昼寝ネコの雑記帳

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貸店舗にオープンしたジャズバー



商店街で、長いこと空いたままだった貸店舗が
ジャズバーとしてオープンした。
今どきジャズバー?一体どんな店なんだい?
冷やかし半分で入ってみた。
暗い照明で、ピアノの鍵盤だけに
シーリングライトが当たるようになっている。
黒のグランドピアノだ。
へえ、スタンウエィのフルコンじゃないか、驚いた。
ピアノを囲むように、カウンターになっている。
昔よく行った六本木のジャズバーに似た雰囲気だ。

黒いドレスに身を包んだ女性が、
低い控えめな声で出迎えてくれた。
照明とメイクのおかげで50前には見えるな。
彼女がピアノを弾くんだろうか。
それも弾き語り?まさかスーザン・ボイルの
レパートリーを歌ったりはしないだろうよ。

少しして、奥から男性が出てきたが
一瞬、眼を疑った。
マル・ウォルドロンにそっくりだ。
まだ早い時間のせいか、客は私ひとりだけ。
鍵盤を前にした彼は流ちょうな英語で話しかける。
明らかにアメリカ人だ。
「リクエストありますか?」
へえ、リクエストできるんだ、じゃあ・・・
「All Alone・・・いいですか?」
彼は少し強い視線で私を見つめ返して言った。
「私の好きな曲です」
そして彼は弾き始めた。
過ぎ去った年月を逆行するように
彼は自分の世界に沈んでいった。

・・・あっ、これはあくまでも想像の世界ですので
間違っても、私の家の近所に来て、ジャズバーを
探さないようにしてくださいね。
こんなジャズバー、存在するわけがありませんから
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by hirune-neko | 2010-08-29 22:24 | 創作への道 | Comments(2)

始まりのない終わり



この曲は、ビル・エヴァンスの演奏の中では
一番好きなもので、最初に聞いたとき・・・
エヴァンスの演奏に慣れ親しんでいた私の耳には、
とても大きな衝撃と新鮮な感動だった。
作曲は、やはり敬愛するミシェル・ルグランで
個人的には最上級の組み合わせだ。
ぼんやりと聴いていると、友人との会話が甦った。

彼は、土曜日だけのボランティアで
自閉症の子どもたちの相手をしている。
詳しい医学的なことは分からないけれど、
彼は、子どもたちがなんらかの意思表示をするよう
少しずつ、手探りで試行錯誤を重ねている。

みなちゃんは、小学校の低学年だが
誰とも口をきこうとしない。
原因は不明だが、ふと見せる表情から
とても感性が豊かな子であると分かるらしい。
テーブルに並べられた雑多なものから3つを選ばせ
彼はその3つのものが登場するストーリーを
即興で作り上げて聞かせている。
そんな作業をここ半年ばかり繰り返している。
最初は緊張していたみなちゃんも
徐々に彼の話を楽しみにするようになり
かすかにほほえんだり、困惑の表情を
浮かべるようになってきた。

みなちゃんに付き添ってくるお母さんは
みなちゃんの微妙な変化に気付き
彼に期待と信頼を寄せるようになった・・・らしい。
担当の心理療法士を交え、みなちゃんのことを
定期的にお母さんと話す機会がある。
彼とお母さんは、みなちゃんのことについてしか
話すことはなく、個人的な会話は一切なかった。
男性が女性に対して興味を持ったり好感を抱くのは
何も理屈によるものではない。
女性が男性に何かを期待するのは、
別に自分の家庭環境に不満があるからだけではない。

彼らは結局、入り口で踏みとどまり
部屋の中に入ることはなかった。
何も始まらず何も終わらないまま
まるで夢の中のできごとのように
朝靄に紛れて視界から消えてしまった。

これ以上は書くべきではないと思う。
文章にすれば、本来は崇高なものであっても
月並みなストーリーになってしまうし
目に見えない心の動きを表現するなど
当事者でもない私には、到底描ききれない。
いつか時がきたら、私の想像力と妄想力を駆使して
ストーリー化してみたいと思ってはいる。

