昼寝ネコの雑記帳

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埋葬が荘厳な雰囲気で行われました



シロが死に至らしめたネズミは、本当なら
ゴミと一緒に廃棄されるところでした。
ところが、ブログを読んだあるご婦人が
全米動物愛護協会のアラスカ支部に電話し、
ニューヨーク本部から私宛にメールが届きました。
メールは英文ではなく、ラテン語でした。
全文を掲載します。

Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:
dona eis requiem.
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:
dona eis requiem.
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi:
dona eis requiem sempiternam.

とまあ、こうなっていました。
なんのこっちゃと思い、調べてみたんです。
これは、フォーレのレクイエムの5番目の曲で
「アニュス・デイ」という
曲であることがわかりました。
「死者に永遠の安息をお与えください」と
嘆願する内容です。
・・・そうか、ネズミといえども命を与えられた
動物なのだから、ジップロックに入れたまま
ゴミ箱行きは、やはりまずいかな・・・
そう思うようになりました。
そういえば去年、物干し台で
子ネコの鳴き声がして
行ってみたら、野良ネコの母親が
生んだばかりの子ネコたちに
授乳しているんです。
よく見ると、一匹は亡くなってました。
で、私はその遺体を狭い裏庭に
埋めてやったんです。

昨日、横たわったネズミを見たとき、
あれっ、どこかで見たような・・・
と思ったんですが
さして気に留めませんでした。
今日になって気がつきました。
あれは、昼寝ネコのガールフレンドだった
ネズミのジョセフィーヌの
遠戚の子だったようです。
どことなく面影がありましたもの。

で、夕刻になってから、
シャベルと遺骸を持って
玄関先の土を掘り起こし・・・
石がゴツゴツしていましたが、
なんとか20センチ程度の穴を掘り、
ジップロックから出して
・・・すでにきつい腐臭がして、
ガスで膨らんでいましたが・・・
お別れの言葉を添えて、埋めてやりました。
その瞬間、子ネズミの開いたままの
眼がキラリと光ったのが印象的でした。
埋めた場所には、こぶし大の石を
10個ばかり重ねました。

埋葬の途中、ふと見ると、
左手1メートルばかりのところに
シロがきちんと座って、何も言わず、
ただじっと私の行動を凝視していました。
どちらかというと、私の表情を窺うように
じっと見ていました。
(冗談抜きで本当の話なんです)
でも、シロには反省の色は
ちっとも見えませんでした。
逆に、哲学者のような、
悟りきった寡黙な表情でした。

この件はこれで終わりです。
きれいさっぱり、これで終わりにします。
せめて今日の短い時間だけでも、
フォーレのレクイエムを聴きながら、
ジョセフィーヌの遠戚の子ネズミを
弔ってやろうと思います。

今日はいつにも増して、
自分の生きる人生が二重に見えて、
心身ともに重苦しい苦痛を感じています。
・・・ずっと見えなかった左眼が
かなり快復してきたのはいいのですが
数ヶ月も使っていなかったためか
焦点やらを調節する筋肉が弱っているらしく、
右眼の見える像と重ならず、
完全に二重に見えてしまうんです。
初めての経験です。

人間は誰でも二面性を持っています。
正確にいえば、多面的なのが普通であり、
そこに葛藤が生じることになります。
本当に安住できる居場所を探す旅が続きます。
感性を与えられている人ほど、
長く長く、安住の場は
与えられないような気がします。

冒頭に、一番録音状態のいい「アニュス・デイ」を
YouTubeから選んでコピーしておきました。
せっかくお越しになったのですから、
じっくりお聴きになって、しばしこの世の憂いを忘れ、
ジョセフィーヌの遠戚の子ネズミと、
ご自分のずっとずっと先の人生について
思いを馳せてみてください。

てんてんさんが、
全米動物愛護協会の会員だったとは
ちっとも知りませんでしたよ。
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by hirune-neko | 2008-08-31 21:01 | 心の中のできごと | Comments(2)

