昼寝ネコの雑記帳

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ときどき立ち止まるわたし・・・

ときどき、どういうわけか立ち止まってしまうことがあります。
来る日も来る日も、同じパターンの仕事に明け暮れるのは
普通は当たり前のことなのかもしれませんね。
生きるためには不平を言ってはいられません。
でもわたしは、その辺が少し社会的な適応力に欠けるのかも
しれないなと自覚しています。
出版に関わる仕事をしていますと、締め切りに追われて
朝方までコンピュータに向かうことなんてしょっちゅうです。
そういう意味でのつらさは一向に苦にならないんですが、
ただ忙しく、達成感もなく、視野がどんどん狭くなる・・・
そんなパターンになると、自動的に立ち止まって
ため息をつくような体質になってしまっているようです。

別に夢だけを追っているとか、霞を食べて生きているとか
そういうのではないんですね。
でも、どうも現実や世俗的な価値を、そのまま
すんなりと受け入れられないようになっているようです。
その是非はともかく、そんな体質だということ、それだけです。
ですから、世の中や人の生き方を見るのに
視点は少し違うかもしれません。そう思います。
そこで、それを自分の個性だと受け入れて
自分の世界から何かを発信すればいいのではないかと
そう思うようになりました。

今日、約3週間ぶりに北海道に戻りました。
千歳空港から札幌まで、雪がきれいに消えていました。
春の到来は、今年はずいぶん早いようです。
このまま穏やかな春に移行するといいですね。

仕事の方は、あとひとつの契約が序盤のダメ押し点になります。
こういう時って、案外苦しいものなんですね。
引っ越しもそうですが、最終段階で、ああもう終わりだな
そう思ってから荷物を全部出し終わるまでって、
結構長いものです。

またもぞもぞと、ブログも更新できるのではないかと
そう思っています。
冬眠から覚めるといいのですが。

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by hirune-neko | 2008-03-26 02:11 | 心の中のできごと | Comments(8)

Happy Birth-day hirune-neko

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(カトリ〜ヌ・笠井さん、手製のバースデー作品を有難うございました。でもこのネコ、どことなく私に似ていますが、やっぱり裕ちゃんには似てませんからね)

ウキキ・・・そういえばハッピー・バースデーでした

私にも戸籍上の誕生日があるんでした。
3月18日なんです。
母や義母に誕生日の挨拶をしても
この歳になるとちっとも嬉しくないといいます。
私も似たようなもので、果たしてこのまま
60歳の壁を越えられるのだろうか、と
年々気弱になってきています。

肉体的には年齢相応以上に老化してきており、
何年か前まで高体連のバスケの試合で
審判をして走り回っていたのが
今では歩くのも億劫で、周りから馬鹿にされ
ウォーキングも中断することが多いんです。

でも、気持ちだけはまだまだ元のままで
かような肉体と精神のギャップが
私の個性といいましょうか、
無自覚といいましょうか。
ときどき自己嫌悪になる要因でもあります。

さて、誰からお聞きになったか知りませんが
カトリ〜ヌ・笠井さんが、バースデーカードならぬ
バースデー・イラストを送ってくれました。
テーブルの上には、どうやらあんドーナツと
リングドーナツがいっぱい。
ワインか葡萄ジュースか分かりませんが、
ボトルのラベルを見ますと、なんと
「ラ・ボエーム(La Boheme)」と
書いてあるではありませんか。
こんなに手作りの、手間暇をかけて
心のこもった作品を、誕生日にいただけるなんて、
生きてて良かったと思っています。
あっ!別に生きているのがいやになったとか
そういう意味はではないんですよ。
・・・多少、そう感じることは年に何回かはありますが
でも、人間ならば誰だってありますよね。
でもね、人生とはうまくしたもので、
新たに時代小説の賞が創設されたんですよ。
無謀といわれようがなんといわれようが
一向に気になりませんので、
出来不出来と結果はともかくとして、
仕事の合間に、構想を練ったり
調査したり・・・それが楽しいんですよ。
賞金は200万円だそうです。
佳作でも、準佳作でもなんでもいいですから
多少はやった甲斐がある結果になると
そりゃもう嬉しいですけどね。
締め切りは今年の12月だそうで、
いよいよ永年温めてきた
迷える若武者・・・将棋に生き恋に生きと、
まるでトスカみたいな悲恋が
江戸時代を舞台に産声を
上げようとしているんです。
目下、舞台設定を江戸にしようか
それとも仙台にしようか迷っています。
下手に仙台を選ぶと、藤沢修平の
蝉しぐれをパクる気だなと
思われてもいけませんしね。
でも、仙台には仕事で何回か
お邪魔していますが、
なかなか落ち着いた保守的な街で
そこそこ歴史も長く、
個人的には気に入っています。
ただ、土地勘がないものですから、
少し不安ではあります。
まあ、気紛れにそのうちケロッと
忘れてしまうかもしれませんが
ここで公言してしまった方が
プレッシャーになって、かえって
いいかなと思っています。
大体の流れは、突然頭の中で展開して
ジーンと勝手に感動し、これだ!と
確信はしています。
筆力があるかどうかの試金石ですね。

