昼寝ネコの雑記帳

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福田進一さんのギター独奏

ピアソラ 「ブエノス・アイレスの夏」 福田進一



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昨晩、ピアソラの女性ヴォーカルかギター演奏を聴きたくて
iTunes Storeを検索していた。
何人かの日本人演奏家も名を連ねていたのだが、
ギタリスト・福田進一さんのアルバムを見つけたので
早速ダウンロードし、夕べは何回も聴いていた。

もう20年近く前のことだが、自宅に
「Yesteryears Hall」(イエスタイヤーズ・ホール)という
ヘンテコな名前つけて、コンサートを主催した時期があった。
延べで50回以上はコンサートを開いたと記憶している。
ホール名を考えていたとき、たまたまボストンに滞在していて
ケープ岬(同名の映画がある)にYesteryears Doll Museum
という名の、人形美術館があることを知った。
タクシーで訪れたはずなのだが、記憶にない。
その名前が気に入り、拝借したというのが命名の経緯だ。

コンサートはほとんどが日本人演奏家だったが
ある日、フルート奏者の工藤重典さんが
共演者として、ギタリストの福田進一さんを選んでくれた。
あの当時の私は、もちろん音楽は好きだったのだが、
仕事以外のほとんどの時間を、運営の事務的な作業に追われ
おまけに、夜中には一軒一軒コンサートの案内チラシを
ポスティングして歩いていたので、考えてみたら
コンサート・プログラムには、完全に演奏家にお任せで
一切口を挟んだことはないはずだ。
あったとすれば、ロンドンで知り合った森尚子さんが
来日されたときに出演していただき、そのときに
多少何か言ったかもしれない。
彼女は、ロンドン公演で
ミュージカル「ミス・サイゴン」の主役・キムを演じた女性だ。
英語もアメリカのアクセントと英国のとを両方使いこなす能力があり
英国の人気テレビドラマにも出演していたほどだ。
(以前、このブログで紹介したことがある)

もし、今の私が小さなコンサートホールを所有していたら、
(「Yesteryears Hall」はすでに売却してしまっている)
間違いなく、ピアソラの作品でコンサートを組み立てるだろう。
20年前は、ピアソラをまったく知らなかったし、仮にもし
当時ピアソラの曲を聴く機会があったとしても、おそらく
今ほど傾倒することはなかったと思う。
つまり、音楽というのは聴き手の感性や感覚、
それと記憶のヒダに染みついた様々な思いと、
微妙に共鳴するものなのだろうと感じている。

この約15年を振り返ると・・・うまく表現できないのだが
先の見えない、そして昼間でも太陽の光が届かない
樹海の中を、出口を求めて彷徨い、木々の棘に傷つきながら
ひたすら前進していたという思いが強い。
そんな時期に、魂を揺さぶられたのが
ピアソラの曲でロベルト・ゴジェネチェが歌う
「南へ帰ろう」(Vuelvo al Sur )だった。
あれで何か、すっと憑きものが取れた感じがした。
それ以来、徐々に、そしてますますピアソラの作品に
傾倒してきている。

いつか、ピアソラ・プログラムのコンサートを
主催する機会があったら、そして福田進一さんと
「条件」が折り合ったら、彼には是非出演していただきたいと
そう思ってしまっている。

そんな、懐かしい思いと希望的な展望を描きながら、
改めて福田進一さんの演奏を、じっくりと聴いている。
ブエノスアイレスの夏(Verano Porteno)を。


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by hirune-neko | 2013-06-28 23:53 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

公開質問への追加回答にお礼申し上げます

Eliane Elias - Estate (Summer)



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福岡さんは、コロンビア・ボゴダ在住で
ピアソラ、カルロス・ガルデルの大変なファンの方です。
もちろん、「ピアソラ音の出る図書館」にも、
貴重な資料や情報を提供してくださっています。
この度も、公開質問に対して精査してくださり、
新たな調査結果を寄せてくださいました、
福岡貞夫さんにお礼申し上げます。

以下に、福岡さんからのレポートをご紹介いたします。

1.福岡 貞夫レポート・その1
 この曲についてはすでに簡単なコメントしていますが。
 昼寝ネコさんの推測は的を射ていました。
 そこで彼らの誰がこの曲を創作したのか調べたのですが
 まともな回答を得られませんでした。
 多分コロムの作に間違いないでしょう。
 紹介文のほんのさわりだけ訳しますと、、、
 「マルセーロ・マルカダンテとレイナルド・コロムは
 並外れたキンテートを指揮の上、この
 ピアソラ/モンク・クロシングズを紹介する。
 彼らは全くの見知らぬ出会いであり、また、
 同時にモダン音楽の歴史上より関心に値する。」
  RAYNALD COLOM, trumpet
  MARCELO MERCADANTE, bandoneon
 EDUARDO TANCREDI, piano
 DEE JAY FOSTER, acoustic bass
 ROGER BLAVIA, drums & percussi」

