昼寝ネコの雑記帳

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たまには将棋の話です

【羽生マジック】羽生善治


将棋に関して、偉そうなことをいえる実力ではありませんが
そして知識もありませんが、インターネット環境を
お持ちの方であれば、初歩から実戦まで役に立つのが
「ハム将棋」です。
http://hozo.vs.land.to/shogi.html
駒落ちは正規のものではありませんが
平手だと、そこそこです。

最近知ったサイトがあります。
将棋ソフト 将皇(なんて読むのか分かりません)
http://www14.big.or.jp/~ken1/application/shogi.html
レベルはゼロから3まであり、他にも
終盤力テストとかあって、面白そうです。
棋力はレベル2としか対戦していませんが
5〜6級ぐらいかなと思います。

私はOSがMACですのでwindowsの方は
該当しないかもしれませんが、対戦ソフトは
「将棋Z」に、すいぶん遊んでもらいました。
レベルは4までありますが、3以上から
非常に長考になってしまいますので(相手が)
実用的には2までで、棋力は6〜8級ぐらいかなと思います。

かの有名な、かつてのソフトの王者「ボナンザ」を
ベースにしたソフトは、「Kiryu」と「桜花」が
ありますが、さすがに強いですね。おそらく
アマ5段以上か、ひょっとしてプロの棋力だと思います。
ぼ〜っと指していると、20手程度で負かされます。
過去の最高でも80数手まで持ちこたえるのがやっとでした。

ネットで人間と対戦するのなら、
将棋クラブ24が一般的ではないでしょうか。
http://www.shogidojo.com/
初心者から有段者まで数千人が集っています。
コアな将棋マニアも多いようですので
登録無料ですから、対戦されてはいかがでしょうか。

最後にご紹介するのは「ネット将棋スクール」です。
http://www1.odn.ne.jp/shougi-school/?OVRAW=%E5%B0%86%E6%A3%8B&OVKEY=%E5%B0%86%E6%A3%8B&OVMTC=standard&OVADID=601366041&OVKWID=5559753541
プロの指導棋士・堀川修五段が主宰されており
小学生の全国代表をたくさん輩出しています。
小学生は各県一名募集を貫いていますが
私のようなよぼよぼでも懇切丁寧に
指導していただけます。
有料ではありますが、将棋の上達を目指す方には
お薦めです。私は五年前に入門し、弟子名は昼寝ネコです。

実は、囲碁の強い知人と一緒に「囲碁・将棋サークル」を
月に一回開いています。囲碁・将棋ともに70歳代の
男性が熱心に通って来てくださっています。
結構強い方々なので、うっかりすると負かされますから
それが張り合いになって、勉強も怠れません。
近々、説明会を開いて、小学生も募集します。
ボランティアですので、参加費は無料です。

私の個人的感想ですが、将棋は集中力と
思考力、記憶力を鍛えるには最適な
頭脳ゲームだと思います。
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by hirune-neko | 2012-02-28 19:53 | Comments(4)

取り戻せない時間

Puccini - Vissi d'arte from Tosca - Kiri te Kanawa


思い浮かんで、ある創作ストーリーを書こうと思ったのだが、
過去に書いたような気がしたので、念のために調べたら
2007年8月のブログに、すでに書いてあった。
「こんな人生ってあるんだろうか?」というタイトルで書いていた。

当時、英国のスパイ小説家である
ブライン・フリーマントルの作品に傾倒していた。
「チャーリー・マフィン」という名の、風采の冴えない
中年男性が主人公だ。彼の職業は、英国情報部の一員であり
緻密で冴えた頭脳の持ち主で、存外と人間くさく
情熱家の一面もある。

ある日、「スパイよさらば」という文庫本を見つけ
タイトルに惹かれて購入したが、文春文庫だった。
作者はジャック・ウィンチェスター。
なかなか、興味深いストーリーで印象に残ったが、
あとがきを読んで得心した。
ジャック・ウィンチェスターというペンネームは
ブライン・フリーマントルが、本格的に
作家活動を始める前に使用したものだったのだ。
その後、本作品は新潮文庫で、ブライン・フリーマントルの
著作として出版されている。

