昼寝ネコの雑記帳

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いつか振り返れば、今が大きな転換点だ

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これは、実に懐かしい思い出深いイラストです。
描いてくれたのは、今は亡き・・・あっ、いやいや
人を勝手に殺してしまってはいけませんね。
今もなお、けなげに、ひっそりとご存命中の
カトリ〜ヌ・笠井さんが、もうかれこれ4年以上前に
描いてくれた作品なのです。

当時、ヤクザも恐れて避けて通る、と言われた
世田谷・経堂の女渡世人もどきの、れい子さんと
カトリ〜ヌ・笠井さんが、二人で結託し、
この私をおだてて、恫喝し、昼寝ネコという
作家の卵をデビューさせたのは、
まだまだ記憶に新しいできごとです。
(知っている人しか知りません、
知らない人は知っているわけがないのです)

でもなんと、1300人前後の奇特な読書家の皆さんが
拙著「昼寝ネコの雑記帳」の初版本を購入してくれました。
名もない作家の、処女作品なんて普通は売れっこないのに。
何かを感じて買ってくださったあなた、
そして見知らぬあなたにも・・・有難うございました。
改めて、心よりお礼申し上げます。
ネット検索しますと、この本を読んだら
不思議と良く眠れたという、不眠症の方のブログを
たった二つですが、見つけました。
ああ、お役に立てたのなら嬉しいなと思ったのですが
良く考えたら、ただ単に退屈だったので
眠くなっただけ、ではないのだろうかと
今頃、冷静に考えている次第です。

その後、第2作はまだ出版していませんが
・・・時期尚早なので。
妄想して、ストーリーを書くことしか能のない私ですので
とにかく、4年前同様、書くことに対する意欲は
全然衰えていません。妄想力も然りなのです。

今日、被災地向けの絵本寄贈事業協賛の決済に必要な書類を
とある奉仕団体に送りました。
午後は、河○新報の社内で、この事業に対する
取り組みの第1回目の打ち合わせが行われたそうです。
その輪は、すでに岩○日報にも拡がりつつあり、
福島の2新聞社にもコンタクトする環境が
整いつつあります。
昼寝ネコの妄想は更に拡大し、
全国紙および主要な地方紙にまで
記事化のモチベーションを提供する予定でいます。

さて、実際に絵本を受け取った方々の反応は
どうなるでしょうか?
親を亡くした子どもさん、お子さんを亡くしたご両親、
そして去年から今年にかけて、被災地で出産し
不安を感じながら苦難の中で、子育てをしているご両親。
少しでも心が軽くなってほしい、
一歩踏み出す気持ちを奮い立たせてほしい、
起きてしまった現実と向かい合ってほしい・・・
いろいろな思いで、文章を考えました。

昼寝ネコの妄想によれば、
これら、被災地向けの3種類の特別版を手に取られたら
被災者の皆さんは心に、何かを感じていただけると
そういう、確信を持っています。
人の感性はいろいろですから、
均一に画一的な反応があるとは思いません。
でも、少なからず、涙腺がゆるむことは
まず間違いないと思うのです。

人知れず抱いている、苦しみや悲しみは、涙と一緒に
心の中から流れ出るのだと、実感していただけると思います。
もし、そういう姿を目にすることができたら
私の心は、至福感に満たされるだろうと思います。
妄想を文章に託す人間としては
これ以上の評価・称賛を望むことはできません。

さあ、賽(さい)は投げられて、カウントダウンが始まりました。
ここ数ヶ月の集中が、やっと一区切りしています。
昼寝ネコの原点ともいえる、この懐かしいイラストを目にして、
ますます妄想豊に、書き続けようとの思いを強めている
老境のロマンチストなのです。
どうぞ、「がんばれ〜、ぎっくり腰に気をつけて!」
と、声援を送ってくださいますよう
よろしくお願いいたします。
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by hirune-neko | 2011-10-17 22:56 | 創作への道 | Comments(10)

昼寝ネコのお目覚めです


Bill Evans & Jim Hall 1962

深夜0時からの、深夜の徘徊を終え、帰宅しました。
いつもより5分間長い、45分のウォーキングです。

つい先刻、ぼてぼての文章をブログにアップしたばかりですが、
昼寝ネコのお目覚めで、何か書きたく思っているようです。
自分でも、なんでカンボジアの国歌なのか不思議です。

Pu-chaさんが、Facebookでジャズギターの元祖といわれる
ジャンゴ・ラインハルトを紹介されているのを読んで
久しぶりにジャズギターの演奏を、高校生時代に
良く聴いたことを思い出しました。