ウキキ、賞金が入ったら皆さんに
morimotoのあんドーナツと
クリームドーナツをセットでプレゼントしますからね。

・朝日時代小説大賞 創設
 朝日新聞社出版本部が独立して、4月1日にスタートする株式会社朝日新聞出版は、会社設立を記念し、一般公募の文学賞「朝日時代小説大賞」を創設します。
 朝日新聞社は、大佛次郎、司馬遼太郎両氏をはじめ、これまで数多くの歴史・時代にかかわる名作を刊行してきました。
 「朝日時代小説大賞」は、従来の枠にとらわれない時代小説の書き手を発掘する賞として位置づけます。賞金は200万円。選考委員は、俳優の児玉清さん、文芸評論家の縄田一男さん、作家の山本一力さん(五十音順)です。
 各選考委員から応募者へのメッセージは、「週刊朝日別冊・小説トリッパー」08年春季号<3月15日発売予定>に掲載されます。
 プロアマを問わず、幅広い人材発掘をめざします。進取の気性に富んだ意欲的な作品をお寄せください。
<応募規定>
長編の時代小説。未発表の作品に限る。枚数は400字詰め原稿用紙300〜400枚以内。別紙に、400字換算での原稿枚数、作品の概要(800字以内)、筆名(本名)・住所・電話番号・年齢・経歴を明記。応募は郵送に限ります。
<締め切り>
08年12月31日(当日消印有効)。
<あて先>
〒104-8011 株式会社朝日新聞出版 朝日時代小説大賞事務局
入選作発表は「週刊朝日別冊・小説トリッパー」09年秋季号(9月発売予定)で。
受賞作は朝日新聞出版より刊行します。出版権および映像化権その他の権利は、朝日新聞出版に属します。

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by hirune-neko | 2008-03-14 16:41 | 創作への道 | Comments(10)

創作というか小説というか、文学というか・・・虚構というか

ノンフィクションではなく、いわゆるフィクションという領域で
何かしら作品を書こうとするときに、一体何のために書くのか、
さらに、書くことに何か意味があるのかを自問することがある。

私なんぞが書く文章は、それこそ妄想と紙一重であり、
まったく現実感を伴わない世界なのだが、
でもふと考えてみると、果たしてその現実世界とやらに
どれほどの価値を見いだせるのだろうか。
一枚の絵、アリア一曲、ピアノソナタ、彫刻、オブジェ・・・
現実主義の人は、「なんでも鑑定団」のように、
時価いくらかを算出し、その金額によって
価値を定めようというのだろうか。

あらゆるジャンルの作品は、それと対峙する人の心に
どれだけの影響を与えられるか、言い換えれば
その人の心に、どれほどの共感や共鳴を与えられるか、
あるいは引き出すことができるか、によって
価値が評価されるべきではないかと思っている。
それほどまでに、現代人の心は乾燥しかかっており、
代替性の高いお金や貴金属に関心が集中して、
芸術作品も、集客力、評価額、視聴率など
客観的な数値的評価に、価値の力点が置かれている。
それだけに、その乾いた心に潤いを与えるような
影響力をもつ作品の出現が期待されている、
というのが現代的特質なのではないだろうか。

