昼寝ネコの雑記帳

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ピアソラが目指したジャズタンゴ

Gary Burton - Libertango ( Piazzolla Reunion Live )


ピアソラが、いろいろなジャンルの音楽と融合しようとして
ジャズ・タンゴといわれるカテゴリーを目指したのは知っていました。
共演者の一人、ジェリー・マリガンはジャズミュージシャンであり、
バリトン・サックス奏者です。

サックスは、ほとんどテナー・サックスか
アルト・サックスが一般的ですが、ジョン・コルトレーンが
晩年に、ソプラノ・サックスを吹いたのを憶えています。
バリトンサックスは、ジャズ界では
おそらくほとんど演奏されていないのではないかと思います。
そのジェリー・マリガンの演奏は、あまり好きではなく
あれこれ探していたら、ゲーリー・バートンの名前が
目に留まりました。

一瞬、なんの楽器奏者だったか思い出せず、
動画を観て、ようやく思い出しました。
ヴァイブ奏者でしたが、あまり聴いた記憶がありません。
圧倒的に、MJQ(Modern Jazz Quartet)の
ミルト・ジャクソンのヴァイブ演奏を聴いていました。
私にとっては、貴重な演奏風景です。

演奏年月日は分かりませんが、
長髪で精力的な演奏スタイルだった
ゲーリー・バートンも、老眼鏡をかけた初老の男性です。
もちろん、ピアソラが存命中の協演ですから
かなり前のシーンであり、今現在の消息は分かりません。
ちょっとした懐古になっています。

さて、音楽的にどうかという問題ですが、
ゲーリー・バートンをステージに残し
ピアソラ率いるアンサンブルを、そっくりそのまま
ジャズピアノ・トリオに入れ替えたとしても、
やはりどちらも、ジャズのエッセンスが半減している
というのが率直な感想です。

ピアソラの音楽性と曲想は、本質的に
ジャズとは融合できないというのが結論です。
私はそう思います。
単に、実験的な演奏だった、で終わっていいのではないでしょうか。

MJQ(Modern Jazz Quartet)も
かなりクラシック音楽に接点を求めていました。
アランフェス協奏曲は名演ですし
スゥイングル・シンガーズと一緒に、バッハの作品も
数多く演奏しています。
根っからのジャズファンには、ちょっと不完全燃焼だと思いますが
でも、ジャズのエッセンスはしっかり踏襲されている思います。

ピアソラの本質は、やはりアルゼンチン・タンゴに源流がある、
そういう思いをますます強くしています。
ジャズは音楽性が低いとは、決して思っていません。
でも、ピアソラの音楽には、ジャズとは異次元の
形而上的深層性があると、そんな印象を抱いています。

ご参考まで、ちょっと長いんですが
MJQ(Modern Jazz Quartet)のメンバーとして
ミルト・ジャクソンが演奏している
「朝日のごとくさわやかに」を聴き比べてみてください。

・・・珍しく、純粋に音楽について言いたい放題でした。
墓の中で安眠中のピアソラは憤慨していることでしょう。
「お前ごときに何が分かるんだ!」
済みません。
お詫びします。

The Modern Jazz Quartet - Softly, as in a Morning Sunrise

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by hirune-neko | 2012-09-30 16:07 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

届きました・・・上有住の秋刀魚が

Kremer, Maria de Buenos Aires, Poema Valseado(Piazzolla)


発泡スチロールに、氷付けになったサンマが届きました。
10匹ずつ、ジップロックに詰めて
冷蔵庫の空いたスペースに入れました。
お礼の電話で、食べ方を聞きました。
「昨日、水揚げされたばかりで生きがいいから、
刺身で食べられますよ」
「焼くときは、頭と内臓を取ってからですか?」
なんてアホなことを聞くんだろう、と思われたでしょうね。
でも、札幌の母は、そういう哲学なんです。
「いいや、頭も内臓もそのままで焼いた方が
内臓の脂と味が肉にしみて、美味しく食べられますよ」

なるほど、大根おろしで食べましたが、
肉に歯ごたえがあり、生臭くなく
これが魚なんだと、改めて感嘆しました。
久しぶりに、本当の魚の味でした。
ブリではなく、サンマでしたが、久しぶりでした。(苦笑)

午前中から、サイトに設置する予定の仕組みの
仕様書を作成し始めました。
開発元はフランスの会社で、以前は
4th Dimensionという名前の、データベース・ソフトでしたが
今は、単に4Dと呼ばれています。
もうおそらく十数年前に、まだフロッピーディスクで
販売されていた初期の頃、少しだけ勉強して
基本機能は今でも使用しています。
基本的にはExcelに初期データを入力しますが
最終的には4Dにデータを移行して、検索に使用しています。

これまで製作した2万数千冊の絵本は、
外観は一緒でも、内容はすべて異なります。
いろいろな属性で検索したり、並び替えたりが
4Dだと、ほとんど一瞬で完結します。

遠大な構想についての詳細は語れませんが、
伝統的に、紙に手書きで書かれた原稿を
審査するとなると、大変な作業になります。
始めてみないと分かりませんが、半世紀以上
ずっと続いている読書感想文コンクールは
去年、なんと応募作品が440万を超えたそうです。
もちろん、半世紀を経てその規模になったわけですから
無名の私が何かを始めても、当初は数千かもしれません。
でも、これからの時代に残す仕組みとしては、
これしかないという、頑迷な信念で構築しています。

