昼寝ネコの雑記帳

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10ドルで買われた絵(その2)

BILL EVANS - REMEMBERING THE RAIN
 

*できましたら、ひとつ前の(その1)からお読みください。
「その1」は、こちらをクリックしてお読みください。

 ロス滞在四日目。今日の打ち合わせでは具体的な方向性が定まって欲しいものだ。クラシック音楽専用ラジオ局のボタンを押す。ラフマニノフのピアノコンチェルトだった。
 この日の打ち合わせは、それぞれが自己主張のトーンを和らげ、コーラスグループのように一定の和音に収まったような感じだった。明日は週末なので、来週まで持ち越したくないという「大人の配慮」があったのかもしれない。
 打ち合わせは夕方前に終わった。レイチェルの件はなんとなく納得できたので、少し車を走らせ、センチュリー・シティのショッピングモールに行ってみた。懐かしいことに、フィレンツェの紙製品を売る小さな店がまだ健在だった。ブルックス・ブラザーズも。イタリアンで簡単に夕食を済ませ、ホテルに帰った。明日は土曜日で打ち合わせもなく、終日フリーだ。さすがに緊張が解けて、いつの間にか寝入ってしまった。

 私の先をレイチェルが歩いている。両側に灌木が生い茂る山道なのに、深紅のハイヒールを履き、パープルカラー色のミニドレスを着ている。以前どこかで見たような情景だ。ダンス歴が長いだけあって、レイチェルの脚はすらりとして足首が細い。不意に、あの男の子が現れ二人は手をつないで歩き続けた。男の子はタキシードを着ている。どこかパーティー会場に向かっているのだろうか。それともコンサート?追いついて声をかけようと思ったが、脚が重くて追いつけない。少し前方にまたあの男性が立っているのが視野に入った。こちらに手を振っているようだ。タータンチェックのジャケットを羽織っている。タッターソール柄のオックスフォード・ボタンダウン・シャツに、明るい青色系のチェック柄のタイだ。全部チェックだなんて、ひどい趣味だ。やがて男性は合流し、男の子を挟んで三人で手をつなぎ、歩き続けた。ああ、なんて幸せそうな家族なんだ。
 不意に彼らは立ち止まり、一斉に振り返る。何か言わなくては。だがまた言葉が出ない。いつの間にか男の子は籐製の大きなランチボックスを抱え、開こうとしている。ウェッジ・ウッド製だ。ん?ウェッジ・ウッドにこんな製品があったっけ?あの白黒まだら模様の子ネコが入っているのだろうか。男の子はほほえむと、ランチボックスの中が見えるように傾けた。その瞬間、大量のドライアイスのような濃い霧があふれ出た。そしてチェロの曲が流れ出した。ああ、これはピアソラだ。オブリビオン(Oblivion)。忘却という意味のはずだ。男の子の目から涙がこぼれているのに気付いた。レイチェルを見ると、固い表情のまま涙を流している。男性は?男性の顔の部分だけがそっくり透明になっており、向こうが見透せる。何か彼らを傷つけることを言ったのだろうか。だったら詫びなくては。
 そこで目が覚めた。ピアソラの幻想的な音楽に溶け込んだ、霧の中の曖昧なシーンだった。不可思議な余韻がだらだらと残っていた。

 ロス滞在五日目。夢の余韻に浸りながら、レイチェルとの過ぎ去った日々を断片的に思い出していた。

   *   *   *   *   *

 ノンフィクションを追い求める私の、人には見せなかった妄想家としての自分を、レイチェルは次第に解放してくれた。自分の妄想癖が病的であり、もし精神科医に相談したら、おそらく何か病名がつくのではないかと、内心恐れていた。だから、人には決して話さず文章にもしなかった。だが、レイチェルはその世界を凍結させず、一度自由に文章にしてみることを勧めてくれた。いや、勧めるという婉曲的な手法ではなく、締め切り日を設定しての強制的な命令に近かった。
 その原稿は、私に無断で児童教育者向けの雑誌に掲載された。で、結果的には評論家や専門家から好意的な評価を得てしまった。つまり、独創性があり、意外性があり、心を頑なにしている人たちのガードを緩め・・・まあとにかく、有能な新人が発掘されたということになってしまった。改めて、レイチェルが児童書編集者として高い評価を得ていることに納得し、尊敬の気持ちを新たにした。
 最初はレイチェルが水先案内人をしてくれたが、少しずつ雑誌や新聞の連載の仕事が増えていった。単行本出版のオファーも入り出した。やがて、新規の出版社からのコンタクトも増えるようになり、多少は注目される存在になった。
 ふと気がつくと、レイチェルは私から距離を置くようになっていた。巣立ちをした小鳥を見守るかのように、徐々に距離は広がっていった。
 パーティーや会食に招待される機会も増えて忙しく、創作のエネルギーが枯渇しつつある危機感を持ち始めていた。そんなある日、私は売り出し中の女流ピアニストを紹介された。ジュリアードを出てパリの音楽院に留学。ヴァン・クライバーンを皮切りに、いくつもの国際コンクールで入賞していた。お互いに共通していたのは、一気に知名度が上がっていたこと、それでも常に先を見通せない不安を隠していたこと。二人で火薬庫に入った瞬間、引火して爆発してしまったかのように一気に情熱が高ぶり、残された選択肢は結婚しかなかった。
 レイチェルからの連絡が途絶えても、大人の選択肢だと割り切るように努めた。それ以上に、新しい生活は刺激と希望に満ちていた。女流ピアニストは、自分の不安を薄めるかのように練習に励んだ。指が命なので、台所で包丁を持つのを怖がった。そんなことは構わなかった。フライパンで目玉焼きを作ることも、やけどを恐れて躊躇した。そんなことも構わなかった。抱き合っているときに、私の背中で両手の指がうごめいている。演奏の途中で指が止まってしまうことへの恐怖感で、常に指の動きを記憶にとどめたいからだという。いいさ、構わなないさ。・・・じゃあ一体、何が構わなかったというのか?具体的な理由は何もない。結局、半年も経たない頃、お互いの将来のために離婚することになった。まったく建設的で前向きな破壊作業だった。あれから七年か。速いものだ。
 ノンフィクション・ライターから妄想作家に転向したが、自分の適正を考えると正しい選択だったと思わざるを得ない。

   *   *   *   *   *

 時計を見ると、もうお昼近かった。ふと、夢の中のレイチェルの涙顔が甦った。あのときの自分の利己的な選択について、彼女への謝罪の機会をずっと探していたが、とうとう適わなかった。男らしくない自分を改めてなじった。そうだ、直接会ってひと言だけ今の気持ちを伝えよう。言い訳をせず、素直に謝罪しよう。それがいい。今日は土曜日だけど、五時まで働いているのだろうか。早めに行って様子を見てみよう。