あるモチーフが思い浮かび、
そのイメージに自分自身が感動を覚える・・・
そんな連続性を常に維持できるとは思えないが、
理想的な創作環境だろうと思う。
人間は誰でも、常に現在あるがままの自分と対峙する、
理想の自分を思い描き続け、
即自から対自への投機を怠らないときに
人間らしさを維持できるのではないだろうか。
作者が作品に込める思いは、おそらくは
あくなき理想の希求のメッセージであり、
芸術家の魂にこそ、その源があるのだと思う。

今日は、そういう感性をもつ女性二人を昼食に招待し、
あれこれ歓談することができた。
営業の商談とは違い、心許せる至福のひとときだった。

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by hirune-neko | 2008-03-11 19:24 | 創作への道 | Comments(8)

ささやかな楽しみ・・・心和む瞬間

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人生、いやなことばかりでもない。
小皿何枚かに盛られたおかずを食べる。
食べ終わってみると、そこには
昼寝をしているネコの絵柄が現れる・・・。
そう、ここ数日はネコ皿で食事することが
習慣化しつつある。

もともとは、マイミクのWさんが
ブログで、このネコ皿を紹介していたのだが
あまりに可愛く思い、褒めちぎってうらやんだ。
するとなんということだろう。
生協でまた販売していたので、
わざわざ購入して送ってくれるというではないか。
いやあ、こんなズタズタの私に
ご親切を施してくださるなんて、
世の中、捨てたものではない。
奇特な方がいらっしゃるものだ。
おかずを食べ終わったら、そこに
忽然と現れる昼寝ネコの姿・・・
いやあ、いいもんですよ。
Wさんには何のお礼もできずに
とても心苦しいのだが、いずれ
出世払いで謝意を示そうと思っている。

今朝、遅い時間に起きて布団をめくったら
丸くなってシロがいた。
いつのまにか付き添って寝ていたようだ。
やはり私は、ネコ好きな方々と
ネコ自身に癒されているようであり、
ネコが犬より薄情だという前言を
正式に撤回したいと思っている。

Wさん、そしてWさんを紹介してくれた
同じくマイミクのPさん、
心和むひとときを与えてくださり
有難うございます。

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by hirune-neko | 2008-03-08 23:00 | Comments(4)

存在の証明・・・やっぱりネコは犬より薄情だった

昨夜、久しぶりに(二ヶ月ちょっと)帰宅した。
不在中に、時折シロとの再会シーンを想像した。
夜遅く帰宅したとき、どこからともなく
闇の中から小走りに「ニャーア」といいながら
やってきて、足に絡みつく。
まるで忠犬のように可愛いところがあった。
幾度もあった。
だから、久しぶりに再会したら、
「ニャーア」どころではなく、「ギャーア」と
歓喜の鳴き声で抱擁してくれるものと期待した。
ところがである・・・
夜だったので、シロは義母の布団の上にいた。
義母に挨拶をしたら、ここ数日背中が痛いという。
ああ、その話は明日また詳しく聞くね、といって
シロに顔を近づけた。
げっ!なんだこいつ。全然無視してる。
抱き上げて、我々だけの挨拶をしたのに・・・
つまり、お互いに鼻の頭をくっつけ合うのだが、
まったく無反応だった。
ああ、私はこの十数年、いったい何のために
かわいがってきたのだろう・・・
人生が一気に空しくなる瞬間だった。

札幌の隣家ではゴールデンレトリバーを飼っている。
最初に警戒された後は、外で会っても
名前を呼んだら、飼い主を離れてこちらに駆けてきて
身体をすり寄せる。おお、動物好きの人間を
ちゃんと識別できるんだな、こいつは。
でも、飼い主はちょっと不機嫌だ。
「なでてくれる人なら、誰にでもなつくんですよ」だって。
シロよ見よ!
ヤクザ者だって、一宿一飯の恩義というではないか。
この利口なワン公は、たった一度の挨拶で
すっかり忠犬ぶりを発揮しているのに、
それに引き替え、おまえと来たら
十数年、べったりとかわいがってやったのに、
たった数十日離れていたからといって、
「あんた誰?鬱陶しいな」
という態度だったではないか。
すっかりネコ不信になってしまったではないか。

でもね、朝起きてみたら、決して上がってこなくなったらしい
二階の寝室にちょこんと来てくれていたんだよね。
ちっとも知らなかったけど、
きっと夕べは照れくさかったんだろうね。
よしよし・・・お馬鹿な飼い主でした。