なんでそんなアホなことを考え、行動に移しているのか?
まあ、それは私がアホだからというのが第一の理由です。
でも、子どもたちの内面世界に、ある種の種を蒔く作業なのです。
おそらく、一年や二年では、効果が認められないでしょう。
でも、大人になり、中年にさしかかった頃に、
大勢の・・・かつて子どもだった大人たちが
おそらくは佳き思い出として、目には見えないものの
懐かしさを伴った印象とともに、思い起こしてくれるはずです。

対象規模も大きいのですが、
まったく即効性がなく、極端に遅効性の影響です。
ですが、良き感性と理念をお持ちの方は
賛同してくださるという自信があります。

私はまだこの地上で、かろうじて生きて活動していますが、
年齢のせいか、子どもたちの数十年先のことや、
亡くなって新しい世界を得ているであろう人たちの心象が
まるで自分のことのように、鮮やかに感得できるのです。
目に見えない視界には、現実世界以上に現実的な
イメージが拡がっており、そろそろお迎えなのか
はたまた、何やら神聖な遺産を相続してしまったのか、
どっちにしても、We walk toward the light という
気分に、どっぷりと浸かっています。

ピアソラのタンゴオペラ
「ブエノス・アイレスのマリア」ですが
歌詞はオラシオ・フェレールです。
あの風貌から、どうしてこんな言葉が生まれるのか
ずっと謎が解けないでいます。
ちょっとどぎつくて、字幕は読まない方が
いいかもしれませんね。
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by hirune-neko | 2012-09-30 00:18 | Comments(0)

上有住の秋刀魚

Astor Piazzolla - Anjelika Akbar ' Libertango Istanbul '

上有住の秋刀魚・・・

「かみありすのさんま」と読んでください。
上有住の正式な住居表示は、
岩手県気仙郡住田町上有住なんです。
そこに住むSさんから、今朝電話があって
サンマを送るけど、明日は在宅ですか?と聞かれました。

「皆さん、落ち着かれましたか?」
「うん、少しね。6歳の孫が、夢に父さんが出てきたって。
急に、ボク医者になるって言うもんだから、
公文に通わせることにしたんだけどね、
間違った薬を渡したりしないか心配だって、今から」
「なんでまた医者なんていう発想が出たんでしょうか?」
「元気だった父さんが、急に亡くなったもんだからね」

        *   *   *

この5月のことでした。北海道から新聞社回りをスタートし、
青森、岩手の数社に記事化のお願いをして
仙台の駅近くにあるホテルに泊まりました。
翌朝、会社から電話があり、岩手日報の朝刊を読んだ
女性の方から問い合わせがあったとの伝言でした。
たまたま歩いて行ける距離に、岩手日報の仙台支社があり
そこで、記事の掲載を確認して購入し、ホテルに戻りました。
電話で問い合わせてきたのが、Sさんだったんです。

震災で亡くなったのではないけれど、
親を亡くした子どものために、絵本を作ってくれるのか、
というのが質問の主旨でした。
聞くと、1週間前に息子さんが心筋梗塞で急死し、
奥様と、まだ小さい子どもさん3人が泣いてばかりだというのです。
「どうして父さんが、おばあちゃんより先に死んだの?」
子どもにしてみれば、素直な疑問だったでしょう。
昨年の大震災後、ずっと職場のがれき処理に追われ
おそらく過労だったのではないか、と推測しました。

お子さん一人ずつの名前を入れて、3冊を送りました。

何週間かして様子が気になり、電話しました。
「四十九日が終わってないので、まだ読んでやってないです」

それから少しして、Sさんから荷物が届きました。
開けてみると、サイトウ製菓の「カモメのミニ玉子」でした。
特別な味で、とても美味しくいただきました。
お子さん3人は、2歳、4歳、6歳で
お名前には、漢字ひとつが共通で使われており
ご両親のお子さんたちへの愛情を感じました。

それから2ヶ月ほどして、8月の上旬でしたが
大船渡に行く用事ができました。
3人の小さな子どもたちのことが気になり、
玄関先に立ち寄らせてもらうことにしました。
安物ですが、未使用の将棋盤セットと、
自社商品である「わたしの読書記録ノート」。
それと、やはり自社商品の、小さな
合紙絵本数冊を選びました。

当日の朝、北上駅前でレンタカーを借りました。
レンタカーにはカーナビが標準装備で
Sさんの電話番号を入力すると、
女性の声に案内され、無事に到着しました。
突然の訪問でしたので、驚かれたようですが
ご挨拶を済ませて、辞去しました。
残念ながら、小さな子どもたちには会えませんでした。

        *   *   *

ただそれだけのことでしたが、
ずっと気になる存在であり、
行く末が心配な方々でもあります。

今日、割と遠大な構想の企画書を作りました。
あまりにも大がかりな規模なので、
30年来の知人が協力を申し出てくれました。
誰でも知っている著名な企業や通信社、そして
とある省庁を後援につけようと考えてくれています。
大変に有難いことです。
独力で実施するのは、ほぼ不可能だと思えるのですが
どこからも助力を得られなかった場合でも、
諦めずに、自力で全てを引き受けられるだろうかと
自問しながら、企画内容を考え続けました。
そんなとき、ふとある英文が思い浮かびました。

We walk alone toward the light.

