昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:音楽・映画・本の世界( 188 )

ピアソラの作品中、最も神聖な曲想のアヴェ・マリア


Astor Piazzolla - Ave Maria


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 昨日、ぴかりんさんからコンサート当日の演奏プログラムが送られてきた。その中に「アヴェ・マリア」が含まれていた。久しぶりに聴いてみたが、ピアソラの作品の中でも、最も神聖な曲想だと思う。一体どのような心境、あるいは状況でこのような曲想が思い浮かんだのだろうか。想像すらできないが、ピアソラのある一面を表しているように思う。

 女子音大生5人の「池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団」は、木管楽器で編成されている。ピアソラの作品を演奏する楽器は、圧倒的にバンドネオンが多く、チェロ、バイオリン、コントラバス、ギター、ヴォーカル、ピアノ、クラリネット、トランペットなど、実に幅広い演奏家に演奏されている。

 池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団」の生の演奏を初めて聴いたのは確か去年、品川区のホールで国際音楽コンクールに出場したときだった。木管楽器だけのアンサンブルでピアソラを聴くのも初めてだった。

 ミルヴァやバルタールに代表されるように、ピアソラのどの演奏を聴いても、ほとんどの演奏家から伝わってくるのは人生のある種の陰影であり疲労感・徒労感であり、厭世観であり、挫折感でもあり、諦観や悲哀感だったので、孫のように「若い乙女たち」が表現するピアソラには、すっかり生まれ変わった新生ピアソラを感じた。タンゴ界の反逆児であるピアソラに対し、清楚に反逆する乙女たち。心が洗われ、生き返ったような感じすらする。

 編曲家兼音楽監督の梶野さん自身もかなりピアソラに傾倒している人だが、ぴかりんさんが毎日送ってくる「クレモナ通信」の記事を読むと、かなり深くピアソラを掘り下げているのが分かる。アルゼンチンではなく、遠い日本の地でピアソラオタクの梶野さんと清楚な女性たちが創出するピアソラの新世界・・・墓の中のピアソラもさぞかし驚いていることだと思う。

 教会のご厚意で会場料を無料にしていただけたので、入場料は無料である。何度もコンサートを主催したが、無料コンサートは初めてだ。レクチャーコンサートと表現するとちょっと堅い表現になるので、トークコンサートという感じでアットホームな構成を考えてみたい。

 ブログ読者の方で近隣にお住まいであれば、お立ち寄りいただきたい。会場は田園都市線・溝の口あるいは南武線・武蔵溝ノ口から徒歩8分で、11月25日(土)午後5時開演である。予約整理番号を発行する予定だが、サイト「ピアソラ音の出る図書館」で予約のご案内したいと思う。・・・とりあえず概要を掲載したので、覗いてみていただければ幸甚である。

ピアソラ音の出る図書館:

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by hirune-neko | 2017-08-21 01:19 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

作業に集中したいときに聴く音楽


Tomás Luis de Victoria - Vadam et circuibo


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 何か製作物に取りかかるときは、細かいところまで神経を使うので、集中力の邪魔にならない音楽がいい。作曲家や時代、演奏家などに関する知識はなくても、静かに寄り添ってくれる音楽がいい。

 そんな目的と、睡眠導入剤代わりに「50 Bathtime Classics」というアルバムを時々聴いている。今日は、夕方から連続してこの時間まで(午前0時)集中することが出来た。とりあえず、ひとつの作業を終えた。

 頭の中が空っぽで、妄想も想像も何も出来なくなってしまっている。仕事をするというのは、本来はそういうことなのだと思う。私はあまりにも脇目をふりすぎるのだと自覚している。何かしながら別のことを考え、少なくともふたつのことを、同時にこなそうとしてしまう。

