昼寝ネコの雑記帳

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日本から脱出したいんだってさ



あるSNSサイトを覗いてみたら
日本が崩壊したら、どこに脱出しようか、
という書き込みがあった。

普段は、まったくコメントしないのだが
ちょっと雑感を書いてきた。

ちょっとでも行ったことのある国なら
まあ、表面的にでも雰囲気は分かるけど
でも、観光や出張で行くのと、そこに住むのとでは
まったく趣が異なるからね。

言葉の問題から始まり、水と食べ物の質は大丈夫か、
もしものときの医療体制はどうか、近隣の人に警戒心は必要か、
多少のお金があっても、預けてある金融機関は大丈夫か、
安心してくつろげる環境か、治安状態はどうだろう、
好きな音楽を聴き、本を読めるか、少しでもいいから
何か現金収入を得る方法はあるか・・・
あれこれ考え出すと、私は海外には避難せずに
日本の比較的「外れの場所」でひっそり暮らしたいと思う。

でも、大体が日本が崩壊するシナリオって
どんな想定なんだろうか。
中国の人民解放軍が日本を占拠して、
あらゆる日本的な文化を破壊する? 
ロシア軍かもしれない?
それが実際に起きてしまったら、そりゃあかなり
悲劇的な状況だろうね。
でも、自分だけ逃げようという気分は無くなったな。
逆に、欧米のまともな人たちとのパイプを増やし
みんなの協力を得て、小さな子どもを抱えて
右往左往する人たちの力になりたいね。
まあ、ある種のレジスタンスかな?

どこか遠くの、自給自足できる健康的な国に行って
祖国の不幸な有様をニュースで見るぐらいなら
いっそのこと、老兵は去らずに
一矢を報いてやろうじゃないかと、ひと頃の自分だったら
決して考えもしなかったことを思っている。

だから、物心両面で、どこに何を備蓄すべきか
ある意味で冷徹に考えられるような明晰さを得たいものだ。
楽観的に、そして悲観的に、また虚無的に。
そのバランスがこれからの現代人には重要なんだよ。
でも、その境地に到達するのはとても難しいことなので
昼寝をし、ドーナツか大福をかじり、
ときには詰め将棋を考えながら、ピアソラを聴く。
あらら、じゃあ私の生き方は
案外時流にあった理想的なものなのかもしれないね。
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by hirune-neko | 2011-06-29 20:16 | Comments(2)

ムッシュ・ダダ

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ボクはね、これでもちょっとしたもんなんだよ。
だって、こうしてカトリ〜ヌ・笠井さんが
肖像画を描いてくれるほどなんだもの。

いやあ、ネコ社会なんてちょろいもんでね
今じゃボクもちょっとした権力者さ。

もともとブローニュのネコ社会は
それなりに勢力バランスが取れていたんだよ。
ロシア貴族の血筋であるムッシュ・ポポロスキーが
エカテリーナ大公妃の資産の一部を受け継ぎ
フランスに移住して以来、ずっとブルジョワでね、
いつしかオーナー的地位を認められてたんだ。
それと、中国系・韓国マフィアの血筋の
ムッシュ・キムがまた、大した政治的辣腕家で
渡仏してからあっという間に、ブローニュの
表社会から裏社会までにらみを利かせるように
なったんだよ。

彼ら二人はお互いに補完し合って
なんとか均衡を保っていたんだけどね
よせばいいのに、ブローニュだけでは飽きたらず
パリ市内の縄張りにまで手を出してしまったんだよ。
パリはね、ブローニュと違って
世界中からの移民ネコがたくさんいるんだよ。
だから、アラブ諸国やイスラエル、遠くは
アメリカや日本などとの政治的な関係も視野に入れて
行動すべきだったのに、そこまで気がつかなかったんだね。
パリの保健衛生局のお役人の目に留まり
二人は、たちまち失脚してしまったんだよ。

さて、タナボタとはよくいったものでさ、
ボクには資金力もないし、政治的腕力もない。
それなのに、結局はボクに組織のトップの
おハチが回ってきたんだよ。
確かにね、ボクは自分でいうのもなんだけど
ムッシュ・キムに較べれば容姿がずっといいし、
ムッシュ・ポポロスキーに較べればずっと腰が低いし、
おまけに永年の「庶民派」という看板も奏功して
いやあ、めでたくも組織の代表になったんだよ。

