昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:創作への道( 264 )

昼寝ネコの箴言 本編第1章 〜旧約テイスト

Astor Piazzolla - Viaje de Bodas

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 地が騒然とする直前に忽然と現れる、この箴言を目にする者は幸いである。世の中が数々の噂や虚言に満ち溢れ、真理が覆い隠されるとき、多くの人々は偽りの預言者とその陰謀によって、闇の深みに導かれる。闇の中には光がなく、従って希望も存在しない。それまで所有していた豊富な金銀財宝は朽ち果てて、瞬時に蛆(うじ)の住処となる。声をかけても応える人がなく、勝ち誇り蔑む笑い声のみが、闇の中に響き渡っている。

 その日、世界の耳目が東の果ての小国に注がれる。その国の王は金箔を身に纏ったまま、世界の国々に対して高らかに恫喝の雄叫びを上げる。国民は飢えに苦しみ、餓死の恐怖とともに絶望の淵に沈む。勇ましいはずの兵士の腹は寄生虫の住処となり、士気が失せる。圧政と暴虐に満ちた小国は、やがて数奇な運命を辿る。

 世界平和のためと称して、ともに敵対する大国の王たちは一堂に会する。大胆な東の国の王、狡猾な南の国の王、そして深謀遠慮に富む北の国の王それぞれは、自国の砦とするために小国を影響下に治めようと策をめぐらす。密偵が蠢き、それぞれの王は主導権を握るための策謀を命じる。

 小国とは大海を挟んで対峙する黄金の国では、国王が中心となり心ある国民の多くが一丸となって、国内外の敵対勢力を削ぎ落とすために知恵を絞る。善と正義に満ちた神聖な力は国全体に及び、国を滅ぼそうと企てていた悪人たちは、国を追われて行き場を失う。

 知恵ある者は耳を澄まし、地の底から響く勧告に耳を傾けるべきである。善良な者は目を開き、天から降ってくる古代の預言者たちの言葉に目を留めるべきである。ああ、地が荒廃しようとするそのときに、人は何に頼れるだろうか。金銀財宝だろうか、地位や過去の名声だろうか。動乱の国土を彷徨い、行き場を失った荒廃の地で、ひと抱えの純金を持っていたとしても、それが一体なんの役に立つだろうか。過去の誉れや地位が、一体何の役に立つだろうか。

 知恵ある者、善良な者は自らの心に尋ねるべきである。混乱する時代が到来する前に、人間にとって真に価値あるものは何か、という問いに対する答えを、自らの心に問うてみるべきである。人間は生まれる前、即ち霊として存在していた前世で、すでにその真理を心深くに刻まれていたのだから。

 長い忘却と苦難の道を経て、大地が終焉の渦に呑み込まれる前のこの時期にこそ、改めて耳を澄まし目を開いて、自己との神聖な対話を重ねるべき時が満ちている。長い旅路の果てに、還るべき本来の場所がどこにあるのかを見つけること、それが人生の崇高な目的であると確信できれば、たとえ地に暴虐が満ち、荒廃しようとも、人の心には決して損なわれることのない、平安と安息が満ちるのである。

(創作メモ)
 ちょっぴり旧約時代の、見習い預言者になったつもりで書いてみた。実際に、イザヤやエレミヤなど旧約時代の預言者の記述を読むと、明らかに現代の我々に対して告げる内容になっている。そこで日頃から、国家のインテリジェンス、個人のインテリジェンスに加え、神学的インテリジェンスの必要性を感じている次第だ。ファミリー・インテリジェンスという概念は、世界中で誰も視野に入れていないようだ。ましてや、神学的インテリジェンスだなんて公言しようものなら、変人扱いされることは間違いないだろう。しかし、そのようなことは一向に気にしない性格なので、我が道を行く、である、改めて、ピアソラの曲想の根幹にある独自性、特異性、妥協を許さない心意気・・・そのような部分に共感を持っているのだろうと思っている。


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by hirune-neko | 2017-11-23 00:01 | 創作への道 | Comments(0)

知人が佐渡名産の"おけさ柿"を送ってくれた


佐渡島

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 最近は時節柄、リンゴと柿を常食している。今日、知人から佐渡名産の”おけさ柿”が送られてきた。普段食している柿は、カリッとした固さで甘みも薄い。”おけさ柿”はなめらかで、自然の甘みがほどよく濃く深い感じだ。口の中に入れると至福の瞬間である。柿を食べるのは一瞬だが、丹精込めて栽培している柿農園の方は、収穫時期までの長い間、柿の実をずっと見守ってきたことになる。改めてよく味わっていただいている。

 何かで読んだ記憶があるが、北海道、本州、四国、九州を除くと佐渡島が一番大きい島だそうだ。学生の頃、米原で乗り換えて福井県までは何度か行ったことがある。東尋坊にも行ったはずだ。去年は、北陸新幹線を利用し、初めて三男家族が住む富山に行った。石川県にはまだ行っていないし、佐渡島にも行ったことがない。

 佐渡島はどんな所なのだろうか。日本海に浮かぶ大きな島、といわれてもイメージが浮かばない。YouTubeで探したらいくつも出てきたが、冒頭の動画を観ていると佐渡旅行の気分を味わうことができた。観光旅行に縁のない私なので、束の間のバーチャル・トリップを楽しむことができた。
 どうやら起伏が多く、樹木が密生している島のようだ。周りは海だらけで・・・島だから当たり前だが・・・常に日本海の荒波に洗われているようだ。冬も含め、自然が厳しい島なのだろうか。