2.福岡 貞夫レポート・その2
 スペイン語で抱えているレコードの紹介を
 翻訳を試みたのですが昼寝ネコさんの疑問を
 解明する説明がないのです。
 ピアソラの”サミット”にモチーフを得て
 コルムが作曲したようです。この人はジャズ界では
 名前が知られているようです。オランダ人らしいのですがね。
 あの説明文はフランス語ではなく
 バルセローナ地方の言語でカタリユーニャ語です。
 フランス語にもスペイン語にも非常によく似ています。
 あまり満足な回答になりませんでしたがお許しを、、、

福岡貞夫さん、改めてお礼を申し上げます。
労作を有難うございました。

Special Invitation for "Piazzolla Sound Library"

いつも訪問してくださる読者の皆さんにも
心からの感謝の気持ちをお伝えします。
私はご覧のとおり、ずぼらで、ぐ〜たらな
「ピアソラ音の出る図書館」の、おさぼり館長です。
熱心なピアソラファンの方々のご協力によって
なんとか少しずつ情報を更新しています。

この図書館は会員制で、登録者はまだまだ少ないんです。
ピアソラがいいな、と思われた方は
下記のURLから会員登録をしていただけます。
紹介者が必要ですが、紹介者欄には「昼寝ネコ」と
お書きいただければ「審査」をパスします。
現在は、ピアソラ作品の一覧(現在220作品)を掲載し
クリックするだけで鑑賞できるようになっています。
新しい作品を見つけたら、随時更新していきます。

遠い将来になるかもしれませんが、図書館主催の
ピアソラ作品プログラムのコンサートを
実施したいと考えています。
何しろ予算ゼロ、図書館司書・スタッフもゼロの
ゼロゼロ図書館ですので、一緒に汗をかいてもいい、
とお考えの方は、是非、会員登録なさってください
ご招待いたします。
なお、登録には一切の費用がかかりませんし、
年齢、性別、国籍、体型、性格の善し悪しを問いませんので
自信をもってお申し込みください。
心より歓迎させていただきます。

*ピアソラ音の出る図書館・新規登録ページ
 http://www.piazzolla-library.com


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by hirune-neko | 2013-06-27 12:34 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

ご回答を有難うございました

A. Piazzolla. Melodía en La. Cello: William Molina Cestari. Cond: Eduardo Marturet.



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昨日の「Piazzolla Monk Crossing's」対する
ご回答を有難うございました。

1.Romarinさん、有難うございました。お騒がせしました。
 まず、私の無知さをさらけ出すことになりました。
 チラッと読んで、フランス語だと思い込んでしまいましたが
 あれはフランス語みたいだけれど、Romarinさんによれば
 フランス語ではないとのことです。
 
2.渡部 晋也さん、貴重な情報を有難うございました。
  Piazzolla Monk Crossing's というのはバルセロナ近くにある
 劇場で開催されたRaynald Colomの
 コンサートのタイトルでしょう。
 彼はフランス生まれのトランペッターで、スペイン、ヨーロッパ、
 アルゼンチンなどで活躍するトランペッター。ベテランですね。
 カタルーニャのマイルス・デイヴィスの異名もあるとか。
 文章もカタルーニャ語じゃないですかね。曲のタイトルは
 出てきませんが、ピアソラではないのではないか、
 と思います(根拠はないので、あしからず)、
 オリジナルではないかと。
 それにしてもったいないバンドネオンだこと。

3.福岡 貞夫さん、いつもお調べくださり、有難うございます。
 やはり昼寝ネコさんが推測したようにピアソラとモンクとの
 音楽的交差をモチーフに曲が構成されています。
 原曲はピアソラとジェーリー・マリガンの合作スミットに
 あるようです。メンバー等の詳しいデータは翻訳したうえで、、、

とまあ、最近はすっかり皆さんのお助けをアテにする
おサボリ館長になっている次第で、面目ありません。
上記の方々は、いずれもFacebookつながりの
皆さんでした。改めてお礼申し上げますです。

回答をお寄せくださった皆さん、本当に有難うございました。


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by hirune-neko | 2013-06-26 23:09 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

