昼寝ネコの雑記帳

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なぜか思い出して聴きたくなった


Nos Bracos de Isabel - Paulinho Moska


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ブラジル映画だそうだ。
タイトルは「Woman on top」。

南米音楽の雑誌編集長をされた方が
Facebookで、この映画を推薦していた。
音楽がいいのと、監督が女性で、なかなかセンスが良く
以前から好んでいる、というのが主な推薦理由だったと思う。
DVDは買うと高いので友だちから借りて観た、
とおしゃっていたが、amazon.comで検索したら
中古品が76円+送料で販売されていたので
ためらわずに購入した。そう伝えたら、
勘弁してくれといわれてしまった。

一度しか観てないが、なるほどストーリーが
なかなか洗練されており、飽きさせない。
それと、聴いての通りとても軽快でボサノヴァらしい
いい音楽だ。元編集長さんに聞くと、曲そのものは
かなり旧いもので、今風のボサノヴァにアレンジしている
とのことだった。

残念ながら、アルゼンチンはおろかブラジルにも
行ったことがない。
かの有名な「イパネマの娘」は、ジョビンと作詞家が
海辺近くの喫茶店で曲の構想を練っていたとき、
たまたまタバコを買うために通りかかった
おそらくは小麦色の肌の女性に目が留まり、
そこから生まれたのだそうだ。
なんてのどかな情景なんだろうか。
目に見えたままを、そのまま表現できるというのは
精神衛生上は、かなりいいものだろうと想像している。

最近の私は少しオーバーワーク気味のようで
食欲はあるし睡眠もちゃんと確保しているのだが、
音楽的な嗜好が少々「軽食」好みになっている。

もともと、カリプソ風な音楽なんて聴く気にもなれず
カーラジオでもすぐにチャンネルを変えたものだ。
もうかなり前のことだが、マイアミに仕事ができて
何度か通うようになった。
冬でも、飛行機の外に出るとムッとする暑さで、
しかもタクシーの運転手は、フランス訛りの英語を話す。
カリブの彼の島ではフランス語が公用語だと、初めて知った。
流れる音楽もカリプソ風で、居心地が悪い。

ところが何度目かのとき、レンタカーで海岸線を走りながら
気がついたら、嫌いだったカリプソ風の音楽に、ゆったりと
リラックスした気分で身を委ねているのに驚いたことがある。
ちょうど、エルモア・レナードという作家の
「キャット・チェイサー」という(ハードボイルドの
ジャンルに入るのだと思うのだが)えらく気に入った作品を
読んだ直後だったと思うが、その作品の舞台がマイアミだった。
そのせいかもしれないが、キーウェストのヘミングウェイより
エルモア・レナードが描くマイアミに、すっかり同化したような
不思議な感覚になってしまったのを思い出す。

この映画は、まことに奇妙な設定で、まるで大人の童話みたいな
非現時的な要素が軸になって展開する。
たとえ人生で苦難に直面しても、必死に立ち向かおうと
するのではなく、いずれ時間が経ってすべてが解決している
であろう時のことだけを考え、深刻さからはサラッと身をかわす、
そんな処世術が漂っている。
もちろん、ブラジルの現実は知らないので、ただ単なる
想像のフィルターを通して考えているに過ぎない。

今日は7月31日の月末だった。
朝からいろいろな案件が、即対応で錯綜したため
かなり慌ただしい一日だった。
それに、請求先の病院1ヶ所からの振り込みが、
とうとうなかったので、やれやれの一日だった。
でも、こういう軽いノリのボサノヴァもいいなと、
改めて感心している。まあ、重いノリのボサノヴァなんて
あまり聞いたことはないけどね。



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by hirune-neko | 2013-07-31 20:10 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

脳内が飽和状態〜思考力低下中


Couleur Cafe...♪ Clémentine ♪


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数週間前、棚を整理していたら
ワイヤレスのマウスがボロンと出てきたので、
それ以来、愛用している・・・のだが
ちょっとした指の動かし方のせいで、ページが戻ってしまい
修復不能という悲劇的な体験を複数回味わった。
とくに、ブログ記事は最後の最後で、車でいえば
全損状態になってしまい、大変な虚脱感を味わった。

