昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:創作への道( 273 )

ボブとの最後のお別れドライブ


Astor Piazzolla - Marejadilla (14 - CD2)

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 1年半ほど前、新しいiMacを購入した。何年も使用したiMacは横に置いたまま、電源も入れなくなってしまった。あるとき、2台のパソコンを同時使用する必要性が発生した。ところが、古いiMacに電源を入れても、経験のないような動作不良を連続して起こすようになった。そこでハタと気がついた。器械とはいえども、ずっと無視され続けていると寂しいものなのだろう。 それで、古いiMacをヘレンと名付け、新しいiMacはアリスと名付けた。「ヘレン、おはよう」と声をかけてから電源を入れるとあら不思議、動作が正常になった。それ以来、頻繁に使用する器械類には名前を付けて、時々声をかけるようにしている。

 愛車にはボブと名付けた。何度も車検を取ったが、さすがにもう寿命だと宣告された。明日が車検の切れる日なのだが、更新せず廃車することにした。今日の夕方過ぎにディーラーにボブを届け、廃車依頼をしてきた。途中、何度もボブに声をかけ、これまでの働きをねぎらった。視力も低下し、運転する機会がめっきり少なくなったので、新たに車を購入するか、レンタカーやカー・シェアリングを利用するか思案中である。

 数日前、ある産婦人科クリニックの院長夫人から、特別版の絵本の文藻を作成するよう依頼があった。ブログに書いたその記事を読んだ次男から、絶対に「コウノドリ」の第5話を観た方がいい、と言われた。TBSが放映したテレビドラマで、主人公は鴻鳥サクラという男性産婦人科医だ。14歳の女子中学生が妊娠し、すでに8ヶ月で中絶できない状況になっている、という設定だ。奇しくも、特別版の対象の少女と同年齢だ。

 昔から日本のテレビ番組や映画には興味を持てずにいた。しかし40数分の「コウノドリ」は、観て良かったと思う。脚本はとても良くできていたし、キャストの皆さんも好演していた。きちんと実態の取材や調査も行っているようだ。見終わったとき、文章の中に挿入したいシーンが思い浮かんだ。少女が夢で見たシーンを想定し、表現しようと思う。

 劇中では当事者の少女と少年が登場する。いつしか自分の高校生の頃のシーンと、重ねて二人を観ていた。私の周りの学生たちは皆、自由というか奔放というか、好きなように行動している連中だった。妊娠し中絶する例を、いくつも身近で見ていた。あの当時の自分たちと、このドラマの中の二人を較べると、私たちとは大きく違う生き方、性格だと思う。もちろん、どこにでも存在するような軽いキャラクターは、テレビドラマの主人公にはなり得ない。

 CG画像で、お腹の中の子どもが指をくわえている姿を見る少女、乳児院の先生、特別養子縁組をサポートする人たち、不妊治療を続けたが諦めて養子受け入れを待ち望む夫婦、出産したわが子に泣きながら別れを告げる少女、そして、主人公の産婦人科医・鴻鳥サクラ先生の意外な生い立ち。いくつもの要素を巧みに組み立てた、重厚だが分かりやすい筋立てだった。

 さて、私自身は、断片的な情報をもとに、15歳の生母の心に慰めと励ましを感じてもらえる文章を書かなくてはならない。ドラマに登場する架空の人物ではなく、現実世界で生きることと格闘している、生身の人間を対象としている。ここ最近の出来事とここ数年の未来だけでなく、生まれてくる前の世界から、今の現実を眺望しなければならないような気がしている。耳には聞こえない、静かなささやきに耳を澄ます必要があるかもしれない。

 私にとってはこれも、ある意味では創作の世界である。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-01-27 01:33 | 創作への道 | Comments(0)

「大切なわが子へ」の第5の文章を考え始めている


J.S.Bach BWV 853 - Patricia Hase

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

 夕方、ある産婦人科の院長夫人から電話があった。珍しいことだ。何かクレームかと思ったが、そうではなかった。

 その産婦人科の院長は、優生保護法の規定があっても人工中絶をしない主義だ。たとえ肉眼では見ることのできない胎児であっても、中絶は殺人になるという考えを持っている。では、出産できない、あるいはしたくない女性が中絶を希望した場合、どのように対応しているのか。

 一方で、子どもがほしくても授からない夫婦が存在する。院長は、中絶希望の女性を説得し、出産と同時に子どもを待ち望んでいる夫婦の子どもとして、出生届を出すよう勧めている。妊娠という事実を闇に葬るのではなく、幼い命を殺めず、その子を大切に育ててくれる夫婦に託すよう説得するとに使命感を持っている。

 院長夫人の説明を黙って聞いていた。女の子は15歳だそうだ。新生児を育てることになった夫婦が、お腹を痛めて産んだ母親である彼女の心のケアに、絵本をプレゼントしたいと申し出てきたそうだ。開業した最初から、私が文章を書いている絵本「大切なわが子へ」を、出産祝いに使ってくれており、累計で1万冊を超える絵本を届けている。絵本の文章は現在、ご両親と赤ちゃん、お母さんと赤ちゃん、天使になった赤ちゃん、先天性の障がいを持つ赤ちゃん、の4種類である。

 子どもを産んだ瞬間に子どもから隔離され、おそらくは一生涯対面することの叶わない、わが子に対する母親の気持ちを文章にすることになる。私にとっては第5の文章となる。できるだけ個々の状況に寄り添った文章を、と考えて何種類かの文章を作ってきたのだが、院長夫人の依頼はさすがに想定していない内容だった。特別版になるので費用は払う、と申し出てくれたが、即座に辞退した。そのような境遇の、おそらくは若いであろう「母親」の気持ちを癒やす文章を書くことに、絶対の自信を持っている訳ではない。しかし、もしその女性が特別版の「大切なわが子へ」という絵本を読むことで、肩を震わせ、大粒の涙とともに慚愧の思いを自身の外に流し出し、新たな人生を歩む勇気と気力、そして希望を持ってくれたなら、それが私にとっては最上の対価である。

 出産を楽しみにしていたわが子が天使になってしまった苦しみや悲しみは、やがて次の受胎と出産で癒やされるケースをいくつも見ている。しかし、この若い「母親」は、実在するわが子の名前を呼ぶことすらできず、抱き寄せることもできない。これからの人生で、幾度となく自分が産んだ子どもに思いを馳せることがあるだろう。悔いと自責の念を、まるでゴルゴダの丘に向かって十字架を背負うがごとく、独りで背負い歩き続けなくてはならない。

 そのような境遇の女性の前に、ある日天使が訪れ、「汝の罪は赦された。心に平安を与えよう」と告げられたら、どれだけ至福の気持ちになれるだろうか。私には神学的に赦すような権限はないものの、心の痛みと重荷を一緒に背負いたいという気持ちを、文章にしたいと思っている。簡単には思い浮かばないものの、イメージは蓄積しつつある。

