昼寝ネコの雑記帳

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昼寝ネコ村、活動の輪拡がる

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(カトリ〜ヌ・笠井さん作の画です。なかなか女傑というか、政治家の風格ありで、この動乱の世にあって、民を導いてくれるようなカリスマ的存在です)

さて、ネット上にオープンした昼寝ネコ村ですが、
現在、村民9名となりました。
すでに、ネコ助産院、コンサートホール、寄席がオープン。
オンライン・コンサートも、寄席も始まっています。
今日は、頼りない村長を補佐する
コーディネーターも就任し、徐々に稼働し始めています。

本当に先が読めない難しい時代になってきました。
昼寝ネコ村では、文化・芸術だけでなく
農業・食糧問題、国内外の政治問題にも照準を当てて
村民の皆さんに有益な情報を提供しようと
考えています。

なにせ、村長は執務時間中に昼寝をするし
ちょっと頭が疲れるとすぐに
こしあんのお菓子に手を出すし、
たまに頭がさえているかと思えば
おかしな妄想ばかり考えているし、
これで本当に行政能力があるのかと
皆さんから心配をいただいています。
でもご心配なく。
そんな頼りない村長をしっかり補佐する
キッツイ性格のコーディネーターがいますので
もう大丈夫。

予算案も不要ですし、まあ、のんびりと
ゆっくりと・・・フワァ〜、ネムネムです。

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by hirune-neko | 2008-07-29 19:49 | 現実的なお話し | Comments(4)

ああ、申し訳ないと思う

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 (カトリ〜ヌ・笠井さん作の画です。かわいいですね。)

この暑い中、大部分の方々は
汗をかきながら、仕事をされているというのに、
私はどっぷりと無常感に浸り、
自分の人生を傍観しつつ、
内面に澱んでしまった
不要な部分をそぎ落とす作業をしている。
そこには当然、罪悪感が伴っている。
仕事が溜まり放題なのに、何が無常感なんだ。
別の自分が、そう私を責め立てる。

しかし、この無常感というものは
なかなか取り去りがたく存在する。
除去できる異物としてではなく、
細胞のひとつひとつに浸透し
もはや体質とさえなっている感じで
ときどき、静かな発作となって私を襲う。

先刻、奈良の知人から
「こしあん三笠」が届いた。
娘宛なので開封していない。
無常感に苛まれたときの特効薬は
どうやら、こしあんの菓子類に尽きるようだ。
神経が頭に集中するのを避け、
味覚という非観念的な刺激によって
しばし現実を忘れられる。
で、このネコのように
ときどきはカーテンの向こうから
顔を出せるように思う。

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by hirune-neko | 2008-07-26 13:58 | Comments(8)

楽譜の画像が送られてきた

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mixi上に、昼寝ネコ村を開村したが、
そのお祝いに、ということなのだと思う。
最近マイミクになってくださった
shi.shiさんから、楽譜の表紙の画像が送られてきた。
見ると、ショーソン作曲、ピアノ伴奏の
ヴァイオリンのための「詩」という曲だった。
出版社はブライトコプフで、少し調べたら
ヘンレ出版からも、ショーソンの楽譜が出版されている。

久しく耳にすることのなかった、
クラシック音楽の楽譜出版社。
私が、かなり無謀に仕事をしていた頃を思い出した。
日本に楽譜を輸入し、販売したいと思い立ち、
ブロードウェイのコロニーという楽譜店に
通って、ニュージャージーの問屋を
紹介してもらった話は、どこかに書いたように思う。

ロンドンでは、ヨーロッパの出版社の楽譜が
ほとんど手に入る、という「噂」を信じ、
行動に移した。事前に、東京・神楽坂の
ブリティッシュ・カウンシルに行って
いくばくかの資料を入手していたが
結局はほとんど役に立たなかった。

ロンドンでタクシーに乗り込み、
市内で一番大きな音楽店へ行くよう頼んだ。
行った先で、楽譜の「問屋」を教えてくれと
交渉したのだが、小売店が問屋を教えるわけがない。
袋小路に追いつめられたが、
レジ横に無造作に置いてあった
「楽譜別問屋リスト」なる小冊子が目に飛び込んできた。
「これ、売ってくれませんか?」
「いいえ、これは売り物ではありませんから」
「じゃあ、古いので要らないの、ないですか?」
こんなやりとりで、まんまと前年のリストを
無料で入手することができた。

