昼寝ネコの雑記帳

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しばらく実務的思考パターンでした

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人の心は・・・普通の人であれば・・・ある所と別の所の間を揺れ動くものです。固い決心をしたり誓ったりしても、ひと晩寝ればその固さも半減。もうひと晩を過ごせば、さらに半減。人間っていうのは、そんな生き物なのだと割り切ってしまえば気も楽なのですが、不幸なことに決めたことを維持できない自分が許せず、自分を責め続ける人がいます。自分を責めるのならまだかわいいものですが、人を許せず、恨み・憎み続ける人は本当に不幸な性格だと思います。

さて、カトリ〜ヌ・笠井さんと私は、画の内容についてはなんの打ち合わせもしていません。お互いにテレパシーで交信しているかのごとく、できあがった画を見て初めてなんのシーンだったかを「思い出す」のです。今日の画はいつのどのシーンだったけか?

そうそう、そうでした。私が睡眠障害で昼寝を試みても眠りが浅く、日常生活に支障が出てきたとき、ネズミのジョセフィーヌが耳元でなにやら囁くんです。ん?なんだって?頭が半分寝ぼけていますので、理論的な思考回路になっていないわけです。まあ思い出すに、ちゃんと寝なきゃだめよ、だったか、そんなに寝てばかりいたらだめよ、のいずれかだったと思います。正反対のことのように聞こえますが、要するに私の健康を思いやっての言葉なので、私にとっては耳あたりのいい、子守歌のようなものなんです。

さて、ここに好きな音楽と映画と本があるとします。神経が疲れているときには、並べた順番に楽に鑑賞できるものです。このところ、睡眠がひどく少なく、車が頻繁に行き交う道路を平気で横切ったことが何度もあります。サルも木から落ちる、といいますが、ネコも車にひかれるというぐらい、普通はネコは車になんかひかれません。サササっと横切ってしまいますから。いやいや、そんな話しはどうでもいいんです。くたびれきった私は、一昨日の夜、ジャック・ニコルソンの「恋愛小説家」をDVDで観始めました。30分でダウンしました。うん、でもなかなか秀作ですね。退院してきた飼い主にそっぽを向くのが犬だから、あの映画は面白いんですよ。あんなのネコだったら当たり前のことですから。

で、昨夜はyoutubeでピアソラの曲を聴き始めました。ついに見つけました。男性ギタリストのPeo Kindgrenのソロで、 Milonga del Angel(天使のミロンガ・・・だったと思います)次々と聴いたらバッハの曲やシンドラーのリストまでレパートリーにあるんですね。デリケートで、音楽性溢れる技術のしっかりしたいい演奏でした。良き演奏や良き作品と出会うというのは、本当に幸せなことです。

で、今夜は本を少し・・・といっても2時間近く読みました。人間の心や生き方に関する本です。なんとか途中で眠らずに終えることができました。で、ふとある言葉を思い出しました。正確な表現は憶えていませんが、「その人の心のあるところに、その人の財産がある・・・」、こんな内容だったように思います。

もし私が、いつもあんドーナツやたぬき饅頭のことを考えていたら、私の人生は甘いお菓子に満ちてしまう・・・それも悪くないけど健康には悪いでしょうね。お金、億ション、高級車、別荘、株、宝石、貴金属に執着する人の周りには、おそらく同類の人たちが群がり、心の平安や充足を求める人の周りには、やはり同類の人たちが集まってくる・・・それはやはりそうでしょうね。

あんドーナツも好きだし、億ションや高級車は快適でいいだろうなと思いますが、どれを最優先するかと問われれば、やはり迷わず「心の平安と充足」です。そして、そんな「心」に不可欠なのが、良き音楽、映画、本そして絵画や様々な舞台作品だと思います。私はそんな人種であり、おそらくは国籍がどこに属していても、同じ感性を有する同じ人種との絆を大事に考えるだろうと思います。今月56歳になりました。年齢相応以上に身体が老化しつつあります。視力も筋力も何もかも。でも、「恋愛小説家」のジャック・ニコルソンほどは偏屈ではないと自負しています。いくらなんでもレストランにプラスチックのフォークとナイフは持っていきませんよ。
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by hirune-neko | 2007-03-31 01:59 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)

客の来ない店

ある地方都市へ出張が決まった。何年ぶりだろうか。もし余裕があったら、かつて訪れたことがあるシャンソニエに行ってみようと思った。インターネットで調べたら、1店しか営業していいない。場所も違う。移転したのだろうか。

たまたま時間に余裕ができたので、電話して様子をきき、行ってみた。地図を片手にやっと見つけた。少し古めのビルの2階にある、その店のドアをそっと開けた。ん?なんだかちょっと様子がおかしいぞ。へっ?客が誰もいないではないか。もぬけの殻だった。

ん〜・・・。引き返すわけにも行かず、覚悟を決めて席に座る。ステージが始まるまで、経営者とおぼしき女性と、その方よりはずっと若い女性が向かい側に座った。会話をするしかない。