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by hirune-neko | 2008-03-07 00:41 | Comments(10)

昼寝ネコ印のほかほか「焼きたてこしあんぱん」

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   (この画も、カトリ〜ヌ・笠井さんの作品です)

ときどき顔を合わせる女性がいて、初めて挨拶をした。いつも身だしなみがきちんとした方で、お名前はSさん。
「ご本を読みました」
 へっ?ああ、「昼寝ネコの雑記帳」を読んでくれたんだ。
「ああ、そうなんですか。有難うございます」
「今度、あんぱんを作ってあげますよ」
 げっ!甘党なことがバレバレだ。
「え〜っ!?本当ですか、有難うございます。じゃあ、こしあんにしてくださいね」
 その女性は、ちょっと微笑み、そのまま別れた。野幌に住む叔母も、いつの間にか本を読んでくれており、来るたびに地元の・・・確か樹里庵とかいう洋菓子屋さんの、まんまるドーナツを買ってきてくれる。もちろんこしあんだ。なかなか美味だ。

 それから十日ほど経っただろうか。今日の昼過ぎに玄関の呼び鈴が鳴った。母が応対し、何やら話し声がするものの会話の内容はさっぱり聞き取れない。
 やがて、紙袋を下げて母が戻ってきた。
「はい、これ」
「?・・・何それ?」
「作って届けてくれたの。Sさんだよ」
 へえ・・・もしかしてあんぱん?早速袋を開けてみたら、焼きたてを持ってきてくれたらしく、湯気で曇ったビニールの袋に子狸のお腹のように、ぽこりんと形のいいぱんが何個か入っている。
「ああ、こしあんだよ、これ」
「どうして分かるの、そんなこと」
「だって、あんぱんを作ってくれるというので、こしあんでお願いしたんだよ」
「人様に作ってもらうのに、あんこを指定したの?お前は本当に図々しい」
 ヘソを中心線に、半分に割ってみた。やはり、こしあんだった。形よし、切断面よし。ひとくち食べてみた。ん〜、甘さほどよし。こうなると「美味しい」というよりも「幸せ」という方が適切な感想になる。これは素人の作ではない。相当、料理か菓子作りの心得と経験がある方に違いない。
 そういえばmorimotoのクリームドーナツは、今でもわざわざ買いに行って食べたいと思う逸品なのだが、このSさんのあんぱんは、もちろん作りたてという要因もあるが、ちゃんとしたパン屋さんのあんぱんより、ずっと上出来だ。もし私が、ミシュラン「あんぱん版」の隠れ審査員だったら、ためらうことなく三つ星を進呈するだろう。

 そういえば二週間ほど前、駐車場に到着し車を降りたとき、すぐ隣にSさんがいらっしゃり、「いい音楽ですね」といわれた。車の窓は閉め切っていたのだが、聞こえたらしい。いつもはジャズしか聴かないのだが、日曜日ということもあり「オペラ・アリア集」を聴いていた。ボエームの「私の名はミミ」だったと思う。Sさんにオペラの趣味があるかどうかは聞き損なったが、感性の良さを感じさせる一瞬だった。料理にも感性が不可欠なのだと、改めて思っている。

 ただし食べる側の感性については、不問にしてほしい。

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by hirune-neko | 2008-03-05 22:29 | Comments(14)

函館日吉町・下宿屋繁盛記(その4)

 下宿屋の朝は早い。二階の看護師さんは朝六時過ぎには家を出ているという。午後から仕事が始まる私など、いつも罪悪感を覚えてしまう。

 広めの台所に四人掛けのテーブルがあり、女主人が食事の用意をしてくれている。感心なことに毎回違う手料理が並ぶのだが、函館らしく海産物が多い。ケントさん「ごじる」食べられますか?と聞かれて、遠慮深い私は、それがなんなのか分からずに「はい、いただきます」といってしまった。「ごじる」とは「ごっこの汁」、つまり魚を煮たスープ状のもので、アンコウに似たコラーゲンが豊富な魚に、たっぷりの野菜が加わる。
 この下宿屋は、女主人のポリシーなのか、いたってオープンであり、まるで数十年来の親戚づきあいのように警戒心を持たずに接してくれる。キャシーがいっていたように、食事代・光熱費込みの下宿代はただ同然であり、財政事情が厳しいときは払わなくていいといわれた。こんなに国際親善に貢献している人も存在するんだ、と感心し感銘を受けた。
 居間には大きな木製の書棚があり、心理学や哲学に関する女主人の蔵書が並んでいる。ソファは十分に大きく、昼寝するには理想的な環境なのだが、まさか下宿人の私が昼間から居間でごろごろするわけにもいくまい