公開質問・・・どなたでもご回答ください

Piazzolla Monk Crossing's (Raynald Colom)



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この曲について、ずっと気になっているのですが、
未だに調べ切れていません。お手上げです。
どなたかご存知の方、教えていただけませんでしょうか。

1.タイトル部分にPiazzollaと書かれており、確かに
 バンドネオンも使われていますし、ピアソラっぽい
 雰囲気を感じますが、この曲がピアソラの作品なのか
 調べ切れていません。よって、「ピアソラ音の出る図書館」の
 作品リストに掲載していません。

2.下部に、この曲に関する説明記述があるのですが
 おフランス語であり、フランス語挫折組の私には
 荷が重くて・・・google自動翻訳に相談しても
 ちゃんとした日本語にならないので、試していません。

3.そのフランス語記述の一部に、ピアソラと並記して
 ジャズピアニストのセロニアス・モンク、
 同じくトランペット奏者のドナルド・バードの名前が
 読み取れます。想像力をたくましくして考えるに、
 この曲は、ある作曲家がピアソラとモンクの
 音楽的エッセンスを融合させて、まったく新たに
 割と最近作られた作品なのではないかと、
 そのように推測しています。なので
 タイトルが「Piazzolla Monk Crossing's」、
 つまりピアソラとモンクの音楽的交差・・・
 なのではないかと思うのです。

4.Raynald Colomは、どうやらトランペット奏者
 のようですが、作曲もするのではないか?
 本来はドナルド・バードに傾倒しているのだけれど
 この曲は、ピアソラとモンクに共通する
 曲想からインスピレーションを受けて、
 作曲したのではないだろうか。

・・・まるで推理小説かスパイ小説を読みながら、
背景を想像しているようなもので、音楽なんだから
余計なことを考えずに聴けばいいんですよね?
でもね、ピアソラとジャズの融合というのは、
ジェリー・マリガンにしてもゲーリー・バートンにしても
これらの共演は時間経過とともに薄れていくと思うんです。
でもなぜか、標題の曲にはしっかりと存在感を感じるんです。
映画「質屋」(・・・作曲家ド忘れだけどクィンシー・ジョーンズ?)
の一連の曲と類似性を感じ、個人的には好きな曲です。

ご参考までフランス語の解説文を、以下にコピーします。
リヨンに在住のお嬢様たちがもしこれを読んでくださったら
フランス語部分の解説をお願いできませんでしょうか。
以下にコピーします。

*フランス語の解説文
 *google自動翻訳を試しましたが、かえって意味不明になりました。

Raynald Colom s'envolta d'un quintet d'excepció per retre homenatge a la figura d'Astor Piazzolla en aquest "Piazzolla Monk Crossing's", concert que es posarà en gira amb més de 10 actuacions pel territori. La primera parada, Sant Cugat del Vallès, el proper 18 de març.

L'actuació vol commemorar un dels encontres més prolífics i al mateix temps més desconeguts de la música moderna: el d' Astor Piazzola i Gerry Mulligan l'any 1974. D'aquella trobada en va resultar el disc "Summit", una barreja de jazz i tango d'una gran delicadesa.

Ara, Colom a la trompeta dirigeix Roger Blavia, Deejay Foster o Eduardo Tancredi en la seva posada al dia dels temes d'aquest disc. El programa també inclou creacions de Thelonius Monk i Donald Bird, entre d'altres


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by hirune-neko | 2013-06-26 01:11 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

驚くほど貴重な助言をいただきました

Los sueños - Astor Piazzolla.



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前回、ソラナス監督作品の映画「ガルデルの亡命」で流れる
数曲を、「最もピアソラらしくない」ピアソラの作品だと
紹介しました。

ほどなく、Facebook友だちのHiroshi Suzuki さんから、
これはピアソラの作曲ではない、という
大変詳細で貴重な情報をお寄せいただきましたので、
皆さんにご紹介させていただきます。オイラは
「ピアソラ音の出る図書館の館長」だなんて自称していますが、
コロンビアのEl bohemioさんだけでなく、日本国内に
こんなにピアソラに傾倒し、しかも精緻に研究されている方が
存在していらっしゃることを知り、大変嬉しく思っています。
もともと大家の高場将美先生が、プロとして
控えていらっしゃることは分かっていましたが、
Facebookを通じて、こんなにも専門知識が豊富な方々から
正確な情報提供をいただき、改めてお礼を申し上げます。