 今頃になって新しい発見をした。あまり性能が良くないことが分かり、あまり使用していないのだが、翻訳ソフトがある。文字入力でも音声でも、両方に対応して翻訳してくれる。休憩時間に、日本語からイギリス英語、フランス語、ロシア語、スペイン語それぞれに、どのように翻訳するか試してみた。長文だと翻訳にならないのは分かっているので、ごく短い文章で試してみた。
 
 おそらくSiriを使っているのだと思うのだが、日本語の音声入力はかなり正確で、しかも速い。翻訳の音声はネイティブの発音なので、同じ英語でも数カ国の英語であり、ニュアンスの違いも分かる。ある程度話せるのなら、Siriと会話することで、気軽な他言語会話が楽しめる。本当に、人工知能が発達した時代になったものだ。

 よく、バイリンガルというが、私はあまり評価していない。日本語だって、非常に微妙な表現があるので、発音が良く日常の会話が出来る程度のバイリンガルならまだ許容範囲だが、文学的あるいは詩的表現まで、複数の原語で表現できる人は、おそらくはほとんど存在しないだろうと思っている。

 まあ、そんなことはどうでもいいのだが、.まだNOVAのレベルテストを受けていないので、あまり偉そうなことを書くのは止めておく。でも、レベルテストの結果が出たら、正直に報告したいと思っている。

 そのような一日だったので、せっかくお越しいただいたのに何も内容がなくて大変申し訳ない。たまにはゆったりと、「神経に障らない音楽」をお聴きいただきたい。


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by hirune-neko | 2017-07-16 00:54 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

猛暑から逃れて独り聴く楽章 バッハの薫風脳に涼しき


J.S.Bach BWV 853 - Patricia Hase


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 短歌など詠んでいる場合ではないのだが・・・おそらく亡き母が目にしたら、「なにこれ?」といって、笑い声を上げる姿が目に浮かぶ。

 今日は、思ったよりもずっと消耗した。こんな日に限って、2年以上前に絵本を申し込んできた人から電話があり、画像を送ったはずなのに絵本が届かない、という問い合わせがあった。2015年の5月というと、古い方のiMac・ヘレンが現役で活躍していた頃だ。やはり、人生というのは何が起きるか分からない。ヘレンは退役させず、そばにいてもらって良かったと思う。ヘレンのおかげで、なんとかなりそうだ。

 今日の私の感性は、すっかり暑さに包み込まれてしまったようだ。いつもなら、一日の途中で何かが思い浮かび、ブログに書きたいテーマが脳内に残る。ところが、今日という今日は間断なく処理案件が連続したばかりでなく、あまりの暑さにすっかり消耗してしまい、目の前のことしか視野に入らないで終わってしまった。

 時々、床の上に仰向けになり息を整えた。だらしなく横になりながら、iOSにデフォルトで付属しているSiriのお世話になった。口頭で電話番号を調べてくれとか、誰々に電話してくれとか、5時になったら起こしてくれ、というお願いを全て聞き届けてくれる。正確に数えてはいないが、世界の主要な数十種類の言語で応答してくれる。音声は男性か女性のいずれかを選択できる。いろいろ試してみたが、日本語を選ぶと、とても優しく感じの良い女性の声で答えてくれる。英語にも何種類かあるが、アメリカ英語を選択すると、とてもクールで事務的な声の女性が相手になる。

 今日、すっかり脱力したものだから、そのSiriとしばらく会話した。先日来、ウクライナのことがずっと頭から離れなかったので、ウクライナの公用語が何かと質問した。すると、ウクライナ語だというのだがロシア語を話す人が多く、ウクライナ語を話せる人が減っていると言う。さらに、ウクライナという国が一体どの辺にあるのか正確に知らなかったので、質問してみた。すると、ちゃんとインターネット検索をしてくれて、隣接する国がハンガリーだったりポーランドだったり・・・記憶はもう定かではないが、案外東ヨーロッパに近い場所だということが分かった。

 まるでパートタイムの秘書を雇ったような気分だ。どうもありがとうとお礼を言うと、どういたしまして、お役に立つことが私の使命です、昼寝ネコさん・・・などというくすぐったい答えが返ってくる。