 表面的な美辞麗句は人の心深くには届かない。読む人が自身の存在の根底から揺さぶられ、本来の生き方を覚醒させられる要素は、言葉や理論を超越した領域に存在する。その抽象的な概念やイメージを平易な言葉に変換して表現するには、ある種独特の感性が不可欠であることを、改めて痛感している。

 人工中絶をせず、養子縁組を紹介する方針の院長なので今後も継続的に、この第5の文章の絵本を使いたい、と言い残して院長夫人は説明を終えた。受話器を置いた瞬間から、その少女の姿が蜃気楼のようにまとわりつき、今も脳裏から離れない。そして、文章を書き始める前から、すでに感動が心に満ちている。我ながら、なんて奇妙な感性を持ち合わせているのだろうと思っている。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-01-22 23:02 | 創作への道 | Comments(0)

やはり木曜日はハードな一日だ


Bill Evans Trio - Blue in Green (Take 3)

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 半世紀ほど前に出会ったビル・エヴァンス。高校生という年代と感性で、果たしてどのようにエヴァンスの演奏に引き込まれたのだろうか。謎である。エヴァンスの演奏の特長のひとつは、スロー・バラードで始まる曲が多いが、ほとんど途中から感情が高ぶったかのようにアップテンポになる、という点だろう。そして再びイントロのスローな静けさが甦る。

 ビル・エヴァンスのプロフィールについては、一度何かで読んだ程度なので明確に思い出すことはできない。薬物依存で自殺願望のような生き方、というイメージが残っている。演奏そのものには、張り詰めた緊張感があり、独創的な音楽世界が構築されている。常に感性が研ぎ澄まされ、妥協のない美意識に溢れてもいる。風景も、田園地帯や海岸ではなく、マンハッタンの裏通りの雑踏が似合う。論理と感覚が絡み合って一体化し、直感的な洞察力に満ちている。真夏をイメージさせる曲は少なく、秋から冬、そして春先の心象風景のように聞こえる。

 これまで、イラストや写真を見て即興的に短編作品を書いたことはある。しかし、音楽を聴きながら作ったことは数えるほどしかない。例外なく、ピアソラの作品だった。ピアソラにも独自の音楽的世界があり、登場人物の姿が見えたり、さらには半生の航跡までが伝わってくることもあった。

 登場人物の精神的航跡は、自分自身の記憶している小さな世界には収まりきらない。過去に観た映画や読んだ小説の主人公と対面し、それらが疑似体験として蓄積されているような気がする。自由な時間があるときは、想像力や妄想力が小さな種を膨らませることもある。架空の人物が、あたかも実在するかのように命を吹き込まれる。

 改めてビル・エヴァンスとアストル・ピアソラを対比させてみた。エヴァンスの曲想から浮かび上がってくる人物は、極めて内省的であり、したがって内面世界が拡がる。一方、ピアソラの曲想からは、体躯や体温を感じさせ、しかも具体的・動的なストーリー展開が思い浮かぶ。今ふと、過去の作品で、アメリカ東部から中西部に移り住んで来た、近所付き合いの悪い、無愛想な老女を主人公にした作品を思い出した。確か「クリスマス・ロースの墓」というタイトルだったと思う。あの作品には、誰の曲を使っただろうか。大体のストーリーは憶えているが、音楽までは記憶にない。興味があるので、ちょっと確認してみたい。

 アハハ、エヴァンスでもなくピアソラでもなく、ナンシー・ウィルソンが歌う、「クリスマス・ワルツ」を使っていた。思ったより短く、しかもクリスマスの時期かと思ったら、2013年のまだ暑い8月に書き上げていた。もう少し詳細な描写を加えて、長くした方がいいようだが、気に入っている作品のひとつである。

 今日から11時前に寝るつもりでいたのだが、納品書に誤記載があるとか、直送が増えたから納品書の色を変更してくれとか、なんだかんだで深夜1時になってしまった。健康のためには、深夜ブログから早朝ブログに引っ越すべきなのだろうが、どうも一日の脳内疲労をクールダウンするには、そしてあくる日への鋭気を養うには、一日の最終章としてブログに向かうのが、とてもいい感じになっている。

 とにかく忙しさが加速している。地元の産婦人科病院に加え、一緒に仕事をしている次男がネットから新規開院の産婦人科2カ所を見つけたので、即対応している。全国の産婦人科名簿から分娩しているかどうかをチェックし、リスト化するのを知人の息子さんにお願いしている。何年もかけて準備してきた、産婦人科へのウェブ・マーケティングにトライする準備が整いつつある。

 エヴァンスでもなくピアソラでもない曲を使用した作品を、以下にご紹介させていただく。人生の陰影が見え隠れする主人公が、モチーフになっている。

【クリスマス・ローズの墓】2013/08/26


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-01-19 01:34 | 創作への道 | Comments(0)

体質が変わる、趣味が変わる・・・感性の場合は?


Bill Evans - Waltz for Debby

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 驚いたことに、急降下して安堵した血糖値の値が、一夜にして120も急上昇してしまった。あんドーナツを10個食べたとか、そんな無茶はしていない。血糖値の測定器は10年以上使用しているので、動作不良を起こしているのかもしれないと疑い、今日薬局で最新の測定器の値段を調べてきた。

 数年前は血圧の上昇に悩まされた。200近くはざらな体質になってしまい、しかし200を超えるとさすがに脳内に違和感が出た。深夜の3時とか4時・・・4時だともう深夜ではなく早朝だと思うが、睡眠の時間帯が原因だと考え、床につく時間を早くするようにした(これでもだが)。昨年からは逆に、朝の血圧が100を切ることが多くなり、低血圧を心配するほど体質の変化に驚いていた。

 今日は午後3時過ぎから8千歩以上を歩き、その後も外出したので累計で1万歩以上を歩いた。この寒いのに、汗ばむほどだった。そのまま夕方過ぎからずっとデスクワークをしていたら、寒気に襲われ脳内に圧迫感を覚えた。不安に思って血圧を測ったら、普段は100から120の間のはずなのに、180を超えていた。一体、何が起こっているのだろうか。でも、たった今測ったら133だった。やれやれである。

 体質や嗜好、趣味が変わるという言葉は良く聞く。感性が変わるとか、感覚が変わるという言葉は聞いたことがない。しかし、今日は歩きながら自分の感性が根底から変化したことを感じた。歩きながらビル・エヴァンスの演奏が聴きたくなり、「有益なセミナー」ではなく"All the Greatest Night”というタイトルで、全46曲が収録されているのを聴いた。

