昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:創作への道( 242 )

訓練の機会を与えられていると思えば、気も楽だ


Keith Jarrett - Then I'll Be Tired Of You


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 ときどき仕事の手を休め、時間の流れの中で立ち止まっている自分がいる。雑踏の人の流れの中で歩みを止め、方向性を失って佇んでいる自分がいる。視野を前方に向けたまま、脳裏に遠く過ぎ去った過去の出来事が甦るときは、過去の自分が現在の自分を否定的に見ているように感じる。

 過去に戻って人生をやり直すことはできない。過去の航跡が今の自分を形成しているのだと、現在を肯定的に捉えられるようになってから、それなりの年月が経過している。

 毎日、あれこれ考えながら、それなりの時間を仕事に費やしている。売り上げが際限なく、右肩上がりになることが目標なのではなく、一定の環境を作り上げたら、魂が静かに寛げる場所で、時間がゆっくりと流れるのを感じながら、その小さな世界に安住したいと思っている。そこに到達するのを目的に生きているような気がする。

 社会に同化し、自分の役割を果たそうとしているが、同時に自省的・内省的な自分自身と対面する時間もある。一切の利害を超越し、寛いだ感性で対話できる相手は、得がたい存在だと思う。

 音楽家、演奏家、作家、画家、写真家、俳優・・・心酔できるアーティストは、貴重な存在だ。しかし、特別な才能や能力に恵まれていなくても、信頼できる人格を持ち、価値観や感性を共有できると感じる人間関係は、決してお金では買えない、貴重な存在だと思っている。

 もうかなり以前に認識したことだが、自分が学生時代に深く味わった虚無感が、深いところで今も消えずに残っているようだ。考えてみれば、恐ろしいことだ。多感だった頃の心象が、未だに感性を支配している。

 忙しく時間に追われ、自分が機械化しいる時間が長いと、感性が徐々に乾燥するのを感じる。まだもうしばらく、そんな環境を過ごさなければならないが、もう少し将来の自分が必要とする要素を習得する、必要な訓練期間だと割り切っている。

 高校生の頃、ビル・エヴァンスばかり聴いていたが、初めてキース・ジャレットの演奏を聴いたとき、ビル・エヴァンスの演奏だと思ってしまった。こうして改めてじっくり聴いてみると、やはりビル・エヴァンスの鍵盤音とは、根本的に違うと思う。でも、偏食傾向は強いものの、音楽が好きで良かったと思う。傾倒できる映画作品にも恵まれて良かったと思う。あとはもう少し、短編作品を量産できる環境になりたいと願っている。

 今日、知人から村上春樹論文の日本語訳文が、全部で7ページ送られてきた。英語を母国語とする人間が、自作の英語論文を自ら和訳したものだ。そういえば、このようなケースの文章を推敲するのは初めての経験だ。不思議な縁で、村上春樹の世界への入口に導かれてしまった。なんとか日本語推敲をお手伝いしたいと思う。学会の人たちから、「自分で日本語に訳したの?」と訊かれたら、「はいそうです、でも推敲してくれたのは、村上春樹もどきの人です」と答えるようにお願いしようと思っている。


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by hirune-neko | 2017-05-27 01:56 | 創作への道 | Comments(0)

脳内酷使で疲弊したが、嬉しかった


Eliane Elias - Time Alone - Dreamer (2004).wmv


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 何度か登場している、村上春樹の研究家でニュージーランド出身の男性から、メールが届いた。何だろうと思って開いた。

 日本の学会で、初めて村上春樹に関する論文を発表するという。英語の論文は仕上がったのだが、日本語に翻訳してくれる適切な人が見つからず、自分なりに日本語訳を作ってみたそうだ。
その日本語を、自然な日本語に推敲してもらえるかという打診だった。英語と日本語の両方に厳しい感覚を持っている彼から、いきなり和訳という依頼ではなかったので、ほっとした。

 毎日、それなりの量の文章を書き、推敲もしているので、そんなに難しくはないと判断した。

 読むと、英語を母国語とする人間なのに、日本文のワンセンテンスがかなり長い。引用されていたのは、フィッツジェラルドの「華麗なるギャツビー」で、どうやら村上春樹が翻訳しているようだ。私は数十年前に映画で観ている。確か、ロバート・レッドフォードの主演だったと思う。

 途中で、彼自身の論文と「華麗なるギャツビー」の引用文との位置関係が正確に把握できなくなり、何度も読み返した。理解しやすく、なおかつ昼寝ネコ流の文章リズムになるよう推敲を終えた。

 ワンセンテンスずつ読み、日本語として不自然だったり、正確に判読できにくいと感じる部分に手を入れた。・・・実は、村上春樹訳のオリジナル文が2カ所あったのだが、引用符がなかったため、そうとは知らずに手を入れてしまった。
 しばらくして、村上春樹大先生の書かれた文章であることに気づき、元通りに修正した。

 そのことをメールで説明すると、彼は、自分の転記ミスがあるかもしれないので、おかしいと思う部分があったら指摘してほしいといってきた。いやいや、そんな畏れ多いことはできるはずがない。

 村上春樹作品の英訳本を2冊、Kindle版でダウンロードしてしているが、肝心の日本語オリジナルの作品はまだ読んでいない。訳文ではあるものの、初めて村上春樹の文章と、論文の中で対面することになった。思いがけない、嬉しい出会いだった。

 私が推敲した文章を、大学の日本人同僚に読んでもらうと言っていた。無事に合格するといいのだが、ちょっぴり不安でもある。しかし、ニアミス程度ではあったが、思いがけない形で村上春樹の世界の入口を覗けたことに、何か運命的な出会いを感じている。・・・私が一方的に感じているだけではあるが。

 夜7時からは、中国語教室に2回目の出席。帰宅して、インターネットで予約していた将棋の対戦を2局。頭を酷使した一日だったが、今はもうすっきりしている。

 まだ遅延案件を引きずっているが、徐々に気力と集中力が回復してきている。いい兆候だ。

 そういえば、金正恩委員長について、アメリカや日本の精神病理学者が異常さを指摘している。アメリカではパラノイア、日本ではパラノイドと指摘されていた。
 独裁国家なので、CIAなどの海外機関による暗殺やクーデターの仕掛けは、かなり難しいとは思う反面、一般大衆や軍人とて人間である。自分や自分の家族を道連れにしてまで、狂気の道を驀進する国家指導者に対して忠誠を尽くすのだろうか。国民性や国家観の違いもあることだから、部外者の私には窺い知れないことではある。

 作品の取材目的ではあるが、朝鮮半島、中国大陸、ロシア、中東、南米に行ってみたいなどと、無謀なことを考えている。改めて、英国のスパイ小説作家である、ブライアン・フリーマントルの作品を夢中になって読んだ頃が、懐かしく思い出される。・・・入国審査の際、コンピュータでチェックされ、昼寝ネコの名前が出た途端、公安警察がすっ飛んでくるかもしれない。スパイ目的容疑で取り調べを受けるか、ペルソナ・ノングラータと宣告され、入国拒否の上、強制送還されるかもしれない。まあ、そこまでの有名人ではないから、杞憂に終わるとは思うが。

