昼寝ネコの雑記帳

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絵本「大切なわが子へ」の気仙方言版です

chiquelin de bachin - Astor Piazzolla-soundtrack


陸前高田市の図書館は津波で流され
今は四カ所の仮設図書館で頑張っています。
その図書館司書の方に紹介され、
地元で読み聞かせをしていらしゃる
蒲生孝子(がもうこうこ)さんに、「大切なわが子へ」の
本文を気仙方言に翻案してくれるようお願いしていました。
できあがってきた特別版2は、
お子さんを亡くされたご両親のための文章です。

福祉団体の助成を受けて、お申し込みがあった方に
無料で絵本を寄贈し始め、半年が過ぎました。
まだ受け付けています。

 *お申し込みはこちらでできます。

親を亡くされたお子さん向け(特別版1)、
お子さんを亡くされたご両親向け(特別版2)、
被災地あるいは疎開先で子育てされている
ご両親向け(応援版1)の3種類です。
気仙方言版は、特別版1と特別版2の
2種類をお願いし、できあがりました。

気仙地方は、大船渡市、陸前高田市、住田町で
使われている方言ですが、本当は耳から聴きたいと思います。
ですので、この絵本を申し込まれて
声に出して読んでいただきたいと・・・
その肉声を想像しています。

ピアソラの作品「チキリン・デ・バチン」を
ピアソラ自身のバンドネオン演奏で聴きながら、
気仙方言の特別版2をお読みください。

*  *  *  *  *  *  *

大切なわが子へ
〜おどっあんとおっかさんからのメッセージ


でぁすきな □□□□
げぁねぁげど さいなら
でぁじな □□□□
つれぁげど さいなら
おどっあんはね
はらのでっけぁおっかさんといっしょに
おめぁさんが生まれでくるのを
ずっと楽しみに待っていだんだよ


□□□□
おめぁさんは まだ おぼえでいやすか?
生まれる ずっとめぇのごとを
□□□□はとりっこやけものたちと
いっつもたのしくはなしっこしていだんだよ
でっけあ木の枝こから流れる
ふしぎなおどっこをきぎながら
この世に生まれでくる順番を
今が今がと楽しみに待っていだんだよ


いっつも□□□□を
めごこいどおもいながら
こころもちを つずんでくれた
青空とおひさまの光のように
おめぁさんのおがっていぐすがたを     
楽しみにしていやしたよ
おどっつあんとおっかさんも
日に日におがっていぐ□□□□のすがたを
そっとおもい えがいていやぁしたよ     


おっかさんの腹のながにいだどぎぁ
おどっあんとおっかさんの
声がきこえで いだがぁ?
おめぁさんに しずがに声をかげでいだのを
おぼえでいるがぁ?
おどっあんとおっかさんは
□□□□をおらえさ むげぁるごどを
すごぐ楽しみにしていだんだよ


○○○○年○○月○○日
めごこい□□□□
めごこい □□□□は おどっあんとおっかさんの
すごうぐ ながのいいごどによって
生まれできたんだよ
この世がおめぁさんをこばむはずがない
おめぁさんがこの世をこばんだのかもしれなぇ
なぜおめぁさんのおがっていぐすがだを
見まもるごどがでぎなぐなったのが
すごぐげえあねえごとだ


でぁじな □□□□
おどっあんとおっかさんの
はじめで つけだおめぁさんのなまぇを
そっと こごろにしまっておぎゃすよ
おらだじよりさぎに
あの世に いってしまったおめぁさんのごどを
いずまでも でぁじに
おぼえで いぁすからね


おらだじの □□□□
おめぁさんにはいずが まだ会えるような気がしていぁすよ
なんと不思議なごどだが
立派におがったおめぁさんど
まだ次の世で会えるような気がしていやぁす
おめあさんは なんでさぎに行ってしまったのが
今はわがんなぇけれど
そしてわがぁるのは たやすぐねえぁけれど
でももしかしで
□□□□には
なにが とぐべずなわげが あったのがもしれねぇね


おらだじの □□□□
おどっあんとおっかさんには
もう おめぁさんのすがだは めぇねぇけれど
でも どごがで 見守ってくれているような気がするんだよ
なずのあずい日に
こごろもちのいい風が頬をなでぇだら
それは □□□□のささやきだど思うようにしゃす
すごうぐ しばれる冬の日に
こごろもじが あったがぐなったら
それはおめぁさんのこごろもじだど おもうようにしぁす


