昼寝ネコの雑記帳

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不気味な監視と検閲を受けている私


Ástor Piazzolla - Lumiere: Soledad

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自分が監視されているとは、夢にも思わなかったよ

昨晩、ブログ記事をアップした。
出張先の札幌で、銀行口座のログインパスワードを
連続で間違えてしまい、口座が凍結されてしまった、
というまことに間抜けな内容だった。
かなり疲労していたしiPadだったので、ちょっとした
勘違いがあったのかもしれない。

そんなアホ話だけをお読みいただくのは
大変に申し訳ないと考え、

*ここからの部分は、記事の削除依頼があったため
残念ながら公開しないことにします。

これからは架空の人物を創造し、
登場させるように努めたい。
かつての「クリスマス・ローズ」のように。

でも、一人の人間のイメージを文章化するって、
かなり手間と時間がかかるものだ。
駄菓子菓子、(寒川猫持先生のパクリ)
短編作家を目指すと公言している私としては、
トレーニングだと考えて、なるべく架空の人物を
リアルに描くようにしたい。

まあ、そんなに次々と創れる訳がないけど、
仕事の合間にでも、あまり熱中しない程度に
少しずつスケッチしてみようかな。

*過去の創作人物で、全然うら若くない女性の短編
  「クリスマス・ローズの墓」 作・昼寝ネコ



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by hirune-neko | 2014-09-28 23:22 | 創作への道 | Comments(0)

銀行口座が凍結されてしまった


Astor Piazzolla - Muerte (Lumiere)

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あららのら、銀行口座が凍結されてしまったよ

会社の振込はジャパンネット銀行を使っている。
最近、法人専用のBA-PLUSとかいう、
セキュリティが厳重な仕組みに変更した。

出張先の札幌で入金明細を確認しようとしたら、
ログインパスワードが間違っているという。
じゃあ、こっちだったかなと、別のパスワードを
入力したら、再び間違っていると表示される。
ああでもないこうでもないと続けるうちに
一定回数の間違いが連続したので、パスワードが
失効したといわれてしまった。
口座機能の凍結で、ログインできなくなってしまった。

昨日、帰社してすぐにサポートセンターに電話した。
すると、パスワードの復旧は郵送でしかできないそうで
しかも、1週間前後の日数を要するというではないか。

これで、月末の入金で支払う予定だったものが
振り込みできないことになってしまった。
さて、どうしたらこの問題を回避できるのだろうか。
いや、さすがにどうにもできそうもないので、
事前に電話して事情を話し、一両日待ってもらうしか
方法はなさそうだ。

よくもまあ、こうも次々と難題が湧いてくるものだ。
でもまあ、めげずになんとか乗り切りたいと思う。

標題の曲は、ピアソラの「Muerte」で、「死」の意味だ。
その後ろに「Lumiere」と表示されているが、
フランス語だと「光」という意味のはずだ。
なぜ対極にある「死」と「光」が並列的に扱われているのか
真意はつかめない。

ピアソラの作品には「天使の組曲」と「悪魔の組曲」が
やはり並列的に扱われており、興味深い。
神学的解釈などという理屈ではなく、
ピアソラの鋭敏な感性で、独自の世界を構築している
と、そのように解釈している。

ピアソラ弾きのチェロ奏者のブログで見つけたので
早速図書館にも掲示し、ブログでも引用させていただいた。


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by hirune-neko | 2014-09-27 20:54 | 心の中のできごと | Comments(0)