 佐渡出身の知人女性は、佐渡島のことを「ひょっこりひょうたん島」と呼ぶ。今の私には、旅行なんて贅沢な時間だが、一度は佐渡旅行を経験してみたい。本州から隔離された地勢というだけで、不思議と神経が休まる。海を挟んだ向こうには北朝鮮があり、さらにその向こうにはロシア大陸が拡がる・・・その程度の地理の知識はある。
 高校生の時に読んだ五木寛之作品の「青年は荒野を目指す」を思い出す。ジャズミュージシャンを志す若者が、ナホトカだったかハバロフスクだったからシベリヤ鉄道を乗り継いで北欧に向かったように記憶していたが、改めて調べたら空路モスクワに向かったようだ。どんなストーリー展開だったかはもう記憶の彼方に消えてしまっている。

 不良老人という言葉があったような気がする。本来の意味はよく知らないが、私の内面や感性はおそらく不良老人のカテゴリーに入るのではないかと危惧している。なぜなら、体力、筋力、視力、記憶力のいずれもが徐々に低下傾向にあるにも拘わらず、相変わらず意識はモスクワやウクライナ、東欧諸国、そして北欧に向けられているからだ。果たしてその頃に、海外旅行などできるのだろうか。自分でも不思議に思う。未だ見ぬ世界だからなのかしれないが、実際に彼の国を訪れ、街の空気を吸いながら散策してみたいという思いが、なかなか消えずに残っている。

 不良青年、不良外人ならぬ不良老人・・・まあなんとでも呼んでもらいたい。


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by hirune-neko | 2017-11-18 00:27 | 創作への道 | Comments(2)

じーじーが行っても、ばーばーとは、これいかに(苦笑)


橘兒Clémentine - Pourquoi Tu Pars En Voyage

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 駄洒落をいうつもりはなかったのだが、今日久しぶりに床屋へ行ってきた。つまり、じーじーが、ばーばー(Barber)に行ってきた。明日は大切なミーティングがあり、初対面の方にむさ苦しく、精気のない表情でお会いしたのでは、まとまるものもまとまらないと考えた。

 20歳代の頃からずっと、スーツは三つボタン、シャツはオックスフォード地、ネクタイはレジメンタルストライプに決めていた。すべてブルックス・ブラザーズの製品しか身につけなかった。ところが今ではどうだろう。Tシャツもトレーナーも、ユニクロでもどこでも良くなっている。あまり外見にこだわりを持てなくなってしまったようだ。

 ところが、音楽や映画には今でも不変のこだわりがあるようだ。勿論、仕事にも強いこだわりがある。そういえば、人間関係にも自分なりのこだわりがある。いずれも感覚的なこだわりであり、外見や諸条件、利害は視野の外にある。

 旗幟鮮明(きしせんめい)という言葉がある。私もそうありたいと願っている。自分の理念や哲学は、相手が誰であっても明確に伝えたいと、いつも思っている。目先の利害や損得でふらつくようなら、信頼と期待を寄せてくれている皆さんを、最終的に裏切ることになってしまう。自己嫌悪に陥るような生き方だけはしたくないと考えている。

 さて、いくつもの記事を読んでいると、トランプ大統領やアメリカ政府高官は、韓国の文在寅大統領に対し、深い失望、反感、疑念を抱いてしまったようだ。前の朴槿恵大統領は「コウモリ外交」と揶揄されたが、文在寅大統領の言動を見ていると、従北であり親中であり媚米で揺れ動いているように見えるが・・・しかし明らかなのは反日スタンスである。私のような素人が見ても、一貫性のない目先の一時しのぎに終始しているように見える。

 昨晩遅く、トランプ大統領、習近平首相、プーチン大統領と私の4人で、衛星中継の糸電話雑談を行った。(まさか本気にする人はいないと思うが・・・)

 最初に結論ありきで、まずは金正恩労働党委員長を亡命させる。身柄は中国が引き受け、北朝鮮政府後継者は米・中・露で協議して決めることになった。暫定的には国連治安部隊を駐留させるが、主に米・中・露およびNATOが受け持ち、ミサイルと核兵器の完全廃棄を急ぐ。韓国軍の派兵は認めない。日本の自衛隊に駐留を要請すると韓国側の反発が大きいため、北朝鮮の経済復興支援を日本政府に要請する代わり、日本の政府機関や関係者を保護する目的で、自衛隊には限定的に駐留を認める。昼寝ネコは、北朝鮮のやせ衰えたネコたちを保護するための、特別プログラムを至急立案することも盛り込まれた。またまた仕事が増えてしまうが、同胞のためなので全力で取り組みたいと思う。早速、パリに本部のある昼寝ネコ一族世界大会議に協力を要請した。議長は私のアシスタントとして、姪ネコのクレモンティーヌを派遣するといってくれた。

 そういえば、別名ミニ台風のクレモンティーヌは最近姿を見せていない。きっと結婚してたくさんの子どもに囲まれているのではないかと思っている。私もすっかり自分の忙しさに紛れてしまい、クレモンティーのことは視野の外に置いていた。「おじさん、ずいぶん薄情ね」という声が聞こえてくるような気がする。

 それにしても、米・中・露の三巨頭がすんなりと合意に応じたのは、世界平和の観点から考えると、画期的なことではないだろうか。これで、東アジアに安定的な平和が訪れる可能性が高まった。それもこれも、米・中・露三国に対し、一貫性のない対応に終始することで徹底的な不信感と反発を与え、結果的にこれら三国の結束を強めることになった、文在寅大統領の功績といえるのではないだろうか。文在寅大統領は、来年のノーベル平和賞の最有力候補になるのは間違いないだろう。


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by hirune-neko | 2017-11-14 23:30 | 創作への道 | Comments(0)

