昼寝ネコの雑記帳

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グーテンベルクが墓から飛び出してきた


木曜日の夕方、約束の時刻まで数時間のブランクがあり
帝国劇場から銀座を通り、晴海通り経由で
埠頭に行こうと思ったのだが、
いつの間にか、あの辺りの道路構造が変わってしまい、
気がついたら標識は台場を示していたので、
Uターンせざるを得なかった。

仕方なく暇つぶしに、車で月島辺りを走った。
「ああ、この界隈がもんじゃ焼きのメッカなんだ」
なんて暢気に構えていたら、カーラジオから
アップルが新製品を発表したというニュースが流れた。
商品名はi-pad・・・電子ブックを読む端末だ。

電子ブックの存在はかなり以前から聞いてはいたが
普及についてはずっと疑問視しており
実際に、出版社系の電子ブック販売会社で
撤退しているところも出ている。
ところが、i-padの概要をよく聞いているうちに
これは大変なことだということが理解できた。

現在、1冊の本を出版するためには
印刷・用紙・製本・加工などの直接製作費が
全出版予算のかなりの部分を占める。
それがそっくり不要になる。
原稿のDTP処理を自前で行えば、
あとは電子ブックで読める仕様に変換するだけ・・・
たぶん間違いなく、そうだと思う。
単純に、これまでの製作プロセスから考えて
印刷・製本会社が不要になってしまう。
さらに、流通プロセスを考えると
取次・書店が不要になる。
アップルストアやアマゾンが
自社サイトで電子ブックを紹介し
販売する仕組みがメインになるからだ。

電子ブックを読む端末の普及は、
何世紀も続いてきた、そして今も使用されている
活版印刷技術の手法を不要とするもので
出版業界にとっては、まさに産業革命だ。
グーテンベルクはその耳目を疑うだろう。

さあ、そこでだ。
昼寝ネコにとっては、この文明の利器が
逆に追い風の朗報になる。
コンテンツは源泉のようにいろいろ湧くものの
印刷代金というリスクの存在のために
どれだけ出版を見送ってきたことか。(涙と鼻水)
もしDTP処理を自前で行い、さらに、おそらくは
廉価であろう、電子ブックへの変換ソフトさえ購入すれば
零細な出版社であっても、
新刊電子ブックの量産態勢が、ローリスクで整うことになる。

ああ、血がたぎる。

で、標題の曲は
ビル・エヴァンスのI will say goobye.
i-padとはなんの関係もない。

あれはかれこれ15年ほど前だっただろうか。
日本経済のバブルが崩壊する1年ほど前だったと思う。
当時は神保町と猿楽町に事務所があったのだが
金融情勢が激変する兆候が現実のものになることを実感し
主要な取引先や従業員の雇用について、重大な決断を迫られた。
神保町から一人で車を走らせ、晴海埠頭に向かった。
係留されている船や水平線をぼんやりと眺めながら、自問自答した。
前進すべきか、撤退すべきか。・・・30分ほどで決断した。
従業員を全員解雇し、事務所を2カ所とも閉鎖し、
何カ所かの大手の取引先に、業務の休止を伝えた。
いずれもかなり、容易ではない処理作業だったが
なんとか種火を残して今日につないでいる。

マスコミでは、バブル崩壊など、
どこも取り上げていなかった時期なので
業界内では、わが社だけの不運なのだと
半ば同情的にとらえられた。

晴海埠頭の車の中で、なんの音楽を聴いたか覚えていない。
でも、ビル・エヴァンスのこの曲は
当時の自分の心情を代弁してくれているようで
彼の演奏の中では、やはり一番好きな曲だ。
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by hirune-neko | 2010-01-31 23:37 | 心の中のできごと | Comments(0)

あな恥ずかしや


この曲は、プッチーニのオペラ三部作のひとつ、
「修道女アンジェリカ」で歌われるアリア
「母もなしに」なんだ・・・そうです。
プッチーニのオペラ・アリア特集CDで
何度も聴いてはいましたが、実は
ただ聴いていただけなんです。
ですから、本当はなんにも知らないで
聴いていたに過ぎません。

ある日、駐車場の通路が車でふさがってしまい
長時間出られなかったものですから
シートを倒してFM放送を聴いていました。

「修道女アンジェリカ」は「外套」、「ジャンニ・スキッキ」とともに
プッチーニの三部作と言われ・・・へえ、そうなんだ。
「ジャンニ・スキッキ」は喜劇でした・・・げっ?知らなかった。

でまあラジオから、「修道女アンジェリカ」のあらすじが
語られたのです。ふーん、そういうストーリーだったのか。
後で調べたら、初演はニューヨークのメトロポリタンで
たいそう不評だったようです。
でも、子と離ればなれになり、その子が死んだことを
修道院で知らされたアンジェリカの嘆き・・・のアリア。
ちょっと筋書きは違いますが、
ミュージカル「ミス…サイゴン」で母が歌った
「I swear I'd give my life for you」という曲がダブりました。
(わが子のために命を捧げると誓う・・・邦題は分かりません)

で、まあこちらも悲劇的な結末になるのですが
自分で自分の生き方を完結しているという点で
つまり、自らの命を絶つという点で
物語は美しい余韻を残してフィナーレとなります。
トスカもアイーダもボエームも、カルメンだって・・・。
本当は、生き長らえて年を取り、
美貌を失った人生の晩年こそが知りたいのに
作品にするのは作者の美意識が許さないのでしょうか。
私だったら、敢えてそこを書きたいですけどね。

老人施設で暮らす、シワシワのトスカや
アイーダ、ミミがゆっくりと自分の人生を回想する。
その方がずっと面白そうだと思うのです。
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by hirune-neko | 2010-01-22 22:40 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)

音楽的に偏屈な愚痴話



仙台に出張に行くと、必ずシャンソニエに行く。
オーナーは女性で、いつもアズナブールの歌をリクエストする。
シャンソン歌手に混じって、どうやら
クラシックの声楽家らしい男性が歌った。
いわゆる「声で聴かせる」タイプだ・・・と思える。

昨夕から腹痛、下痢、発熱、だるさに苦しむ。
こんなときに聴ける音楽は限られる。
ピアソラが、やはりしっくりくるのだが、
「リベルタンゴ」の演奏に、世界的に有名な
中国人チェリストが入っている。
私には、声楽同様、音や音楽性で聴かせようとしているように感じる。
ピアソラの曲の根底には、どれも絶望から這い上がる
執念と悲哀が色濃くあると思っている。
だから、このチェリストにはひどく違和感を覚える。

標題の曲は「天使のミロンガ」。
病床にある・・・実際にはデスクワークをしているが
心身ともに弱り切った身には、魂の救いだ。
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by hirune-neko | 2010-01-09 22:21 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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