 スーパーの駐車場に着いたのは四時過ぎだった。店内を覗いてみると、レイチェルは八番レジでいつもと同じように、てきぱきと商品の袋詰めをしていた。少し待つことになるかもしれないけど、社員通用口の近くで待っていようと考え、車を移動させた。ここなら、見逃す心配はない。
 スーパーの壁に背中をあずけ、地面に座ってうつむいている男の子が眼に入った。レイチェルの子どものようだ。母親を待っているんだろう。いい光景だ。レイチェルに似ているんだろうか。どんな顔立ちの子なのか、好奇心が湧いて近くで見てみたかった。
 車から出て、男の子に近づいていった。どうやらスケッチブックに絵を描いているらしい。そっと横に立つと、男の子は気配に気づき私を見上げた。
「ハーイ」
 私は笑顔で声をかけた。
「・・・・・」
 男の子は数秒間視線を合わせると、何も言わずに絵を描き始めた。見るとネコの絵だった。
「おじさんも昔、ネコを飼ってたんだよ。真っ白なネコでね、ホワイティっていう名前だったんだけど、二年前に死んじゃったんだ。こうして絵に残してやれば良かったなあ。」
「・・・・・」
 男の子は数秒間私を見上げると、スケッチブックをめくり始めた。そしてあるページを開くと黙って私に見せた。全身白い毛のネコだった。
「うわぁ、ホワイティだ。いなくなってずっと寂しかったんだけど、こうして再会できて、おじさんとっても嬉しいよ。有難う。」
「・・・・・」
 男の子は興味深そうに私を見上げている。私はほほえみ返した。彼の表情も少しだけ緩んだ気がする。目元がレイチェによく似ている。
「おじさん、このホワイティの絵、あげようか?」
 思いがけない申し出に驚いた。
「えっ!?でも、せっかく描いたのに、いいの?」
「ママが、作品は人に喜んでもらうために作るんだって、いつも言ってるんだ。だからおじさんがこの絵を見てホワイティに会ったと思えるんなら、持ってっていいよ。」
 彼は私の返事を待たずに、スケッチブックからその絵を外し始めた。この子は確かにレイチェルの血を受け継いでいる。
「でもさ、ただでもらうわけにはいかないな。クレヨン代だってかかるんだし。」
 思い切って希望価格を伝えてみた。
「じゃあ、五ドルでいいかな?」
「・・・・・」
 男の子はためらいがちに口を開いた。
「あのね・・・、じゃあ十ドルでもいい?」
「ああ、いいとも。十ドルでいいんだね。」
 私は十ドルと引き換えに、貴重なその作品を受け取った。
「明日、ママの誕生日なの。ママね、マルガリータのピザが好きなんだけど、このお金で買って上げられるんだ。ありがとうおじさん。」
 そうか、明日はレイチェルの誕生日だったっけ。レイチェルとイタリアンで食事すると、彼女は決まっていつもマルガリータを注文していたのを思い出した。
「お母さんの名前はマルガリータっていうの?」
 警戒心を持たれないよう、私はわざと間抜けな質問をした。
「違うよ。マルガリータはママの好きなピザの名前さ。ママの名前はレイチェルだよ。このスーパーで働いてるんだ。ぼく、いつも迎えにきてるの。」
 知ってるとも、彼女の名前は確かにレイチェルさ。君よりもずっと昔から、おじさんはレイチェルのことを知っているんだよ。そう言ってやりたい衝動にかられた。
「で、君の名前はなんていうの?」
「エンジニア。」
 レイチェルに初めて会ったときに、彼女が口にした名前だ。ジョナサン・プライスが演じたエンジニアを、ミス・サイゴンの舞台で観たと言ってたっけ。
「とてもかしこそうな名前だね。」
 最後に私は、ひとつだけ確認したいことがあった。
「レイチェルにエンジニアか・・・。パパの名前はなんていうの?」
 夢の中に出てきたこの子の父親、レイチェルの夫のイメージを思い浮かべた。彼らがたとえ平凡でも幸せに暮らしていることを知れば、自分の罪悪感が軽減されるだろうと思っていた。
「ジョナサン。」
 私は一瞬自分の耳を疑った。
「ジョナサン?ジョナサンって言った?」
「うん、ジョナサンだよ。どうして?」
 なんたる偶然だろう。まさか自分と同じ名前だとは思いもよらなかった。
「で、ジャナサン・パパも、このスーパーで働いてるの?」
「いいや。パパはね、ずっと病院に入ったままで、もう出てこられないんだって。」
「病気なの?」
「うん。心の重い病気で、ママも面倒を看きれなくて、ニューヨークの病院に預けてるんだって。」
「ニューヨークの病院?で、エンジニアはパパのお見舞いに行ったことあるの?」
「いいや。ママが、会わない方がいいって言うんだよ。」
「エンジニアは絵がとっても上手だね。何歳なの?」
「もうじき七歳の誕生日なんだよ。」
 じゃあ、レイチェルがまだニューヨークにいた頃にできた子どもじゃないか。
「パパって、どんな仕事してたんだろうね?」
「作家なの。物語を書いてるんだよ。病院から出ないで、入院しながら書いてるんだって。」
「へえ、作家か。で、エンジニアはパパの物語を読んだことあるの?」
「うん、いくつもあるよ。」
 エンジニアは、誇らしげにパパの作品のタイトルをいくつも並べた。それはすべて、私の作品と同じタイトルだった。それ以上、私はエンジニアと平静な状態で話し続けることができなかった。
「ホワイティの絵をどうもありがとう。これ大事にするね。おじさん、もう行かなくちゃ。ありがとう、エンジニア。」
 私は振り返らずにまっすぐ車に向かい、とにかくホテルを目指した。

 ベッドに背中をつけた。記憶喪失だった人間が、一気に全てを思い出して混乱すると、こんな状態なのだろうか。思考が焦点を結ばなかった。エンジニアの笑顔が浮かんだ。エンジニアとレイチェルの涙を流す顔が浮かんだ。ピアニストとの結婚生活を、遠くから見つめるレイチェルの表情を想像してみた。毎日スーパーで働く日常生活をイメージしてみた。どうすればいいのだろう。何をすべきなのだろう。頭の中はただ空しく数時間は堂々巡りしていたようだ。

 枕元の電話が鳴って目が覚めた。反射的に受話器を手に取る。
「ハロー。」
「あなた、いつから画商の真似事を始めたの?」
 レイチェルの声だった。年月が経っても声はちっとも変わっていない。
「電話はかかって来ないと思ってたよ。」
「ホワイティは亡くなったのね?」
 ホワイティはレイチェルによくなついていた。
「ああ、2年前にね。」
「エンジニアは、変なおじさんに話しかけられたって言ってたわ。」
「ホワイティの絵を売ってもらったよ。」
「十ドルとは、随分ふっかけられたものね。」
「マルガリータをママのために買うってさ。誕生日だね。」
「私の誕生なんて忘れてたでしょうけど。」
 そういえばそうだ。すっかり忘れていた。
「いや、このところ忘れたいことが多かったので、紛れてしまった。済まなかった。」
「いいのよ、そんなこと。仕事でロスへ?」
「うん、そうなんだ。あまり気乗りがしない内容だけど、こうして仕事にありついているのも、君のおかげだよ。」
「あなたの実力よ。・・・エンジニアに話しかけた変なおじさんが誰なのか、確認したかっただけなので、もう切るわね。」
「あの、電話番号を聞いてもいいかな?」
「どうして?」
「将来、画商を始めようという気になったとき、エンジニアの絵を扱いたいと思ってね。」
「ふ〜ん。あの子に才能はありそう?」
「そうだね。母親のいいところを受け継いでいるようだから、いい線行くと思うよ。」

 結局、レイチェルは電話番号を伝えずに電話を切ってしまった。これまで、人生を生きてきて、どこかで大きな選択ミスをしていたのではないかと、急に不安になった。具体的な理由は何もないが、突然孤独感を感じた。夢に出てきたレイチェルとエンジニアの涙の表情を思い出し、感情が眼から溢れ出るのを感じた。

 ロス滞在六日目。眠れたような眠れなかったような、判然としない一夜だった。起き上がる気力もなく、このまま絶食して横になっていようかとも思った。完全に虚脱感に打ちのめされていた。知らないうちに、私自身も狂ったように富や栄光を追い求め、大いなる幻想の罠にはまってしまっているのだろうか。全てを失おうとするときに、ひとつだけ残して欲しいものを願うことが許されるなら、自分は何を望むだろうか。
 とりあえず、バスルームに行こう。なんとか起き上がって壁に手をつきながら顔を上げた。ドアの隙間から、封筒らしきものが投げ入れられているのが目に入った。どこからかファックスが入ったのだろう。
 バスルームで、鏡の中の自分と向かい合った。無精ひげにぼさぼさの髪。なんてお似合いの表情なんだろう。仕事を失ってこのまま路頭に迷い、ホームレスになって行く人生を想像しても、あまり恐怖感は湧かなかった。それほど、何かに対する執着心は残っていないのだと、ある種の安堵を感じることができた。
 封筒を拾い上げ、中の紙片を取り出して拡げながら再びベッドに背をつけた。ファックスのタイトルは「商談へのご招待状」となっていた。
 読みながら、私の身体は勝手に反応し、いつの間にか起き上がって何度も読み返していた。