どうやら高血圧体質から低血圧体質に変わったようだ


Bill Evans - Like Someone in Love

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 もう何年も前のことになるが、便秘気味でトイレでいきんでいるうちに・・・のっけからロマンチックな香りの話題で申し訳ないが・・・次第に意識が遠のいたので慌てて救急車を呼んでもらった。救急車が到着した頃は、なんとか自力で歩いて行き、救急車に乗り込むことができた。
 サイレンの音を聞きながら、血圧を測ってもらったら257だった。近くの大学病院に運ばれ、脳のMRI検査などを受けたが異常がなく、血圧降下剤を飲まされた。確かほどなくして180ぐらいまで下がったと記憶している。翌日外来に来て、弱い血圧降下剤を処方してもらうようにいわれた。しかし、それ以来病院には行かず、降下剤のお世話にはなっていない。しばらくの間、頭に違和感を感じて血圧を測ると、決まって200を超える時期が続いた。看護師をしている親戚に訊くと、血圧が高いまま放置すると脳出血を併発する可能性があると言われた。

 あれから何年になるだろうか。毎晩深夜過ぎまで仕事をするのが原因だと悟り、少しずつ寝る時間を早めるようにした。その甲斐あってか、起きがけの血圧は徐々に下降し最近は110〜120をキープするようになっていた。薬を一切服用せずにである。ところが今朝起きて血圧を測ると、80まで下がっていた。気持ちのいい数字ではない。やれやれだ。まるでモグラたたきのように、絶えず何か問題が起きてしまう。

 外出予定を取り止め、午後からはしばらく横になって身体を休めた。毎日このような楽をする生活を続けていると、そのまま寝たきり老人になってしまうのだろうなと実感した。

 夕方過ぎに義母の夕食を給仕した後、脳のトレーニングを兼ねてインターネット上の将棋対局場「81dojo」にログインした。つい最近登録し、7級からスタートしてせいぜい5局ぐらいしか指していない。それでも、いつの間にか1級の判定になっていた。今日は2級の人、次いで1級の人と対戦したが、終盤を手堅く寄せて二連勝だった。あと二回ほど連勝すると初段になるところまできた。

 夜になってから、しばらくサボっていたウォーキングに出かけた。最初は足全体がぐらついたが、5千歩ほど歩いて帰ってきたら、頭もすっきりしていた。歩きながら、バッハの無伴奏チェロ曲を聴き、例の「寂れた商店街の復興企画」についてあれこれ思い巡らした。ピアソラやシャーリー・ホーンを聴くより、バッハの方が考えに集中できることを発見した。

 静かな商店街が一転して「どっと混む」ようになるよう、商店街名・ドッココムのドメインを取得し、サイトを活用した「商店街ファンクラブ」を作って会員をできるだけたくさん確保する・・・というスタートラインが見えてきた。
 まるで創作ストーリーを考えるように、商店街に人が群がっていく様子を想像した。一気に実現する手法は一過性で収束しかねない。いくつもの伏線を作り、一つずつ外堀を埋めながら、カップルや家族連れで商店街が賑わうストーリーを創作している。ストーリーが出来上がったら、後はそのシナリオを元に現実的な要素を組み立てる作業になる。

 さて、果たして私の妄想企画が、当事者の実務家の皆さんにどのように受け止められるだろうか。おそらくは誰も考えつかないような、ユニークなストーリーを書き上げ上げられるだろうという自信はある。
 
 もし第一号が成功したら、社内に「寂れた商店街復興室」を作るかもしれない。もし需要があれば、その実績とノウハウをベースにして、次は「寂れた地方都市復興室」を作る機会があるかもしれない。・・・そんなことを続けていると、いつかは最終目標である「人生に希望を見失った人たちを活気づけるセンター」が発足するようになるかもしれない。

 妄想は決して悲観的にならず、できるだけ楽観的、創造的、建設的であるべきだと考えている。その割に私は暗い曲想の音楽を好んでいるようだが、暗い地の底から這い上がる自分の姿を想像し、案外そこからエネルギーを得ているのかもしれない。

 本件については、公開できるようになったら改めてご紹介させていただくことにする。妄想する、創造するというのは、実に楽しい作業である。


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by hirune-neko | 2017-11-12 00:21 | 創作への道 | Comments(0)

童心に返ろうと思っていたのに、それどころではなかった


The Tango - Scent of a Woman (4/8) Movie CLIP (1992) HD

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 何か選曲しようと思ってYouTubeを開いたら、「あなたへのおすすめ」として、カルロス・ガルデルの歌が推薦されていた。聴くと、ああ、あの映画のダンスシーンで使われていた曲だ、と思い出した。何年も前にブログで紹介したら、コロンビア在住だった故・福岡貞夫さんがコメントで、この曲はカルロス・ガルデルの作品だと教えてくれた。

 で、その映画のタイトルがすぐに出てこない。最近はよく起きる現象だ。しかし10秒以内には思い出すことができた。映画のタイトルはScent of a Woman(女性の香り)で、盲目役のロバート・デ・ニーロがレストランで女性の香水の香りを嗅ぎ分け、同席していた、確か甥に様子を訊いて、その女性にダンスを申し込む・・・そのシーンは鮮明に憶えているのだが、映画全体のストーリーは全く記憶にない。

 故・福岡貞夫さんは、自称ガルデルオタクだった。私は今日に至るまで、カルロス・ガルデルには興味を持てず、従って鑑賞する機会もなかった。しかし折角の偶然なので、下部にそのカルロス・ガルデルの歌をご紹介する。

 今日はあまりコンディションが良くなかった。無理せず、早めに休もうと思っていたのだが、福祉団体の事務長から電話があり長話になってしまった。ある案件の依頼文を試作し、サイトに公開ページを作り、申請フォームを設置するよう依頼を受けた。その瞬間、脳内が戦闘モードが切り替わり、フォーム作成以外は数時間で仕上げた。