ちょっと退屈されるかもしれませんが、
標題のビル・エヴァンスとジム・ホールが協演した
「Under Current」というタイトルのアルバムは
ジャケットデザインそのものが強いインパクトでした。
デュオ演奏ですが、両者ともとても繊細な感受性の演奏で
ジャズにしては、緻密な演奏なのではないでしょうか。

45分の徘徊のおかげで、脳内洪水の水も退き
時々襲う足先の痛みも治まりました。
歩くのは一生の課題ですね。

一日の終わりのこの時間が、一番ほっとします。
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by hirune-neko | 2011-10-15 01:26 | 心の中のできごと | Comments(4)

最近は頭の中が洪水状態です


カンボジア王国国歌「王国(Nokoreach)」

最後に海外に行ったのがいつだったか、
ちょっと思い出せなくなっています。
撤収したのがフランスのラ・デフォンスの
事務所でしたから、ルフト・ハンザで
ドイツ経由で帰国したように思います。
それ以降、どこにも行っていません。

人間の頭脳は10%程度しか使っていないって
誰かが言っていたような気がします。
ここ数ヶ月の私は、かなり飽和状態まで
酷使しているという実感があります。
頭だって使いすぎると、オーバーヒート
するのではないでしょうかね?
それとも、どんどん進化するのでしょうか。

そういえば、4年半前に、将棋のプロの先生に
ネット上ですが弟子入りしました。
先生と対戦すると、徹底的に頭を使いますので
床についても、神経が冴えてしまい、全然眠くなくって
外が明るくなり始めてから熟睡する感じでした。
当時と較べると、思考力と集中力は
確かにかなり進歩しています。
将棋の方は、低迷していますけど。

ここ数ヶ月は、かなり高密度に仕事をしたので
いつか、区切りのいいところで、
どこか静かなゆったりした所に行きたいな。
でも、飛行機に10数時間も乗っている自信がありません。
東南アジアにでも行ってみようかな?
カンボジアは親日国家だそうですね。
「台湾おやき」というのが、プノンペンで
移動販売されていて、なかなかだそうです。
中に、ココナツ・ペーストが入っているのが
いけるらしいんですね。
ああ、生唾が出てきました。
カンボジアに移住してしまった日本人男性の
ブログを読んでいると、なんとなく
様子が伝わってきます。

そんな訳で、カンボジア国歌を探したら
見つけましたので、ご一緒にお聴きください。
ひょっとしたら、3年後には
日本とカンボジアを往き来しているかもしれません。
いつの間にか、欧米志向がすっかり薄れてしまいました。
そのうち、東南アジア志向もなくなったら
最後は・・・湘南がいいかな、やっぱり。
北海道もいいですよ。
人間関係では、東北の人が合うなあとも思っています。
あっ、私が良くても、相手からどう思われるか、ですね。

なにかここ数日は、脳内がオーバーヒートして
脳内温度も上がってしまい、ちっとも妄想できません。
脳内の、親愛なる昼寝ネコも一日中寝ているようですね。
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by hirune-neko | 2011-10-14 23:39 | 現実的なお話し | Comments(2)

明日、創作パンケーキを作ることになりました


Kremer, Maria de Buenos Aires, Alevare(Piazzolla)

本日のおもてなしレシピ

・品 名: Maria de Buenos Aires
     (マリア・デ・ブエノス・アイレス)

・区 分:パンケーキ

・原産国:アルゼンチン

・考案者:アストール・ピアソラ
     (Astor Piazzolla, 1921年3月11日 - 1992年7月4日)アルゼンチン
     の、著名な創作料理家。フランスに学び、その後ニューヨークを拠点
     に、独創的な料理レシピを創作する。日本では、川崎市高津区に住む
     昼寝ネコが、ピアソラの創作パンケーキ「マリア・デ・ブエノス・
     アイレス」の伝統を継承するも、今日では気の向いたときにしか作ら
     なくなり、世界中のパティシエの間で、幻のパンケーキとして知られ
     ている。

・材 料:ホットケーキミックス、乾燥プルーン、牛乳、バター、砂糖、シナモ
     ン、塩

・作り方:このパンケーキを作るときは、必ずタンゴ・オペラ「マリア・デ・ブ
     エノス・アイレス」の脚本家であるオラシオ・フェレールの劇中ナレ
     ーション「アレバーレ(Alevare)」を聴きながら調理するという、
     不文律の決まりがあるらしい。ただし、材料の配分や焼き具合、大き
     さなどは、その日の気分次第で適当に作って良く、従って同じものは
     二度と作れない・・・そこが独創的と称される所以のようだ。