でした。
主語は複数形ですが、
人に頼らず、たとえ自分独りになっても
光りに向かって歩き続ける・・・
そんな心象風景なのだと思います。

可能性を秘めた幼子たち。
その可能性と希望を絶やさないよう、
そして少しでも助力できるよう努めるのが
大人としての責務だと思うのです。

明日、上有住から秋刀魚が届きます。
6歳の子が、医学部を受験するまで
あと何年あるでしょうか。
私には、自分があと何年生きられるか
まったく想像すらできません。
でも、最近は心境に変化が見られ、
たとえ、今この瞬間に認められなくても、
そして評価されなくても、次世代の若人たちに
無形の遺産として継承してもらえればいいと、
そんな気持ちで仕事に取り組んでいるのを
実感するようになりました。

秋刀魚が何匹送られてくるか、さっぱり分かりませんが
一匹ずつ冷凍して、ゆっくりいただこうと思います。
目黒の秋刀魚ではなく、
上有住の秋刀魚ですので、それなりの
ストーリーを想像していただければ、嬉しく思います。

リベル・タンゴは、標題の演奏が気に入ってます。
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by hirune-neko | 2012-09-28 22:48 | 心の中のできごと | Comments(3)

人格が突然変異したのでしょうか?


Eliane Elias - "Photograph (Fotografia)"

6年前に、突然将棋熱が発症し、ずっと続いています。
実力は徐々に向上し、今ではプロ棋士と対戦しても
勝ったり負けたりになりました。
つまり、プロが勝ったり私が負けたりで
実際のところ、勝てるはずがないのです。

最近、今度は語学熱が発症してしまいました。
春から、アメリカの大学生が講師のネットクラスで
英語の授業を受けているのですが、
他の外国語に、異常な興味が湧いてしまっています。
複数の外国語を、同時に勉強するのはタブーだと、
語学の先生に教わったことがあるのですが、そのタブーを
破ろうとしているんです。

YouTubeで探したら、初心者向けの語学レッスンが
かなりあるのを見つけて嬉しくなりました。

早速、フォルダーをいくつか作って
どんどんダウンロードして、まるで箱の中に
ガラクタの宝物を隠して喜んでいる
子どもみたいな感覚に、自分でも呆れています。
本当は、4Dというデータベースプログラムの高度な機能を
マスターしなければいけませんし、APP Studioなど
電子書籍の製作から販売までの仕組みも
研究しなければいけないんです。
それでなくても、頭が飽和状態なのに
まるで自殺行為ではないかと、思ったりするのですが、
まあ行き着くところまで行ってみることにします。

英語、フランス語、ヘブライ語、スペイン語、
ポルトガル語のフォルダーを作りました。
ここで自分のアホさ加減を公表すると
逆に励みになりますので、敢えて踏み切りました。
まあ、笑ってやってください。
不健全なことに時間を費やすよりは、
はるかにいいことだと思っているんです。

何が不健全かって?
60歳ちょっとまでは、何もせず
妄想と昼寝に明け暮れていて、自分的には
それでいいと思ってきました。
仕事の企画内容だって、理念や理想ばかりで
ほとんど相手にされない不遇の晩年だと観念して。
でも、少し周りの状況が違ってきたのを実感しています。

「心の領域に存在する、目に見えないもの」
つまり、感動、感性、平安、使命感、達成感、癒やし
などなど、そんなものを素材にして
ビジネススキームを作るものですから
話しを聞いた大概の人は、こいつはバカか?
と、口には出しませんが、そんな表情なんです。
ですから私はつい、心の中で反論しています。
「いいえ、バカちゃいまんねん、アホでんねん」

中国の有名な諺に
「嘘も1万回言い続けていれば、真実になる」
というのがあるそうです。
私の場合は、アホなことを数十年
言い続けていますが、最近はとても優秀な皆さんが
ちゃんと耳を傾けて、協力を申し出てくれるんです。
独力では決して構築できそうもない案件を
信じがたい組織や企業の後援や協賛を取り付けるよう
動き始めてくれています。

私にあるのは妄想力と頑迷なポリシーだけなんです。
でも、不思議なことに、理解者が出現してきました。
なので、突然複数の外国語?
いえいえ、全く関係がありません。
ただ、語学力が必要になるような予感がするだけなんです。
根拠はなんにもありません。
ただ、そう感じるだけ、としか言いようがありません。
これまでも、最終決断は勘に頼ってきました。
この度も、自分の閃きに素直に従ってみようと思います。