臨時ニュース・早朝の大騒動

耳元で声がして起こされた。
どうやらまだ早朝のようだが、
こんな時間に義母が私の枕元に来るなんて
明らかに異常事態だ。
出血したか、はたまた吐血したか・・・
「ムコ殿、ムコ殿、ちょっときてくだされ」
(実際にはかように丁寧な扱いは受けていない)
「えっ?どうなさったのですか、お義母さま」
(実際にはかような言葉遣いはしていない)
「シロが生きたネズミをくわえて、
私の部屋に来たのです。
外に出したのですが、またくわえて来て
下に置きっぱなしなのですよ。
大きなネズミなのです。
ちょっと来てくださらぬか」
「へっ?ネズミでございますか。
承知つかまつりました。
厠に寄ってから参ります故、
しばらくお待ちください」

笑いたいのをがまんして、
とりあえずトイレに入り、心の準備をする。
さしもの私も、シロのネズミ狩りの後始末、
いささか気乗りがしない。

階段を下りてみると、シロがでんと座っており
すぐそばに、成果の子ネズミが
絶命して横たわっている。
さてどうしたものか・・・
さすがにこのような状況は、そう経験していない。
「得意げなシロ」は、義母の部屋に入ろうとするが
義母はペストかコレラにでも感染した
相手を忌み嫌うかのごとく、
しっかりした声で、断固拒絶する。
我が家のシロは「KY」ではない。
義母の尋常ならぬ殺気に気圧され、
私に、ものいいたげな視線を向ける。
何かの本で読んだことがある。
狩りを終えたネコは、誇らしげに、そして
自慢げに獲物をひけらかす・・・と。
「おお、よしよし、大儀であったなぁ」
寛大な飼い主である私は、そういうと
シロの頭をなで、シロは嬉しそうに
身体をすり寄せてくる。
ずっと以前、庭のある家に住んでいたとき、
シロはなんと鳥を捕獲して持ち帰ったことがある。
家の木に鳥が留まっていると、
気配を殺してそっと近寄っていく・・・
あの様は、まさにライオンやヒョウに酷似している。
シロはすでに15歳以上。人間でいえば
すでに80歳を超えており、つまるところ、
義母や母と同年齢なのだ。
それにしては元気かくしゃくとしたものだ、と
いたく感心し、また頭をなでる。

さて、この絶命した獲物が、野ウサギや
鴨であれば、捌いて食卓に・・・ということも
可能なのだろうが・・・
何年も前に、黒姫のC・W・ニコルさんの家で
冷凍してあった野ウサギのソテーを
夕食にいただいたことを思い出した。
ところどころに、むしりきれない毛が残っていた。

結局、熟慮の末・・・そんなに選択肢に
悩む局面ではないのだが、
割り箸とキッチンペーパー、それに
ジップロックの新しいのを台所から持ち出し、
なんとか遺体の始末を終えた。
決して心躍る楽しい行為ではない。

「しかしお前は、歳の割にたいしたものだのう」
ねぎらいの言葉をかけて、また頭をなでる。
シロの自尊心というかプライドは満たされ
「さすがご主人様、ネコの心理をよくご存知で」
というような満足げな表情で私を見上げる。
これでいいのだ。

で、時計を見るとまだ早朝の5時半ではないか。
せっかくめずらしくも熟睡していたのに、
やれやれ、と思って再び床につく。
で、思い直す。
こんな珍事が発生したのだから・・・
つまり、昨夜来の間断なき雷雨にもかかわらず、
シロは己の本能を忘れずに、
「本業」に励んだのだから、
一人でも多くの皆さんに、シロのための
広報活動をすべきだと、そう考え
臨時速報とあいなった次第である。

これをお読みくださった貴殿に所望いたす。
一言でいいので、心の中で
「シロちゃん、凄いね」
と念じていただきたい。
きっとシロは、満足げに昼寝すること
間違いなしである。

では、お休みなさい。
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by hirune-neko | 2008-08-30 06:12 | 現実的なお話し | Comments(6)

末恐ろしい小学生の子どもたち

ネット将棋スクールの門をたたいて
一年は経過したと思う。
師匠の堀川先生は、
毎日2題の詰め将棋を出題してくれて、
解答を添削してくれる。
一年前の私は、途中で投げ出すことが多かったが、
最近は集中力を維持して、うんうん唸っている。
どうしても解けないときでも、ナニクソと奮起して
布団の中に入ってから、懐中電灯を使って
ああでもない、こうでもないと頭をひねることが多い。