 あっ、くれぐれも誤解しないでいただきたい。私は、国内外を問わず、いずれの情報機関にも所属してはいない。ただ、パリに本部がある、昼寝ネコ世界大会議の日本支部長を委嘱されているだけである。人畜無害とは、まさに私のことである。


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by hirune-neko | 2017-05-25 00:24 | 創作への道 | Comments(0)

東アジア情勢を神学的視点から予測してみた


Astor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato


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 大学生のとき、東京・練馬区にあったキリスト教の神学校・ ・ ・の近くに北海道出身の学生の寮があり、そこで4年間を過ごした。私が神学校で学んだわけではない。
 12月のクリスマスの頃、その神学校の神父さんらしき人と学生のみなさんが、私たちの寮を訪れた。おそらくは、愛の布教のために交流をしたいと思ったのだと思う。

 神父さんと学生さんたちは、何やら賛美歌と思われる歌を歌った。我が寮生たちは、それに対する返礼として、みんなで歌を歌うことになった。東京音頭という歌だった。東京音頭をそのまま歌えば、何事も起きずに友好的な時間を過ごすことができた。しかし、実際に歌ったのは東京音頭の替え歌であり、いわゆる卑猥な内容の歌詞だった。出だしのしばらくは、神父さんも学生のみなさんもにこやかに聴いていた。しかし、歌詞をよく聞くと全く卑猥な内容であり、それに気づいた皆さんは、何も言わず途中で立ち去っていった。今にして思えば、なんと失礼で非常識な応対だったのだろうかと思う。

 だからといって、北海道出身の人たちを偏見の目で見ないでいただきたい。たまたまそこで寮生活を送っていた学生たちが、よくいえば粗野であり、悪くいえば向こう見ずだっただけである。いずれにしても、周りの空気を全く読まない人間の集まりだったと思う。もしこの文章を、当時の寮生仲間が読んだら、お前こそその最たる者だった、と言うだろう。

 学生時代は、きっかけは覚えていないが、サルトルの実存主義という考え方に傾倒した。同時代人だったカミュに対しては、さらにもっと傾倒した。いずれもキリスト教を根底から否定する無神論の考え方だった。そのため私はいつしか、どこかの教会に乗り込んで牧師さん・神父さんと議論をし、いかにキリスト教が間違っているかを説明したいと思い始めていた。そんな私なので、神学校で学ぶ敬虔なクリスチャンの皆さんに対して、卑猥な歌を歌ったことに、何も罪悪感を感じなかった。

 それからしばらくして、古典ともいえるパスカルの「パンセ」という本を読んだ。パンセとは、フランス語で考える、という意味であり「人間は考える葦である」という言葉で有名だと思う。しばらく読み進むうちに、「神学的発生」という言葉が目に留まった。その意味を定義すると、とても長くなってしまうので省略するが、要するに、人間の知恵や知識では説明しきれない不思議なことがある、ということになるのだろう。

 学生の頃は、あれこれいろいろな宗教関係の人と話す機会がないままで終わった。しかし、

 「私たちの宗教を信じれば、病気もせず経済的にも困らず、長生きして苦労もせず、幸せな人生を送れる・ ・ ・」

 このような勧誘をする宗教団体は、詐欺師集団だと思っている。
 あえて断言するが、人間の人生には苦難が不可欠だと思う。苦難と向き合い、その境遇に耐えて努力するときに、初めて人間としての成長がある。その炉の中で人間性が精錬され、心の広い思いやりのある人間になっていくはずだ。
 私にとっての説得力のある表現は、

 「あなたの成長のためにイバラの道を用意しましたが、苦しくても耐えてください。私はいつもあなたを見守り、決して見捨てることはしません。私に信頼を置き、私に頼って生きてください。」

 である。このような表現をする宗教があれば、私は信頼を置くだろう。

 相変わらず悪い癖だと思うが、ここまでは前書きである。

 このところ、北朝鮮の核ミサイル問題が東アジア地域で大きな問題となっている。しかし、もしある国が超小型の核爆弾を開発・量産し、金目当てでその核爆弾を、世界中のテロリストや反政府組織、あるいは犯罪組織に大量に売却したらどうなるだろうか。所謂、スーツケース核爆弾である。おそらく彼らは、目に触れにくいその超小型の核爆弾を脅迫の材料に使い、理不尽な要求や犯罪活動を行うのではないだろうか。

 しからば、人間はどこまで苦難に耐える必要があるのだろうか。神学的な発想に立てば、たとえ命を失っても天国に救われればそれで良い、ということになるのだろう。
 では逆に、独裁者が暴虐の限りを尽くし、国を流血と恐怖で支配しようとするときに、その国の民は命を失う最後の最後まで、耐え忍ぶことを要求されるのだろうか。逆に、罪のない人々を苦しめ、あるいは命を平然と奪うような独裁者は、何の咎めも受けないのだろうか。なるほど、神学的には独裁者がこの世を去って初めて、来世で永遠の責め苦を受けるのかもしれない。しかし個人的には、多くの国民が血と涙を流して苦しむような、悪政を行う独裁者には、正義の力が働いてほしいと願っている。

 宗教関係の雑誌を少し読んだだけではあるが、今でも日本・ユダヤ同祖論という考えが根強くある。末の日のイスラエルの再集合という言葉もある。古代に、イスラエルの民が全世界に散らされ、北の国から失われたイスラエルの支族が現れる、という表現も目にする。もし、この「北の国」が、日本からごく近い国だとするならば、神学的視点から見たらどのようなことが起きるのだろうか。

 軍事的なバランス、地政学的な戦略などから、いろいろな予測をする人が多い。しかし誰一人として、神学的な展開などを述べてはいないのではないだろうか。

 自分の親族やその家族を残虐に粛清し、多くの民に飢えなどの犠牲を強いている国の国家元首は、ある日多くの人々の前で、女子どもに踏みつけられ、惨めな生涯を閉じるだろう。その遺体には野鳥が群がり、死体の肉をついばむ。
 そのとき、それまでに経験したことのないような大きな地震が起こり、山々は平坦になり、海底が隆起してあっという間に、大陸と日本の地が陸続きになる。抑圧された人々は、大陸と日本を結ぶ乾いた陸路に殺到し、祖国を後にして逃げ去る。その人々を背後から武装した軍隊が追うが、やがて逃げ惑う人々の背中が見えてきたときに、海水が丘のように隆起して、あっという間に軍隊を丸ごと海底にのみ込んでしまう。

 人間の手によらない不思議な力が、悪をくじき善良な民を救うというシーンを想像するなら、このような壮大な情景が思い浮かぶ。まるで、旧約聖書の出エジプト記のような内容だが、誰が読んでもおそらくは、荒唐無稽な作り話といわれて終わりだろう。実際にイスラエルの民は、エジプトでの奴隷生活から逃れた。しかし、エジプトを出てからも40年にわたって荒野をさまよい、飢えと渇きに苦しんだと書かれている。

 もし近い将来、本当に大地震が発生し、大陸と日本が陸続きになったとしても、私のことを預言者だなどと誤解しないでいただきたい。私はただ単なる妄想家に過ぎない。


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by hirune-neko | 2017-05-23 00:40 | 創作への道 | Comments(0)