でもね、さすがにみんな、段々ボクの実力の無さを
知るようになって、クーデターまで起こそうとするんだよ。
ボクはね、柳腰とか二枚腰、二枚舌なんていう
生やさしいもんじゃない。
せっかく掴んだ地位だもの、タダでは起きるものか。
そう決心してからは、ペテン師といわれようが
左翼系のネコ新聞の社説で酷評されようが
辞めるふりをしたり、居直ったりで
なんとか今日まで持ちこたえてきたんだよ。

いやあ、天はボクを見放していないと思ったね。
ボクが辞める前に、なんとか踏ん張って
「キャットフードの全量買い取り法案」を通してくれたら
ムッシュ・ポポロスキーに対抗できるだけの
政治資金を継続的に献金してくれるっていう企業が
現れたんだよ。なんてボクはラッキーなんだろうね。
そうなれば、永年のあこがれだった
派閥の領袖になれるし、再起も可能になるじゃないの。

だからね、ボクは尊敬する日本の総理大臣を模範として
最後まで、辞任と引き換えに
「キャットフードの全量買い取り法案」を通すよう
死んでも頑張る覚悟なんだよ。
駄々をこねてるといわれようが
なんといわれようが、一向に構わないさ。
資金力と政治力さえあれば、すぐに再選されるさ。

いっただろ?
ネコ社会なんて、ちょろいもんなんだよ。

(筆者注意:え〜、これはカトリ〜ヌ・笠井さんが
丹精込めて描いてくれたイラストを凝視中に、
ふと思い浮かんだイメージであり、
実在するネコ社会や政治的な動きとは
まったく無関係なフィクションですので、
くれぐれも邪推なさいませんよう
お願い申し上げます。・・・邪推したくなる
お気持ちは重々理解できますが、
あくまでも、くどいようですがフィクションであります)
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by hirune-neko | 2011-06-28 14:16 | 創作への道 | Comments(0)

いたちごっこ



「紙に印刷された本」と「電子書籍」の行方について
現場からちょっと考えてみました。

「紙に印刷された本」の注文が書店さんから来た場合、
もちろんそれなりの規模の出版社でしたら
倉庫業者に納品から返品引き取りまで委託しますので
出版社内での作業といっても、そんなではないはずです。
でも、わが社のような零細な出版社だと、そうはいかない。
何枚か複写になった納品伝票に、出版社名、取引コード、
注文区分、書名、本体価格、正味などなどを記入し、
注文品をまとめて、取次会社に納品します。
誰かに頼もうと思っても、少人数ですので
みんな顔つき険しく、それぞれの仕事をしています。
で、諦めて自分で納品作業をするはめになります。
でも、せっかく送り出しても、キャンセルになったので
返品したいとかいわれると、はいどうぞ、となってしまい
返品送料まで負担しなければなりません。
ときに、空しくなることもあります。

電子書籍は、最近のニュースを読む限りでは
思ったほど売れてはいないようです。
端末が違っても、機能が一緒ならいいんでしょうけど
それぞれ方式が異なり、商品購入方法もそれぞれ。
で、SonyのReaderやAmazonのKindle、そして
SharpのGalapagosなどは
文字を読むための端末に特化していますが
個人的には苦戦中ではないかと見ています。
私自身は、AppleのiPadを使用していますが
「何かと便利」に活用できています。
Google系のAndroid端末も同様に
文字、画像、動画、音声まで対応しており
応用範囲は広いと考えています。

電子書籍市場を目指して、雨後のタケノコのように
にょきにょきと、いくつもの販売会社が誕生しています。
しからば、圧倒的に資本力のないわが社は
電子書籍の出版を諦めたのか?
いえいえとんでもありません。
あれこれ考えているだけです。
でもね、最初はまず考えなくてはいけません。
次いで、感性力でインスピレーションを受ける。
次に、周りを見渡して、ああナレーションは
理恵ちゃんに頼もう、音楽のアレンジは智子ちゃん、
写真が必要なら玲子ちゃん、イラストは友子ちゃんかな?
とまあ、どういう訳かみんな女性なのですが
大体こんな電子書籍だろうな、という構想は
ほぼ固まってきているんです。

もう少し時間的な余裕ができてきたら
一歩前進できると思いますので、乞うご期待。



(昼寝ネコの日記「おはこんばんちは」から転載)
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by hirune-neko | 2011-06-27 17:24 | 現実的なお話し | Comments(0)

