昼寝ネコの雑記帳

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デビーの、人知れぬ涙

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久し振りに再会したデビーは
やはり年齢相応に脂肪が付いていた。
同時に、洞察力の増した視線には
何よりも不思議な存在感が加わっていた。

デビーは結構長い年数を、ここニューヨークの
マンハッタンで暮らしていることは知っていた。
セントラールパークは、冬なのに、
珍しく暖かい陽射しに包まれ、
常緑樹の合間を、半袖でジョギングする人もいる。
彼女は、なかなか核心に触れる話題を切り出さず
最近のメトロポリタン劇場の出し物や
近代美術館の展示物に関するコメント、
そして、キャットフードの味が落ちたことへの不満を
興味なさ気にぼそぼそと語った。
「で、今の飼い主は?」
私の方から水を向けてみた。
デビーは億劫そうだった。
前の飼い主の女性とは、
ブエノス・アイレスで暮らしていた。
その女性は激動の人生を歩み、
ついには政治犯として処刑された。
ずっとそばによりそって暮らしたデビーにとっても
激動の十年だったようだ。
「今度は、退屈で
静かな人生を生きている飼い主がいいわ」
彼女は口癖のように言っていた。
で、念願かなって、ここニューヨークに移り住み、
セントラールパークのレストランの前で
行き交う人々を眺めていた・・・その時に
今の飼い主のマギーと視線が合ったという。
視線が合っただけで、
マギーはごく自然ななりゆきのように
デビーを抱えて、アパートに連れ帰った。
ブレノス・アイレスでは
「マルゲリータ」と呼ばれていたが
マギーは「デビー」と命名したらしい。

マギーは、カナダと国境を接するモンタナ州の出身で、
陽気な性格の優しい女性だという。
まさに「退屈で静かな人生を生きている」女性であり
理想の飼い主だと思っていたのだが、
徐々にため息が出始めたとのこと。

マギーには大きな悩みがあった。
高校生の時から15年間、つまり
31歳になるまで、一度も男性から
デートに誘われた経験がなかったのだ。
なぜかって?誰でも納得できる理由だと思うが
マギーは身長が180センチ以上あり、
横幅もそれに負けないぐらい、あった。
彼女は大のオペラファンで、プッチーニや
ヴェルディの作品を好んで聴いた。
けれど、自分の容姿のせいで恋ができない、
と思い悩み始めると、決まって聴く音楽があった。
ドニゼッティのオペラ「愛の妙薬」の中の
アリア「人知れぬ涙」だった。
たくさんのテノール歌手が歌っているが
彼女は、なぜかパバロッティもカレーラスも
その他、どのテノール歌手も聴かず、
ドミンゴ一辺倒だった。
なぜか?
「パバロッティもカレーラスも
私の気持ちを理解してくれていない、
でも、ドミンゴの歌では、
思いっきり泣くことができる」
というのがマギーの持論だった。
もちろん、毎晩ドミンゴの「人知れぬ涙」を
聴くわけはなかったが、そう、週に少なくても
5〜6回は、部屋中にドミンゴの絶唱が響き、
彼女は、その巨体を震わせて号泣するのだった。
最初は目を見はり、驚いたデビーだったが
慣れない方法で耳をふさぎきることはできず、
結局のところ、もらい泣きをする
日常生活になってしまったという。

ある日、そんな彼女にも
期待に胸をふくらませるチャンスが訪れた。
職場の同僚が、男性とのデートを
セッティングしてくれたのだ。
身体の線があまりハッキリ出ない洋服を身につけ、
背があまり高く見えないよう、
ヒールの低い靴を履き・・・正直いって
どっちにしても効果は疑わしく思えるのだが・・・
彼女は待ち合わせ場所の・・・ブロードウェイの
当日チケット売り場に向かった。
目印は、目立たないよう、
お互いに黄色のバラ一輪を手に持って、
と決められていた。
マギーは心臓の鼓動を感じていた。
息もきれて、少しだけれど、胸も苦しかった。
気のせいか、少し汗ばんでいるように思えて
香水の量をもう少し増やすべきだったと
後悔し始めたとき、なぜかマリオットホテルに
視線が行き、またチケット売場に視線を戻した。
黄色い、一輪のバラの花が視界に飛び込んできた。
やがて彼もマギーの存在に気付いた。
目立たないようにと決めた黄色いバラの花は
確かに目立たなかった。
でも、彼女の体躯は、2ブロック先からも
十分に目立つ存在なのだった。
彼は、無遠慮にも、真っ直ぐにマギーを見ずに
文字どおり、頭のてっぺんからつま先まで
視線を這わせて、困惑の表情を浮かべ、いった。
「あのう、急な用事ができてしまって・・・、
申し訳ないけど、デートはキャンセルさせてください」
彼は背中を向けて、マギーを後にした。
マギーは立ちつくしたまま、
しばらく後ろ姿を見つめていた。
彼は信号が変わって歩き出す瞬間、
それまで手にしていたバラの花を、まるで
汚物を捨てるかのように道ばたにほうり投げた。
マギーは、自分の身体の中で
何かが崩れ落ちるのを感じた。
その夜、マギーは完璧に寡黙だった。
顔つきからして、一晩中ドミンゴを
付き合わされることを覚悟していたデビーだったが
沈黙の夜だった。タクシーのエンジン音が聞こえるほど
静かな部屋だった。