観劇記「南武線誕生物語」〜夢みる男たち


Astor Piazzolla - Woe


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 川崎と立川を結ぶ「南武線」が誕生するまでの関係者達の苦労を、史実を踏まえて舞台化した作品だ。開業から90年というから、やがて1世紀になろうという由緒ある路線である。

 インターネット上に溢れる話題は、北朝鮮のミサイル問題であり、韓国における親北大統領の誕生であり、トランプ大統領の弾劾問題であり、中国が主導する国際金融機関AIIBの経営実態の脆弱さであり、・・・いずれも目が離せない緊迫した状況が錯綜している。

 もしかしたら明日にも、緊急事態が発生するかもしれない、という緊張した毎日を私たちは生きている。情報の断片ひとつひとつに一喜一憂し、知れば知るほど神経が休まらない。

 改めて90年という歳月を遡行し、当時の先人の舞台裏の苦労や、目に見えない理念・哲学を舞台上に再現しようという試みである。

 脚本家は小川信夫先生で、今回が第6弾となる。川崎市民劇というだけあり、いずれも、川崎の地にちなんだテーマを脚本化している。
2006年 「多摩川に虹をかけた男〜田中兵庫物語」
2008年 「池上幸豊とその妻」
2011年 「枡形城 落日の舞い」
2013年 「大いなる家族〜戦後川崎ものがたり」
2015年 「華やかな散歩」

 今すでに存在するものを、そのあるがままの姿でしか捉えないならば、目に見える表象しか理解することはできないだろう。しかし、最初に存在した理念を、具体的な形にしていく過程の苦労と努力を知るならば、表層からは伝わってこない「ぬくもり」を体感することができる。ときとして、身命を賭して後世の人たちのために遺してくれた関係者に対する、敬愛と尊敬の情が湧き上がってくるのではないだろうか。

 日常生活で、何気なく乗降していた南武線に対し、新たな感情移入をするようになるのではないだろうか。欲得ではなく、地域の人、後世の人のために信念を貫いた先人に対する情は、そのまま郷土愛につながっていくだろう。

 浅野財閥や安田財閥の創業者が登場する。苦難の環境をはねのけ、経営哲学を確立していく彼等の魂を再現したのは、脚本家の筆力である。その慧眼に、改めて敬意を表したい。

 舞台は映画同様、総合芸術である。目に見えない着想に始まり、脚本、演出、演技、舞踊、音楽、照明、衣装、大道具、小道具、音響、映像・・・おそらくは仕事を持ちながら、乏しい時間の中で、それぞれの役割を果たすことに努力されたはずだ。

 舞台作品は映画と違い、ある意味では再生の効かない瞬間芸術でもある。一瞬の気の緩みが集中力を欠き、予測しない思わぬ事故につながることもある。コンディションの維持と集中力が要求される、負荷の大きい、緊張した時間であり空間である。

 冒頭の雲の流れる映像が自然で、印象的だった。舞台装置も自然でリアリティがあった。照明も違和感がなく自然だったし、衣装も登場人物のキャラクターを引き立たせるよう吟味されていたと思う。音楽も決して出しゃばらず、場面ごとの感情イメージを想起する助けになっていた。登場人物の皆さんは・・・ベテラン俳優さん達の落ち着いた演技が、場面のリアリティを引き立たせていた。若手の皆さんには、それぞれの人物になりきろうとする、真摯な演技努力を感じた。唯一、メークに関しては、2階席の中段に座ったことと、持病の白内障のため的確なコメントを書くことができない。しかし、終演後にロビーで挨拶されていた皆さんを見たが、自然な感じだった。
・・・もっとも、私に舞台メークを語れるような資質や経験があるわけがない。

 最後にひとつだけ、私の好みから希望を言わせていただくと・・・音楽でいうところの「間」が、もう少し効果的にほしかったように感じた。登場人物の葛藤や苦悩から生まれる、内省や自省という無言の演技が「間」の中に浮遊していれば、作品のさらなる深さと幅に貢献しただろうし、観客の作品に対する理解や共感・共鳴もさらに深化したのではないだろうか。

 ・・・お前が自分でやってみろ、という声が聞こえそうだが、私はあくまでも一観客として、鑑賞することしか能がないので、お許しいただきたい。

 登場人物が作品中の台詞で語っていたが、経営者にとって、事業というのは単に「収益」という側面だけでなく、「夢やロマン、使命」という要素が中心になければならない、という哲学には大変共感を覚えた。

 相変わらず、小川信夫作品に通底する、弱者への温かい視線を感じることができたのは救いだった。壮大なスケールの構想作品だったので、舞台という限定空間での、しかも限られた時間内での「時代再生」には、ご苦労が多かったことと思うが、キャスト、スタッフの皆さんの意思と意識が結集して完成された、立派な作品だった思う。

 引き続き、有意義な大作を作り続けていただきたいと、期待したい。

(残りの公演情報)主催:川崎郷土・市民劇上演実行委員会
・5月20日(土)13:30
・5月21日(日)13:30
  いずれも、エポックなかはら(南武線武蔵中原駅から1分)


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by hirune-neko | 2017-05-20 01:25 | 創作への道 | Comments(0)

少々気味の悪い情報だが、ご注意いただきたい


Isn't it a Pity - Shirley Horn


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 同居している94歳の義母は、一時期、食欲が落ちてしまい、それでなくても偏食傾向が強いため、困っていた。常食できているのは、サツマイモの煮たのと小粒のラッキョウで、他は、ある時期は食べても、やがてピタッと受け付けなくなってしまう。ある時期は、刺身を好んで食べたので、それなら栄養価も高いしいいことだと思っていた。

 今日、夕刊フジの電子版であるzakzakに画像入りで掲載された寄生虫に関する記事がある。記事のタイトルは

【10年で25倍!寄生虫「アニサキス」防御術 芸人・庄司智春も感染、吐き気に激痛…刺し身に潜む恐怖

 という、まことに不気味な内容だった。一度だけ閲覧したが、体長2〜3センチだと書かれているので、注意して調理すれば見落とさないとは思う。しかし、このアニサキスには歯があり、記事中では「胃や腸の粘膜の中へ歯を使って潜り込み」と表現されている。

 不思議なのは、もう一度記事を確認しようと思い、zakzak内を検索したのだが出てこない。読んだ直後にevernoteにクリッピングしていたので、全文を保管できている。しかし、google検索でURLを見つけることができたし、動作確認もできた。刺身を好む方は、一応の基本知識を持たれておいた方がいいのではないだろうか。一日以上冷凍するか、焼いたり煮たりすることで、この寄生虫は死滅するらしい。

【zakzakに掲載されていた記事】〜現時点では閲覧可能である
「10年で25倍!寄生虫「アニサキス」防御術 芸人・庄司智春も感染、吐き気に激痛…刺し身に潜む恐怖」

 以前、何かで読んだ記憶があるが、韓国では人糞を積載した船が、海中に投棄しているらしい。そのため、韓国から輸入する魚介類から寄生虫などが検出され、輸入禁止になった事例があったはずだ。また、記事中で書かれていたが、太平洋で獲れたものに較べると、日本海の方がずっと良好らしい。ブログ読者の方から、能登周辺で獲れた魚の刺身を宅配している店を教えていただいているので、いずれご相談して義母のために取り寄せようと思っている。

