昼寝ネコの雑記帳

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憂鬱な葛藤


Diana Krall - Maybe You'll Be There
 

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憂鬱な葛藤

 
今日は月末と週末が重なった。
厳密にいえば明日なのだが、仕事上では
二重の一段落で、ささやかに「月越しの祭り」だ。
遅れている案件をいくつも抱えているので
ほんの束の間の小休止に過ぎないが、
でもほっとしている。

ボランティアで携わっている団体がある。
個人や家庭が、緊急事態が起きたときに
少しでも危機的な状況を回避できるよう
サポートする団体の活動を手伝っている。

どんな緊急事態を想定するかを考えている。
もちろん自然災害は想定しなければならない。
しかし、考えを進めてみると、厄介なのは
人為的な災害だということに行き着く。

最も極端なケースは、宣戦布告されての全面戦争勃発。
さすがに、異星人が宣戦布告もせずに
いきなり侵略してくる宇宙戦争までは想定していない。
しかし現実には、目に見えないように水面下で
様々な工作をし、日本を実効支配しようとする
動きがあるだろうと考えている。

様々な手段があるけれど、現実にサイバーテロは
行われているし、元々は中国に語源があるようだが
便衣兵(べんいへい)と呼ばれる、いわゆる
民間人になりすまして国内に潜入し、一般人に紛れ
普通に生活している軍人の数も相当なものだろう。

断片的にしか情報を得ていないが、近隣のある国は
すでに国家財政が破綻状態だそうで、さらに
別の隣国ではかなり深刻な規模のバブル崩壊が
予測されているようだ。土壌や水質・大気の
深刻な汚染が進んでいる国は、日本の水源を
買い占めつつあるとか。

ある国は国家総動員法を制定し、有事の際は
全世界に住んでいる同国人が、一斉に武装蜂起
することを法律で義務づけたようだ。
つまり、日本と交戦状態になったとき、日本に住む
同国人が日本国内で内乱を起こすということになる。

あれやこれやを、大手のマスメディアは
口をつぐんでまったく報じる気配がない。
なんでも、外国の新聞社と報道協定を結び、
その国に不利な情報は流さないことになっているらしい。

先進国ではおそらく、スパイ防止法や
しっかりしたカウンター・インテリジェンス組織を
持たないのは、日本ぐらいのものなのだろう。
戦後の反戦・平和教育がすっかり効果をもたらし、
有事の際は武装放棄する条例を制定するよう
市に提言する市民団体も存在する。
それで本当に相手が侵攻を止め、平和裡に
引き上げると考えているのだろうか。
個人的には、そんな市民勢力のいいなりになる
市政なのなら、他のしっかりした所に逃げ出したい気分だ。

政治家や政党の背後を精査することで、
彼らが一体どこの国の利益を代弁しているかが、
浮き彫りになってくると思っている。
そうなると、国際政治・軍事・経済の複雑に絡んだ
いろいろな要素を解明しながら、対応策を考えて
提言しなくてならない。

なので、とても気が重い。
何かいったとしても、スパイ小説の読み過ぎだと
笑われるに違いないし、大体なんの組織も
情報収集手段も持たない個人レベルで、一体何ができるのか。
そう考えると、余計なことは何も言わずに、
地震、津波、洪水、干ばつ、失業などを想定した
日用品や食糧品の備蓄を勧めるぐらいにしておこうかと
ついつい考えてしまっている。

でも、そんな気持ちとは裏腹に、
現状に危機意識を持つ人たちが存在することを
期待しつつ、独自のインテリジェンス・システムを
構築しようかと本気で考えているのもまた事実なので、
困ったものだ。

インターネットで「ファミリー・インテリジェンス」
というキーワードで検索しても、日本は当然と思うが
英語で検索しても、ヒットするものは何もない。
現代社会は、個人や家族が緊急事態が発生しても
できるだけ安全に回避できるよう「知性」によって
対応しなければならない、そんな時代だと思っている。

思ってはいるのだが、なかなか行動に移しにくい
重いテーマなので、憂鬱な葛藤を引きずっている。
これはあくまでも予感に過ぎないのだが、
振り返れば、相当長期間にわたってずっと考え、
また、使命感を感じているテーマなので、
おそらくアホな私は、結局はなんらかの
行動を起こすのだろうなと、ぼんやり考えている。

ああ、でも案外そのボランティア団体が、そんなこと
全然心配することないですよ、とあっさり却下し
放免してくれれば、とても気楽になれるなとも思っている。

さて、1年後の今頃はどんな事態になっていることやら。


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by hirune-neko | 2013-08-30 21:45 | 現実的なお話し | Comments(5)

発達障害って・・・おいらのことか?


Seascape Bill Evans Trio


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発達障害って・・・おいらのことか?