かつて4軒あったシャンソニエも、今ではこの店だけになってしまったそうだ。しかも来客ゼロ状態。どうしたのだろうか?それはこちらが聞きたい。ひとしきり、シャンソンについて語り合った。さすがにいろいろ詳しい。アズナブールは60本もの映画に出演しているという。トリュフォーの「ピアニストを撃て」しか知らなかった私は、さすがシャンソンの世界の方々だと、妙に感心した。

アズナブールが好きなことを告げたら、リクエストしていいと言われたので、ラ・ボエームをお願いした。続けて、アズナブールが作った「盲目の方が主人公の歌」を歌ってくれた。先日、戸川昌子さんが歌ったものだ。この方は、アズナブールの来日公演にわざわざ東京まで聴きに行ったそうだ。アズナブールの歌は、失恋とか恋の苦しみとか、愛の辛さとかがよく似合うと思う。同時に、80歳にもなって愛だ恋だと真面目に歌えること自体、超人的だと改めて思った。私は、足しても掛けても、恋なんていうサウンドがまったく自分の中で響かない。まったくゼロではないのだろうが、極めて薄口醤油であり、アルコール分0.03%のゲステルみたいな感じだ。その方が血圧にもいいのだろう。逆に、とても人間的な交わりには情熱を感じる。生き方や感じ方が近い方々には、同じ人種としての親近感を持てる。唯一、信頼に足るキーワードかもしれない。実際に国籍がどこの国であれ、自分と同じ人種は受け入れ、大事にしている、と思っている。

人を見る目はないかもしれないが、かぎ分ける嗅覚はちゃんと持ち合わせているようだ。同じ人種の匂いは分かるなぁ。いくら香水で誤魔化しても、やっぱり分かるなぁ。でないと、とんでもないトラブルになってしまうもの。・・・ん〜、なにかちょっとほろ苦い思ひ出が、チロチロと小出しに甦ってくる。もう、記憶の彼方だが。そうそう、悲しい酒や苦い酒もあったのだ。今は、苦い薬のお世話にならなくて済むよう、せいぜい老人らしく養生しなくては・・・。

で、結局、そのシャンソニエの女性経営者を励まし、握手をし、仕事の縁があって再訪するときは、また寄ると伝えて別れを告げた。私にできる精一杯の激励だった。お互いに、おそらく共有しているであろう「帰り来ぬ青春」の思いを胸に。風の冷たい夜だった。
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by hirune-neko | 2007-03-16 01:17 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

悲しい酒

先ほど、電話の受話器を取った。いきなり女性の声で「ごめんね、遅くなって」・・・ん?一瞬間違い電話かと思い、丁寧に名乗ると、急に声の調子が改まった。で、先方も姓を名乗る。おお、息子のガールフレンドではないか。「ああ、いつも息子が大変お世話になっています」というと、かなりマズったなという気恥ずかしげなトーンに変わる。ああ、かわいそうなことをしたなと思いつつ、勝手に勘違いする方が悪いんだから、仕方がないだろうと割り切る。

昨日、仕事の用事で知人宅を訪ねた。自宅の2階に通され、入ると本棚にぎっしりの蔵書。知人は30年以上、仏教系の宗教団体が発行する新聞の販売店をしていた。従って、蔵書も仏教系の教義の本や、その解釈本などなど。で、興味があったので仕事の話の前に、教義の基本的な内容を質問すると、真摯に説明してくれた。お茶とお茶菓子を持ってきた奥様も、それは熱心に仏法の素晴らしさを説く。結局、宗教に関する話を1時間近くもしただろうか。おかげで普段耳慣れない、日蓮上人の教えの、ほんの入り口を知ることができた。

さて、話は飛ぶが、例のyoutubeで「美空ひばり 悲しい酒」と、複合検索すると、おお出た出た。ちゃんと日本語のタイトルで出てくるのだ。で、敬愛する美空ひばりさんが、涙を流しながら「悲しい酒」を歌う。私は酒を呑まないのだが、この歌を聴いていると、実に日本的な、いや色街の女性の性というものを感じる。色街などという表現を使ったが、実際の色街がどこのどういう所かは知らない。知らないが、酒と、男と、恋と愛に生きる夜の女・・・と短絡していいものかどうか分からないが、そんな世界の情景が非常に分かりやすく伝わってくる。
海外からオペラ関係の人が来日し、たまたま美空ひばりの歌を聴いて、いたく感動したという。いわゆる「歌心」を感じたのではないかと思う。

そうそう、学生の頃、「悲しい酒」を呑んだことが一度ある。青年から大人への過渡期にはよくある話で、委細には触れないが、そんなこともあった。今の自分が当時の自分を見たら、あまりにも滑稽で自嘲すると思うが、青春とはそんな具合に自分を客観的に見られない、そんな時期なのだと思う。誰しもが麻疹のように経験し、患う一過性の病なのだろう。

今日は、画像なしで失礼する。じっくり、「悲しい酒」でもお聴きいただきたい。
http://www.youtube.com/results?search_query=美空ひばり 悲しい酒&search=Search
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by hirune-neko | 2007-03-10 00:23 | 心の中のできごと | Comments(6)