老人だって曠野を目指すんだよ


FOTOGRAFIA ELIANE ELIAS artexpreso BRASIL rodriguez udias 2012

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「お騒がせしました、無事に帰りました!」


予定通りの便で新千歳空港を発ち、
無事に羽田空港に降り立った。
ここ数日は、飛行機が落ちるの落ちないのと、
すっかりお騒がせしてしまった。

しかし、危機管理の視点からは、
ある意味で当然の懸念だった。
でも、こうしてホームグラウンドに戻ると
ほっとすることができて、居心地がいい。

自分の思考や行動のパターンを客観的に見ていると、
何を目指しているかが浮かび上がってくる。

営業は元々得意ではないが、設定した土俵に
相手を引きずり込むことができるか、あるいは
相手の感性や価値観が近いと思える場合は
比較的生き生きと説明できるようだ。

なので、知らず知らず、不遜なことだがこちらから
顧客候補を選定してアプローチするようになっている。

で、一体何を目指しているのだろうか。

青年は曠野を目指すのだろうけど、
すでに晩年が視野に入っている老人には、
今からでも目指せるものがあるのだろうか。

ひと言で言い表すのは困難だが、
最近になってようやく、自分らしい構想が
具体的に見えてきた。

前例・先例のない、ユニークな仕組みだと思っている。

これからの時代は、ますます混迷を深め
信頼、安心、平安などという言葉は間違いなく
死語になっていくだろう。

多くの人は、自らの経験を通じて、
真贋を見抜く力を養い、不必要な物を遠ざける。

そこに根を下ろし、あたかも砂漠の中の
小さなオアシスのように、清冽な水を供給する。
そんな機能を構築できればいいなと、
本気で考えているし、また実際に
何年も前から少しずつ研究を続けている。

灼熱の空に浮かび上がる蜃気楼のように、
誰もが見上げればそこに映る画像のように、
時代の変化が、自然に押し出してくれるのではと
大きな流れを見失わないよう、
自分自身の曠野を目指していきたいと願っている。


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by hirune-neko | 2014-09-26 19:22 | 心の中のできごと | Comments(0)

音楽のないブログ


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音楽のないブログ記事を書くのは初めてだ。

札幌での仕事を終え、千歳駅近くのホテルに
チェックインした。

いよいよ明日朝の飛行機で、羽田に向かう。
なんとか無事に着陸することを願っている。

営業先が札幌だったので、ご機嫌伺いを兼ね
母の家に滞在した。
で、一昨日の夜、玄関で出迎えた母の第一声。
「5月に来た時よりハゲが拡がったね」
「・・・(無言の忍耐だ)」

続いて第二声だ。
「眼の下にクマができちゃって、
ますます人相がわるくなったね。」
「・・・(ため息をこらえてさらに忍耐)」

老体なのに無理して、夕食を用意してくれたのは
ありがたいと思う。しかし、私が血糖値を
上げたくないので、夜は米飯を食べないんだと
何度も繰り返し説明していたのに、
「ほれ、いくら丼作ったから食べなさい。
これ高いだけあって美味しいから。」
「何回も言ったでしょ?夜はご飯を食べないって。」

少し無口になり、悲しげにうつむく母。
「じゃあ、せっかくだから少しもらうよ。」
テーブルに置いてあった大き目のスプーンで
2杯だけご飯を取り分け、超ミニ・イクラ丼を食す。

あと数ヶ月で90歳になる母で、息切れ・酸欠が頻発し
足元も怪しくなっている。
あまりキツイことを言ってしまい、
あれが最後の会話だったか、などとなってしまうと
いかにも後味が悪いではないか。

なので私は、母の第四声も第五声も
寡黙にスルーしてじっと耐え続ける。

気がつくと脳内に疲労と違和感が拡がるのを
感じて不安になる。
携行した血圧計で測ると160を超えており、
まずいまずいと思っているうちに、とうとう
200を超えてしまった。

薬など服用せず、あれこれ自己流で対応し、
翌朝は見事に115まで下がっていて安堵した。

いろいろな方が食事を差し入れてくれる。
今日は五目焼きそばだった。
短歌仲間の女性らしい。母との遅い昼食になった。

「お前の世話で身体を酷使して疲れ切ったから
食欲がなくなったよ。だから私のは少なくしたよ。」
「ああ、それは済まなかったね。」
そう詫びながら母の五目焼きそばに視線を移した。

「オレのと、そんなに変わんない量だよ。」
「麺はお前の方を多くしたんだよ。私のは具が多いの。」
「はあ、そうなの?」
笑いをこらえるのがひと苦労だった。

まあ最終的には、穏やかな親子関係のままで
なんとか母宅を後にすることができた。

母も私も朝が弱い。明日の飛行機便は朝なので、
ホテル代を出すから、頼むから今晩は
千歳のホテルに泊まってくれと母が申し出た。

一日でも長く母と一緒に過ごしたい、
などという殊勝な考えは微塵もなく、
ホテルの一室で気ままに過ごしている。

肝心の仕事は、札幌で新規開業の
産婦人科クリニックに、名入り絵本導入の
実務的なレクチャーだった。
院長先生が気に入ってくださっているらしく
まあ九分通りは正式採用になると思っている。

