昼寝ネコの雑記帳

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こりゃいいや



お馴染みのMy favourite things。
高校3年生の頃、ジョン・コルトレーンが
リリースしたRide Againというタイトルの
レコードに収録されていた記憶がある。
もちろんミュージカルSound of musicの曲だ。

それをなんと、津軽弁で歌っているのを見つけてしまった。
津軽弁、という要素を除いて聴いても
なかなかいい演奏だ。
この女性ヴォーカリストは、きっと
「めんごいおなご」だと思う。

隣国では砲撃の応酬をしているようだが
日本はまだかろうじて、平和を保っている。
このまますっと保って欲しいものだ。
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by hirune-neko | 2010-11-24 14:05 | Comments(9)

斜陽館への放浪記



青森空港発の午後5時10分までは、かなり時間がある。
そうだ、ほぼ30年ぶりに津軽鉄道に乗ってみよう。
斜陽館は外観を眺めただけなので、一度ぐらい中に入ってみよう。
昨日、太宰作品を朗読しているポーコさんと話す機会があったせいか
太宰が私を招いているような気がしていた。
せっかくなので行ってみようという気になった。
でも結局は津軽鉄道は利用せず、五所川原で借りた
レンタカーで、カーナビに頼りながら金木に向かった。

斜陽館の近くで「津島家新座敷」という小さい看板が目に入った。
ん?なんだろう。なんとなく気にかかる。
「ガイド付き500円」という看板があり、お願いすることにした。
勘当された太宰が母親の危篤で家に戻る。
その母親が病に伏していた和室。
母と対面し、泣くために逃げ込んだ洋室。
26作品を書き上げたという和室。
なんの理由もなく、感動がこみ上げて落涙する。
太宰の魂と濃密に対話したような、妙な感情だ。

私の祖父は40前に他界している。
写真でしか見たことはなく、母から聞かされた話しでしか
祖父を知らない。だが、心の中ではずっと尊敬の念を持っていた。
その祖父は金木村の生まれで、今は五所川原市の一部になっている。
太宰の生家近くに住んでいたと聞いたように思う。
そのせいか、「走れメロス」ぐらいしか読んでいないが
太宰には親近感を持っていた。
太宰が作品を書いた和室に座り、太宰が使用したという
火鉢にそっと触れてみた。
まるで天啓の何かのような電流が走る。
心の原風景に戻って来たような不思議な衝撃だった。

津軽の人たちは、感情が細やかで情が深い。
津軽弁、津軽三味線、津軽塗り・・・。
わずか2泊3日の滞在だったが、自分の身体の中に
津軽の血が流れていることを実感した瞬間だった。
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by hirune-neko | 2010-11-20 23:29 | 創作への道 | Comments(2)

I'm getting old enough to remember yesteryears

United Airlines Theme Song "Tulip"


昔のことを懐かしむようにはなりたくない。
ずっとそう思っていたのだが、
どうやら、私も月並みな老人の一人に数えられてしまいそうだ。

ガーシュインのラプソディ・イン・ブルーは
・・・今はどうか知らないが、かつては
ユナイティッド航空のテーマソングだった。
飛行機が滑走路に向かって移動し始めると
機内スクリーンに映像が映し出され、この曲が流れる。
今でもこの曲を耳にすると、戦地に赴く兵士のような
昂ぶりを心に感じる。ああ、日本を離れるんだ。

30歳代は、とにかく無知のまま、闇雲に動き回った。
空港とホテルと訪問先を駆け足で移動しながら、
帰国の日が近くなると気力も体力も消耗し、
食欲も失せて、ジュースとサラダしか口にできなくなった。
何かに取り憑かれたように、死に急いでいたような気もする。

不思議なもので、架空の世界で妄想に命を吹き込まれた
ドゥーヴィルの姪ネコ・クレモンティーヌが
いつの間にか、私の心に棲みついている。
そうそう、シャルル・ド・ゴール空港から
パリ市内に向かう途中、丘の上に白い建物が見えて
ああ、あれがモンマルトルのサクレクール寺院なのか・・・
そう考えるだけで十分に満足だった。