「商談へのご招待状」     

ジョナサン・プライス殿
二〇一〇年八月十五日
         差出人住所・電話番号・ファックス番号

 新しい事業構想として、画商を始められることを考えていらっしゃるとお聞きしました。とくに、子どもの新しい才能を発掘し、人の心に感動と慰めを与えようというお考えには深く同意いたします。
 つきましては、本日の午後七時より表記の住所にて、お互いに意見交換し、将来に向けての建設的な商談を行いたいと希望していますので、よろしければ是非お越しください。なお、予算の関係でピザ・マルガリータしかご用意しておりません。その他なんでも差し入れて下されば歓迎いたします。
 なお、決して強制的にお越しいただこうとは考えていませんが、でも、もし貴殿がこの招待を拒絶された場合は、貴殿のこれからの人生は闇に閉ざされ続けるであろうことを覚悟してください。

   差出人 才能溢れる未来の画家 エンジニア
       画家の代理人であり母であり、才知溢れ寛大で情け深い女性 レイチェル


 部屋のカーテンを開けると、午後の陽射しが眩しかった。今日のロスの空はどこまでも青く澄み渡り、ダウンタウンの高層ビル群をはっきりと見ることができる。
 七時までにはまだ時間がある。どのようなオファーをするか、じっくり考えよう。花束は何にしようか・・・。気乗りしないロスでの仕事だったが、引き受けて良かったと今では心から思っている。                                 (完)


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(作品解説)
ちょっと長いのですが、お読みくださり有難うございました。
ブログの制限文字数に引っかかりましたので分割して掲載しました。

この作品は2010年、仕事で大変お世話になった方の誕生日に
お中元も兼ねて贈呈した作品です。
過去に書いた作品の中で、最も気に入っているものです。
今、読み返しても、なんとなく切なさが伝わって来て
で、どう考えてもピアソラの曲想とは合わないため、
半世紀近く聴いている、ビル・エヴァンスの演奏にしました。
「その1」のI will say goodbyeは、ミシェル・ルグランの作曲です。
「その2」は、同じくビル・エヴァンスの演奏で
Remembering the rainです。いずれも、とても好きな演奏です。
でも、「その2」にはピアソラのOblivionが出てきますので
ちょっとほっとしています。

最近、本格的に短編作品を書きたいなという意欲が湧いてきています。
目に見えない力には逆らわず、行動に移そうかと考え始めています。
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by hirune-neko | 2013-02-27 23:27 | 創作への道 | Comments(4)

10ドルで買われた絵(その1)

Bill Evans Trio - I Will Say Goodbye


「10ドルで買われた絵」

 映画制作会社の用意してくれたホテルは、サンセット大通りから少し離れた閑静な場所にあった。名の通ったチェーンのホテルではないが、ロビーが高級で趣味がいいだけでなく、部屋のインテリアもどことなくクラシカルで、ヨーロッパのホテルを思わせた。

 一時期、ロサンゼルスに住んでいたことがあるので、土地勘はあった。仕事の関係で東海岸を拠点にするようになって、もう十年以上が経っている。久しぶりに訪れたハリウッド地区は、昔ほどの活気はないものの、映像パッケージ商品の普及と、ネットテレビ局の増加を見込み、今でも映画に投資する人は多いらしい。
 傾斜地に建つホテルの窓からは、ダウンタウンの高層ビルが午後のスモッグに霞んで見えた。東海岸からは飛行機で五〜六時間の距離だが、やはり街の雰囲気が違う。

 ニューヨークには、気心の知れた編集者や発行人が多く、ようやく私の読者が固定化されてきたこともあって、頻繁に会食をする機会がある。彼らのほとんどは、男性も女性も例外なくトラディッショナルなスーツに身を包んでいる。贅肉を敵視しているかのようにジム通いを欠かさず、もしかしたら菜食主義であり、クラシック音楽以外は雑音だといいかねないストイックなのが特長だ。間違っても原色のTシャツで街を歩いたりはしない。だが、彼らの洞察力と知性は底知れずであり、畏敬の念を持って接している。

 ロスには最低一週間滞在して関係者との打ち合わせをすることになっている。長期に渡って外食だけだと健康に悪いと考え、食料の買い出しに行くことにした。
 空港のレンタカー会社に予約していたボルボのセダンは、ブルーだった。サンセット大通りからウィルシャー大通りに向かい、適当に右折してしばらく走ると、右側に大きなスーパーが視界に入ってきた。

 カートに、ミネラルウォーターや果物、ハム、サラダ、パン、バター、紙製食器などを入れて、レジに並んだ。どのレジにも十人近い客が並んでいた。閑静な住宅街のせいか、年配の品のいい女性が多い。一人一人人間観察をしながら、レジのスタッフに視線を移した。単純作業だが、神経が張り詰める孤独な作業だ。フランスの自殺者の職業別統計によれば、スーパーのレジ係が一番多いという話しを思い出していた。
 列に並びながら、全部で二十近くあるレジの一人一人の表情を観察することにした。どこから始めようか・・・。その時、私は自分の目を疑った。左側の三列目のレジ係。なぜレイチェルが、ロスのスーパーで働いているんだろう。

   *   *   *   *   *

 ノン・フィクション作家としての自分の才能に見切りを付けたわけではないが、確かに限界は感じていた。図書館や各種のブログを調べ、政治家や政府高官への取材を重ねても、所詮は部外者が表面を撫でただけのレベルに過ぎないのではないか、という思いは消えなかった。八年ほど前だっただろうか。そんな葛藤の最中に、編集者や作家が集まるパーティーに招待された。人の集まりに入っていくのは苦手だったが、かねてから付き合いのある主席編集長が主催する、プライベートなパーティーだというので、気乗りしないまま参加した。
 社有と思われるコンドミニアムは、ブロードウェイからそう離れていない、マンハッタンにひしめく高層ビルと一緒に立ち並んでいた。ドアマンのいるコンドミニアムだった。
 ペントハウスなので天井高があることが、ひと目で分かった。少し照明を落とした広いリビングで、すでに十数人の先客があったが、主席編集長の女性秘書が目ざとく私を見つけ、手招きした。名の通った出版社の人たちだと思うが、彼女はファーストネームだけで紹介してくれた。気後れがなかったと言えば嘘になる。
 結局私は、いくつかの話しの輪に留まることができず、窓際のソファに身体を預けて、辞去するタイミングと理由を考えていた。入り口近くに置かれた、グランドピアノはスタンウェイで、ずっとミュージカルの曲を弾いている。ピアニストではなく、どうやら編集者のようで、彼らの多才さには驚かされる。この曲は確か、ファントムの・・・曲名が思い出せない。
 通りの反対側のオフィスビルは、ほとんどの部屋の明かりが消えている。そう思ったとき、窓ガラスに女性が映っているのが目に入った。振り向くと、その女性は笑顔を見せて言った。
「ここのパーティーは退屈?」
 まずいぞ。そう見られていたんだ。
「ああ、いえいえ。さっきから私の好きな曲ばかり演奏してくれているので、ちょっと聴いていたかったんですよ。」
「レイチェル。レイチェル・ウォレス。」
 彼女は手を差し出しながら、名乗った。
「これは失礼。ジョナサン・プライスです。」
 立ち上がってレイチェルの手を握り、自己紹介した。
「ジョナサン・プライス?」
 彼女は怪訝そうに顔を少し傾け、真意を探ろうとするかのように、私の眼をのぞき込んだ。
「本名なんですよ。たまたま、高名な舞台俳優と同姓同名というわけです。偶然です。」
 レイチェルは納得したように笑顔に戻った。
「随分以前だけど、ジョナサン・プライスがミス・サイゴンのエンジニアを演じたのをブロードウェイで観たわ。リー・サロンガがキムで。」
 レイチェルが話題を提供してくれている。立ちっぱなしはまずいだろう。
「まあどうぞ。すわりませんか?」
 自分の家ではないが、ソファを勧めた。彼女はほほえんで座り、脚を組んだ。少し威圧感を覚えるほど、魅力的な女性だった。改めて向かい合ったが、彼女の大きな眼に見つめられると、心理分析をされる側になったようなかすかな不安を感じた。