人生の晩年で露見した事実に打ちのめされ、
それまで積み上げてきた安住の過去が、
一気に崩壊し、全否定されてしまう、という構成だ。
徒労感に茫然自失する主人公の心理が
痛いほど良く理解できる。

主人公は、長年にわたり情報の世界で生きてきた。
平凡で、穏やかな結婚生活だったが
妻の突然の死が終わりを告げる。
妻の遺品を整理して、主人公は愕然とする。
明らかに、他国から送り込まれ、自分を監視していた
スパイだったのだ。
さて、この時の主人公の心理状態を
どのように表現できるだろうか。

この「スパイよさらば」という作品が
国家間の諜報活動ではなく、主人公の
心理描写に焦点を合わせている点に親近感を持った。
舞台を、ここ日本に置き換えたらどうなるだろうか、
という興味から、5年前にブログに短編として掲載した。

あれから5年が経過したが、事態は好転しただろうか。
時の総理や大臣が在日韓国人から献金を受け、
さらには選挙でお世話になったと、民団の集会で謝辞を述べ、
最近ではスパイの疑いのある学生が防衛大学に在籍し、
自衛隊員約800人の妻が外国籍で、そのうち
7割が中国人だとの記事を目にしている。

どれだけ激しい恋をしようが自由だが、
できれば純粋な恋愛であってほしいものだ。
このトスカが歌うような一途な愛は、決して
舞台上だけのものではなく、現実にも
存在するのだと思いたい。
期待と警鐘と自戒の気持ちを込めてだ。
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by hirune-neko | 2012-02-26 17:43 | 創作への道 | Comments(2)

疲労の哲学

Keith Jarrett - Be My Love


疲労に哲学なんてある訳がない。
でも、肉体疲労と脳内疲労の間には
大きな違いがあるような気がする。

高校生の頃、ビル・エヴァンスに心酔し
来る日も来る日も、ビル・エヴァンスばかり聴いていた。
そんなある日、キ−ス・ジャレットの演奏を耳にして
ビル・エヴァンスの新しい曲だと思ったら違った。
雰囲気がとても良く似ている。
じっくり聴き比べると、タッチと音色は
ビル・エヴァンスの方が病的に繊細だ。

今まで、こんなにじっくりキ−ス・ジャレットの演奏を
聴いたことはないが、脳内疲労が徐々に中和されるのを
実感している。
金曜日の夕刻。
仕事はまだまだ追いついていないが、
時間に追われる環境は、徐々に終息しつつある。

ふと思うに、年齢相応に忍耐強くなり、寛容さが増し、
目線も地上すれすれまで低くなったような気がする。
しかしながら、嗜好は年々旗幟鮮明になり
向かい合う人間、聴く音楽、時間の過ごし方に関しては
自分に合う合わないが、非常に明確で困る。

付き合いが悪い、融通が利かない、愛想笑いができない、
お世辞が言えない・・・救いようがない。
こんなんで、どうやって営業してきたのだろう。
これからも、営業ができるだろうか。
いいや、自分に合った方法を見つければいいのだ。

疲れているときは、思考の焦点が定まらない。
でも、こうして気ままに好きな音楽を聴きながら
感じたままを書くことができる時間があるというのは
ある意味で、とても贅沢なことだと思う。
そして、とても自然なことだとも思っている。

たくさんの人の中から、自分に合う人と出会えたら
それはすごく幸運なことだし、同様に
たくさんの作品の中から、傾倒できるものに
出会えたら、それもまた幸運なことだと思う。
誰か知らない人に、そう感じてもらえる
作品を作ることができたら、もっと幸運で
幸せなことだろうなと、静かに想像している。
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by hirune-neko | 2012-02-24 18:09 | 心の中のできごと | Comments(4)

ああ、久しぶりのクレモンティーヌだ!