結局、ドゥーヴィルにもシェルブールにも行っていないが
いつか彼の地の土を踏み、深呼吸してみたいと
今も思っている・・・本格的な老人だなあ。
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by hirune-neko | 2010-11-09 21:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

皆さん、時の総理の勧告に従いましょう



時の総理大臣は、我々国民に対して
なんと勧告されたか覚えておいででしょうか?
「国民一人一人が外交に関して
自覚を持って考えなあきまへんで」
確か、こおう仰っていましたね。
さよか。ほなら尖閣での中国漁船の件
一体、何が起きたか教えてんか?

で、時の官房長官は、「公開することはまずいと
『私が』判断したんやけど、野党が騒ぐもんやさかい
しゃあないから一部の議員には見せなあかんやろな。」

さよか。実態は教えへんけど、自覚を持って
考えなあかんとは、一体どういうこっちゃねん。
そういうのをヘブライ語では
「絶対矛盾の自己同一」言いまんねやで。
スワヒリ語では・・・そうでんなあ
「政権の私物化」言うのとちゃいまっか?
中国語ではな、あんさん。あんたらみたいな
政治家のことを、こう言って笑ってまっせ。
「少爺我們的幼稚的政治家」やて。
え?意味が分からん?分からんかったら
あんさんの敬愛する中国共産党に
頭下げて訊いたらよろしゅうおまっせ。
(読者の方には特別教えて差し上げます。
「世間知らずのおぼっちゃま政治家」と
訳されるそうです。google自動翻訳参照)

とまあ、私は早朝からこのニュースで
珍しく不機嫌になっています。
時の政権の得意とする隠蔽・場当たり対応は
もう通用しないでしょうね。
それともYouTubeに圧力をかけて削除させますか?
おそらく、そうするでしょうね。でももう手遅れですよ。
以下のサイトは登録が必要ですが、先手を打って
別サーバーに永久保存されていますので・・・。

真実は拡散されなくてはいけません。
政権が恣意的に情報操作を行ってはいけません。
まるで共産主義政権の発想ですね。
そんな政権は短期に滅亡しますよ。

演歌歌手も警告してるでしょ?
「あんたら、日本国民をなめたらあかんで。
なめるのは、ノーベルのど飴だけ」にしとけって。

【以下はJ-CIAのサーバーに保存告知されているURLです】
http://www.j-cia.com/article.php?a=6319
*注意:ここはアメリカのCIA(中央情報局)とは無関係です
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by hirune-neko | 2010-11-05 12:52 | 現実的なお話し | Comments(0)

朝靄(あさもや)の中の心象風景



まだまだ先が見通せない、どんよりとした視界。
目に見える事象だけを見ていたのでは
決して解き明かせない複雑なパズルに挑んでいる。
単に妄想だけをしていればいいのなら、
こんな気楽な話しはない。
自分の内部だけで自己完結するのだから。
でも、妄想を現実と同化させて、しかも
一定数の人たちの共感を得るには、
どんな要素が必要なのだろうか。
迷いに迷ってアウトラインを考えている。

妄想の産物である、
ドゥーヴィルの姪ネコ・クレモンティーヌ。
彼女を通して与えられたミッションは、
しかしながら現実社会の中で、具体化しなければならない。
A Strophe Cat Club・・・ある人は一笑に付し
ある人は高く評価してくれる。
どんなものでも、万人に受け入れられるものはない。
だから、ある種の感性を持つ人たちにだけ
受け入れられればそれでいい・・・そう考えると
ぐんと気が楽になる。

そんな、迷いと不安。自信のなさと見知らぬ街に
迷い込んでしまったような心象風景の曲想。
Astor Piazzolla - Introducción al Angel (Gidon Kremer)
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by hirune-neko | 2010-11-02 23:45 | 心の中のできごと | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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