昼寝ネコの雑記帳

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謎だったパズル・ピースがはめこまれた瞬間


Liliana Herrero - El viaje (Astor Piazzolla)


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謎だったパズル・ピースが、ようやくはめこまれた瞬間


一昨日、ピアソラにしては珍しい、ノーマルな
曲想のピアノ・ソロ曲を紹介した。
Astor Piazzolla - A midsummer night's dream
と表示されていたが、「ピアソラ音の出る図書館」
の作品リストを調べたが掲載されていない。

なので本当にピアソラの作曲なのか半信半疑だった。
第一「A midsummer night's dream」のように
まともに英語のタイトルの曲なんて、
そう多くはないはずなので、自信がなかった。
もしかしたら、図書館の学芸員として手伝って
くれている福岡貞夫さんが作成してくれた
「ピアソラ未発表作品リスト」含まれているかも
しれないと、ふと思ったのだが、何せそれなりの
分量があるため、きちんと確認しないままでいた。

福岡さんは南米・コロンビアのボゴタ在住のため
日本とは時差があるのだが、翌日すぐに
メールで説明を寄せてくれた。

確認すると、確かに「A midsummer night's dream」
に関する記述があった。

「ピアソラ未発表曲・カテゴリー4」より一部転記
(学芸員/福岡貞夫氏提供資料)2013.10.28

(ウリアム・シェークスピアの劇作「真夏の夜の夢」)

・英語表記
 「A midsummer night's dream」
・スペイン語表記
 「Sueño de una noche de verano」
・フランス語表記
 「Songe d'une nuit d'été」

以下の15曲で構成

1.Ouverture
2.Sensuel
3.Dansee
4.Cloche
5.Milonga
6.Puck Arrabal
7.Artisana 1
8.Introduction et Berceuse
9.Bottom
10.Oberon Final
11.Duo 1
12.Murmullo Sensuel
13.Sombrio
14.Abstract
15.Artisane 1

「10.Oberon Final」は
ネストル・マルコ-ニ・キンテ-トが
演奏する曲で1991年10月に録音され
映画「El viaje 」に使われたテ-マ曲である。

アストル・ピアソラはコメディ-・フランセ-ズの
依頼によりウイリアム・シェ-クスピア劇
「真夏の夜の夢」の音楽を作曲した。
オリジナル・キャスト盤の演奏はリシャ-ル・ガレア-ノ
指揮のアンサンブル・パリス・タンゴ の
オリジナルCD「Milan CD CH249」がある。 

以上で(学芸員/福岡貞夫氏提供資料)からの転記終了


何度も何度も「A midsummer night's dream」で
検索をしたが、目指す結果が出なかった。
iTunes Storeでも該当するアルバムがなかった。

もしやと思い、スペイン語の
「Sueño de una noche de verano」
で検索したところ、
福岡さんが資料で指摘していたCDを見つけた。

ようやく、シェ-クスピア劇「真夏の夜の夢」の音楽
全曲を聴くことができた。
安心したのは、「尻切れトンボ」で終わってしまう、
と一昨日の記事で紹介した曲名は「Duo 1」なのだが
やはり同様に尻切れトンボで終わっていた。
なので、ピアソラは、そのような終わらせ方を
選んだようなので安心した。
アルバムではバンドネオンのソロ演奏のように聞こえる。

冒頭でご紹介したのは、この15曲の中の1曲で
福岡さんが
「これは1991年10月に録音され映画・El viajeに
使われたテ-マ曲」と説明している作品だ。
映画では最初のシーンから流れており、切ない曲想で
女性ヴォーカルによって歌われている。

ちなみに映画・El viajeは、フェルナンド・ソラナス監督の
作品であり、生き別れの父親を尋ねて自転車で
アルゼンチンを縦断する少年の物語だ。
なかなか切ないが、日本人のメンタリティには
受け入れやすいストーリー展開だと思う。

ピアソラの活動範囲は面積が広く、
また曲想も多重的であり、
精神世界も多面的で奥深い。
なので、ピアソラの足跡を辿るというのは困難を極める。
しかし、偶然に見つけた謎の曲が、こんな風に
ぴたっとはまるのを実感すると、一歩前進したような
不思議な達成感を感じるのも事実だ。

いや、ただ単に図書館の資料にちゃんと目を通して
いなかっただけのお話しに過ぎない。

ピアソラに興味を持たれた方は、是非一度
「ピアソラ音の出る図書館」にお立ち寄りいただきたい。

・ピアソラ音の出る図書館
 http://www.piazzolla-library.com/




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by hirune-neko | 2014-08-22 18:17 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)

