホースが突然はずれてしまった。
ガスの臭いが鼻をつく。
外れたホースからはガスが出ている。
親指で強く押さえたのだが、圧力が高く漏れてくる。

息子に元栓を閉めるよういったが、
何せわが仕事場は、所狭しと資料や製作物が積んであり、
しかも、ユニット机と壁の間の狭い空間を
身体を横にして入っていかないと、元栓には到達できない。

まだガスが漏れている。臭う。
まあ、青酸ガスのように、即死にはならないだろうけど
ずっとガスを吸い続けていると、身体にいいわけがない。
左手の親指で抑えるのが限界になり、右手に替えた。
でもガス漏れを完全に押さえこむことができない。

息子はまだ元栓を発見していない。

換気をしなくてはいけない。
建物の外にあるガス栓を止めた方がよさそうだ。
頭の中では分かっているのだが、息子は部屋の中の
元栓捜索に必死だし、私はホースから漏れる
ガスを押さえこむのに必死だった。

気がつくと不思議なことに、親指に圧力を感じない。
こんなことがあるのだろうか。
いつの間にか、ガスの漏れが止まっている。

とりあえず、急いで外に出て元栓を探したが、
そういえばガスの元栓はどこにあるのだろうか?
幸いなことに建物の横に設置してあるのをすぐに
見つけることができた。

ところが、どうすれば栓を閉めることができるか、
ひと目で判断できなくて焦ったが、なんとか
コックをひねって無事に止めることができた。

私の外出後、東京ガスの方が来てくれた。
今ではもう普通の日常生活が戻っている。

大事件に至らなくて、本当に幸いだった。
この小事件で学んだことがいくつかある。

1.屋内の元栓の所在を確認しておくこと。
2.元栓まですぐに到達できるよう、整理整頓すること。
3.屋外の元栓の所在と栓の閉め方を確認しておくこと。
4.不測の事態というのは、やはり予測しないときに起こる。
5.心理的なパニックにならないよう、冷静さを維持する
 ??どうやったら冷静さを維持できるんだろうか??

でも、なぜガスが自然に止まったのだろうか。
いつか東京ガスに電話して訊いてみようと思う。

何か特別な圧力センサーがあって、異常な状況を感知し、
ガスを自然停止させるのだろうか。
だとしたら、それはすごいシステムだと思う。

とにかく、こうしてまた今日もブログ記事を更新できて
心から嬉しく思っている。



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by hirune-neko | 2014-10-28 20:39 | 現実的なお話し | Comments(0)

現実世界と夢の世界の往来〜自己との対話



Los sueños (solo de bandoneón) - Astor Piazzolla


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眠りが浅いから夢を見るのだろうか

私の見る夢は、とにかくリアルで困る。
そのくせ、目覚めて数分も経つと、
きれいに忘れ去ってしまっている。

夢の中で、
大抵は、なんらかの障害で行動が制約され、
追い詰められている状況が多いようだ。

目的地まで行くのに、
どの電車に乗ればいいのかが分からず、
駅の構内を歩き回る夢だったり。

街を歩いていて、目的地がどうしても
思い出せない夢だったり。

夢の中で、ああ今は夢の中なんだなと
思ったまま夢を見続けたことは記憶にない。

でも、たとえすぐに消え去る夢だったとしても、
脳壁にこびりついた現実の葛藤からは
束の間の逃避をすることができる。

それに、夢の中で何かしら思うようにいかず、
焦りと不安の気持ちが募っている最中に
スーッと目が覚めてそこから逃れ、
逆に安堵することの方が多い。

つまり、現実から夢に逃れることで現実を忘れ、
夢の中の切迫した状況から目覚めて、
夢の中の「疑似現実」から逃れ出てくる。
この繰り返しのような気がする。

なんのことはない。
現実生活と夢の世界のどちらにいても
常に何かに追い立てられているし、
思うようにいかない葛藤を抱え込んでいる。

現実空間と夢空間のいずれでも、苦しいと感じる。

ああそれで、現実空間の中に、もうひとつの空間を作り、
つまり、自分の意思で自由に展開させられる
「妄想の世界」で生きることが、唯一の休息なのだろう。

こうして考えてみて、ようやく「妄想家」という
自分自身の本質が理解できたように思う。
あたかも正当防衛のようなもので、生きるために
自分を守る本能的な自己防衛手段として、
その「妄想世界」という第三の世界を擁護し、
肯定していきたいと思う。