 土曜の午後、初めて二階の看護師さんを紹介された。
「アイ・アムQ子、ハウ・ドゥ・ユ・ドゥ」
「Q子さんですね。ケントと申します、よろしくお願いします」
「あら、日本語上手なんだね」
「はい。母が日本人で、ほとんど日本に住んでいますので、日本語の方が母国語の感じなんですよ」
 彼女は市内の大きな病院で婦長さんをしているという。「腹切り外科」だそうだ。アスリート体系で、無駄な脂肪が全然ない、エネルギッシュな感じの女性だ。話し出すと、なかなか止まりそうもない。
「それでね、市長さんが入院すると、いつも私が担当させられるんだけど、私は特別扱いするのが嫌いだから、最初にそういうのさ。『私が担当させていただきますが、市長さんとは呼びません。お名前でお呼びします。朝の採血も特別扱いせず、ほかの患者さんと同じように協力していただきます』っていったら、代々の市長さんたち、みんなびっくりするんだよ」
 夜帰宅して部屋に引き上げる前に、何度か彼女と言葉を交わすことがあった。医療事情に詳しくはないが、どうやら専門医を育成してきた制度にひずみが出ているらしく、患者の全身状態を診ることのできる医者が少なくなっているようで、患者を気遣う彼女にとってはひどく不満が募るらしい。会うたびに、いつも医者とぶつかったとか、文句をいってやったとか機関銃のように言葉を発する。えらい馬力なので、医者の方がおろおろしている情景が目に浮かぶ。彼女が病院内を飛び回る様がイメージできる。彼女が廊下を歩いていると、医者は風圧に負けてよけているのではないだろうか。私はじきに彼女のニックネームを「風速二十メートルの女」と決めていた。
 でも、もし私が何かで入院する必要ができたら、彼女に担当してもらいたいなと思っている。てきぱきし、裏表がなく、気持ちのいい婦長さんだもの。

 見ていると、女主人と婦長さんは、まるで本当の姉妹のように遠慮することなくストレートな会話をしている。何ヶ月かしたら、私も話の輪に加わり、思ったことをそのまま話せるようになっているのだろうか。ずいぶん風通しのいい下宿だ。ハッキリものいいのキャシーが懐かしがっていた理由を、今になって理解することができた。
 
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by hirune-neko | 2008-03-03 22:36 | 創作への道 | Comments(2)

時間と体力と気力と予算があったら、こんなことをしたいんです

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(またまた画はカトリ〜ヌ・笠井さんの作品です。お世話になります)

 必須条件はあといくつかあります。血圧と血糖値が安定し、頻脈傾向も改善し、睡眠障害もなく、歩くのも億劫ではなく、自閉傾向も改善してあんドーナツやクリームドーナツを見ても、さして関心を向けなくなったら・・・ということはいつになるやら、なんですけどね。