Hiroshi Suzuki さんからのコメントをFacebookから
以下に転載させていただきます。
唖然・呆然としてお読みいただく価値が十分です。

・Commented by Mr. Hiroshi Suzuki

この曲はピアソラでなく、フェルナンド・ソラナスの手によるものかと。オリジナル・サントラ盤(LP)のA面が『Tango Tango』をはじめ、ソラナスとホセ・ルイス・カスティネーラ・デ・ディオス(アレンジも)の作品で『Vals del regreso』もそうです。演奏はスサーナ・ラゴ(ピアノ)他で'84年のパリ録音。ピアソラは作曲、演奏ともに一切関わっていないと当時のインタビューで自らコメントしてたと記憶してます。B面の1〜5曲、『Milonga loca』などがピアソラの新作でキンテートの演奏。6曲目がバンドネオン・ソロ(多重録音)でガルデル作の『El dia que me quieras』で'85年のブエノスアイレスの録音です。

オリジナル・サウンド・トラック盤は高場将美先生が、真っ先にお聞かせ下さって、「これがピアソラ!?良く見たら…」というお話をされて印象に残っているんです。その後、すぐに同じフランス盤を入手したので良く覚えています。日本盤が出るずっと前です。

ピアソラに関した勘違いは、いくつかあります。①当件②50年代のエレキベースの入った演奏はピアソラ本人でないのにもかかわらず、長くピアソラの演奏としてミュージックホール社から発売③東芝EMIから発売の40年代のオルケスタのレコードジャケットがピアソラでなく、勘違い(制作サイドの行き違い)でエドガルド・ドナートになってしまった…

転載は以上・・・。
開いた口がふさがらないほど、感心してしまいました。
Hiroshi Suzukiさん、これに懲りず、引き続き
ブログ記事に誤りがありましたら、是非ご指摘を
宜しくお願いいたします。


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by hirune-neko | 2013-06-21 00:13 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

父の日なんてあったんだね

レテー<夏> クレモンティーヌ&ゴンチチ



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月曜日の朝、椅子の上に箱が置いてあるのを目にした。
なんだろう・・・やけに重いし。
次男の嫁さんが差出人なので、何か送ってくれたかな?
開けてみると、なんと缶入りのペリエがたくさん入っていた。
そういえば、誰かが父の日がなんとかと言ってたっけ。
父の日なので送ってくれたんだ。
ジワ〜ンと、有難みを感じる瞬間だった。
ひと頃はペリエをがぶ飲みしていたが、嫁さん、そんなことまで
良く覚えていてくれたなと、早速何本かを冷蔵庫に入れ
毎日飲み続けている。
女性も結婚すると大変なんだな・・・つまり
夫の母には母の日、父には父の日と、気配りをしてくれる。
いやあ、でも有難く、感謝の気持ちでいただいている。

さて、最近はドゥーヴィルの姪ネコであるクレモンティーヌが
さっぱり現れないなと、少し拍子抜けしていたら
今日突然、娘が家にやって来た。
やって来たものの、台所にいた母親と何やら長話。
いつものことだから、なんとも思わないけど。
で、私を目にして「あら、お父さんいたの?」だって。
自覚はしていたが、私もかなり存在感が薄くなったものだ。

少しして、今度は改まった口調で話し始めた。
「遅くなりましたが、これは父の日のプレゼントです」
ときたもんだ。
「へえ、それは有難う」
と、かなり意外な驚きでお礼をいう。
「お父さんに入るかな。ウェスト何センチ?」
「お前、何を買ったの?」
「ステテコだよ。お父さんステテコはくでしょ?」
植木等じゃあるまいし、ステテコだって?
ひょっとして腹巻きも一緒に買ってきたりして・・・。
と、少々不安になる。
まさか、娘にステテコを買ってもらうハメになるとは
そんな人生を、予想だにしていなかった。
でもせっかく買ってくれたのだから、
着用して、お礼のひと言でも言わなくっちゃ。

開封すると、なるほど「STETECO」と書いてある。
パッケージを開けると、予想していた白ではなく、
昔でいうところの、タータンチェックだった。
・・・今でもタータンはタータンなのだろうけど。
つまりこれは、私の感覚ではステテコという下着ではなく
バミューダパンツという、
膝下約20センチの、夏用軽装ズボンなのだよ。
われわれは昔、メンズクラブという男性向けの
トラッド・ファッションの雑誌で、洋服の柄や
素材を勉強したもので、アイビースタイル全盛だった。
で、当時はこのバミューダパンツに
オックスフォード地のボタンダウンシャツが、
そのアイビースタイルの典型みたいなもので、
友だちはみんな、アイビースタイルだった。