声はすれども姿は見えず



横浜・元町の治療院を出たのは午後10時近くだった。
車に荷物を入れて、セブンイレブンに水を買いに行った。
ん?何か鳴き声がするぞ。
ヴォルヴィックの1リットル入りを買い、外に出る。
通りの向こうから、明らかに小さなネコの鳴き声だ。
おお、ついにネコちゃんとの出会いが実現したか。
車が少ないので、信号が変わるのを待たず、
道路を渡った。期待を胸に秘めてだ。
暗闇に目をこらすも姿が見えない。
また鳴き声がする。
しばらく探したが、どうやら飼いネコらしく
ガレージの隙間か、二階のベランダで鳴いているようだ。
諦めよう。
そう簡単にシロの代わりなど見つかるはずもない。

せめて、ミュージカルのCATSを聴いて
忘れることにした。
だが、スーザン・ボイルではなく
やはりエレイン・ページにしておこう。
スーザン、あい・あむ・そーりー。
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by hirune-neko | 2011-06-26 00:12 | Comments(6)

ここにもドン・キホーテが一人いた



報道で知られているように
日本では毎年約3万人が自殺している。

そんな状況を深く憂慮している知人がいる。
私の場合は、ブログで単に
「人生に希望を感じることのできる
ドリンク剤が3万本あったら、
皆さんに分けて上げるのに」
そう書いて終わっている。
いや、正確に言うと、何か方法はないか
ぽんやりと考えている。

だが、その知人は違った。
大学で教育心理学を学び、現在は
国家公務員として仕事をしている。
妻子もある身だ。
なのに、医学部に学士入学するという。
そうなれば、当然職を失い無収入になる。
でも彼は、精神科医として学び
自殺しようとする人たちの力になりたいそうだ。

聞くと、学士入学できる医学部は限られており
7月には北海道大学の試験を受けるらしい。
いやあしかし、ずいぶん壮大な使命感だと思う。
おそらく、昼寝ネコ一族のDNAを受け継いでいるのではと
密かに窺っており、まあもし何か
私にでもできることがあれば
お手伝いしたいなと、心の中では決心している。

でも世の中、こんなドンキ・ホーテもどきの
人間が増えてくれるのは、実に嬉しいことではある。

(昼寝ネコの日記「おはこんばんちは」から転載)
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by hirune-neko | 2011-06-23 15:04 | 心の中のできごと | Comments(0)

サヴァ?クレモンティーヌ



一歩ずつ、ア・ストロフィー・キャット・クラブを
滑走路に引きずり出そうとしているのさ。
クラブのサイト内に、昼寝ネコの日記も連載し始めたよ。
無精な私らしく、朝でも昼でも、深夜でも使えるよう
タイトルは「おはこんばんちは」なんだ。
クレモンティーヌの要望に応えて
少しは社会的な視点を持つよう、これでも心掛けているんだよ。
確かに、世の中いい奴ばかりじゃないから
善人が悪い奴の悪巧みで
普通に生きられないようになると、困っちゃうよね。
少しずつ、昼寝ネコ一族の生き残りに声をかけて
情報網を再構築してみるね。

ところでクレモンティーヌや。お前、今年でいくつになったんだっけ?
(女性に歳を聞くなんて失礼よ、いくらおじさんでも)
今まで、結婚しようと思った相手とは出会わなかったの?
(おじさん!女性から恋愛経験を聞き出そうなんて、無神経よ!)
そうか。済まなかったな。
(でも、おじさんって、いつも父親みたいな言い方するのね。
 ねえ、一度聞こうと思ってたんだけど、お父さんって
 どんな感じの人だったの?お母さんのことは
 何度も聞いているから、なんとなくイメージはあるんだけど)
うん・・・。
(また黙っちゃうんだから。変なおじさん)

変な話しなんだけどね、クレモンティーヌなんて
実在しない架空の存在の姪なんだけど
こうして何度も何度も書いていると
本当にドゥーヴィルで、今も独りで
寂しく暮らしているんじゃないかって、
とっても不憫に思えて悲しくなってしまうんだよ。
ネコ、時々人間・・・の存在。

昼寝ネコの今日の日記「おはこんばんちは」だよ。
http://www.crossroads.co.jp/index.php?go=kPTtzz" target="_blank"
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by hirune-neko | 2011-06-21 18:34 | 心の中のできごと | Comments(2)