創作料理「銀閣寺の夜明け」のレシピ無料公開


Astor Piazzolla - A midsummer night's dream

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創作料理「銀閣寺の夜明け」のレシピ特別無料公開


「わたしが先に死んだら、あなたは独りで生きていけない。
身の回りのことを何もできない人なんだから」
これは家内の口癖だ。

「だからせめて料理ぐらい自分でできるようになりなさい」
と、こうなってしまう。
もうすっかり、自分が先に逝くつもりでおり
「ちゃんと看取ってくださいね」
これも口癖だ。

つい数年前までは
「大丈夫だよ。お前が死んでも1週間以内に再婚するから」
なんていう冗談もいえたのだが、さすがに最近は
現実が重くのしかかってくる。そういえば
相手にも選択の自由があるのだ、という現実が。

今日は、たまたま私が次男と二人分の昼食を
ゼロから作るハメになってしまった。

台所に立ったが、エアコンの空気が届かず
何もしないうちから熱中症の予感がする。

冷蔵庫の中にあった、肉と野菜を並べてみた。
さて何を作ろうか・・・。
といっても、学生時代にスナックで作り方を
仕込まれたピラフとスパゲッティしか
レパートリーはないので、もうそれしかない。

野菜を刻みながら、せめてこれから作ろうとしている
創作料理の名前だけでも考えようと思った。
比較的すぐに思い浮かんだ。題して
「銀閣寺の夜明け」だ。それに決めた。

母の手製味噌が冷蔵庫に保存してある。
何種類もの野菜と味噌をすり混ぜて煮詰め、
なかなか評判のものらしい。
それを味付けに使おうと思ったので、和風の名前が
いいなと思ったに過ぎない。

試食してみたが、味噌の深い味覚が利いており
まあ、和風ピラフといわれれば、納得だろう。

熱中症気味で、しかも両手の指がちょっとの酷使なのに
屈伸に支障が出てしまった。
脳梗塞を疑い、前兆を調べたが、どうやら該当しない。
だけど、すぐ仕事に復帰せずピアソラの曲を聴いてみた。

今朝、コロンビア在住のFacebook友だちである
福岡さんが、友だちを紹介してくれた。
なんでもピアソラの親友だった男性らしい。
ダメ元で友だち申請したら、すぐに承認された。

私がお礼のメッセージを送る前に、彼からの
メッセージが届いた。どうやらスペイン語のようだが
google翻訳で試しても、日本語にならず意味不明だ。

偶然、ピアソラの知らなかった曲を見つけた。
Astor Piazzolla - A midsummer night's dream
というタイトルなのだが、最後がちょっと尻切れだ。
でもこれしか見つけられなかった。
調べたのだが、ピアソラ自身も演奏している
記録があった。

図書館では紹介していないが、もしかして
福岡さんが作成してくれた「ピアソラ未発表曲」の
リストには掲載されているかもしれない。

「銀閣寺の夜明け」は、もうすでにお腹の中だ。
写真に撮っても、まったく見栄えがしない。
ピラフ類は、どのように作ってもプロセスは一緒で、
味付けが塩・胡椒、ケチャップ、カレー粉、
そんな程度の違いしかない。
なのでせめて、名前で勝負しようと思っている。

そういえば数年前の一品持ち寄り昼食会で
私が作ったパンケーキの名前は、
「ブエノス・アイレスのマリア」だった。

ある日、ブエノス・アイレスの街中に
パンケーキ専門店がオープンした。
スリムなタンゴダンサーだった女性が、この
パンケーキのあまりの美味しさに夢中になった。
毎日通って食べた結果、半年後にはブクブクに太り、
タンゴを踊れなくなってしまった。
そのパンケーキのレシピを入手したので
忠実に再現してみた、という説明書きを添えた。

日本人の皆さんは「ホントですか?」と本気にした。
ニュージーランドから来日していた女性だけが
唯一大笑いしてくれた。国民性によっては、
ジョークが通じないこともあるものだ。


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by hirune-neko | 2014-08-20 14:44 | 現実的なお話し | Comments(0)

家族・Family (英)・Famille(仏)・Familla(西)


Astor Piazzolla - La famille


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家族・Family (英)・Famille(仏)・Familla(西)


この月曜日に、逗子の娘の家に
われわれ夫婦、次男夫婦、三男家族が集合した。

「お前と最後に会ったのは、いつだっけ?」
「ん〜、去年のクリスマス」娘が答えた。

数時間を過ごし、往復とも次男のお嫁さんの
運転で送り迎えしてもらい、楽をさせてもらった。
次男のお嫁さんは、勿論女性なのだが、
脳内構造は男性的で、IT技術に強い。
運転もしっかりしているし、理論的な思考で
下手な男性よりすっとしっかりしている。
エレクトーン演奏はプロの技術だ。
次男はいい人に来てもらったものだ。