今にして思えば、懐かしい流行だった。
その影響で、30歳代まではスーツは三つボタンで、
ズボンの裾はダブル、シャツはボタンダウンで
ネクタイはレジメンタルストライプのいずれも
ブルックス・ブラザーズ。そして靴はフローシャイムと
思い出してみると、なかなかこだわっていたようだ。
まるで、ロバート・B・パーカーの小説に出てくるような
微細に説明できる選択の、スタイルだったはずだ。

それがいつの間にか、スーツはイトーヨーカ堂の
中国製で良くなったり、ネクタイは面倒なので一年中同じ。
う〜ん、これではいけないなと思いつつ、着る物にまで
神経が行き届かない。
まあ、余裕が出たら、またブルックスでも覗いてみよう。

後刻、家内に言われてしまった。
「あの子が父親に、父の日だといって
何か買ってくるなんて、画期的なことなんですよ」
へ〜、そういえばそうだなと思う。
だって、娘から電話があって私が出ると
「お母さんいるの?」
「いや、出かけて留守だよ」
「あっそう、じゃあね」ガチャン。
これだもの。
それほど、娘にとって父親というのは存在感がないと
いつも自覚している。
なので家内から指摘を受け、改めて素直に感謝しようと思い
今日はずっとバミューダパンツスタイルで過ごしている。
涼しくて、なかなか軽快である。


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by hirune-neko | 2013-06-20 01:35 | 現実的なお話し | Comments(0)

最もピアソラらしくない作品・・・だけど、なかなかいい

Astor Piazzolla - Tango Tango



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初めてこの曲を聴いたときは、軽くのけぞったのを憶えている。
これがピアソラの作品なのかと思うほど、
軽快であり、少々コミカルでもある。
今日現在、「ピアソラ音の出る図書館」には220曲を掲載し、
鑑賞できるようにしているが、
これほど「軽いノリ」の曲は記憶にない。

ソラナス監督作品の映画「ガルデルの亡命」の、比較的
最初のシーンで使われていたと記憶している。
軍事政権の圧政を逃れ、パリに亡命してきた人たちの
様々な人間模様をストーリー化した映画だ。
別に、ガルデルそのものが登場する訳ではなく、
ラストシーン近くで、その名前が引用される程度だ。

亡命によって、抑圧から解放された束の間の喜びがあるものの、
しかしやがて、ブエノス・イレスに残してきた親・兄弟、
そして仲間たちなどへの望郷の念が募り、
いつか故郷へ帰れる日を待ち望む・・・
そんな亡命者の心象が、いろいろな曲想で
散りばめられている映画作品になっている。
その望郷の想いを、男女のデュオで歌っているのが
Vals del Regreso というタイトルの、しかも
ピアソラには珍しいワルツ数作品の中の1曲だ。
記録によれば、この映画「ガルデルの亡命」の
音楽を担当したピアソラは、大変な情熱を傾けたらしい。

以前は、忙しいといっても、自分の頭の中で
あれこれ思い巡らし、パソコン内で最終形となって
完結するパターンが多かった。つまり、
自分自身のテリトリー内だけで終結するので
時間に制約がなく、比較的自由空間で
仕事をすることができた。

最近は少しずつ趣が違ってきている。
あちこちで種まきをしてきた案件が、地中から芽を吹き出し
苗木に成長しつつあるため、果樹園のあちこちを
かけずり回って、世話をしなければならない。
相手のあることなので、しかも案件数がこちらの都合に
お構いなく増えてしまっている。

そのせいかどうか分からないが、いや、そのせいだと
思うのだが、最近はピアソラの作品でも、重く暗い作品より
軽快な曲を聴くようになっている。
私は日本で生まれ育っているので、亡命者ではない。
若い頃は日本を好きになれなかったが、経年変化で
最近は日本の良さを再認識している。
なので逆に、この日本の良さを浸食されて阻害されないよう
子孫のために守ってやりたいという、奇妙な愛国心まで
生まれてきているようだ。

愛国者・・・自分とは長年無縁と思っていた表現だが、
この年齢になってみて、改めて
安心して暮らせる祖国の大切さを
実感している始末だ。恥ずかしい限りだ。


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by hirune-neko | 2013-06-19 12:04 | 心の中のできごと | Comments(0)

勝者の憂鬱

Ovo - La misma pena (Astor Piazzolla)



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一部の人間を除き、誰にでも達成したい目標、
到達したいゴールがある。そんなとき、
ある時期は、その到達点しか視野に入らず
目標達成のための手段はすべて合法化されるに違いない。