   *   *   *   *   *

 あれが、レイチェルとの出会いだった。謎の多い女性だったが、それがかえって捉えどころのない魅力となっていた。児童書編集者として高く評価されていた彼女が、なぜロスのスーパーで働いているのだろうか?当時の記憶を辿ってみても、てきぱきと袋詰めをしているレイチェルの表情との整合性は見いだせなかった。
 ちょっとためらったが、支払いを済ませるとカートを押して、レイチェルには視線を向けず、そのまま駐車場に向かった。ホテルまで、どのコースで戻ったかを思い出すことはできなかった。ずっとレイチェルが頭の中にあった。

 ロス滞在二日目。午後三時には関係者との第一回目の打ち合わせが終わった。電子端末の普及を見込み、廉価なダウンロード版とネットテレビ、それとオンデマンド用など、多極化する販売チャネルに対応する商品企画会議だった。コンテンツの基本スキームが私の担当であり、打ち合わせの間は仕事に集中することができた。しかし、終わってみるとやはりレイチェルのことが気になった。
 スーパーの駐車場から店内に向かいながら、ためらいを感じ始めていた。もう過ぎ去った昔の人間に、なぜ干渉しようとしているのだろうか。レイチェルに対する負い目なのだろうか。
 マンハッタンのパーティでの出会いが思い出された。

   *   *   *   *   *

「ジョナサンって呼んでいいかしら?」
 私は軽くほほえみ返した。それを同意と受け取ったレイチェルは、以後、私をジョナサンと呼ぶようになった。
「あなたは編集者じゃないわね、ジョナサン。」
 苦笑して答えた。
「編集者ほどの幅広い知識もないし・・・」
「営業販売をするほど、人付き合いが上手ではない?」
 レイチェルは引き取って言った。
「ライターなのね。ごめんなさい、あなたの作品について何も知らないわ。」
「迷えるノンフィクション・ライターで、人気作家のような知名度はないんですよ。」
「質問していいかしら?ノンフィクションを選んだ理由はなんなの、ジョナサン?」
 知らず知らずのうちに、私はレイチェルの世界に引き込まれていた。彼女は自分が児童書の編集者だと説明した。大人の汚れを浄化するのは困難な作業だが、子どもが少しでも汚れないように手助けする方がまだ可能性がある。そう考えたレイチェルは、子どもの感性に影響を与えるメディア制作に達成感を見いだしていた。レイチェルの動機や情熱は、おそらく何かに対する深い絶望が原動力になっている、そう直感したが、具体的に質問することはためらわれた。

   *   *   *   *   *

 店内に入ると、レイチェルは昨日と同じレジにいるのが分かった。私は一体何をしようとしているのだろう。まるで記憶を喪失したかのように、次の行動に移ることができなかった。消極的な方法だが、ホテルの電話番号を渡して電話を待とう。レジには何人もの客が並んでいたので、辺りを見回しマネージャーらしき人物を探した。幸いにすぐに分かった。
「ちょっと失礼。」
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
 男性マネージャーは愛想良く答えた。
「あの、十二番レジの女性ですが・・・。」
 男性は笑顔を崩さなかったが、何かクレームがあるのかという警戒の表情を隠すことができなかった。
「彼女は高校時代の同級生なんですが・・・レイチェルだったと思うんだけど。」
「ああ、レイチェルの同級生だったんですか?」
 彼は安心したように警戒を解いた。ロスに来て久しぶりに見かけたのだが、お客さんが込んでいて迷惑になるといけないから、電話番号を書いたのでこのメモを渡して欲しいと頼んでみた。毎日五時までのシフトなので、もうじき終わるから待っていてはどうかと言われたが、直接会う勇気など持ち合わせてはいなかった。仕事があるのでと言って、ホテルに引き上げた。

 いつ電話がかかるかと考え、部屋を一歩も出なかった。だがとうとう電話はなかった。

 ロス滞在三日目。自分の準備不足を反省させられるミーティングだった。投資家は、投資金額を時間軸に沿ってどのように回収し、最終利益はどの程度見込めるかという視点から決して外れることはなかった。そりゃまあ、当然のことだとは思う。
 プロデューサーは明らかに苛立っていた。時折、私に視線を向けて発言を期待しているようだった。だが不謹慎なことに、時折、レイチェルが私一人を相手に、雄弁に演説した論旨が思い出された。

   *   *   *   *   *

 「大多数のアメリカ人は、大いなる幻想に拘束されているのよ。お金さえ掴んでいれば、それが人生の成功であり、未来がバラ色に光り輝いて見えるの。広大な敷地に大きな邸宅、メルセデスにベントレーにマイバッハ。いつから人間は一度に何台もの車を運転できるようになったのかしら。誰しもが避けられない死。死んだ人に必要なのはたかだか棺桶を埋められるだけの小さな土地だけなのに。みんな取り憑かれたように富を追い求めている。」
 レイチェルは、淡い幻想を片手に児童書の世界に憧れてやってきた人間ではない。何か心の奥に深い闇がある。そういう印象は徐々に強まっていった。

   *   *   *   *   *

 「ジョナサン!」
 プロデューサーの声に、我に還った。一瞬、会話の現在位置が掴めなかった。
 「君の意見を聞きたいのだが、現在のトレンドを分析してその要素を取り込み、話題を提供するという手法が、販売本数やダウンロード数につながり、かつ作品の継続的な付加価値を生むことができるといえるのだろうか。どうだね?」
 投資家は投資金額に対するリターンに興味があり、プロデューサーは作品に対する評価に興味があるのは明らかだった。少し紛糾したため、打ち合わせが終わったのは五時近かった。私は自分自身に呆れながら、レイチェルの様子が気になり、スーパーに車を走らせた。

 スーパーの駐車場に着いたときは、すでに五時を大幅に過ぎていた。なんて無駄なことをしているんだろう。いささか自己嫌悪に陥ってホテルに引き返すことにした。そのとき、駐車場の外れの方に向かうレイチェルが見えた。五〜六歳の男の子の手を引いていた。その光景を見て、心が軽くなるのを感じた。レイチェルは結婚し、子どもを産み育てている。良き母、良き妻として、おそらく平凡だが平安な生活を送っている。だったら昔の恋人に電話などできるわけがないさ。そりゃあ当たり前だ。私は一人で納得し、レイチェルを頭の隅に追いやって、仕事に没頭した。その夜は遅い時間まで打ち合わせ用の資料を作った。さすがにくたくたで深い眠りに落ちた。

 私の先をレイチェルが歩いている。両側に灌木が生い茂る山道なのに、濃紺のハイヒールを履き、ローズ色のドレスを着ている。不意に、あの男の子が現れ二人は手をつないで歩き続けた。男の子はデニムのズボンにスニーカー、ニューヨーク・ヤンキースの野球帽を被っている。追いついて声をかけようと思ったが、脚が重くて追いつけない。少し前方に男性が立っているのが視野に入った。こちらに手を振っているようだ。遠目にもブルックスのスーツだと分かる。チャコールグレー。白いオックスフォード生地のボタンダウン・シャツに、渋いレンガ色系のレジメンタルストライプ・タイだ。やがて男性は合流し、男の子を挟んで三人で手をつなぎ、歩き続けた。ああ、レイチェルの旦那、男の子の父親なんだ。
 不意に彼らは立ち止まり、一斉に振り返る。何か言わなくては。だが言葉が出ない。いつの間にか男の子は籐製の大きなランチボックスを抱えていた。開こうとしている。サンドイッチでも入っているのだろうか。不意にオルゴールの曲が流れ出した。ショパンの子犬のワルツだ。男の子はほほえむと、ランチボックスの中が見えるように傾けた。白黒まだらの、ほぼ生まれたてとおぼしき子ネコが三匹、ひとかたまりで眠っている。