バカボン・メドレー - Clementine


クレモンティーヌ「昼寝ネコのおじさん、元気?」
昼寝ネコ「あん?なんだ、クレモンティーヌか」
ク「なんだはないでしょう?せっかく日本に来たのに」
昼「ユーロ圏は大変だっていうじゃないか。まさかのんきに
  観光旅行じゃないんだろう?」
ク「おじさん、今日2月22日は、ニャンニャンニャンで
  ネコの日に制定されてるでしょ?」
昼「へっ?そうだっけ。ちっとも知らなかったよ」
ク「議長が、慰問を兼ねておじさんの所に行ってきなさいって、
  わざわざお土産も持たせてくれたの。山口県名物の『ういろう』を」
昼「へえ、パリで山口の『ういろう』を売ってんのかね?」

・・・とまあ、実際には数日前に、山口に住む古い知人が
ういろうを送ってくれて、数十年ぶりに食べた次第だ。
ういろうといえば、名古屋のが一般には知られているが
山口県名物のういろうは、なかなかノスタルジックだ。
なかなか入手できないので、嬉しかった。

忙しさはまだまだ続いており、気を緩めることはできないが、
少しずつ追いついてきて、ブログを開く気力が出てきた。
喜ばしいことだ。

最近は、いよいよ電子ブックの試作に手を付けている。
でも、知れば知るほど単純ではなく
関門を一つずつ崩す作業を始めている。
あれこれリサーチして、ePub形式を選択することにした。
暗号化できるかどうかはまだ分かっていない。
使い慣れたDTPソフトからPDF経由ではePub化できたが
印字の劣化が思ったよりひどいため、
DTPソフトで製作したデータを、直接ePubに
書き出せる方法を探している。
それと、致命的なのはePubは国際規格なので
日本語の縦組み・右開きには対応していない。
あれこれ調べているのだが、まだ解決方法はない。

いささかマイナーな話題で申し訳ないのだが、
この関門を乗り越えて、PayPalシステムを利用して
少額決済の仕組みさえ作れれば、自前で電子書籍を出版し
自社サイトでの販売が実現する。
その道筋をつけようともがいており、
ネコの手も借りたいぐらいだ・・・なので
本当にクレモンティーヌには、ドゥーヴィルから
やってきて欲しいと願っている今日この頃である。
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by hirune-neko | 2012-02-23 00:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

厳しい冬であっても、やがて春は訪れる

Jessye Norman - You must believe in spring (Michel Legrand)


今朝、配達された郵便物の中に、
仙台の中学校の先生からの封書があった。
開封すると、被災者向けの絵本の寄贈申し込み葉書が1枚と
9人の先生からの、特別版絵本の申し込み葉書が9枚。
専用葉書による申し込みが初めて到着したので
驚いたのと同時に、手紙を読んでもらって喜びも拡がった。
文字が小さかったので、横で読んでもらったのだが
読みながら何度も言葉に詰まる様子に、こちらの
感動も呼び覚まされた。

手紙を送ってくれたのは、ある市立中学校の
養護学級の先生で、発端は5年前に遡る。

当時、仙台・河北新報の販売子会社・河北仙販が発行する
タブロイド新聞「ひまわりクラブ」で
絵本「大切なわが子へ」の記事をお読みになり、その先生が
養護学級の最後の授業に使いたいと連絡してくれた。
主旨が主旨なので、1冊寄贈させていただいた。
授業には父兄が参観され、先生は一人ひとり
子どもの名前を文中に入れて、読み聞かせてあげたらしい。
お母さんたちが感極まって涙を流し、
子どもたちも感動したという報告の手紙と
その子どもたちが作ってくれた「豆乳石けん」を
お礼に贈ってくださった。
あれからちょうど5年の歳月が流れた。

10日ほど前だろうか。
書類を整理していたら、5年前にその先生からいただいた
手紙が出てきた。
ためらわず、中学校に電話したところ
ちょうど都合良く、電話口に出てくださったので
絵本「大切なわが子へ」に被災者向けの文章を
3種類作ったので、必要とする方がいらっしゃたら
紹介してあげて欲しいと伝えた。
無料で寄贈する絵本であることを伝えた。
即日、案内パンフレットを数十枚送ったところ
今日、その先生から封書が届いた次第だ。