 聴きながら、まるで天からの使いが降臨してきたかのように、実に鮮明なイメージが見えた。10年以上前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。それを校正してKindle本で出版することは決めている。しかし、どういう訳かこの10年の間にブログに書き残している短編作品から選び、紙の本とKindle本の同時出版をしようという気になってしまった。「続・昼寝ネコの雑記帳〜創作短編集」というタイトルに決めた。

 数年前から検討しているので、そこまでだったら何の不思議もない。ところが何の脈絡も無く突然、最初の扉ページで、献呈文をビル・エヴァンスに捧げようという考えが浮上した。考えてみたら,高校生時代からずっとビル・エヴァンスを聴いているので、かれこれ半世紀にわたって感性的な滋養を与えてもらっていることに思い至った。

 単行本のタイトルは「続・昼寝ネコの雑記帳〜創作短編集」である。そしてサブタイトルは、例えばだがWaltz for Debbyにする。さらに、各短編の日本語のタイトルに寄り添うように、英文でビル・エヴァンスの名演奏のタイトルを並べようという考えが閃いた。

 ちょうど1年前の2017年1月に、正編と完結編「ワイオミングの土に還る」をブログで書いていた。有能な情報部員が、無差別殺人に見せかけて銃殺されるシーンから始まる。ちょっとスパイ映画の見過ぎだなと、自覚していたのだが、改めて読んでみたら・・・自画自賛になってしまうが・・・なかなか感動してしまった。
 その昔、英国のスパイ小説作家・ブライアン・フリーマントルが、著名になる前にジャック・ウィンチェスターという名前で「スパイよさらば」という作品を書いている。ジェームズ・ボンドのような派手なドンパチはない。人生の晩年で亡くなった妻の遺品を整理していたら、長年連れ添った最愛の妻が、実は敵国情報部が監視役として送り込んできスパイだったことが発覚した、というストーリーだ。人生の陰影が実にリアルに描かれており、今でも心に残る作品だ。

 話が脇道に逸れてしまったが、短編作品のタイトルとビル・エヴァンスの演奏曲名を並記することにしたいと思っている。「ワイオミングの土に還る〜My Foolish Heart」のように。あくまでも私の感覚で、独断と偏見で選ぶつもりだ。

 「彼方から甦る記憶〜How My Heart Sings」。「迷える子羊の教会〜When You Wish Upon a Star」・・・ざっとこんな感じである。


 しかし問題が一つある。10年のブログ倉庫には、おそらく数千種類の記事が保管されている。何を書いたかは、ほとんど記憶に残っていない。全てを読み返すのは大変な作業だ。
以前、創作短編集を出版したいと書いたら、確か読者のきいろ香さんだったと思うが、何編かを推薦してくださった記憶がある。ずっと遡って読んでくださったのは嬉しい限りだ。

 突如として自分自身の感性に変化が起きてしまい、創作短編集をビル・エヴァンスに献呈する気になってしまった。あれほどピアソラに傾倒していたのに、どういう訳かいざ現実的・具体的に考えたとき、旧友であるビル・エヴァンスが記憶の彼方から甦ってきた。しかし、多感だった高校生の頃からの旧い付き合いなので、妥当な選択なのではないだろうか。

 ここだけの内緒の話しだが、実は私はこの歳になった今でも、自分のことを多感な人間だと思っている。それぐらいでないと、アンドリュー・マーシャルには追いつけないだろうと思う。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


[PR]
by hirune-neko | 2018-01-14 01:03 | 創作への道 | Comments(0)

昼寝ネコの名前を返上した方がいいかもしれない

Diana Krall - My Love Is Where You Are

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 何の脈絡もなく、Diana Krallのこの歌が脳内に流れ出した。何度も何度も聴いた曲なのに、どうしてもタイトルが思い出せない。ブログ内を検索して、ようやく見つけ出した。何か切ない思い出を胸に、山手の外人墓地に行った主人公・・・すっかり記憶の彼方だったが、「ボクのご主人様はプロフェッサー」という正編・続編・完結編の3部作だった。

 大学の先生が若い女学生に恋心を抱くシーンから始まり、彼女の結婚と離婚、先生との偶然の出会いから一気に再婚。そして彼女は血液の病気で、あっという間に他界してしまう。そんなもの悲しいストーリーだった。すると、当時ブログ読者だったメタセコイアさんという方が、身につまされる、とコメントを入れてきた。年齢が行ってから大学院に入ったため、同級生は皆ずっと若い。その中の一人の若い女学生に恋愛感情を持ってしまったが、とうとう何も伝えられず、そのまま別れ別れになってしまったそうだ。なので、物語の薄幸な主人公の先生と自分がダブってしまう、という「クレーム」だった。

 その後メタセコイアさんは無事に大学院を修了し、就職された。せっかくなのでそのお祝いに、「ボクのご主人様はプロフェッサー」の最終章を、ハッピーエンドにして就職祝いとした。それを読み、先生がハッピーエンドなのを知って、安堵されたようだ。2012年10月の作品だった。

 あまり多忙で、脳内が実務的なことに占有されてしまうと、なかなか創作モードにならない。去年はおそらく、1作も書いていないのではないかと思う。かといって、こればかりは書こうと思っても、そう簡単には書けない。やはり、なんらかのイメージが湧き、それをキャッチしないとストーリーが展開しない。

 最近ふと、子ども向けに書いてみたいなと思い始めている。小学校の低学年から中学年向けだ。私にとっては、ハードルが高いという気がする。でも、書いてみたい。

 東日本大震災直後に名入り絵本寄贈の件で、被災地を訪れた。岩手県内で正式な地名は憶えていないが、海岸沿いに車を走らせていたとき、リアス式の入り組んだ湾の海水の色に目を奪われた。暗緑色の幻想的な雰囲気だった。突然の津波に、命を奪われた人たちの無念さを湛えているようでもあった。その印象がなかなか消えず、後日「気仙雪しぐれ」というタイトルで、時代劇の舞台脚本を書こうと考えた。大体のあらすじはできている。登場人物は語り部の婆やと、死地から甦って舞う若い女性の二人だ。音楽はすべてピアソラの作品で考えている。候補曲はほぼ揃っている。

 ところが、なかなか筆が進まない。困ったものだ。振り付けをお願いする方は決めている。語り部の婆や候補の方からは内諾をいただいている。舞う女性は、娘に頭を下げて出演をお願いしたいと思っているが、最後の難関である。

 日々、創作活動に没頭できたらいいなと思っている。しかし、まだまだ実務的な苦労を重ねることが、より人の心に届く作品を作る上で必要なのだろうと観念している。

 最近はウォーキングが継続している。まだジム通いは習慣化していないものの、一定歩数を歩くことで脳内が活性化してきているようだ。そのせいか、昼間はずっと頭が冴えており、まったく眠くならない。頭もフル回転だ。永年に渡って昼寝ネコを名乗ってきたが、どうやらその名前を返上した方がいいかもしれない。代案は思い浮かばないが、24時間フル回転ではないものの、かなり長時間働いているので、いっそのことコンビニネコ、という名前にした方がいいのではないだろうか。ん〜、コンビニネコだと全然情緒がないと思うので、いつまた再び昼寝をしたくなってもいいように、やはり昼寝ネコのままで通した方がいいだろうと思う。うん。