そんなスクールに、小学生のための教室がある。
小さな子どもたちが、将棋に夢中になるというのは
想像しただけでも、健全な感じがしてほほえましい。
様子を窺っていると、母親が熱心に応援しているようだ。
末は名人か棋聖か・・・と期待しているのだろう。
で、先日、堀川先生に尋ねてみた。
私がうんうん唸って解いている詰め将棋を
小学生のみんなは、どの程度解けるのか
ちょっと訊いてみた。
すると、全員が全問正解だそうだ。
うげげ・・・そんなに凄いのか。
スクールでの名前は、ちびまるこちゃんだの
コナンくんだったりで、なんとも可愛らしいのだが
実力は初段ぐらいらしい。
げっ!うかつに対戦申し込みをしても
「おじさん、歳の割に頑張ってるけど
まだまだだね。いつでも相手をしてあげるね」
と言われてしまいそうな感じだ。

最近は、ラグビーのコーチを引き受けているらしい
フォアグラ肝臓さんが、師匠代行のように
子どもたちとの指導対局に励んでいる。
私?私は「昼寝ネコ」の名前で
ときどき掲示板に登場したり、
インターネット対局をしているが、
長期計画で初段を目指している。
そして数年後には、参加することに意義のある
シニア将棋大会にエントリーする予定だ。

まあ、なんでも打ち込めることがあるのは
いいことなのではないだろうか。
そういえば、
今日の詰め将棋は、まだ解いていない。
また、懐中電灯のお世話になるのだろうか。
深夜の孤独な戦いである。
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by hirune-neko | 2008-08-28 23:21 | Comments(4)

睡眠と夢と自己嫌悪

断じて不眠症ではないのだが、聞きかじり知識によれば
恐らく、睡眠障害という範疇に入るのではないかと
そんな風に思っている。
アルコールやカフェインが原因で目が冴え、
なかなか眠れない人がいるかもしれないが、
私の場合は原因不明で・・・というより
原因を深く突き詰めないのだが、
とにかくなかなか眠りに落ちないことが多い。
窓の外が明るくなって、ようやく睡魔を感じるとか、
或いは、眠ったものの目が覚めたらまだ二時間。
それからしばらく眠れない。
そんな生活がしばらく続いている。

毎晩ではないが、非常にリアルな夢を見ることが多い。
思うようにできないジレンマ・・・たとえば
バスケの試合中に、簡単なシュートが決まらないとか
不得意だった化学や物理の問題に四苦八苦し、
基礎から勉強しなければと反省する夢だったり、
かつて一緒に仕事をした連中がオフィスに現れ、
自分の管理能力が未熟であることを悔やんで
ミーティング方法を必死で考える夢だったり・・・
はたまた、日常生活では決してしないような
倫理規定違反なことをして、自己嫌悪に陥ったり
家族に不幸があって、自分を責めたり・・・
まずほとんどが後味の悪い夢である。
だから、目が覚めてもどっと疲れが出てしまう。
つまり、楽しい夢、夢のような嬉しい夢・・・
そんな夢を見た記憶はただの一度もない。
大抵は、ああ夢で良かったと胸をなでおろし、
自己嫌悪の感情が心の中でゆったりと渦巻いている。

フロイトだか何だか知らないが、
評論家的な空々しいコメントは聞きたくない。
でも、改めて考えてみれば、夢の中で
いろいろな疑似体験をしていることになり、
それも非常にリアルなので、普通よりも
何割かは余分に生きているような、
得した気分になるのも事実だ。

人の心の傷や痛みが、手に取るようには分からなくても
ちょっとした表情や、選ぶ言葉から伝わってくるような
そんな気がする。
不思議なもので、ネコに対しても、人間同様に
それまでの生い立ちが見えるように感じる。

My Fair Ladyの舞踏会のシーンでのこと。
イライザの立ち振る舞いを注視していた
ヒギンズ教授の弟子が、周りの人たちに
「彼女はポーランドの貴族の出です」と吹聴し、
それを聞きつけたヒギンズ教授が大笑いする・・・
おそらく私の洞察力も、そんな程度なのだろう。
でも、人間の寡黙は時として雄弁なものだ、
そうも思っている。
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by hirune-neko | 2008-08-27 02:47 | 心の中のできごと | Comments(4)