なるほど、そういうことだったんだ。
と、妙に納得している。


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by hirune-neko | 2014-10-27 19:03 | 心の中のできごと | Comments(0)

私利私欲のない人、人を陥れる人



Sarah Vaughan / Autumn in New York


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人間の生き方は実にさまざまだ

この、Autumn in New Yorkという曲は
ずいぶんいろいろなアーチストが演奏している。
同じ曲でも、それぞれ個性が出るものだ。

演奏は耳で聴いて、かなりの程度で評価できる。
でも、人間の性格や生き方は、ある程度の期間
接してみないと、なかなか本質が見えないものだ。
経験上、そのように思う。

でも、救いなのは、人間は変われる存在だということだ。
どんなに偏屈な生き方をしていても、あるきっかけで
人に寛容になれる可能性は常にある。

人がその生き方を変えるメカニズムは、それこそ
普遍的な法則がある訳ではなく、多様なものだろう。

では、国家にも同じ原則が当てはまるのだろうか。

人間の場合は、どんなに酷い態度の人でも、
こちらが常に寛容で優しく接し続けていれば、
相手も徐々に軟化し、ある日あるきっかけで
心を開き、永年の友人であったかのように
変貌するかもしtれない。

私見だが、
国家にはその原則を同じように適用するのは
危険な発想だと思う。

日本の首相や、防衛関係の人たち、国内外の治安情報を
収集し、日夜分析を続けている人たちが、
相手国から何をいわれても、何をされてもひたすら忍耐し
誠意をもって譲歩し続けていたら、
相手国はどう思うだろう。
日本の潔さに感銘を覚え、永年の敵意を捨てて
一気に友好関係を構築しようと考えるだろうか。

中には、個人的にそのように考える人も存在するだろう。
しかし、一国の政策や方針は、政治・経済・軍事を含め
複雑なプロセスを経て伝統化されているはずなので、
そんなに簡単に方向を修正できるはずがない。
安直に胸襟を開くのは、侵攻させる隙を作るだけだと思う。

日本が、一国家として自立し、
安全な国であり続けるためには
一人でも多くの一般市民が、少しでも実態に近い情報を得て
判断力を養うことも必要だろう。

20代から、徐々に日本が嫌いになり、
ずいぶん海外に仕事を作って往来した。
どこの国、都市を訪れても新鮮な発見はあったし、
魅力を感じた。

でも、60歳を超えるまでに、徐々にものの見方も変わり
今では、日本人固有の性質、それも眠っていて覚醒してない
正義感や潔癖さ、大義に一致団結する結束力、勤勉さ、
いい意味でのこだわり・・・そういった属性の
ひとつひとつが、今、再び覚醒されようとしている
胎動を感じている。

日本は、とてもいい国だと、この歳になって
改めて認識している。


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by hirune-neko | 2014-10-27 00:32 | 心の中のできごと | Comments(0)

うつらうつら、またうつらうつら



Modinha - Elis Regina (1974)


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どうしてこんなに眠いんだろう

こんなことは初めてだ。

気がついたら、いつの間にかうたた寝している。

チャイムの音で、一瞬目が覚めるが、
玄関のチャイムの音でないことはかろうじて分かる。

最近立ち上がるのが困難になってしまった
義母のために、ワイヤレスの呼び出しチャムを購入し、
枕元に置いてある。その音だった。

トイレに行きたい、ご飯を持ってきてほしい。
用件は大体決まっている。
耳は遠くなっているが、判断力はまだしっかりしており、
冗談をいうと、ちゃんと笑ってくれる。

どうしてこんなに眠いんだろう。

ああそうだ。
おととい、急に納入期限の厳しい仕事が入った。
新規取引先の産婦人科クリニック用に
絵本の申し込みセットなど、何種類もの書式を作成し、
終わったのが深夜3時過ぎだった。
そのせいで、脳内がまだ疲労を引きずっているのだろう。