10日ほど前、ちょっとした集まりがあった。
児童心理学を、アメリカの大学院で学んでいる女性を中心に、
子どもの心理についてディスカッションをしたらしい。
で、そこに出席した女性二人が、出版について私から
話しを聞きたいというので、セミナー終了後の会場に行った。

不勉強な私は、発達障害という意味をまったく理解していない。
アスペルガー症候群という言葉には聞き覚えがあるが、
それも含むらしい。
映画のレインマンをご存知ですか?と聞いたら、
当然だろうという表情で頷かれた。

そういう専門的な話し合いが目的なのではなく、
NPO法人を作り、親たちに「発達障害」の実態について
啓蒙したいのだが、その一手段として、
出版物を活用したい、ということだった。
何人かのお母さん達が設立メンバーだそうだが
ほとんどが、発達障害の子どもを持っているとのことだ。

規格や基準を定め、その範囲に含まれていれば「健常」で
周りの考えや行動規範からはみ出さず、輪を保って
行動すれば、正常な部類に入る・・・これは
いかにも日本的な考えであり、そんなのは親や教師の
自己満足に過ぎず、子どもの個性が埋没するどころか
独創性や才能・能力が枯渇してしまう、などと
珍しくハイテンションで自説を述べた。
「発達障害児」を持つ、一人のお母さんは深く頷いていた。

なんか、いろいろな事例を聞くうちに
なんだ、おいらはひょっとして発達障害だったのかなと
そんな気がしてきた。
人と一緒にいるのが苦痛で、独りで何かするのが心地良く、
団体行動は神経的に疲労してしまうし、
何も考えず、ただ言われたことに盲従するのには抵抗がある。
何も考えず、群れをなして画一的な行動をするのは嫌だ。
成績や順位や地位など、どうでもいいじゃないか。
人目を気にするなんて、自己喪失も甚だしい。

そんな考えで生きてきたのだが、ひょっとしてもしかして、
単に当時の周りの人に知識がなかっただけで、
今の時代に生まれていたら、正真正銘の発達障害児として
認定されたのではないかという気がしてきた。
もしそうなのなら、私は「発達障害児」に認定されている
子どもたちの方に親近感を覚える。

専門家の皆さんに苦言を申し上げるとすれば、
誰に何の権利があって、「発達障害」なんていう表現で
命名したのか。何を基準にして正常範囲を決め、
どの部分が適応していないことを障害というのか。
画一的な基準を定め、画一的に成長すれば正常で、
どこかが遅れていれば「障害」を持つと認定するのか。

一人の人間の持つ側面は非常に多面的であり、
変化に富んでいる。それと、人間の人間たる所以は、
「変化する」生き物だということだ。
人間は周りから受ける影響と、それ以上に
自分の内面から、無限に湧き上がる「ひらめき」により
試行錯誤を繰り返して成長する。
いつ、どのように変化するかは、ほんの微細な兆候から
洞察するしかない。
どのように変化するかを、あるときは洞察し
あるときは想像しながら、励まし育てるのが
周りの大人の責務なのではないだろうか。

ある一瞬だけを切り取って、その人の一生に対し
レッテルを貼って認定してしまう。
人間は、ときには長い時間をかけて進歩し
成長するという視点を放棄していないだろうか。
人の生きる過程の一瞬だけを捉えて、
固定化してしまっていないだろうか。

目が足に対して、お前には見る能力がないといい、
頭が手に対して、お前には考える能力がないという。
発想と視点に柔軟さが求められいるのは、自分こそは
「正常な部類」に属していると思い込んでいる
大人の方なのではないだろうか。
そんな気がしてならない。



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by hirune-neko | 2013-08-26 21:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

クリスマス・ローズの墓


Nancy Wilson - The Christmas Waltz


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クリスマス・ローズの墓

年齢不詳とはいうけど、80歳は超えていたと思うよ。
ときどき東部アクセントが出ることがあったから、
町のみんなは、何か事情があってこの中西部に
逃れてきたんだろうって、もっぱらの噂だったよ。

通りで子どもたちが大声で遊んでいると、
彼女は、うなり声をあげるドーベルマンを連れてって
追っ払ったもんだから、みんな怖がってたっけ。
募金や寄付のお願いに行ったって門前払いだし、
教会のチャリティーイベントだって
参加したのを見たことないしね。
いつも喪服みたいに黒い洋服ばかり着て、
道ですれ違ったって、ハローのひと言もないし、
誰も近づく奴なんていなかったよ。

今年の寒波は例年になく酷かったから、
さすがの彼女も肺炎には勝てなかったみたいだね。
葬式だって、ボストンに住んでるっていう
息子さん家族だけだったそうだよ。参列したのがね。

ところで、この町に、「クリスマス・ローズ」って
みんなから親しまれている人がいるんだよ。
毎年、クリスマスや感謝祭には何カ所もの孤児院に
たくさんのプレゼントを届けてくれる人がね。
それだけじゃないんだ。あるとき総合病院に
重い病気の子が入院して、最新式の特殊な医療器械がないと
死ぬのを待つしかないっていうんだよ。とっても高額で、
町のみんなが必死に寄付を呼びかけたんだけど、
何十万ドルもする器械じゃあね。