三男のお嫁さんは、実にはっきりした性格だ。
「これは塩分が強いので、お父さんにはダメです」
「そんなこといわないで、お願いします」
「じゃあ半分だけですよ」
このお嫁さんの父親にいったことがある。
「いやあ、お宅のお嬢さんははっきりいいますね。
まるでウチの娘みたいに、かなりズケズケいいますよ。
だから、お嫁さんというよりは、娘がひとり
増えたような感じですよ」
お父さんは大笑いしながら
「有難うございます」といった。
三男の性格を考えると、ぴったりなのだと思う。

当日、みんなの前で宣言した。
「いやあ、こうして改めて会ってみると
やっぱり娘はかわいいもんだね。
息子たちは友だちか同僚みたいなもんだけど、
やっぱり娘はかわいいもんだよ」
意外と娘は厭な顔をしなかった。
不在の旦那さんに代わり、同席した弟さんに
「私ね、性格が一番お父さんに似てるの」
娘はそのようにつけ加えた。
娘は地上で最も、私に遠慮のない人間だ。
旦那さんはヨットの仕事で、まだレースに出る。
なので、心配もつきまとうだろうが、
寛容ないい男性と出会えて良かったと思う。

数日経った昨晩、当日参加できなかった長男と
電話でかなりの長話をすることができた。
話題はとりとめもなく拡がり、その独特な視点を
理解しようと努めた。時々は説教調で訓話を垂れた。
大手企業に勤めているが、短時間睡眠にも拘わらず
有能な仕事ぶりのようだ。
帰省したお嫁さんたちの代わりに、愛犬と留守番だ。
いつだったか対面させてもらったが、
トイ・プードルだかフレンチ・プードルで
名前は確か「モネ」だった。
いつだったか、正月に尋ねていき、
お嫁さんの手料理をいただいたが、なかなか美味しかった。

そうそう家族全員が集合する機会がないものの、
たとえ離れていても、心が通っているのを実感している。
心配の種は尽きないものの、いつでも声をかけられる
家族が存在することは、人生で最も価値あることだと
改めて思っている。

周りには、なかなか結婚できないまま
婚期を失いつつある人たちがいる。
年老いた母を残して先に死ねない、といいながら、
数日前に他界した女性がいる。

私たちが結婚したのは1975年なので、
来年は40周年になる。40年目は何婚式なのか知らない。
勝手気ままで、はみ出し人間の私を支え、
永年よく耐えてきてくれていると思っている。
なのでまったく頭が上がらず、家長の特権なんて
ずっと前から家内に委譲してしまっている。
今では私も、老犬らしく物静かに生きている。(?)

人生は取り返せないことが多いけれど、
いつでもその場所から、生き直せるのも人生だ。
失敗や落胆は誰の人生にも避けがたいものだが、
常に脱皮できる可能性があると思えば
少しは気が楽になるのではないだろうか。

数ヶ月前、Facebookで偶然に見つけた女性は
ピアソラのお孫さんだった。
最初に一瞥したときは、男性だと思ったが
ヨガを習得している個性的な女性だった。
おそるおそる友だち申請をしたら、承認してくれた。
個性的なピアソラの血を引くだけあって、
なかなか存在感のある女性だと思う。

標題のピアソラの作品は「La Famille」(家族)で
どういうわけかフランス語のようだ。
ピアソラがどのような状況、また心境で
この作品をイメージしたのかは知る由もない。
ただ、じっと聴きながら静かに思い巡らしている。



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by hirune-neko | 2014-08-15 12:50 | 心の中のできごと | Comments(0)

真夏の束の間の休日はすっかり脱力中


ROBERTO GOYENECHE - "Los Mareados"


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真夏の束の間の休日はすっかり脱力中だ

休みになったら時間があるから
仕事の遅れを取り戻せると思っていた。

その前に、たまには映画を1本ぐらい
観てもいいのではないかと思い立ち、
無料動画サイトを物色してみた。
どうせつまらない作品だらけだろうと
諦め半分だった。

大統領が暗殺され、真犯人を突き止める
大統領警護官と女性ジャーナリスト、
という設定の映画だったが、なかなかどうして
いい作品だった。

久しぶりの休みなのだから、じゃあもう1本。
本当はスパイ映画、戦争映画、刑事や警察が
主役の映画、サスペンス映画が好きなので
やや懐かしいスティーブン・セガール主演の
「沈黙シリーズ」を観てしまった。

なかなか面白かった。そこで止めればいいのに、
もう1本、シリーズ続編を観てしまった。
これが私のウィークポイントで、脳内に充満した
不活性ストレスが一気に吹き出し、
ついには全神経が逃げ道に殺到してしまった。

要するに、昨日までの張り詰めていた緊張が
一気に弛緩してしまったような感じだ。
何も考えたくない。集中力はもうすでに
寝たきり老人状態で、一過性の自閉症と
鬱症状に支配されてしまっている。