手紙を読むと、スクールカウンセラー・心の相談員、
「道徳の授業」を受け持つ教諭、「命の授業」を
担当する特別支援教諭の皆さんが、授業で活用したいと
製作を申し込まれたそうだ。

奇しくも、先日私が電話したのは、授業担任の先生と
5年前に寄贈を受けた絵本「大切なわが子へ」を使って
授業をされたときの様子を説明した直後だったらしく
とても「縁を感じる」とおっしゃってくださった。
その先生は、あと1ヶ月で定年らしく
個人としては望外の、たくさんの寄贈を申し出てくださった。

機関投資会社や大企業に金融商品を推奨し、
数百億円、数千億円という巨額の売買を
行っている企業から比べれば、私たちの作る絵本の単価たるや
まさに無に等しいと言われるだろうし、
1冊ずつ、手間のかかる絵本を製作して
理念・理想を追う私たちの姿を見て、
非効率的な仕事だと冷笑・嘲笑する人も存在した。
でも、数十年間、稚拙な営業の連続ではあったが
そこで学んだのは、売上や組織の規模の大きな企業・団体に
頼り切って事業展開することによって潜在的に拡大するリスクだ。

物言わぬ、社会的には無名かもしれない
たった一人の顧客が、心に感動と平安を感じ
私たちの製作した絵本を、心から支持してくださる・・・
これに勝るビジネスモデルはあり得ないと確信している。

私のために、横で手紙を読んでくれたスタッフは
読み終えると、旧約聖書の「伝道の書」の1節だという
次の言葉を暗唱して告げてくれた。
まさか、聖書の言葉を耳にするとは思わなかったので
正直、非常に驚いたが、心に残る言葉だった。

「朝のうちに種をまけ、夕まで手を休めてはならない。
実るのは、これであるか、あれであるか、
あるいは二つともに良いのであるか、
あなたは知らないからである。」(旧約聖書「伝道の書」より)

どんなに厳しい冬であっても、やがて春はやって来る、
そう思い続けられるかどうかは、確かに分水嶺だと感じる。
You Must Believe in Spring・・・ずっと
ビル・エヴァンスの演奏しか聴いていなかったが
ミシェル・ルグランの作曲だということを、今日知った。
さらに、オペラ歌手のジェシー・ノーマンが
こんな風にジャズを歌っているのも、初めて聴いた。
まだまだ、自分の未知、そして無知な面積が広いと発見するのは
実に楽しいことだ。
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by hirune-neko | 2012-02-20 23:07 | 心の中のできごと | Comments(2)

恥ずかしい無知〜ノルウェイの森

The Beatles - Norwegian Wood


相当昔のことだが、書店で装丁に惹かれて購入した本がある。
確か、グリーンと赤の2冊組みで、タイトルは
「ノルウェイの森」。
著者は村上春樹だった。
本を買うのが趣味のようなもので、買っただけで
読んだような気になり、溢れるほど増えた本を
何度も処分した・・・ので、結局
「ノルウェイの森」も読まずに処分してしまった。

これまでの長い期間、「ノルウェイの森」といえば
村上春樹しか連想しなかった。
今日、あるブログを見に行ったら
タイトルが「ノルウェイの森」となっている。
トップにはYouTubeの動画が貼り付けられてあり
クリックしたところ、
ビートルズが歌う「ノルウェイの森」が流れ出した。
耳馴れた曲だったが、タイトルが「ノルウェイの森」で
ビートルズの曲だなんて、今日の今日まで知らなかった。
改めて、自分の無知さに驚き、同時に恥じ入っている。

結局、ビートルズにはこれっぽっちも傾倒しなかった。
今でも、ビートルズの曲には心酔するような感覚がない。

ブログでは公開していないカテゴリーの作品が
何作かある。シリーズ名をつけるとすれば
昼寝ネコの「ビターな恋物語」となるのだろうか。
自分の内面を人前にさらけ出すような気恥ずかしさがあり、
正直いうと、公開がためらわれるのだが
ネコが主人公のシリーズを継続するのと同時に
人間模様を描く、という意味で、この
ほろ苦いテイストの作品は、今後も書き続けたいと思う。
決して勿体ぶっているのではなく、
相当の決心が必要なので、気が重いだけなのだが。