新製品と予告と訣別宣言と

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(カトリ〜ヌ・笠井さんの作品が再登場です)

【新製品のご紹介〜メッセージ絵本】
名前はジョコンダ・マッキオーレ
(GIOCONDA MACCHIOLE)
*イタリア・ミラノ生まれ
*昼寝ネコ一族の血統

おいらはね、ハッキリ言って育ちが悪いんだよ。でもね、お屋敷に住む病弱なお嬢さんに拾われて、大切にかわいがられてね。心を許せる友だちのいないお嬢さんだったけど、おいらにはなんでも話してくれたんだよ。でもお嬢さんは不治の病でね・・・悲しいや。

・・・これまでの長い期間、カトリ〜ヌ・笠井さんには
ネコの画をたくさん描いていただきました。
その大部分にストーリーを創作し、
このブログに掲載してきましたが、
数年前からの構想だった「メッセージ絵本」を
全部で12匹のネコちゃんを選んで登場してもらい
なんとか商品化できる段階になりました。
メッセージ絵本のタイトルは
「大切なあなたへ」なんです。
相手のお名前と、贈り主の方からのコメントを
文章に組み込んだ、本当に世界で1冊の
嬉しい絵本になる・・・予定です。
協賛企業が1社決まればゴーサインですので
来週から営業活動に入ります。
文章は昼寝ネコ、画はカトリ〜ヌ・笠井さんのコンビで
昼寝ネコが贈り主の気持ちを代弁して
相手にメッセージを伝える構造になります。
メッセージの種類は・・・どんどん増やすんですよ。
スタートしてからの方が大変そうです。

【六ちゃんの恋の予告】
六ちゃんの奥さんのお葬式が済んだところから
この物語は始まりました。
回想シーンを重ねてきましたが、
あと2〜3編で完結させたいと思います。
ぎっくり腰でコンディションが悪く
原稿が遅れてしまっていますことを
お詫びします。もう少し時間をください。

【訣別〜人気ブログランキング】
ランクが上がれば嬉しいものです。
一時は最高6位ぐらいまで上げていただきました。
順位を上げるために書いているのではないのですが
上がったり下がったりしますと
どうしても気になることがあります。
で、この際ですから、ランキングへの掲載を
止めてしまおうと思います。
皆さんも、わざわざクリックしていただかず
お読みになりたいときにお越しください。

そんなわけですので、今日はこれまでです。
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by hirune-neko | 2008-08-21 22:31 | 創作への道 | Comments(2)

六ちゃんの恋(第3話)

 休む間もなく、翌日から父と母それぞれには仕事が待っていた。父には紺色のブレザーとネクタイがあてがわれ、母にはエプロンが用意されていた。
 転校の手続きを終えていない六ちゃんは、家に独り残って窓からお屋敷の方を眺めていた。夜だったので前夜は気づかなかったが、敷地内はまるで森のようにたくさんの木が生い茂っていた。好奇心を駆り立てられた六ちゃんは、そっと家を抜け出し、敷地内の探索に出かけた。
 六ちゃんたちの住まいは、敷地の北西角に位置していたので、ちょうどお屋敷の裏手に住んでいたことになる。門から見た建物の外観はどんなだろう。そう思うと、敷地の塀に沿って門の方まで歩いていった。徐々に全体像が見え始める。
 大きな家だった。これが洋館というのだ。室蘭の製鋼会社が所有する接待用の建物が、煉瓦道を上りきったところにあり、何度か遊びに行ったことがある。庭もあり、大きな洋館だったが、このお屋敷はその何倍もある。それと、古びた感じはするが、おそらく西洋の建築士の手になるのだろうと、漠然と考えた。
 玄関に大きな黒塗りの車が近づいていく。見たこともない大きさだ。どうやら父が運転しているらしい。昨夜のご主人が乗るのだろうか。大きな木に身を隠しながら、玄関に近づいていった。
 黒い洋服に白いエプロンを身につけた女の人が、何人か出てくる。じっと眼を凝らした。渋い色のスーツを着たご主人が出てきた。車に向かって数歩進むと、立ち止まって後ろを振り返る。誰かが一緒に行くのだろうか。
 ご主人の視線の先から、真っ白な洋服の女の子が、うす茶色の革カバンを手に歩いてきた。豊かな黒髪がピンクのリボンでまとめられ、軽やかに、まるで踊りのステップを踏むように歩いてくる。
 ご主人が笑顔を向けている。きっと娘さんなんだ。父がドアを開けて待っている。一列に並んで頭を下げる何人もの「使用人」の前を、女の子は何事も無かったかのように、まっすぐ前を向き、車に乗り込んだ。姿勢がいい・・・立ち姿がきれいなのに圧倒される思いだった。
 車が動き出し、ゆっくりとこちらに向かってくる。木の陰から、車の動きを眼で追う六ちゃんの前を、父の運転する車が通りすぎた。一瞬だったが、女の子を間近で見ることができた。軽く微笑んだ横顔だった。年齢は、六ちゃんとそんなに違わない「子ども」だったが、はっきりと、まぎれもない「女性」を意識した。自分とは性が異なり、自分には無い柔らかさと気品のある「女性」が、たった今、目の前を通った。
 その「女性」と同じ敷地に住むことになった自分の運命を、気恥ずかしい違和感を伴って、心の中で受け止めた。