こうなると、あれこれいくつもの複数案件を
同時並行してコントロールしていたのに、
一気に使命感がしぼんでしまう。

現実を離れて静かに過ごしたい。
人と会うのが億劫で、迷路の中を歩き回るのが
相当重荷になってしまう。

さて、どうすればこの状況から立ち直れるだろうか。
晴れ間が見えるまで、無理せずに静かにしていようか。

こうしてピアソラの曲を聴いていると、
少しずつ中和されるような気がする。
ネコだって人間だって、長期間休みなく
働いていると、一時的に別人格になってしまう
こともあるのだろう。とにかく今日はもう
これ以上、何かするのは止めておこうと思う。

長い月日のうちには、こんなこともあるさ。


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by hirune-neko | 2014-08-13 22:55 | 現実的なお話し | Comments(0)

脳内のインテリジェンスと宗教戦争


Astor Piazzolla - Cavalcata


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脳内で宗教戦争が始まっている。

何度も書いているように、これほど国内外に
多くの対立構造が林立している様を見ると、
個人や家族を守るためのインテリジェンス
という考えが必要だと確信するに至り、
どのような仕組みにすべきか、毎日考えている。

インテリジェンスに関しては、残念ながら
私自身が初学者であり、専門家の方々の著書を
少しずつ、本当にのろい速度で読み進めている。

しかし、情報部の情報分析官を教育する教官に
なることを目指しているのではなく、あくまでも
一般市民の、それも個人や子育て中の皆さんに
提案しようというのが基本構想だ。
なので、国家・軍事インテリジェンスとは
異なる視点に立つ「ファミリー・インテリジェンス」
と名付けている。

イスラエルのガザ攻撃が日本に及ぼす影響、
などのようなテーマではなく、とりあえずは
日本に住む日本人の安全のために、そして
緊急事態の発生を予測し、平常時から事前に
備えていただこうというのが基本線だ。

ある奉仕団体で広報的なボランティアをしている。
何年にもなるが、当初からマスメディアの情報を
鵜呑みにする危険性を主張し、さらに輸入食品による
健康被害の懸念情報を周知することで、
病気を予防するよう呼びかけるべきだ、と、
そのように進言したのだが、受け入れられなかった。

いずれのテーマも、最も該当する国は中国と韓国になる。
奉仕団体の構成員には中国系、韓国系の人もいるので
彼らの感情に配慮して、公にすべきではない
という主張が通ってしまったようだ。
ごく最近の、朝日新聞の
従軍慰安婦強制連行記事の取り消し、
あるいは今では知らない人のいない、中国の鶏肉問題。
それでもなお、日本在住の中国人、韓国人の
感情に配慮して、報道すらすべきではなかったと
考えるのだろうか。強い違和感を感じる。

なのでそれ以降は、まるで借りてきたネコのように、
表立った発言を控え、仕事の一環として自分の考え、
自分のペースで進めようと、路線変更をした。
もちろん、立ち上がりはほとんど奉仕活動のような
感じになってしまうが、それでいいと思っている。

ごく最近、インテリジェンスという思考・手法には、
人間の内面世界という概念が、すっぽり
抜けているのではないか、ということに思い至った。

何が起きても、事前の周到な準備で安全に過ごし、
100歳以上まで生きるということを目的としてはいない。
つまり、徒に長生きしたとしても、だからどうなのだ、
という発想が最初からある。

自分自身や家族が充実した人生を送り、
安全・安心・平和な環境と平安な精神状態に在り、
向上心を持ち、知恵を増し加える。さらにはできれば
人の役に立って達成感を感じる、漠然とではあるが
そのような人生を送れるよう、ともに考えたい
というのが、もともとの発想だ。

さて、これまで読んできたごく僅かの書籍には、
個人の内面世界に触れた記述があっただろうか。
よくよく考えるなら、社会の構成単位である
個人や家族の内面が最も重要ではないのか。
そんなことは当たり前だと思う。

では、倫理学や道徳を学び、偉人の伝記を読めば
自然と人間の内面には十分な変化がもたらされるのか。
そこで湧き上がった疑問は、では現代人には
宗教的な要素が必要なのではないだろうか、だった。

年明けに、特攻隊の生き残りで、ばりばりの
元朝日新聞の記者の方と、ゆっくり話す機会があった。
昨今の日本の状況に憂慮する彼の口から出たのは
「もう、社会は宗教でしか救えない」という言葉だった。
驚いてしまい、しばらくは返す言葉がなかった。

宗教団体には様々な出自と創設目的がある。そして
明らかに政教一致して政治的な野望を満たそうとする
宗教団体もある。なので、宗教であればどれでも
いいという話では決してない。

しかし、充実した人生を想像するときに、
宗教の果たす役割は無視できないように思う。
まさか、推奨する宗教団体上位ベストテン
などのように、ランク付けなどできる訳がない。