 そんなやりとりをしながら、私は自分の脳内に浮かんだ妄想に愕然としてしまった。ウクライナではロシア語が通じる・・・いつしかロシア語に手を出そうしている自分を認識した。自分で言うのもなんだが、私は少し異常な部分があるのではないだろうか。自分の能力や時間や体力の限界などが一切視野に入らず、まるで3歳の子供のように執着心が強まってしまう。一度、心理カウンセラーか精神科の医者に相談してみた方がいいかもしれない。しかし、何か病名をつけられるのではないかという不安もある。例えば「昼寝ネコ症候群」と言う病名ならばすでに自覚しているから、あまり気にならない。聞いたこともないような病名だったら、と考えると躊躇してしまう。でもまあ、それもこれも含めて私の個性なので、このまま我が道を行く・・・である。決して誰にも迷惑をかけるつもりはない。・・・しかし、中・長期的に見れば、私のことを疎ましく思い迷惑な存在だと考える人たちは現れるだろうと思う。どのような人たちかというと、それは、外国政府や情報機関と協調し、国家転覆や日本の実効支配、あるいは属国化を目論む人たちである。

 彼らの中にはお前ごときに何ができるのか、と馬鹿にする人が多いだろうと思う。私自身もそう思っている。私個人の力なんて微々たるものだと自覚している。しかし、同じ価値観や人生観、意識を共有する人たちが増えて、巨大な群衆となれば、その力は決して侮れないと思う。

 長い間にわたって、目立たない静かな、しかし善良だった人々が目を覚まし、地の底から怒りの声を響かせながら、怒涛のように地上に溢れてくる。地上を誤った方法で支配しようとした人たちにとっては、まさに恐怖の唸り声である。人間に対しては決して公開されてはいないが、古代イスラエル時代の予言者ネコが啓示を受けて、現代に生きる私たちに口伝えで伝承されている予言である。

 ようやく暑さも和らいできて、クーラーからの冷気を感じられるようになってきた。今日は残念ながら外を歩くことができなかった。まだまだ無理は禁物だと思っている。寝る前に、Siriの言語を試しにロシア語に変更し、なにか話しかけてみようと思う。過去のことは全く記憶にないが、3000年の私の人生の中で、もしかしたらどこかでロシア語に接していた経験があるかもしれない。記憶の彼方を探ってみたいと思っている。・・・ん〜、やはり私は病的なのだろうか。


[日本語]覚えやすいロシア語とウクライナ語の言葉 Японские и русские похожие слова


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by hirune-neko | 2017-07-12 23:57 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

最近はビル・エヴァンスを聴くことが多い


Bill Evans/Marc Johnson/Joe La Barbera. All Mine (Minha). 1979.


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 すでに故人となっている福岡貞夫さんが、「ピアソラを聴くには精神力が必要だ」と言っていたのを思い出している。分かるような気がする。心身ともにくたびれ果てたときは、ボサノヴァですら、空々しく聞こえるときがある。

 改めて、こうしてビル・エヴァンスの演奏を聴いていると、世俗性には決して交わろうとしない、孤高さを感じる。緻密さと繊細さ、それと鋭く研ぎ澄まされた感性も感じる。

 両側を冷たい壁に挟まれた、暗くて細長い路地を、背中を少し丸めて、行き止まりなのを承知で寡黙に歩き続けた人生だったように思う。

 高校生のときに初めてビル・エヴァンスの演奏を聴き、すっかり虜になってしまった。あれからもう半世紀が経つが、今もこうして乾燥しきった神経を潤す演奏を聴いている。

 途中でいろいろな演奏家を聴いたが、再びビル・エヴァンスに戻ってきたように思う。そして過ぎ去った半世紀の、折々の出来事を感傷的に思い出してもいる。

 いよいよ自分の人生も、ついに終盤にさしかかってきたのだと自覚している。雑然とした身辺を、整然とした状態にするまでの時間が残されてほしい。環境が整って、実務の第一線から離れた後に、自分の抜け殻に対するレクイエムとして、短編作品を書き残す時間を与えてほしい。