数千年も生きていれば



雑踏から逃れ
耳を澄まして目を閉じ
そして心の感性を開く

束縛されていた鎖を断ち切り
心の襞にこびりついた怨念と
脳裏に刻まれた恥辱を洗い流し

さらには数千年前からの
羊飼いの言葉を
何度も何度も反芻してみる

やがて人は実感する
朝露のように清冽な冷気が
滴となって心の内壁に拡がることを

人間は誰もが詩人であり
音楽家でもある そして同時に
強欲に満ちた狂人でもある

しかし 情け容赦のない
強大な軍隊が あっという間に
大地を覆い尽くし 善人の悲鳴がかき消される

何を隠し持とうか 何を抱えて逃げようか
羊飼いの声と叡智こそが 
唯一の拠り所となるに違いない
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by hirune-neko | 2011-06-20 01:18 | 心の中のできごと | Comments(4)

ささやかな企業メセナ活動の巻



歩いて2分のところに洋菓子屋さんがあることは
以前にも書いた記憶がある。
チェーン店ではなく独立店舗だ。
ああいう店は、貴重な存在だと思っている。
ある種の文化を維持しているわけで
その存続を多少なりともサポートするには
商品を買って協力するしかない。
で、ガトー・チョコラの小さなホールを買ってきた。
自分一人で全部食べてしまうと、さすがに顰蹙ものなので
同居の義母に、ジノリの白い皿に載せて1ピース進呈した。
義母を共犯者に引き込み、企業メセナ活動という
大義名分もあることだし、お咎めはないだろう。
・・・と思うが、甘い考えだろうか。

2月の下旬から、サイトのSEO対策を
外部の企業に委託している。
わが社のサイトへのアクセス数を増やすためだ。
「出産祝い」というキーワードで検索する人が
月間数万人存在するらしい。
だが、googleで検索しても、yahooで検索しても
上位300位どころか、もっともっと下位にも
見当たらない状況からスタートした。

2ヶ月ほど経って、30位台に顔を見せた。
おっ、いいぞ、その調子だ!と思ったものの
喜びも束の間。突然300位近くまでダウンしてしまった。
担当者に問い合わせるも、良くある一時的な現象だという。
一時的とはいうものの、もう一ヶ月以上続いているぞ。
でも、ジワジワ順位を上げて、今朝は235位だった
まるで株価を見ているように、一喜一憂している。

そうかと思うと、SEO対策など
まったく必要としないケースもあるものだ。
数日前に、意を決してログイン・パスワードを外した
「A Strophe Cat Club」(ア・ストロフィー・キャット・クラブ)
で検索してみたら、このブログ記事を含め
googleの第1位から6位まで独占。
yahooでは第1位から4位まで独占なのだ。
まあそりゃそうだろう。
つまり、世界中どこを探してもA Strophe Cat Clubという
名前のクラブは、他に存在しないので、逆にいうと
誰もこのクラブ名で検索をするわけがないのだから。
でもまあ、試しに「A Strophe Cat Club」で
検索してみていただきたい。

ところで、標題の曲は・・・しつこくて恐縮だが
ピアソラの「ブエノス・アイレスのマリア」で
歌われた「わたしはマリア」という曲だ。
以前、ギドン・クレメールが来日公演したことがあり
NHKで放送したという記録を目にしたが
日本語のテロップが流れているので
これはおそらく、その時の演奏なのだろうと思う。
ただ、目にした記録によると
この「わたしはマリア」という曲は
ギドン・クレメールが付け加えたそうなのだが
ピアソラの原曲には存在せず
クレメールが作曲したのかどうか
そのあたりの経緯までは判明していない。
いずれにしても、なかなか使える曲だなと思っている。

*追伸
 こんな記事を見つけました。
 来日公演が予定されていたんですね。
 中止になって残念でした。

[公演中止]
3/19[土]ピアソラ生誕90年記念「ブエノスアイレスのマリア」 2011/3/16 update
2011年3月19日[土]に、東京オペラシティコンサートホールで予定しておりました「ブエノスアイレスのマリア」公演(主催:東京オペラシティ文化財団)は、今回の地震における影響により、出演者のカティエ・ヴィケイラ(歌)ならびに、パブロ・シンヘル(語り)が急遽帰国したため、公演を中止することと致しました。
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by hirune-neko | 2011-06-18 15:41 | 現実的なお話し | Comments(2)