おどなしい □□□□
おらだじど同じこごろもちを持っている □□□□
いずが
こごろもちが どでんしたどぎゃ
すごぐ なぎでぁど おもっだどきゃ
おもいだしてみでけろ
おめぁさんのこごろもちは そごにあるんだがら
おどっあんとおっかさんが持っているのとおんなじこごろもちが
おめぁさんのながにもあるんだがら


おどっあんとおっかさんは
おめぁさんがこの世がら いねぁぐなっても
おめぁさんのこごろもちが
おだやがにおがるごどをねがっていやぁす
なぎでぁほど つれぇごども 乗りごえで
たぐましぐ おがるごどをねがっていやぁす
でぁじな □□□□
おどっあんとおっかさんは
いずまでもおめぁさんを でぇじにおもっていやぁす


とびぁっこの 間だったけれど
□□□□は おどっあんとおかっさんに
あったけぁものをのごしてくれえぁした
本当に とびぁっこの 間だったけれど
おどっあんとおっかさんは
おめぁさんがいで ありげぁてぁどおもっいぁす 

       ○翻案文:蒲生孝子(気仙方言版) ○文:昼寝ネコ
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by hirune-neko | 2012-10-31 17:18 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

半世紀過ぎても変わらない

Wes Montgomery-A Day In The Life


室蘭といっても、どこにあるかご存知の方は
そんな多くはないかもしれない。
中学1年の途中で、転校生として
室蘭市内の港北中学校の一生徒となった。
もうかれこれ半世紀前の話だ。

先週の土曜日、その同期会が
お台場の「大江戸温泉物語」で行われた。
なんで浴衣に着替えなくっちゃならんのだ、と
内心、舌打ちをしながら、中村座という名の
大広間に向かった。
今年は、私ともう一人、高輪に住む女性の二人で
幹事を仰せつかったのだが
幹事のくせに堂々と遅刻してしまった。

もともと転校生なので、限られた付き合いしかない。
なので、顔と名前が一致するのは、30名近くのうち
ほんの数人だった。
中でも、中・高と一緒にバスケ部の同僚だった
「え〜ぼ」とは、数十年ぶりの再会だった。

不思議なことだが、当時ティーンエイジだった私と
今の私の中心部分は、
そんなに極端に変わっていないように思われた。
遠い過去があって、今の私が存在する・・・。
当たり前のことだが、比較的、転向や変節は
なかったのではないかと思っている。

カウントダウンの人生であることは間違いないが、
老朽化した身体機能をいたわりながら・・・
直截的な表現をするならば・・・
廃車間近の老朽車両ではあっても
自分の特性を活かして、まだまだ妄想を現実化しようと、
気力、意欲だけは維持できているようだ。

これまでの日本は、長年に亘って
エリートの優等生によって管理・運営されてきた。
だがその結果、スティーブ・ジョブズのような
異才・奇才の持ち主が育たない社会環境になってしまった。
さらに、至る所に「陥穽(かんせい)」が形成されてしまい
不安定な状況を自ら醸成してしまったように思う。

私は、不条理な側面を見ても条理を叫ばないし
社会の先鋭的な対立構造も、本質的な問題とは
捉えていない。
自分自身の感覚と感性で、
未踏の荒れ地を進む選択をしているように感じる。
無謀だといわれても、徒労だといわれても
一向に気にならないので、
もうこれはこのままだろうと諦観の境地だ。

約半世紀前にジャズを聴き始め、
オクターブ奏法のウエス・モンゴメリーの
ジャズギターが新鮮に感じられた。
このA Day In The Lifeが
ビートルズの曲だと知ったのは数年前のことで、
すっかりジャズにのめり込んでいた証左だろうと思う。

同期会は数年に一回なので
これでお役ご免だと思っていたのだが
案内状のラベル作成やプログラム、チラシ作成の
腕を見込まれてしまい、その部分だけでも
手伝うように言われてしまった。
足抜けはできないよ、と釘をさされてしまった。
まあ、人様に必要とされるのは
この年齢ではいいことなのだろう。
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by hirune-neko | 2012-10-31 00:23 | 心の中のできごと | Comments(0)

執念で探し当てました

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Astor Piazzolla - Remembrance.