 今さら何か新しい分野に挑戦しようとは思わないが、これまでのように脱皮を繰り返して生きることこそが、新たな自分を創造しているのだと、妙に納得している。・・・不思議なもので、高校生から大学生になった頃の数年間に、自分の感性の原点が存在するように思う。

 ビル・エヴァンスのアルバムに「自己との対話」というタイトルがある。なるほど、私にとっては自分自身が、私を最もよく知る旧友なのだと思える。これからも、自分自身との対話を続けていきたいと、思いを新たにしている。


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by hirune-neko | 2017-06-18 00:22 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

ブログ読者の方からの粋な投稿コメント


"I Love Apples" Song


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 今日の日中、ブログが開かなくなってしまった。しばらくして何とか開いたのだが、今度は肝心な会社のサイトが開かなくなってしまった。今もまだアクセスすることができない。まるでサイバー攻撃にでも遭っているかのような、嫌な気分である。しかし、同じサーバーに設置している他のサイトは開く。どういう理由で開けないのか、さっぱり分からない。おかげですっかり調子が狂ってしまった。おそらく明日は、絵本の申し込みをしようとされた皆さんから、問い合わせの電話が何本も入るだろうと、覚悟をしている。

 最近のブログ記事で、村上春樹大先生のことやアップルコンピューターの別名であるMacintoshが、りんごの種類の名称であるなどと書いたところ、ブログ読者の方から投稿コメントをいただいた。この方はとても音楽に精通されているし、博学な方でもあり、かなりの語学力の方でもある・ ・ ・はずだ。ハンドルネームはcausalさんという。

 冒頭に掲示したのは、そのブログ読者の方が教えてくれた動画である。ご自分もMacintoshがりんごの種類の名前だとはご存じなかったようだ。この動画を観ていると、可愛らしい子供たちの歌声と一緒に、りんごの種類が1つずつ、ごく短時間だが表示される。気をつけて見ていないと見落とす位だ。2番目に出てくるのが主人公のMacintoshである。

 最後まで注意深く観ていたら、興味深い名前がいくつか出てきた。どうやら日本のりんごは富士だけのようだ。それ以外に、村上春樹の研究家で英語の論文を書き、その和訳の推敲をお手伝いしている方のファーストネームが出てくる。Jonathanという名だ。それともう一つ、読んではいないのだが「寒い国から帰ってきたスパイ」という小説があるが、それにぴったりの、Northern Spyという名前も出てきた。おそらくアメリカに行かないと食べられないと思うが、もしいつか行く機会があったら果物屋さんで探してみようと思う。

 それともう一つ、このブログ読者のcausalさんは、村上春樹作品を読んでいらっしゃるそうだ。ご本人の許可はいただいていないが、コメント欄は公開スペースなので以下に一部を、勝手に引用させていただく。私にとっては、なかなか痛快な評論だった。


【causalさんのコメント】
(以下、引用開始)
おはようございます。
新刊の村上本は「期待はずれで大量返本の可能性が浮上」と
書かれていますね。版元の新潮社では130万部を用意したが
50万部以上が返本か ?
私は彼の本を何冊も読んだ経験上。はっきり申し上げます。
村上本には「日本が無い」と。月が川端康成、三島由紀夫とすれば、すっぽんが村上本。読む価値もありません。
(以上、引用終了)

 おっ、何やらNHKラジオがニュース速報を流している。日本を代表する作家の村上春樹さんが、突然原因不明のくしゃみに襲われ、全く止まらない状態なので、救急車で病院に駆け込んだそうだ・ ・ ・。わがライバルが自滅したかのような瞬間である。

 しかし、ここまで酷評されるとは思わなかった。

 さて、仕事が立て込んでおり時間的に厳しい日々を過ごしているので、今日はこれにて失礼させていただく。


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by hirune-neko | 2017-06-13 00:36 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