 まず、アルゼンチンはどうしても行ってみたいんです。思い違いでなければ、ブエノス・アイレスは「リトル・マドリード」とかいわれて、スペイン統治時代の面影が残っているそうなんです。ちょっと記憶が怪しいんですけど・・・。
 で、ピアソラの作った曲を何十曲か聴きました。それと、youtubeでですが、アルゼンチンタンゴのダンスを何組か観てみました。「ブエノス・アイレスの夜」という映画で、街並みの雰囲気をちょっと見ることもできました。ミュージカル「エビータ」も舞台がアルゼンチンでしたよね、確か。
 知り合いの外科医が、一週間かそこらの強行軍でブエノス・アイレスを往復し、しかも現地でタンゴダンスの先生にレッスンを受けたというお話を聞き、写真も見せてもらいました。難点は、アメリカ経由で日本から三十時間以上かかるという点なんです。
 歴史も政治史も、なんの予備知識もなく、ただ行ってみたいという気持ちだけが先行しています。
 一番の興味は、ピアソラのタンゴに合わせて、ダンスクラブではどんな雰囲気で踊っているのか。そこで、どんな人物像が浮かび上がってくるのか・・・。そんな程度の単純なことなんです。
 同様に、行って滞在してみたいのは、東ヨーロッパ、北欧、ヴェトナム、ロシア・シベリア・・・ちょっと放浪癖があるのかもしれません。でも、メディアを通して見るのではなく、自分の目で見て耳で聞き、空気を吸い、話し声や喧噪を実際に味わいたいんです。これはもうある種の病気なんでしょうね。だって、できれば江戸時代にタイムスリップして、江戸の街を歩いてみたい・・・これも真剣な欲求なんです。
 結局、今の時代の世俗的な地位や名誉や財産に、あまり魅力を感じていないせいもあるかもしれません。半世紀以上生きてきて・・・それも大急ぎで消去法の生き方をしてきて・・・だからこそ、自分自身の嗅覚を信頼して何かそこにありそうな気がして・・・何もなかったとしても、それはそれで確信を持って、自分の人生の終わり場所を見つけられるような気がしています。
 人生はいつか終わるに決まっているのに、無自覚に生きている。そんな自分自身にとっくに呆れていますが、これはもうある種の「居直りの哲学」なんです。体系なんて何もありません。学生時代に読んで感銘を受けたサルトルの「実存主義」やカミュの「不条理哲学」は、感覚でしか捉え切れていないのだと思いますが、今でもしっかりと自分の中心に根を下ろしていることを、ときどき自覚しています。

 ああ、とうとうこんな時間になってしまった。相変わらず、時間の使い方が子どもじみていて恥ずかしい。

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by hirune-neko | 2008-03-03 02:58 | 創作への道 | Comments(4)

昼寝ネコは見た! んぐぐ・・・見てはいけないものを見てしまった

 母は昔から朝日新聞を購読している。最近は「アカヒ新聞」や「アサヒる」、そして「朝日(ちょうにち)新聞」などと揶揄され、中国の新聞と長年の協定関係にあるなど、何かと批判にさらされているようだ。販売員の方が営業に来たときも、「部数が激減しているんです」と泣き言を言っていた。

 さて、その朝日新聞の朝刊第一面を眺めていたら、以下の案内が目に飛び込んできた。
【朝日時代小説大賞 創設】・・・なんでも、出版本部が独立して法人化するのを記念しての創設らしい。おお、賞金は200万円か。毎日morimotoのクリームドーナツとあんドーナツを一個ずつ食べるとして、何十年食べられるのかなと、一瞬考えてしまい、口中に唾液が拡がるのを感じる。
 審査員は児玉清志か・・・アップダウンがありそうだ。他に山本一力・・・作品を一冊だけしか読んでいないなあ。
 別ページの【応募要項】にも目を通してみた。【プロアマを問わず、幅広い人材発掘をめざします】とある。うん、なかなかいい心掛けだ。はて、出版権はまだしも、【映像化権その他の権利は、朝日新聞出版に属します】ん〜、これはひっかかるなあ・・・などど、もうすでに受賞したような気になって、戯言を言ってみる。

 かなり前から、時代小説を手がけてみたいという考えがある。神田の古書店で買った江戸古地図はほこりを被ったままだし、江戸に関する文庫本も十冊近く買ってあるが、まだ目を通していない。だが、構想だけは独り歩きしており、すでに主要な登場人物が脳内に居住している。これは実に困ったことで、夜、床につくと脳内で物語が勝手にyoutubeのように映像を伴って展開し、なかなか寝つけないことがある。もちろん、昼寝ネコのご先祖様も登場させたい。
 でもこれは、結構密かな楽しみで、思い浮かんだストーリーを文章にするだけで、ドーナツ購入の軍資金をもらえるなら、こんなに嬉しいことはない。・・・まあ、それほど甘くはないことは百も承知しているのだが。いや、甘くないというのはドーナツではなく、受賞の話しである。でも、可能性は何パーセントかはあると思いこんでいる。この思いこみがなければ、人生の荒波をくぐっていくのも容易ではないと思っている。乞うご期待、と言いたいところだが、そのうちケロッと忘れているのではないだろうか。

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by hirune-neko | 2008-03-02 00:09 | 創作への道 | Comments(6)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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