宗教を持ち、信仰心を発揮することは
その人の生き方や価値観・人生観の根底に影響を与える。
なので、どの宗教・宗教団体を選ぶかは
非常に重要な選択となる。
すでに信仰の道を歩んでいる人たちも同様だ。

宗教界では、どこも自分の正当性を主張する。
なので、全てを検証するなどとてもできることではない。
しかし、インテリジェンス的な発想で、何か
原則的な提言はできるのはないか、と考えたり
いや、厄介なテーマなので敢えて深入りしない方が
無難なのではないか、と考えたりだ。

脳内で、自分だけの宗教戦争が始まっている。


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by hirune-neko | 2014-08-08 20:34 | 創作への道 | Comments(0)

8年後に蘇生した文章


Julia Zenko: Chiquilín de Bachín, Astor Piazzolla

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8年経って、ようやく蘇生した文章がある。

8年の歳月を経て、すっかり干からびてしまい
記憶の塵の中に埋もれてしまっていた
古い文章がある。

産婦人科クリニックから、出産祝いで
プレゼントされる名入り絵本の文章を提供している。

最初は両親と子どものための本文だった。
申込書をひと目見て「私には関係ありません」と
捨ててしまったお母さんがいたと聞き、
シングルマザー版の本文を追加した。
10年以上も前のことだ。

ある日、院長とお会いしたのだが
どうも表情が冴えない。訊くと
永年不妊治療していた女性が妊娠したのだが、
出産時にへその緒が首に絡まり、
死産になってしまったという。

その夜、帰宅してすぐに天使版の本文を考えた。
一気に書き上げたが、気がついたら
すでに深夜3時を回っていた。

ある院長は、天使版は使わない方針だった。
産婦人科医にとって、死産という結果には
自責の念を感じ、記憶だけでなく
形ある記録として残したくないという
心理が働くのかもしれない。

天使版を指定される確率はとても低い。
年間0.2%もないだろう。
しかし、現実に死産は発生する。

死産の状況は様々だ。出産の状況も様々だ。
出産直前に父親が亡くなったケースもある。
出産数日後に母親が亡くなるケースもあった。

天使版や特別版というのは、名前だけを差し替え、
すぐに印刷・製本できるものではない。
状況を確認し、言葉を選び文章を修正する必要がある。

楽しみにしていた子どもとの生活が雲散霧消し、
夫婦は喪失感、欠落感と格闘することになる。

目の前でわが子が仮死状態になり、
身体があっという間に、土色に変色する。
そんな状況を、私自身が何度か経験した。
あの経験がなければ、とても書けなかっただろう。

ささやかで拙い文章の絵本ではあるが、
子を失った両親が立ち直るきっかけとして、
精神的な快復の一助になっていることを
何人もの院長が実感してくれるようになり、
今では、天使版の不使用を決めていた院長の
クリニックからも、天使版の依頼が
来るようになった。

8年前、札幌に住む老母が急性心不全で
ペースメーカーを装着する緊急手術を受けた。
当時、国立病院の付属看護学校に勤めていた
従姉妹の勧めで検査入院した当夜の、
緊急手術だった。

従姉妹とは数十年ぶりの再会だった。
「アンタ、なんの仕事してんのさ」
産婦人科クリニック向けの絵本の説明をした。

その後しばらく、母宅に泊まり込み、
毎日付き添いに行く生活が続いた。

ある日従姉妹にいわれた。
「子どもの死産も大変なことだけでど、
先天性の障がいを持つ子どもを育てる親は
とても大変な思いをしてるんだよ。
そういう人たちこそ、励ましの文章を必要と
しているんだから、作りなさいよ」

先天性の障がいといっても、範囲が広い。
私にとっては難産だったが、なんとか作り終えた。
しかしその後、「先天性障がい児版」の申し込みは
とうとう1冊もなかった。

一昨日、インターネットからの申し込みの中に
「先天性障がい児版」の申し込みがあった。
本文を探したが、検索しても見つけられず、
ずいぶん時間がかかったが、「不自由版」という
ファイル名にしていたためだと判明した。

基本構造はあるものの、どんな障がいなのかを
知る必要があるので、電話してお母さんと話した。

横隔膜ヘルニアで内臓が飛び出してしまい、
60日間入院していたそうだ。
退院したのだが、今度は少し厄介な発作か起きて
国立の障がい児治療専門の病院に入ったという。

状況を確認し、希望を聞いて文章を考える、
そう説明すると、驚いた様子だった。

その夜、お母さんからメールが入った。
次のように書かれていた。

「お電話、ありがとうございました。
絵本の作成のために状況を確認し、
障がいを持つ子どもたちの文章も作って
いらっしゃる事に感動しました。
子どもが大きくなったら絵本を見せながら、
□□□が生きるために沢山の方が 
力を注いでくれた事、それを絵本にしてくれた
方がいらっしゃる事を話したいと思います。」