やっぱりピアソラ

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ピアソラはフランスで作曲を学んだと聞いている。自分の曲を聴いた先生から。「Where are you?」と言われ、すっかり悩んでしまったらしい。いわゆるヨーロッパの古典的な曲想を真似たものだったのではないだろうか。ピアソラの個性が表現されていなかったということなのだろう。悩んだ末、アルゼンチン・タンゴに活路を求めて作曲したところ、評価を得て、今日のピアソラの原型となったらしい。
「アディオス・ノニーノ」が好きな一曲なのだが、これは多分ピアソラ自身の演奏なのだろう。是非とも画像付きで聴いていただきたい。バンドネオンとのアンサンブルだ。
Astor Piazzolla - Adios Nonino
http://www.youtube.com/watch?v=QCmP4bEJfOg

これもまた「アディオス・ノニーノ」だが、Ana Inés Zeballosという女性ギタリストのソロ演奏だ。同じ曲だが、それぞれ味わい深い。
Ana Inés Zeballos plays Piazzolla Adiós Nonino
http://www.youtube.com/watch?v=aZWFmeZGO-A

昼寝ネコは、最近睡眠障害のようで、突然ひどい睡魔に襲われて意識不明のように寝入ってしまう。カトリ〜ヌ笠井さんが、その様子を画にしてくれた。
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by hirune-neko | 2007-03-05 22:30 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(6)

Astor Piazzolla〜ピアソラのタンゴ

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ピアソラの音楽に圧倒される昼寝ネコの自画像だ。カトリ〜ヌ・笠井さん、いつもありがとうございます。

youtubeというチャネルが、googleによって運営されているというのは、最近分かったことだ。以前から「南京大虐殺」の真偽に関する議論がかまびすしかったが、あるサイトでyoutubeに収録されている「nangking」(つづりはちょっと怪しいが)を観れば、疑問が氷解するという書き込みを見て、実際に何本かの映像を目にした。なるほど、歴史というのはこんな具合に歪曲されるのか、とも思った。

さて、ふと思い立って「Astor Piazzolla」の名で検索してみた。あるある。何百もの演奏が画像付きで観ることができる。ピアソラの曲は、ヨー・ヨー・マのチェロ演奏から、ギター、ヴァイオリン、フルートそしてバンドネオンと幅広い楽器で演奏されている。リベル・タンゴはとても有名になったが、アディオス・ノニーノやブエノス・アイエスの春夏秋冬など、次々と演奏される。

私の身体にはアルゼンチンの血は流れていないはずだが、心の奥深いところが共鳴して揺れる。ブエノス・アイレスが私を呼んでいるとさえ感じる。宿命的に、いつかきっとブエノス・アイレスの土を踏むことになるのではないかとすら思える。フラメンコ音楽よりも絶望が深く、苦しみも濃い。

音楽はメッセージだと、改めて感じる。そのプロトコルは感性。言葉のない分、純粋に感性によってメッセージは理解される。
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by hirune-neko | 2007-03-04 01:27 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)

ウキキキ、ドーナツだらけぢゃ

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あのね、これが何か分かるかな?
中野島のオクダ・ベーカリーって、ドーナツが何種類もあるんですよ。
最近発見したのは、シナモン・ドーナツなんです。リング・ドーナツ。
普通のリング・ドーナツもあるんです。
あとですね、白ごまが表面にまぶしてあるのもあるんですよ。
もちろんあんドーナツは、こしあんとつぶあんがあります。
「相好を崩す」という表現がありますが、顔中幸福感でいっぱい。
幸せがお金で買えるというのを知ったのは、つい最近のことです。
1個、100円も出してパクリ。おお、幸せはドーナツ色ぢゃ。
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by hirune-neko | 2007-03-03 22:48 | Comments(4)

分業、そして協業

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仕事をしている人は、誰もがそうだと思う。毎日消化不良で残ってしまったことが、頭のひだにこびりつき、徐々に蓄積する。何も考えたくなかったり、人と話をしたくなかったりの状態になる。でも、そんな贅沢ができるわけがない。

今日・・・いや昨夜、昼寝ネコの新しい画が、カトリ〜ヌ笠井さんから届いた。8カットも描いてくれた。一体、どれぐらいの時間がかかったのだろうか。こうして独りでパソコンに向かっていると、自分だけが大変な思いをしていると思いこみがちだが、実際には何人かの方たちが、出版に向けて地道な努力で支えてくれている。有難いことだ。

いい作品を創出するには、いいチームメートが必要だと思う。その点、自分で言うのもどうかと思うが、私は、いい感性の仲間に恵まれていると思っている。言葉を交わしても、ちゃんと言わんとする感じが伝わり、同じイメージを共有できる。大事な基本要件だと思う。

今日の画は、「おいら、昼寝ネコだぞい」という章のためのものだ。日ごとに昼寝ネコの人格が生命を得てふくらんできているような気がする。私の手を離れて、独立した人格・・・ではなかった「ネコ格」となり、自由に言葉を発するようになって欲しい。そうすれば、私は単に口述筆記人の役割を引き受ければいいのだから。
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by hirune-neko | 2007-03-02 01:12 | 創作への道 | Comments(4)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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