【補足資料】
正編「ボクのご主人様はプロフェッサー」(2008/06/20)
続編「ボクのご主人様はプロフェッサー」(2011/11/29)
完結編「ボクのご主人様はプロフェッサー」(2012/10/18)


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-01-04 23:35 | 創作への道 | Comments(0)

思いがけず嬉しいコメントをいただいた。


Astor Piazzolla - La famille

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

 新規コメントが入っていたので読んでみた。公開コメント欄への投稿なので、そのまま以下に転載させていただく。

(コメントの転載開始)
 一年ほど前、嫁ぐ娘の為に無理を言って絵本を作っていただきました。結婚式が終わり新居に向かう荷物の中にそっと入れて持たせました。その娘が、つい最近女の子を出産し、産院で絵本のプレゼントを頂く事になり、手続きをする際覚えのある会社名が・・・
 里帰り出産で戻っている娘と初めて二人で絵本を読み返しました。そばにはすやすや眠る娘の子供。娘は遠い嫁ぎ先で、自分の子供を授かってから、折にふれて絵本を読み、穏やかな気持ちで日々を過ごしていたそうです。
 今は1か月健診で手渡される絵本を、娘に読み聞かせ、そしてやがて嫁ぐ日に、私がしたように娘に持たせようと思っているそうです。
 娘の子は12月14日生まれ、一人の人の為の、千人の人の為の花になれるよう、「一千花 いちか」と名付けました。
 毎日たくさんの子供たちの為に絵本を製作されている昼寝ネコさんですから、一年前の事を覚えていらっしゃらないかもしれませんが、偶然の嬉しいサプライズに思わずコメントしてしまいました。
(コメントの転載終了)

 昨年の10月25日の記事「印象的だった今日の電話での会話」を読み返し、改めて懐かしく思い出した。http://hiruneneko.exblog.jp/26097397/

 離婚され、女手ひとつでお嬢さんを育て上げたお母さん。そしてお嬢さんの嫁ぐ日に、それまでの人生の労苦を思い、心の区切りとしてお嬢さんの名前が入った、そして母親からの愛情を込めた文章の絵本を贈った。電話での短いやりとりだったが、お母さんの気持ちを推測すると、自分の使命を無事に達成した安堵感と、それ以上に娘を嫁がせて独りになる寂しさが交錯しているだろうと感じた。

 当時の記事には、このように書かれていた。
 「同じ絵本を2冊作り、1冊は私からお母さんへのプレゼントとして一緒に送って上げようと、たった今、心に思い浮かんだ。永年苦労して育て上げたお嬢さんとの、かけがいのない思い出に、お互いに違う場所で違う時間に、同じ絵本を手に取って同じ感動を味わっていただけたら、どんなにいい思い出になるだろうか。きっと喜んでいただけると思う。」

 お母さん、お嬢さん、お孫さんの三人それぞれが、もうじき同じタイトルの絵本「大切なわが子へ」を手にされる。特別な気持ちでお読みいただいていると思うが、大切な人の心と心をつなぎ留めるお手伝いができたのではないかと思うと、何よりも嬉しく思う。

 改めて、言葉には人の心を開き、心に届く想いを伝える力があるのだと再認識した。このような純粋で穏やかな平安と感動を感じていただけことに、ミリオンセラー作家になることよりも、遙かに神聖な達成感を感じている。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2017-12-23 00:04 | 創作への道 | Comments(2)

ウォーキング中に、脳内を訪れた精神カウンセラーの主人公


Diana Krall-Guess I'll Hang My Tears Out To Dry

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

 今日も7千歩以上を歩くことができた。本当は連続歩行で1万歩程度を歩くと、心臓にも好影響を及ぼすと、専門家が言っているようだ。今日も夜になって、住まいから第三京浜の高架下までを往復したが、連続約5千800歩で、時間にすると40分以上だろうと思う。久しぶりにダイアナ・クラール(Diana Krall)のアルバムを、iPhone+Boseのイヤフォンで聴いた。

 今は麻生区に移転しているが、世田谷・経堂で営業していた美容室のgigue(ジーグ)の店内で、初めて聴いて以来のお気に入りである。あの頃は、書籍「昼寝ネコの雑記帳」の出版をするよう店長の鈴木さんが叱咤激励してくれ、カトリ〜ヌ・笠井さんにはイラスト画を提供してもらった。そのご縁で、貧乏作家気取りの私を不憫に思い、無料でカット・シャンプーをしてくれた・・・という訳ではなかった。ヘアスタイルに全く頓着のない私を見て、いつも「小沢一郎と同じヘアスタイルだ」と(天下の小沢一郎さんには失礼と思うが)呆れられ、ではお任せで、ということでパリ郊外のブローニュ風カットに仕上げていただいた。するとあら不思議、それまでは誰にも注目されなかったのだが、通りを歩いてふと振り向くと、若い女性たちが真剣な視線で私を見つめているのだ。どうしたことだと、ふと足許を見ると、私のヘアスタイルに魅せられたとおぼしきネコたちが、何匹もゾロゾロと後をついてきているではないか。ヘスタイルひとつでこうも違うのかと、すっかり驚いてしまった。しかし、真実は別の所にあった。実はその日、マタタビを購入してポケットに入れていたのだが、どうやらその香りに誘われて、ネコたちがついてきたらしい。

 BOSEのイヤフォンは、耳へのフィット感が良く音質もなかなかで気に入っている。一緒に仕事をしている次男が、確か私が還暦になったときにプレゼントしてくれたものだ。次男はBOSEオタクなのである。

 すっかり長い前奏になってしまった。

 往路の途中でふと、あるストーリーが思い浮かんだ。その概要を公開するが、確信を持って断言する。読まれた方は、私の妄想癖の酷さと現実がまったく見えていないことに呆れ果てるだろう。

 屈折した心理状態の女性が、かなり年上の夫と同居していた。夫には心臓の持病があり、発作が起きたときのために、薬を処方してもらい、常備していた。発作の予兆があったとき、いつもは夫自らが台所の引き出しにしまってある錠剤を服用する。しかしある日、なんの予兆もなく、突然心臓発作が襲った。身動きできず、苦しむ夫を黙って見下ろしながら、彼女は薬を取りに行かず、そのまま夫が動かなくなるのを待って、救急車を呼んだ。