 昨日、村上春樹の研究家の方と立ち話をした。シドニー出身である私立大学で英語を教えている人物だ。先日推薦してくれた「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーラン」の英訳本のKindle本をiPadにダウンロードしていたので、翻訳者の名前を確認してもらった。その時、少し読んでみたが、文学的表現の英文は私にとってとても難しい、と言った。理解するためには、どのような勉強方法がいいのかと質問した。すると、とにかく繰り返し読むしかないとの事だった。さらに助言をしてくれた。村上春樹の作品には短編集も何冊かあるので、まずはその英訳本を読んでみてはどうか、という助言だった。

 今日の夕方過ぎ、アマゾンで調べてみた。日本語のタイトルと英語のタイトルを比較しながら探し、興味を引きそうなものを購入した。英語では「Blind Willow, Sleeping Woman」であり、オリジナルの邦題は「めくらやなぎと眠る女」となっている。まだ読んでいないので、めちゃくちゃな意見だとは思うが、もし英語のタイトルが「Blind Willow, Sleeping Woman」ではなく「Blind Willow, Sleeping Widow」という風に、WillowWidowの語尾の韻を揃えたら、なかなか詩的な表現になるのではないだろうか。直訳すれば、「めくらやなぎと眠るやもめ女」となるが、なんとなく深みとイメージが拡がるのではないだろうか。

 何度も聴いているシャーリー・ホーンの歌で、並記しているふたつの語尾の韻を揃えている歌詞がある。タイトルは、「Isn't it a Pity」(哀れなものじゃない?)で、冒頭に掲載したものである。意訳しても、「哀れな人生じゃない?」となってしまい、それだけでは味も素っ気もない。辞書を引いていないので、正確に歌詞の内容を把握してはいない。したがって、私なりの勝手な解釈だが、この歌は人生の晩年に出会った、男と女の心の触れ合いを表現している。

 長い人生で、様々な経験をし、いろいろな人との出会いがあった。人を見る目も確かになり、人生観や価値観もそれなりに確固としたものになっている。そんな人生の晩年に出会った相手に対する愛情表現なのだが、自分の年齢を考えると今更どうなるものでもない。そこで、ずっとずっと前に出会わなかったなんて、お互いに哀れな人生じゃない?と歌っているのである。

 この歌詞の中に、以下の表現がある。
Imagine all the lonely years you wasted Fishing for salmon Losing at backgammon

 このsalmonbackgammonの語尾の韻が揃えられている。ちゃんと耳を傾ければ、もっとありそうだ。

 あえて意訳するなら、「一人っきりで、マス釣りやバックギャモン(ギャンブルの一種)の賭け事に、貴重な人生を空虚に過ごしてしまう自分の姿を想像してごらんなさい」・・・とでもなるのだろうか。そんな虚しい人生を過ごすぐらいなら、私と一緒に充実した人生を生きたいと思わない?・・・というような、婉曲的な求愛の歌詞だと思う。しかしこれとても、相手に向かって直接語りかけているのではなく、2人で食事をして別れ、独りで部屋に戻ったときの虚しさを、微かな期待に絡めて歌っている・・・そんな情景だと思う。ふと鏡に映った自分の容貌。どれだけメイクをし、ウィッグを被ったとしても隠し切れない老い。今から新しい人生を始めようにも、もうすでに手遅れな年齢になってしまっている。なんて哀れな私だろう・ ・ ・これがタイトルの「Isn't it a Pity」(哀れなものじゃない?)である。・・・断定はできないものの、晩年近くのシャーリー・ホーンが歌った姿を想像すると、おそらくそのような心境だっただろうと思う。

 自分でも呆れる位、長い長い前書きになってしまった。10年ほど前に「昼寝ネコの雑記帳」の出版に尽力してくれた、美容室gigue(ジーグ)の鈴木れい子さんとカトリ〜ヌ・笠井さんは、二人とも村上春樹の愛読者である。その二人から、私のブログを読んで、作風が村上春樹に似ている、と何度も言われた。私自身はこの歳まで、村上春樹作品をただのひとつも読んでいない。いずれは短編作品を中心に、もう少し量産したいと思っている。その時に読者の方々から、村上春樹を真似ていると言われてはたまらない。したがって、少しは村上春樹作品を読んでみようと思っている次第だ。

 今日アマゾンでダウンロードしたKindle版の「Blind Willow, Sleeping Woman」に目を通してみた。前書きの1ページ目で、単語の意味がわからず調べたのが9語もあった。
 しかし徐々に内容を理解できるようになった。
 「長編を書いているときは短編を書けず、短編を書いているときは長編を書けなかった。おそらく、短編と長編頭では使う脳の領域が違うと思う。」
 と言う表現を目にした。なんとなくわかるような気がする。英語版の序文を読み返してみた。意味が把握できないと思って読んだのに、二回目だと不思議と理解できるようになっている。
 「簡潔に表現するなら、長編作品を書くことは挑戦であり、短編は楽しみである。長編作品を森に木を植えることに例えるなら、短編作品は庭に植えることである。この両者は相互に補完し合い、創作世界という私の貴重な宝を創出している」
 ・・・昼寝ネコ流の訳ではあるが、とても共感できる表現だ。村上大先生は大いに気を悪くされるとは思うが、もしかしたら私たちには似通った感性があるのかもしれない。しかし、既完成の村上春樹vs超未完成の昼寝ネコ・・・である。

 いずれにしても、ここ最近は全く時間を確保できず、短編作品を書いていない。そろそろ昼寝ネコの短編作品を読みたいと思ってくださっている、熱心なブログ読者の方が、全国に2名ほどいらっしゃるので、ご期待に添えるよう、そろそろ仕事の合間に一作書いてみたいと思っている。

 乞うご期待であるが、いつになるかは保証できないのでご了承いただきたい。



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by hirune-neko | 2017-05-16 01:27 | 創作への道 | Comments(0)

世界中の野良ネコたちのために、余命を捧げたい


CATcerto. ORIGINAL PERFORMANCE. Mindaugas Piecaitis, Nora The Piano Cat


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 そう思い続けて何年になるだろうか。一時期は、日本の野良ネコたちのために、とりあえずは地方参政権を与えてほしいとお願いして回った。残念なことに、どこの政党も相手にしてくれなかった。

 性懲りもなく、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北米大陸、そして南米大陸に対しても陳情を行った。その結果、なんと驚いたことに限られた小さい面積ではあるものの、ネコだけの国として独立させてくれることになった。

 場所はベネズエラとコロンビアの国境近くで、肥沃な土地に清流が流れ、空気の良い所らしい。このネコ共和国は、無投票で最初の大統領を選んだ。その大統領から連絡があり、これまでの私の尽力を讃え、国の命名権を与えると言われた。

 そんなに尽力したとは思っていないが、お言葉に甘えて、かねてからイメージしていた「ニャンタラ共和国」という名前を提案し、受け入れられた。スペイン語表記では「República Nyantara」だそうだ。