見つかるかなあ、無理だろうなあ・・・
と、半信半疑で探してみました。
ピアソラが作曲を担当したという映画
「ヘンリー4世」のDVDを探してみたんです。
製作国がイタリアなので、
原題はHenry 4ではなく、Enrico 4です。

最初に、日本のamazon.comで検索しましたが
ヒットしませんでした。
試しに、アメリカのamazon.comで検索したら
何種類か出てきましたが、字幕も音声も英語。
これでは意味がありません。
一つずつ内容を確認したところ、ついに見つけました。
円高のせいか、2千円しない価格でした。
アメリカのamazon.comに注文するのですが
出品者はイタリアの会社でした。
注文して、到着予定日を確認して唖然としました。
即日発送なのに、到着は、11月20日〜12月24日の間、
だと掲載されていたんです。
はあ?・・・の世界でした。
こういうのを、イタリア時間とでも言うのでしょうか?
でもまあ、私にとっては骨董価値のある映画ですので
クリスマスプレゼントだと考えることにしました。

もともとは、Oblivionという曲が好きで
探求が始まったのですが
この映画の冒頭で使用されている
Remembranceもなかなか秀作で、
今ではすっかり両方が気に入っています。

冒頭に掲出したのが、DVDのパッケージ画像です。
そして標題の曲が、Remembranceです。

ピアソラに関しては、いつも堂々巡りで
舞台脚本用の選曲も、なかなかはかどりません。
まあ、所詮はアマチュアですから、時間にせかされず
じっくり取り組もうと考えています。
乞う、ご期待。
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by hirune-neko | 2012-10-21 22:50 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

完結編・ボクのご主人様はプロフェッサー

Luciano Pavarotti - Che Gelida Manina (La bohème)


・前書き
 「ボクのご主人様はプロフェッサー」には正編と続編があります。
 まだお読みでない方には、正編、続編、完結編の順番で
 お読みになることをお勧めします。
 決して強制はいたしませんけど・・・。

正編「ボクのご主人様はプロフェッサー」 2008.06.20
続編「ボクのご主人様はプロフェッサー」 2011.11.29



消化試合っていう言葉があるけれど、
ご主人様の人生は、まさにそれでした。
大学を定年になるまでの数年間をなんとか過ごし、
定年後は、天からのお迎えがあるまでの残り時間を
なんとか消化しようという、もう人生には
何の希望も目標もない、抜け殻の人間・・・
逆にいうと、肩の力が抜けて達観し、
性格もずいぶん丸くなってしまいました。

そんなある日、学部長から、国際的に著名な
活断層の研究所が、内閣府を通じて
ご主人様に所長への就任を依頼してきたと知らされました。
スイスのローザンヌにある研究所でした。
ご主人様は迷いました。
消化試合気分で生きている自分に、果たして
情熱を持って仕事ができるだろうか・・・。
賢明なご主人様は、即答せずに
一ヶ月の猶予をお願いしたのです。

ご主人様が教えている旧帝国大学の
学部事務室に、定年を迎える女性がいました。
もう何十年も事務室を仕切っていましたので
教授や学部長ですら、陰では「お局様(おつぼねさま)」
と呼んで、誰からも疎ましく思われていました。
一切妥協せず、融通が利かず、ペン1本、コピー用紙
1枚だって私用に使わせない厳しさを持っていたからです。
「本当は、この女性が民主党政府に代わって
復興予算を管理すればよかったのに」って、
学部内では本気で囁かれていました。

ある日、滅多に人が訪れないご主人様の研究室のドアが
ノックされたんです。開けるとお局様でした。
突然の来訪を受けて、キョトンとするご主人様に
お局様にしては珍しく、少し笑みを浮かべて言いました。
「先生、最近デスクの上に、花が飾られているの、
気がつかれましたか?」
「・・・そういえば、赤だの黄色だの、ありますね」
「先生は花を色で判断なさるんですね。じゃあ
花の種類と、その花言葉なんて全然ご存知ないんでしょうね」

一体、何の用件なんだろうと、ご主人様はいぶかしく思いました。
ちょっとだけご挨拶に、という割には、どうやら
簡単な用事ではなさそうなので、お局様に椅子を勧め
ご主人様も自分の席に戻りました。