 目覚めて夢だったことが分かった。ぼんやりと反芻を試みたが、途中で記憶は曖昧になってしまった。面倒だったが、ホテルのブッフェに下りて行って朝食を摂った。シリアルにミルクをかけ、果物も適当に入れて食べ始めた。口に入ればなんでもいい気分だった。

   *   *   *   *   *

 レイチェルは、ノンフィクションばかり追い求める私に、懐疑的な意見をぶつけるようになっていた。なぜ、そんなにムキになって意見を言うのか理解できなかった。私たちは意見の相違を乗り越えて、お互いを必要とするようになった。冗談めかして私は自分の妄想の世界にレイチェルを招待した。ありえない設定で、世相を批判し同時に受け入れる。小さき者、弱き者が王者になり、動物たちの知能が人間を凌駕する世界・・・レイチェルはいつも興味深く聴いてくれた。

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by hirune-neko | 2013-02-27 23:23 | 創作への道 | Comments(0)

食べ過ぎて苦しいときに聴く音楽は?

Eliane Elias 「Estate」


朝は決まってトースト2枚なので、昼がどうしても重くなる。
食べている時間が勿体なくって、あまり考え込まないで指せる
「ハム将棋」と対戦しながら食べる。
でもやはり、将棋だし、いかに「ハム将棋」といえど
馬鹿にしてかかると、手痛い逆転を喰らう。
なのでやはり、盤面に集中して食べてしまう。
つまり、満腹レベルを超えているにもかかわらず、
全神経が次の一手に集中しているため
まるで恐竜のように、満腹信号の伝達スピードが遅くなる。

ようやく気がついたときは、苦しいのなんの。
本当に自分がアホに思えて可笑しくなる。
本当に苦しくて、胃の方から逆流しそうになる。
健全な感覚の持ち主ならば、少し外に出て
歩いてみようと思うのだろうけど、神経だけでなく
体躯も恐竜並みに重くなり、まったくその気にならない。
なんとか気を紛らわそうと、Youtubeを開く。

ああそうだ、最近知り合った女性が
嵐の大ファンだと言っていたっけ。
う〜ん・・・聴いているうちに、韓国の
ガンナムスタイルとかいう、ノリのいいダンスを
思い出した・・・げっ、日本版や中国版の
パクリもあるんだ・・・気分はますます悪化する。
サラ・ヴォーンの初めて聴くバラードで少し落ち着く。
まさかサラ・ヴォーンはボサノヴァなんて歌っていないだろう、
と思ったら、何曲か歌っていた。
そうこうするうちに、久しぶりにエリアナ・イリアスが目に付く。
胃の方も少し落ち着いてきたようだ。

やはりボサノヴァは、ポルトガル語で聴いた方が
耳に心地良く感じる。
そんなことをぼんやりと考えながら、睡眠障害者のように
強烈な睡魔が通り過ぎるのを、抵抗せずじっと待っている。

なんて平和な午後なのだろう。
なんて現実感が具わっていない自分なんだろう。
なんて現実に適応していない自分なんだろう。
私にとって、現実と非現実は、薄い幕一枚で
隔てられているだけなのかもしれない。
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by hirune-neko | 2013-02-26 15:25 | 現実的なお話し | Comments(2)

金曜日の女の死

Piazzolla : Five Tango Sensations - Despertar


早朝、街はずれの市場で、その女は遺体で発見された。
捨てられた、売れ残りの色とりどりの花の中に
埋もれるように
眼を見開いたまま、かすかな笑顔を浮かべて
息絶えていた。

いつからこの街に住むようになったのか、誰も知らない。
どこからやって来たのかも、知る人間はいなかった。
フランス訛りの英語を話すこと以外は、謎の女だった。

女は、週末の金曜日には決まって花屋に立ち寄り
その都度違った種類の、バラを買い求めた。
花束を抱えて街を歩く姿は、まるで
舞台上のプリマのように、気品に溢れていた。

私は、週末の金曜日には花屋の隣の肉屋に立ち寄り
その都度およそ1週間分の、チキンの生肉を買うことが
いつしか習慣になっていた。

女が、その日のバラを選び、店先で
店員が花束に整えるのを待っている間、
私は隣の肉屋で、店員が2キロきっかりに
チキンを切り分けるのを待っていた。

偶然にも同じ時間に、間の抜けた時間を過ごす
お互いの存在に気付いて3回目のときだった。
視線が合うと、女は言葉を口にした。
「Bonjour」と、もろにフランス語だった。
「Bonjour・・・madame vendredi」(*vendredi=金曜日)
いつも金曜日に顔を合わせるので、そう言ってみた。
女はほほえみながら言った。
「Parlez-vous français, monsieur vendredi?」
「甘い囁き」という歌の合間に、女性を口説く台詞が
出てくるのだが、それが私の話せる唯一のフランス語なので
そのまま言ってみたら、女は無邪気な笑顔を見せた。

それが、その女との初めての会話だった。

翌週の金曜の同じ時間に、女は花屋でバラを買い、
私は肉屋の前で、いつものように、
生肉が切り分けられるのを待っていた。
女が、今日もチキンなのかと尋ねたので
いや、今日は久しぶりにポークなんだよと答え、
銀行に印税が振り込まれたので、と付け加えた。
すると女は黙ってうなずき、
「まるでサローヤンの世界ね」とほほえんだ。

商品が包み終わるまでの、わずか数分の会話が
それ以来、何度も続いた。
その後、その女と二人きりで会うことはなかったといえば
それは嘘になる。
女と二人で過ごした時間があったといえば、
それは作り話になる。

女は何度か、早朝の夢の中に現れた。
その話をしたら、女は一瞬驚いたような表情で
女の夢の中にも、私が現れたことがあると言った。
そこで少しの間、大人の分別によって会話が途切れた。

女は人生を知り尽くしていたし
私は、自分の人生に新たなものを
持ち込みたくなかったので、
無言のうちに、私たちは互いの境界線を
尊重し合ったのだろうと、思い起こしている。
お互いに、金曜日の女と金曜日の男として
店先での数分の対話が、それだけで十分だった。

    *   *   *   *   *

数日後、女が公営墓地に埋葬されたことを知った。
身許が不明なため、行き倒れの人間、という
処理をされたとのことだった。

金曜日がやって来た。
いつものように、肉屋に近づくと
いるはずのない金曜日の女の不存在を、
私は、無意識のうちに確かめようとしていた。
かすかな欠落感を感じた。

次の週の金曜日、私は肉屋の前を素通りし
花屋に入っていった。
冷蔵ケースには、何種類ものバラがあった。
少し躊躇したが、ビロードのような深紅のバラに決め
思い切って花束にしてもらった。
印税が入った訳ではないのだけれど・・・。

出来上がった花束を受け取ったとき、
店員はこう尋ねた
「monsieur vendredi・・・ですか?」
あの女との会話を聞いていたのだろうか。
私が頷くと、店員は奥に行き紙包みを持って来た。
「madame vendrediが、遠くへ越すことになったので
monsieur vendrediが見えたら、
これを渡してほしいと言われて、
預かっていました。よかった、お会いできて」

私は、その包みを無言で受け取ると、
バラの花束を抱えて公営墓地に向かった。

受付で事情を説明し、
行き倒れの人たちが埋葬されている区画番号を聞いた。
広い敷地なので、探し当てるまで、しばらく歩いた。

墓石には個人名がなく、仮称と没年月日だけが刻まれていた。
「madame vendredi・・・さようなら。またいつか、金曜日に」
バラの花束を置くと、そう別れを告げた。