以前、村上春樹ファンという知人に読んでもらったことがある。
どう評価されたか覚えていないが、
この路線も大切に継続して行きたいと思う。
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by hirune-neko | 2012-02-19 23:05 | 創作への道 | Comments(2)

言葉に生命が与えられる瞬間

Bill Evans - The Peacocks

 *上記演奏はブログ内では再生できず、ご不自由を
  おかけしますが、他と比較してこれが一番いい
  演奏ですので、悪しからずご容赦ください。

正午を少し回ったが、久しぶりに
時間に追われる環境にも、合間ができるようになった。

人間は思索すべき生き物だと思うが
その目的は一体どこにあるのだろうか。
形而上的な思索は、抽象的な領域での完結を目指すが
いずれも行き止まりになるか、あるいは
徒労感に打ちのめされるかのどちらかだろう。

なぜだろうか。

言葉それ自体は、抽象的な構築物を
客観的に描写し、把握するには適しているようだが
人間の本能は決して、言葉そのものに
絶対的な信頼を置いていない。
理論的にはそのとおりだと思うが
何か納得がいかないと感じることがある・・・それは
人間の持つ本能が感性や感覚という、
まさに抽象性をさらに超越した判断基準に
根ざしているからだと思わざるを得ない。

私の持つ病的な一面は、
ある特定の状況に定住したとき
ストーリーや人物が、あたかも実際に存在したかのように
比較的現実感を伴って、脳内で展開してしまうことだ。
リアルな夢を見るのと同程度に
制御の効かない再生装置が、自意識と無関係に
情景や心理描写を映し出す。
迷惑な話だが、楽しみでもある。
そこで見聞きした内容を、慎重に言葉を選びながら
文章にするのだから、ある意味では楽な作業だ。

数日前、2年以上前に書いた短編を読み返してみた。
普段はネコを擬人化したストーリーを書くことが
楽しいと感じているのだが、やはりそれでは限界がある。
ネコが葛藤に苦しみ、内面に形而上的な悔悟の念を
抱いたりするだろうか。

なので、やはり自分の本質に一番近い領域を表現するには
人間の生き様を通して描写しなければ困難なようだ。
以前、「うるさ型」の知人が言った言葉を思い出す。
「作家というのは、人に言えない自分の恥を
作品にできるようでなくては、一人前じゃないんだよ」
そうか。
なら、失敗談を語らせたら尽きることのない私は
作家に適しているのかもしれない、などと
的外れなことを考えたものだ。

2年以上前に書いたその短編を読み返してどう感じたか。
それを言葉で表現するのは、とても困難だ。
肯定的な評価なのだが、言葉にならない。
しかし、自分の作品を読み返して、登場人物の
心理・心象に深く共鳴して涙が流れ落ちたと言えば
かの「うるさ型」の知人はおそらく言うだろう。
「あん?自分の作品に感動した?アホか!」

そうだよ、そのとおりなんだ。
でも、アホにつける薬はないそうだから
このまま死ぬまで、私はアホであり続けるしかない
不治の病なんだよ。文句あるか!
とまあ、居直りだけは板についてきたような気がする。

「10ドルで買われた絵」というタイトルで、一切公開していない。
B6版24ページ程度なので、こんなカテゴリーの
気に入った作品が何編か出来上がったら
ちょっと無理しても、性懲りもなくまた出版しようかなと
虎視眈々とそのチャンスが到来するのを狙っている。
タイトルはもう決まっている。
「昼寝ネコのビターな恋愛物語」だもんね。

はあ、一体いつ実現するやら。

標題の曲は、Bill Evansではない、あるピアニストの作曲だ。
彼の曲はずいぶん聴いたと自負していたが
この作品は初めて聴いた。
晩年のBill Evansらしさを感じる演奏だ。
・・・と、偉そうに言ってみたかった。
さてと、そろそろ仕事に復帰の時間だ。
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by hirune-neko | 2012-02-15 13:27 | 創作への道 | Comments(2)