お局様は、まだ定年まで5ヶ月を残しており
お別れの挨拶にしては早すぎるし、花言葉?
でもまあ、お局様が直々にいらっしゃったのだから
そうは邪険に扱う訳にもいかない、と覚悟を決めました。

お局様は何度も、「定年までに終えなくてはいけない
大事な仕事が残っていて、時間が無い」というのです。
どうにも論理性に欠ける飛躍した話し方に
ご主人様は困惑していました。
「先生、オペラがお好きでしたよね、確か?」
ご主人様のオペラ好きは、学内ではすっかり有名な話しで
ニューヨークのメトロポリタン、ミラノ・スカラ座、
ロンドン・コベントガーデン、ウィーンのオペラハウス、
ヴェローナの野外オペラ歴訪など、確かにオペラ・オタクでした。

ヨーロッパで大人気のテノールとソプラノ歌手が客演し、
上野の文化会館で、コンサート形式のオペラが聴けるというんです。
プラチナチケットなのだけれど、音楽事務所に姪が勤めていて
2枚送ってくれたというお話しでした。
およそ鈍感なご主人様ですが、
どうやら自分を誘っているのではないかと感じました。
でもそれは気の回しすぎでした。
1枚はもう知人にあげる約束をしたので、
残る1枚をご主人様に差し上げたいというのです。
聞けば、プログラムはプッチーニのラ・ボエームだとのこと。
数あるオペラの中でも、ボエームはご主人様が
最も好きな作品なのです。

翌週の金曜の夜、上野駅の公園口近くにある駐車場に車を入れ、
文化会館の大ホールに向かいました。
かなりの人気公演らしく、入り口にはたくさんの観客が
列を作っていました。

なかなかいい席でした。
ゆったり鑑賞できそうで嬉しくなりました。
周りはおろか、ホール全体を見回しても
空席が見つからないほどの満席でした。
書類カバンからプログラムを出し、眺めていたとき
左の席の女性が遠慮がちに声をかけてきました。
「先生・・・こんばんは」
ご主人様はまったく気付かなかったのですが、
隣の観客は、お局様の部下の女性でした。
挨拶を交わしたことしかなく、名前すら覚えていませんでした。
彼女は見透かしたように、自分の名を名乗りました。

ご主人様は、ボエームのアリアはどれも好きなのですが、
とくに、ミミとロドルフォが初めて出会ったシーンで歌う
「冷たい手」、そのすぐ後で、ミミが自己紹介をする
「私の名はミミ」が、何よりも好きなのでした。
ですから、挨拶もそこそこに、ご主人様の神経は
ステージに向けられていました。

コンサート形式ですので、アリアが一曲ずつ歌われ始めました。
やがて、灯りを切らしたミミが、ロドルフォが住む部屋の
ドアをノックします。
うっかり鍵を落としたミミが、暗い部屋の床を手探りで探し、
一緒に探し始めたロドルフォの手が、ミミの手に触れて・・・
さあ、アリア「冷たい手」が始まります。

不思議なことですが、そのとき、ご主人様のヒザの上の
プログラムが、スーッと滑り落ちてしまいました。
慌てて拾おうとしたご主人様の手が、滑り落ちたプログラムを
拾ってあげようとした、隣席の彼女の手に触れたのです。
その瞬間、ロドルフォの歌声が流れました。
「冷たい手だ・・暖めてあげよう」というステージ上の
進行に合わせるように、二人は手を触れあい、
瞬時ではありますが、あのご主人様が彼女の手を握ったのです。

休憩時間にも席を立たず、言葉も交わさず、
最後まで、二人は無言でオペラに聴き入りました。

・長〜い短編ですので、続けて
マリア・カラスが歌う「私の名はミミ」を
お聴きになりながら、読み進んでください。
Maria Callas Bohème: Si, mi chiamano Mimì...