やがてマギーはゆっくりと身体を起こすと、
祈り始めた。
「神さま・・・あなたは本当に私のことを
愛してくれているのでしょうか・・・?
こんなに苦しい思いをしてまで、
私は生き続けなくていけないのでしょうか?」
明らかにマギーは自ら
命を絶つ決心をしていた。
その時、電話のベルが鳴った。
もう深夜の2時を回っている。
間違い電話ではなかった。
サン・フランシスコに住んでいる兄だった。
マギーは平静さを装った。
兄は最後にこういって電話を切った・
「マギーのことが、ちょっと気になったものだから
遅い時間だけど電話したんだよ。マギー、愛してるよ」
停止した思考力では、何も受けとめることは
できなかった。
その時、アパートの入り口の呼び出し音がした。
こんな夜中に・・・?マギーはいぶかしく思った。
友だちの一人だった。
「旅行の帰りで遅く着いたんだけど、
マギーの部屋の明かりが点いているので
心配で寄ってみたの。大丈夫なの?」
マギーは、大丈夫だと礼をいった。
不思議なことがあるものだ、そう思った時、
また電話が鳴った。
兄からだ、と思ったが
モンタナの母からだった。
「こんな遅い時間にごめんね。
なぜか急にマギーのことが心配になって
電話せずにいられなかったの・・・
愛してるからね、マギー」
母親と短い会話を交わしながら、
マギーは自分の祈りが聞き届けられたことを悟った。

翌日、マギーは自分の所属している
教会に連絡を取り、ボランティア活動に
参加したいとの申し出をした。
彼女は外国語トレーニングセンターで
1か月の訓練を受け、ブラジルに渡った。
そこで、1年半のあっという間の時間を過ごし、
再び、ニューヨークに戻った。

元の職場は彼女を受け入れてくれ、
デビーも仮住まいから戻って
再びマギーと暮らし始めた。
その日から、瞬く間に3年の月日が経過した。
相変わらず、マギーにはデートの誘いがなかった。
ある日、思いついたように、
ネットで提供されている、教会の友人紹介の
サイトをのぞいてみることにした。
そして思い切って自分から連絡し、
なんとかデートするところまでこぎつけた。

今度のデートの待ち合わせ場所は、
マリオット・マーキースホテルの
メインロビーだった。
かつての、あの当日チケット売場の
すぐ目の前の高層ホテルだ。
ホテル内にある劇場で、ミュージカルを
観劇する約束だった。
マギーは、やはり心臓の鼓動を感じていた。
息もきれて、少しだけれど、胸も苦しかった。
気のせいか、少し汗ばんでいるように思えて
香水の量をもう少し増やすべきだったと
後悔し始めたとき、チケット売場が視界に入ってきた。
真っ直ぐにホテルの入り口に向かい、
エスカレータで、ロビーのフロアに向かった。
とくに目印は決めていなかったが
お互いをすぐに見つけることができた。
マギーは名前を告げて、手を差し出した。
彼は・・・リチャードは・・・
何かいうべき言葉を探しながら、
差し出された手を握って、またあの時のように
頭のてっぺんから、つま先まで
視線を這わせて何かいおうとした。
マギーはいった。
「もしかして、何か大切な用事を思い出したのでは?」
「いいえ、今日はデートの日でしたから、
ほかに用事は何もいれていませんよ」
リチャードは、そう答えた。
二人の姿は、劇場の中にあった。
出し物は「ストリート・シーン」という
ミュージカルだったが、筋立ては重く暗く、
そしてほとんどがオペラの発声で歌われていた。
マギーは不思議とリラックスしてステージに集中できた。
ものいわぬ隣の男性に対しても、
かすかな親近感と信頼感を持ち始めていた。