生と死の交差する時間

Gabriel Fauré - "Requiem" Introit Kyrie I


知人女性が旅立った。
正確には知人の知人であり、
紹介されて、たった一度だけ、挨拶しただけの方だ。
訃報の連絡があり、できれば参列して欲しいという。
親戚、友人、同僚のいずれでもなく、
考えてみたらどのカテゴリーにも入らない
いわゆる完全に「希薄」な関係だったのだが
妙に静かな印象が残っており、気にかかったので
仕事を中断して、最後のお別れに伺うことにした。

葬祭場に着くまでずっと、仏式だとばかり思っていた。
道に迷ってしまい、遅れてエレベータで3階に上がると
白い法衣をまとった牧師さんの説教が始まっていた。
生まれて初めて、プロテスタント教会の
お通夜・・・式次第には、前夜式と書かれていた。

故人は享年82歳の女性なのだが、
経歴も何も知らず、家庭環境も知らない。
献花を終えて、式後に、涙を流している女性に
挨拶をして弔意を述べたところ、
「私は知人で、ご遺族はあちらの方です」
といわれてしまったほどだ。
その瞬間、不謹慎にも、ある映画のシーンが甦った。
ポール・ニューマンが、落ちぶれた
飲んだくれの弁護士を演じる「評決」。
フランク・ギャルビン・・・役名まで
鮮明に思い出してしまった。
新聞で葬式の案内広告を調べ、参列する。
式後に遺族に対し「故人とは親しい関係でした」と
でまかせを言って、相続分割協議書作成の仕事にありつく。
そんなペテン師まがいの仕事をしている、
冒頭シーンを思い出したのだ。
やや自嘲気味に、そのときの自分の立場と重なったのだろう。

その前夜式は、牧師さんの説教と賛美歌で構成されていた。
改めて、生と死について考える機会になった。
長髪の牧師さんは、聖書の「詩篇」から引用したが
内容は、いたって水彩画のような印象であり
フランク・ギャルビンもどきの私の心には届かなかった。

死後の世界は、宗教とは切り離せない要素だろう。
なぜ、異なる解釈が混在するのか、不思議で仕方がない。
人間が作った宗教ならそれもありだろうが
実際に人間を超越した創造主が存在するのなら
なぜ、あれこれ異なる教えが並立するのだろうか。
どれかは正しいけれど、他は偽だというのなら
まだ理解できるのだが。だが、本来的に宗教マターは
頭で理解するものだとは思っていない。
参列者の表情を観察しながら、私には
本当に宗教心があるのだろうかと、
ふと自己疑念にかられて自問した。

人間を尊敬することはあっても、
決して生身の人間には傾倒、心酔しないのが
自分の体質だと、はっきり認識している。
どんなに著名であっても、社会的地位が高くても、
おそろしく巨万の富を築いている資産家であっても、
それだけでは、私にとっては、なんの意味もないことだ。
・・・それぐらいしか、自分の取り柄がないのも事実で、
かと言って決して虚勢を張っているわけではない。
ひょっとしたら、自分は世俗を超越して
かなり、宗教心があるのではないかと
思うことが多いのもまた驚きだ。
それだけ、葛藤が多く、自己嫌悪の感情が強いのだろう。
逃げ場もなく、隠れる場所もなく、救いようのない
本当に哀れな老人にとっては、もしかしたら
もう宗教しか残されていないのかもしれない。

じゃあやっぱり、時々考えていたように
自分で教会を設立してしまおうか。
名前だけは決まっていて
「迷える子ネコの教会」・・・ときたもんだ。
なかなかいいネーミングだと、自画自賛している。
でもまあこんな調子だと、信者はゼロだろうな。

納棺され、死に化粧を施された故人には
心を込めてお別れの挨拶をしてきた。
これだけは、紛れもない事実である。
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by hirune-neko | 2012-02-15 00:31 | 心の中のできごと | Comments(0)