なので無精せずに、テキストファイルに原稿を書き
コピーペーストでブログにアップしようと決意して、
今、そのように実行している。

豪雨の最中に気仙に行って来たが、帰社した翌日、
住田町では豪雨警報が出たそうで、職員の方が
土曜日なのに総出で対応されたらしい。
私自身、金曜日は豪雨のただ中で車を運転し、
海岸線近くから内陸までの峠を越えて生還したので
大変さが実感される。

北海道で生まれ育ったので、地平線は見慣れている。
だがアメリカ大陸を車で走ったときは、北海道なんていう
生やさしいものではない、大地のデカさに、
一瞬だが茫然自失したのを憶えている。
で、北上山地の峠道は曲がりくねり、しかも
急斜面の山肌が、人間が立ち入るのを
拒絶するかのようにそびえている。
あの地形が、気仙の人格形成に大きな影響を
与えていると、そう思っている。
人間性が真摯で、情に厚く、達観している
・・・ようにしか見えない。
それをいうと、東海新報の常務さんは決まって
「そうですか?」と謙虚に確認する口ぶりだが
私がそう確信するのだから、それでいいのだと思う。

でも、足かけ三日間の疲れが脳内から消えず、
以来、ピアソラの曲を聴く脳内活力が回復しない。
なのでふと思い立ち、クレモンティーヌのアルバムを
検索してみた。あまりポピュラーなボサノヴァは
飽きてしまうし・・・あれこれ試聴して
ダウンロードしたアルバムの最初の曲がこれだ。
Sabor A Mi・・・意味不明で調べてもいない。

脳内が飽和状態のため、重い音楽を受け付けない。
この状態は、いつまで続くのだろうか。
あっ、もしかして年齢的にもう限界なので
人生の終わりまで、このまま脳内飽和状態が
続いてしまうのだろうか。
それは困る。(キッパリ)
Omni Focusを使いこなし、4Dをもう少し
高度に習得し、ついでにWakandaとやらを学び、
さらにQuarkXpressからePub形式の電子書籍に変換し、
Kindle Storeで売れるようにしようと、あれこれ
欲張ってチャレンジしているのに、脳内飽和?
冗談じゃない。おいらの人生、まだまだこれからだもの。


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by hirune-neko | 2013-07-30 00:56 | 現実的なお話し | Comments(4)

気仙とんぼ帰り


Armaguedon. Musica: Astor Piazzola


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水曜の夜、東京駅の公共駐車場に車を置いて、
新幹線に飛び乗った。
普段はいつもパソコンの前で、長時間座っているので、
重い荷物を引っ張ったり、階段を上ったり、
駅の構内を歩いたり、ホテルまで歩いたり,
とにかく馴れない行動パターンだったので、
身体が順応できなかったようだ。

昨日の朝は、6時半に行動を開始し、
今朝は、早朝4時半の大きな地震で目が覚めた。
結局、二日間で500キロは走ったと思う。

大船渡、陸前高田、住田の中では、陸前高田の
被害が大きかったようで、東海新報社の販売店の
二家族が落命し、そのまま販売店は消失したらしい。

カーナビは電話番号を入力すれば、自動的に検索し、
ルート探索をしてくれる。
陸前高田市役所の電話番号を入力し、
カーナビの案内通りおりに行ったところ、
広大な面積の更地に、廃墟のような建物が
ぽつんと建っていた。
窓は板で塞がれ、周辺は工事車両が点在するだけ。
仮庁舎は少し高台にあったが、建築現場のような
プレハブが何棟も建ち並んでいた。

カーナビが、もうじき踏切です、とアナウンスする。
線路など見当たらない。
ここを右に曲がってください、という所に道はない。
改めて、津波の被害の凄まじさを実感した。
復旧にはまだまだ遠い道のりだと感じる。
かつては、賑やかな駅前商店街だったのかもしれないが、
元の市役所の庁舎が一部だけ無人で残っているだけで、
見渡す限り、区画整理待ちのゴーストタウンだ。

気仙(大船渡、陸前高田、住田)で生まれた赤ちゃんに
名入り絵本をプレゼントしようというプロジェクトで、
一年目は福祉団体から助成を受けてスタートするが、
二年目以降は、善意の寄贈が必要になる。
そのため、地元の新聞社である東海新報社に
協力を要請している。役員の方からは
「手間ひまがかかって、まるでボランティアですね」
といわれてしまった。
一応は、仕事だと思って奔走しているのだが、
ボランティアだと映るのだろうか。