子どもの症状は悪くなる一方だし、親は悲嘆にくれるし
町中がすっかり暗くなってしまったんだよ。
でもある日、新聞の記事を見てみんなびっくりさ。
病院にその器械が届いて、しかも誰かが寄附したっていうんだ。
問い合わせても「クリスマス・ローズ」という名の女性から
小切手が送られて来て、すぐにその器械を病院に届けるよう
依頼があったけど、それ以上のことは分からないってさ。

話しは戻るけどね、あの偏屈ばあさんの葬式のあと、
息子さんが弁護士に依頼しておっかさんの銀行口座を
調べたそうなんだよ。
いろいろ調べたら、「クリスマス・ローズ」っていう人が
あちこち寄付した時期と小切手の支払金額や支払先が
重なるらしいんだ。で、決定的だったのが
病院に寄付した高額な医療器械さ。
支払先がそのメーカーだって特定できてね、
それで謎の「クリスマス・ローズ」が実は
みんなから嫌われていた、あの偏屈ばあさんだと
いうことがはっきりしたというわけさ。
おまけに、「クリスマス・ローズ」っていうから
てっきりバラの花かと思ってたんだけど
違うんだってね。あのばあさんの庭に
たくさん咲いていたのが「クリスマス・ローズ」
なんだってさ。なるほど、だよね。

でも、いいことをしてんだから、「私が寄付したんですよ」って、
自慢したっていいようなもんだと思うだろう?
生まれも育ちもボストンの名門らしいんだけど、
何があって中西部のこんな町に住むようになったか知らないが、
野良ネコのおいらにゃあ金持ち人間の考えてることが、
ちっとも理解できないよ。

でもね、今じゃ彼女のお墓には、花が絶えないそうだよ。
クリスマス・ローズの花束がね。




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by hirune-neko | 2013-08-26 19:42 | Comments(0)

まだまだ終わらない気仙の夏


Astor Piazzolla: Milonga del Angel


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今朝、電話に出ると女性の声だった。
少しためらいがちな感じだったので、
よくある話しなのだが、「絵本の申込期限を
過ぎてしまっているけど、まだ大丈夫でしょうか?」
という問合せかと思った。
「大船渡のママシップなんですが・・・」
意味が理解できず、思わず聞き返してしまった。

説明を聞くうちに、少しずつ状況が把握できた。

2年前の3.11大震災で、子ども関係の施設が
壊滅状態になり、助産師さんである彼女が中心になって
子育てを支援する活動を始めているらしい。
いわゆる、母と子の絆を大事に育てよう、という主旨だ。
正式名称は「こそだてシップ」で、その代表助産師だという。

数日前、地元大船渡の東海新報社が
「気仙の赤ちゃんへの名入れ絵本を寄贈」という
無料の絵本寄贈プロジェクトを大きく記事にしてくれた。
私が名誉編集長を務める出版社・クロスロードが
福祉団体の助成を受けて進めているプロジェクトだ。

その記事には、申し込みチラシの設置場所として、
大船渡市役所、陸前高田市役所、住田町役場それぞれの
関連施設と東海新報社の4ヶ所が記載されている。
彼女が中心になって運営されている「こそだてシップ」には
たくさんのお母さん達が来ており、また2〜3歳のクラスも
併設しているということだった。

「気仙の赤ちゃん」の対象は、今年の1月1日から
年末12月31日の間に、気仙で産まれた赤ちゃん、それと
気仙在住の皆さんのお孫さんが、他県で生まれた
というケースも含まれている。
お兄ちゃんやお姉ちゃんには、「被災者の方への寄贈絵本」
のアイテムに「子育て応援版」とうのがあり、そちらから
名前を入れた絵本をプレゼントできる。

市役所や新聞社に置いている申し込みチラシを
「こそだてシップ」に通って来ているお母さん達のために
置かせてもらえないだろうか、というのが電話の主旨だった。
なので、ためらいがちな感じの声に聞こえたのだろう。
「気仙の赤ちゃんへの寄贈絵本」用のチラシ200部と
「被災者の方への寄贈絵本」用のチラシ100部を
発送した。明日の夕方には届くはずだ。

すでに絵本の申し込みが始まっている。
あるおばあちゃんは、申し込み書の通信欄に、
「津波は全てを奪い去って、何も残っていません。
でも、娘に孫が生まれたので、宝のようなものです。
大切な思い出として、孫や娘夫婦の名前が入いる
絵本を申し込みます。」
と書かれていた。

思い返せば去年の5月。
北海道・札幌を起点に、福島県・いわき市まで、
15社の新聞社を駆け足で回り、記事掲載のお願いをした。
15社のうち、11社が記事にしてくれた。
しかし、縁とは不思議なもので、
大船渡の東海新報社には、その後もこうして新規の
プロジェクトにも、協力をいただいている。
明日の新聞に、記事ではなく広告の形で
「気仙の赤ちゃんへの名入れ絵本を寄贈」プロジェクトを
掲載するので校正してほしい、とファックスが届いた。
手に取った瞬間、わが目を疑った。
メモを見ると「全3段・1面」と書いてあり
なるほど、どでかい広告に仕上がっている。
つまり、第1面の下部に、3段幅でしかも
左右目一杯の大きさの広告という意味だ。