 夫の死因は急性心不全と診断され、事件性は否定された。未亡人となった彼女は、徐々に心の呵責を感じ始める。匿名で法律家に相談し、自分の不作為の行動が起訴された場合の時効期間を確認した。その、時効期日が到来するまでの期間は、とても長く感じられた。苦しみ、いたたまれなくなった彼女はある日、思い切って精神カウンセラーを訪ねる。

 カウンセラーは男性だった。相談に来ても寡黙なまま何も言葉を発しないクライアント、明らかな妄想あるいは虚言癖から荒唐無稽な作り話を繰り広げるクライアント、薬物療法しか解決方法がないと思われるクライアント。実に様々な人間が訪れた。
 夫を見殺しにした女性は、時効成立前なので具体的なことは話せない。しかし、良心を責められ誰かに本当のことを告白して心を軽くしたい。その葛藤があるため、彼女は架空の身の上話を彼に話し続けるだけだった。

 勿論、どのような展開、そして結末になるかまでは到達していない。しかし、カウンセラーである彼のクライアントそれぞれに照準を当てて、人間の深層心理、葛藤、苦しみを1話ずつ完結させるシリーズとして作品化したいと思い至った。日本では、精神科医、心理療法士、カウンセラーなど、いろいろな呼称があるが不勉強でちゃんと理解していない。別に医学部に行かなくても、国家試験を受けられる資格があるのではないだろうか。

 もうかなり以前のことだが、電話で自費出版の相談を受けた。統合失調症でホーム暮らしの女性だった。どうしても出版したいけれど、予算が少ししかないという主旨だった。破格の製作費で出版のお手伝いをし、書籍は出版された。あれから何年になるだろうか。アマゾンで調べたら、2009年の初版となっているので、もう8年になるが、彼女からは今でも、ときどき長いメールが送られてくる。溢れる思いを誰かに聞いてほしいとの苦しさからだ。孤立させてはいけないので、いつも丁寧に返信するようにしている。

 私たちの三男は、今年の4月から神奈川県内のある大学付属病院で研修医をしている。大学を卒業して社会人になったのだが、精神科医になりたいという思いが消えなかった。妻子を持つ身だったが、ある国立大学の医学部に学士入学した。救命救急、脳外科、産婦人科、神経内科など、順番にいくつもの科で学んでいる、最終的に何をしたいか訊いてみたが、やはり精神科になりたいようだ。私自身、人間の心理や精神世界に興味を持っている。私のDNAの一部を受け継いでいるのかもしれない。

 精神科医やカウンセラーを主人公にしてしまうと、専門的な職業の部分は嘘っぽくなってしまうだろうと思う。今の私には、心理療法士の受験勉強をする時間など確保できるはずがない。しかし、一応は調べてみようとしている。もうすでに、あれこれを習得しなければならない状態なので、さらに何か新しいことを視野に入れようとする自分に呆れている。

 自分の年齢、健康状態、累積している遅延案件、余命の残存期間などがまったく視野に入っていない。まるで、架空の世界に生きる登場人物のように、現実世界とはすっかりかけ離れた行動をしようとしている。ため息が出てしまう。しかし、これが自分の個性なのだろうとも思う。無謀なことに、妄想世界で創り上げた創作物を、今度は現実社会で実現しようとしてしまう。かくも救い難い人間だと、ちゃんと自覚しなくてはいけないと思っている。

 ここまでは、実は今日の妄想のほんの一部である。ストーリーはどんどん展開してしまうのだが、そこまでの全容を書いてしまうと、顰蹙(ひんしゅく)を買うことが目に見えている。これ以上は頭の中だけに留めておくことにする。

 さて、これから初めての電子水風呂を経験する。徐々に電子人間になって行くわけだが、目から火花でも出るようになるのだろうか。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2017-12-22 00:38 | 創作への道 | Comments(0)

増補版 迷える子羊の教会(オリジナル版:2016.04.24)


Bill Evans Trio - Young and Foolish

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 スーツケースひとつを車のトランクに入れ、とりあえず西に向かってハイウェイを走った。デンバーから何時間か走り、日が陰ってきたのでハイウェイを出て、目についた安ホテルに投宿した。あれからもう、1週間になる。

 最初の数日は何も考えられなかった。少しは思考力が戻って来たような気がするが、訪ねてくる人など存在せず、どこにも行く当てがない。食欲もないし眠気も感じない。スケジュールは全てキャンセルされ、何の予定も入っていない。電話をかける相手も、メールを送る相手もいなくなってしまった。実在するけれど、社会的には不存在の人間。そんな自分は、このままこの安ホテルで朽ち果てるのも、ありかもしれないと思い始めていた。人目を気にすることもないので、外見がどうでも良くなってしまい、シャワーを浴びる程度で、ヒゲも剃っていない。

 思い出したくないあれこれが、徐々に湧き上がってくるのを感じた。

 あの日、懲罰評議会で除名を言い渡され帰宅した夜、いつもは明かりが点いているはずの家が、闇の中に溶け込んでいた。厭な予感がして家に入り、居間の照明のスィッチを入れると、テーブルの上の書類が目に飛び込んできた。さらに厭な予感がした。
 手に取って見ると、妻からの短い手紙と、離婚承諾書、郵送用の封筒だった。

「これからの生涯を、汚名とともに生きるだけの勇気はありません。書類に署名して投函してください。弁護士から連絡させますので、連絡が取れるようにしてください。 ジェニファー」

 もうこのまま、家族と会う機会は訪れないのだろうか。突然の環境の変化に、戸惑いと不安、そして孤立感を感じた。そんな感傷に浸る余裕もなく、その夜遅く、懲罰評議会の代理人だと名乗る弁護士から電話があった。48時間以内に住まいを明け渡すようにとの通告だった。家内と娘たちの荷物は、代理人が引き取りに行くので手を触れないようにともいわれた。私物はそんなに多くはないし、その家に住み続けたいという気もなかった。私は48時間以内に、車で家を後にした。

 5月に入ったばかりなのに、少し蒸し暑いような気がした。ホテルのエアコンの効きが悪いのかもしれない。
 脳内のパニックが少しずつ鎮まって、やや客観的に考えられるようになってきたようだ。今、自分はどこにいるのだろうか。まだコロラド州内なのだろうか。それともユタなのか、あるいはもうネバダなのか。

 東部で生まれ育った子どもの頃の情景が、次々と浮かんできた。ボストン郊外に住んでいたが、父親の仕事の関係で何度も市内のコモンパークに連れて行ってもらい、芝生の上を歩き回るリスたちを追いかけたことを思い出した。
 父はビジネスマンであり、商工会議所の理事を務め、多くの政治家との親交もあった。男の子は私一人だったので、私が会社を継ぐのが当然だと思っていたようだ。妹たちも異存がなかったようだし、母も期待してくれていたのだろう。