 早速国立銀行を設立したそうだ。さすがに銀行業務や、国際決済実務には人間を雇い、中国主導で設立し推進している、AIIBの退職者をスカウトして、総裁にしたそうだ。紙幣は最初から国際通貨と考えており、中国人民銀行の紙幣のデザインを真似て、作ることになった。そこにはなんと、国の創設者として私の姿を印刷し、発行してくれたそうだ。世界で初めての、ネコ国家と国立銀行の創設を記念し、100万猫(通過単位は「猫」だそうだ)。希望に満ち溢れた新しい国家にふさわしい、明るい色調の紙幣だ。

 その紙幣が何枚か送られてきた。これまでの功績を讃え、新国家で使用できる高額紙幣を送ってくれた。現時点での物価指数は、日本とあまり変わらないそうなので100万猫というのはかなり高額である。ただし、現在開店しているスーパーでは、ほとんどがネコ向けの商品であり、クッキーやビスケット、ジュースやスープなども全て「またたび」がベースになっているそうだ。

 したがって、紙幣をもらっても実質的には使用できないと思う。しかし、3ヵ年計画で国際通貨として認定してもらうよう努め、その時点で国債を発行するらしい。その時に、送ってくれた紙幣で国債を購入してほしいと言われている。

 このニュースは、極秘中の極秘なので、世界のどのメディアも報道することを禁じられている。今後、どのような国家運営をしていくのか、人間によって運営されている他国と、どのような外交方針で臨むのか、などはまだ未知数だそうだ。そこで、少なくとも向こう3年間は、国家の特別顧問として奉仕してほしいと依頼されている。何ができるか皆目わからないが、まぁ引き受けるしかないだろう。

 毎日お越しくださっているブログ読者の皆さんにはせっかくの機会なので、せめて新しい紙幣のデザインをご覧いただきたい。同時に、参考にしたというオリジナルデザインの、中国紙幣も掲載するので、比較してみていただきたい。

(ニャンタラ共和国人民銀行新紙幣)
*この肖像画は、カトリ〜ヌ・笠井画伯の作品である。
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(中華人民共和国発行紙幣)
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 洋の東西を問わず、昨今の風潮としてグローバリズムとナショナリズムが衝突する構造になっていると思う。たまたま今日、匿名希望1さんから、このテーマに関する情報が投稿された。以下に、そのままご紹介させていただく。多様な意見に対しても、耳を傾けるは有益だと思うし、視野も広がると思う。

 インターネットや交通手段の飛躍的な発達に伴い、また人屋物の交流範囲も世界的になっている。もちろん利点もあると思うが、これまで視野に入っていなかった弊害も現れている。単純に慈悲を論ずることが難しいと思うし、それぞれの国民性の違いなども考慮すると、時間をかけて熟慮する必要があると思う。

匿名希望1さんからの投降
(転載開始)
● グローバリスト/グローバリズム vs ナショナリスト/ナショナリズム

 ここ近年の国際的な流れは、政治・経済が絡んで(もともと絡み合ったものですが)の、行き過ぎたグローバリズム・資本主義とその弊害(貧富格差拡大や国家崩壊など)への反発というマテリアル・ワールドでの動きと、価値観の見直しというスピリチュアル面での動きに見えます。

 大雑把で適当ですが、グローバリズム?コスト競争過剰主義?リベラリズム?ネオコン?リバタニアズム?貧富格差拡大志向-大衆収奪-ワンワールド思想?超独裁主義-コーポラトクラシー?大量消費社会-自然破壊-無信仰 は繋がっており、それに対抗するのが ナショナリズム?伝統重視志向-他民族の棲み分けによる共存-反(利己的)移民-中道?(真の)信仰心?自然重視志向-精神的価値観回帰-民族自決-自給自足志向 といえるかと思います。

 世の中が欲深くなり過ぎて、拝金主義が蔓延り、(ノイジーマジョリティによる)嘘で固めたプロパガンダ報道、いんちきデモもどきが横行する一方、(サイレント・マジョリティがネットを中心に)それに正論で反論する人達が確実に増えている、ということではないでしょうか。

 アメリカという国(を牛耳ってきた支配者層)は今まで世界の警察を気取って、多くの国家を独裁国家と糾弾し、国際世論を操作したり、似非デモや似非クーデターで傀儡政権に取っ替えてきた前科があります。アメリカの存在やアメリカを正義とする思想を脅かす国家は脅威とみなしてきたということです。 冷戦時代には ソ連が最大の脅威であったため、アメリカ支配者層は地政学上、中国や韓国(朝鮮半島)に実力をつけさせ、ソ連潰しに力を注いできました ( 実際は欧米国際金融資本が 歴史あるロシア王朝を潰し、その富を奪う為にエージェントを雇って共産主義国家にした面もあり、「対立~問題解決」のヘーゲル思想も絡んではいますが)。 それが、思わぬ
誤算で形式的にソ連を解消し、その後も作られたヒーローであるエリツィンによる親欧米資本的な、オリガーキーと呼ばれるユダヤ系富豪達に乗っ取られた新生ロシアに潜んでいた愛国者 プーチンが徐々にその豪腕を知らしめ、オリガーキーの駆逐と伝統的なロシアの復活を進めます。 真の王統にコンプレックスを持つ似非セレブ、泥棒貴族の欧米カザール金融資本はプーチン潰しに必死になりますが、そうこうしているうちに、中共が世界の工場から米国に次ぐ世界の市場へと成長し、遂に世界制覇を目論むほどに傲慢で危険な存在となりました (裏でロスチャイルド等、欧米国際金融資本の支援があったとも言われます - 彼らは狡猾で常に両建て主義で、対立や分裂を作り出し、そこに商機を見出すのです)。

 既得権益死守側(国家や地域社会や伝統等への尊敬の念や帰属意識よりも個人や身内の利益を優先する人々?超富裕層から、そのお抱えの政治屋、御用学者、役人、大企業、プロ市民、人権ビジネス屋、出稼ぎ移民、似非難民等)がこれまで一般大衆を目眩し、また政治に無関心な「シープル」にして無力化してきましたが、皮肉にもインターネットの社会への浸透が多くの大衆を目覚めさせ、真実と正義への希求心を高める状況を作り出しました(とはいえ、まだまだ未覚醒のシープルはたくさんいますが。

 国際社会を見渡すと、かつて悪しき共産主義の総本山とされてきたソ連は、愛国的豪腕政治家プーチンによるナショナリスト国家へと変貌している一方、アメリカはクリントン夫妻を担ぐグローバリスト勢力(欧ロスチャイルド、ソロス等)とトランプを担ぐ新興保守系勢力との対立が続いています(実際にプロレス興行オーナーと親交の深いトランプさんのことだから、どこまで「プロレス」だかガチンコだかわかりませんが)。日本でも、特アが支援する反日野党や米ネオコンとつるむ一部の政治家、外務省や財務省の役人達既得権益者グループに対して、安倍政権が綱渡りを続けているようです。また、中国国内も一枚岩ではなく(国自体も、もともと民族自決志向の筈だったのが経済面も含めグローバリズム志向の名ばかり共産主義)、共産党青年部からの叩き上げ=共青と、習近平さん達世襲エリートによる太子党、米ネオコンや北朝鮮、北部戦区(旧 瀋陽軍区)とも繋がっていると言われる上海閥の政権闘争は続いているようです。 各国において、様々な対立が激化しているため、国際政治は単なる国家間の外交関係という見方が成り立たなくなっているようにも見えます。