リチャードは、再婚相手を探していたという。
病死した奥さんは、とても大柄だったので
大柄で、陽気で、気だてのいい女性が理想だといった。
つまり、マギーのような女性が理想だったのだ。

数ヶ月後に、二人はニューヨークで挙式した。
モンタナからは両親が、サン・フランシスコと
ポートランドからは兄たちの家族が来てくれた。

今年の夏には、マギーに二人目の子どもが生まれるらしい。

デビー?デビーは、今でもマギーの家族と
一緒に暮らしている。
もし、ニューヨークに行く機会があったら、
是非、セントラルパークで
デビーを探してみて欲しい。
そして見つけたら、昼寝ネコからよろしくって
そういってみて欲しい・・・でも
おそらくこう答えるだろうと思う。
「Hirune-neko・・・who?
 Tell him not to have doughnut so much.」

マギーは、今では音楽の趣味もがらりと変わり、
もっぱら、アントニオ・カルロス・ジョビンを
家中に流しているらしい。
でも、今もなお、デビーの耳には
ドニゼッティの「人知れぬ涙」がこびりついている。
マギーの心の奥深くにも・・・まだ、きっと。


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by hirune-neko | 2009-02-23 01:36 | 創作への道 | Comments(2)

不思議な夢

不思議な夢を見ることは決して少なくはない。
大概は、目が覚めると覚えていないことが多い。
夕べの夢は、まだ・・・断片的にだが覚えている。

死んだはずのシロが部屋の隅でじっとしている。
なんだお前、生きてたのか、といって側に行くと
なにか様子がおかしい。
まず、体重が4キロもなかったはずなのに
やけにずんぐりと重い。5〜6キロかな?
それと決定的なのは、体毛が白一色だったのに
どうしたわけか、三色・・・三毛ネコに変身している。
上から顔をくっつけて覆いかぶさっても
じっとおとなしくしている。

ただそれだけの夢だった。
シロにはまたいつか、どこかで
会えるような気がしているので、驚きはしなかった。

Mon emouvant amour・・・声のない恋。
アズナブールが歌い、バックで女性が合わせる。
アズナブールの娘さんだそうだ。
ライザ・ミネリとかバーバラ・ストレイザンドとの
共演より、私は、この父娘のバージョンが好きだ。
YouTubeで視聴できなくなっていたのが
別のステージのもので復活していたので
早速聴いてみた。

夜遅く、仕事をしていると
隣の椅子の上で、シロが居眠りしながら
2階に上がるまで私を待っているのが習慣だった。
常に、なにがしかの音楽を流していたので
シロの音楽的趣味は、かなり私に酷似していると思う。
いい感性のネコだったなあと、思い出している。
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by hirune-neko | 2009-02-14 15:07 | Comments(2)

次なる課題

昨晩は、午前3時前に床につくことができた。
今日、修正入力が終わった原稿をプリントし
2部発送・・・やれやれ、ほっとした。

次の課題は、ある産婦人科クリニックの事務の女性と
その、娘さんが一緒に書いていた交換日記の出版。
小学校低学年だった娘さんが、たどたどしい字で書いた
ページを画像化し、判読不能なので翻訳文と
お母さんの返事を添えている。
なかなか心和む本になりそうだ。

昨晩のは、生まれてから40年間、ずっと
死ぬことばかり考えてきた女性の手記なので
一晩で180度転換した世界に入った。
でも、いずれも人間世界のことであり
双方に同程度の親近感を感じている。

そういえば、今年は横浜開港150周年記念の年だそうだ。
アマチュアの演劇好きな男女が、舞台を作るそうだ。
アメリカで出版された二人の著者の短編集から3作選び
それをまとめて脚本化するよう依頼があった。
一応仕上げて渡したが、私が選曲したサティの
ジムノペディや、ジュ・トゥ・ヴー、それと
グノシエンヌが、暗いイメージだという理由で
没になったそうだ。好きなように改編してくださいと
伝えてあったので、全然気にしていない。