今日、午後からの豪雨は大変な激しさだった。
なんとか無事に帰ってきて、ほっとしている。


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by hirune-neko | 2013-07-26 22:44 | 現実的なお話し | Comments(0)

やれやれ、またクレモンティーヌだよ


Clémentine - Pourquoi Tu Pars En Voyage


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「サヴァ?おじさん元気にしてるの?」
「ん?なんだクレモンティーヌか」
「なんだ、はないでしょ?いつだってそうなんだから。
もう少し気の利いたことをいってちょうだいよ」
「それより、夏休みなのか?」
「そう、ヴァカンスなの。どうしても、浅草の雷おこしが
食べたくなって、日本に来たの」
「はぁ?わざわざ雷おこしを食べに日本に?」
「そうよ。おじさんだって、かもめの玉子はやっぱり
大船渡まで行って食べたいなって、いってるじゃない」

クレモンティーヌはいつだって、出し抜けにやって来る。
初めての方には、ちょっとだけ説明するが、
フランスのドゥーヴィルに住む姪ネコで
昼寝ネコ世界大会議の議長秘書をしている。
なかなかしっかりしているせいなのか、未だに独身だ。
いや、結婚している女性はしっかりしていないという
意味では決してないので、誤解のないように。
振り返ってみると、クレモンティーヌはいつだって
日本の節目の時に現れているような気がする。
そういえば、もうじき選挙じゃなかったっけ。

「おじさん、不在者投票を済ませたの?」
「ん?・・・いいや」
「まさか、もうじき選挙だってこと、
忘れてた訳じゃないわよね?
いやだ、その様子だと忘れてたのね?」
「いや、そんなことはないよ」
「じゃあ、選挙区は誰に投票するの?」
「選挙区?いやあ、実は数日前にね、ある政党の
関係者から電話があってさ。その人、県議選のときは
選対事務所の事務長みたいなことをやる人なんだよ」
「で?それがどうしたの?」
「いや、現職議員が引退で、若手が新人で出るから
宜しくっていうんだよね」
「だからどうしたの?」
「いや、だから、頼まれたっていってるだけだよ」
「じゃあ、おじさんは頼まれたら誰でも投票するの?」
「いや、そうはいってないだろ」

何かというと、おじさんは24時間監視されていて、
行動パターンはすべて世界大会議の理事が閲覧してるとか
とにかくうるさくて仕方がない。でもそのことは
すっかり忘れていた。先日、森永のミルクキャラメルを
一日で一袋空けてしまったのも、報告されたのだろうか。

「おじさん、3ヶ月ほど前に私が送った
『世界最新情勢概要書』のこと、覚えてるの?
「絶望の闇に射す光筋を求めて」 2013-04-06既出
次の駐日アメリカ大使に、ケネディ元大統領の
娘のキャロラインが決まりそうだと書いてあったでしょ?
それがどういう意味かも、ちゃんと説明してるのに、
おじさん、将棋に夢中になるのもいいけど、
ああいう大事な報告書にはちゃんと目を通してくれないと、
姪の私が恥をかくじゃないの」
「ああ、憶えているさ」
「こんな調子じゃ、理事の皆さんが心配するじゃないの。
昼寝ネコには秘書をつけた方がいいっていう理事もいるのよ。
おじさん、それでもいいの?」
「気立てのいい、優しい秘書ならそれもいいかも」
「理事会が、そんな生やさしい秘書を送ると思う?」
「思わない」

いつだってこうだ。頭ごなしの上から目線だ。
だけどね、今もクレモンティーヌには頭が上がらない。
だから後で、地元・溝口(みぞのくち)名物の
「かりんと饅頭」という評判のお菓子を
買ってきてやろうと思ってるんだけどね。

「おじさん、わたしをお菓子でてなづけようとしても
無駄な努力よ。選挙は棄権せず、ちゃんと行くこと。
いい?約束できるの?」
「あいあい、分かりましたよ、行きますよ」
「で、そのかりんと饅頭って、本当に美味しいの?」
「あん、すぐそこだから、買ってくるよ」
「わたしも一緒に行きたいわ」

かくして、他人様が見たら、まるで漫才のような
おじと姪のひとこまなのだが、いやあ誰か
嫁にもらってくれないだろうかと、心底
クレモンティーヌの幸せを願っているんだよ。


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by hirune-neko | 2013-07-16 23:38 | 現実的なお話し | Comments(0)

