昼寝ネコの雑記帳

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C'est fini・・・セ・フィニ



今日が実質的な仕事納め。
やあ、なんとも速い一年だったなあと
感傷に浸る暇もなく、あっという間に終わってしまった。
実際には、越年の案件がいくつもあり、
この年末年始は休暇なしと覚悟している。

ああ、終わった・・・という安堵感があり
ふとアズナブールの歌う「C'est fini・・・セ・フィニ」を
聴きたくなってYouTubeで検索したら・・・ない。
でも、森山良子の歌う、全然違う曲の
「C'est fini・・・セ・フィニ」を見つけた。
うん、これも悪くない・・・。

でも、アズナブールも森山良子も
なんというか、ロマンチシズム症候群というか
愛に生き、恋に生きというイメージで、
ときどき鼻につき、ときどき羨ましく思う。

そういえば、「六ちゃんの恋」というストーリーが
中途半端でほったらかしになってしまっている。
愛妻を送った後の回想・・・秘められた、
子どもにも話していない過去の物語。
いうなればこれも、
ある意味ではC'est fini・・・セ・フィニかもしれない。

終わりとか、別れという言葉には、
表面には辛い悲しみ、深い憂いと苦悩・・・
だがしかし、裏面には「よっしゃ、もっと素敵な
恋をしよう」というエネルギーがみなぎっている・・・。
それはあくまでも女性のメンタリティであり、
男性の方が、辛い別離のダメージは格段と大きい。

ビル・エヴァンスの演奏で、好きな曲のひとつに
I will say good-byeというのがある。
たしか、ミシェル・ルグランの作曲だったように
記憶しているが、あれもなかなかいいなと思う。

去年だったか、アズナブールの来日コンサートが
日本で催されたようで、えらく高価なチケットだったが
盛況だったらしい。結構なことではないか。
そのときに歌われた曲のひとつが
「声のない恋」・・・フランスの聾唖者年のために
作られたらしいが、手話をまじえて歌うその曲には
悲しい恋のストーリーがあり、詳細は忘れてしまった。
アズナブールは、そんな曲想がよく似合うと思う。

昼寝ネコの雑記帳という、まったく気紛れで
ぐうたらなブログにお立ち寄り下さったあなた、
おいでいただくだけで、孤独感が癒されました。
有難うございます。

今年の終わりは、来年の始まりです。
まだ5日ほどありますが、2009年の今頃は、
佳き1年だったと、思い起こしていただけるよう
願っています。

ん〜・・・なんか、森山良子の
C'est fini・・・セ・フィニを聴いていると
自分が恋だの愛だのと語るような
メンタリティを持ち合わせていないなと
改めて実感しています。
でも、創作の世界の中ではありですので、
時間を見つけては、創作活動を大切にします。

森山良子のC'est fini・・・セ・フィニを聴きながら、
まあ、たまには「大人の恋の終わり」の
感傷に浸ってみてください。
あなたが女性なら、一生涯、恋なるものを
追い求めてください・・・どうぞ。
あなたがもし男性なら、血圧と血糖値に注意して
健康な人生を送って下さい。

ではまた。
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by hirune-neko | 2008-12-27 02:30 | Comments(4)

風が吹けば、桶屋が儲かる?ん?