店員から預かった包みを開けるのは気が重かった。
何も始まってほしくはなかったし、
何も終わってほしくもなかった。
なので封を切らずに、あの包みは今もまだ
本棚の一角で、ひっそりと静かに眠っている。
いつか目覚めるときが来るのかもしれないけれど、
今はひっそりと眠っている。

-----------------------------------------------------------------------
(献呈の言葉)
「金曜日の女の死」は、
いつも貴重で専門的なコメントを書いてくださる
El Bohemioさんと
拙著をはるばる運んでくださる
El Bohemioさんのお嬢さんへの
感謝の気持ちとして献呈させていただきます。

この曲には「Despertar」という標題がつけられています。
スペイン語では「目覚め」という意味のようです。
何度か聴いているうちに、一人の女性が現れ、
そして、なんの痕跡も残さずに、視界から去っていきました。
ピアソラの曲なので、どうしても暗いストーリーになりましたが、
私自身の中では、一人の生きた女性として、
文字通り、長い眠りから目覚めて存在しています。
つまり、ヴェールに包み隠していた過去が
徐々に姿を現してきています。

もちろん妄想の産物ではありますが
ピアソラの作品には、それだけの力が・・・
創造力をかき立てる力があることに
改めて感銘を受けています。
まだまだ稚拙な文章ではありますが、
感謝の気持ちを込めてお贈りします。
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by hirune-neko | 2013-02-24 19:39 | 創作への道 | Comments(4)

ピアソラ〜多面体のある一面

Astor Piazzolla: Trois Préludes: -1. Leijia's Game - Tango Prélude pour Piano


昨日、iTunes Store でダウンロードしたアルバムのタイトルは
The Rough Dancer and the Cyclical Night (Tango Apasionado)。
その中でも印象的なFinaleという曲を、昨晩紹介した。
このアルバムを何度も繰り返し聴きながら、改めて、標題の
Leijia's Gameに、注意が向くようになった。

ピアノのための前奏曲(Prelude)を何曲か作っており
その1曲のようだ。アルバムのタイトルと、
Tango Apasionado という表現の位置関係については
まだ調べていない。

この曲は、クラシック? コンテンポラリー?
途中、一瞬だがショパンのノクターンのような部分もあり
ガーシュイン風のフレーズもあり・・・分析して
カテゴリー化することにはなんの意味も無いことは
分かってはいるものの、ピアソラが
どんな背景でこの曲を作ったのかに興味を持った。

ピアソラが、バンドネオン以外に、ピアノを演奏したのか
そんなことすら知らないのだけれど、
想像するに、この曲は聴き手を想定せずに
そのときの自身の内面を、そのままピアノを介して
表現した、いわばレアな曲なのではないだろうか。
そんな気がしてならない。

人間は、切迫した状態で何かと闘っているときには
異常な集中力を発揮するが、その危機的な状況を
乗り越えた後に来る弛緩・・・そこでは文字通り心身が弛緩し、
強制的に作られていたある種の前傾姿勢から解放される。
住まいを失い、路頭に迷うかもしれなかった状況を乗り越え、
マンハッタンの、それなりの高層アパートの
一室を所有することになり、
広い居間にはスタンウェイのフルコンサートが据えられ、
街中の喧噪から遮断された自由な時間を過ごし、
生活費のために無理矢理、作曲をする必要もなく、
過ぎ去った過去が洪水のように押し寄せて行く手を覆い、
・・・そんな錯綜した人生の一瞬を、五線紙に描いてみた。
それが、この曲なのではないかと妄想される。

ピアソラに、果たしてそのような状況があったかどうか
知る由もないが、これまでに聴いた約200曲の
あまりにも多面的な曲想を俯瞰してみると、
ピアソラは、延々と机に向かって
小説を書く作家のようにではなく
荒波を航海する小舟のように、絶えず緊張を
強いられながら、創作活動を続けたのではないかと
少しずつではあるけれど、そのような気がしている。

かくいう私の場合は、風邪の症状からほぼ解放され
締切仕事も一段落しての、
・・・弛緩などという高尚な状況ではなく
ただ単にだらけた土曜の午後に、
ちょっと雑文を書いてみたくなっただけのことで
ちっとも生産的な内容ではない。
しかし、人生にはどんなことでも、無駄というものは
存在しないのではないかと、そう思っているので、
まだまだ、ときには大いに時間を浪費したいと思っている。
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by hirune-neko | 2013-02-23 13:34 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(9)

失うものが何もなくなった瞬間

Astor Piazzolla - Finale (Tango Apasionado)


楽しみにしていた子どもが生まれたが、
数日後に、先天的な心臓疾患のため
その子は、力尽きて天使になってしまった。
周りの景色が、まったく違って見えたと、
その両親は記していた。

双子の女の子が生まれたが、
翌日、突然二人とも一緒に天使になってしまった。
いくらカウンセリングを受けても、
心の痛手は癒やされなかった。
そう、母親は記していた。

失うものは人それぞれ違っていても
失いたくないものが突如崩れ去り、
目の前のすべてが風化した瞬間、
人は何を思うだろうか。

私の場合・・・
まるで狡猾な詐欺師にだまされていたことに
全てを失ってみてようやく気がついたように、
突然、腹の底から可笑しさがこみ上げて
思わず笑ってしまった。
そして情けなさが眼の奥から溢れ出て、
すべてが振り出しに戻ってしまった・・・虚脱感。
そんな印象だったのを憶えている。

そのとき、ふいに口から出てきたのは
なんとも滑稽なことに
「網走番外地」という歌だった。
なんとなく、すべての原因である自分が
まるで犯罪者のように思えて自虐的になったのか、
今、思い返しても脈絡のない反応だった。

人生はもう終わった・・・
そう感じる経験は、しないにこしたことはない。
この歳になって、学んだことの一つは
人生はその場所から新たにまたやり直せるものだ、
という事実だ。

自らの命を絶つことなく、
自分自身の存在の重さを支えながら
静かにひっそりと生きている・・・。
失ったものをふと思い出し、
徐々に薄れている悔悟の念を時折思い起こし、
なんの希望も見出せない明日に向かって
来る日も来る日も、その一日ごとを
重く生き長らえている人が存在する。
実際に存在している。

こうしてピアソラの曲を聴いていると
曖昧な笑みのヴェールで過去を包み
ひっそりと生きている女が
薄暗い部屋の隅に姿を現す。

無言の対話によって、女は私に
穏やかな口調で語りかけてくる。
まるで、まだ消え去らない自責の念という重荷を
自分の中から絞り出そうとするかのように。
独りの時に、人知れぬ涙をこらえるかのように。

やがて女は、曖昧な笑みを浮かべ
安堵の表情とともに、暗がりから外の闇に
溶けるように姿を消して行く。
かすかなジャスミンの香りを残して
女は一度も振り返らずに去って行く。
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by hirune-neko | 2013-02-22 18:56 | 創作への道 | Comments(4)

音もなく過ぎ去ったヴァレンタイン・・・

Sarah Vaughan - My Funny Valentine (1954)


昨年の聖ヴァレンタインの時は、
国内のみならず、全世界から
膨大な数のチョコレートが届いたっけ。
次々と配達に来るクロネコヤマトの宅急便、佐川急便、日本郵便・・・
受け取りが間に合わず、何台ものトラックを待たせてしまった。
おかげで近所は大渋滞で、高津警察署からは
交通整理のおまわりさんが駆けつけたぐらいだった・・・。
今年はどうなるか気をもんでいたが、
届いたチョコは義理チョコを含め、ゼロだった。
去年のあの騒ぎは、一体なんだったのだろうか。
いや、もうすでに365日以上経っているので
もしかして、夢でも見たのかもしれない。

