昼寝ネコの雑記帳

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弦楽四重奏を聴いてみたら


何年も前の、ずっと昔のことですが
自宅で小さなコンサートを主催していた時期があります。
ほとんどがクラシック音楽でしたが、
何度かは弦楽四重奏の演奏会でした。
一応は主催者ですので、あれこれ気を配り、
演奏中はお客様の表情に神経が行ってしまって
音楽を鑑賞するような余裕はありませんでした。

改めて自問しています。
日常生活で音楽がどの程度不可欠な存在か。
私にとっては、ほぼ100%必需品です。
音楽なしに、神経や精神を昇華させたり
あるいは沈静させたりというのは
なかなか困難なことです。

これまで、いろいろな演奏家の皆さんと
接点を持たせていただいたことに感謝しています。
また、面識はないものの、
ピソラにしてもルグランにしても、
あるいはアズナブールやレオ・フェレ・・・
ビル・エヴァンス、ときとしてプッチーニ。
いずれも魂が共鳴する要素が大きいのですが、
弦楽四重奏の食感はというと、あまりにも自分から
超然としているように聞こえるのです。
その反面、揺るぎない様式美を感じ
自身の濁りが薄まるように感じます。

弦楽四重奏はハイドンが基礎を作ったと聞いています。
YouTubeのおかげで、ベートーヴェンも
ドビュッシーも、自在に聴き比べられる
便利な時代になりました。
こうしてString Quartetという懐かしい語感とともに
弦楽器の音に身を委ねていると、
ゆっくりと妄想の香りが辺りに漂い、
実現できるかどうかは別問題として、
人生に小さな夢が漂い始めています。
なんて安上がりな幸せなんだろうかと思います。
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by hirune-neko | 2010-03-25 01:34 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

将棋対局ハスラー版

c0115242_1929087.jpg


ついさきほどの対局です。
私は後手で、もう受けなしの完敗状態。
深く考えずに指していると、
あっという間に劣勢になり
追い込まれるのです。
さあ投了しようかなと考えたとき、
師匠の日頃の言葉が浮かびました。
「時間が余っているのに投了なんてとんでもない!」
そこで私は深く反省し、気力を振り絞って集中し、
この絶体絶命のピンチから、なんと奇跡的に
逆転して勝つことができました。
棋力のある方なら、盤面を観ていただくと
「ふん」と仰るかもしれませんが、
初心者の私からすれば、奇跡的な逆転でした。
だって、普段は7手詰めの問題でも
ヒイヒイいっているのに、終わって数えてみたら
21手詰めだったんです。
相手の方の受け方もまずかったかもしれませんが、
とにかく勝ちは勝ちで、まるでポール・ニューマン主演の
ハスラーという映画みたいだなと・・・
つまり、弱いふりをして賭け金をつり上げ、
最終的に大逆転する・・・と思われても仕方のない
本当に大逆転でした。
私は決してハスラーではありません。
まだまだ若葉マークと落ち葉マークの
両方をつけて走っています。

ふう・・・疲れました。
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by hirune-neko | 2010-03-20 19:28 | 現実的なお話し | Comments(2)

無断転載しちゃいました

昨晩、師匠に将棋の指導対局をしていただきました。

今朝、師匠のブログ日記を見たら
私のことを書いてくれていましたので
嬉しくなって無断転載です・・・子どもみたいなものです。


『一昨日に会員ページに手筋を載せました。
この手筋を、昨日「昼寝ネコ」さんが実戦でやってきました。
普段は普通に指してる自分ですが、
プロっぽい手を指されると電気が走ります。
武者震いの一種かな? 急に戦闘モードに入ります。
大海原でレーダーに敵艦を探知「総員、戦闘配置!」って感じです。
緊張感が走って脳がフル回転。
もっとも、自分の脳が回転したところで
煙モクモクって感じですが。 (笑)
とにかく、直ぐに使ってくるなんて凄い。
自分も載せた甲斐があって良かったと思ってます。』

ネット将棋スクールのお話でした。
http://nssdiary.sblo.jp/
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by hirune-neko | 2010-03-14 14:49 | 現実的なお話し | Comments(4)

貴重な映像「せやから、どないしたっちゅうねん」

Miles davis et John Coltrane - So what - YouTube.flv


何が貴重なんだとお尋ねでせうか?