 父はいつの頃からか、私がハーヴァード大学に進み、そのままビジネススクールで学ぶというコースを、既定路線だと考えるようになっていた。大学受験を意識しだした頃、父は私に、試験は形式的に受けるだけでいい、と告げた。つまり、なんらかの方法で、すでに私の合格が決められていたのだと知った。
 感謝して、そのまま父の母校でもあるハーヴァードを受験していたら、そしてそのまま卒業し、ビジネススクールも修了して、父の紹介の企業で訓練を積み、最終的には父の会社を手伝うのが、一番無難な人生だったのかもしれない。

 私が、神学校に進みたいといったとき、テーブルで食事中だった家族全員が手を止め、言葉を失ってしまった。あの時の情景は、今でもよく憶えている。私の出自が火星人だと知ったときのような、そんな驚きようだった。

 家族関係は気まずくなっでしまったが、私は自分の我を通し、奨学金を得て自力で神学校を卒業した。卒業後は、コロラド州内の教会で修行し、数年後にはジェニファーを紹介されて結婚することになった。ジェニファーの父親は、教会のコロラド州を統括する聖職者だった。同窓生は皆、これで私の将来が安泰だと羨んだ。
 なるほど、その後の私は教会の実務を離れ、コロラド州本部の財務や法務の仕事に就くようになった。そんなある日、私は目にしてはならないものを見てしまった。
 教会は政治的な中立を宗規としているのだが、教会員に対して、特定の上院議員と下院議員に投票を誘導する、巧妙に作られた計画書を目にした。さらには、同様に特定の議員に対し、いくつかの慈善団体を経由して選挙資金を提供する、アクションプログラムが承認されている議事録を目にした。
 私はすぐさま、ジェニファーの父親を訪ね、ことの次第を報告した。あのときの彼の表情は、今でもよく憶えている。聖職者の表情が崩れ、苦悶と困惑の表情になった。彼は鋭い視線を私に向け、いった

「ブライアン、聖なる業をこの地上に広めるときは、地の汚れを浄めるために、まず私たち自身が、その汚れの中に足を踏み入れなくてはいけないんだよ。それと、ジェニファーと娘たちの生活を守りたいと思わないのかね。」

 ジェニファーに相談できる内容ではなかった。私は3日間熟考し、最終的に確信が持てた選択を行った。ワシントンDCにある教会の本部を訪ね、法務部のディレクターに面会申し込みをし、経緯を説明することにした。そのディレクターは、私の勇気ある行動を讃え、コロラドに帰って待機するように告げた。さすがに教会の本部では、正義が通用するのだと、安堵して家路についた。

 その3日後、私はコロラド州本部の懲罰評議会から呼び出しを受けた。いつでも証言できるように、経緯を正確に資料化していた。懲罰評議会は、10分もかからずに終結した。「法務および財務の重要機密を開示した重篤な責任」を問われ、私は教会そのものから除名処分を受けてしまった。つまり、ワシントンDCの教会本部が承認の上で全てを進めており、私は一気に危険人物として浮上してしまったのだと、そのときにようやく気づいた。

 私は、何か神聖なものに裏切られたような心境だった。突然、拠り所を失い方向感覚がなくなってしまった思いだった。

 突然ドアがノックされた。ルームサービスなど頼んだ覚えはない。クレジットカードにトラブルでも発生したのだろうか。ドアの外に立っていたのは、身なりのいい男性二人だった。私の両親の依頼を受けた弁護士だというので、招き入れた。

 私の居所を突き止めたのにも驚いたが、さらに驚いたのは両親からの申し出だった。私の身に起こった全容を知らされた両親は、コロラド州の隣に位置するネブラスカ州の片田舎で売りに出されていた建物を購入したという。長く独立系の教会として使われていた建物だが、急逝した聖職者の後継者が見つからず、閉鎖されることになったらしい。その建物で、自分が正しいと考える教えを広めるよう支援したい。それが両親からの申し出だという。
 父や家族の期待を裏切り、教会でも自分の正義感を通し、ジェニファーや娘たちを悲惨な境遇に追い込んでしまった私。そんな私の行動を理解し、受け入れ、寛容に接してくれる両親に、心から素直に感謝の気持ちを持つことができた。

 代理人の弁護士は、今すぐに結論を出す必要はないといった。時間をかけて、これからの自分の人生を設計し直すよう勧め、名刺をテーブルの上に並べた。ドアに向かって歩く途中で振り返っていった。

「もうひとつ伝言があります。お母さんが、お父さんに内緒であなたの銀行口座に1万ドルを振り込んだそうです。ゆっくり旅行していい景色を楽しむように、と伝えるよういわれました。ああ、それともうひとつ。ストレスのせいにして、ドーナツを食べ過ぎないよう注意してくれともいわれました」

 その夜は、疲れ切った頭では何も考えられず、深い眠りに落ちていったようだ。

 朝方、鮮明な夢を見た。私はスペインの荒野で羊飼いをしていた。囲いには100匹の羊を入れて、番をしていた。ちょうど100匹で、それぞれ1匹ずつには名前が付けられていた。毎日3度、羊たち全てが揃っていることを確認することが、義務づけられていた。夕方、何度数えても羊は99匹しかいなかった。囲いの入口を丈夫な綱で固定し、失ってしまった1匹の羊を探しに荒野に向かった。
 徐々に日が陰り、不気味な闇が濃さを増していた。私は途中で引き返す気持ちになれず、もしかしたら危険な目に遭っているかもしれない羊の安否が気がかりで、いつも持っている鈴の音を響かせながら、あてどもなく探し回った。

 突然、何かの気配がした。2頭の狼だった。1頭が右から飛びかかってきたので、杖で殴打したが、その隙に左から飛びかかられ、足に噛みつかれた。必死で抵抗し、痛さをこらえて杖で何度も殴打するうち、狼はぐったりと動かなくなった。薬草で応急手当てし、私はまた羊を探し始めた。

 かすかに羊の鳴き声が聞こえた。私が鳴き声のする暗闇に向かって声をかけると、鳴き声が大きくなり、やがて私の方に駆け寄って来る子羊の姿が目に入った。子羊は安堵したように、私に飛びついてきた。私は子羊を抱きしめると、肩の上に担いで囲いに向かって歩き始めた。

 かなりの時間を費やしていたのだろう。東の空が少しずつ赤みを増し始め、辺りの景色が鮮明になっていた。

 そこで私は目が覚めた。夢の世界から、一気に現実に引き戻されたが、子羊の感触も足の痛みもまだ残っていると感じるほど、鮮明な夢だった。理由もなく、心の底から感動が湧き上がり、涙が溢れ出した。

 両親からの申し出を受けるべきだと、強く感じた。私にはなんの権能もない。地位もなければ、正当な権威もない。しかし、荒野で迷っている子羊を救い出すのに一体、何の権威や地位が必要だというのだろうか。安全な囲いの中で、しばし平安に過ごせるよう手助けし、その後は自分の意思と判断で、必要とすればどの宗教を目指してもいいではないか。