さて、問題は数十ページもあるリストから
どうやって絞り込むか、なのだが
日本のピアニストのFさんに国際電話をかけて・・・
当時はメールなんてなかったので・・・
延々とレクチャーしてもらった。
例えば、ショパンの楽譜は、やはりポーランドの
パデレフスキー版が一番だとか・・・
演奏家ではない私は、やはり演奏家の意見を
尊重するしかなかった。
何社も訪問し、契約し、多少は発注したものの
ビジネスベースで見れば、十分な需要はなかった。
後日、東京のポーランド大使館まで行き
ヴィザの発給を受けたが、結局は
ポーランドまで行かずじまいだった。

著名な国際音楽コンクールの事務局が
スイスの・・・たしかジュネーブにあり
アポを取ってわざわざ出向いたりもした。
事務局長は高齢の男性だったが、
よく話を聞いてくれて、昼食を一緒にした。

あの頃の私は、何やら熱病に取り憑かれたかのように
音楽周辺の楽譜や書籍を仕事にしようとした。
自分の趣味に一致する物は需要がある・・・
まるで小学生のような発想で、
文字どおり、東奔西走した時期だった。
今の私が、当時の自分を振り返ると、
苦笑することだらけだが、でもある種の
青春時代だったように思う。
そんなに昔ではなく、たかだた10年程度前のことだ。
そんな無茶な経験が多いせいか、今でも
アズナブールの「ラ・ボエーム」や
「帰り来ぬ青春」などのような、
昔日をちょっと感傷的に思い出す歌に
共感を覚える。

shi.shiさん、どうも有難うございました。

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by hirune-neko | 2008-07-24 23:59 | Comments(4)

心の深層に見え隠れするもの

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(これもカトリ〜ヌ・笠井さん作の画です。何を勘違いしたか、このネコは自分が彫像にでもなったかのように、デンと台の上に座っています。でもね、勘違いというのは時によって、自信にもつながるので、一概に否定はできない要素でもありますね)

たとえ一日中、単純作業に従事していても、
頭の中で・・・多分、想像や妄想は
頭の中の作業だと思うのだが・・・
希望や夢を自由に思いめぐらせることができれば
精神が病んだり、心が行き止まりになることは
かなり避けられるのではないだろうか。
宿命的に、あるいは制度的に一切の
希望が持てず、病気か事故で死が訪れるのを
ひたすら待つしかない人生なら
私のような閉所恐怖症の人間にとっては
拷問のように苦痛な毎日となる。
言葉で表現すれば、閉塞状況、絶望・・・
難病で適切な治療法が受けられない人たち、
政治制度によって、あらゆる権利が剥奪され
身動きができない人たち・・・
たったひとつの事実が、つまり
新薬が開発されたり、政権が代わり
自由が与えられたり・・・
そのような知らせだけでも
どれだけ心の重圧が軽減されるだろうか。

難病でなく、政治的抑圧もなく・・・
でも、心の中に閉ざされてもがいている
人たちも多く存在する。
ほんの小さな希望や夢が叶えば
その人の心も少しずつ開かれていくのでは・・・
淡い期待に過ぎないのだろうか。

それにしても、なんと課題の多い世界なのだろうか。

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by hirune-neko | 2008-07-24 01:41 | Comments(0)

ハハハ、とうとうやってしまいました

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(カトリ〜ヌ・笠井さん作の、懐かしい、元祖昼寝ネコです。ネズミのジョセフィーヌも一緒です。ここで初心に戻って、何ならまたぞろ妄想の始まり始まり)

かねてからの構想というか・・・
まあ、妄想という方が近いのでしょうが、
とうとうネット上に昼寝ネコ村を
開設してしまいました。
目下のところ、住人は・・・先住民といいますか
初代村長の、私・昼寝ネコ一人です。
別に人数を増やそうとは思っていませんが、
同じ感性。価値観の方が、昼寝ネコ村に
転入してく来てださると嬉しく思います。

主旨が主旨なので、実在する人間で
村人の紹介がある方のみの限定とさせていただきます。
別に、早々に村八分を考えているわけではありませんが、
その点は、ご了承ください。
なお、個人的な知人の中から、
マスコミと農業の専門家には参加をお願いしました。
そのうち、転入届けを出してくれると思っています。
この村は、無犯罪地域を標榜していますので
安心してお越しください。

とりあえず、ご挨拶まで。

昼寝ネコ村・初代村長
昼寝ネコ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3534296

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by hirune-neko | 2008-07-22 19:53 | 現実的なお話し | Comments(0)