あれこれ判断しながら組み立てを考えるので
頭の芯が寝ぼけていると何もできない。
想像力がまったく働かない。

まるで記憶喪失にでもなったかのように
やろうとしていたことが不鮮明になり
視野も徐々に閉じられる。

なので、久しぶりに
ブログ「余命3年時事日記」にお邪魔した。

昨日付の記事は「日本再生大作戦放談会 橋下辛坊①」
後半の「2013年参院選を考察する②」で、海自、空自、
陸自の順で、自衛隊の装備について専門的かつ詳細な
説明がなされている。

軍事情報に関しては、まったく予備知識がないのだが
日本の軍事兵器の性能はすごいのだなと
とても驚かされた。とくに、陸自関係の方が
専門の「戦車」の機能について詳細に説明しているが、
まるでSF映画に登場しそうな、高機能で
世界的にも群を抜いていることを知った。
日本には戦争を仕掛けない方がいいと思う。

自衛隊は違憲だとか、憲法9条にノーベル賞をとか、
日本は再び軍国主義に走るなとか、子どもを
戦場に送るなとか、いろいろな意見がある。

私は戦争なんて起きてほしくないが、
でもいざ他国が軍事侵攻を企て、日本が
戦時国内法、戦時国際法を適用されたら、そして
後方のそのまた後方の支援として、
文書配信や情報データ整理など
私にできることがあったら、日本のために喜んで
志願したいと思っている。

渡米中に公営射撃場で、ハンドガンやライフルの
実射訓練を積んだので、基本操作はできると思うが
視力が落ちているので、味方を誤射するかもしれない。
第一線はもう無理だ。でも、心意気だけは老兵だ。

個人的にはすでに、日本のマスメディアの中枢は
他国に支配され、もしくは影響を受け、情報戦争という
意味では、とっくの昔に始まっていると考えるのは
常識だろうと思う。
いわゆるプロパガンダ活動というもので
それに対するカウンター・インテリジェンスの機能は
とても弱いと、ずっと思っていたのだが、どうやら
水面下で巧妙かつ着実に、準備を進めているようなので
かなり安堵している。

おかげで脳内が刺激を受け、ようやく思考能力が
戻って来たようだ。

過去に数度、ブログ「余命3年時事日記」を
紹介しているが、なんと1日のアクセス数が
9万を超える日がほとんどのようだ。

単なる政治評論ではなく、現実の政治や軍事分野で
何がどう進んでいるかを知りたければ、
ブログ「余命3年時事日記」の閲覧を強くお勧めする。

さあ、すっかり目が覚めたので、これからまた
本来のデスクワークに戻ろうと思う。

ブログ「余命3年時事日記」:http://kt-yh6494.blog.so-net.ne.jp/


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by hirune-neko | 2014-10-25 19:12 | 現実的なお話し | Comments(0)

何を隠そう、営業が苦手なんです


Eliane Elias - Estate (Summer)


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でも、生きて行くには営業は避けられないしね

ここ数回の自分の記事を読んで驚きました。
まるで人生評論家か、啓蒙家にでも変身したような
口調だったんですね。本当に驚きました。

一体、何を力んでいたのでしょうか?
でもこの内容は、すべて自分に対する苦言なんです。
身近に感じていた先輩の他界で、もしかしたら
先輩が霊界から私に与えてくれた
励ましの指針だったのかもしれません。

もうかれこれ30数年お付き合いいただいている
元某都市銀行の支店長だった方から
良くいわれた言葉があります。

「政治家と学校の先生とお医者さんには
営業してはいけません。先生と呼ばれる方に
営業をしてはいけません」
(読者の方に該当する方がいらっしゃったら失礼)

要するに、営業が一筋縄ではいきませんよ、と
いいたかったようです。

なんの因果か、現在の主力商品は営業対象が
産婦人科クリニックの院長先生なんです。
13年前に商品化した、赤ちゃんの名前を入れる
絵本は、97%以上が産婦人科からの出産祝いで
ご利用いただいています。

なので営業先は、モロに産婦人科医なんです。
営業が簡単だと思ったことは一度もありません。

今年の春頃、アメリカ発祥で日本でも主流に
なりつつある、インターネットを活用した
マーケティング手法が目に留まりました。

見よう見まねで仕組みを作り、新規開業の
準備中のクリニックに照準を定めました。

数ヶ月かかりましたが、今月オープンした
その札幌の産婦人科クリニックが
採用を決めてくれました。

この十数年のアナログで、しかもぶきっちょな
営業手法には時間と費用のロスが伴いました。
聞きかじりではあるものの、費用をかけず自力で
ダイレクト・レスポンス・マーケティングの基本を
勉強し、応用させていただきました。