・起 原:考案者のピアソラは、実際にはイタリアからの移民の子であり、ブエ
     ノス・アイレスには子どもの頃の数年しか住んでいなかった。しかし
     ピアソラはブエス・アイレスの街から強い影響を受けたらしく、様々
     なレシピにはブエノス・アイレスの名を冠したものが多い。

     創作パンケーキ「マリア・デ・ブエノス・アイレ」は、ブエノス・ア
     イレスに 住む女性タンゴダンサーの「マリア」が、イメージの起原
     となっている。

     マリアは、長身でスレンダーな女性であり、漆黒の髪で踊る姿は、
     地元の老若男女を熱狂させ、マリアが出演する夜タンゴのクラブは観
     客で溢れかえったという。

     ある日、ブエノス・アイレスの商店街にパンケーキ専門店がオープン
     し、好奇心の旺盛だったマリアは、ふと立ち寄った。数あるパンケー
     キからマリアが選んだのは、「シチリア風プルーンパンケーキ・シナ
     モンフレーヴァー」という名のひと品だった。

     職業柄、カロリー制限を含め、体型を保つために厳しいダイエットを
     しているマリアなので、小さな1枚だけを口に入れると、残りはその
     ままに店を出るつもりだった・・・のだが、あまりの美味しさに我を
     忘れ、気がついたらあっという間に全部を平らげて、お代わりまでし
     てしまっていた。

     すっかり「シチリア風プルーンパンケーキ・シナモンフレーヴァー」
     の虜になったマリアは、毎日3回はこの店を訪れ、かのパンケーキを
     食べ続けて半年後、ついに恐怖の結末が訪れた。なんと体重が30キ
     ロも増えて、「デブ屋」の体型になってしまったのだ。

     それ以来、ブエノス・アイレスの若い女性たちは、「シチリア風プル
     ーンパンケーキ・シナモンフレーヴァー」のことを、「太りたくなか
     ったら食べるな」という警告の意味を込めて、「マリア・デ・ブエノ
     ス・アイレス」と呼ぶようになった。それほど、魔力と魅力に満ちた
     パンケーキを、本日のために特別に再現した次第だ。従って、食べ過
     ぎないようくれぐれもご注意願いたい。

     本当のような嘘の話しである。
                 (ピアソラ直伝の弟子・昼寝ネコによる)
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by hirune-neko | 2011-10-09 23:23 | 現実的なお話し | Comments(4)

追い詰められないと駄目な男・それは私


Brian Freemantle on espionage and writing

追い詰められた男・・・の主人公はチャーリー・マフィン。

わが敬愛する、チャーリー・マフィンの生みの親、
スパイ小説の大家、ブライアン・フリーマントルです。
お金があったら、わが社から電子書籍で出版するのが
たった今、思いついた夢です。(笑)
なにせ、ずっと新潮文庫で出版されてましたので
果たして実現するでしょうかね。
チャーリー・マフィンシリーズは、全巻夢中で読みました。
今日まで用心深く生き延びているのも
チャーリー・マフィンの薫陶があったればこそなのです。

(以下、ウィキペディアその他から合成)

ブライアン・フリーマントル(Brian Freemantle, 1936年 - )は、イギリスの作家。

サウサンプトンに生まれる。中学卒業後、
地元新聞社のメッセンジャーボーイから
週刊紙の新聞記者となる。中央紙のデイリー・エクスプレス紙、
デイリー・スケッチ紙を経て、デイリー・メイル紙に勤務。
外報部長を務める1973年に処女作
『 GOODBYE TO AN OLDFRIEND 』でデビュー。
1975年に退職し、ジャーナリストとして活動。
特派員として30カ国以上に滞在。23歳に脳内出血で倒れ、
1988年にも再発するが、手術で一命を取り留めた。

ソビエト連邦には、政府当局から入国許可が下りず、
ロシアとなり体制が変わるまで入国できなかった。

エスピオナージやサスペンスなどの著作が多いが、
取材によるノンフィクションなども多数執筆している。
作品によっては、Jonathan Evans、Jack Winchester、
Harry Asher、John Maxwellなどの名義で発表しているが、
日本ではいずれもフリーマントルで紹介されている。

グレアム・グリーンから強い影響を受け、
グリーンの小説哲学「性格描写こそが構想である」
が座右の銘であるという(南川三治郎『推理作家の発想工房』)。
その言葉通り、個性的な主人公のシリーズで人気を博している。
主なものに、冴えない風貌でいながら頭脳明晰なスパイである
チャーリー・マフィンシリーズや、
欧州版FBIであるユーロポールの心理分析官
クローディーン・カーターシリーズ、
米露の捜査官がタッグを組む
カウリーとダニーロフシリーズなどがある。