 そう考えると、とても気楽になった。しばしの休息を得て、新たな道を目指して行けるよう手伝うことなら、私にでもできるかもしれない。
 迷える子羊の教会: The Church for the Lost Sheep。今の私にできる精一杯のことなのではないだろうか。そう考えたとき、聖書の一節が思い浮かんだ。

『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』

     ◆    ◆    ◆    ◆    

 両親が購入してくれた建物は、アメリカの中央に位置すると言われる、ネブラスカ州オマハから数十キロの郊外にあった。ミズーリ川からもそんなに遠くない、閑静な田園地帯だった。地元の不動産業者に連絡を取り、現地を案内してもらったが、彼は車の中で急逝した前任の聖職者のことをいろいろ説明してくれた。

 人格者で人望があり、地域の住民たちからの信頼と尊敬を集めていたことが良く理解できた。ブライアンは、それなりの規模と知名度を有する教会を追われ、家族とも離別し、文字通り孤立無援の立場になっていたが、かえって純粋な信仰心を培う良き機会だと考えていた。

 建物は思ったよりも大きかった。L字形の平屋建てで、教会の礼拝堂といくつかの教室、事務所、それに住まいが併設されていた。不動産業者の男性は、いくつかの鍵の説明を終えると、鍵束と一緒に権利関係の書類緒を事務所のデスクの上に置いた。そして、両親からの手紙を預かっているというと、ジャケットの内ポケットから取り出して手渡すと、別れを告げた。

 封を切ると、父と母それぞれからの手紙が入っていた。椅子に座り直して読みながら、両親の期待を裏切ってビジネススクールではなく神学校に進学した頃の、家の中に充満していた冷たい空気を思い出した。両親と妹たちに背を向け、わがままな選択をした私に対する両親からの寛大で思いやり溢れる行為に、改めて家族の絆を感じ感動の涙が溢れてきた。

 教会はあくまでも迷える子羊たちのために運営する決意だった。地元の新聞社に相談して記事にしてもらい、とりあえず日曜日は礼拝行事と日曜学校からスタートすることにした。果たして、どのような考えの人がどのような動機で教会に足を運んでくれるのか、まったく予測がつかなかった。

     ◆    ◆    ◆    ◆    

 あっという間に半年が過ぎ去った。他界した聖職者を慕っていた「信者」の皆さんが、少しずつ集まってくるようになり、ブライアンは平日にも、いろいろな相談に乗る時間を過ごすようにした。毎日曜日の礼拝行事の時に、出席した皆さんの表情に平安な輝きを感じることが、とても張り合いになっていた。

 ある日曜日、いつものように小さな礼拝堂に入り、説教台から出席者一人ひとりの表情を確かめながら、お話しを始めた。その時、ブライアンの視界に、最後列に座るジェニファーと娘たちの姿が飛び込んできた。一瞬、言葉が出なくなってしまったが、頭の片隅では離婚して離れていた妻と娘たちが、なぜこの場所に存在しているのかを思い巡らしながら、その日のために用意した話しを続けた。

 礼拝行事の後、ブライアンはジェニファーと娘たちを事務所に招き入れた。激動の時期を独りで乗り切ろうとしていた矢先なので、妻たちの突然の来訪の意図を計りかねた。いきなり本題に入るのがためらわれ、健康状態や娘たちの学校の様子などを質問した。

 ジェニファーはブライアンの狼狽を察して、ストレートに説明を始めた。ブライアンの許を去った妻のジェニファーは、後に父親から歪曲された虚偽の経緯を説明されていたことを知った。その後、教団の一部の人間たちが宗規に反して、特定の政治家へ投票させようとしたり、いくつもの慈善団体を迂回して政治献金を行ったことが表面化し、ブライアンの行動の正当性が認められ、評価されてことがジェニファーの口から語られた。しかしブライアンには、遠く過ぎ去った、すでに終結してしまった出来事だとしか思えなかった。

 ジェニファーは軽率な判断をしたことを謝罪し、ブライアンの生き方に共感していることを伝えた。その日、十分な時間をかけて家族で話し合い、ジェニファーと娘たちはブライアンと一緒に生活することを決めた。

 ほどなく、ブライアンとジェニファー、そして娘たちは家族揃って、この小さな教会の維持を手伝うようになった。

 その後、ブライアンを除名した教団の上層部から連絡があり、除名が誤りであったことを謝罪すると同時に、教会の管理・運営に必要な権限と資金的援助を与えるので、今後は独立系の教会としてではなく、全米組織である彼等の教団に所属して教会を運営するよう申し出があった。
 ブライアンは、かつての夢の中で、囲いから迷い出た一匹の子羊を捜すために荒野に出たこと、狼に襲われ傷つきながらも、見つけ出した子羊を肩に抱いて囲いに戻ったときに味わった、深い達成感を忘れてはいなかった。著名な宗教組織への復帰は名誉あることかもしれないが、ブライアンとジェニファーは、そのまま名も無い小さな教会を維持し、いつ悩める子羊が迷い込んできても、心を込めて世話をできるよう、「迷える子羊の教会」の看板をそのまま掲げることにした。

 ある意味で、人生には終わりが無く永遠に続くとしたら、最も小さき者の明日の希望と平安のためには、今日の苦難を甘んじて引き受ける、真の信仰者の犠牲心がネブラスカの片田舎だけでなく、世界中に存在するのではないだろうか。

【創作メモ】
 今年もクリスマスの時期に、私の創作作品を期待してくれている人たちが存在する(ようなのだが・・・)。新たに納得のいく作品を創作するだけの時間が確保できないため、1年半前に創作し気に入っているこの作品の、終盤を省略せず仕上げることにした。読み返してみて、我ながら良くできた作品だと勝手に自画自賛している。ブライアンのような人物が身近にいたら、友だちになりたいと思っている。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


[PR]
by hirune-neko | 2017-12-15 02:02 | 創作への道 | Comments(0)

話し好きの集荷ドライバー〜ヴェトナムには日本の昭和がある


Fantasia in c minor, Silvius Leopold Weiss played by Xavier Díaz-Latorre

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 リュートという楽器を初めて見たし、音色も聴いた。深みと包容力のある楽器だと感じる。昨日掲載したのと同じ、Fantasiaのリュート演奏を掲載してみた。

 集荷に寄ってもらう度に立ち話になる。私は座ったままの立ち話だ。
 
 ドライバーの方はちょっと個性的で、政治にも関心を持つユニークな男性だ。天皇制、フリーメーソン、宗教論など話題は多岐にわたる。

 今日は身の上話だった。もともとはサーファーでアジアの国々を転々とし、何年も過ごしたそうだ。その会話の中で、ヴェトナム人はとても日本人の気質に近く、まるで日本の昭和のような雰囲気だと教えてくれた。日本人に対する感情も良好だという。物価も安く、床屋は100円だと言っていた。ある程度のお金を持って行けば快適に生活できると言う。彼はアジア滞在を中断して日本に戻り、お金を貯めてまたアジアに帰って行くと言っていた。