飛行機は、搭乗してしまえばなんの不安もない。
しかし、このままで文章を終えてしまい、
仮にこれが絶筆となってしまったなら
あれこれパロってしまった母に対して
とりかえしのつかない
恥辱の遺言になってしまうので、最後に
真実をありのままに一言で表現するなら
我が母は、自分をを犠牲にして
子を守った、実に感謝すべき立派な母である。

ついでに付け加えるならば、でも母もやはり
細かいことを口うるさく指図したがる
女性であることも事実である。

ああこれでやっと、明日は心置きなく
飛行機に乗ることができそうだ。

・・・iPadなので操作が容易でないため、
校正せずにアップするのをお許しいただきたい。


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by hirune-neko | 2014-09-26 00:40 | 心の中のできごと | Comments(0)

気分はいつでもラストフライト


Charles Aznavour - Hier Encore

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明日の午後の便で
空路ブエノス・アイレスへ・・・だったらいいのだが、
ではなくて、札幌・新千歳空港に飛ぶ。
u
ヨーロッパや北米大陸に飛んでいる人にとっては
待合ロビーで過ごしている程度の時間で
あっという間に到着してしまう所要時間なのだろう。

飛行機事故に巻き込まれる確率はとても低いらしい。
だけど、可能性はゼロではないのだから、
いつものように旅行傷害保険の手配を済ませた。

たとえ困難に遭遇しても、長期的には楽観的な心情で、
割といつもゆったり構えている方だと思う。
半面、目先のことについては、あれこれ悲観的に考える。

死に直面したときは、それなりに緊張するだろうと思う。
どのような心理状態になるのか、人それぞれだろうが、
私の場合は、どのように対応するのだろうか。
おそらくは、最後の最後まで死力を尽くすだろうと思う。

人間なんて、何歳になっても悔いのない人はいないと思う。
私だって、やり残していることだらけなので、まだまだ
生きながらえて、挑戦し続けたいと思う。

思い残すこと、言い残したことは尽きないが、
自分の人生で出会った一人一人の皆さんに
感謝の気持ちを込めて、お礼の気持ちを伝えておきたい。

決して強がりではなく、これで終わったとしても
悔いのない、いい人生だったと思っている。

誰の人生にも、始まりがあったように終わりもある。
宗教観によっては、人生は永遠に続くものだ。
パスカルが「パンセ」の中で述べたように、
いかに博学な人間でも神学的発生を
認めざるを得ないという。
であれば、神学的終焉もあるのではないだろうか。

音楽は、色濃く私の人生とともにあったと思う。
かつてダリが表現したように、音楽はその頃の
心情を鮮やかに思い出させてくれる生き物だ。


さて、26日の金曜日に無事に帰ってこられたら
またブログで帰還の報告をさせていただく。
ニュースでANAの事故が報じられたら、もしや
と思っていただきたい。

26日が過ぎたら、取り越し苦労の私を
笑ってやっていただきたい。


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by hirune-neko | 2014-09-22 22:24 | 心の中のできごと | Comments(0)

肉体の老化と脳内老化の速度がアンバランスのようだ


Romance de diablo - Astor Piazzolla

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何年もずっと、MAC OSに付属している
3種類の機能で文書作成やタスク管理、さらには
プロジェクト管理を試みてきた。

最近、Evernoteというソフトの
機能を再確認する機会があった。
とても機能性が高いことが分かり、今ではすっかり
Evernoteに依存するようになっている。

おかげで脳内の整理が進み、案件毎に第三者との
情報共有も徐々に進んでいる。

今現在取り組んでいること、近々着手したいこと、
いつかは実現したいことなどを、リスト化してみた。
数えたら約50種類になった。
でも、すべての情報を一箇所に集約できるので、
おまけに情報共有相手には、保存する文書をそのまま
送信できるので、利便性が飛躍的に高まった。

うっかり忘れてしまったりすることもなくなり、
データをあちこち検索せずに済むので、
神経的にとても楽になり、ストレスが大幅に軽減した。

しかし改めて考えてみると、私の年齢で新規案件を含め
50種類ものプロジェクトを抱えていること自体、少し
異常なのではないだろうか。
ふとそういう思いに捕らわれた。