年間広告費は払っているが、大した金額ではない。
「連続広告の第1回目だから、大きくします」
と、電話口で説明してくれた常務の言葉を思い出す。
大きく、とは聞いていたが、まさかこんなに大きいとは
夢にも思っていなかった。

大船渡銘菓「かもめの玉子」が好物だし、
書きかけの舞台作品「気仙しぐれ雪」の舞台が気仙だし、
その主役の女の子の指す独創的な将棋が「気仙流」だし、
まあ、そう考えてみれば、私自身もずいぶん
気仙地域に肩入れしているのは客観的な事実だ。
でも、煎じ詰めれば、気仙の人たちの人間性に
大きな魅力を感じているというのが、一番の理由だと思う。

3.11の爪跡は深く、癒えるまでには年月がかかると思う。
寡黙にじっと耐え、周りの人たちの痛みを知って
自分自身の傷を隠して身を粉にし・・・言葉には出さないが
そんな心情が痛いほどよく理解できる。
気仙の夏は、まだまだ終わっていないことを実感する。



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by hirune-neko | 2013-08-21 23:55 | 心の中のできごと | Comments(10)

Omni Focus奮闘記・10日目の成果


Bill Evans Trio - B Minor Waltz (For Ellaine)


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1週間ほど前に、この難解そうなタスク管理ソフト
Omini Focus(オムニ・フォーカス)に
取り組み始めたと書いた。
1年ほど前に購入したが、まったく歯が立たず、
放置していたものだ。
何年間も苦労して使いこなしている方々の
ブログを何度も読み返し手をつけてみた。
で、あっという間に10日経ったので報告したい。

確かに、マニュアルに書かれている文章だけを
いくら読んでも、さっぱり具体的なイメージが
湧かない。何せ、プロジェクトという言葉は
まだ理解できるのだが、コンテキストだとか
パースペクティブ、インボックス、アクション、
クイックエントリー、インスペクタなど
意味不明の言葉が並ぶので、イライラが募る。

たった10日のトライアルだが、結論を先に書く。
以下の環境の人であれば、間違いなくお薦めする。

1.本当は実務的な仕事は苦手で、気ままに昼寝しながら
 のんびり創作活動をしたい。
2.しかし生きるために、社会で仕事を持たなくては。
 霞を食べて生きるわけにはいかない。
3.あれをやったらこれをやって、それが終わったら
 あれも忘れないようにして、と、とにかく
 案件を膨大に抱え込んでしまっている。
4.結局は責任感が強いので、途中でいい加減に
 放置することができず、やるからにはきちんと
 役割を果たしたい。
5.なるべく効率よく実務作業を終えて、しかも
 記憶に留めようと努力しなくて済む環境を構築し、
 プライベートな時間は、少しでも趣味に使いたい。
6.それとこれは、Mac用のソフトのようなので
 やはりMac OSでなければならないようだ。

とまあ、こんな感じで、ちょうど私のように
本来はぐ〜たらな性格なのだが、やむを得ず
ちゃんと責任を果たそうと無理を重ねている方には
本当にお薦めである。
詳細を書くと、マニュアルになってしまうので、
見習い研修生みたいな私ではあるが、どこが普通の、
例えばgTaskのようなタスク管理ソフトと違うか、
そこに照準を合わせて概要を「伝授」させていただく。

まずGTO(Get Things Done)という哲学で、
難しいことはさておき、頭に思い浮かんだことは
残らず、このソフトの格納場所に吐き出す。
頭には何も残さず、憶えておこう、あるいは
忘れたら大変だ、というストレスを軽くする。
ただし、事前に自分に合った基本構造を
作る必要がある。

まず自分の関わる全案件を、大きなカテゴリーに
まとめてしまう。私の場合はこのようにした。

*カテゴリー分け
1.ボランティアのカテゴリー
2.会社の仕事のカテゴリー
3.個人のカテゴリー
4.家族のカテゴリー
5.財政管理のカテゴリー
 (お金があり余っている方には不要だろうと思う)

次に、案件の処理方法や処理する場所、委任相手を
「コンテキスト」というツール格納場所に
書き出してみる。私の場合はこんな感じだ。

*コンテキスト(処理方法、場所、委任相手)
1.処理方法(メール、FAX、手紙、ネット、電話、資料作成)
2.場所(自宅、会社、奉仕団体事務所)
3依頼・委任相手(太郎さん、花子さん、近所の野良ネコ)

ここでようやく各カテゴリーごとに、達成すべき具体的な
プロジェクトを一つずつリスト化する作業に移行する。
私の場合、数えてみたら全部で53プロジェクトになった。
終結するスピードよりも、新規案件の発生速度が
速いと想像しているので、もっと数は増えると思う。