富山には、およそ24時間の滞在だった


Astor Piazzolla - Tristeza de un doble "A"


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東京から富山に向かったときは、
やたらとトンネルが多いなと感じたが、
かなりの時間、寝入っていたため車窓の景色なんて
全然記憶になかった。

昨日、特急列車が富山駅を出てしばらくすると、
意外と近くに海が迫ってきた。
へえ、海岸線を走るんだなと新鮮な印象だった。
帰宅してから調べたら、どうやら金沢から
越後湯沢に向かう北陸本線のようだ。
地元の人に確かめたら、何を当たり前のことを
聞くのかと笑われてしまった。

学生の頃、米原で乗り換えて福井まで行ったことがある。
しかし、海の景色は記憶になく、いうなれば
生まれて初めて日本海を目の当たりにしたことになる。
以前、佐渡島をモチーフに「プリン島のペトリューシカ」
という短編を書いたが、あの日本海の海岸線は
あくまでも想像の産物に過ぎなかった。

日本海の海の色は、思ったように重く暗かった。
空も同様に鉛色に近く、津軽の空を思った。
初めて津軽を訪れたとき、どんよりと垂れ込めた雲が
空を無彩色に染めていたのが印象的だった。
特急列車は、日本海沿いにどこまでも走る。
民家が、密生と表現するに相応しく、軒を連ねていた。
家の大きさや形状はそれぞれだが、
屋根瓦は共通して暗い灰色だった。
冬の降雪量の関係で、見た目の外見より
実用性を優先した結果、実績のある屋根瓦になったのだろう。

津軽と似ているのは、自然風土と人々の気質が、
おそらくは心の中に強烈な郷愁感を与え、一時的に
この土地を離れることがあっても、まだ引き戻されるような
無言の誘い(いざない)を感じさせる点だ。

たった24時間滞在しただけだが、旅人を寛容に迎え、
束の間の安らぎを与える場所なのだと、感じることができた。

三男夫婦は、昨年の春から富山に移住し、
現在は小さな娘たちとの四人暮らしだ。
出産祝いにと、知人の農家の方が無農薬の新米30キロを
お祝いに持って来てくれたそうだ。
野菜は食べきれないほど差し入れられるらしい。
いただきものの、マグロの昆布締めも試食した。
改めて室井滋さんの「富山は海の幸、山の幸が豊富だ」
という言葉を思い出した。

過去数十年の間に、海外の都市をあちこち訪れたが、
改めて、日本の良さ、日本人の気質の真摯さに対面し、
かつて日本に馴染めないと考えていた自分が
この年齢になってみると愚かしく感じる。

学士入学で富山大学に入学した三男の家族は、
四年後には卒業となる。そのときはおそらく
地元の皆さんとの辛い別れが待っているのだろうと
そんな情景が目に浮かぶ。
別れが惜しまれる人たちとの出会いを経験できるのは
人生にあって貴重な、そして得がたい体験だと
心から思っている。


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by hirune-neko | 2013-07-15 21:29 | 心の中のできごと | Comments(0)

初めての富山県


Mi maravilloso "Wonderful". Música Eliane Elias.


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別に、室井滋さんに会うのが目的なのではなく、
昼寝ネコ一族の、小さな命が誕生したため、
族長の務めでお祝いの言葉を伝えにやってきた。

約5時間、まったく仕事を離れてというのは
滅多にあることではないので、一通り
移動中でも支障がないよう、「道具」をカバンに詰めて
東京駅に向かった。
実は、車で往復するつもりだったのだが、
家族だけでなく、一部のお客様から猛反対があった。
なにやら、お孫さんが大きくなったら、わが社から
本を出版したいと考えているので、万が一
事故で他界されては困るというのが理由のようだ。
大変有難いお話である。

旅行会社の方は、新幹線は二階席の方が
景色がいいと勧めてくれたのだが、
上越新幹線はやたらとンネルが多く、景色など
味わえなかったし、それよりも脳内に蓄積した
疲労のため、ほとんどを寝て過ごしてしまった。

生まれてちょうど明日で一ヶ月の孫ネコと対面。
なにやら知的な面持ちで、まるで天上で永年待機し
満を持して地上に舞い降りた女性のように思えた。
どちらかというと感性派の姪ネコ・クレモンティーヌと違い、
ずいぶん理知的な感じがする。
生後一ヶ月の赤ん坊の寝顔を見て何が分かるかって?
それこそが昼寝ネコ一族の一族たる、特殊能力なのだと
そう説明するしかない。