でも、彼らのことをぼんやり考えていたときに
記憶の底から流れてきたのが、
このビル・エヴァンスが演奏する
I Will Say Goodbyeだったようだ。
人生には希に出会いがあるが
分岐点に立ったときの、進むべき方向の選択は
実は最初から定められている。しかし、
迷いと躊躇が葛藤を伴って生じるのは
自分にも人間らしさが・・・
人の痛みを理解するために
人としての弱さが与えられているのだと、
そう好意的に解釈すれば
・・・それでいいのではないだろうか。
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by hirune-neko | 2010-08-28 13:00 | 創作への道 | Comments(4)

手抜きブログ修正宣言



ネット上での書き込みはmixiから始まり
やがてこの、exciteブログには多少
読まれることを意識した創作・・・
創作なんてちょっとおこがましいが、
とにかく、思い浮かんだイメージや
ストーリーを書くようにした。
しかし、いつの間にか手を抜き始め
mixiに書いたのと同じものをこちらにも、
という悪循環に陥ってしまった。
改めて、自分の創作意欲を大切にしようと思うに至り
軌道修正したいと思っている。

創作というのは、自分自身の体験
あるいは疑似体験を洞察力や想像力、ときには
妄想力を駆使して書く・・・私の場合は。
時として、自分の内面の醜悪な部分を
直視せざるを得ないこともあり、なかなか
思ったままを書くのにもためらいがある。
しかしまあ、あまり気にせずに表現してみたい。

実は、誰にも教えていないブログに
文字通り思ったままを書いた時期がある。
そんなのも引っ張り出して来ようと思う。

昨日に続いてピアソラのOblivionだが、
演奏家によって表現が違うものだ。
知人のヴァイオリニストによれば
昨日紹介したチェリストは、未だ
ピアソラを知ってはいない・・・そうだ。
同じ曲をこうして聴き比べるのも興味深い。
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by hirune-neko | 2010-08-25 19:16 | 心の中のできごと | Comments(0)

適当に「忘却のジゴロ」だ



実は、YouTubeのマイアカウントに、ピアソラの
Oblivion(オブリヴィオン・忘却)のいろいろな
演奏スタイルを収集しているんです。
演奏楽器によっても、演奏家によっても
微妙に異なった色彩があり、違ったストーリーがあります。

で、このチェロと弦楽器のアンサンブルの
演奏を聴いていて思い浮かんだストーリーは
こんなです。(絶対に笑わないで読んでください)
     *****
女性を精神的に深く愛せない男性がいて、
人は皆、彼のことをジゴロと呼ぶけれど、
ある日、ふとしたことで出会った人妻に
執着してしまう・・・その人妻も、彼に
深く好意を寄せるのだが、結局は自分の
家族の元に帰って行く、という単純なストーリー。
ラストシーンは、彼がプライドを捨てて
彼女の家の近くで待っている。
彼に気付いた彼女は、手を引いている
自分の小さな娘(5〜6歳かな?)の方を向き
わざと彼の方を見ないようにして、
笑顔で娘に話しかけながら、通り過ぎて行く・・・。
独り取り残された彼は、彼女の後ろ姿を確かめると
何も言わず反対側に去って行く・・・
おっ、イタリア映画に出てきそうな
大人の恋愛の終わりだ・・・そうだ
「見つめる女」のラストシーンみたいだ。
お互いに、自分の心情を圧し殺して
別々の道を歩んで行く・・・。
ピアソラのこのOblivion(オブリヴィオン・忘却)は
なんてぴったりなんだろう・・・。

その時、携帯にメールが入り、我に返りました。
カトリ〜ヌ・笠井さんからで
マイミクでもあるぴのさんから連絡があり
「昼寝ネコさんが、なんか迷走しているようだと
心配していたが、ああ、彼は元々迷走しているから
全然大丈夫だよ、と言っておきました」だって。

いやあ、おかげで「忘却のジゴロの」イメージは
台無しです。

かと思うと、先日の日記で「精神構造が破綻しそうだ」
と書いたのに対し、ほとんどの方は心配してくれたのに
てんてんさんだけは「とっくに破綻してるでしょ?」
と、こともなげに言うんですよ。