決して、ピアソラの作品をスペイン語で歌いたいからだとか、
標題のエリアナ・イリアスの曲を、ポルトガル語で歌いたいとか、
アズナヴールの歌をフランス語で歌いたいとか、ヘブライ語を勉強して
君が代の歌詞が本当にヘブライ語で意味を持つか調べようか、
決してそのような軽〜い動機ではありません。
ん〜、自信はないけれど、そうではないと思いたいんです。
だけどもしかして、そうだったりして、とまあ、あやふやですが
自分らしい気まぐれだと思っています。
そういう自分のアホらしさに、親近感を持っています。

世の中って案外広いものなので
アホが考えるアホな構想を好む、物好きな人も
存在するということなんでしょうね。
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by hirune-neko | 2012-09-23 00:17 | 現実的なお話し | Comments(2)

ピアソラの世界における天使と悪魔の境界線(その2)

Astor Piazzolla: milonga del angel


つい数時間前に、ピアソラの「悪魔の組曲」から
1曲をご紹介しました。

標題の曲は
「天使の組曲」の2曲目の天使のミロンガ、
Milonga del ángelです。
悪魔の組曲を紹介したのに、
天使は紹介しないのか、とお叱りを受けそうなので・・・。

バンドネオンを演奏しているのは、ピアソラ自身です。
そういう意味では、貴重な映像のひとつです。

よく観察していただきたいのは
ピアソラ自身、そして協演している演奏家の
皆さんの表情なんです。
これほど内省的な曲想、そして自己の内面の深層を
音楽的に再生している演奏は少ないと思うのです。
同じ曲を演奏しているという点では、もちろん
共有している世界があるのですが、
個々の演奏家の、似て非なる苦悩と葛藤、
そしてさらにいうなら、悔悟と憐憫が統一的に
錯綜している、とても希有な世界だと思います。

以前、ピアソラのバンドが、アジアの著名なチェリストと
リベル・タンゴを協演した動画を観ました。
彼はとても知名度の高いチェリストですし
技術的には卓越したレベルなのだそうです。
でも、独りだけ見事に浮いてしまっていました。
つまり、ピアソラの曲を演奏するには
ある種の感性、メンタリティー、そして
人生に対する深い洞察と理解、
憐憫と寛容さが不可欠であり
それなしでピアソラの曲を演奏しても
心には響いてこない、というのが持論です。
アジアのある国の若いグループが、
なんとあろうことか、ピアソラのOblivion(忘却)を
ボサノヴァにアレンジして演奏しているのを聴き、
とても悲しくなりました。冒涜です。

さて、この「天使のミロンガ」を、ピアソラは
どんな心象で作曲したか・・・。
本当は、天使には翼なんてないんですが、
天上からの神聖な使者のシンボルとして
描かれているのではないでしょうか。
地上で苦難を背負う人々のために働くのが
天使の使命なのですが、何かの理由で
その象徴としての翼が、取り去られてしまったのです。

天使とて、完璧なわけではなく
心の迷いやためらい、あるいは恐れなどから
一歩前に踏み出すことを躊躇してしまうこともあります。
そんな天使に対する、天からの一時的な懲戒として
翼を取り去られてしまった情景を、きっと
ピアソラは思い描いていたに違いありません。
つまり、善良な人間の内面に存在する弱さを
寛容な眼差しで見つめる、憐憫の情が
この曲を作らせたような気がします。
それはピアソラ自身のことなのか、あるいは
ピアソラを捨て去り、あるいは裏切った人間への
寛容な赦しのメッセージかもしれません。

モチーフが悪魔であれ天使であれ、ピアソラの世界には
心の奥深くまで伝わってくる、まことに不思議な
音楽的メッセージが満ちているように思えてなりません。
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by hirune-neko | 2012-09-19 00:47 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)

ピアソラの世界における天使と悪魔の境界線

Romance de diablo - Astor Piazzolla


普通、生と死は対極にあるものです。
同様に、天使と悪魔も、神学的には
対極的な存在のはずです。

ピアソラの作品には
天使の組曲(全4曲)と悪魔の組曲(全2曲)とがあります。
でも、どれか任意の1曲を聴いたときに、果たしてそれが
天使なのか悪魔なのか、凡人の私は区別がつきません。
とても不思議な思いがします。

ピアソラの作品のタイトルには、死、忘却、不存在、思い出など
人間の内面と深く結びついているテーマが、多いように思います。
同時に、娼婦や売春宿のように、目を疑うモチーフも
平然と同じ場所を占有しています。

少しだけ、ピアソラの生い立ちを振り返ってみると・・・
タンゴを否定し、タンゴ奏者であることを隠して、作曲を学びに
フランスに渡ったのですが、師事した音楽教師の感性は
ピアソラの本質がタンゴにあることを見抜きました。
1年足らずのフランス滞在を経て、ピアソラは
アルゼンチンに戻り、タンゴと多ジャンルの音楽との
融合に情熱を傾けます。クラシックとの融合がフーガとなり
ジャズ・タンゴやタンゴ・オペラなど、意欲的に手がけますが
当時は、タンゴ演奏はダンスの伴奏という位置づけだったため
「踊れないタンゴ」と不評であり、
命を狙われたこともあったと書かれています。
「タンゴの反逆児」だったわけです。