昼寝ネコの「大人の恋愛講座」Uターン禁止編

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(これもカトリ〜ヌ・笠井さんの作品です。専門職・キャリアウーマン。夫ある身でありながら、妻子ある男性と恋に落ち、泣く泣く私情を捨てたその目に飛び込んできたのは「Uターン禁止」の道路標識でした。おお、かわいちょかわいちょ・・・といいつつ、ちっとも同情していない)

愛し合っていれば、一緒に暮らせばいい、
というのは、いささか短絡的な発想ではある。
人間関係が複雑になり、それに連れてプロセスも多様になる。
つまり、仕事上で知り合った人に対し、
人間的な好意が高じて、いつの間にか
尊敬が信頼感に変容し、気がついてみたら
お互いに必要としあう特別な関係になっていた・・・
さらに気がついてみたら、世間的には
許容されない・・・つまり相手には妻子があったり
既婚女性だったり、とまあなかなか難しい状況に
なってしまうことが、世間ではままあるようである。
フランスの大統領に元大統領、別の意味でいえば
ニューヨークの元市長しかり・・・しかりしこうして
これらは氷山の一角であり、実態はドラマもどきの
苦悩が、至る所で演じられているのであろう。

したがって、愛し合っているからこそ、別れという
苦しい選択をしなくてはいけないこともある。
相手の人生の充実と平安と幸福のために、である。
男性と女性・・・が一般的だが、もちろん例外もあるようだ。
その男性と女性が、嫉妬心や猜疑心を排して
純粋に相手のこれからの人生を大切に考え、
普通の関係に戻す、という決断には
相当な寛容さと意思力と、さらにいえば
分別が伴うものと想像するのだが、どうだろうか。
かえってそういう自制された人間の希有な特性に
賛辞を贈りたくなってしまう。
これは決して、サル山のボス猿の愛憎劇には起こりえず、
やはり人間特有の、ある種の理性的な
判断によるものなのだろう。
もちろん公にできる性質のものではないが、
ノーベル恋愛賞というものも創設し、
世界中の大人たちが競って理知的になるよう
仕向けてはどうだろうか・・・無理だろうなあ。

年末が締め切りの時代小説に、
つい先日までは応募する気になっていた。
江戸時代に、伊達藩から江戸城下に移り住んだ武士の一家。
次男の恋愛感情と、家の事情による別れの決断。
最後に知った、相手の女性の深い愛情・・・。
とまあ、自分ではなかなかいい筋立てだと思っているが
ここ数ヶ月は仕事から目を離せない大事な時期なので
残念ながら中断することに決めた。
藤沢周平の作品を想起させる、
なかなか深い味わいの心理描写だと評してくれる人は、
当然いるわけがない。
だってまだ作品として完成していないのだから。
だから、この賛辞は自画自賛に過ぎない。
でもいつか、完成させたいという希望は持っている。
題して「江戸の恋愛Uターン禁止」である。
・・・アホかいな。

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by hirune-neko | 2008-07-21 20:44 | 現実的なお話し | Comments(0)

昼寝ネコの「大人の恋愛講座」進入禁止編その2

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(これもカトリ〜ヌ・笠井さんの作品です。ちょっと自信喪失し、自閉気味の用心深いネコです)

人間が、一生涯で体験する恋愛回数は、
どれぐらいあるだろうか。
それに較べて、映画、小説、演劇、
オペラやミュージカルに
登場する恋愛シーンと、そのプロットの種類たるや
膨大な数にのぼってしまうのだから、
自分が足を踏み入れていない、
胸ときめかす未知の恋愛が
まだまだ存在するに違いない・・・
そう思っても当然至極なのである。

だがしかし、BUT、ちょっと待てよ。
著名な恋愛作品をざっと思い出しただけで、
West Side Story、アイーダ、トスカ、
ラ・ボエームだってカルメンだって・・・
結局は最終的に死が状況を美化して
終わっているではないか。
あるいは、ふたりは愛し合って結ばれ、
その後幸せに暮らしましたとさ・・・。