さて、ここからは正真正銘の実話である。

札幌に独りで暮らし、来る日も来る日も
他界するときのための、身辺整理に追われている
88歳の母のお話である。

いつもは午前中に安否確認の電話をするのだが、
今日はどういうわけか、しようしようと思いつつ
仕事の対応に追われ、午後2時近くになってしまった。
で、話し始めて数秒後に、いきなり電話が切れてしまったのだ。
Skypeのせいなのか?そう思って、NTTの固定電話で
かけ直した。すると、どうも響きがおかしい。
電話の向こうで母がいう。
「突然停電になったんだよ。」

母は、心臓ペースメーカーの手術を受けているため
身体障害者一級の手帳をもらっている。
部位が心臓なので、停電時にも緊急通報できるよう
消防署かあるいは手稲渓仁会病院への専用通信機器が、
壁につけられているのは知っていた。
その、装置に向かって、つまり壁に向かって話しているという。
一度電話を切り、北海道電力の本社に電話した。
停電情報を確認するためである。
すると、けげんそうに、どこも停電はしていないという。

ん?さっき、電話が切れる寸前に、トースターで
パンを焼いているとかいってたので、もしかして
ブレーカーが落ちているのではないだろうか。
そう思って、すぐに確認の電話を入れた。
本人も以前の経験があり、自分で椅子に乗って
ブレーカーを見てみるという。
ああ、これで椅子を踏み外したら、間違いなく
骨折だなと思い、制止したのだが、頑固な母である。

少しして電話をしたら、スイッチがいくつもあるが
目が悪くて何が何だか分からないという。
さしもの母も諦めて、近所の知人3人の電話番号を教えてくれた。
ところが、よりによって全部が留守電応答だった。
北海道の暖房は、電気式の石油ストーブで
停電になると温風も止まり、あっという間に室温が下がる。

北海道電力の本社に電話したとき、最寄りの支社名を
聞いていたので、早速その西支社へ電話し、事情を説明した。
今年の札幌は雪が多いため、普段2車線の道路も
1車線通行になっている。でも、さすがに北海道人は親切で
(他県の方は不親切だという意味ではない。一応念のため)
支社のある宮の沢から、わざわざ車で行ってくれるという。
停電の原因がブレーカーが落ちたせいかどうかは
まだ分かっているわけではないので、専門家が行ってくれたら
そりゃあ心強い。

3〜40分で着くとのことだったので、45分ほど待って
電話してみた。ちょうど北電の方が作業を終えたところで
やはり、ブレーカーが落ちていたとのことだった。

もし私が午前中に電話してしまっていたら、午後の停電に
母は自分独りで対応しなければならなかった。
近所に電話したくても、電話機自体が使用不能なので、
隣家に助けを求めるために、足場の悪い雪道を
歩いて行っただろうと思う。しかし、その隣も留守だったら、
おまけに雪道でバランスを崩し、転んでしまったら
場合によっては骨折し、雪の中で身動きできなくなって
しまったに違いない。さらにもし、降雪量が多い日だったら
あっという間に雪に覆われて、誰の目にも留まらず、
息子の私からの捜索依頼を、手稲警察署が受理したとしても
下手をすると雪解けの春に、凍死体で発見されたかもしれない。

そのように妄想たくましく考えてみたが、
必ずしもあり得ないことではない。
老境の母の口からは、感慨深い響きで、
なんという絶妙のタイミングで
息子が電話してくれたのだろう、と感謝の言葉がもれた。
普段は心配ばかりかけている親不孝息子だと思っていたが
やはりこうしてみると、血のつながった親孝行息子だと
そのように考えているのかもしれない。
ではまあせっかくだから、そう思わせておこうと思う。

・・・最後まで、この実に日常的でなんの意味もない
お話しをお読みくださり、かえって申し訳なく思っている。
人生とは案外、ほんの些細なことで幸福に感じたり、
孤立感を感じたりなのかもしれない。

かくいう私も、そうなのだろう。
夕方、珍しく娘から電話があった。
「お母さんいるの?」
「外出中だよ」というと素っ気なく、いつも
「あっそ、じゃあね、またね」ガチャンなのである。
だが今日は違った。
「お父さんに用事なの」へえ、珍しい。
聞くと、ある出版社の役員の方と書店関係者の方が
わが社が出版している「グリーティング絵本」について
話しを聞きたいらしく、打診があったそうだ。
以前一度、「娘の紹介」でお会いしたことがある
出版社の方で記憶にあった。
つまり、わが家には「親の七光り」など存在せず
「子の七光り」なのである。

取次も出版社も書店も、本当に分岐点の時代になっている。
まあ、こちらの仕事になるのか、ノウハウだけを知りたいのか
その辺は分からないが、ただわが社の「グリーティング絵本」は
種類だけで6パターン、使用言語も標準語、津軽方言、
三陸沿岸地方の方言、気仙地方の方言と多岐にわたり
しかも絵のデザインも現在3種類目を手がけている。
おまけに単なる絵本ではあるが、製作、受注管理、顧客管理
までのラインを考えると、QuarkXpress、Photoshop、
Illustrator、Excel、4Dなどを、一応まあ駆使しているので
外見だけでは判断できない、人知れぬ大変さが内包されている。
とくに、「天使版」に至っては、天使になったタイミングや
その後のご両親の心情などを把握し、1冊ずつ
細かい修正を加えるので・・・何回文章を作っても
子どもを亡くしたご両親の心の痛みが伝わって来るため
「ドニゼッティの人知れぬ涙」状態で、書いていることなど
誰も知らない・・・し、知っていただく必要もない。
この絵本を受け取って読まれたご両親は、
例外なく涙を流されていることを知っているので。

で、その出版社の役員は娘に対し、良かったらその会合に
同席してほしいと伝えたそうだ。
「久しぶりなのだから、お父さんに会って優しくしてあげなさい」
という親切心なわけはないだろうと推測している。
でも、どんな理由であったにせよ、娘の顔を見られるのは
嬉しいものだ。それは、息子であっても同様だ。
でもやはり、正直いうと娘は別格だと思う・
だって
「お前、タンゴでも習って、いつかお父さんと踊ってくれよ」
こんな話しを息子にできるわけがないもの。
でも、仮に娘がタンゴを習っていて・・・ピアソラは好きなようだが
私から「Shall we dance?」といわれたら
おそらく、フンといって無視するか、あるいは
「お父さん、ぎっくり腰になるから止めた方が良いよ」といわれるか
そのどちらかだろうな。

かくして、今日もまたアホな父親の妄想は止むことがない。
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by hirune-neko | 2013-02-19 19:34 | 現実的なお話し | Comments(4)

本格的な風邪でした

Terence Blanchard : The Pawnbroker


長時間、椅子に座っていると、身体がきしんでしまい
ちょっと休もうと、床の上に仰向けになりました。
すると、知らないうちにいつのまにか、うたた寝を・・・。
どうも体調がおかしく、クシャミと鼻水が止まりません。
翌朝はのどが痛くて、咳も出て・・・体調は絶不調。
翌日は、午後7時に床について、なんと翌日の
午前10時半まで、ずっと惰眠を貪ってしまいました。
昨日のことです。

薬は嫌いなので、急性の疾患で異常事態の時以外は
まず飲みません。
その代わり、一般市民の皆さんが口にされないであろう
ヘンテコなものを常用しています。
最近レパートリーに加わったのは、フランスキクイモ、
Jason Winters Teaというハーブティー、酸素水に
水素水、そら豆エキス、それとサプリメント何種類か。

フランスキクイモとJason Winters Teaは、
末期ガンで余命半年と宣告され、6年生き抜いている
女性から勧められて始めました。
ガンに効果があり、ガン予防にもなるらしいです。

いや、そんなことより、酷いコンディションでも
精神的には、不安を感じなくなり、その点は
とても有難いと思っています。
でも、病に対する不安はないものの、
自分の妄想性創作症候群が、
ますます悪化しているような
そちらの方に対する不安が、少しずつ募っています。