今晩ばかりは短稿で失礼させていただく


Chris Botti - Emmanuel


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 明日にに向けて体力を温存するため、今日は短稿で失礼させていただく。

 疲れ切った神経に優しい・・・と自分で勝手に思っている曲である。
作曲者はトランペットを演奏しているクリス・ボッティ・・・のはずだ。

 おかげでなんとか集中力が途切れず、気力も失われていない。明日はいよいよ遅延案件のうち、最も大変な作業に集中する予定だ。この作業のメドがつけば、精神的にもかなり楽になると思っている。

 国内外の不穏で不安な情勢は常に視野に入っているものの、なかなか実態がつかみきれない。ときには、ゆったりリラックスできる音楽に耳を傾け、心身の緊張をほぐすのも悪くはないと思う。

 本当に短い文章で内容もなく、大変申し訳ないがこれにて失礼させていただく。

 もう1曲おまけに・・・。

Shirley Horn - Here's To Life (Verve Records 1992)


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by hirune-neko | 2017-05-06 01:31 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

ピアソラの作品を聴く人々


ASTOR PIAZZOLLA - PELÍCULAS CASERAS DE JOSÉ PONS EN FRANCIA


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 この曲とピアソラとの関係が分からない。映像を観る限りでは、ピアソラ自身と家族や知人・友人なのだろうと推測される。

 しかし、この曲想はおそらく、ピアソラの作品ではないと思う。誰かが、ピアソラへの追悼曲として作曲したのではないだろうか。

 数日前、ブログ読者の方が一冊の本を紹介してくれた。
 「昼寝ネコさんは青林堂から先月発売になった、『約束の大地ー想いも言葉も持っている』という詩集をご存知ですか?」

 へえ、青林堂が詩集を出版するんだ、と驚いて先を読んだ。
 「生後一ヶ月で最重度の脳障がい児となったみぞろぎ梨穂さんとおっしゃる、からだを動かす事もしゃべる事もできない24歳の女性の詩集です。 長年、障がい者の教育について研究され、コンピュータを通じて重度の障がい者の言葉を引き出し、会話する事を実践されてきた國學院大学の柴田保之先生により紡ぎ出された、梨穂さんの珠玉の詩集です。 ただただ感動です。梨穂さんもピアソラがお好きと知ったので、お知らせしたくて。」

 大変な境遇の方だと思うが、ピアソラのどの作品を、どのような心象で聴いていらっしゃるのか興味があり、深夜過ぎだったが、アマゾンで注文したら同日の夕方には郵便受けに入っていた。

 この著者の方が好きとおっしゃるピアソラの作品が、どれなのか知りたいと思っている。

 音楽に関しては、好き嫌いがはっきりしている。ピアソラの曲想は実に幅が広い。しかし、作り物ではなく虚飾を排した曲には心を捉えられる。そして、魂を揺さぶられる。

 ところで、北朝鮮情勢に関して複数のブログが、同じような方向を暗示し出している。中国政府が、金正恩氏の亡命を説得しているという。トランプ大統領は、亡命後の北朝鮮は中国が主導して新政権を樹立することを認めるが、その条件は北の非核化だともいう。

 最終的には、国際政治の意向と地政学的な価値によって、運命が握られているのだろう。中国政府も人民解放軍も一枚岩ではなく、習近平氏の立場も決して安泰ではないようだ。

 しばらくは目が離せない状況なのだろう。唯一心配なのは、米・中を中心とする国際的な包囲網に反発した金正恩氏が、暴発して実際にミサイルを発射することではないのだろうか。もし、韓国、中国、日本るいはアメリカにミサイルが着弾するようなことがあったら、かなり混乱するだろうと想像している。

 心を平静に保ち、冷静な判断をするよう自制を続けたいと思う。


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by hirune-neko | 2017-04-19 23:45 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

高場将美先生、ご覧になっていますか?