数十年前に、ジャズ・アルトサックス奏者の
チャーリー・パーカーに心酔した時期があります。
独自のスタイルを貫いた彼は、ピアソラ同様
周りから「踊れないジャズ」だと反感を買い、演奏中に後ろから
シンバルが飛んできたこともあったと、何かで読みました。
オーケストラと協演したApril in Parisは1950年の演奏ですが
私にとっては、とてもいい演奏なんです。

別に、音楽評論を書くつもりはないんですが
ついつい、触れずにいられませんでした。

ピアソラの内面世界では、一般的に
対極に位置するとされる存在が、
果たしてどのように捉えられていたのか。
そこにとても興味があります。
「チキリン・デ・バチン」のように、
最も小さき弱者への慈愛の眼差し。
「ブエノス・アイレスのマリア」では、
娼婦の内面世界に崇高さを見出し、美化しています。

絶望的な環境の中でも、自分を失わず
自分を手放さなかった人間特有の
寛大さと洞察力が、そこにあったのだろうと
推察するに至りました。
あらゆる因習や、世俗性を超越した
「人生への」そして「人間への」洞察力が具わった作曲家であり
死後もなお、その曲想と哲学を、ピアソラの感性と世界の近くに
生きる人々へ託そうとしている、ピアソラからの
遺言であり、遺産なのではないかと、そのように思えるのです。

ピアソラの作品は「鍵」であり、その鍵を託された人たちが
どのような世界を、扉の向こうに創造するか、
ピアソラは、死後の世界から彼らの創造の苦しみを、
ほほえみながら、見つめているような気がしてなりません。

標題の曲は、悪魔の組曲の中の「悪魔のロマンス」です。
旧約聖書に登場する悪魔、サタンあるいは、
天上ではルシフェルと呼ばれていた彼は、
数千年間にわたって、必死に神の子らを欺き、悪に誘い
互いに戦わせ、地を恐怖で支配し続けてきました。
その望み通り、地上は悪と非情さに満ち満ちて
悪魔の目的は、ほぼ達成しつつあるかのように見えます。
・・・ここまでは神学的な解釈です。

・・・ここからは、昼寝ネコ的な解釈です。
でも、ピアソラの「洞察力」によれば、地球上の権力と
勢力と経済力、そして武力をほぼ手中にした悪魔の内面に
実は徒労感と失望が色濃く漂っており
できればもう一度、地球創造前の天上に戻り
素直にエホバに同調して、最期は平安な気持ちで
善良な人間たちのように、穏やかに生涯を閉じたい・・・
口が裂けても決して、周りの配下の者にはいうことができない
そんな葛藤と戦いながらも、独りの時は
静謐、静寂を求めて、ひっそりとこの曲に耳を傾けている。

そんな気がしてきませんか?

天使の組曲
天使の導入部 - Introducción al ángel
天使のミロンガ - Milonga del ángel
天使の死 - Muerte del ángel
天使の復活 - Resurrección del ángel

悪魔の組曲
悪魔のタンゴ - Tango del diablo
悪魔のロマンス - Romance del diablo
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by hirune-neko | 2012-09-18 21:40 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(6)

印象に残った曲のひとつ

Los paraguas de buenos aires
- Astor Piazzolla y Amelita Baltar



ピアソラが、生涯で作曲した曲数は、全部で
二百数十曲だと、何かで読んだ記憶があります。
全曲を聴いたとは豪語できないのですが、
英語のスピードラーニングのように
かなりの回数、聞き流して曲想を味わっています。

標題の曲は、Los paraguas de buenos airesです。
直訳すると「ブエノスアイレスの雨傘」のようですが、
なんだか、シェルブールの雨傘を想起させます。

時代劇の舞台脚本は、まったく進展していません。
でも、タイトルはまた変更になりました。
「気仙しぐれ雪」が、今のところ第一候補です。
主役の天芽(つぼみ)お嬢様のエピソードを
一つひとつ考えています。
小さな女の子なのに、将棋の才能があり
序盤定跡を独自に編み出して、江戸から稽古に来た
将棋所・大橋宗桂の高弟をして
「あれは、まさに気仙流」と言わしめた・・・
そんなシーンを思い描いています。

将棋には、「鬼殺し」といわれる、相手を引っかけるハメ手や
「角頭歩突き」という、確か米長・現将棋連盟会長が
考案した意表を突いた戦法があります。
天芽(つぼみ)お嬢様が考えついた、気仙流といっても
まったく具体性のない、言葉だけの戦法では
納得がいかず、かといって将棋の素人の私が
そう簡単に思い浮かぶほど甘い世界ではありません。
ある日、私の師匠である指導棋士五段の
堀川修先生に、ちょっとその話をしたところ
とても興味を持ってくださり、これはどうですか、と
決して誰も指さないであろう、従ってプロの棋譜にも
残っていないであろう、序盤の定跡を教えていただきました。