さて、いよいよ終盤のお話しである。
あることをしなくては、と頭に思い浮かんだら
即、データ化するのだが、どのプロジェクトに属し、
処理方法としてどのツールを使い、開始日あるいは
期限はいつであるかを決めて、コンピュータに
放り込む。思い浮かんだら必ず実行し、
これはちゃんと忘れないから大丈夫だとか、
明日の朝ちゃんと憶えているさとか、
これが脳内ストレスにつながるというのが
前述のGTDの基本セオリーだ。
Omni Focusを立ち上げると、期限到来案件、
電話案件、メール案件などを検索して一覧表示するので
まとめて効率よく処理することが可能になる。

ひとたびデータ化してしまうと、期限超過案件、
期限直前案件、停滞中案件などでも一覧表示される。
ちなみに、私はiMac、iPad、Mac Book Proの
3台を使用しているが、この3台は自動的に
Omni Cloudで同期されるので、1台で作業すれば
どのデバイスでも情報を共有できるため
それで完了というわけだ。便利な時代になったものだ。

まだ機能の一部しか使いこなしていないのだが
自分としては、まあまあ実用レベルになってきたと
実感しており、脳内に空間ができたように感じる。
あっ、もともとスカスカなのかもしれないけど。

さて、次なる関門はデータベース・プログラムの
「4D」(フォーディー)の高度な使い方と、
「4D」をJava Scriptを使用して、サイト上で
検索プログラムを動かすWakandaとやらのの基本構築を
マスターすることだ。今現在はチンプンカンプンだが
なんとかチャレンジするぞと、実は数日前に
風邪と熱中症でダウンしたものの、まだまだ
悪あがきは続きそうである。

今日の記事は、自分の仕事の備忘録みたいに
なってしまったけどお許しいただきたい。

でも、こうしてビル・エヴァンスの
晩年の演奏を酷暑の中で聴いてみると、
クールな感じが伝わってきて、なかなかいいなと思う。



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by hirune-neko | 2013-08-16 22:54 | 現実的なお話し | Comments(0)

8月15日の誕生日、おめでとうございます


Cinzas Paulinho Moska


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8月15日の誕生日、おめでとうございます

 
 
このクソ暑い終戦記念日を選んで生まれてきた、
それだけでも見上げたものです。

誰でも、生まれる前の遠い世界では
たった一つの願いを聞き届けられたそうです。
どこの国のどの街に生まれたいか、
どの両親の許に生まれたいか、
どんな外見で生まれたいか、
どんな能力を伴って生まれたいか。

大抵は北欧がいいとか、北米大陸がいいとか、
資産家のあの家庭がいいとか、すれ違う人が
みな振り返るような容姿端麗にとか、
さまざまな願いを申請しました。
何割程度が受理されたか、私には分かりません。
でも、なんの欲もなく正義感が強い、
そして鼻っ柱も強い、おまけにヤクザ以上に
眼光の鋭い人は、どういうわけか
8月15日に、ここ日本で生を受けたそうです。

8月15日に生まれた人は、慈悲深く情に厚く、
現代社会では希有な存在なのですが、
生前の世界で記録を保管している部署では
今でもずっと「9.11」や「3.11」だけでなく
「8.15の人たちのその後」という
ドキュメンタリー映像を保管しているそうです。

これまでの人生は、
幸福と感じたことがあまり多くありませんでしたか?
これからの人生を、
ときどき不安な気持ちで捉えることがありますか?
天上の記録係の人がいっていました。
人間は誰でも、人生の途中で
いろいろ苦難を経験するけれど、常にそれは
道半ばのできごとであり、希望を失ってはいけないと。
本来、人間の心のDNAには
積み上げてきた善意に報われるような公平さが
隠されているというのです。

野良のマコを歓待し餌を与え、
野生のカラスにまで好かれ、
お客さんには決して嫌な顔をせず(これはまあ当然か)、
野垂れ死にしそうな芸術家を見捨てず、
いつも使命感に殉じて生きてきたのですから、
今日の誕生日を境に、これからの人生は
ますます容姿が若返り・・・まあそれは無理としても、
ああ、これまでの善行が報われたと、
そう感じられる人生となりますよう
心から願っています。

標題の曲は・・・今日のFacebookでのやりとりで
T先生に教えてもらったのですが、モスカという男性歌手が、
映画「Woman on Top」で歌った曲のひとつです。
大切な存在を失って悲嘆に暮れるシーンで歌うのですが、
そこは南米のメンタリティ(超偏見)で、
あっという間に元に戻ってのハッピーエンドです。
あまりにも暑さが酷いので、それと私自身の
思考力が半減しており、涼しげな曲想の音楽を
バースデー・プレゼントとしてお贈りします。

おめでとうございます。
本当に、報われた人生となりますよう、
これからも、弱き者、小さき者に優しく
ヤクザをもにらみ返す生き方を貫いてください。



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by hirune-neko | 2013-08-15 19:39 | 現実的なお話し | Comments(2)

Omni Focus はどの程度役に立つか?