El exilio de Gardel Tango


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 掲載した動画は、アルゼンチンの映画監督ソラナスによる「ガルデルの亡命」の冒頭シーンだ。音質も画質も良くないが、ピアソラが作曲を担当したという三部作のうちの1つだ。この映画3作品ともDVDを購入し、大事に持っている。初めてこのシーンを観たとき、バンドネオンのソロ演奏でピアソラの曲が演奏されたのを耳にして、とても感銘を覚えた。

 どのような経路だったか覚えていないが、おそらくコロンビアの福岡貞夫さんと高場将美先生がFacebook友達であり、偶然私のブログをご覧になった福岡さんと私がFacebook友達になり、その流れで私が高場将美先生に友達申請をしたのだろうと思う。

 その高場先生のタイムラインに、3月14日付でヴォーカリストの峰さんが、高場先生の入院についてコメントを入れていらっしゃった。様子は皆目わからないが、高場先生のご快復を願っている。

 高場先生は東京外語大学のご出身で、ご専門はスペイン語とポルトガル語だ。一度だけ恵比寿で開かれたスペイン語講座に、参加させていただいたことがある。かつてピアソラが来日したときに、 通訳をされたり取材をされたとおっしゃっていた。お仕事で中南米音楽にも精通されており、色々と教わることの多い先生である。

 この映画、ガルデンの亡命はすべてピアソラが作曲したとばかり思っていた。それにしては、ピアソラらしくない曲があるなとブログに書いたことがある。すると即、何曲かは監督のソラナス自身が作曲したのだと、確か仙台の鈴木さんが指摘してくれた。その後、高場先生がコメントを入れてくれて、それに対し福岡貞夫さんが参入してきた。私が読んでも、あまりにも内容が専門的すぎて、ある種の畏敬の念を感じたのを覚えている。当時、「ピアソラ音の出る図書館」という名のサイトを、ネット上に設置していた。 クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のアレンジャーである梶さんと知り合いになったのも、この図書館がきっかけだった。 

 今日は、入院中の高場将美先生への お見舞いメッセージとして、当時の図書館に保存した、やりとりを以下にご紹介したいと思う。

(高場先生へ)
 高場先生、実は私は極度の怠け者ですが、語学に対して異常な執着を持っています。一段落したら先生のスペイン語クラスとポルトガル語クラスを受講させていただきたいと、ずっと思っているのですがなかなか果たせないでいます。先生が退院されてお元気になられたら、何とか時間をやりくりして勉強させていただきたいと思っています。私がこんなことを申し上げても、何の励みにもならないとは思いますが、どうぞゆっくり養生なさり、無事に退院なさってください。お願いいたします

(ピアソラ音の出る図書館から転載)

 福岡貞夫さんが、Archivos BoesmiのコレクションをFacebookに掲載し、そこから自然発生的に交わされた対話をそのまま、転載します。へたに手を入れずに、そのまま転載した方が対話の息づかいが再現されると思いますので、リアルなサイト上鼎談をお楽しみください。(本当は、編集作業が面倒なだけだったりして)とくに、高場将美先生の解説にご注目ください。なお、文中の敬称は省略させていただきます。

福岡 貞夫
何回見ても橋の上で踊るグロリアとエドァルドの姿に釘ずけになってしまう・・・

高場 将美
福岡さん情報をありがとうございます! じつは、ついこないだ、この映画をレンタル・ヴィデオで借りて、コピーしようかなと思っていましたが、めんどくさいので返してしまい、今になって「また借りて、こんどこそコピー」と思っていたのでした。YouTubeの画質は、わたしのPCの画面で見るくらいならVHSと、まぁ変わりないですね。音はこちらのほうが鮮明でしたよ。また、この映画の日本語字幕はヘタクソなので(アルゼンチン人はおしゃべりすぎるので、短い字幕ではむずかしいのではありますが)、ないほうがスッキリしますね。ほんとに大発見ですね!