そしてやがて、目標地点に到達した人間の多くは、
その時点で目標を失ってしまう。
目標を失った人間は、決まって過去を振り返る。
すべてが合法だと思って突き進んできたが
果たしてそうだったのだろうか。
無視したいろいろな人たちの、苦渋の表情が
ふと思い浮かぶ。

側近からの称賛よりも、遠くから自分を見つめる
物言わぬ人々への悔悟の念が、徐々に湧き上がる。
旧約聖書に登場するダビデの生涯は、波瀾万丈だった。
若い頃のサウルとの確執を経て、王となったそのときに、
彼の内面に隠れていた陥穽が、暗闇で大きく口を開いた。

私にとって、大きな分岐点は高校生の時にやって来た。
高校時代を過ごした北海道・室蘭に
数週間前に行ってきた。
あのとき、あんな選択をしなければ、今の人生は
全然違ったものになっていたに違いない、と
誰しもが自分の人生を振り返る時期がやって来る。

幸いに、過ぎ去った過去を悔やむ性格ではないし、
今現在の自分を形成しているのは、過去の葛藤の
積み重ねなので、それと終わったことを悔やむほどの
徒労は存在しないのではないかと思うため、
あっけらかんと、未来しか視野に入れていない。

今日、「ピアソラ音の出る図書館」に、新たな1曲を追加し、
合計で220曲をYouTubeで鑑賞できるようになった。
できれば年内に一度、「ピアソラ音の出る図書館」主催で
ピアソラの作品コンサートを実施したいと希望している。
おそらく、バンドネオンとヴァイオリンのデュオに
なるのではないかと、漠然と想像している。
「ピアソラ・オマージュ・コンサート」だと、
知らない人は、ピソラ・オマージュという名前の作曲家だと
勘違いされそうだが、「ピアソラ追悼コンサート」だと、
いささか線香くさい感じがして、さてどうしようか。
「ピアソラ_レクチャーコンサート」もありかもしれない。

そういえば、今朝、三男から電話があり
私たち夫婦にとって4人目の孫娘が
無事に出産したとのことで、安堵している。
深夜1時過ぎに、「譜面台の練習曲」という名の
創作作品を投稿・展示するミニサロンを、サイト上に設置した。
なので、孫の誕生日と同じ日に、「譜面台の練習曲」も
誕生したことになり、二重の慶事だった。

三男夫婦にとっての最初の娘は「陽(ひなた)」であり、
今日生まれた二人目の娘は「樹(いつき)」だそうだ。
もう20年近く前、拾ってきた子ネコの名前を決めるよう
三男に言ったところ、すぐに出た名前が「シロ」だった。
確かに全身白い毛だったのでその発想は分かるが、
やはり自分の子どもとなると、ちゃんと考えて決めるのだなと
報告を聞いて、そう思った。

とにかく、ずっと無事の出産を願っていたので
やれやれの安堵だった。


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by hirune-neko | 2013-06-14 18:51 | 創作への道 | Comments(0)

やはり無国籍人間だと思う

Diana Krall - Every Time We Say Goodbye



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疲労が過度に蓄積すると、音楽を聴くにも
気力と体力を要することが分かる。
曲想を吸収消化して、ある種のイメージを
脳内で創り出すことが苦痛になってしまう。
なので、そんなときは、楽に聞き流せる音楽しか
受け付けない。
その点、Diana Krallの音楽には、鎮静効果がある曲が多い。
同じ曲でも、エラ・フィッツジェラルドやビリー・ホリデーが歌うと
そうはいかない。
とても重い曲になってしまい、消化不良を起こす。

iPadが存在しなかった頃は、CDで音楽を聴くしかなかった。
知人から教えてもらったDiana KrallのCDを数枚購入し、
繰り返し繰り返し、何度も聴いた。
なので、この曲を聴くと、その当時の心象風景が甦る。

真冬の、雪に埋もれた札幌。
心臓の手術で入院した、母の留守宅に滞在し、
延べ半年は過ごしただろうか。
大急ぎで事務用の机とコンピュータやプリンタを購入し、
光ケーブルを引いたので、ネット環境は整った。
でも、半年間も会社を留守にして、よく仕事がつながったと、
今になって思う。
その期間に、札幌の数カ所と岩見沢の産婦人科病院に
何度も営業で訪問し、二カ所と契約できた。
6年目になるが、今でも大事な納品先として存続している。