『消されかけた男』 Charlie Muffin (1977)
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:稲葉明雄(Akio Inaba) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
1979/4
『再び消されかけた男』 Clap Hands, Here comes Charlie (1978)
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:稲葉明雄(Akio Inaba) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
1981/10
ISBN4-10-216504-5
『呼び出された男』 The Inscrutable Charlie Muffin (1979)
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:稲葉明雄(Akio Inaba) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
1982/11
ISBN4-10-216505-3
『罠にかけられた男』 Charlie Muffin's Uncle Sam (1980)
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:稲葉明雄(Akio Inaba) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
1986/2
ISBN4-10-216509-6
『追いつめられた男』 Madrigal for Charlie Muffin (1981)
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:大熊栄(Sakae Ohkuma) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
1986/5
ISBN4-10-216510-X
『亡命者はモスクワをめざす』 Charlie Muffin and Russian Rose (1985)
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:稲葉明雄(Akio Inaba) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
1988/9
ISBN4-10-216515-0
『暗殺者を愛した女』 Charlie Mufin San (1987)
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:稲葉明雄(Akio Inaba) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
1989/4
ISBN4-10-216517-7
『狙撃』 The Run Around (1989)
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:稲葉明雄(Akio Inaba) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
1993/11/25
ISBN4-10-216524-X
『報復』 Charlie's Apprentice (1993)
Two Volumes
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:戸田裕之(Hiroyuki Toda) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
1998/2/1
One:ISBN4-10-216528-2
Two:ISBN4-10-216529-0
『流出』 Charlie's Chance (1996)
Two Volumes
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:戸田裕之(Hiroyuki Toda) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
1999/9/1
One:ISBN4-10-216533-9
Two:ISBN4-10-216534-7
『待たれていた男』 Dead Men Living (2000)
Two Volumes
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:戸田裕之(Hiroyuki Toda) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
2002/2
One:ISBN4-10-216543-6
Two:ISBN4-10-216544-4
『城壁に手をかけた男』 Kings of Many Castles (2001)
Two Volumes
チャーリー・マフィン((Charlie Muffin)
Tr:戸田裕之(Hiroyuki Toda) Pb:新潮文庫(Shincho bunko)
2004/5
One:ISBN4-10-216547-9
Two:ISBN4-10-216548-7
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by hirune-neko | 2011-10-08 17:54 | 心の中のできごと | Comments(0)

散歩の途中の気になる店


Billie Holiday - The End Of A Love Affair

毎晩、ほぼ同じコースを40分間ウォーキングしている。

家を出て、すぐ近くの通称・二ヶ領用水路沿いに
第三京浜の方に向かって歩き始める。
江戸時代初期に開削された農業用水路の跡で、
川崎市多摩区菅、宿河原から多摩川の右岸を
ほぼ府中街道に沿って幸区鹿 島田辺りまでは
今でも河川として残っている・・・のだそうだ。

その二ヶ領用水路沿いのマンションの1階に
いつの頃から、薄暗い、カウンターだけの
バーが開店している。
見過ごすほど小さな「BAR」とだけ書かれた看板。
それだけしか目に入らないので、
きっと店名が「BAR」なのだろうと思う。

いつも、その店の前を通るだけで
一度も入ったことはない。
割合人が入っており、いつもジャズが流れている。
冬はさすがにドアを締め切るが、
春先から秋口まではドアを開け放ち
店内の雰囲気が伝わってくる。

ついさっき、知人がFacebookで
エラのヴォーカルを紹介しているのを聴いて
ああ、そういえば「BAR」の店内から
流れてきてもおかしくない曲だなあと、思った。

あれこれヴォーカル曲を探していて
本当はビリー・ホリデーってあまり好きではないんだけど
18歳の時に聴いた、ストリングスとの協演の
この「Lady in Satin」というレコードにすっかりハマり切った。
で、この、愛の終わりのほろ苦さを歌った曲が
当時、多感な青年だった私の心に
ずいぶん長いこと滞留していたのを思い出した。
今、こうして聴いても、当時の感覚が甦ってくる。