終演後、ホールの入り口で彼女は短く別れを告げ、
駅に向かって歩き始めました。
ご主人様は、時間にして数秒間、彼女の後ろ姿を見つめました。
まるで映画のラストシーンを観るかのような、
感傷的な気分に包まれました。
そしてご主人様は、まったく非論理的な行動に出たのです。
彼女に追いつくと言いました。
「電車でお帰りですか?」
そんなの当たり前でしょう?駅に向かってるんだから。
「どちらまで?私は車なんです。良かったら送りますよ」

ブラボー!上出来ですよ。
あのご主人様が、女性をエスコートする気になるだなんて。
プッチーニに感謝しなくてはね。

どこをどう走ったものか、記憶には残っていないでしょう。
上野から靖国通りに向かい、半蔵門辺りの道路沿いにあった
フレンチ・レストランに入りました。
あの無口なご主人様が、堰を切ったように話し出したんです。
・・・すぐ横に、ウェイターが立っているのに気付くまで。
「何か?」
怪訝そうな表情のご主人様に、ウェイターは
申し訳なさそうに告げました。
「あのう、大変申し訳ないのですが、
当店の閉店時間は11時なのですが・・・」
時計を見ると、もう11時半を回っていました。

さて。その後、この二人はどうなったでしょうか。
勿体ぶらないでお教えしましょうね。
あっという間に事態が進展し、クリスマスの時期に
ささやかな結婚式を挙げたんですよ。

お局様は、定年前に大事な仕事を残していると
何度も言っていました。
内輪だけの結婚式で、お局様はその意味を
すっかり暴露してしまいました。

新婦は、英国留学から帰国し教壇に立った
ご主人様の最初の教え子だったこと、
そして彼女は、凜とした英国風の
紳士然としたご主人様の(当時の)風貌に惹かれ、
卒業時に、大学の職員採用試験を受けたこと・・・
つまり、ひと言も何も言わず、行動に移さず
ただひたすら20年以上、彼女はご主人様を
想い続けていたことになります。

そのうち、いかに秘めた想いではあっても
お局様の目はごまかせず、とうとう
お局様には本当の気持ちを打ち明けることになりました。

お局様には離婚歴があり、一人娘を
大切に育てていたのですが、高校生の頃
彼女は事故死してしまいました。
新婦はちょうど、他界した娘さんと同じ世代で
お局様としては、まるで娘のように
行く末を案じていたというのです。

折り悪く、そんなときに、
ローザンヌの研究所の話しが持ち上がり、
もしかしたら先生は
単身でスイスに行ってしまうかもしれない・・・
そうなったら、二度と会えないかもしれない・・・
娘同然の新婦が苦しむ様子を見かねて
お局様は、あれこれ秘策を授けました。
新婦に、ご主人様のデスクに、
そっと花を置くよう仕向けたのは、お局様でした。
花音痴のご主人様には、
まったく効果がありませんでした。

そうこうするうちに、時間だけがどんどん経過し、
お局様の奸智奸計の最終手段が、
プッチーニのボエームで、無理矢理
二人を引き合わせる強引なスキームだったのです。
お局様は心配で心配で、実はホールの
後ろの席を確保し、様子を見ていました。
終演後、ホールの入り口で新婦が一人きりで
駅に向かったときは、本当にもうこれで
おしまいだと、ほぼ諦めたそうなんです。
でも、そこがお局様のお局様たるゆえんでした。
言葉にならない言葉で、強く心の中で念じました。
「このへっぽこ朴念仁(ぼくねんじん)めが、
突っ立てないで、彼女を追いかけなさい!!!」
見事な呪文でした。
プッチーニの素晴らしくロマンチックな曲想も
かなり影響していたかもしれません。
でも、それ以上に、お局様のまるで
母性愛のような必死の執念が、不思議な影響力を
及ぼしたに違いありません。


   *   *   *   *   *   *   *


今、ご主人様と新婦は、スイス航空の機内です。
そうなんですよ。
二人で相談し、新天地を求めてローザンヌの研究所に
行くことにしたんです。
人生に結末などなく、いつでも途中である、という
著名な宗教家の言葉があります。
今が幸せでも明日は分からない・・・でもね、逆に
ご主人様のように、最悪な人生だと思っていても
こんな至福が訪れることだってあるじゃないですか。
この際、難しい話しはもう、よしにしましょう。
とりあえずは、二人で新しい人生の
スタートを切ったのですから。

・・・二人が今、機内でどんな話しをしていることやら、
残念ながら私には聞き取ることができません。
なぜって、私も今、スイス航空の同じ飛行機に
搭乗してはいるものの、空腹と寒さに耐えながら
動物用貨物ケージに隔離されているんですから。
チューリッヒ空港に着陸するのを、
じっと待っているんですよ。

ご主人様は、私がスイスに行って、
現地の生活になじめるかどうか心配なようです。
私が、日本語だけでなく、英語、フランス語、
ドイツ語、ヘブライ語など、多言語を理解することを
全然分かっちゃいないんですよ。