自分があと何年生きられるかは別問題として、
年々確実に老化している肉体的コンディションや健康状態、
それと日進月歩のIT技術、脳内キャパシティなどを
総合的に勘案すると、本来は案件数を絞り込んで少なくして
当然の年齢なのに、50案件?
一体何を考えているのだろうと、
我ながら少々唖然としている。

じゃあ年齢相応に優先順位を決めて、
案件を削減すべきなのか?
静かに自問してみたのだが、どうやら私の性格は
無責任にも、「死」という限界点を無視し、あたかも
人生の終わりや、幾多の限界をも意識しない、
居直り的無謀さが身についてしまっているようだ。

自分の人生なので、
好きに生きさせてもらおうと思っている。
もちろん、健康管理はするし自制もする。

ガンで余命半年宣告されて6年生存している女性から
(ガンに有効とされる、あらゆる方法を研究している)
今日も有力な情報を与えられたばかりだ。

人生の晩年が平安・平穏であるにこしたことはないが、
私の場合は、多少の波風が立とうが、自分の使命感を
大切にして、それに殉じたいと心から願っている。

余命は不明だが、意識のある限りは考え続け、
好奇心と向上心を失わず、建設的に生きたいと願っている。

ピアソラの作品は「悪魔のロマンス」を選んだが、
悪魔にだってロマンスがあるのなら、人生の晩年にも
ロマンスがあったっていいのではないだろうか。
 

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by hirune-neko | 2014-09-21 20:47 | 心の中のできごと | Comments(0)

少しだけ先輩の不安と苦しさを引き受けて


Astor Piazzolla, Aconcagua, II. Moderato

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先輩の再手術の日だったせいなのかもしれない。

将棋仲間で、私より20歳近く年長なのに、
私のことを「先輩」と呼ぶ先輩が、大動脈瘤の
手術を受けて、もう半年は経っただろうか。

退院後は元気な姿で久しぶりに対局し、
2戦2敗で悔しがる表情は、無邪気そうだった。
リベンジ対局に燃えていたものの、ほどなく
ときどき高熱と寒気に襲われ、再度検査を
受けることになった。

検査の結果、思ったほど悪くなく、無罪放免で
入院せずに済んだので、先輩は奇跡だと喜び、
ご家族の皆さんも安心されていたのだが、
最近また同じ症状が出てしまった。
精密な検査の結果、手術部位に細菌が残って
繁殖しているのが原因だと判明した。

再度手術を受けることになり、昨日が手術日だった。
自身の横隔膜を切り取り、心臓を包み込む、
そんな手術だと聞いていた。

昨日の午前中、徐々にキーボードの文字が
みえにくくなり、明らかな異変があった。
幾何学模様の光が細かく点滅し、確認したが
両眼とも同じ症状だった。

なので、脳梗塞なのかと思い、症状を検索したが
どうも違うようだった。そのうち、頭部で
違和感が拡がり、念のため血圧を測ってみた。
ずっと正常値で推移しているので、血圧には
異常がないと思っていたのだが、メーターが
どんどん上がり、上の値が200を超えてしまった。
久しぶりに高い数値なので、すぐに水分を補給し
後頭部をアイシングした。

じきに下がり始めたが、それでも170前後なので
仕事も無理をしないことにした。

夜、先輩のお嬢さんに電話して術後の様子を聞いた。
執刀した先生が明るい表情で、うまくいったと
いってくれたそうで、お嬢さんの声も明るかった。

私の方は、夜中まで何度も血圧を測ったが、
なかなか下がらず、眠気も感じなかった。

高齢で体力も落ちている状態で、手術台に
上る先輩の気持ちを想像してみた。
おそらく、覚悟をして臨んだことだろうと思う。

突然の私の体調不良は、もしかして先輩の
負いきれない苦痛の一部を分けてもらったのかなと
そう考えると、何か少し良いことをしたような
気になることができた。

毎月、厚木の将棋教室へ一緒に往復し、
車中でいろいろな話をしたことが思い出される。
あるとき、松本清張原作だという映画「駅路」の
話題になった。ゴーギャンの絵が好きだった
主人公は、定年後にタヒチに行くことを
楽しみにしていたのだと、まるで自分のことのように
語っていた。
先輩は、高齢ではあるものの、今でもまだ
青年の部分を保ち続けているのだなと、
ハンドルを握りながら、あれこれ想像を巡らした。