自己認識・・・私は、どうにも不健全な男

As Time Goes By


数ヶ月前の「持ち寄りコンサート」で
ギターが趣味の男性に伴奏をお願いして、
ボサノヴァを歌った。
「イパネマの娘」と「デサフィナード」だった。
前者は30年以上前に歌詞を覚えたもので、なんとか歌えたが
後者は、ポルトガル語が覚えきれず、
スキャットでごまかすという大失態だったので、
二度とエントリーするもんかと思った。

3月にまた「持ち寄りコンサート」があると聞いた。
そのことが、なかなか頭から離れない。
もうエントリーしないと決心したはずなのに。
もちろん、新しいレパートリーにチャレンジする
時間的な余裕などありはしない。
暗譜している曲はほんの数曲だが、どれもジャズだ。
でも、ジャズなんて人前で歌ったことはない。
人前で歌ったのは、オペラのアリアと歌曲ぐらいだ。(ゲホッ)
みんな発表会であり、お金をいただくステージになんて
立ったことなどあるわけがない。

気がついたら、知らないうちに
As Time Goes Byを頭の中で歌っている。
やれやれ、お前は性懲りもなくまたエントリーする気か?
ハンフリー・ボガードとイングリッド・バークマン共演の
映画「カサ・ブランカ」っていったって、60歳未満で
知っている人はほとんどいないと思う。

なかなか粋ないい映画だった。

YouTubeでいろいろ探したら、
カラオケ用ピアノ伴奏の手頃なのを見つけてしまった。
気がついたら、そのURLを添えて
ご検討依頼メールを送ってしまっていた。
前回は企業で研究員をしている男性だったが、
今度はジャズピアノが得意の、
システムエンジニアの男性だ。
「げっ!」と思われて辞退されれば
逆にほっとするのだが、「やりましょう」といわれたら
これまたプレッシャーだなと思っている。

この忙しい時期に、何を考えているのだろう。
われながら呆れてしまっている。
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by hirune-neko | 2012-02-11 13:20 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)

無題

New Words - Brian Stokes Mitchell


仕事の合間に
ああ、ちょっと放電気味だなと感じています。
そんなときって、浮かぶイメージはみんな暗鬱で、
心の底に、ずんずん沈んでゆくのを実感しています。

照りつける真夏の太陽の下で
思いっきり咲き乱れているヒマワリを見ても、
早い秋の訪れや、季節外れの霜で
一夜にして茶色に変色する光景が目に浮かびます。

この曲は、どうやらBrian Stokes Mitchell自身の
作詞・作曲のようで、自ら歌っています。
生まれた男の子が、成長するに連れて
一つずつ、新しい言葉を口にする・・・
そんなわが子を見つめる父親の愛情。
子守歌のような曲想だと思います。
で、この曲を聴いて何を思い浮かべるか。

息子が結婚して家庭を持ち、
人生のスタートを切って間もなく、
突然、その息子の訃報を受け取ります。
急性の病か事故かはともかく。
埋葬を終えて、子ども部屋の整理をしていると
もう何年も開いていなかったアルバムが出てきました。
初めて言葉を口にしたときのこと、
初めて歩いたときのこと、
遠い昔の光景が、次々と甦ります。
心の奥底から、懐かしい思いが
切なく甦ってくるのです。

そんな風に、急逝した息子の父親が、
わが子が小さかった頃の思い出を、歌に託した・・・
そういわれてこの曲を聴くと、
曲想が全然違って感じませんか?

何かを聴いても、あるいは観ても、
そんな風に、余計なイメージやストーリーが
現実感を伴って浮かんでくるというのは
とても疲れることなんです。
だから、静かに暮らしたい。
ん?
これって、もしかしたら
自閉症の前兆なんでしょうか?
何か、病名のつくような状態なんでしょうか?
おりこうなネコがそばにいたら、
けろっと治りそうな気もするのですが。
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by hirune-neko | 2012-02-03 19:02 | 心の中のできごと | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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