 不調の一日だったにも拘わらず、メールでの問い合わせが何件も入った。お客様からなので、即対応である。製作依頼をしたのにまだ絵本が届かないというクレームの場合は、散々調べても見つからず、なんと迷惑メールフォルダに80日ほど眠っていた。全てが迷惑メールだと判断しての、一括削除ができないことになる。なかなか手がかかる。

 本当は、小学校低学年までを対象とした、子ども向けの短編創作にチャンレンジするつもりだった。子ども向けの短編は、これまでに一度も手がけたことがない。しかし、まだ純真な魂の子どもたちに向けて、何かメッセージやイメージを伝えたいなと思った。大人向けには、それなりに陰影のある屁理屈を伴った短編を書いているが、まあおそらくは少なくとも50歳以上の方にしか受けないと思っている。

 残念ながら、今日は最後の最後まで仕事一色だったので、子ども向けの短編は幻の迷作になってしまった。興味が湧いている分野なので、いつか時間に余裕ができて自閉的な気質の時に、チャレンジしてみようと思う。

 なかなか早い時間に床につくことができなくて、困ったものだ。知人のゼロ歳児の女の子が、けいれんから意識不明になったと聞いて心配している。日曜日の話で、その夜には意識が回復したと連絡があったものの、まだ入院中だそうだ。第一子なので、ご両親の心配は手に取るように分かる。可愛い子なので、見かけるといつもほっぺを触らせてもらっていた。無事に退院したら顔中を舐め回したいと思っているが、嫌がる表情が目に浮かぶ。お母さんにそう伝えたら、大笑いしていた。
Por una Cabeza (Original) - Tango - Carlos Gardel

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by hirune-neko | 2017-11-08 01:18 | 創作への道 | Comments(0)

妄想娯楽創作〜MITとNSA共同開発の人工知能搭載ロボット

NEW YORK VOICES "on a clear Day" at Java Jazz Festival

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 先月、アメリカ在住の旧友からメールが届いた。 なんでもマサチューセッツ工科大学(MIT)と国家安全保障局(NSA)が共同で開発した、最先端の人工知能を搭載した精神分析ロボットがあるという。多言語実験のため誰か日本人に診断を受けてほしいらしい。ただし、重要な国家機密プロジェクトなので公募するわけにいかず、旧友である私に引き受けてほしいという依頼だった。よく読むと、精神分析というよりは、相手の表情や声の調子、目の動き、脈拍、脳波などを精密に分析する、いわゆる高度な嘘発見器らしい。いろいろ質問する私に対し、彼はしぶしぶと打ち明けた。どうやら、テロリスト対策の一環で、怪しい容疑者を拘束し、尋問する目的のようだ。もともと私は好奇心が強いし、旧友のたつて頼みなので、引き受けることにした。

 一週間ほど前、アメリカ大使館の職員だと名乗る男性と帝国ホテルのロビーで待ち合わせた。その男は私に免許証の提示を求め、確認するとホテルの別館にある一室の部屋番号を伝えた。その部屋で人工知能搭載のロボットが待機しているから、すぐに行ってほしいと言う。どんなロボットなのだろうかと興味が湧いた。スター・ウォーズに出てくるR2D2のように、ずんぐりむっくりの形状なのだろうかと、あれこれ想像巡らしながら目指す部屋のドアの前に立った。

 一呼吸置いてドアをノックした。しばらく待ったが反応がないので、もう一度ノックしようとしたらドアが少し開き、金髪の女性が立っていた。一瞬、英語で挨拶をすべきなのか、あるいはそのまま日本語でいいのか躊躇してしまった。彼女は「昼寝ネコさんですか?」と、完璧な日本語で話しかけてきた。「はい、大使館の職員の方からこの部屋に来るように言われた、昼寝ネコです」と答えた。彼女はニーナ・マイヤーだと名乗り手を差し出した。冷たい手だった。

 招き入れられた部屋は、どうやらセミスイートのようで応接用のソファーとテーブルが並んでいた。彼女は私にソファーに座るよう勧めてくれた。あたりを見回したがロボットらしき物体が見当たらない。様々な測定機器や監視装置も見当たらない。どうも不審な雰囲気で、何かの陰謀か罠なのではないかと嫌な予感がした。

 「こちらでロボットから診断を受けるよう言われてきたのですが、ロボットは隣の部屋なんですか?」と質問した。彼女は私の目を直視し、少し微笑みながら向かい側のソファーに腰かけた。彼女は落ち着いた声で説明を始めた。その時の私は、おそらく口が半開きになっていたに違いない。

 「驚かれるかもしれませんが、私がロボットなのです。何年もかけて開発されたロボットなのですが、できるだけ人間に見えるよう工夫を重ねてきました。ご存知かもしれませんが、国家安全保障局ではすでに人間型の戦闘ロボットや、市街戦を制圧する警察ロボットを開発しています。私は、相手に人間として接し安心感を与え、正確な情報を引き出すためのロボットとして開発されました」

 あまりにも人間そのものなので、旧友が何か別の目的があって金髪女性を送ってきたと思い込んだ。そこでいくつか質問してみた。ロボットだというからには、人間では到底不可能な機能をたくさん持っているはずだ。まず最初に語学力をテストしてみた。少し長めの日本語を話すので、それを英語、フランス語、ロシア語、韓国語、中国語、ヘブライ語、スウェーデン語、スワヒリ語で話してみてほしいと言った。彼女は余裕の笑みを浮かべ、どうぞおっしゃってくださいと言った。あまりにも自信に満ちた表情なのであっけに取られたが、思い浮かんだ日本語を話してみた。