業界新聞社の経営をし、苦楽を経験された方だ。
80歳になっても、頭脳明晰で弁も立ち視野も広い。

今は、質素だが平安に生活されているようだ。
人生の晩年は、それが何よりなのではないだろうか。

穏やかに人生を懐古できる人は、多くの冨を持ち
あれこれ煩いが絶えない日々を送る人よりも、
ある意味では、幸福なのではないかと思っている。


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by hirune-neko | 2014-09-05 22:37 | 心の中のできごと | Comments(0)

自閉的生活と脳内疲労からの脱却大作戦


Astor Piazzolla - "Oblivion" for solo guitar (arr. Lake)


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近況報告〜自閉的生活と脳内疲労からの脱却大作戦


最後の習いごとは、声楽だった。
もう二十数年前に止めて久しい。

それ以来ずっと長きにわたり仕事に没頭し、
ようやく七年前に将棋の先生に師事した。
将棋は今でも続いている。

日常を客観的に見てみると、毎日最低でも
十時間はパソコンに向かって仕事をしている。
ゼロから立ち上げ、管理しているサイトは
数えてみたら9種類にもなっている。
更新更新で休む暇がなく、しかもIT関連ソフトは
次々と新しい機能に更新されるので
脳内には絶えず負荷がかかっている。

なのに、頭休めには詰め将棋をして、
食事をしながら将棋ソフトと対戦する。
仕事の休憩時間には、インターネットで
見知らぬ人と対戦し、振り飛車定跡本を読む。

最近になってようやく気づいた。
どうやら頭だけを酷使し過ぎだな、と。
この夏は酷暑も影響し、脳内に力が入らなくなった。
このままだと、脳梗塞、脳内出血一直線か。
はたまた自閉症、鬱病、失語症のコースかもしれない。

致命的な状態になって、治療やカウンセリング、
あるいはリハビリに時間と費用を使うぐらいなら、
多少の月謝を払ったとしても、何か予防になる
習いごとはないものだろうか、と考えた。

で、体力の必要な声楽ではなく、ギターを選んだ。
ネットで検索し、車で二十分ほどのギター教室を
見つけ、無料体験レッスンを経て入会した。
当たり前の話だが、想像したとおり
脳内疲労からは解放される時間となりそうだ。

先週の日曜日、久しぶりに会った知人が
Evernoteという文書管理ソフトを使っていると聞いた。
数年前にインストールしたまま使っていなかった。
確認すると彼もMac利用者なので、テキストエディット、
リマインダー、メモなどの機能は把握していた。

その日のうちに、最新のEvernoteをダウンロードし、
付随するPostEver2、そしてiPad上で手書きした文書を
そのままEvernoteに保存したりメール送信できる
Penultimateというソフトもダウンロードし、
手書き用のスタイラスペンも購入してしまった。

時間をかけて、個人、仕事、ボランティアなど
管理案件を書き出してEvernoteにフォルダを作った。
カテゴリーだけで28種類になった。
でも、PostEver2で作成する文書は、必ずどこかに
該当するし、画像や音声、サイトのクリピングも
同様にEvernoteに分離保存できるらしいが
まだそこまでは使いこなせていない。

複数の遅延案件を抱えていると、自己嫌悪と
自責の念が常につきまとう。
思考力も集中力も落ちてしまうし、未処理の
案件といっても、単純作業ではなく判断が伴うので
絶えず「忘れてはいけない」、「早く終えなくては」
という強迫観念がつきまとう。

でも、Evernoteを使いこなせるようになったら、
ほぼ完璧にペーパーレスになりそうだ。
ということは、紙の資料を探す手間と労力から
解放され、検索すればいいことになる。

どうやら、脳梗塞、脳内出血一直線、はたまた
自閉症、鬱病、失語症に至る危機的状況は
回避できるのではないかと思い始めている。

しかし、予測できない懸念が新たにひとつ発生した。
来年の五月に予定されているギター教室の発表会に
果たしてピアソラの「Oblivion」をちゃんと
ソロで弾けるようになるのだろうか。

先刻、Facebook友だちであり、ピアソラ図書館の
学芸員でもある福岡貞夫さんにそのことを伝えたら、
演奏をFacebookにアップするよういわれてしまった。
新たなプレッシャーではあるけれど、でもまあ
これは居直ればいいだけなので、それとピアソラが
声援を送ってくれるだろうから、おそらく
大丈夫だろうと思っている。



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by hirune-neko | 2014-09-01 00:49 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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