まさか、舞台上で延々と、棋譜の解説など
できるわけがありません。
ですから終演後、受付に、江戸から来た高弟と
天芽(つぼみ)お嬢様との当時の対戦棋譜、「これが気仙流だ」、
という対戦記録をでっち上げて、お持ち帰りいただこうと
ちょっとしたいたずらを考えています。

学生時代から、まったく将棋を指していませんでしたが
6年ほど前に、突然将棋熱が発症し、当時ネットで
将棋を教える「ネット将棋スクール」を開いて間もない
堀川先生に弟子入りをしました。なかなか
序盤の戦法が定まらず、悪戦苦闘の末に落ち着いたのは
「立石流」(たていしりゅう)で、これは四間飛車から
石田流に変形していく指し方です。
堀川先生から、気仙流は立石流に持っていきやすい、
と説明を受けましたが、いろいろな将棋ソフトと対戦してみて
なるほど、比較的楽に立石流に変化させられるようです。

「気仙しぐれ雪」が初演までこぎつけたら
将棋戦法・気仙流指導 堀川修指導棋士五段と
敬意を表して記載させていただこうと思います。
舞台上では出てこないのですけど、こだわりで。

そうそう、今日、
天芽ちゃん、碧之介ちゃん、そして倖之介ちゃん
そしてご両親とお会いしました。
「おお、天芽殿か」といいながら、つい小さなほっぺを
ちょんちょんと指で突いてしまいましたが、
「なに?この変なおじさん」という表情でした。

しぐれは、普通は雨のことであり時雨と書きます。
藤沢周平作品の「蟬時雨」は秀作ですが
雨だと直接的で、少しイメージが強すぎるように思え、
錯綜した悲哀感を漂わせるのは、雪だろうと考えました。
でも、単に雪だと、きれいすぎるし静寂感も強すぎるので
どうもしっくり来ませんでした。
時雨雪は、本来は気象用語なのだそうです。
みぞれに近く、いわゆる雪混じりの雨ですね。
でも、時雨雪だと「じうせつ」と読む人もいるでしょう。
なので、ひらがな混じりの「しぐれ雪」にしました。
気仙しぐれ雪・・・大切な人を失った
切々とした感情を代弁してくれる、タイトルになってほしいなと
そんな気持ちを込めています。

さて、初稿の出来上がりは、一体いつになるのでしょうか。
でも、イメージがちゃんと固まってしまったら
あっという間に書き上げる自信はあります。
私の中に、天芽殿とばあやのイメージが
徐々に定着しつつあります。
そして何よりも、ピアソラの作品が
創作イメージを高めてくれています。

「ブエノスアイレスの雨傘」・・・

見上げる気仙の灰色の空から降る、雪しぐれ。
傘も開かず、降りしきる雪しぐれに向かって目を閉じれば
溢れる涙を隠し、悲しみを洗い流してくれるような気がする。
大切な人を失った多くの人々の、そんな心情と共鳴する作品に仕上がり
心深くに閉じ込めた重い感情を、少しでも薄めていただきたいのです。

乞うご期待、気仙しぐれ雪。
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by hirune-neko | 2012-09-16 22:58 | 創作への道 | Comments(0)

嘘から出た誠・・・なのだろうか?

Israel is ישראל בת 64 / 64


昼寝ネコは、古代イスラエルの時代に
エルサレムで生を受け、はるか昔の時代に
日本に渡ってきたのである、と「虚構」をでっちあげ、
あれこれ、アホなことを書いてきました。
でもね、えっ!?
と思うことがあったんです。

昨日、山下公園のベンチに座り、氷川丸の勇姿を
ぼんやりと眺めていました。
日射しも和らぎ、海風が心地良いひとときでした。
子どもを連れた家族や、楽しそうに手をつないでいるカップル。
どこにでもある風景でした。

なんとなく視線を感じ、海から目をそらすと、
長く白い髭をたくわえた年長の男性が、私を見ているんです。
ちょっと薄気味が悪かったので視線をそらし、
また、海に顔を向けました。
湾内のディナー・クルージングのメニューはどんなだろう、と
とりとめのないことを考えているうちに
いつしか眠気が襲ってきて、うつらうつらしてしまいました。

何か寒気を感じて目が覚めると
誰もいなかったはずのベンチの少し離れた隣に、
いつの間にか、あの白髭の年長者が黙って座っているんです。
何も言わず、前方に視線を向けたまま。
私は席を立つことにしました。すると、
「シャローム」
ただひと言そういうと、一枚の紙切れを手渡し、
とうとう視線を合わせないまま、彼は立ち去っていきました。
ん?
見ると、名刺四枚分ぐらいの紙切れでした。
もう一度、彼の背中を見てから、紙切れに目を移しました。
上部に大きく「君が代の本当の意味」と書かれた白い紙でした。
文章は三段に分かれ、左から
日本語・ヘブライ語・ヘブライ語の意味、と書かれています。

つまり、日本の国歌の歌詞を耳で聞くと、
それはほとんどそのまま、ヘブライ語に置き換えられ
意味を持つ、と説明されています。
君が代の歌詞が、そのままヘブライ語に
置き換えられるというのです。
さらに、こう付記されていました。
「君が代」の原型は、「古今和歌集」の「わがきみは」で、
これが「和漢朗詠集」の「きみがよは」に作りかえられたが
いずれも詠み人知らずだ、というのです。

日本の国歌を、イスラエルの人たちが聞くと
このような意味になると書かれていました。

立ち上がれ、神を讃えよ!
神の選民 シオンの民!
選民として 喜べ!
人類に救いが訪れ!
神の預言が成就する!
全地あまねく 宣べ伝えよ!