Astor Piazzolla - Verano Porteno(ブエノス・アイレスの夏)


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寝ようと二階に上がると熱気が充満しているので
すぐに冷房を入れるが、すぐには冷えない。
冷えるのを待つうちに寝入ってしまい、
部屋はすっかり寒くなってしまう。
そんなことを繰り返しているうちに、どうやら
風邪を引いたようで、咳とくしゃみと鼻水に悩まされている。

仕事もいつの間にか、ジワジワと案件が増えてきて
即対応しなければならない事態が発生し、それを終えたら
中断した作業に戻ろうするが、その前にまた別の
処理案件が入る。そんなことを繰り返していると
自分が一体どこに戻ればいいのか、思い出せなくなってしまう。
大概は、仕事をしながら「ああ、あれをしなくては」と、
いろいろなことを思い出すのだが、しっかりメモしないと
必ず忘れてしまう。たとえメモしたとしても
机の上は紙の山で片付けが追いつかないので、
メモはどこかに紛れてしまう。

こんな毎日を送っているため、さすがに限界を感じた。
一年以上前のことだと思うが、当時も忙しさが増したため、
通常のタスク管理ソフト(あの頃はgTask)を使ってみたが
行数がどんどん増える一方で、結局は管理しきれなかった。
あれこれ調べたら、Omni Focus(オムニ・フォーカス)という
タスク管理ソフトが良さそうだと思い、購入した。
なんでもGTD(Get Things Done)とかいう、
頭脳構造を研究した専門家が考案したソフトらしく、
いかにも魔法のごとくに、案件管理がす〜っと
楽になりそうに思って開いてみた。
専用のクラウドで、パソコン、iPad、ノートパソコンと
随時同期して情報共有できるので、いいなと思った。

でも、その考えは大甘だった。
仕組み自体がgTaskのように単純ではないため
ソフトの構造を理解するだけで、すでにお手上げになった。
でも今は、さすがになんとかしなくてはならない状況に
陥っているので、インターネットで
このOmni Focusの使用法を解説しているサイトを
いくつか見つけた。その人達自身が
使いこなすのに何年もかかったとか、原理を学ぶのに
学位論文を読むような難解さを味わったとか書いている。

で、結局は、その先輩達の苦労談を何度も読み返して
おそるおそる手をつけ始めてまだ三日。
なんとなく輪郭はつかめてきたが、まだまだ機能の
一部しか活用していないような気がする。

これまで、Quick Homepage Makerというソフトで
サイトを8個ほど新規で作った経験がある。
今でこそ、かなり制作速度が上がったが、最初は
塗炭の苦しみだった。何年もかけて、失敗しながら
サポートを受け、なんとかある程度のレベルまで
到達したように思う。基本技術という意味だが。

目下の課題は、Omni Focusに加え、4Dという
データベースソフトをサイト上で動かせる技術と、
QuarkXpressからePub形式の電子書籍に変換する技術を
なんとか習得したいと思っている。

この暑さで、かなり気が重いのだが、これらを
ある程度マスターしたら、処理能力も管理能力も
大幅に向上するのではないかと、ひたすら信じて
決意を固めている。
くじけないよう願っているが、年齢を考えると
不安な気持ちも大きい。
決意を記録する意味で、今日は決意表明だ。


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by hirune-neko | 2013-08-09 23:27 | 現実的なお話し | Comments(0)

創作イメージ・La voz que no llegue~届かない声


La voz que no llegue ~届かない声~ Yoshihiro Tanabe /エスタモス・アキ


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La voz que no llegue~届かない声



女にはかつて家庭があった。
夫と、小さな息子が一人。

ささいなことからお互いに激高し、
そのまま離別してしまった。
それ以来、女手ひとつで、
なんとか子どもを育てようと昼も夜も働いた。
ろくに化粧もせず、洋服も買わず
ただひたすら働いた。

なのに2年も経たないうちに、
男の子は肺炎をこじらせ、あっけなく
他界してしまった。

女にはなんの楽しみもなく、
そのまま、時の流れに抗うこともできず
くる日もくる日も、まるで機械仕掛けの
道化人形のように、単調な日々を送っていた。

仕事場へ行くには、朝早く
駅から専用バスに乗らなくてはならなかった。
次第に見知った顔が増えたからといって、
あいさつを交わすわけでもない。

そんなある日、一人の男の横顔に何かを感じた。
毎日、同じバスに乗り合わせていたはずなのだが
それまではまったく気付かなかった。
何を感じたのか、自分でも分からなかったが
とにかく気になった。

しばらくして、その男が妻子と別れ
アパートに独りで住んでいることが分かった。
同僚の年長の女が住むアパートに
数ヶ月前、男が越してきたのだという。
思いがけず近所だった。