 そのような生き方の人がいるのを知り、興味深く思った。アジアのどの国に行っても、サーフィンができる海岸には必ず日本人がいたとも言っていた。対日感情が悪いのは中国と韓国だけだとも言っていた。

 私が仕事から離れられる状況になったときに、果たして海外に行き滞在する体力が残されているのだろうかと考えた。

 今日、ふと未完の大作(自称)である「気仙雪しぐれ〜望郷の舞い」というタイトルの舞台脚本のことを思い出した。データを開いてみたら、着想は2011年となっていた。もう6年の歳月が流れたことになる。基本的なプロットは出来上がっており、舞いに使用するピアソラの作品候補もリスト化されている。全体の流れを頭の中で反芻してみたら、すっかり感動してしまった。なかなかいい作品だと、すっかり自画自賛してしまった。

 この作品の中心軸には、東日本大震災で無念な最期を余儀なくされた、被災者の皆さんから、地上に遺された愛する家族に対する心情が据えられている。従って、初演は大船渡のリアスホールだと勝手に決めている。

 まだスケッチ程度の資料だったが、読み返してみて改めて自分が、創作することに純粋な情熱を持つ人間だと再認識した。人の心に感動や共感を届けられれば、何よりも嬉しく思う。

 日々仕事に追われ、仕事の合間の僅かな時間しか割くことはできないが、挫折せず完遂したいと思った。

 思いがけず、岩手阿部製粉の元社長の喪中葉書が届いた。冷凍和菓子の芽吹き屋で知られ、頑固一徹の社長だった。すぐさま電話し、奥様である常務に弔意を伝えた。亡くなられたのは8月だったそうだ。年明けには電話でお話しし、五穀クッキーの貯蔵食バージョンを一緒に開発しようと決めたままになっていた。元社長への供養として、跡を継いで社長をされている息子さんと一緒に、五穀クッキーを継続したいと申し出た。

 時はゆっくりと流れ、まるで大河が彼方の滝壺に向かって静かに進むように、いずれは世界的な破綻が引き起こされると思っている。しかしながら、日々平常心を持ち、淡々とその日その日の務めを果たして行きたいと思ってる。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2017-11-27 22:59 | 創作への道 | Comments(0)

昼寝ネコの箴言 本編第1章 〜旧約テイスト

Astor Piazzolla - Viaje de Bodas

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

 地が騒然とする直前に忽然と現れる、この箴言を目にする者は幸いである。世の中が数々の噂や虚言に満ち溢れ、真理が覆い隠されるとき、多くの人々は偽りの預言者とその陰謀によって、闇の深みに導かれる。闇の中には光がなく、従って希望も存在しない。それまで所有していた豊富な金銀財宝は朽ち果てて、瞬時に蛆(うじ)の住処となる。声をかけても応える人がなく、勝ち誇り蔑む笑い声のみが、闇の中に響き渡っている。

 その日、世界の耳目が東の果ての小国に注がれる。その国の王は金箔を身に纏ったまま、世界の国々に対して高らかに恫喝の雄叫びを上げる。国民は飢えに苦しみ、餓死の恐怖とともに絶望の淵に沈む。勇ましいはずの兵士の腹は寄生虫の住処となり、士気が失せる。圧政と暴虐に満ちた小国は、やがて数奇な運命を辿る。

 世界平和のためと称して、ともに敵対する大国の王たちは一堂に会する。大胆な東の国の王、狡猾な南の国の王、そして深謀遠慮に富む北の国の王それぞれは、自国の砦とするために小国を影響下に治めようと策をめぐらす。密偵が蠢き、それぞれの王は主導権を握るための策謀を命じる。

 小国とは大海を挟んで対峙する黄金の国では、国王が中心となり心ある国民の多くが一丸となって、国内外の敵対勢力を削ぎ落とすために知恵を絞る。善と正義に満ちた神聖な力は国全体に及び、国を滅ぼそうと企てていた悪人たちは、国を追われて行き場を失う。

 知恵ある者は耳を澄まし、地の底から響く勧告に耳を傾けるべきである。善良な者は目を開き、天から降ってくる古代の預言者たちの言葉に目を留めるべきである。ああ、地が荒廃しようとするそのときに、人は何に頼れるだろうか。金銀財宝だろうか、地位や過去の名声だろうか。動乱の国土を彷徨い、行き場を失った荒廃の地で、ひと抱えの純金を持っていたとしても、それが一体なんの役に立つだろうか。過去の誉れや地位が、一体何の役に立つだろうか。

 知恵ある者、善良な者は自らの心に尋ねるべきである。混乱する時代が到来する前に、人間にとって真に価値あるものは何か、という問いに対する答えを、自らの心に問うてみるべきである。人間は生まれる前、即ち霊として存在していた前世で、すでにその真理を心深くに刻まれていたのだから。

 長い忘却と苦難の道を経て、大地が終焉の渦に呑み込まれる前のこの時期にこそ、改めて耳を澄まし目を開いて、自己との神聖な対話を重ねるべき時が満ちている。長い旅路の果てに、還るべき本来の場所がどこにあるのかを見つけること、それが人生の崇高な目的であると確信できれば、たとえ地に暴虐が満ち、荒廃しようとも、人の心には決して損なわれることのない、平安と安息が満ちるのである。

(創作メモ)
 ちょっぴり旧約時代の、見習い預言者になったつもりで書いてみた。実際に、イザヤやエレミヤなど旧約時代の預言者の記述を読むと、明らかに現代の我々に対して告げる内容になっている。そこで日頃から、国家のインテリジェンス、個人のインテリジェンスに加え、神学的インテリジェンスの必要性を感じている次第だ。ファミリー・インテリジェンスという概念は、世界中で誰も視野に入れていないようだ。ましてや、神学的インテリジェンスだなんて公言しようものなら、変人扱いされることは間違いないだろう。しかし、そのようなことは一向に気にしない性格なので、我が道を行く、である、改めて、ピアソラの曲想の根幹にある独自性、特異性、妥協を許さない心意気・・・そのような部分に共感を持っているのだろうと思っている。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2017-11-23 00:01 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
台湾加油さん コメ..
by hirune-neko at 01:31
日本にこれまでこんなに惜..
by 台湾加油 at 23:28
nekodaisuki..
by hirune-neko at 10:01
正確に記載せずにすみませ..
by nekodaisukiyorgos at 04:40
追記 G,Burt..
by hirune-neko at 12:06
記事ランキング
以前の記事
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