 電話の音が鳴った。少しうとうとしていたのかもしれない。長女からだった。なぜか急に悲しみと寂しさがこみ上げてくるような気がした。
 「お父さん、大丈夫?もう寝てたの?」
 「いや、ぼんやり考え事をしてたみたいだ」
 「今、家に着いたからね。本当に大丈夫なの?」
 「ああ、なんともないよ。そろそろ寝ようと思っていたところだよ」
 「そう。何も食べなくて大丈夫?」
 「ああ、あまり食欲がないなあ」
 「シロにはエサをやっておいたから。それと今日は特別。台所にあんドーナツを置いてあるからね。でも、食べ過ぎないように」
 ふと見ると、シロが私たちの会話の様子をじっと伺っている。
 長女とは血のつながりがない。知っているのは、妻と私だけ・・・今では私だけしか知らない。このまま、そっと誰の記憶にも残らないよう、静かに消えて行って欲しい。六ちゃん本当にそう願っていた。
 「本当に大丈夫なの?じゃあ、明日またね。午後から寄るから」
 電話を切ってからも、しばらく受話器を置く気になれなかった。
 
 やがて六ちゃんはまた、回想の世界に戻っていった。
 両親は、ご主人の娘さんのことを「お嬢様」と呼ぶよう言われていた。六ちゃんには遠くから眺めることしかできない存在だった。
 夜の7時過ぎになると、お嬢様のピアノの練習が始まる。1階の客間のひとつに、グランドピアノが置いてあった。大きなコンサートホールに置いてあるのと同じものだそうだ。週に3回、ピアノの先生がやって来る。
 その時間になると、六ちゃんは部屋の窓をそっと開け、木々の間を縫って聞こえてくるピアノの調べに耳を傾けた。なんの曲か知らなかったが、お嬢様の指が奏でる音だと思うだけで、心深く伝わってきた。芸術性の開眼なのか、はたまた単なる憧れなのか・・・おそらくその両方だったのだと思う。

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by hirune-neko | 2008-08-13 18:43 | 創作への道 | Comments(4)

六ちゃんの恋(第2話)

 妻の容態が急変したのが何日前のことだったか、数えることもできないほど六ちゃんは朦朧としていた。
 独り、置き去りにされたという実感はまだない。だが、夜中に目が覚めたときや朝起きたとき、恐らく徐々に実感するのだろうという予感はあった。
 寝ていない割に、頭の芯が冴えていた。喪服から着替える気力もなく、座椅子に身体を預けた。遠く遠く忘れ去った情景が、脈絡もなく甦ってくるのを抑えることができなかった。
 人間は、突きつけられた過酷な現実を視界の外に追い出すために、本能的に別のことを思い出すようにできているのだろうか。

 両親と一緒に、逃げるように室蘭を離れ、東京に着いたとき・・・あれは確か上野駅だったのだろう。何度か電車を乗り換え、井の頭線の小さな駅で降りたら、寡黙だが誠実そうな男性が迎えに来ていた。室蘭の取引先の会社でお世話になった安藤さんという方で、東京本社に転勤になっていたらしく、事情を説明して相談にのってもらったのだろう。