最近は、締切のある仕事が増えており、
かなり現実世界に身を置いて、論理的に思考しています。
でも、ひとたび仕事が一段落したら
またあれこれ妄想の世界に浸りきるのではないかと
楽しくもあり不安でもあり・・・というのが
偽らざる心境です。

標題の曲は、一度ブログで紹介しています。
ロッド・スタイガー主演の、恐ろしく暗い映画
「質屋・Pawnbroker」のテーマです。
確かクィンシー・ジョーンズ作曲のはずですが
サウンドトラックのヴォーカル曲より
この演奏の方がずっと良くて、なぜか突然
また聴きたくなりました。
この映画を、映画館で観たのは
もうかれこれ40年ほど前なのですが、
ストーリーは良く覚えていないものの
鮮烈な印象で、記憶に残り続けています。

最近、何かで解説を読んで、ああ、そんな
ストーリーだったのかと、やっと理解した次第です。

人間には、誰にだって
心象の原風景というものがあります。
どういう理由からか、私は「暗いイメージ」に
惹かれます・・・というかほっとします。
なので、時代小説でいえば
池波正太郎より藤沢周平作品に波長が合いますし、
行ったこともないのに、シベリアの荒涼とした
広大な大地に親近感を持ちます。
そのせいか、ピアソラの曲想には、
明るいイメージの作品が少ないですね。

欧州の著名な作曲家にはない、
ある種の絶望的な、越えることのできない
境界線を、諦観の視野で捉えて、
逃れの仮想空間を音楽で表現した・・・ような
そんな気がします。
歴史はちゃんと勉強していませんが、
アルゼンチンの軍事独裁政権時代に
多くの才知溢れる人材が亡命したと聞いています。

ああそうなんでしょう、きっと。
私の心象風景には、いうなれば
亡命先の見つからない亡命希望者
みたいに、どこに行っても違和感があり
誰に会っても心を開けない、
まるでスリーパーとして
他国に潜入している諜報部員みたいな
そんな疎外感がつきまとっているのかもしれません。

いつ、本国から指令があり
遂行すべきミッションが知らされるか・・・
そんな静かな緊張感が潜在しているんです。
精神科の医者にありのままに訴えたら
何か病名を付けたがるかもしれません。
ああ、そういえば、昨年の春
妻子ある身で仕事を辞め、某国立大学の
医学部に学士入学したわが家の三男は
精神科医を目指しています。
いずれは、そっと病的な症状なのか
あるいは単なるきまぐれグ〜タラなのか
診断してもらうと思っています。
その三男と娘が揃って、映画・レミゼが
とてもいいから観るようにって、連絡してきました。

やはり、風邪で体力と気力が消耗したせいで
思考回路が錯綜しているだけなのだと
結論づけることにしましょう。
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by hirune-neko | 2013-02-17 01:07 | 心の中のできごと | Comments(6)

「ゴタンの中庭」探戈楽人さんの驚嘆ブログ

Amelita Baltar - Oblivion


ピアソラ、ガルデル、ボルヘス、フェレール・・・を中心に
卓越した知識をお持ちのEl Bohemioさんに教えていただき、
「ゴタンの中庭」というブログにお邪魔した。
ブログ主は、探戈楽人(タンゴ・ラクジン)さんで、
アルゼンチンタンゴに関する幅広い情報や記事が網羅されている。

中でも驚いたのは、タンゴ曲の歌詞を丹念に翻訳し
その数なんと2400曲を超えているから驚きだ。
標題の曲は、数年前に初めて聴き、とてもいい曲なので
いろいろな演奏家の演奏を探してきた。
この曲がイタリア映画「エンリコⅣ」(ヘンリー四世)のために
ピアソラが作曲したものだと知ったのはわりと最近で、
フランス語の歌詞がつけられ、ミルヴァや標題の
アメリタ・バルタールに歌われて知られるようになったこと、
次いで、いろいろな演奏家が器楽演奏するようになったこと、
などが詳細に説明されている。

正直に言って、驚くとともに圧倒された。
以前、El Bohemioさんが、アルゼンチンタンゴの歌詞
特有の、スペイン語の俗語(ルンファルド)辞典を編纂され
それを紹介したが、「ゴタンの中庭」でも
ブログ主の探戈楽人さんが、同様の労作を掲載されている。
残念ながら、記事が画像化されているため、
ここで紹介することができないため、是非一度
閲覧されることをお薦めする次第だ。

とにかく、世の中は広いなと、改めて感心した。

・ブログ「ゴタンの中庭」 ブログ主・探戈楽人(タンゴ・ラクジン)
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by hirune-neko | 2013-02-13 18:01 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(10)

ためらいがちな宣教師

Astor Piazzolla "SOLEDAD".


宗教関係の雑誌をめくっていたら
「ためらいがちな宣教師」というタイトルが目に留まった。
筆者はヨーロッパの出身で、数年前に記事の中で
アルベール・カミュの文章に言及しているのを見つけ
嬉しく思った記憶がある。

でも、残念なことに、カタカナで「アルバート・カムス」
と表記されていた。
つまり、Albert Camus なので、そのまま英語読みした訳だ。
私はためらわずに発行元の電話番号を調べ、
クレームの電話を入れた。
電話に出た女性は、口には出さなかったものの
明らかに「で、何か問題があるんでしょうか?」という感じだった。
決してそう言われた訳ではないのだが、
微妙な会話の間(ま)で、洞察力の鋭い(笑)私は、
鋭敏に相手の感情を察知した。
なので、人格者(笑)の私は、
「次回、また翻訳する機会があったら、是非
アルベール・カミュと表記するよう
編集担当者の方にお願いしてください」
それだけ言って電話を切った。

サルトルと同時代の、いわゆる実存主義、そして
不条理主義・・・いずれも無神論哲学者なので
翻訳者や編集者の視野には入らない存在だったのだろう。
学生の頃、最も傾倒したアルベール・カミュの名を
アルバート・カムスと呼称されることは、いささか
受け入れられるものではなかった。

それにしても、「ためらいがちな宣教師」
というタイトルは、なかなか機知に富んでいると思う。
ともすれば、一般的に宗教者は、熱心さのあまり
饒舌になり、情熱を傾けて自派の正当性を主張する。
しかし筆者はアッシジの聖フランチェスコ(1181-1226)の
言葉を引用して、こう述べている。
「すべての行いを通して福音を宣べ伝えなさい。
必要であれば言葉を使いなさい。」
(アッシジの聖フランチェスコ。ウィリアム・フェイと
リンダ・エ バンズ・シェパード,Share Jesus without Fear1999 年)

必要であれば言葉を使って伝えなさい、つまり
逆説的に言えば、言葉を使わなくても
伝える方法がある、という深い意味を・・・
行間を読んで判断しなさいと言うことなのだ。

それにしても
「ためらいがちな宣教師」というのは
なかなかいいタイトルだと感心した。
不正確な腕時計、気まぐれなコンピュータ、
わがままな裁判官、不機嫌なカウンセラー、
・・・そういえば、不揃いの林檎たち、というのもあった。
いつも理詰めで物事を考えるせいか、
こういうファジーな表現にほっとしている。

多分、私自身が、そんな感じのカテゴリーに入る
人間なのだろうと、可笑しく感じている。

ここにも、そこにも、どこにも存在しない自分。
現実を、非現実の世界から迂回して判断する自分。
実年齢と精神年齢と肉体年齢が、極端にアンバランスな自分。
いつも、非常に現実的な夢を見て、目覚めてどっと疲れる自分。
すでに故人となっているピアソラの、感性の残滓を探求する自分。
泣けてくるほど、現実に適合できない自分。
動物好きの相手なら、喜んでネコに生まれ変わりたい自分。

でも、今ではもう、決して自己嫌悪にはなっていない。
変えられない個性や感性とは、一生同居するしかない。
今日、思いがけず知人から送ってもらった
ロイズのチョコレート菓子を食べながら、
ふとそんなことを考えている。
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by hirune-neko | 2013-02-10 23:32 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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