半年間、何を食べていたのだろうか。
ちょっと思い出せない。
母の知人や友人が、入れ代わり、差し入れてくれたのは
覚えているし、料理が面倒で、パン屋さんで購入したりで
とにかく、もともと食べ物にはこだわりがないので
なんとか生き延びることができたようだ。

人間関係は希薄だった。
誰とも個人的な関係で会うこともなく、とにかく
寡黙に生活していたように思う。
結局は、独りの空間で音楽を聴き、レンタルで映画を観て、
ブログに短編のストーリーを書いた。
営業の足が必要になったため、
亡き父の従姉妹が車の購入資金をカンパしてくれたので、
石狩の海辺や、小樽の運河を見に行ったりもした。
運転中は、ほとんどDiana KrallのCDを聴いていた。

周りの人たちとは、すべて日本語で会話できたので
対話に不自由はなかった。
そういえば、仕事で海外に行くと、少なくとも
数週間は何都市にも滞在した。
英語、フランス語、ドイツ語を話す人たちに囲まれたが
実質的には英語で商談したので、不自由はなかった。
同様に、プライベートで会う人は皆無で、
商談が終わったら、また自分独りの時間に戻る毎日だった。

今ではもう、海外に出かけることがなくなってしまったので、
どっぷりと国内の日本語環境に浸かっている。
不思議なことだが、言葉や食べ物の違いはあっても
私にとって、どの国のどこの都市に滞在しても、
あまり大きな違いを感じることはなかった。
あるときふと、自分が国籍にこだわりがなく、
いわば「無国籍人間」だと自覚するようになった。
つまり、人種や国籍に関係なく、その人間の「生地」を見て
判断する習性が、いつの間にか身についていたのだと思う。

海外滞在中に体調を崩し、深刻な状態になったときに、
担ぎ込まれた病院で、どう説明すればいいのか、という
不安はあるにはある。世界6カ国語で症状を説明できるよう
勉強する・・・そんな気力はもうない。そうなったらなったまでだ。
いや、別に今さら、飛行機で海外を飛び回るつもりもない。
数十年前と違って、今ではメールや電話、そして
サイトを活用して、かなりの商談はできると思う。

でも、仕事が一段落して余裕ができたら、行ってみたい国がある。
アルゼンチンのブエノス・アイレス。一度は行ってみたい。
その足で、コロンビアのボゴダも訪れてみたい。
そういえば、北欧には一度も行ったことがない。
もし行く機会があるとしたら、仕事ではなく、取材旅行で
何か、イメージがストーリーとして作品化できるような
そんな旅行をしてみたいと、希望している。

しかし、人生とはそんな風に都合良く行くものではない。
おそらくは、人生カウントダウン中の母が
いよいよ真冬の寒さで体調を悪くし、
ほぼ寝たきりになって、じきに入院となる可能性が高い。
私は長期間、母の留守宅に滞在して、
毎日病院通いをするようになるのだろうと思う。

その頃までに、新しい音楽の発見があるだろうか。
何か、いい作品との出会いがあるだろうか。
あるいはまた、私自身が年間数冊のペースで
新刊書籍を出版できるような環境になっているだろうか。

仮眠して、すっきりした頭なのに、
まだまだ自分の行く末が、明確に見通せないでいる。


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by hirune-neko | 2013-06-09 23:31 | 心の中のできごと | Comments(0)

創作フォーラム「穀粒(こくつぶ)」設立の経緯

Diana Krall - My Love Is Where You Are



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 従前から、言葉を通じて人の心に感動と平安を届けたいと考え、細々と著作活動を続けてきました。これまで、政治と宗教に関しては表だっての発言を控えてきました。なのになぜ、この度は特定の宗教団体の会員の皆さんのために、お世話になっている出版社のクロスロードを説得までして創作フォーラムを設立することにしたのか。それについてちゃんと記録をしておきたいと考えました。

 忘れもしない2011年3月11日。多くの人たちが、大切な家族や友人を失いました。昼寝ネコ一族の子孫である太平洋岸在住のネコたちも、命を失いました。平和ボケしてしまっていた私は、この大災害を予知することができず、また積極的に備えをするよう勧めることも怠っていました。