 その日のうちに、六ちゃんの一家は田園調布に向かった。駅から放射状に道路が延びており、子ども心にも歴史のある重厚な街並みであると感じた。
 どれぐらい歩いただろうか。長い塀の続く家並みに目を奪われていたが、やがて安藤さんが立ち止まり、「ここですよ」と指さした。赤茶けた煉瓦の塀と重々しい木製の門に遮られ、中は見えない。
 門から玄関まで、ややしばらく歩いたのを覚えている。玄関ホールも広く、通された応接室には暖炉があった。実物は初めてだった。すっかり緊張し、大きなソファに身を沈めて、屋敷の主人を待った。

 六ちゃんは父の仕事の内容を理解していなかった。市内の鉄鋼会社に出入りして、工場で使う部品を販売していたらしい。やがて、どの会社も減産体制になり売上も落ちたのだろう。帰宅しても無口な父になってしまった。
 じきに督促の郵便物や電話が来るようになった。電話や玄関の呼び鈴を気にするようになり、夜も眠れないらしかった。ささいなことで言い争うことも増えた。精根尽きた両親が到達した結論は、会社をたたむことだった。
 仕事を失った後の不安より、累積する支払い不能の債務をなんとかすることが急務だったのだろう。不安がる小さな六ちゃんに父は言った。
 「なあに、なんとかなるさ。人間、健康でいさえすれば、なんとかなるもんだよ。住んで食べるぐらいのことは、お父さんがなんとかするから、お前、小さいんだから余計な心配するなよ」
 父は何度か同じようなことを言った。おそらくあれは、六ちゃんに言ったのではなく、自分に言い聞かせていたのだと、今にしてみれば、そう思えた。

 屋敷のご主人は、父よりは少し年上のようであり、小柄で細い体つきだった。声も小さく、金縁の眼鏡の奥の眼はだがしかし、子どもには鋭いものに映った。
 「ぼうや、お名前は?」
 「藤江紳六です」
 両親はきっと、ハラハラしていたに違いない。
 「いくつなのかな?」
 「9歳」
 ご主人は柔和そうに見えた。両親はすっかり安心し、紹介者の安藤さんも引き上げていった。用意されていた弁当をもらい、敷地の一番奥にある小さな平屋建ての建物に案内された。案内してくれた初老の男性は、物静かで余計なことは何も言わなかった。

 家族三人の新しい生活が始まった。両親は、追われる立場から逃れた安堵感と、生活の基盤が確保できた安心感を表情に表していた。新天地で、新たな希望を見出したと思ったのだろう。つかの間の平安な気持ちに包まれた夜だった。

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by hirune-neko | 2008-08-09 20:55 | 創作への道 | Comments(2)

六ちゃんの恋(第1話)

 お通夜の前日に、八畳の和室の畳替えを終えていたので、線香の匂いに混じって、青畳の香りがかすかに漂っていた。骨壺は、納骨の日までこの部屋に安置されることになっている。
 初秋にしては、日が長く感じられた。弔問客もいなくなり、二人の娘と息子の嫁が台所で片付けものをしている音が聞こえる。やがてみんな帰宅するんだ。六ちゃんは思った。妻と二人きりの生活は、もう戻ってこない。今晩からは、独りきりの生活になる。
 そのとき、部屋の隅でじっとしていたシロが鳴き声をあげた。「独りじゃないでしょう?ワタシも一緒ですよ」そう話しかけたのだと、六ちゃんは感じた。
 「お父さん、独りで大丈夫なの?」
 いつの間にか横に座っていた長女が声をかけてくれた。大丈夫じゃないといったって、健介君や子どもたちの世話が優先なんだから、どうにもなるまい。そう思って改めて長女と目を合わせた。やはり、この子が妻に似た顔立ちだと思った。少し複雑な心持ちだった。
 どうやら片付けが終わったらしく、次女も三男の嫁さんも帰り支度をしている。
 「いやあ、ご苦労さんだったね。みんな疲れただろう?私は大丈夫だから、早く家に帰って休みなさい」
 次女が口を開いた。
 「お父さん。お姉ちゃんとも相談したんだけど、心配だからしばらく交代で様子を見に来るからね。洋子さんは藤沢からここまで来るのは大変だし、子どもたちもまだ小さいから、私とお姉ちゃんが来ることにしたから」
 「済みません・・・」
 嫁の洋子が詫びるようにいった。
 気持ちは有難く受け取るべきだと思った。
 「ありがとう。だがね、小さな会社だけど、まだお父さんを必要としているし、当分は仕事をしながらゆっくり気楽に過ごすから、心配は要らないよ。とにかく、急なことだったからみんなも疲れただろうし、いずれまた機会があったらね。今日はいいじゃないか」