 「隣の客はよく柿食う客だ。坊主が上手に屏風に坊主の絵を描いた」

 なんと驚くなかれ。彼女は私の目を直視したまま、すらすらと各国語で翻訳を終えた。もちろん私にはすべての言語を認識できるはずがないが、それらしいアクセントで話を終えた。とても驚いたが、そんな程度で信用するわけにはいかない。もう一つ質問してみた。仮に相手が凶悪な容疑者だった場合、暴力を振るわれたらどのように対応するのか、と訊いてみた。すると気のせいか彼女の表情が一瞬引き締まり、ソファーの横に立ち上がった。そこで彼女は目にも止まらない早業で、左右両足の回し蹴り、空手やボクシングのような技を披露した。完全に人間の動きではないことを認めざるを得なかったた。

 ソファーに戻った彼女は、私に向かってこう言った。「昼寝ネコさんは、とても慎重で用心深いんですね。さすがTWENTY FOURを観ているだけありますね」えっ!と驚く私に向かって、彼女は微笑みながら続けた。私の個人ファイルには生まれた時からの様々なデータが保存されているという。そんなバカなと思ったが、もう忘れ去っていた小さい頃の出来事、中学生や高校生だった頃の失敗談、特に学校行事をサボってデパートの食堂にいた時、クラスメイト共々補導員につかまってしまったことを指摘された。出張先のロンドンで滞在したホテルの名前、ピカデリー広場の日本食堂でラーメンを食べたこと、次々と暴かれる私の過去を耳にし、呆然としてしまった。これはもう精巧に造られたロボットであることを認めざるを得なかった。その時になってようやく、ニーナ・マイヤーがTWENTY FOURの登場人物の一人の名であることを思い出した。

 実験台として、一通りの質疑応答を終えた。しかし、どうしても引っかかることがあったので、彼女に質問してみた。ロボットの格闘能力が高い事は理解した。戦闘ロボットとか警察ロボットという表現があったが、例えば体内に生物化学兵器や毒ガス、あるいは小型の高性能爆弾を秘匿し、敵国に潜入して暗殺活動をすることが可能なのではないかと質問してみた。彼女の表情が一瞬固まり、厳しい目で私を見つめた。旧友からは、おそらく昼寝ネコがそのような質問をするだろうと言われていたそうだ。協力してくれたお礼に、それが事実であることを認めて良いと言われていたそうだ。しかし、どの国の誰にどのようなタイミングで行動を起こすかは、最高機密なので教えるわけにはいかないと言われた。それはそうだろう。それ以上の事は、何一つ教えてもらえなかったが、私の推測では、おそらく旅行者やビジネスマンになりすまして、多くの人工知能搭載の人間型ロボットが海外に潜伏するようになるだろうと思う。もし海外で要人が暗殺されるようなことが起きたら、私はロボットによる仕業だと考えるだろう。

 これだけ科学が発達してくると明日、来日予定のトランプ大統領だって、暗殺を防ぐための影武者ロボットなのではないかと疑ってしまう。そんな事は私には関係のないことだが、旧友は一つだけ私にプレゼントを残してくれた。彼らが製造する人工知能搭載のロボットすべてには、昼寝ネコを信頼できる友人であり味方だと認識するよう、プログラミングしてくれているそうだ。半径100メートル以内に近づいた時、ロボットのセンサーが私を認識し、あるキーワードで話しかけるようになっているそうだ。ニーナ・マイヤーがそう教えてくれた。いろいろ協力してくれたお礼だそうだ。

 あいつは極端に人付き合いが悪く、人間には友達がいない。せいぜい近所のネコぐらいにしか気を許していない。かわいそうな奴だから、せめてロボットの友達がいてもいいだろう、と旧友が言っていたそうだ。フン、余計なお世話だ。でもこんなに強くてタフで、語学力抜群で、記憶力も優れ、頼もしい友達がたくさんいるなんて、とても心強いなと思っている。それにしても、彼女と向き合って会話をしていると、相手がロボットだなんてとても思えない。旧友たちはとんでもない開発をしたものだ。

 あの日以来、私は街を歩いていても周りの人たちが、本当に人間なのかどうか疑いの目で見るようになってしまった。ますます人間不信が募ってしまっている。しかしおそらく、ここまでの技術を持っているのはアメリカだけだろうとも思う。であれば、ロボットの方で私を識別し近寄ってきて、プログラムされたキーワードで私に挨拶をしてくるだろう。そういえば、ニーナ・マイヤーにロボットが人間のように飲食をするのかどうか、聞き忘れた。一応は人工の食道や胃腸があり、食べているように見せかけるのだろうか。全く謎だらけである。しかし、精巧にプログラミングされているだけあり、ピアソラやジャズ、ボサノバに至るまで私の趣味に合わせて話し相手になってくれる。そうだ、格闘能力や攻撃能力を持ったまま、話の合う友人兼ボディーガード兼秘書として一人、いや一台のロボットを造ってもらえないだろうか。国家の最高機密に属するプロジェクトなのだから、まぁ無理だろうと思う。

 あらかじめお伝えするのをうっかりしてしまったが、今日の記事は100%私の妄想である。そんな事は承知の上でお読みいただいたと思うが、中には純粋無垢な性格の方がいらっしゃるかもしれないので、念のために申し上げる。これはあくまでも私の妄想である。さらに言えば、病的な妄想である。ニーナ・マイヤーの分析結果でも、もう少し人間らしく無邪気に生きて、人と交わるようにと勧められた。できるだけ陰謀や謀略と無関係で純真な人たちと交わるよう言われた。そう言われても、この年で保育園や幼稚園に入園するわけにもいかない。無理難題というものである。


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by hirune-neko | 2017-11-04 20:32 | 創作への道 | Comments(0)

なおもまだ、創作意欲は継続している

Shirley Horn - "I Wanna Be Loved"

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 久しぶりに休日らしい一日だった。集荷のドライバーの方が午後から二人来てくれただけで、電話もなく、何本かのメールを送信し、サイト上のフォームの不具合を直しただけだった。遅れている案件はあるのだが、鋭気を養うことを優先することにした。