 仕事柄、お子さんが天使になってしまい、辛いお別れをしなければならないご両親のために、「天使版」の文章を作って提供していました。でも、このときばかりは想像を絶する状況でした。お父さんやお母さんを亡くした子どもが続出したのです。自分の無力感にうちひしがれ、脱力感から何も手につきませんでした。
 ちょうどその頃、そんな子どもたちの心のケアをしようと考えている福祉団体を紹介されました。気を取り直して、「大切なわが子へ」というタイトルの文章を3種類作りました。親を亡くした子どものための文章、子どもを亡くしたご両親のための文章、そして被災地で小さな子どもを生み育てていた両親のための文章の3種類です。最終的に、この福祉団体は絵本を製作して送り届ける費用を、助成してくれました。また今年は、気仙地域(大船渡市、陸前高田市、住田町)で生まれた子どものために、新しく気仙版の絵本を製作し、励ましとして寄贈するプロジェクトにも助成してくれました。
 福祉団体の名前は「LDSファミリーサービス」で、母体は末日聖徒イエス・キリスト教会という名の教会でした。

 古代イスラエル時代に生まれた私は、大抵の教会を知っています。でも調べてみたのですが、この末日聖徒イエス・キリスト教会という名は、紀元後をずっと調べても見当たらなかったんです。でも、教会そのものが創立されて、まだ200年も経っていないことは、やっと分かりました。
 1901年に、アメリカから布教のために初めて横浜の地を訪れ、日本での布教活動が始まった比較的新しい歴史の教会です。

 数ヶ月前、たまたまこの教会の賛美歌を日本語に翻訳した「柳田聡子」さんの、伝記絵本を出版したいという相談を受けました。依頼者は岸野みさをさんという方で、柳田聡子さんとお知り合いであり、二人の共著ということになります。
 これがご縁で、教会の会員の方がどういう教えを学び、何を大切に考えているかを少しずつ知ることができました。とくに、家族の結びつきを大切にし、自分史や家族史などの記録を大事に考えていること、個人の才能や能力を伸ばし教育を受けることを重要視していることなどです。
 これらはまさに昼寝ネコ一族が、古代から王や統治者に仕えていたとき、国民を大切にする施策として提言していた内容と一致します。

 イメージを言葉で表現し、言葉を脳内でイメージ化するには「感性」が必要です。ともすれば、人は目で見える範囲で物事を捉えて判断します。でも本来は、目に見えない領域にこそ大切なことが多く存在するのです。ですから、紙媒体にせよ電子媒体にせよ、言葉で表現しようとするときに、人間の感性が刺激され内在する感性力が蘇生するのです。
 自分史、家族史、作品集などを書籍の形で残すことの大切さを、私たちは学んできました。古代イスラエル時代の昼寝ネコ一族同様、現代社会に生きる人たちに、この、記録を残す作業の大切さを啓蒙し、さらに時間と費用を軽減するお手伝いをすべきではないかと考えるようになりました。
 たまたまフランス・ドゥーヴィルに姪ネコのクレモンティーヌが住んでおり、昼寝ネコ世界最高会議の議長秘書をしています。なので、そのクレモンティーヌに提案書を送ったところ、議長、理事の全会一致で全面協力するようにとの指示書が返信されてきました。

 もともとクロスロードという出版社は、金銭よりも理念を優先する会社ですので、協力を要請してみたところ快諾を得ました。なので、会社の方針として、特定の政治団体や宗教団体に特化した出版活動をしないという基本方針を見直し、クロスロードのサーバーに間借りする形でこのフォーラムが実現することになりました。

 とても長い説明になってしまいました。でも、数千年を生きてきた私にとって、たとえたった一人の人であっても、その人の成長のお手伝いができることは、大変光栄なことなのです。
 莫大な金銭や資産よりも、一人の人間の存在価値の方が大切であること、たとえ社会的に弱小な存在であったとしても、そのような人を大切に考えること、これは古代から私たち昼寝ネコ一族が、家訓として大切に伝承してきた教えなのです。

 言葉には人を傷つける力もありますし、落胆する人が立ち直るきっかけにもなり、感動の涙を流させる力もあり、長年にわたって重く閉ざされていた心の扉を開く力も備わっているのです。
 どうか言葉を大切にしてください。そして、適切な言葉を選び、それが末永く保存されるよう、記録として残してください。

 教会の方を対象に仕組みを作ったのですが、主旨に賛同される方であれば、どなたでも登録してご利用いただけます。サイトはほとんどが公開ページですので、自由に閲覧なさってください。ちなみに、穀粒という名前はクライアントの岸野みさをさんが考えてくれました。

会員制創作フォーラム穀粒のサイトはこちらからどうぞ


創作フォーラム穀粒プロデューサーと
クロスロード出版名誉編集長を兼務
昼寝ネコより心を込めて
創設の日に寄せて 2013年6月4日


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by hirune-neko | 2013-06-07 13:43 | 創作への道 | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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