ビートルズもローリングストーンズも、とうとう
その良さを理解できず、結局16歳過ぎ頃から
どっぷりとジャズに浸ってしまったものだから
骨の髄まで、ジャズ的な物質が詰まっているのだと思う。
高校の同窓会が42年ぶりだそうだから
かれこれ45年近くは、ジャズが友達だった。
まんべんなく聴いていれば、ジャズ評論家の末席に
存在できたかもしれないが、そこはそれ
どうしようもなく偏屈なものだから
好きな音楽しか聴かない。
それじゃあ、評論家なんてまったく向いていないと
最初から諦めていたっけ。

じゃあ、自分の取り柄はなんなのか?
いい歳をして、今さら自問してみる。
「善し悪しが分かる」ものがいくつかあると思う。
正確にいうと、「善し悪し」ではなく
「好き嫌い」が明確に分かるものがいくつかある。
音楽と文章と人間・・・この3点だろうと思う。
音楽同様、なんでも、好きと思えるものとしか
向かい合わない主義なので、どう贔屓目に見ても
自分のことを「人間失格」で「斜陽」人生だと思う。
これはもう変えようがない。

さて、もう深夜近くになった。
そろそり日課のウォーキングに出ようと思う。
帰る頃には、午前様だ。
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by hirune-neko | 2011-10-04 23:38 | 心の中のできごと | Comments(8)

妄想と現実の差分=脳内疲労


John coltrane Johnny hartman They Say lt's Wonderful

妄想とは、考えてみなくても実に楽なものだ。
時間や場所の制約が無く、
どれだけ荒唐無稽であっても構わない。
しかし、現実社会に対して提案する
仕事上の企画提案書となると、そうはいかない。
でもまあ、その企画提案書も、ある意味では
「現実的な妄想」のカテゴリーに入る。
しかし、厄介なのは、折衝相手は人間であり
大概ほとんどのケースで、相手は全然感性が違い
新しい案件の導入を面倒臭がり、
視野も視点も異なるので、非常に骨が折れる。

営業といっても、私の場合はとても硬直的だ。
相手に合わせて、平身低頭し、ヨイショして、
泣き落とし気味に下から目線で
なんとか契約をお願いしますよ・・・
というスタンスに欠ける。
(そりゃまあ、歳と共に少しは妥協しているが)
基本的には、説得型の営業であり、
相手のメリット、顧客のメリット、社会性、
将来性、継続性を強調する。
別に、わが社の製品が、そんなに大それた
効果を有しているわけではないが、でも
精一杯熱弁をふるって、相手の「妄想心」を
揺り動かすよう情熱を傾注している。
と、自負している。

ここ数ヶ月は、まさに、被災地と
某王国の王宮への提案書作成に没頭。
その営業企画提案のイメージからアイデアへの変換、
現実的な全体構想図の作成、さまざまな数値の調査、
営業切り口の模索、などの作業一色に染まっている。
もちろん、しっかり稼働すれば売上げが増大し
継続すれば、老後の印税生活も安定する。
けれど、大きな代償を払ってもいる。
妄想と現実の差分検証作業の代償として、
脳内はクタクタであり、圧迫感と不安感で
ギシギシときしみ音に満ちている。

神経がダメージを受けているので、
ちょっとしたことに過敏になってしまい、
私的な人との接触は避けてしまいたくなっている。
こんなとき、人は普通に精神安定剤を服用するのだろうか。
アルコールを口にするのだろうか。
私は、余程のことでもない限り、
40分のウォーキングに出ることにしている。
20分までは、あまり効果を感じないが
40分歩き終わる頃には、ピリピリした人間が
ちゃんと元通り、おっとりしたネコに戻っている。

ジョン・コルトレーンは「バラード」という
名盤を残しているが、ヴォーカリストの
ジョニー・ハートマンと協演したこの曲は
高校生の頃からずっと聴いていて、やはり
いつ聴いてもほっとしてしまう。
何度聴いても飽きることがない。
出だしの歌詞は
They say to fallin' in love, it's wonderful・・・
とまあ、恋の勧めになっているが
そういえば、未だに全部の歌詞をちゃんと読んでいない。
ただ、黙って聴いているだけだ。


それより何より、こうして、
感じたままを自由に文章にして書けるブログがあり
しかも、感性のいい方々が時折訪問して読んで下さる。
孤立感が薄まり、心の中に安堵感が拡がる瞬間だ。
多い日でも、40人にはならないが、
皆さんには心より感謝申し上げる。

京都柿本主宰の、
恋文大賞に入賞し、賞金をもらえたら
何かしら、お礼を差し上げたいと思っている。
発表まであと1ヶ月だが、結果はどうであれ
希望がある人生というのは、なかなかのものだ。
Good Luck!
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by hirune-neko | 2011-10-03 00:01 | 心の中のできごと | Comments(4)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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