何よりも嬉しいコメントだった。

コスト計算をされてしまうと、大赤字だ。
しかし、先の見通せない不安と孤立感の中で
拠り所を見つけられない家族の皆さんがもし、
この絵本を手にし、励ましと平安を得られたら
絵本製作に携わる私たちにとって、この上ない
達成感をいただくことになる。

8年前、従姉妹から半ば強要されて作った文章であり、
しかも長い間、使用されることはなかった。
文字通り、記憶の塵の中から蘇生した文章だが、
こうして生命を与えられ、その文章が
闘病中の赤ちゃんとご家族の心に、生きる息吹きを
吹き込んでくれればいいなと、心から願っている。



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by hirune-neko | 2014-08-05 18:21 | 創作への道 | Comments(0)

自信喪失気味の我が身には、励ましとなった

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Astor Piazzolla - L'amour

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自信喪失気味の我が身には、励ましとなった


厳密に計算すると、ほぼ30年ぐらい前から
漠然とではあるが、「社会秩序の破局の到来」を
イメージし続けてきた。

その頃はまだ、サバイバルといえば
極寒の極地、酷熱の砂漠、ジャングルなどの
いわゆる「アウトドア・サバイバル」に興味があった。
ちょうど知己を得たC・W・ニコルさんに
監修をお願いし、田渕義雄さんの協力も得て、
「冒険家の森〜サバイバル技術教書」という
単行本を出版した。初版は1982年なので
30年以上も前のことになる。

当時、アメリカの資産家向け資産アドバイザーの
ハワード・J・ラフの著書が日本語に翻訳されていた。
その名も「破局に備える〜'80年代を乗り切る法」だ。
(堺屋太一・訳、講談社刊、1980年初版)
原題はHow to Prosper During the Coming Bad Years:
A Crash Course in Personal Financial Survival. (1978)

ベトナム戦争も対岸の火事のように認識していたし、
地震以外に、一体どのような破局要因があるのか
考えてもみなかったので、ある意味で新鮮な視点に映った。

そうか、貨幣経済や金融システム、流通システムなど
あらゆる部分に破局要因が発生するという可能性を
視野に入れなくてはいけないんだ、と思い始めた。

あれからほぼ30年が経過し、少しずつではあるが
何をどのように、また誰のために仕組みを考えれば
いいのか、自問自答の日々が続いている。

衝撃的だったのは、2011年3月11日に起こった
東日本大震災だった。
やや30年、まるで小田原評定のように、ああでもない
こうでもないと、ただ思い巡らせるだけで、結局は
何もできなかったではないか、という自責の念を感じた。

では一体、何ができたのだろうか?

その後、民主党政権から自民党政権に移行した。
反日議員、売国議員、特定秘密保護法案、スパイ防止法、
毀日歴史観、中国の防空識別圏、在日特権問題、
集団的自衛権、外患誘致罪、従軍慰安婦少女像など
明らかに政治的色合いの濃いテーマが、矢継ぎ早に
飛び交い、もはや破局というのは自然災害だけに
起因するものではなく、リスクが多極化・多面化している
と思い至るようになった。

最近、あれこれ思いあぐねていたときに
「ファミリー・インテリジェンス」という言葉が浮かんだ。
国家や軍事・企業ではなく、個人や家族を守るための
インテリジェンス、という発想だ。

半年ほど前だろうか、試しにgoogle検索してみた。
「ファミリー・インテリジェンス」で検索しても
1件もヒットしなかった。なので今度は、
「Family Intelligence」で検索したが
ある月刊電子新聞の、記事の見出しがヒットするだけだった。
世の中には、誰も「ファミリー・インテリジェンス」
という視点で、考えている人は存在しないんだと
少々驚いたのを思い出す。

今日、googleで
「ファミリー・インテリジェンス」と検索してみると
対象が約240,000件と表示される。
そして最初のページの1〜5番目までに
そのままの言葉で、関連サイトが表示される。
その5件とも全てが、私の書いた記事だ。
わずかな期間で、googleがちゃんと
「ファミリー・インテリジェンス」という言葉に
市民権を与えてくれたのは、とても嬉しい。

しかし、孤軍奮闘で悪戦苦闘を続けていると、
なかなか先が見えないので、もう止めてしまおうかと
思ってしまうこともある。

だが、日頃から定見があると敬服しているブログに
今日、以下の記事が掲載されているのを読んだ。
まるで、自信喪失気味の私を励まし、ねぎらって
くれるような記事と思えたので紹介したい。


(引用開始)