まあ、二人とも正しく観察してますけどね。

ん〜・・・忘却のジゴロか。わかるわかる。
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by hirune-neko | 2010-08-24 21:36 | 心の中のできごと | Comments(0)

冬の旅もやがて終わろうとしている



日本ではバブルが崩壊して金融情勢が悪化。
その数年後には、湾岸戦争でアメリカ経済が悪化。
神保町の事務所を引き払ってからは
随分長い冬の旅を歩いてきたものだと思う。
今月末が、序盤戦・・・とてつもなく長い
序盤戦だったが・・・最後の難関だった。
果たして乗り越えられるかと懸念していたが、
今日、実にあっけなく打開策が与えられた。
途中、音楽を受け付けないほどのひどい
精神状態もあったし、あれこれ模索して
欧米を頻繁に往来して活路を見いだそうと
もがいてもみたが、結局は既存のメディアではなく
自分で書いた文章を商品化し、
それが7年かかったものの、ようやく
コマーシャルベースになりつつある。
分母は小さいが、7年間連続して
受注量が対前年比プラスで推移してきた。
徐々に加速度も付き、おそらくは
ごく近い将来、堰を切ったようになるだろう。

不安や恐れ、罪悪感、自信喪失、挫折感、
厭世・・・自分の感受性を極力鈍くすることで
心身への負担を軽くした。
自己防衛本能が働いたのだと思う。

シューベルトの冬の旅・・・初めて
ドイツ歌曲を教わったのが、この「あふるる涙」。
ドイツ語は全然読めなかったし、暗い曲想ばかりで
気が滅入ったが、今ではしっくり聴くことができる。
結局は徒労に終わったが、アメリカ一辺倒だった
仕事の座標軸をヨーロッパにも移し、
とくにロンドンとパリで音楽や出版に携わる
人たちと接する機会があったことは、今でも
良き経験だったと思っている。
今では無謀と思えるような飛び込み営業ばかりで
取り引き先を確保したが、大都会の昼間の表情と
夜の隠微に媚びる表情が、そのまま
人間の二重構造として映って見え、ごく一部ではあっても
現実というものに直面したような気がする。

再び欧米の主要都市を訪れる機会があるかどうか分からないが、
仕事だと、空港とホテルと取り引き先の会社しか
記憶に残らないので、もっともっと創作意欲を刺激されるような
場所に、ゆっくりと滞在したいなと考えている。

仕事が辛くて涙があふれる、ということはなかったが、
何かに感動して涙腺が緩むことは、幾度となくあった。
この、感動するという感情体験は、是非とも
多くの方々と共有したいと願っている。
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by hirune-neko | 2010-08-24 01:00 | 心の中のできごと | Comments(2)

涼風をお届けします



ここ7年間は、産婦人科クリニック・病院だけ
ずーっと営業して来たんですね。
で、ちょっと制度疲労というか
金属疲労というか・・・いや勤続疲労かな?
相談役の助言もあり、
一気に営業の間口を拡げることにしました。
つい先月のことです。
ところが、猛暑が襲ってくる周期と
見事に重なってしまい、いやあ消耗しました。
やっと暑さが少し和らいだ感じがしますけど。
で、今日は残暑お見舞いの涼風代わりに
さわやかな音楽をプレゼントさせていただきます。

ワルター・ワンダレー演奏のサマー産婆、
じゃなかった、サマー・サンバです。
(まだ産婦人科関係者の面影がちらついています)
本当はアントニオ・カルロス・ジョビンの
WAVEが好きなんですが、暑気払いには
やはりこのサマー・サンバかなと思います。

でもですね、数日前、埼玉の越谷に行ったんです。
夜のニュースでは熊谷よりも越谷の方が暑く
38度近かったようなんですよ。
比較的小規模ではありますが
何十年も産婦人科クリニックをされている
院長先生の息子さんと2回目の打ち合わせでしたが
快く契約書にサインしてくださいました。
そういう日は、暑さも気にならないものですね。
同じ埼玉の某レディースクリニックは
もうかれこれ3年ぐらい営業してますが
前回から進展してません・・・毎回同じ回答です。
でも、そんなことにいちいちめげていたら
営業は務まりませんので、辛抱辛抱。
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by hirune-neko | 2010-08-19 15:51 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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