かつてNHKラジオの番組に、室井滋さんが出演し、
富山は海のものと山のものが豊富な土地柄であり
食べ物はすこぶる豊富だ、とおっしゃるのを
運転中に聞いて、印象に残っていた。
聞くと、この孫娘の誕生祝いにといって、
有機農法の農家の方が、無農薬新米30キロを
届けてくれたとか、別の方はマグロの昆布じめを
持ってきてくれたとか、とにかく食べきれないほどの
差し入れがあるらしい。

三男のお嫁さんの両親が滞在して、世話をしてくれているが
お父さんの趣味は囲碁とダンスだと聞いていたので
あれこれ話が弾んだ。
驚いたのは、本場のタンゴダンスを観たくて
去年アルゼンチンに行ってきたという。
いやあ、いいなあ。
60歳以上のためのツアーがあるそうで、ため息が出るほど
うらやましいお話だった。
でも、ダンスで演奏されていた曲がピアソラだったかどうか、
そこまでは分からなかったらしい。
娘である嫁さんによれば、父君は音楽には興味がなく、
モーツァルトとベートーヴェンの区別がつかないという。

息子に送ってもらい、富山観光ホテルという名の旅館に
チェックインした。和室の畳の上で、足を投げ出して
一息ついている。
たまには旅館でごろごろしたいといつも思っていたが
思いがけず実現した次第だ。

それはそうと、ブログランキングに登録して数日だが
クリックして押し上げてくれている皆さんに
心からお礼を申し上げる。


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by hirune-neko | 2013-07-14 00:23 | 現実的なお話し | Comments(0)

人生の晩年の心象風景


Celos - A. Piazzolla


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何人もの知人が、老人介護施設で余生を送っている。
ある人はすでに他界し、またある人は対話する相手もなく
ただひたすら、その時が訪れるのを待っている。

人間は老いると、何度も同じ身の上話をするものだと、
半ば非難がましく思っていた。
あるときは、かつての大変だった境遇を聞いてほしく思い、
またあるときは、人生の絶頂期を遠く懐かしむ。

舞台上でスポットライトを浴びることもなくなり、
世の中からは徐々に忘れ去られてしまう存在。
日常生活もすっかり受け身になってしまい、
ラジオやテレビの音声だけが、ただ空しく響いている。

誰がそんな人間に関心を持つだろうか。
なんの得にもならない人間に対して、時間と労力を
誰が割く気になるだろうか。
まるで数百年も同じ場所から動かず、何も語らない巨木を
じっと眺めているように、その存在の無意味さに
嘔吐しそうになる人間もいるだろう。

母は今年で88歳になった。
幸いに良き隣人がたくさんいて、交代で母を見舞ってくれている。
左足首が酷く腫れ上がってしまい、自力歩行が困難になり
ペースメーカーの機能検査では異常がないと言われるものの
少しでも動くと息苦しくなるそうだ。
過去に何度か気を失い、数時間後に奇跡的に
息を吹き返した経験もある。
肺には、そう大きくはないものの、がん細胞が根を下ろしている。
満身創痍とはこのことだろう。

母が13歳の時、父親が亡くなり
小さかった弟や妹のために学業を断念した。
いばらの道の始まりだった。
誰にも言えない辛い心のはけ口を、
独学の短歌に求めるようになった。

14歳の時、たまたま列車のはす向かいに座った男性に
亡き父の面影を見て、そのとき初めて短歌らしい
作品を作ったという。

はすかいに 座りし人に 亡き父の
面差しの見ゆ 瞳くもりぬ


やがて年月を経て結婚したが、夫の両親との同居生活は
凄惨なものだった。
何度も死に誘われ、線路の上で立ち尽くしたり
あるときは吸い寄せられるように、波打ち際に立った。
ある夜、生まれて間もない私を残して家を出る決心をした。
26歳のときだったという。
そのときの心情を、3首の歌にして残したというが、
2首を空で語ってくれた。もう1首は、すぐに思い出せないという。