では、アイーダその後の物語を想像してみたい。
ラダメスは愛に殉じ、その咎で
岩をくり抜いた地下牢に閉じこめられた。
頭上の入り口は巨大な石で塞がれ、
二度と地上に出ることは不可能だった。
明かりのない、絶望的な深い闇の向こうに人の気配が・・・
それはラダメスが逃がしたエチオピア王の娘、アイーダだった。
アイーダは、いずれこの地下牢に閉じこめられる運命の
ラダメスを待つために、自ら地下牢に隠れてラダメスを待った。
運命に引き裂かれ、二度と会えないと思っていたアイーダに、
この絶望的な環境で再会した。
それは死を賭した再会だった・・・。
アイーダとラダメスは、暗闇の中で
たとえ二人に死が訪れても、
魂は空高く昇り、二人の愛は永遠に、
という二重唱のアリアを歌い、
舞台は感動の余韻を残して幕となる。

ヴェルディの重厚なオペラ「アイーダ」は
かくして聴衆の心奥深くに、愛の感動と
永遠不滅の愛を残す。
聴衆はカーテンコールに
スタンディングオベイションで応える・・・。

さて、普通なら満足感を胸にオペラハウスを
後にすることだろうが、昼寝ネコの妄想はこれで終わらない。

古いお話しなので実は記録に残っていないのだが、
アイーダとラダメスが二重唱を歌い終えて
甘美な死を覚悟して程なく、
マグニチュード8.5の大地震がエジプトを襲った。
城壁は崩れ、至る所に大きな地割れが走り、
ついには地下牢の入り口を塞いでいた
巨大な岩が、地震の衝撃で転がってしまった。
驚いたアイーダとラダメスは地表に出たが
逃げまどう人々でごった返し、見張り番の兵士の姿もない。
二人は手に手を取り、エジプト郊外へと避難していった。

さて、早いものであの大地震から
あっという間に30年の歳月が過ぎ去ってしまった。
純愛に殉じた悲劇のヒロイン・アイーダのその後を尋ね、
昼寝ネコは現地取材を敢行した。

村人たちに「アイーダ」と「ラダメス」の名を尋ねたが
誰も知らないという。決してかくまっているのではなく、
追っ手を逃れるために、名前を変え、身分を隠してしまったので
誰も知らないのだろうと思った取材班は
質問の内容を変えてみた。
「エジプトの大地震の後、見知らぬ女性と男性が
二人でこの村に住み始めた記憶はないか?」
村人はこう答えた。
「あのときは、エジプトを捨ててこの村に来た人は
たくさんいたからねえ、ちょっと難しいなあ」
「でもね、女性はエチオピアの王様の娘だから
気品があって美人だったはずなんだけど、知らない?」
「ああ、エチオピア出身のおばさんなら、近所にいるよ」
「おお、きっとその人だ。すらっとした美人でしょ?」
「いやあ、昔はどうだったか知らないけど、
そのおばさんは、高血圧でメタボリックだって
いつもこぼしているよ。自分のこと、
三段腹の二重あごで、昔の面影はなくなったともいうね」
「もう少し詳しく教えてくれる?」
「ああ、いいさ。あのおばさんは8人の子持ちでね、
旦那さんは元エジプトの将軍かなんかだったていう噂だけど
毎日、朝から酒臭くてさ、仕事もずいぶん前から
止めて家でごろごろしてるんだよ。あれじゃあ
奥さんも大変だよね」
取材班は、その後もいろいろな話を聞き、
そのおばさん夫婦が、間違いなくアイーダ夫婦だと確信した。
その結果、アイーダのあの甘美なラストシーンのイメージが
ぶちこわしになるのを恐れ、取材班は
独断で取材を打ち切って帰国してしまった。

さて、こういう続編を考え、しかも文章にすることは
ヴェルディやプッチーニに対する冒涜だろうか。
私は決してそうは思わない。
どんな人にも、人生の絶頂期といわれる時代は存在する。
しかし、大概は外見や能力など、目に見える基準で
絶頂という時期を測定してしまう。
しかし、目に見えない価値というのは
年月の流れによって流失することはなく
かえって輝きを増すことが多い。

もし人が恋愛を考えるとき、相手の資格や経歴、
資産や社会的地位、知識の量、外見や容貌などを
優先基準として考えるのなら、そういう人たちのためにも
やはりもう一度ヴェルディに墓から出てきてもらい、
無理矢理にでも「アイーダ・その後の三段腹」という
続編を作曲してもらうべきだと思う。
おそらく今は、これらを恋愛の基準と考える人が
多く存在する時代なのだと思うが、
そういう恋愛はまさに「進入禁止」なのだと
昼寝ネコ村では教えられている。
人を愛することも幸せだが、人から必要とされ
慕われることも幸せなことだと思う。
純粋な愛は、時として人格を高め、
品位をも浄化するものだと思う。