そういえば、半年以上前に予見していた知人がいました。
世界が、かつて経験したことのない状況になると・・・。
日本も欧米もアジアも、みんな。
金融工学だとか、安全な資産の回避策だとか
そんな難しいことはちっとも分かりません。
でも、不思議なことに出産一時金が引き上げられ、
よって分娩費も引き上げられることになり、
産婦人科としては、患者さんに対して
入院・出産の付加価値を高めないと・・・
という理屈で、アロママッサージを提供します、
そして、グリーティング絵本「大切なわが子へ」も
一緒に候補に考えています・・・という現象が
あちこちで発生し始めています。
ん?あれほど営業で苦労してきたのに、
こりゃ、どうなってるんだ?と思うぐらい
営業的には手応えが出てきているんです。
風が吹けば桶屋が儲かる、という噺があります。
世の中、極端な不況になって消費意欲が減退しても、
出産数は大きく減らない・・・不景気なので
政府が出産費用を補填し、患者さんや
産婦人科を下支えしてお産難民を減らす・・・
産婦人科は思いがけず、分娩費を上げることができて
もらいっぱなしじゃ患者さんに悪い・・・
そういえば、感動と癒しを与えるいい絵本があったな・・・
何度も足を運んできている営業担当者は
まるで老ネコみたいにヨタヨタしてるから
人助けだと思って、絵本に予算を確保しようか・・・
かくして私が文章を担当している絵本は
長い下積み営業の末に、どうやら日の目を見そうなんです。
嘘のような本当のお話なんですよ。
やはり何事も諦めず、いじけず、放り投げないことですね。
来年の干支は牛だそうですね。
じゃあ、来年の今頃は「ウッシッシ」と言えるよう
頑張って越年準備に入ります・・・と言いたいのですが、
ここにきて、懸案事項が何件も動き出すことになり
その対応で年末まで動くことになりそうなんです。

どう考えても、干支の変更を閣議決定してしただき、
来年jこそは「ネコ年」を増やしていただきたいと、
そう思っている次第です。はい。

(これはmixiに掲載した日記のコピーです)
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by hirune-neko | 2008-12-18 00:43 | Comments(0)

シロへのレクイエム・・・最終章


冒頭の「今朝、ママンが死んだ」という表現で
アルベール・カミュはフランス文学界に、
センセーションを巻き起こしたのだと、
何かで読んだことがある。
自分の母の死を、無感情・無機的に受け止める
主人公のムルソーの感性は、だがしかし
目的を失った学生の私に、かつて強烈な印象を与えた。

実際に、母の死を比較的平然と受け止められるだろうと
思うようになっている私は、ペットのシロの死など、
あたかも機械の寿命が尽きたかのごとく
さらに平然と受け止められるものと、確信していた。

3日前の昼、娘が意識不明で倒れているのを見つけ
すぐさま救急車を呼んだ。
到着した救急病院では対応できないと言われ
大学病院の救急救命センターへ搬送された。
医師からは最悪の事態の説明も受け、
失意のうちに帰宅した。
原因が特定できない意識不明で18時間を過ごした後、
翌朝、娘は嘘のように意識を回復した。
病院はあらゆる可能性を疑い検査をしたが、
結局原因は特定できず、通院検査を条件に
今日の夕方、退院を許されて帰宅した。
娘にしてみれば、記憶にない空白の時間だが
親としてみれば、気が気ではなかった。

帰宅すると、シロが床にへばるように横になっている。
力尽きたような脱力感が伝わってきた。
しばらく様子を見たが、明らかにおかしい。
夜間救急の動物病院を探し、車を走らせた。
シロは途中一度、苦しそうなうなり声を上げた。
道路は空いていたし、初めての病院だったが
すぐに見つけることができた。
受付で看護婦さんがキャリーケースの中の
シロの表情を見るなり、ひったくるように
診察室に戻っていった。
受付のカウンターで申込書に記入し始めてすぐ
看護婦さんが呼びに来た。
すでに死後硬直が始まっているという。
琥珀色の眼は開かれたままで、苦痛の表情はなかった。

娘が死地から生還した日に、シロは旅立った。
娘の無事を見届けて、シロの命は絶えた。
シロが娘の身代わりになることを申し出たとしても
あり得ないことではない。
本当のことを告白すると、私はネコ語を理解できない。
しかし、シロは15年同居する間に変質し
感性が人間に同化してしまっていた。
知性が高く、品性があり、思慮深く、
思いやりのあるネコだった。
言葉を交わさなくても、私の心の動きを察していた。
苦しいときに、どれだけ慰められただろうか。
まだ小さいときに、無邪気にトリやトカゲを捕獲し
自慢げに持ち帰ったこと・・・
縄張りに踏み込んだ子ネコに覆い被さって
うなり声で威嚇していたこと・・・
なぜか、いろいろなシーンが、次々と目に浮かぶ。

シロの死を、とてもとても
平然と受け止めることはできなかった。
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by hirune-neko | 2008-12-09 00:33 | 心の中のできごと | Comments(10)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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