少しずつコンタクト手法をシステム化し
新規開業、リニューアルオープン、既存開業の
産婦人科病院やクリニックに、営業攻勢をかけようと
静かに密かに準備中です。

世の中の仕組みの変化には、相変わらず
加速度がついているようですが、未開の分野に
突き進んで行く勇気と知恵を得たいと、
いつも思っています。

どうやら前例・先例のない方向を目指しているので
正直にいうと、自信喪失、徒労感、閉塞感は
しょっちゅう味わっています。

営業が苦手なものですから、ちょっと行き詰まると
こうしてブログにたそがれながら、
じわ〜っと鋭気が下りてくるのを
じっと待っているのです。


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by hirune-neko | 2014-10-24 22:37 | 心の中のできごと | Comments(0)

現代を賢明に生き抜きたい人へ、知的武装の勧め


"DESPERTAR" - Astor Piazzolla


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この時代でサバイバルに必要な武器は「知力」だ

「あなたは一年間に、何冊の本を読みますか?」

私にとっては、耳の痛い質問だ。
繰り返し、毎年一回は読み通す座右の書を決め、
計画を立てて毎日、決められたページ数を
読むようにしているが、挫折する年もある。

毎日、二十種類近くのブログに目を通すが、
かなりの時間を必要とする。
これはと思った本は、基本的にはamazon.comで
電子書籍を購入するが、まだまだ紙の本も購入する。

購入したこと=ちゃんと読了した、のであれば
もっともっと視野が拡がっているのだが、
電子書籍の時代になっても、「積ん読」・・・
いや、紙の本は確かに積まれたままなのだが、
電子書籍の場合はどう表現すればいいのだろうか。
要するに、ダウンロードをしたまま、ほとんどが
手つかず状態になっている。ダウンロー読?

今朝、富山に住んでいる三男からメールがあり、
内容は私に対する読書の勧めだった。

「お父さん
最近、ある人に勧められて、
『凛の国』という本を読んでいます。
前野徹さんという方が書いている本です。
まだ途中なんだけど、日本という国に対する
気持ちがすごく変わりました。
日本人であるということに対する誇りと
責任を感じさせてくれる本です。
中学・高校の時にこの本を読んでいたら、
今の自分はもっと違う自分になっていたかもしれない。
お父さんのことだから読んだことあるかもしれないけど…
もしまだ読んでいないなら、ぜひ読んでみてください。
本当に素晴らしい本だと思います。 」


恥ずかしながら、著者名も書名も知らなかった。
amazon.comで検索し、内容を確認したら
どうやら日本人の必読書といってよさそうだ。
なのに私は読んでいなかった。

でもこうして、新たに正しい視点を持つ機会を
自分の子どもから与えられるというのは
親として嬉しいものだ。

最終的に、息子が勧めてくれた本を含め
同じ著者の四冊を注文することになった。
残念ながら、いずれも電子版は発行されていなかった。
なのでおそらく、しばらくは「積ん読」状態だと思う。

毎日訪問し、参考にさせていただいているブログがある。

「世界で最も読書量が多い民族は
ユダヤ人と言われているが、
ユダヤ人は子供の頃から聖書やタルムードと言った
古典を暗唱できるほどまで読みこなしする文化が
定着している。
また、読書量も半端ではなく、
かつ知識量もまた半端ではない。
このユダヤ人が世界中でエリートとなり、さらには
あらゆる分野で名だたる重要人物になっているのは、
『読書』が根底にあるからである。
読書が『知力』を押し上げるというのは、
すでに『証明された事実』である。そして、現代社会は
『知力』が何よりも重要視される社会となっている。
ということは、読書そのものが現代社会を生き抜く
サバイバルに直結し、さらには自己の競争力も
強化する武器になるということになる。」

(鈴木 傾城氏・Darkness 2014.10.20)