高校生時代、学校を抜け出して入り浸ったジャズ喫茶で
毎日毎日、ジョン・コルトレーンの演奏に聴き入っていました。
行き止まりの吹き溜まりで肩を丸め、圧迫感を感じながら聴くには
ちょうどいい音楽であり、逃げ場の空間だったんです。

当時のマイルス・デイヴィスは、マイルストーンとか
死刑台のエレベーターとか、斬新な曲想でありながら
わかりやすく、多くのジャズファンを魅了しました。
でも、コルトレーンは、まるである種の「呪縛」に囚われたように
重く難解なフレーズを延々と奏でていました。
マイルスに較べると、コルトレーンは実にマイペースの
内省的演奏で、晩年は精神分裂・・・おっと、
統合失調症を想起させるような、緊張度の高い演奏スタイルに
埋没していったように思います。
ですから、コルトレーンの演奏を聴くのは実に疲れたものです。
終わると、どっと緊張から解放され、深くため息をつきました。

そんなコルトレーンの演奏は、もっぱらレコードで聴きましたし
ましてやマイルス・デイヴィスとの協演を
動画で観られるなんて、本当に貴重な経験です。

この曲は「So What?」・・・
大阪ではおそらく「せやから、どないしたっちゅうねん?」
東京ではおそらく「だからどうしたの?」
京都ではおそらく「そやから、どないしやはりましたんどすか?」

最近は、仕事に追われるスピードがグングン速くなっています。
目標しか視野に入らず、まっしぐら。
こんな時って、ジャズがとっても懐かしく、ほっとします。
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by hirune-neko | 2010-03-10 22:57 | 創作への道 | Comments(0)

本当は「子ネコのワルツ」だったようだ

c0115242_1827527.jpg

ショパンの練習曲(エチュード)の中に
「子犬のワルツ」と呼ばれる曲がある。
ジョルジュ・サンドが飼っている子犬が
しっぽを振る様を曲想にして
ショパンが作曲したとされている。
ところが事実はまったく違うそうだ。

ジョルジュ・サンドが子犬を飼っていたのは
紛れもない事実だが、
実はショパンは犬が苦手だった。
本当はネコが好きで、
一時は真っ白なネコを飼っていたが
ネコアレルギーのジョルジュ・サンドに
追い出されてしまった。


生活の面倒を見てくれている
ジョルジュ・サンドにはとても逆らえず、
白ネコを手放してしまったショパンは
後悔と悲嘆の生活を送ることになった。
精神的な平安を取り戻すため、
ある日ショパンは、ネコが楽しげに
じゃれていた様子を思い出して
ネコのために曲を作ったのだという。
しかしネコアレルギーのジョルジュ・サンドには
「子ネコのワルツ」だなんてとても言い出せず
やむなく「子犬のワルツ」と偽って世に出した。

ジョルジュ・サンドを偽って
「子犬のワルツ」と名付けたショパンは
ずっと良心の呵責に耐え続けたが
ネコがいなくなった
その寂しさを曲にしたのが「雨だれ」である。
ネコに去られた孤独感と苦悩の感情が
雨音とともに
よく表現されているではないか。

なんでそんなに詳しいかって?
実は昨日、いつもは画を送ってくれる
カトリ〜ヌ・笠井さんが
初めて製作したという
紙粘土製の昼寝ネコを一体送ってくれた。
カトリ〜ヌ・笠井さん入魂のネコは
とにかく能弁で、そんな昔のあらましを
あれこれ語ってくれた。
この昼寝ネコはかつて、スペイン領
マヨルカ島のヴァルデモーサに住んでいたそうで
ジョルジュ・サンドに捨てられた
白ネコとは大の仲良しだったそうなんだ。

ふむふむ・・・。そうなんだ。
笠井さん、私の分身を有難う。
てんてんさん、撮影お疲れ様でした。

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by hirune-neko | 2010-03-04 18:28 | Comments(2)

ステキなひとにあいました・・・

c0115242_231493.jpg


単刀直入に申し上げますが
両方とも娘の写真です。
左は小学校低学年の頃の日舞の写真。
右は高校1年生のときのオーロラ姫。
まあ、いろいろありまして、
ああだこうだと試行錯誤してきましたが
ようやく最近になって、やりたいことと出会ったようで
いろいろな方の目に留まり、つい先日
ネット新聞の取材を受けました。
とても丁寧に書いてくださっていますので
私があれこれ説明申し上げるより
まずはご覧ください。
トップページの「ステキなひとにあいました・・・」という
バナーをクリックしてください。
最下部に、日本髪の最近の画像があります。

http://www.revive-system.net/

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by hirune-neko | 2010-03-01 23:06 | 創作への道 | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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