サン=テグジュペリの「星の王子様」の1シーンで
ただ1本の花の世話をしていたら、
こんな花は、別の星に行ったらたくさんあるよといわれ
「ぼくには、この1本がかけがいのない花なので
一生懸命世話をしてるんだよ」・・・というような
表現をしていたのを記憶している。

本心をいえば、私は恋愛を否定も肯定もしない。
ただ、魂が触れ合える、心の深い交流というのは
そう簡単に得られるものではなく、貴重だということ、
それと、心を開き重心を移し合うということは、半面
自分自身の人生に、脆弱さを作り出してしまうという
ことにもつながるので、諸刃の剣であるということ・・・
それさえわきまえれば、大人の自己判断であり
自己責任の範囲内のことなのだと思っている。

なんとか「進入禁止」の真意を語り尽くせたように思う。

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by hirune-neko | 2008-07-18 22:53 | 現実的なお話し | Comments(4)

昼寝ネコの「大人の恋愛講座」進入禁止編

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(これもカトリ〜ヌ・笠井さん作の画です。ちょっぴり世間ずれしたネコで、まあいうなれば世知に長けた存在であり、こういうのをアメリカではStreet Wiseというらしいです。ちょっとした規模の都会を縄張りに生きており、世の中の裏表や男女の・・・古今東西、あちこちで繰り広げられている恋愛ドラマにも、うんざりしながら聞き耳を立てる、そんなネコなんです。ちょっと、憎めない奴ですね)

「Just One of Those Things」という曲は
実に多くのジャズシンガーが歌っている。
直訳すれば、「たくさんのうちのひとつに過ぎない」
という意味になるのだと思うが・・・。

さて、「大人の恋愛講座」というタイトルで
たまには趣きを変え、
ちょっと私見を述べてみたいと思う。

講座名の後ろに「進入禁止編」という
副題があることに注意していただきたい。
結論を先にいってしまうと、大人の皆さんは
・・・既婚者の皆さんは、という意味だが、
こと恋愛に関しては、進入禁止の標識が見えたら
敢えてそれ以上進まない方がいい、
というのが私の持論である。
別に、倫理学や道徳論を振りかざすのではなく
現実を直視して、そう思うからである。
いや、それでも構わない、機会があったら
是非とも恋愛経験をしてみたい、という無謀な方は
このまま読み進んでいただきたい。
そうではなく、やはり大人になってからの恋愛は
慎むべきである、という良識派の方は・・・
そういう方も一応は読んでみていただきたい。
さらに決心を強めるためにも・・・である。

さて、告白するに、昼寝ネコは実に恋愛経験が多い。
実際の私をご存知の方も多いので、補足するが、
昼寝ネコの場合の恋愛というのは、実体験ではない。
なんのことはない。映画を観ては登場人物に成り代わり、
勝手なストーリーを頭の中で思いめぐらすだけなのだ。
小説しかり、オペラしかり・・・という、いわば
妄想恋愛に過ぎないのだが、これが結構疑似体験として
図々しく脳内消化してしまっている。

「カサ・ブランカ」だって、いつの間にか
ハンフリー・ボガードになりきって、
20年後に偶然、老人ホームで再会するシーンを想像する。
バーグマン:
「私たちのこと、もうすっかり昔の出来事になってしまったわね」
昼寝ネコ・ボガード:
「昨日のことなんて、ずいぶん昔のことで忘れてしまったけど、
君とのことは、どんなに昔のことでも、昨日のことのように
鮮やかに覚えているよ」
・・・ウゲゲ、なんて臭いセリフなんだろう。
しかし、脳内の妄想では、誰も咎めたりはしない。
いたって自由なものだ。

あらあら、まだ序論にも到達しないのに
こんなに字数をかけてしまった。
あまり長いと退屈されると思うので、
続きは次回ということで、お楽しみに。

ちなみに、「赤と黒」や「パルムの僧院」の作者、
スタンダールは、かなり熱烈な恋愛経験者だと
知人が評したが、同感だ。
恋愛は、その人間の感性と密接な関わりを持つものなので
その視点から、次回の講座を進めたいと思う。

本日はこれまで。
起立・・・礼。

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by hirune-neko | 2008-07-17 23:24 | 現実的なお話し | Comments(6)

またまた原稿が遅れて窮地に・・・

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(これもカトリ〜ヌ・笠井さん作の画で、最近はどういうわけか小さくて可愛らしいネコが続いている。実際にこんなネコがそばにいたら、気持ちも和むのだろうと思う)