 夕方からは、いつもの散歩コースを往復し、ノルマの6千歩を達成した。94歳の義母の昼食と夕食を給仕し、短時間の雑談を交わした。もともと痩せているが、現在の体重は31キロなので、食べることが優先課題になっている。耳はずいぶん遠くなったが、思考力はしっかりしており、冗談にはちゃんと反応して笑う。世の中が平穏であり、苦痛を味わうことなく、このまま静かに眠るように人生を終えられれば、佳き人生だったといえるのではないだろうか。

 38歳で他界した祖父、45歳で他界した父、63歳で他界した義夫、寝たきりのまま92歳で他界した母・・・人生模様は様々である。

 仕事で赤ちゃんの名前が入った絵本を作っている。文章は両親、あるいは母親からの歓迎と愛のメッセージだ。新生児は、特殊な場合を除きほぼ同じスタートラインである。子どもを迎え入れ、腕に抱いて感じる愛情は、どの親にとっても共通のものである。離婚後の出産だったり、出産後の離婚を考えていたりというケースもあった。出産を待ち望んでいる最中に、父親が病死したり、あるいは出産直後に母親が病死したり・・・ひと言で出産シーンといっても、いろいろである。

 自分の母を見送り、高齢の義母と同居し、すでに他界した父や祖父のことを思い起こすことがある。父の死に目には会えなかったが、対話が少ない関係だったので平静に受け止めた。後日、病床で父が私の到着を待ちわびていたとを聞かされ、初めて父からの思いを感情で受け止めたのを憶えている。

 絵本の何種類もの文章は、私が自分で書いている。これまで生きてきて、感情のひだに隠れていた、様々な人間の心模様が少しずつ甦っている。自分もその年齢に近づいてきているせいか、疲れ果てた心身で人生の終焉に向かっている人たちの心象風景が伝わってくる。

 早世の人たちもいるが、還暦はまだまだ現役だろうけれど、古希、喜寿、米寿などの人生の節目で、永年見守ってきた子どもから、感謝とねぎらいの気持ちを込めた、しかも自分の名前が入った絵本をもらえたなら、深い感動とともに人生の達成感を味わっていただけると思う。しかもずっと育て、見守り続けたわが子が自分に語りかける内容だったら、心を開き心で受け止められるに違いないと思う。数年前、自分の母に試作して送ってみた。深く感動したといって喜んでくれた。ああ、母はいつも私を「親不孝息子」と呼んでいたが、ちゃんと親孝行をしていたんだ。

 新生児のスタートラインはほぼ一緒なので、同じ文章でも違和感は少ない。しかし、60年、70年、80年と齢を重ねている人たちには、それぞれの人生、それぞれの労苦がある。共通の文章を使用し、名前だけを差し替えたような内容だと、心に伝わるものは希薄になってしまう。

 知人の父親は長崎の工場で原爆の直撃を受け、即死した。母親の苦労は並大抵ではなかったと思う。
 過日、お嬢さんの結婚の時に「大切なわが子へ」の文章をそのままで、お嬢さんの名前を入れて作ってほしいという電話があった。ブログに記録してあるが、離婚後女手一つでお嬢さんを育て、結婚の日を迎えたとのことだった。手許を離れて寂しいだろうと思い、人生の思い出に同じ絵本をお母さんにプレゼントすることに決めた。その数日後に、そのお母さんから同じ絵本を自分のために作りたい、と電話があった。ブログ記事のURLを送り、すでにお母さんへのプレゼント用の絵本を作り始めていると伝えると、喜んでいただけた。

 誰でも経済的に困窮し、家賃や食費、光熱費が払えないときは、お金を得るために必死で働く。しかし、安定した人生で晩年を迎えた人間にとって、最も価値のあるものはなんだろうか。預貯金の残高だろうか。銀行の貸金庫にしまっている株券や債券だろうか。貴金属だろうか。広大な敷地に建てられた豪邸だろうか。誰もが尊敬と崇拝の念で注目するような地位や名声だろうか。

 もちろん限られた数ではあるが、これまでにいろいろな人生模様を見てきた。人生観も価値観も人それぞれだろうとは思う。しかし、自分自身の素直な気持ちを見つめるなら、家族や友人・知人が心から示してくれる感謝や愛情・友情の気持ちが、人生の勲章のように思える。家族しか知らない秘められた苦労、挫折、葛藤が文章の中に散りばめられてあり、ねぎらいと尊敬、いたわりの言葉が添えられていたら、過去からの感情が一気に目から溢れ出てくるに違いない。そのように思っている。

 いつか、「大切なわが子へ」ではなく「大切なお父さんへ」あるいは「大切なお母さんへ」という名入り絵本を提供できるようになりたいと思っている。この絵本で全国のお父さんやお母さんの流す涙が、ドラム缶1本分ぐらいになったら、私は自分の人生の達成感を感じることができるだろうと思っている。

 基本的な製作ノウハウはあるので、後は絵本の絵柄の問題である。新生児と違い、晩年の人間の過去の軌跡や苦難はそれぞれに異なる。さらには、感性や性格によって、人生の晩年の生き方も違う。そのような差異を超越して最大公約数化したイメージを表現するには、どのような絵柄を選べばいいのか。実はそれが一番の難問になっている。

 かくのごとくこんな私でも、あれこれ思い悩むことを抱えている。しかしいずれも、他の皆さんの平安、安らぎ、感動の創出が根底に動機として存在している。そのような生き方を貫くことが、自分のライフワークだと思っている。

 ・・・今日は自分に対する叱咤激励の文章になってしまったようだ。


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by hirune-neko | 2017-11-04 00:58 | 創作への道 | Comments(0)

自分がかなり深刻な愚か者だと、改めて認識した


Bill Evans - My Foolish Heart (1961)