Fine

追伸
この完結編は、めでたく博士号を取得して
社会人生活をスタートされた、メタセコイアさんに
就職のお祝いとして贈呈するものです。
普段は、割合と短時間で書いてしまうのですが
この完結編だけは、二日がかりで推敲しました。
なので、ご主人様のように、最終的には
がっちりと幸せ空間を築いてください。
活断層だけでなく、ちゃんと女性にも
優しい視線を向けてくださいね。
吉報・朗報を期待しています。
以上です。
あっ、ローザンヌにそんな研究所はないはずだ、
などという突っ込みはしないでください。
そこまで調べる余裕がありませんでした。
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by hirune-neko | 2012-10-18 21:09 | 創作への道 | Comments(8)

ジャン・グルニエの作品 「孤島」・・・

Diana Krall - My Love Is Where You Are


数日前に、岩手県の大船渡市に行ってきました。
大船渡出身の知人が自嘲気味に、笑いながら
「大船渡は陸の孤島ですよ」
と言ったのを思い出します。

一ノ関から気仙沼経由で、大船渡に至る鉄道線路が
昨年の津波で流され、まだ全面復旧していないようです。
なので、大船渡に行くのは、交通手段に制約が伴います。
陸の孤島というのは大袈裟な表現ですが、
東北新幹線の一ノ関に一泊して、レンタカーで行くのが
地図上では、どうやら一番いいようなんです。
でも、いつも直前になってから予約するせいか
一ノ関には空きのあるホテルが見つからないんです。
なので北上駅まで乗車し、駅前のコンフォートホテルに
宿泊して、翌朝すぐそばのトヨタレンタカーを
借りるのがパターン化されてしまいました。

その日は、午前11時に大船渡の新聞社に伺う
約束をしていました。前回の経験から、1時間ちょっとで
着くだろうと思い、レンタカーで出発したのは9時半でした。
少し走って、カーナビの表示を見たら
到着予定時間は11時41分となっていました。
2時間以上かかる?
何かの間違いだろうと思いましたが、
おそらく、平均時速30キロぐらいの計算をしているので
信号の少ない道路を飛ばせば、到着予定時間も
ぐんぐん11時に近くなるだろうと、
楽観的な気分で運転しました。

ところが、なかなか短縮されないんです。
徐々にスピードが上がり、まるでラリーのレーサーのように
曲がりくねった道路を突っ走りました。
10時50分には諦めて、新聞社に電話し
ありのままに説明してお詫びしました。
結局、到着したのは11時30分のことでした。
これまでの人生で、約束時間に遅刻したことは
皆無ではないものの、記憶にありません。
30分も遅刻だなんて、あり得ないことでした。

ところが、この30分が思わぬ展開を生みました。
編集長と話し、次に常務さんと話したのですが
何かと話しがはずんでしまい、お昼時間を過ぎてしまいました。
戻ってくるはずの編集長が戻らないため
予定していた案件が、まだ残っていたからなんです。
で、常務さんの運転する車で、ロードサイドの
ローカルな(レストラン+食堂)÷2みたいな所へ行くと
先刻、新聞社内で見かけた男性が席にいらっしゃいました。

Yさんとおっしゃいます。
名刺交換して少しすると、もう一枚、名刺を出されました。
拝見すると、ユネスコやロータリークラブ、観世流の会派など
あれこれと書かれているのです。
肩書きまで書くと、個人を特定することになりますので
それは控えますが、初対面なのにすっかり話しが弾みました。

私は比較的、いろいろな都市に行って、
色々な方々にお会いします。
岩手県、とくに気仙の皆さんには、特別な
親近感と安心感を感じます。不思議なことです。
他にも、立派な新聞社や人物はいらっしゃいますが、
「血のつながり」を感じてしまうのです。
この新聞社の配達区域は、大船渡市、陸前高田市、
住田町です。住田町には、上有住(かみありす)という
地名があり、先日「上有住の秋刀魚」を送ってくれた
おばあちゃんが住んでいます。

お昼を食べながら、常務とYさんにその話しをしたら
Yさんがご存知の方でした。
全ては書き記せませんが、話題が実にあちこちと飛び交い、
まるで旧知の間柄のようでした。
最後に、生まれた年を聞かれたので答えると
三人とも同学年であることが分かりました。