昨晩、娘がミュージカルを観に行ったそうだ。
ヴェルディの椿姫を翻案した作品だそうだ。
元宝塚歌劇団の花組トップ、春野寿美礼さん主演、
それと、娘の声楽の先生が、アンサンブルだけど
出演しているそうで、楽屋見舞いに行ったらしい。
感想話を聞いているうちに作曲が
ミシェル・ルグラン大先生であるというので
早速、Youtubeで検索してみた。

ここ何年も・・・いや十数年、ミュージカルの
舞台に接していない。
ブロードウェイやロンドンのソーホーを
徘徊していた頃がとても懐かしい。
そんなに沢山は観劇していないが、でも、
あの独特の雰囲気は、郷愁だ。

ちょっぴり血が騒いできた。
また、ロンドンやパリ、ニューヨークに
行く機会が巡ってくるだろうか?
いや、来るのだ!
断じて来るのだ!
ミュージカル、オペラ、バレエ、そして
ブックフェアの商談に行く日が
そのうち、近未来に、またやって来るのだ!
なにごとも、最初に望みありき・・・ではばいだろうか。
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by hirune-neko | 2009-02-13 01:27 | Comments(2)

再び、午前3時の空間

昨晩に引き続き、今日も午前3時を回った。
でも、明日は休日なのでまだ気が楽だ。

かなり嬉しい発見があった。
I-TUNEでインターネットラジオを
聞く機会が多いが、CLASSICのカテゴリーに
CLASSSIC & JAZZという局がある。
CKASSIC FMというのは、どうやら
デンマークから放送しているようなのだが
(実際にはデンマーク語なんて分かりはしないが、
たまにコペンハーゲンという言葉が聞こえるので
そう思っているだけだ・・・なんとも心許ない)
CLASSSIC & JAZZは、フランス語だ。
ただし、実際にはフランスなのかカナダなのか
はたまたベルギーなのか、そのあたりは
判然としないのだが、フランス語は耳あたりがいい。
おまけに、選曲が大変にいい。
気が付けばクラシック、また気が付けば
ジャズ、という具合で飽きさせない。

深夜の独り作業にはよき友だ。
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by hirune-neko | 2009-02-11 03:31 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

精神を病む人の原稿

去年の夏頃だったと思う。
会社に女性から電話があり、
自費出版するお金もないのだが
本を出版したい・・・原稿を読んでくれるか?
と尋ねられた。
読む旨を伝えると、ほどなく
大学ノートに手描きした原稿の
コピーが数十枚届いた。
四十歳になった区切りに
手記を出版したいらしい。
読み進めると、死ぬことばかりを考え
精神病院の入退院を、10回繰り返しているなど
大変な境遇の人であることが分かった。
しかし、思考は極めて論理的であり
感性、とりわけ言葉に対する感覚が鋭い。
メールのやりとりを、何十度もしているが
緻密で隙がない。

第1稿の校正・推敲が終わり、
今、第2稿目の入力作業をしている。
午前3時を回った。
まだまだ終わりそうもない。
でも、私の作業が遅れているため
彼女の精神状態が不安定になっている。
文字どおり、全身全霊を傾けて
本を世に出そうとする彼女の熱意を
裏切りたくない・・・その思いで
さあ、もうひとがんばりだ。
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by hirune-neko | 2009-02-10 03:05 | 創作への道 | Comments(0)

人間であり続けること

人間であり続けること・・・
人間らしく生き続けること、と言い換えた方が
いいのかもしれない・・・。
あまりつきつめて考えたくはないのだが
人間らしい生き方の対極にあるのは
おそらく「非人間的」ということなのでは
ないかと思うが、違うだろうか?

あと1ヶ月と少しで58歳になる。
だのにまだ青臭いことを言っているような気がする。

でも何か、最近は自分の領域が
見えてきたように感じられる。
すなわち、自分と他者の間にある境界線が
しっかり定まったという気がする。
自分自身の限界領域も同時に、視野に入ってきた。
拡散していた要素が散漫とした状態に留まらず、
方向性とエネルギーを伴ったベクトルとなり
自分が現実世界で生きる人間になろうとする
息吹のようなものが、身体中に充満するのを
感じている・・・なんと、私は生きようとしている。

自分自身との再会を、奇妙な感覚で
新鮮に受けとめている。
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by hirune-neko | 2009-02-09 00:14 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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