土曜日の午後、女の姿をモールで見かけた。
珍しいことに、化粧品を選び、そして
洋服も購入した。
作業着ではなく、華やかな色のドレスだった。

ずっと長い間、駅からのバスに揺られる自分が
まるで屠殺場に移送される家畜のようだと感じていた。
何の目標も希望もなく、ただひたすら
屠殺される順番を待つ家畜の心境だった。

週明けのバスの中で、周りの視線が痛かった。
化粧が少し濃すぎたかなと、気になった。
ドレスが少し派手だったかなと気になった。
自分の姿が、男の視界に入るよう願った。

その週には、なんの用事もないのに
同僚の年長の女の部屋を訪ねた。
ちょうど通りかかったと、言い訳をし
たびたび訪ねるようになった。
同じ階に住む男の部屋の前を通るたびに
偶然ドアが開いて、男が笑顔で迎えてくれる、
そんな情景を思い描く自分自身に苦笑した。

男の部屋の前に近づくと、女は無意識のうちに
ゆっくりと歩くようになっていた。
しかし、男の部屋からはなんの物音も聞こえず
ドアは冷たく閉ざされたままだった。

やがて夏が過ぎ、肌寒い秋を迎えた。
女は今日も、同僚の年長の女の部屋に向かった。
男の部屋の前に近づくと、歩みを遅くした。
いつもは寡黙な男の部屋から、かすかに
話し声が聞こえる。女は確かめるように
立ち止まって聞き耳を立てた。

突然ドアが開き、見慣れた男は
見知らぬ女の腰に手を回し、小さな女の子の
手を引きながら、廊下に出てきた。
男の「家族」は、言葉を失って立ち尽くす女を
一瞥し、そのまま歩き去った。
軽快に錯綜する三人の足音を、
女は背中で聞いていた。

その日、同僚の年長の女の部屋で
何を話したか憶えていない。
いつもより早口で、いつもより饒舌だったと
それだけは記憶にある。

週明けの月曜日、女は化粧もせず、
作業着姿でバスに乗り込んだ。
車窓を流れる街並みを無意味に目で追い、
乗客と視線が合うのを避けた。

女はいつものように仕事場に行き、
いつものように仕事を終える。
疲れた足を引きずって、
迎えてくれる人のいない
暗く寡黙な部屋のドアを開ける。
以前と同じ単調な繰り返しの生活。

女は、心の中に棲みついた残像が消え
高揚した感情が鎮まるのが待ち遠しかった。
今日と同じ明日を、
何度やり過ごせばいいのだろう。
女は、ドレスを箱に詰めて
クローゼットの奥に押しやると
ベッドに背中をあずけ、そっと目を閉じた。

*田辺義博さんが作曲した「届かない声」を
 何度も聴きながら、思い浮かんだイメージを
 文章にしてみました。


 La voz que no llegue~届かない声
 作曲:田辺義博
 演奏:Estamos Aqui〜エスタモス・アキ


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by hirune-neko | 2013-08-08 23:36 | Comments(0)

真夏の夜の幻影


PIAZZOLLA/FERRER-Contramilonga a la Funerala-Horacio Ferrer y Versus Ensemble


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太陽が隠れ、辺りに闇が流れ込んできてもなお、
足許から熱気が立ち上ってくる。

普段は感じない、脳の重さを感じる。
いつもは感じたことのない、心臓の鼓動が伝わる。
血液が確かに体中を駆け巡っているのを実感する。

年月を経ると、人は人生を振り返ることが多くなり
周りの人たちの営みが、既視感と重なる。
私はまだ死んではいないが、死して地上の人生を悔悟し
すっかり無用の存在となってしまった資産と地位を
空虚に見下ろす人たちの姿が見える。

甘美な幻想に視野を塞がれ、喧噪の中では
か細く語りかける賢者の声はかき消される。
忠告者は確かに存在したのだが、それは
媚びへつらう者からの、嘲りの対象でしかなかった。

富者たちは、かつて蔑んでいた貧者が
自分たちの持つ喪失感とは無縁の
充足感と安堵感に包まれているのを見て
再び人生を回顧するようになる。

愚かな外科医は、病める心を取り出すために
手術台で怯える患者の体中を切り刻み、
博識を誇る学者は、難解な言葉で心の存在を語るが
自分自身の心すら見つけることができない。

寂れた海辺の街や、人里離れた畑地の近く。
使命感に殉じた人々は、かつて血を流した傷口を眺めるが、
その痛みををもはや憶えていないように、
無償の犠牲を捧げた人のことは忘却に紛れている。
だが、富と引き替えることのできない、心の平安が
そこには確かにあるのが分かる。

私はまるで、生死の世界を行き交う巡礼者のように
生者と死者の体内で、決して滅びることのない
心の残像を見ている。
おそらくは、真夏の夜の幻影に過ぎないのだろうが。


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by hirune-neko | 2013-08-05 23:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