私は、大きな衝撃を受けました。
冗談だろうと思ったのですが、
どうやらその通りのようなんです。
日本に人間が住むようになった、約2,000年前
イスラエルから移り住んだ人がいたらしいとか、
神社の鳥居、御神輿などが旧約時代の
イスラエルの習慣と酷似し、出雲大社だかの
神社の灯籠に、ダビデの星が刻まれている・・・

昨日から今日にかけて、私の記憶は
逆流するように、忘れ去ったはずの過去を
遡るべきだという、静かな衝動を覚えています。

やはり私は、古代イスラエルの時代から
すっと生き続けているネコだったんだ。
徐々にそのような確信が、心の中に拡がっています。

・・・とまあですね、その紙切れをもらったのは
実話なんですよ。手許にあります。
でもね、まさか私が本物の昼寝ネコだなんて
そんなアホ話しを信用しないでくださいね。

ん〜、でももしかしたら、そうだったりして。
そんな疑念が湧き上がってしまっています。
なので、本当に単純な私は、とうとう
ヘブライ語の勉強に手を出してしまいました。
22の子音だけのアレフベート(アルファベット)。
右から左に向かって読む・・・昨日はそこまででした。

自分でも自分のアホさ加減に
ほとほと呆れています。
でもね、とても楽しい妄想でもあるんですよ。
来年の今頃は、エルサレム・ツアーに参加しているかも
しれませんね。

最後までお付き合いくださったあなた、
あなたも相当物好きな方ですね。
個性的で良き感性をお持ちであると認定してあげます。
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by hirune-neko | 2012-09-11 00:38 | 創作への道 | Comments(6)

クレモンティーヌからのお見舞い

Clementine *** Tensai BAKABON


クレモンティーヌから、お見舞いの連絡がありました。

「昼寝ネコのおじさん、体調はどうなの?」
「ん?なんで?」
「だって、今朝、血圧が久しぶりに200を超えて
ぐったりしてたじゃないの」
「えっ!?そんなことまで把握してんのかよ」
「だって、仕事のピークが過ぎたかと思ったら
昨日は一日に、将棋を何局指したの?
監視記録を調べたらすぐ分かるけどさ」

将棋をされない方のために解説しますと
「柿木将棋」というソフトがあります。
そのiPad用の最新版ソフトが良くできていて
レベル1からレベル8まで選択できます。
なので、新しい戦法を試すのに
勝ったらレベルを1段階ずつ上げて
昨日は5まで行ったのですが、かなり強いんです。
文字通り、脳みそを絞り出すように
必死で考えて、でも形勢不利になると
数手戻して考え直して、なんとか辛勝でした。
実際には負け将棋でした。
以前ですが、レベル8はプロ級だと聞いています。

なので、昨日は頭が冴えに冴えてしまい、深夜3時過ぎまで
まったく眠れず・・・それが血圧に悪影響を
及ぼしたのだと思います。

いや、伏線がもうひとつあります。
時差の関係で、昨晩深夜2時前に
アメリカの大学の先生からメールが届きました。
今年から、インターネットを活用した
日本人向けの英語クラスに登録し
学生気分に戻って、英語を勉強しています。
メールで送られてきたのは、今学期の
カリキュラムと勉強方法です。
教材は、アメリカの宗教指導者の演説を
動画で聴いて、原稿テキストを読み、
内容について先生とディスカッションする、という
私にとっては、かなり予習を要する内容です。
で、このように付け加えられていました。

「このクラスは、特に日本の若人の
将来のためにと思って計画したのですが
貴殿には全く必要ないように思われます。
でもまあ、英語能力のメインテナンスにでもご利用ください。」

ん?・・・どーゆー意味だ?
あんたのような将来のない年寄りには
意味がないんだよ、という意味なのでしょうか?
そういえば、登録しているクラスは
生徒が私だけのことが多く、参加する人がいても
1〜2回で脱落してしまっています。
採算が取れていないんでしょうね。
遠慮せずに、そのクラスを閉鎖すればいいのに。
こちらから申し出てみることにします。

伏線がまだありました。
最近は、ウェッブサイトをまるで趣味のように
相当時間をかけて作業しています。
ホームページを作成するソフトが
どんどん更新されて、新しい機能が付加されています。
マニュアルを読み込んで、試作して、動作確認をして、
ああ動かない・・・で、メールサポートを受けて、
これの繰り返しが続いています。

今手がけているのは、せいぜいエントリーが
数千件で見込んでいるのですが
目下、調整中の案件は、数十万人から
下手をすると百万人単位になる可能性が
ゼロではないために、どういう基本構造にするか
とても難しいんです。