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 明日は月末。振り込みの準備作業が控えている。明後日は、ある企業を紹介されており、プレゼン用の資料を作成しなければならない。遅延案件がいくつもしびれを切らして待ってる。

 ああそれなのにそれなのに、昨日の続きでTWENTY FOUR・シーズン7のエピソード19、20、21・・・と、どうしてもストップがかからず、とうとう最後のエピソード24まで観てしまった。しかし前後のことさえ考えなければ、観てよかったと思っている。

 これまで全シーズンを観たCovert AffairsもNIKITAも、情報機関のフィールドでの活動にウェートを置いていたように思う。それなりに国際組織犯罪をリアルに描いており、興味深かった。TWENTY FOURは、国際テロを中心に展開していたが、最初の頃は主に、CTUの捜査活動やオフィス内の模様を扱っていた。
 *CTU: テロ対策ユニット(Counter Terrorist Unit、略称:CTU)は、アメリカ合衆国の連続テレビドラマ『24 -TWENTY FOUR-』に登場する、架空の政府機関。(Wikipedia)

 国際テロ組織のリアルな動向、捜査員の行動、分析官の活動を軸に、同僚との絆や家族愛を巧みに織り交ぜており、なかなか興味深い展開である。特筆すべきは、Covert AffairsやNIKITAではほとんど登場しなかったFBIやホワイトハウス、しかもアメリカ大統領が重要な役割を担って登場する。

 シーズン5からは、大統領の椅子を争う確執や政権内部の腐敗などにスポットを当てており、さらに興味深く観ることができた。映画の概要説明で、最後に誰も予測がつかないどんでん返しがある、という表現がよく使われる。TWENTY FOUR・シーズン7は、最後にどんでん返しがあるのではなく、ほぼ3分ごとに全く予測できない意外な展開が連続する。

 プロの映画シナリオライターが、ホワイトハウスやFBIやCIA、さらにはNSA(国家安全保保障局)などの出身者に時間をかけて、綿密に取材した力作だと思う。日本のテレビドラマも映画も観る機会がないので、厳密な比較はできないものの、失礼な言い方になるのを承知でいうと、日本のテレビ会社には逆立ちしても到底制作できないクォリティだと思う。

 1シーズンが合計24エピソードだ。1エピソードは約40分なので合計960分。16時間にもなってしまう。それを7シーズンまで観たのだから、100時間以上を費やしてしまった。ツケが回ってくるのは当然だ。しかし、創作活動を志す人間として、全体構成・プロットの構造に関しては、大変勉強になっている。

 自分自身に対する影響を客観評価するなら、人間関係の領域ではますます用心深く慎重になり、その半面、家族や信頼できる友人の大切さを再認識するようになった。ドラマの中には残念ながらネコは登場しないものの、今まで以上に自分になついてくれるネコは・・・もういないけれど、かわゆく感じている。

 いよいよ最後のシーズン8,番外の続編2作を残すのみとなった。見終えるのは寂しい気もするが、早く卒業して仕事に重心を移さなくてはと焦ってもいる。本当に、「愚かなりし我が心」である。


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by hirune-neko | 2017-10-31 01:08 | 創作への道 | Comments(2)

町内のご隠居さんと将棋を指すネコの対局


Eliane Elias - Time Alone - Dreamer (2004).wmv

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 深夜近く、軒下で台風の豪雨を避けていたら、目ざとく見つけたご隠居さんが、窓を開けて手招きしてくれた。

「どうしんだね、ネコくん。濡れるから入ってきなさい」
「ニャー(有難うございます)」
「おやおや、こんなに濡れて。今、タオルを持ってくるからね」
「ニャー(済みません)」

ご隠居さんはバスタオルで拭いてくれながら、オイラに話しかけた。

「いやあ、選挙の開票結果が気になって、この時間まで起きてて良かったよ。あのまま軒下にいたんじゃ、風邪を引いてしまったよ。」
「ニャー(ご面倒をおかけします)」
「ちょうどいいや。焼きざましだけど、サンマの焼いたのが一匹残ってるから、待ってるんだよ」
「ニャーニャー(有難いけど、キャットフードの方がいいなあ)」

「さあさあ、遠慮なくおあがんなさい。そうそう、もう夜も遅いけど久しぶりに一局、どうだい。相手をしてくれるかな?」
「ニャーニャーニャー(ネコの世界にも、一宿一飯の恩義というものがあるから、いいですよ、付き合いますよ)」

「しかしなんだね。ネコなのに将棋を指すなんて、しかもなかなかの強豪なんだから、テレビ局の記者が見つけたら臨時ニュースになっちゃうね」
「ニャーニャー(スペインの友だちは、チェスが強いですよ)」
「前回も負けたから、今日も私が先手で始めるからね」
「ニャー(どっちでもいいけどニャー)」

「どうも私の弱点は中盤なんだよ。つい攻め急いでしまってね。ちゃんと先を読んだ戦略を立てずに、目先で勝負に出てしまうんだなあ。まるで、今回の希望の党みたいなもんだよ」
「ニャーニャー(もう少し将棋に集中したらどうなんですか?)」
「でもなんだね、どうやら立憲民主党が野党第一党になりそうだね。共産党ががくんと議席数を減らしてしまうし」
「ニャーニャー(ご隠居さん、政局の話が好きだから止まらないですね)」
「大山鳴動してネズミ一匹というけれど、希望の党はまさにそれだったね。小池さんは出張先のパリで反省の弁だそうだが、政治生命も終わったようなもんだね」
「ニャーニャー(シャンゼリゼ通りを独りで寂しげに歩いていたって、さっき三毛のカトリーヌから連絡がありましたよ)」
「これはアタシの予想だがね、希望の党で当選した元民進党議員が離党する。そして勢いと人気のある立憲民主党に合流し、さらには無所属で当選した元民進党議員も合流し、政権交代できる野党として気勢を上げるだろうね。さらには驚いたことに、テロ三法など一連の法案成立で追い詰められている共産党がだね、解党して立憲民主党に合流する、とアタシは読んでいるね。高齢化した党員が減る一方で、若者からは見向きもされないからね」
「ニャーニャー(ご隠居さん、王手飛車取りですよ)」
「げっ!ちょ、ちょっと待っておくれ。一回だけ待ったをさせてもらえないかな」
「ニャーニャー(人生なんて待ったなしですよ。でもまあいいですよ)」