廃墟同然の原点に立ち戻ってみた


Piazzolla -Tango Ballet


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未完の大作(自分で勝手にそう思っている)である
「気仙しぐれ雪」のヒロインは、気仙・陸前高田出身と
いつの間にか決めている。時代と舞台は江戸である。
しかし残念なことに、江戸時代にはその地名は
存在しなかったようだ。調べると

「昭和30(1955)年、高田町・気仙町・広田町・
小友村・米崎村・矢作村・竹駒村・横田村が合併。
合併の中心となった高田町の高田に陸前を
冠称として陸前高田と命名。」

と書かれてある。細かいことではあるが、
やはりきちんと調べるべきだと思っている。
地名はともかくとして、この陸前高田という
地名に惹かれたのは事実なので、江戸時代には
なんと呼ばれていたのかを調べ、使用しようと思う。

さて、昨年から一ノ関あるいは北上を拠点に、
大船渡市には何度か足を運んでいる。
10日ほど前に、初めて陸前高田市を訪れた。
まさに「地図にない街」だった。
線路や道路の多くは流失しており、
カーナビのアナウンスが空しく響く廃墟だった。

過去30数年の間に、日本は北海道から沖縄まで、
もちろん全県ではないが、かなりの都市を
仕事で訪れ、営業折衝をした。
県民性、地域性というものは確かに感じる。
海外は、米、加、英、仏、独、瑞西(スイス)に行き、
商談を重ねたが、それなりに国民性を感じた。
どの地域でも、歴史的に他国や他民族に支配された
経験を持ち、政変が頻発した地域ほど、
用心深く慎重だと感じた。

気仙の歴史は勉強していないので、断定できないが
江戸時代は伊達藩の一部で、伊達政宗公が
江戸城築城の折に、多くの家臣を送っている。
そんな背景をもとに「気仙しぐれ雪」という
大作(しつこいかな?)を生みだそうとして
かれこれ2年が経過してしまった。

ヒロインの名は天芽(つぼみ)と決めているのだが、
そのヒロインの心根がどんなだったかを、単に
想像の産物ではなく、実際に何かを掴みたいと思っている。
昨年、伊達政宗公の末裔だという女性を紹介された。
上京されるとのことだったが、重篤な風邪で
残念ながらキャンセルされ、そのままになっている。

そんなことはすっかり忘れ、陸前高田市役所の
仮庁舎を訪れた。実際に会話をしたのは
男女合わせてほんの数人だったが、緊張した
豪雨の中の運転を終え、一ノ関で新幹線に飛び乗って、
ああ、気仙の人間性の原型なのだなと、ある意味
納得したのを憶えている。

「気仙の人たちは、隣近所みんな親戚みたいなもんだ」
大船渡出身の人から、そう聞いたことがある。
もちろん誰だって人間を吟味はするだろうけど、
気を許した相手には、親身に接する人たちだと感じる。
物事を正面に見据え、曲がったことは好まない。
情には情で応える人間的な寛容さと慈悲がある。
・・・気仙からこのブログを読みに来る方は
いらっしゃらないと思うので正直に書いている。

気仙に生まれ育った下級武士とその妻女。
まあ、ある意味では藤沢周平の描く世界に
近くなると思うのだが、思春期に江戸に移り住んだ、
潔癖な娘が、最後は「死して生きる道を選ぶ」
という壮絶な選択をする。その魂のエッセンスを
確認したいと思っている。
架空の登場人物に、生命を吹き込むのが
私の役目なので、どうしてもリアリティがほしい。

自分の嗅覚を頼りに、納得できる人物像が
イメージされるまで、まるでハイエナのように
気仙を徘徊することになるのだろうと思っている。

標題の曲には「タンゴ・バレエ」とタイトルが
つけられている。ピアソラがこの作品を作曲した
背景や経緯は調べていないのだが、
「気仙しぐれ雪」の中で使用したいと考えている一曲だ。
一応、ストーリーの流れは固まっており、
どのシーンでどの曲を使わせていただくか、
ときどきピアソラ先生と打ち合わせをしている。
最初は迷惑そうだったが、最近は根負けしたらしく
協力的になってきているように感じる。

初めてお読みになった方のために補足するが、
舞台上の登場人物は二人の女性。
ヒロインは、今ではあでやかに舞う大人の女性。
親ばかの私は、わが娘に頭を下げて
出演を依頼するつもりだ。
もう一人は、婆や。ヒロインの天芽を小さい頃から
病身の母親に代わって育ててきた人物で、
回想形式でストーリーを語る。
残るはピアソラの音楽。

この婆や役をお願いする予定の女性は、独身時代から
ときどき私の脚本に付き合って出演してくれた方で、
今ではもう孫を持つ身となっているはずだ。
何年か前に、横浜開港記念のイベント用に書いた
オリジナル作品に出演してくれたのが最後なのだが、
多分、また付き合ってくれるだろうと楽観的に考えている。

あれやこれや、仕事も含めて課題山積なのだが
この作品の初演は、できれば気仙で行い
自分の目で観たいと心から希望している。


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by hirune-neko | 2013-08-04 23:44 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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