 この揺れる世界をうまく俯瞰するのに役立つサイトを、(口説いようですが)改めて以下に紹介致します。

■最近、アクが抜けて、グンと正論的、王道的な説得力を感じさせます

■歴史的に現在の社会/経済システムを振り返って見るのに参考に

■ツボをおさえた話題と確かな解説で安定感あり

■一読では難しいところも多々ありますが、「継続する経済循環システム」というテーマのもと、真面目で奥深い文章とチャート図に惹かれるところあり

 --- 米国を中心とした欧米の欺瞞的な裏事情をアップデイトするのに (ブログ主さんが皆、反安倍志向がちょっと強過ぎるのが気になりますが、パヨクの似非リベラル思想みたいな薄っぺらではありません)







 --- コーポラトクラシー=グローバリズム=超格差社会ピラミッド を理解するのに



(転載終了)

 匿名希望1さん、お忙しい中いつも時間を割いてくださり、貴重な情報をまとめて下さってお礼を申し上げる。


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by hirune-neko | 2017-05-14 02:02 | 創作への道 | Comments(0)

それでも地球は回っている

Shirley Horn - "Solitary Moon"


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 俗に、24将棋と呼ばれる、インターネットで将棋対戦ができるサイトがある。仕事で頭の中が飽和状態になってしまい、久しぶりに対戦してみた。

 少し格下の方から挑戦を受け、ろくに条件を確かめずに指し始めた。私はいつも持ち時間15分で対戦するのだが、挑戦してきた相手の条件は早指し、つまり最初から1分将棋だと途中で気がついた。

 でもまあ、試運転中の「気仙流」という戦法で組み立て、早くも序盤で飛車が成り、相手陣を崩壊させながら順調に勝ち将棋になっていた。ところが、予測していた手ではあったが、相手が角道を開けて龍にぶつけてきた。すっかり勝ちを意識していたので慢心し、スポンと集中力が抜けてしまったのか緩慢な手を指し、龍を取られてしまった。そこで戦意喪失して投了した。

 私の棋力なんて、その程度のものだ。

 「気仙流」という定跡は私が名付け、師匠の堀川修・指導棋士五段が知恵を貸してくれている。「気仙流」というのは、かつて江戸時代に気仙地方(現在の陸前高田市)に住んでいた、男勝りの腕白な女の子が自ら編み出した、独創的な将棋戦法だ。江戸から将棋を教えに来た棋士が対戦し、あまりに独創的な序盤なので驚き、あっという間に江戸で「気仙流を指す少女」として名を馳せた・・・という架空の話である。

 時代劇作品のタイトルは「気仙しぐれ雪」という。伊達正宗公の命により、江戸に移り住むことになった父や家族とともに暮らすうち、腕白な少女はいつの間にか、女性へと化身してゆく。

 しかし、純粋な心を持ち、潔癖な性格の故に、最期は自らの命を絶つ選択をした・・・という壮絶で哀しい物語である。

 何年も前に、被災地の海岸線を車で走り、気仙周辺の湾内の海水の色が、神秘的な深緑色であることに驚き、同時に無念のうちに津波で落命した人たちの心情が伝わってきた。そのときの強い印象が「気仙しぐれ雪」という、時代劇の舞台脚本を書こうという動機になった。

 おおまかな流れはイメージしている。劇中で舞う主人公の女性は、我が娘に頭を下げてお願いするつもりでいる。何年も前に、川崎市民劇で、武将の妻役で舞う女性を演じたのを観たが、あのときの立ち姿がずっと目に焼き付いている。舞いのシーンで使用させてもらうのは、ピアソラの作品だ。選曲も大体終わってる。

 ピアソラで日本舞踊?・・・と、誰しもが違和感を持つだろうけれど、私の感覚では、ピアソラと日本舞踊は絶妙な取り合わせである。初演が実現したら、ピアソラを無理矢理墓の中から引っ張り出し、観劇してもらって感想を訊いてみたいと思っている。

 何が実現の障害になっているかというと、私自身が時間を確保できず、脚本に手が付けられない状態なことだ。もっと優先しなくてはいけない案件がいくつもあり、しばらくはお預け状態だ。

 「鎮魂」という言葉があるが、この作品は「東日本大震災」でかけがいのない家族を失い、生き残った人たちだけでなく、家族に心を遺しながら、無念の落命をした人たちの心情を代弁できればというのが、正直な気持ちだ。

 考えてみたら、趣味のようなものではあるが、舞台脚本を書かなくなってから、かなりの年数になった。ときどき思い出したように、短編作品を書くことはあるが、やはり舞台作品となると、それなりに長い集中時間を確保しなければ仕上げることは難しい。

 でもまあ、そのような使命感を持てているということは、人生の張り合いにもなることだし、放棄せずに大事にしまっておこうと考えている。

 初演は、岩手県大船渡市の市民文化会館・市立図書館に併設されている「リアスホール」にしたいと、勝手に決めている。指摘されるまでもなく、私は自分が妄想家であることをちゃんと自覚している。


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by hirune-neko | 2017-04-13 01:05 | 創作への道 | Comments(0)

今日は珍しく、かなり神経が苛立っている

Eliane Elias - My Foolish Heart


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 今日ばかりは、神経が苛立った原因を羅列することしか思い浮かばない。人が苛立ったシーンを読んで、ほっとする人などいるわけがない。しかし、私自身はそれで少しは気が軽くなるような気がするので、書かせていただく。書く前から予告するが、まるで小学生の日記みたいになってしまうと思う。

 今日の記事をお読みになる方は、偶然の犠牲者になってしまうので、このまま引き返していただいた方が、精神衛生上は好ましいと思う。

(苛立ち原因その1)
 土曜日は休業日なので、ゆっくり自分の仕事に集中しようと思った。たまに電話が入ったりもするし、メールフォームでの注文が入ったり、写真アルバム用の画像が送られてくるが、いずれも数分で処理が済む。

 今日の最初の電話は、ある産婦人科病院からだった。患者さんが、午前中に絵本が届くと言われたそうだが、まだ届いていない、という確認依頼の電話だった。過日、引き受け営業所に放置されたまま持ち出しを忘れた宅配会社とは、別の会社だ。引き受け伝票にはちゃんと時間区分が記載されており、午前中という項目がある。配達営業所に電話し事情を話したら、ドライバーから折り返し電話させるという。結局、配達が可能な時間は午後2時から3時ということになった。病院にお詫びの電話を入れて、再発防止の宣誓をした次第だ。

(苛立ち原因その2)
 iPhone1台の充電ジャックが奥まで差し込めず、充電不能になってしまった。義母に昼食を出し、郵便局の集荷を待って午後3時半に、近所のドコモショップに向かった。事前に予約すれば待たずに済むと聞いていたので、予約の電話を入れた。ところが、今日は土曜日で予約枠が埋まっているため、店に来て順番を待ってくれと言われた。30分は覚悟しなくてはと思ってドコモショップに着いた。まるでどこからか人間が湧いて出たような混雑だった。受付の女性に用件を伝えると、待ち時間表示のプレートを示された。90分と書かれてた。