「オリジナルを生み出すことの重要性を認識しているか 」

オリジナルを生み出すためには、
アイデアと実行力と不動心と継続心のすべてを
持ち合わせていなければならない。
そのいずれが欠けてもオリジナルを生み出せない。

アイデアは誰でもいくらでも思い付くが、
そういったアイデアをきちんと形にできる
実行力を持っている人はいない。

アイデアが出るだけではダメで、
それを形にして磨き上げるだけの実行力や、
形になるまでそれに取り組む情熱や継続心が
必要になっていく。

日本人の多くはオリジナルを尊重し、
オリジナルを愛し、そしてオリジナルを
手本にして追いつき、追い越そうとする。

オリジナルをパクって、あたかも自分が
生み出したように見せかけるような、
姑息で下劣な真似はしない。それは日本人の
メンタリティではないし、
日本人が目指す方向でもない。

日本人はその文化や哲学や生き方の中に、
多くのオリジナルを持っている。
オリジナルをきちんと愛し、オリジナルに
尊敬を持って接して、願わくば、さらに
それを発展させようとする創意工夫を持つ。

(引用終了)

DARKNESS・2014年8月2日土曜日「あなたはオリジナルを生み出すことの重要性を認識しているか 」より一部抜粋 http://www.bllackz.com/2014/08/blog-post_2.html

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by hirune-neko | 2014-08-04 16:06 | 心の中のできごと | Comments(0)

報道の原点について考えている


Astor Piazzolla - Il pleut sur Santiago


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ジャーナリストではないが、報道の原点について考えている


いつだったか忘れたが、政治学者の岩田温先生と
Facebook友だちになっている。
もともとは、彼がまだ早稲田の大学院生の頃
主催していたセミナーに出席したのがきっかけだ。
保守主義を前面に出し、なかなかの
論客だと思っている。

その岩田先生が今日、Facebookで
エルサレム・ポストの記事をシェアしていた。
ガザ攻撃によって、世界中から非難されている
かのように見えるイスラエルだが、
それと比較すると少し異色なので紹介したい。

(以下、岩田温先生の記事を転載)

アラン・ダーショウィッツ氏の見解が
エルサレム・ポストに掲載されていた。
彼はリベラル派だが、イスラエル擁護の知識人。
日本では単純な同情論が多いが、
イスラエルにとってもこの問題は死活問題なのだ。

簡単に要約してみよう。
下記はダーショウィッツ氏の見解。

そもそもハマスを民主主義国家イスラエルと
同等に扱うこと自体が最大の誤りだ。
今回の停戦協定をハマスが受け入れた理由に関して
様々な憶測が飛び交ったが、今となっては明らかだ。
彼らは停戦協定を利用して、彼らの戦争目的である
イスラエル兵士、イスラエル市民の誘拐を実行したのだ。

このことからして、彼らが正規の軍ではなく、
テロリストであるということがわかる。
軍隊であれば、捕虜を捕虜として遇する。
しかるに、テロリストは彼らを捕虜ではなく、
人質として取り扱い、ときに殺害する。

テロ組織は市民の背後から、イスラエルに対する
ロケット攻撃を実行し、市民地域内にある
トンネルへと隠れてしまう。

イスラエルの存在そのものを認めないといっている
テロ組織、ハマスは、国際社会の共通の敵である
海賊と同様の存在だ。彼らは国際社会そのものの
敵として扱われなければならない。

http://www.jpost.com/Opinion/Op-Ed-Contributors/Why-did-Hamas-accept-the-cease-fire-369787

(以上、岩田温先生の記事転載を終了)

で、標題の「報道の原点」なのだが、
社会がここまで高度にシステム化されてくると、
記者個人のジャーナリズム精神に期待することは
なかなか難しい状況だと判断している。

つまり、デスクなり編集主幹なりが、社の方針に沿った
記事の校閲を命じているだろうと思うからだ。
年間数十億円の広告予算を出してくれる企業や団体、
さらにいうと、外国情報部から迂回されて拠出される
財政的支援に生殺与奪の権利を握られていれば、
彼らの意向に逆らうような報道はできかねるだろう。

さてそこでだ。
だからこそ、今の時代には金銭で買収されない
純粋な報道姿勢を貫くのが、本当の意味での
報道の原点なのではないかと思うが、どうだろうか。

広告収入で運営しているように思うテレビ、ラジオ局や
販売部数だけでは維持が困難な新聞社、雑誌出版社の
内部の人たちからは、「そんなのは書生論だ」
と、一笑に付されるに違いない。

まだまだ個人的な見解の域を出ないのだが、
IT技術の革新的発達と、ネット閲覧人口の増大は
実は既存メディアの崩壊の序章であり、
金銭で良心を売り渡さない、真のジャーナリズム精神こそが
潜在的に、その顕在化を待望されているのだと思っている。

ただし、現実的な手法としては「両論併記論」になるだろう。
つまり、両論に分類して分かりやすく提示し、最終判断は
読者に委ねる。こちらからは、断定的に判断を固定化しない。

ひと言で表現すると、対立構造に巻き込まれないことも
重要な要素のひとつだと考えるからだ。
最終的な判断を下し、結論を出すためには、それこそ
自前のかなりしっかりした情報網を有し、かつ
有能な情報分析官を抱えていなければ、とても無理だ。