人生、たまには遅刻したり、図々しくお昼過ぎても
長居することで、思わぬ展開になることもあると学びました。

私の住まいの周りには、次々と高層マンションが建ち
携帯が途切れることが多くなりました。
知人からは、まるで陸の孤島にすんでるみたいだね
と言われ、ふと思い出したのが、ジャン・グルニエの
「孤島」という作品でした。
ジャン・グルニエは、わが敬愛するアルベール・カミュの
恩師だったと、何かで読んだ記憶があります。
書店でその本を購入し、最初の数ページだけ読みましたが
学生だった当時の私の感覚は、あまり言葉を受け付けず
それっきりになってしまいました。

これまで、ブログに
「ボクのご主人様はプロフェッサー」の正編と続編を書きました。
第三編は、メタセコイアさんからリクエストがないので
何も考えていないのですが、個人的には
プロフェッサーの晩年を、どのような結末にしようかと
興味を持ち続けています。
続編で使用したのが、ダイアナ・クロールの歌う
My Love Is Where You Areで、標題の曲です。

横浜・山手の外人墓地に行き、生涯で初めて愛した女性の
墓前に深紅のバラの花束を、そっと置いた背中の震えが
鮮やかに目に浮かびます。そしてその後、あれほど好きだった
オペラを聴かなくなり、ダイアナ・クロールの歌に傾斜していった
プロフェッサーは、おそらくこの歌を、毎日毎日、繰り返し
聴いていたのだろうと想像しています。

My Love Is Where You Are
直訳すれば、私の愛は君とともに存在する、
加山雄三風に意訳すれば、「君といつまでも」
とまあ、そんな感じでしょうか。
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by hirune-neko | 2012-10-14 22:29 | 創作への道 | Comments(4)

ついに見つけました〜謎の氷解

Enrico IV pt 1 - Piazzolla cut


Oblivion(忘却)・オブリヴィオンという曲が、
映画「ヘンリーなんとか」のために
ピアソラが作曲したという断片的な知識をもとに
あれこれ探したけれど、なかなか見つからなかった。
ヘンリーなのでHenryで探したのがその理由だった。
イタリア映画だというところまでは特定したが、
イタリア語ではHenryではなくEnricoだとまでは
さすがに知識が及ばなかった。
今日、ひょんなことからEnricoがイタリア名だと知り、
早速探してみたら、出てきたのが標題の画像だ。

冒頭の曲は、Oblivionに次いで印象的な
Remenbrance(思い出)・レメンブランセであり
2曲目に出てくるのはCavalcata(乗馬)・カバルカータ、
3曲目は初めて聴く知らない曲で、
4曲目はAve Maria・アヴェマリア。
断片的に聴いていた曲の数々が、こうして
ひとつの映画の中で連鎖したのを目の当たりにし
自分の中で、長年の謎が氷解した思いだ。
聴き進めば、どこかにOblivionが出てくるのだろう。

舞台脚本「気仙しぐれ雪」の冒頭で
使用したいとイメージしているのが、この
Remenbrance(思い出)・レメンブランセであり
最後のシーンで舞う曲として決めているのが
Oblivion(忘却)・オブリヴィオンなので
この映画を、なんとか入手したいと思う。

マルチェロ・マストリヤンニと
クラウディア・カルディナーレ・・・といっても
ご存知の方は少ないだろうけれど、
この二人が共演している作品のようだ。

ここ数年で、すっかりピアソラオタクになっているが
そのうち、サイト上に「ピアソラ記念館」でも
作ってしまうのではないだろうか・

それより、ひとつ訂正しておきたいことがある。
ある音楽評論家の方が、チキリン・デ・バチンを
ピアソラ唯一のワルツ作品と表現しているのを
紹介したことがあるのだが、
実際には、ブエノス・アイレスのマリアの中に
Poema Valseado・ワルツによる詩、と翻訳されている
作品があるので、少なくとも2曲は存在することになる。

なにか、不思議なことだが
人生の仕組みのひとつを理解したような
ほっとした気分になっている。

追記:
たった今、この映画の最終シーンを見つけた。
最後に使われている曲は、Oblivion(忘却)だった。
最初の曲がRemenbrance(思い出)・レメンブランセであり
最後の曲がOblivion(忘却)・オブリヴィオン・・・
つまり、私が舞台脚本で想定している
最初の曲と最後の曲が、偶然にも
映画「ヘンリー4世と」ぴったり符合している。
何という偶然だろうか、という驚きよりも、
ピアソラに一歩近づいていたんだという感じがして
とても嬉しいというのが正直な気持ちだ。