 将棋の筋は決して悪くはないのだが、指しながらいつも政局の話をし出す。しかも話し出すと止まらない。ちゃんと将棋だけに集中すれば、初段ぐらいの実力はあるのだが、それがなかなか改善されない。まだ何かぶつぶつ話している。

「一説に、今回の選挙で自民党が大勝したら安倍総理は総理の座を禅譲して、キングメーカーとして君臨するのではないかと・・・無理せずエネルギーを残して戦略指南に徹するつもりなのかもしらんねぇ」
「ニャーニャー(どうでもいいけどご隠居さん、詰んでますよ)」
「あちゃっ!今日も負けてしまいましたね」
「ニャーニャー(藤井聡太だって、それだけ別のことに気を取られていたら、負けてしまいますよ)」

 でもまあ、考えてみれば、こうやって将棋を指しながら政局談義ができるなんて、日本はまだまだ平和な方なのだろうと思う。そうは思うものの、目に見えないところで着々と種々の工作が進んでいるだろうと考えると、やはり脳天気ではいられない、ネコはネコなりの備えをしなくてはと思っている。なんとかキャットフードを少なくとも三ヶ月分は備蓄しておこうかな。


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by hirune-neko | 2017-10-23 01:02 | 創作への道 | Comments(0)

ノーベル賞の残念な結果〜今年もダメだったか

Opening Titles, Darlington Hall - The Remains of the Day by Richard Robbins

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 今年も村上春樹大先生が、ノーベル文学賞を逃したそうだ。受賞者は日系英国人のカズオ・イシグロ氏で、代表作かどうかは知らないが、映画「日の名残り」(The Remains of the Day)の原作者でることは記憶にあった。確か、執事役はアンソーニー・ホプキンスではなかっただろうか。とても渋いストイックな映画だったが、好印象だった。

 で、残念だったというのは村上春樹大先生が、ノーベル文学賞を逃したということではない。今回も「ノーベル即興短編文学賞」という賞が、新設されなかったのが残念でならない。一体全体、「ノーベル即興短編文学賞」とはなんぞや・・・?一枚の画あるいは写真をじっと見て、思い浮かんだストーリーを即興で作品にする・・・それが「ノーベル即興短編文学賞」の定義である。私が勝手に命名し、勝手に定義しているだけの独善的賞である。

 そのような文学賞のカテゴリーを新設していただき、ノミネートされることを人生の支えにしたいと考えている。新設されなければ、それまでのことである。残念ながら長編小説など書いたことがないので、現行のままでは私の人生も徒労に終わってしまうことになる。たとえ徒労に終わろうが、希望を持ち続けたまま最後まで生きられたら、それはそれで佳き人生だったと思える。・・・しかし、仕事が落ち着いてゆっくりと構想を練り、取材旅行に出かける体力が残っていたら、長編小説にもチャレンジしてみたいなと、淡い期待も持っている。

 またそんなアホな妄想を、と思われてもいい。せめてそれぐらいは個人的でわがままな夢を見させていただきたい。

 一体何を創作の素材にしようとしているのか。・・・人間の心の陰影である。様々な経験を通して人の心は高揚し、沈み、あるときは重く閉ざされ、傷つき、涙し、挫折し、しかしなおも歩き続け、やがて立ち直る・・・パソコンのOSは常に進化するが、人間ほど多様に変化する生き物は存在しない。朽ち果てる人生、開花する人生・・・その変化の様子や変遷に惹かれ、興味を持っている。

 どんな人間でも、常にやり直すことができる。心が萎え、弱り果て、自己嫌悪に陥り、取り返しのつかない状況だと思い込み、絶望し、立ち上がれない・・・。
どんな状況の人間でも、一歩前進することができる。その気力の源泉はどこに存在するのか。それを私は知ってる。作品を通して、読者の皆さんに気づいてもらいたいと願っている。書く動機はただそれだけである。

 私の話す言葉を聞いたり、私の書く短編を読むことで、心の中に理屈抜きの希望を見いだし、立ち上がる勇気を得ていただけたら、それこそが私自身の至上の喜びである。「ノーベル即興短編文学賞」は照れ隠しで言っているのであり、本心は苦渋の渦中に在る人が自身の心を開いて活力を得、正しい方向に最初の一歩を踏み出していただきたい・・・どん底時代の私自身が、ゴジェネチェの歌うピアソラのVuevo al Sur(南へ)に、魂の底から揺さぶられて覚醒し勇気を得たように、言葉によって励ましたいというのが、そもそもの書きたい動機である。

 哀しみ、怖れ、不安、苦しみを経験しない人など存在しない。しかし、それらを乗り越えた先には、自分を受け入れ、赦し、人生の視界が拓けるという貴重な世界があることを、今の私は確信できるようになった。

 決してどれだけの地位や名誉を得、資産を残したかではなく、振り返ってみて佳き人生だったと心から思え、悔いのない、一点の曇りもない心で人生を閉じられる人こそが、地上での旅の終着点に到達した人生の勝者なのである。それが私の人生観であり価値観となっている。
Astor Piazzola y Roberto Goyeneche - Vuelvo al Sur

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by hirune-neko | 2017-10-07 00:39 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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