なので、感情論に流されず、少し引き気味のスタンスで
努めて冷静沈着に客観視して進めていきたいものだ。

進めるって何を?・・・さてなんだろうか。
自分でもまだ良く分かっていない。


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by hirune-neko | 2014-08-03 23:52 | 現実的なお話し | Comments(0)

緩やかな斜面が急勾配に変化しつつある


Adios Nonino - Astor Piazzolla


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最近は、緩やかな斜面が徐々に急勾配に変化しつつある


世の中が、ごくわずかずつ変化するのだと、
なかなか気づかないものだ。
とくに日本人には、急激な変化を嫌う、
比較的穏やかな性質が具わっているように思う。

もうかなり以前のことだが、娘がまだ
舞台に立っていた頃、与えられた役が
「相手を心の底から憎む」という設定だった。
かなり悩んでいそうだったので、その理由を訊いた。
そのときの彼女の言葉に、少し驚いた。

「わたしは今まで、人を憎んだことがないので、
人を憎むというのがどういう感情なのか
理解できないの」

そのとき私は思わず笑ってしまった。
しかしそれは逆に、ずいぶんいい性格だなと
感心したのを思い出した。類は友を呼ぶように
周りに性格のいい友だちが集まってきて、
伴侶も、いい性格の人と出会うといいなと
そんな風に考えたのを覚えている。

さて、世界中が、そして日本を取り巻く
中国・韓国・北朝鮮、さらにはロシア、アメリカ、
イスラエルの動きには目が離せない。

戦後の約70年近くの間、日本国民はずっと
性善説で、何をされても相手を敵視せず、
相手の感情に配慮し、裏切られても支援し、
ずいぶん忍耐強い、そして礼節を失わない
民族として生きてきたように思う。

その間、永年にわたって、国内政治や
国際動向を知る手段は、新聞、ラジオ、テレビ
などの報道だけだった。

日本では報道の自由が保証されているので、
報道するのもしないのも、自由だった。
今でも基本的には自由のはずだ。
少々は過小に、あるいは過大に報道しても、
あるいは海外向けのニュースでは
かなり大胆に捏造報道をしても、そんなに
大きな問題になることはなかったのだろう。

しかし、インターネットの出現と利用者の増大、
そして「個人ブログ」の登場は、状況を
徐々に変化させてきた。
個人の良心が「正しい情報」を発信し始めた。
それまで、大手マスコミがまず報じなかった
重要な情報・真実が徐々に周知されだした。

理屈は至極簡単明瞭だと思う。
大手のマスメディアは、広告出稿によって
「買収」される余地が大きいが、無数に存在する
個人ブロガーの一人ひとりを買収することなど
到底不可能だ。

今日も、たった今このときも、
ネットで情報に接し「ああ、そうだっんだ」と
思い至る人が、徐々に増えているに違いない。
その身近な「メディア・リテラシー」が
私たちを情報難民の孤島から救い出す
大事な要素だと思っている。

私には大切な家族があり、友人たちがいる。
さらにいえば、仕事を通じて、細くはあるものの
全国で赤ちゃんを迎えたたくさんの家庭と、
一本の線でつながっていると、勝手に思っている。
親戚でも知り合いでもなんでもないけれど、
家族や友人同様に、大切な人たちだと考えている。

その気になれば、情報はかなり入手できるようになった。
最近のガザ攻撃、エボラ出血熱、アルゼンチンの
デフォルトなど、実に広範囲な情報を知ることができる。

しかし、さらに重要なことは、そこから事態が
どういう方向に進むかを予測することだと思う。
正直にいうと、私のような市井の一般人だと
自前の情報網を持たないため、予測することは
とても困難な障壁になる。

そうはいっても、起こりうる可能性のある選択肢を
少しでも絞り込み、それを周りの大事な人たちに
伝えるようになりたいと、ずっと考えている。

専門家が提唱する「インテリジェンス・リテラシー」
とは、そういうことではないのかと思う。

今年から2015年にかけて、とくに東アジア情勢は
急激な変化が表面化すると予測している。
誰の目にも明らかな、大きな変化が顕在化するだろう。

なので、インテリジェンスという概念は、すでに
国家や軍事、企業だけが活用するものではない。
個人と家族を守るインテリジェンス、すなわち
「ファミリー・インテリジェンス」という考え方を
なんとか分かりやすく、具体的に提言できるように
なりたいなと思うが、くる日もくる日も入り口の周りを
ウロウロと徘徊するばかりで、なかなか進展しない。

でも、やはり類は友を呼んで、協力してくれる
奇特な人たちが出現してくれることを期待しつつ、
もうしばらく、茨の道を進んでいこうと思っている。


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by hirune-neko | 2014-08-02 23:01 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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