 三人は、それぞれの家に帰っていった。
 都営浅草線の終点から少し坂を上ったこの地域は、40年ほど前に妻と暮らし始めた小さな木造のアパートにほど近い。考えてみたら妻は、ずっと大田区の住人で生涯を終えたのだと、妙な感慨を覚えた。

 耳鳴りが聞こえるような静けさだった。独りでいる空間が、こんなにも寡黙なものだと初めて知ったような気がした。
 池上本門寺の広い境内での出来事が、急に甦ってきた。両親に連れられて、初めて東京に来たときのことや、運転手付きの黒塗りの乗用車から降り立ったお嬢様の姿が、今でもはっきりと思い出せる。
 北海道の田舎町から出てきたばかりの、小学生の六ちゃんには、まるで映画を観ているような別世界だった。(つづく・・・まだ終わりません、これからです)

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by hirune-neko | 2008-08-06 17:19 | 創作への道 | Comments(6)

創作のインスピレーションが湧く、神聖な瞬間

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(カトリ〜ヌ・笠井さん作の画ですが、再登場です。たぶん、学者なのでしょうけど、ずいぶん博識そうな雰囲気です)

 私は高名な作家でもなんでもないので、書斎の壁を睨みながら、うんうん唸ることはない。ましてや、ジャック・ニコルソン扮する恋愛小説家のように、キーボードに向かって周りを妄想のバリアで囲い、自分の選ぶ言葉に酔いしれることだってない。
 ほんのささいな、何気ない瞬間に突如インスピレーションが訪れることが多い。大概は感動的なシーンなので、その雰囲気や台詞のいくつかを想像しただけで、涙腺が緩んでしまう。実は、涙腺が緩むという兆候があったときは、本当にいいお話しであり、まるで死者が黄泉の国から甦って独白するお話しを聞くように、なかなかリアリティーを伴う。
 独りで車を運転している車中が理想的な書斎状態で、誰にも邪魔されず物語は徐々に熟成して行く。ところが、最悪の時もあるものだ。
 夕方、後部座席に一人の若い女性が乗り込んできた。割と親しい間柄なので「うん」という程度の・・・実際には声になっていなかったと思うのだが・・・軽い挨拶をした。
 ドアを閉めた瞬間、かすかにツンという腐臭が鼻腔を刺激する。なんだろう?車が走り出し、ギーギー異音のするコンプレッサーが、必死で冷気を吹き出そうとしているのに気を取られ、その臭いのことは気にならなくなってしまった。
 それと、親しい仲にも礼儀ありだと思うのだが、薄くなったのが気になる私の頭頂を、後部座席からペシペシと平手で叩く。いくらなんでも、それはないだろうと思いつつ、じっと忍耐する。
 やがて車は元の場所に戻った。これでやっと独りになれると思ったその時、私は自分の耳を疑った。
 「納豆の入れ物、どこに捨てようか。タレは使わなかったんだよ」
 げっ!いくら旧式の車だとしても、人の車の中で・・・つまり密室の中で・・・納豆なんて食うか?ボーイフレンドが車で迎えに来るとき、時間がないからこのまま納豆を持って車で食べる、だなんていう発想が出てくるか?
 このときは心底げんなりして、思わず「親の顔が見たい」と呟いてしまった。で、無意識にルームミラーに目を向けて、そこに映る自分の顔を見てしまった。

 その後私は独りでマルエツに買い物に行き、駐車場に戻った瞬間、美しいストーリーが閃いた。「六ちゃんの恋」という、涙を誘う物語だ。でき次第アップするので、楽しみにしていただきたい。

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by hirune-neko | 2008-08-04 20:43 | 創作への道 | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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