仕事で依頼を受けた原稿が、手つかずのまま遅れている。
それよりも緊急度の高い仕事が次々と発生するのだから
自分としては仕方がないなと思っているのだが、
でも、待ちわびている人の気持ちを考えると
自責の念を否定することはできない。

もうひとつの理由は・・・
ちっとも理由になんてなっていないのだが、
夜、床につく時間を徐々に早くしていることが
挙げられると思っている。
従前は、終わるまで、あるいは「へばる」まで
コンピュータに向かっていたので、
当然のごとく明け方まで起きていて、
日の出とともに寝るという生活リズムになっていた。
睡眠は浅くなり、疲れがすっきりと抜けない。
集中力が欠けるので、仕事がさらに遅れる。
いらいらして気短になり、周囲の人間に迷惑をかけてしまう。
ここでまた自己嫌悪に陥り、人生が少しいやになる。

無理してもうひとつの理由を挙げると・・・
これこそ理由になんてなりっこないのだが、
私の体質は、四六時中、機械的に仕事だけをするのに
向いていないのだと自覚している。
全然創造的な要素がなく、ただひたすら事務的な
資料や文書を作るのは、非常に苦痛に思える。
そう感じるのだから仕方がないが、これはもう
理由というよりも、気ままなわがままだと自覚している。
だから、さらに自信喪失し、自己嫌悪が深まる。

私のような人間は、やはりこの社会では
存在価値や存在理由など与えられていないのだ、
とすら思えてくる。
「人間失格」とか「廃人」とかという言葉が
無意識のうちに頭の中を駆けめぐる。
そんなときに限って、母の言葉を思い出す。
口癖のように
「わたしより先に逝くなんていう親不孝だけは
絶対にしないでね・・・」
別に自殺願望があるわけではない。
でも、人間には残念ながら自分の死期を選べる自由がない。
だから、母にその種の希望を述べられても、
確信と自信を持って、
「はい、わかりましたよおっかさん。
オイラ、まだまだ死なないから、心配いらないよ」
などと、口が裂けてもいえない。
「そんなに心配なら、早く先に死になさいよ、アンタ」
などとは・・・確か一度そんな内容のことをいった記憶があるが
母は当然、冗談だと受け取り、嬉しそうにケタケタと笑った。
「アンタの心配事はそれだけなんだから、うらやましいよ」
というのが、私の本心である。
うぎゃっ!

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by hirune-neko | 2008-07-16 15:58 | Comments(6)

7月14日。今日はパリ祭・・・だそうです

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(これまた、カトリ〜ヌ・笠井さん作の画です。誰にだって、こんなに無邪気で無垢なときがあったのです。できれば、あまり大人びでしまいたくないのですが、でもこれからの時代は、警戒心なしでは生き抜くのが難しいでしょうね)

フランス・リヨンにお住まいのshi.shiさんが
日記で、パリ祭の起源について書いていらっしゃいます。

1789年はフランス革命が起きた年で、
ルイ16世とマリーアントワネットが
政治犯として、ギロチンにかけられましたが、
マリーアントワネットの処刑の日が、7月14日であり、
その日を記念して、今日ではパリ祭として
フランス国中、大騒ぎのようです。

フランス革命とパリ祭、そして私の間には、
切っても切れない思い出深い出来事・・・
なんて、なんにもありゃしません。

アズナブールの「ラ・ボエーム」と
プッチーニの「ラ・ボエーム」の両方に
心酔していましたので、モンマルトルの丘に建つという
白いサクレ・クール寺院を訪ねたときのことです。
丘の頂上から坂道を下りきった道は「クリシー」といって
ムーランジュールやいかがわしい店が建ち並び
まだ昼だったのに、いかがわしいお姉さん・・・
いや、おばさんたちも立ち並んでいて、
思い描いていたイメージが、見事に
塗りつぶされた気分でした。

それでもまた、パリには行ってみたいし、
リヨンにも行ってみたい。
できればドゥーヴィルにも行きたいし、
せっかくだからシェルブールの港にも行ってみたい。
でもね、飛行機でも道中が長くて、
年々海外に行くことが億劫に思うようになりました。
もっと近くでのんびりと・・・
タイ、ヴェトナム、シンガポール・・・
ええい、面倒だ、もう熱海でいいや。

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by hirune-neko | 2008-07-14 20:56 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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