テレビと新聞だけから情報を得て、毎日数時間を
テレビドラマやバラエティ番組を観て過ごしている。
そんなライフスタイルを好むのも自由だ。

でも、もしこの時代を賢明に生きたいと考えるなら
読書を中心とする「知力」と、さらには社会に対する
「洞察力」は、必須アイテムだろうと考えている。

忙しい現代人にとっては、努力を要することだが、
私自身も、早く「積ん読」と「ダウンロー読」の
状況を脱し、視野を拡げたいと希望している。


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by hirune-neko | 2014-10-23 13:34 | 現実的なお話し | Comments(0)

視野の広い人、狭い人


Astor Piazzolla - Homenaje a Córdoba


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視野を広く生きることの大切さ

「あなたは視野が広い方ですね」
といわれて、悪い気のする人はいないだろう。
「あなたは視野が狭い方ですね」
といわれて、喜ぶ人はいないだろう。
人間は誰だって、
視野の広い人物になりたいものだ。

人間にはなぜ、
目がふたつ具えられているのだろうか。
顔の前にひとつで、もうひとつは頭の後ろなら
前後が見渡せて便利なように思うのだが、
わずか数センチしか離れていない場所に、
同じ機能の目がふたつ並んでいる。

わずか数センチしか離れていないが、
同じ物体を視認して、左右の目の見え方の
微妙な違いを信号化し、
距離感を脳に伝える機能を果たしている。
・・・のだろうと解釈している。

最近は国内でも海外でも、
次々と対立構造が発生している。
どちらの主張が正しいかは、どのように
判断することができるのだろうか。

知識が豊富な方が、正しい判断ができるのだろうか。
確かに、知識は豊富であるにこしたことはない。
しかし、左派の人も右派の人も、みんなそれぞれ
とてもよく調べ、豊富な知識と情報を持っている。
なのになぜ、いつまで経っても
対立構造はエスカレートする一方なのだろうか。

政治思想・信条・哲学・理念というカテゴリーは、
数学や物理学のように
一定の厳格な規則性によって支配されてはいない。
なので、いくら論証と考証を重ねても、
「理論的に和解」することは不可能だ。

好例は、数日前の橋下徹・大阪市長と
桜井誠・在特会会長の対談の模様だ。
いきなりけんか腰で始まり、最後は決裂だった。

たとえば数学の積分学会なるものがあったとして、
「三次元立体の容積を積分で計算する方法」
のようなテーマで研究発表があったとする。
A案を主張する研究者と、B案を主張する研究者が
果たして大声で罵倒し合って議論するだろうか。
あり得ない話だ。

それともうひとつ厄介な要素がある。
とくに政治的要素が絡む案件には、
純粋に学術的な研究とはまったく別次元の
「利害」という要素が常に根底にあるのは常識だ。

私ごときが解説するより、以下に引用したい

「プロパガンダ(propaganda)とは、
特定の思想によって個人や集団に影響を与え、
その行動を意図した方向へ仕向けようとする
宣伝活動の総称です。 特に、政治的意図をもつ
宣伝活動をさすことが多いですが、
ある決まった考えや思想・主義あるいは
宗教的教義などを、一方的に喧伝(けんでん)する
ようなも のや、刷り込もうとするような
宣伝活動などをさします。
要するに情報による大衆操作・世論喚起と考えてよく、
国際情報化社会においては必然的にあらわれるものです。
今日その方法は、必ずしも押しつけがましいもの
ではなくなり、戦略化し巧妙なものとなってきています。」

(三省堂ワードワイズ・ウェブより転載)
 http://dictionary.sanseido-publ.co.jp/topic/10minnw/048propaganda.html

紙面に都合はないものの、「広い視野を持つ」ための
方法論についての結論をまとめてみたい。

そのためにはまず、知識と知恵(知性)の違いを
明確に理解する必要がある。
「知識」とは、調べれば
どこかに答えが記載されている情報であり
いうなれば、インターネットは知識の宝庫だ。

「知恵」を定義するのは簡単ではないが、
最近、徐々に定着しつつある「インテリジェンス」が
まさに適切な表現だと思う。

Information→Intelligence
つまり、種々の情報を多面的に収集し、
個々の差分を含めて分析し、結論に至らしめる手法、
ひと言で表現するとこうなのると思う。