う〜ん、やはり墓の中で安眠していたピアソラが
日本という思いがけない遠い地で、
熱烈にラブコールを送っているアホな男のことを知り
黙っていられなくなったのだろうか。
きっとそうに違いない。
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by hirune-neko | 2012-10-04 20:43 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(8)

ピアソラと映画の接点

Armaguedon. Musica: Astor Piazzola


大きくピアソラに傾倒するきっかけとなった曲は
Oblivion(オブリヴィオン・忘却)だった。

この5月に、盛岡の市中をウォーキング中
目に飛び込んできたのは「タンゴ生演奏」の看板。
アンサンブル・・・数年前、盛岡でピアソラの曲を
演奏している店があると聞いたことがあった。
もしかして、と思って入ってみた。
そして、Oblivionをリクエストし
バンドネオンとピアノで演奏してもらった。

ピアニストの男性は、ウエイターも兼務しており
そのときに、Oblivionは映画のために作曲された
曲だと彼は言った。

つい先日、アルゼンチンの亡命映画監督である
ソラナスの3部作が、ピアソラの作曲だと知り
取り寄せて聴いたばかりだった。
なので、その話にはとても興味があった。
「ヘンリーなんとか、という映画だそうですよ
ボクは観たことないんですけど」と、彼は続けた。

その後の調べで、イタリア映画の
ヘンリー4世が、その映画のタイトルだと分かった。
当初はメロディーだけだったが、映画公開後にフランス語で
歌詞がつけられ、ミルバが歌っていると・・・
確かに聴いた記憶があった。
フランス語だったので、不思議に思った記憶がある。

偶然見つけた標題の曲は、
映画・Armaguedon(アルマゲドン)の1曲。
なんと、1976年に制作された、アラン・ドロンの
デビュー2作目で、日本では公開されていないそうだ。
音楽・アストル・ピアソラと記録されている。

聴いてみると、サウンドトラックなので
おそらくはプロデューサーに「らしく、らしく・・・」
と注文をつけられて作曲したのではないだろうか。
確かに、ピアソラらしさは残っているものの、
売るための商品に、少しでも売れるような、という
配慮を感じる。
スリルとサスペンスの匂いがする・・・ストーリーは識らないが。

もうひとつ、同じ映画・Armaguedonからの演奏を見つけた。
推測だが、映画の中の何曲かをメドレーのように
つなぎ合わせ、もしかしたら組曲形式のように
全体を構成し直したのではないかと感じる。
決して派手さのない、地味な曲想だが
味わい深く、このまま無視するのは勿体ないと思うので
下部に紹介したい。

手許に、苦労して手に入れた、ピアソラに関する
本が2冊ある。

ピアソラ自身を語る (唯一の回想録)
  ナタリオ・ゴリン著 斎藤充正訳 河出書房新社・刊

アストル・ピアソラ闘うタンゴ
 斎藤充正著 青土社・刊

結構分厚い資料性の高い書籍だが
私には文字が小さすぎて、まだ読んでいない。
墓の中で安眠中のピアソラが、きっと小言を言っていると思う。
「お前は、せっかく人が煩いを離れて静かにしているのに
何を好き好んで何十年も前のことを詮索するんだ!」

いつか仕事を引退して、まだ体力と気力が残っていたら。
・・・そうだ、ピアソラの足跡を辿ってみたいと思う。
アルゼンチン、フランス、アメリカ、そしてまた
最期の地となったフランスへ。
ああ、そうだ、きっとそうだ。
なんだかんだ言って、きっとピアソラも悪い気はしていないんだ。
だから、墓の中から、そっと私を招き寄せているに違いない。
だから急に英語だけでなく、フランス語とスペイン語を
勉強する気になったんだと思う。

アホな妄想に違いないが、妄想と真実は紙一重だって、
最近、そう思えるようになっているから
それはそれで人の評価は気にせずに、
We walk alone toward the light.・・・だ。

Armageddon, Astor Piazzolla / Vincent Peirani / Jocelyn Mienniel

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by hirune-neko | 2012-10-01 20:01 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(6)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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