まだまだピアソラが続く



ピアソラの作曲傾向で気付いたのは
「天使の組曲」、「悪魔の組曲」そして
娼婦をテーマにした「ブエノスアイレスのマリア」
のように、聖俗の両方を視野に入れており
しかも、決して突き放してはいないことだ。
標題の曲は、その「天使の組曲」の中の一曲
「天使のミロンガ」だ。

社会の底辺に身を置いた後、
低い視点から人間を見るなら
悪の中にも善なるものが見えるのかもしれない。
もちろん善の中にも悪は存在する。
私自身、これまでの人生で酷い挫折を
何度か経験しているように記憶している。
記憶が曖昧なのは、ある程度忘れる術を覚え
悔やんだり自分を責めたりしても
無駄だということを学んだからだ。

ピアソラはフランスに渡り、作曲を学んだ。
そのときの先生は、慧眼だったと思うのだが
ピアソラの感性の原点がタンゴにあることを見抜いた。
以来、彼はタンゴとジャズ、そしてクラシックとの
融合という壮大な実験に突入した。

今の時代ではこうして、YouTubeで
故人となっているピアソラの
実際の演奏を鑑賞することができる。
聴覚と視覚の両方で捉えられるのは
とても恵まれたことだと思っている。

そんな訳で、まだまだピアソラとの
静かな対話は続きそうである。
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by hirune-neko | 2011-06-17 00:50 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

ピアソラという名のジグソーパズル



María de Buenos Aires is a tango opera (tango operita) with music by Ástor Piazzolla. and libretto by Horacio Ferrer which premiered at the Sala Plata in Buenos Aires in May 1968.

スペイン語をどう発音するのか分からないが
どうやらÁstor Piazzollaはアストル・ピアソーヤのようだし
Horacio Ferrerはオラシオ・フェレールのようだ。
便利なもので、googleの翻訳サイトでは
原語での発音が聞けるので、とても助かる。

昨夜に続き、今日もMaría de Buenos Aires
「ブエノス・アイレスのマリヤ」を選んでみた。
調べてみたら、「ブエノス・アイレスのマリヤ」は
タンゴ・オペラというカテゴリーの作品であり
曲がピアソラで、脚本はフェレールが作っている。
1968年の5月にブエノス・アイレスのSala Plataで
初演となっているが、Sala Plataというのは
ブエノス・アイレスにあるオペラハウスのようだ。
従って、「ブエノス・アイレスのマリヤ」の中に
表題を持つ曲が何曲かあることに納得できた。

これも、ギドン・クレメールが演奏している。
昨日の記事にコメントして下さったshi,shiさんは
ヴァイオリニストであり、自身の演奏にピアソラの影響を
受けたと書いていらっしゃるし、またクレメールとも
共演する機会がおありになったようで
そのような話しを聞くと、なんとなくピアソラとの距離が
少しは縮まったような気が・・・勝手にしている。

私自身の非常に単純化された感性からすると
ピアソラの音楽には、心深くに染みこんだ
苦悩、諦観、達観、そして人間に対する
優しい眼差しが存在する。
これは、藤沢周平の時代小説にも共通しており
似た匂いを漂わせているように思えてならない。

私は、自分の直感と感性によってもたらされる
判断を尊重する方なので
時間をかけて、ピアソラの音楽と
藤沢周平の世界からにじみ出るエッセンスを
少しずつ探っていきたいと思っている。
別にゴールなど存在しないのだが
いつか、この両者が自分の中で融合した時に
それを、何か形にしたいと考えている。

長い年数をかけても、人生で何か没頭できるものを
持てるということは、至福であると思っている。
今日は、将棋の師匠の堀川修五段の
指導対局を受けた。
「先生、私は三段まで、まだかなり遠いですか?」
と尋ねたら
「いや、かなり近いですよ」
とおっしゃってくださった。
単純な私は、すっかり嬉しくなってしまい
ああ、ここにもひとつ人生の張り合いがあるなと
感謝の気落ちである。
それと、今朝宅急便が届き、包みを開いてみたら
血圧計が入っていた。
子どもたち4人それぞれが夫婦で
贈ってくれたとのことだ。
いやあ、本当に有難く思っている。
このブログを見に来るのは次男夫婦と
娘ぐらいのようだが、お礼を申し上げます。
どうも有難う。これで当分は健康で生きなくてはね。
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by hirune-neko | 2011-06-15 23:26 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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