なので、特定の情報ソースだけに信頼を置いたり、
特定の個人や団体の主張のみに傾倒し、教条的な
信条に凝り固まることは、危険きわまりないといえる。
反論されれば感情的に敵対する。そのような
負の連鎖が、対立関係を生じ、テロに発展し、
場合によっては国家間の全面戦争に発展する。

今この瞬間に、世界が求めているのは、
真の意味で「視野の広い人間」であり、
「視野の広い人間」が増えれば増えるほど、
良識ある一般市民による監視態勢が構築され、
国家・国民を誤った方向に洗脳しようとする
個人・団体を、健全かつ合法的に、駆逐する
貴重な原動力になる、と考えている。

誰もが「視野の広い人間」になることを
期待されている時代に、私たちは生きている。

ひとことつけ加えるなら、
「知恵」と一体不可分な要素は、「感性」だと思っている。
その理由を述べるのは、またの機会にしたい。


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by hirune-neko | 2014-10-22 12:40 | 現実的なお話し | Comments(0)

誰でもなんらかの依存症で生きている


Astor Piazzolla - Jardines de Africa

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心配や懸念がなく、のんびり生きている人は少ない

長時間、何かに集中し続けていると
当然だが、脳内、神経、肉体に疲労が蓄積する。
疲労が高じると、単に休憩したり仮眠するだけでは
なかなか快復しなくなってしまう。

現実的な問題を抱え込んでしまうと、いくら考えても
思い悩んでもなかなか解決策が見出せないこともある。
厄介なことに対峙したまま時間が過ぎると
忍耐にも集中にも限界が訪れる。

脳内や心の中にわだかまる違和感を拭い去るために
あるいは現実を忘れるために、自己防衛本能が働き
限界点を超える前に、無意識になんらかの手段を講じる。

その手段に継続的に頼り続けていると、やがては
知らないうちに依存症に陥ってしまう。

アルコール、タバコ、薬物、食欲や性欲を満たす、
人にあたる、甘いものを食べる、衝動買いをする、
という一連のカテゴリーが思い浮かぶ。

もうひとつのカテゴリーは、身体を動かすエクササイズ、
好きな音楽を聴く、映画を観る、本を読む、文章を書く、
散歩やドライブをする、などだろうか。

病的な依存症もあるだろうが、多かれ少なかれ
人間は疲労やストレスが溜まると、無意識のうちに
その原因から逃れようとしている。

最初は軽度の依存症であっても、人間の心身は
徐々に依存度を高め、常習化し同時に量的な拡大を
求めてしまう傾向にある。
アルコール、タバコ、薬物、食欲や性欲の場合は
深刻な健康被害や、場合によっては精神的なダメージを
負ってしまうかもしれない。

日常生活で難しいことの一つは、必要に応じて
自分自身を客観的に捉えることだと思う。
怒りにまかせて怒鳴り散らす自分の動画を撮影し
後日、Youtubeでそれを観たら、どう感じるだろうか。

同様に、自分の人生を俯瞰できる装置があり、
現在の自分がこのまま生き続けたら、どんな人生の
結末になるかを映像化してくれるとしたら
それを観て、どう感じるだろうか。
否が応でも強制的に自分を客観視することになる。

実際にはそんな装置など存在する訳がない。

もし自分で自分を客観視できる訓練ができれば、
おそらくは、どのような習慣で自分をコントロールし、
あるいは律すべきかを、自ら実感できると思う。

人間は、失敗に悟り反省に学ぶ。
そのためには、一定期間を生きて経験を積むことが
どうしても必要となってしまう。
同時に、洞察力や想像力、感性を養うことにより、
自分自身を客観視することが容易になる。
いつか人生を振り返ったときに、負いきれない悔悟や
自責の念を、かなり軽減できているのではないかと思う。

私自身、数え切れないほどの失敗を繰り返し、
それと同じぐらいの居直りを続けてきた。
いや、過去形ではなく、まだまだ現在進行形だ。

マイナスの要素に依存し続けるよりは、
・・・かなりの意思力と努力・忍耐を要するけれど、
建設的で健全な内容に依存することで、
人生のそれぞれのシーンを乗り越えていく方が
遥かに佳き生涯を俯瞰することができるようになると思う。


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by hirune-neko | 2014-10-21 14:35 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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