これまでの小規模のキャパシティーでは
破綻してしまうのが目に見えていますので
どれとどれを組み合わせるかをリサーチしています。
でも、どんなに逆立ちしても、自分で全てを
構築するのは至難の業なので、基本設計だけしたら
部分部分は、それぞれの専門家に外注の予定です。
数万件のデータというのは、経験していますが
数十万件とか数百万件・・・。
これは尋常な数ではありません。

まあ、まだ正式に決まった案件ではないので
すぐに大変になるわけではありませんが
でも、ゴーサインが出たときに
すぐに動けるよう、基本設計と外注先を
選定しておく必要があるんです。

そんなこんなで、頭をかなり酷使しており
昼寝時間も、これまでの長さでは足りません。
こまめに、足下の床の上で・・・
地震があってもいいように、頭だけを
机の下に入れて、クウクウ昼寝をしています。

でもね、世の中にはあちこちに
いろいろな要素がありますけど、
組み合わせのバリエーションが、私の場合は
かなり一般的ではないんですね。
聞いたら、なんだそんなことなの?
といわれてしまうと思います。
でも、簡単には真似できないですよ、きっと。

クレモンティーヌは、すんごくきつい姪ですが
心の中は、あれでもとても優しいんですよ。

「昼寝ネコのおじさん、無理して倒れないでね。
何が心配って、今死なれても遺産なんてないでしょう?
ちゃんと利益を出して、相続財産が十分になったら
遺言を書いて、私にもちゃんと遺産をちょうだいね。
あれこれ贅沢はいわないから、現金や有価証券でいいからね。
不動産をもらったって、ドゥーヴィルには持ってこられないから。
虎は死んで皮を残す、昼寝ネコは死んで姪に遺産を残す。
これって、中国の有名な諺なんだって。
おじさん知ってた?」

やれやれ、どこまで本気で、どこまで冗談なのか
私にはさっぱり判断ができません。
どうやら、血圧も120台まで下がりましたし
先月、交通事故死した男性のご両親
それとお子さん、奥さん向けの絵本の本文も試作しましたし
今日は、柿木将棋のレベル6に挑戦してみましょうかね。

「ブッブー!!おじさん、そんな無茶をして
対局数をいっぺんに増やしてはいけませんよ。
もう少し自分の年齢を自覚してね、じゃあまたね」

ありゃりゃ、クレモンティーヌは、神出鬼没。
でも、憎めないかわいい姪です。
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by hirune-neko | 2012-09-08 17:31 | 現実的なお話し | Comments(0)

お見舞い記事、女性記者のYちゃんへ

星に願いを Clementine


え〜、これは
北海道の某地方新聞社の女性記者である、
Yちゃんへのお見舞い記事ですので、
ご本人以外には全然内容不明のメッセージです。

専務と電話で話しましたが、ちょっと歯切れが悪く、
心配になって、さきほどお見舞いメールを送りました。
仕事用のアドレスに送りましたので、
もしかしたらご覧になっていないかもしれませんね。
でも、このブログのことは一度お伝えしましたので、
見にいらっしゃったときのために、ここにも
お見舞いの言葉を書き残します。

(お見舞いメールのコピー開始)
そっとお見舞い申し上げます。

今年は北海道も猛暑で、
道民の皆さんには、謹んで暑中お見舞いを
申し上げたいと思います。

Yちゃんは体調を崩されているとか。
心配しています。
何せ、娘と同じ年齢ですから
余計心配しています。

遠いので、何もしてあげられず
申し訳ありません。
あっ、私にもできることがひとつありました。
富士の樹海奥深くにあるといわれる
通称「ネコ神社」に、マタタビひと束を奉納し、
快癒祈願のお札に、病める人の姓名を書いて
一本杉のほこらに収めればあら不思議。
すっかり治癒した人が後を絶たないそうです。

旅支度を調え、今週中に富士の樹海に
行ってくることにしますので、
道に迷わず、無事に帰還できるよう
祈っていてください。

体調が悪いのは不快で不安なものです。
せめて、心から不安が消え去り、
平安な気持ちに満たされますよう、
世界昼寝ネコ最高会議に「Yちゃん平和条例」の
採択を、お願いしておきます。
実は、姪ネコのクレモンティーヌが
議長の筆頭秘書なものですから
それぐらいは、協力してくれるのです。
ですから、心穏やかに病を退治してください。

ではまた、お元気になられますよう
お待ちしています。
(お見舞いメールのコピー終了)

わが家の娘と比較して
Yちゃんの方がずっと素直だし、
頭の回転も速いし、文章も上手だし、
料理も上手そうだし、取材も鋭いし、
いやあ、世界の新聞界の逸材ですから、
是非、以前のように活発な
報道部記者に復帰してくださいね。

快気祝いに、昼寝ネコ世界最高会議から
パリ往復エールフランスの航空券と、
三つ星レストランのディナー券、
それとお好きなホテルの宿泊券がセットになった
旅行会社のパンフレットをお送りします。

ではまたいずれその日まで。
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by hirune-neko | 2012-09-03 12:17 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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