 マルイの伊東屋に行き、店内を物色したが結局何も買わなかった。途中で左のふくらはぎが攣ってしまい、立ち止まってストレッチしながら移動した。最近の運動不足がたたっている。

 かなり時間があったので、4階の喫茶室に入った。窓際の席に案内され、駅前の遊歩道を見下ろしながら、ハーブティーのローズとフロマージュ・タルトいうケーキを頼んだ。ガムシロは使わず、少し苦み走った味のハーブティーだったが、濃厚な味のチーズケーキとの相性は良かった。

 きっかり90分後に、ドコモショップに到着した。相変わらず混雑していて待たされたが、椅子に座ることはできた。結局は機種変更することにしたが、全ての手続きを終えるのにおよそ1時間はかかった。待ち時間に、amazonで購入していた「電子書籍を無名でも100万部売る方法」というタイトルのkindleブックを読み始めた。kindleブックの場合、頁数ではなく、全体の何パーセントを読んだか表示されるのだと、初めて知った。結局は25パーセントまで読んだが、なかなか参考になった。

 応対してくれた女性は、初めて見る顔だった。しっかり化粧をし、細くて長い指だった。身長は171.5センチ、体重は48.6キロ。高校から体操部で猛練習したせいか、贅肉がまったくない。年齢は28歳と2ヶ月。結婚して女の子が生まれたが、いろいろあって離婚し、子どもを保育所に預けて仕事をしている。何がいろいろあったのかについては、語りたがらない。三鷹に住む両親が、実家に戻るよう申し出てくれているのだが、意地を張って、自分独りで育てる決心を貫いている。仕事帰りに保育所に寄り、娘を引き取って家に帰るのが日課だ。娘を寝かしつけた後、どうしても将来に対する漠然とした不安が甦る。どこで道を誤ってしまったのかと、後悔の念に包まれてしまうこともある。そんな過ぎ去ったことを考えたって、後戻りはできないことは分かっているのだが、無邪気であどけない娘の笑顔を見ていると、若く愚かだった自分を責めてしまう。突然、涙が溢れることもある。

 ・・・お客様、ここと、ここと、ここの3カ所にご署名をお願いします、という彼女の声に我に返り、一気に現実に引き戻された。勝手に人の人生をあれこれ想像して創作しないでくださいね、という咎めるような視線は感じられなかった。とても感じのいい女性が対応してくれて、無事に機種交換が済んだ。・・・なんでこれが苛立ちの原因なんだ?

(苛立ち原因その3)
 もともと恋愛映画とホラー映画が苦手だ。20代の頃から、戦争映画、法廷映画、刑事・警察映画、スリラー・サスペンス映画、そしてスパイ映画を好んでおり、今もその傾向は変わっていない。アマゾンはプライム会員なので、かなりの無料映画を観ることができる。Covert AffaiesというCIAが舞台のテレビドラマ約80話を全て観た。次に架空の政府暗殺機関を舞台にしたNIKITAも全作品を観た。同じくCIAを舞台にしたというChuckは、試しに最初の1話だけを観たが、まったくリアリティのない軽い内容だったので、観るのを止めた。次に目に留まったのは、アメリカ大統領候補の黒人議員が、24時間以内に暗殺されるという情報を得た、テロ対策本部が舞台のテレビドラマだった。まだ最初の2話だけしか観ていないが、非常にリアルにできているし、陰謀が絡み合っていて予測がつかない複雑な脚本だ。今日は、苛立ちついでにその第2話を観た。おそらく全シリーズを観ることになると思う。


 ・・・さて、一体どこに苛立ちの原因があったのだろうか。こうして今日一日を振り返り、克明に記録してみたが、何も思い当たらない。

 おそらくは、朝からずっと自分のペースで過ごせなかったことだけが、苛立ちの原因だったようだ。未熟で子どものように我が儘で、ネコのように気難しく、現実と妄想世界の間を往来する、不安定な精神状態がそもそもの原因なのだろうと思い至った。

 とくに反省もない。もうこの年齢になって、今さら資質や生き方は変えられない。こんな私でも良かったら、エッセイ風妄想老人日記を読みに来ていただきたい。ご自分が、まともで正常な人間だと実感し、ほっとしていただけると思うので。

 今日、約四分の一まで読んだ「電子書籍を無名でも100万部売る方法」は、どうやら私にとって、kindleブックを出版する上で、かなり有用な情報源になりそうだ。出版業界に身を置いて、今年で36年になる。とうとう長いものに巻かれずに、独自の道を模索してきているが、kindleブックを手がけることが、大きな転換期になると直感している。

 ああそうなんだ、きっと。今日のは苛立ちではなく、高次方程式の解が見えてきたことによる、興奮状態だったのだと思う。それもこれも、こうしてブログに記録しながら整理することができたおかげだ。

 毎日、読んでくださる読者の皆さんからエネルギーをいただけて、大変有難く思っている。


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by hirune-neko | 2017-04-09 01:06 | 創作への道 | Comments(0)

バーコフとの秘密会談〜アメリカ時間の4月1日

Astor Piazzolla - Tango Apasionado


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【日本:4月2日午前、アメリカDC:4月1日夕方

バーコフ「日本はもうエイプリルフールは終わったの?」

昼寝ネコ「うん、終わったよ。そっちは?」

バーコフ「まだ4月1日だよ。ブログに僕の名前やディヴィジョンのことを書いちゃったね。ニキータやアレックス、それにマイケルもびっくりしてたよ。でも、エイプリルフールって書いてたから誰も本気にはしないだろうけどね。」

昼寝ネコ「まぁね、あんなこと書けるのは一年に一回の、エイプリルフールの時しかないからね。」

バーコフ「連絡をもらってから、日本の保守系ブロガーに対するサイバー攻撃の痕跡を調べたよ。」

昼寝ネコ「で?実際にあったの?」

バーコフ「うん。サイバー攻撃が始まる18時間前に、日本の左翼系団体と中国・人民解放軍のサイバー部隊との交信記録が見つかったよ。」

昼寝ネコ「へぇ。交信内容まで保存できたの?」

バーコフ「うん、できたよ。でもライアンの判断で公開はできないんだ。緊急事態だと判断したのでその後すぐ、ライアンがトランプ大統領に面会を申し込み、緊急事態だと言って概要を説明したよ」

昼寝ネコ「へぇ、大統領はどんな反応だったんだろうね?」

バーコフ「すぐにCIA長官をホワイトハウスに呼んだんだ。それとNSAの責任者に指示して、エシュロンがサイバー攻撃の発信場所を特定し始めいてるよ。」

昼寝ネコ「どんな方向性になるんだろうね。」

バーコフ「ホワイトハウスは、大多数の日本人が賢明な判断力を持ち、民主国家の維持に大いに貢献していると評価してるよ。しかし、日本の国家を転覆しようと考えている外国勢力の支援を経て、ヘイトスピーチだとかネトウヨだとか、いろいろレッテルを貼って世論誘導しようとしている工作員の事はとても憂慮してるね。