この家(や)明日 出でぬと思う 夜半(よわ)にして
そを知るごとく みどり子の泣く


かほどにも われを求めて 泣く吾子(あこ)の
縁(えにし)薄きと 胸せまりくる


60年以上経っても、すぐに口をついて出てくるのには
驚いたが、それだけ心の奥深くに鮮明に残っているのだろう。
母と私は親子ほどの年齢の差であるのは当然だが、
私自身は、普通以上の速度で老成しているせいか
人生の晩年に立つ母の心境が、ある程度理解できるように思う。

人間として生まれ、人生を生きてきた人は誰でも、
自分の足跡を振り返り、自分を支えていた
使命感に殉じた人生だったと、そう思いたいのではないだろうか。
さらに、自分に最も近く生きた家族から感謝され、
労をねぎらってもらえたら、これにまさる人間としての
資産は他にないように感じる。

私は母よりひと世代若いので、誰にも知られず
ひっそりとそのときを迎えていいと考えている。
しかし、大正14年生まれで独り暮らしの母には、
非力な私ながら、なんとか人生の晩年に、
その勲章と感謝状を手渡したいと願っている。

こうして書いてみると、不思議なことだが
自分が親不孝なのかはたまた親孝行なのか、
判然としなくなってくる。


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by hirune-neko | 2013-07-10 22:19 | 心の中のできごと | Comments(2)

ネコの遠吠えだってあるんだよ


Woe - Astor Piazzolla


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ブログを始めて間もなく、といっても
何年も前のことだが、「人気ブログランキング」
の存在を知り、短期間だが登録したことがある。
だが、順位が気になったり、ともかく何かを書かなくては
という強迫観念を感じ始めたので、途中で止めてしまった。
なのになぜ、改めて登録する気になったのか。

最近は、自分の主張したいこと、
人に知ってほしいことなどが、かなり明確になったと
感じているせいなのかもしれない。
さらには、興味を持ってあれこれ調べたことを
記録のように残しておきたいという気持ちもある。
いずれにしても、非論理的な衝動のようなものに
突き動かされて、一気に登録してしまった。

何年にもわたって、ずっと思っているのは、
人間にとって「感性」がいかに大切な要素であるか。
そして、その「感性」を知覚し得る唯一の方法は、
目に見えない領域に存在する、何かを感じ取る力を
自分自身の中に見つけることだと、今でも思っている。

起点は音楽かもしれないし、創作かもしれない、
あるいは絵画かもしれないし、映画かもしれない。
誰にでも具わっている感性の力を引き出す、
そんな手伝いができないだろうか。
そういう思いが募っている。

それと、最近は「言葉」の持つ力に
改めて畏敬の念を抱いている。
言葉それ自体には、音もなく視覚的な表現もない。
純粋に脳内で映像化する以外に術はない。
文学作品だけでなく、哲学や論理学であったとしても、
人間は無意識のうちに、感覚的な構造を伴って
理解しているはずだ。

後付けの理屈に聞こえるかもしれないが、
言葉の大切さ、そして音楽の重要性について
これからも主張し、あるいは実践し続けていきたいと
静かな決心をしている。
音楽についても、これまでは自分でピアソラを聴き、
耽溺するだけだったが、積極的に外に向かって
行動を起こそうと思うようになっている。

ネコだってたまには、犬みたいに
遠吠えをしたいと思うことがあるんだなあと、
そんな思いで書き始めてみた。

(「ブログランキング」のボタンをクリックしてくださると、
順位があがる仕組みなので、協力してもいいと
思われたら、是非よろしくお願いします。)


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by hirune-neko | 2013-07-08 23:47 | 創作への道 | Comments(2)

久しぶりに嬉しかったこと

Piazzolla -Tango Ballet



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まるで小学校低学年生の日記みたいになってしまうが
お許しいただきたい。

毎月1回開かれる将棋の例会で場所を借りている
教会に行った。
猛暑だったので、脳内は重苦しく、
人と挨拶するのも億劫だった。
もう家に帰ろうと思い、エレベーターホールに向かった。
壁際に立つ、明らかに日本人ではない風貌の
女性が目に入ったが、黙礼だけして通り過ぎた。
エレベーターの前まで来て、何を思ったのか
引き返して、先ほどの女性の所に行った。
「日本語、分かりますか?」
「いいえ、わかりません」と、なんとか返事をした。
ここからは英語での会話となった。
「英語は?」
「話します」
「あとは?」
「スペイン語を話します」
「スペイン語ですか?どちらからいらっしゃったんですか?」
「メキシコです」
コロンビアの知人のお嬢さんが、最近、仕事の関係で
メキシコに移ったことを伝えた。
そのコロンビアの知人は、アルゼンチンの作曲家、
ピアソラが大好きで、私も好きだと言うと、
彼女もピアソラが好きだと言う。
おまけに、ヴァイオリンを弾くが、タンゴを演奏する、
と言ったので、すっかり嬉しくなった。
私が少しだけスペイン語で最初の歌詞を歌えるのは
「チキリン・デ・バチン」なので、ちょっとだけ口ずさんだ。
すると彼女は、うなずいてほほえんだ。