昼寝ネコ「なるほど。で、ホワイトハウスは日本で起きたサイバー攻撃に対して関与するつもりはあるんだろうか?」

バーコフ「そこなんだよ。大統領とCIA長官は、中国・人民解放軍が関わっているため、非常に慎重を要すると考えているようだよ。現在の韓国情勢を考えると、大統領選挙の後一気に南北統一に進むのか、あるいは逆に朝鮮戦争が再開するのか、いずれにしても中国の存在が大きな影響を及ぼすため、ホワイトハウスは慎重に検討したいようなんだ。」

昼寝ネコ「なるほど、政治の世界だね。」

バーコフ「ライアンがホワイトハウスから帰った後、みんな集まって相談したんだよ。」

昼寝ネコ「みんなって?」

バーコフ「ライアン、ニキータ、アレックス、マイケル、僕だよ。するとオーエンがぜひ自分も入れてくれって言ってきたので、彼も仲間入りしたよ。」

昼寝ネコ「へぇ、オーエンが?.なんでだろうね。」

バーコフ「うん。みんな不思議に思って理由を訊いたんだよ。すると、なんとオーエンの父親の代から、家族揃ってピアソラの大ファンなんだってさ。それで、ピアソラオタクの昼寝ネコが窮地に陥るのを、黙って見ていられないって言うんだよ。」

昼寝ネコ「えっ?、オーエン一族がピアソラのファンなの?それは奇遇だね。で?みんなで話し合った結果、どんな結論になったの?」

バーコフ「うん。もしホワイトハウスが中国政府に配慮して、対応を保留した場合は、4人で中国に飛ぶってさ。」

昼寝ネコ「そんなに危険を冒してまで、日本のことを考えてくれる必要は無いのに。」

バーコフ「ニキータが中国行きを一番強く主張してるんだよ。昼寝ネコも知ってるように、ニキータが決めた事は、誰にも止められないんだよ。」

昼寝ネコ「いやぁ、却って申し訳ないことになってしまったね。かなり危険な目に遭わせてしまうね。」

バーコフ「でもね、中国政府だって人民解放軍だって、決して一枚岩ではないよ。CIAに対する協力者だって確保してるらしいよ。」

昼寝ネコ「みんなに、くれぐれもよろしく伝えてね。任務が無事に終わったら、帰る途中、日本に寄ってくれって伝えてくれる?」

バーコフ「わかった、伝えるよ。ところでようやくiPad Proが届いたんだってね。よかったね。」

昼寝ネコ「うん、そうなんだよ。2ヶ月半ぐらい待たされたね。ドコモショップの担当者も、箱を開けてiPad Proが入っているのを見て、みんな歓喜したと言ってたよ。オタク社員が多いんだね、ドコモも。」

バーコフ「早速iPad Proに名前をつけるんだろう、ってみんな言ってるよ。もう決めたの?アレックスは、自分の名前をつけてくれないかなって、期待してるよ。」

昼寝ネコ「iPad Proの名前ね。今回のサイバー攻撃の件があって、そんなに迷わずに決めたよ。」

バーコフ「なんていう名前なの?」

昼寝ネコ「バーコフだよ」

バーコフ「えっ?これまでは、ヘレン、アリス、ジュディって女性の名前ばかりだったから、アレックスもニキータも内心は期待していたと思うよ。それなのに僕の名前をつけたの?」

昼寝ネコ「最初は女性の名前を考えたんだけどね、でもこれからはますます情報戦争が激化するので、天才ハッカーのバーコフの名前をもらったんだよ。構わない?」

バーコフ「もちろんだよ。光栄に思うよ。みんなにはちゃんと理由を伝えておくからね。」

昼寝ネコ「ありがとう。僕もね、日本で踏ん張って一人でも多くの日本人が、敵国工作員の印象操作や世論誘導に惑わされないよう、知恵を絞ってがんばるね。」

バーコフ「うん。みんなもそれを期待してるよ。だから、心から応援したがってるんだよ。」

昼寝ネコ「うぐぐ・・・なんて嬉しい言葉だろう。涙ぐんでしまったよ。」

バーコフ「で、この会話もブログにアップするの?」

昼寝ネコ「そうだね、アメリカ時間の4月1日ということで、ギリギリのエイプリルフールに間に合うからね。」

(アメリカ時間4月1日午後11時38分、ぎりぎりのエイプリルフール)


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by hirune-neko | 2017-04-02 23:49 | 創作への道 | Comments(0)

What are you doing the rest of your life?


Bill Evans : What Are You Doing The Rest Of Your Life

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 唐突にこの、What are you doing the rest of your lifeという曲が思い浮かんだ。YouTubeで調べてみたら、ミシェル・ルグランの作品だった。そういえばそうだった。
 実にたくさんのアーティストが、この曲を演奏しているのが分かった。かなりあれこれ聴いてみた。歌詞のある曲なので、ヴォーカルで聴こうと思った。でも結局は、ビル・エヴァンスの演奏を選んだ。

 What are you doing the rest of your life?・・・譜面に例えると、後半のあるところで突然楽譜が消えてしまっており、さて、そこからはどのように演奏すればいいのか一瞬立ち止まってしまう。そのような意味のタイトルだと理解している。つまり、少し将来の自分に思いを馳せて、一体、その頃には残りの人生を、どのように過ごしているのだろうか、という自分自身への問いかけなのだと思う。

 逆に考えると、これまでの自分の人生を振り返り、懐かしさと共に思い出すのは、おそらくは苦い思い出ばかりなのではないだろうか。何かを背負ってずっと歩いてきた、自分へのいたわりの気持ちかもしれない。もしかしたら、ほとんどが悔悟の念かもしれない。

 いずれにしても、振り返った過去に存在した様々な感情や言葉が、今現在の生きる原動力になっていると思う。未熟な発想や稚拙な手法、理性や自制心に注意を払わなかった時期。明らかに誤った判断や選択が多かったと思う。しかし居直るわけではないが、そこから少しずつ学び、視野を広げることができたように思う。

 人は失敗から学ぶことが多い。これまでの人生を振り返ってみて、改めてそう思う。人生の終盤で、何を手にしていれば一番至福に思えるかがわかってきたように思う。

 安堵しているのは、どうやら自分は私利私欲にとらわれた人間ではないと自覚できることだ。一見すると難解そうに思われる人生でも、実は案外と単純明快なものだと思えるようになってきた。

 学生の頃感じていた無常感や虚無感というのは、あくまでも感覚的・観念的なものに過ぎなかったように思う。 あの頃から四十数年をを生き、いろいろな経験をしたが、今でもある種の無常感と虚無感が内面に同居している。しかし、冷静に考えると、そのような世俗と距離を置くような感覚は、逆に長い消去法を経て、本当に価値のあると思えることを見いだす原動力になっているように思う。

 晩節を穢すという言葉がある。たとえわずかながらの知恵や理性・自制心であっても、最後までそれらを失わず、穏やかな余生を送りたいと願っている。

 仕事に追われて、なかなか創作する時間を確保できないが、最も充実している時間は、脳内に愛すべき主人公が現れ、対話しながらストーリーをなぞるひとときである。

 創作者としての私の心から、読み手である読者の心に届くようなメッセージを作品として残したい。まだまだ、いつのことになるかわからないけれど、これまでのように創作を手がけ、日常の雑感をエッセイとしてまとめ、文字にして残しておきたいと思う。


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by hirune-neko | 2017-03-07 01:15 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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