見ようによっては、実に他愛ないことかもしれないが、
私にとっては、近所の教会で、スペイン語が母国語で
ヴァイオリンでタンゴを演奏し、しかもピアソラを
少なくとも好きだ、という女性と出会えたなんて、
とても嬉しいできごとだった。
あまりにも嬉しすぎて、名前を聞くのも忘れてしまった。

来週の日曜日は富山県に行く予定なので、
その次の日曜日までに、少しだけスペイン語を覚え、
不純な動機ながら、教会に行くことが楽しみに思えてきた。
普段の日常生活で、ピアソラが好きだと言う人には
なかなか出会わないので、今日は久しぶりに嬉しい思いだった。

三男夫婦に「大発見だった」といったら、
何事かといぶかしく思ったようだが、
ことの次第を説明したら、すっかり笑われてしまった。

ちなみに、少し口ずさんだ歌は、帰宅して確かめたら、
まったく歌詞の前後関係が目茶苦茶で、
おそらく、彼女にとっては意味不明だっただろうと思う。


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by hirune-neko | 2013-07-08 00:15 | 心の中のできごと | Comments(0)

未発表作品のタイトルについて


Liza Minnelli & Charles Aznavour - MON ÉMOUVANT AMOUR (Quiet love)


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てっきり書き上げたと思っていたが、まるで「書く書く詐欺」で、
実は未完だった短編を、なんとか仕上げたいと思い、
昨晩から、何年も前の記憶の痕跡を脳内で増幅し、
ようやくイメージが固まった。

当初は「車椅子のバレリーナ」だったが、
一晩練り直してみて、
「車椅子のバレリーナ〜声のない恋」に決めた。
登場人物は、英国ロイヤルバレエ団への留学を夢見て
レッスンに励んでいたのだが、深い失望の後に
原因不明で意識を失い、下肢に麻痺が残ってしまった女性。

そして、音楽家を目指していたのだが、
徐々に聴力を失って、絶望的になっている男性。

この二人の出会いとすれ違い、行き違い。
最終章は感動的なハッピーエンドに決めた。

二人の内面の対話を、どのように表現しようかと
考えていたら、ふと思い出したのが
アズナブールとライザ・ミネリという異色の顔合わせ。
頭の中のイメージは、まだ文章化されていないが、
ちょうど、舞台上の二人芝居のように構成されるので
もしかしたら、誰かが舞台作品にしようと
考えるかもしれないな、などと呑気に考えている。

アズナブールがフランス語で歌い始め、
途中からライザ・ミネリが英語で歌い始める。
そこに違和感を覚えて、あまりいいステージとは
思っていなかった。
今日、日本人のシャンソン歌手が歌う
「声のない恋」を何人も聴いてみたが、なかなか
いい演奏がいくつかあった。
でも、すべてがソロであり、冒頭の動画のように
完全にデュオで歌われたものは探せなかった。
ちなみにフランス語の原題MON ÉMOUVANT AMOURは
日本では「声のない恋」として歌われている。

頭の中にある
「車椅子のバレリーナ〜声のない恋」と
イメージ的に重なるので、資料として
ここに残しておきたいと思った。

さて、何日で書き終えられるだろうか。
そしてもう1編か2編と欲張っているのだが、
果たして何か思い浮かぶだろうか。
自分自身に、乞うご期待である。

いずれにしても、未発表作品という要請なので、
残念ながら、ここでお読みいただくことはできない。
お詫び申し上げておく。


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by hirune-neko | 2013-07-06 22:00 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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きいろ香さん ひさ..
by hirune-neko at 02:12
ご無沙汰しています。 ..
by きいろ香 at 22:59
causalさん ..
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causal さん ..
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レス違い失礼します。 ..
by causal at 08:18
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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