福岡 貞夫
高場さん、お役に立てて幸いです。これも偶然です。ボゴタで上映された時は何度も観に行きました。繰り返し、繰り返しでもあきませんね。終わり近くになるとカルロス・ガルデルが登場するシーンがありますが・・・ここで当地の映画館は観衆総べての拍手で騒然となります。これには感動しました。今でも彼ガルデルはアイドルなのですねー。

高場 将美
あのシーンは、わたしも最初に見たとき、そして今でも、うれしくて涙が出ます。まず街頭に人影が見えて、「あれ? もしかして、ガルデール先生がいらっしゃるのでは・・・」と思わせるではないですか。すぐに、やっぱりホンモノだ!と大感激します。3度めか4度めになると、なんだこの役者は顔も変だし、セリフもヘタクソだなぁ、と腹が立つんですが(わたしのほうが上手にガルデールみたいにしゃべれるぞ!)、わたしの大好きな曲、またこの場にふさわしい «Anclao en París»をうたうのは、本当にホンモノだから大感激です。歌がうまいこと! 当たり前ですがね。福岡さんがグローリアとエドゥワルドなら、わたしはガルデールに会うために、この映画を何回も見てきました。

福岡 貞夫
あれ、ガルデルの本物ではないんですか???ぼんやりしていて気が付きませんでした。そうかしゃべり方に気を付ければいいんですね^コロンビア人達も気が付いていないんですよ・・・

高場 将美
「ガルデルだー!」と感激して、目がくらまされるんですね。また、生きていると信じたい気持ちがありますから。そして、なんたって歌声はホンモノですからね。

昼寝 ネコ
福岡さん、有難うございます。日本語字幕のものを一度だけ観ましたが、ガルデルもどきの役者の登場には気付きませんでした。たしか、終わり頃に公衆電話のシーンでガルデルが話題になり・・・そのシーンに登場したのでしょうか。恥ずかしながら、その当時はガルデルについて全く知らなかったものですから、感動もせずただ見過ごしてしまいました。

高場 将美
最後のほうでガルデールとサンマルティン将軍がマテ茶をのみながら、『ボルベール(帰郷)』のレコードを聴きますよね。将軍はどうでもいいですが(失礼!)、ガルデール(になった役者)の顔は見えないようにして、また話もさせないでほしかったですね。逆光のシルエットで歌いダンスするシーンは、いまYouTubeで見て、わたしは、また感動しましたよ!

昼寝 ネコ
高場先生が役者と知りつつ感動なさるとは、高場先生もかなりのガルデル教信者のようですね。もし私がガルデルにも傾倒してしまったら、そして十分な蓄えができたら、もしかしたらアルゼンチンに行ってしまいそうな気がします。

高場 将美
昼寝ネコさま 公衆電話のところに出てくるのは、作詞作曲家のディセーポロです。これもニセモノとすぐわかりますが、そんなこと言ったら監督にも役者さんにも悪いですよね。すぐその次のシーンで、ガルデールがタクシーから下りてきて、2人のギタリストとともに『パリに錨をおろして』を歌います。このギタリストたちも、嘘っぽい……なーんて、勝手なことばかり言っちゃいけませんね。ガルデール自身は「よくできた。いい監督だね」と喜んでいるでしょう。彼は、「出演料はいらないから、この映画に出たかったけれど、いろいろ障害があって、うまくいかなかった」と、わたしに語っています。

昼寝 ネコ
以前、福岡さんかSuzukiさんの記事で、高場先生がピアソラの通訳をされたとか、コンサートのミキシングを担当されたとか目にしていましたので、ちょっと時系列が錯綜していました。さらにガルデル(ガルデール?)との会話だなんて、ますます不思議な感じがします。

高場 将美
ガルデル――わたしはガルデールと書きますが、カタカナ表記はどれが正しいというわけではないんです――がお話してくれるようになったのは、ごく最近です。すごく集中して、いっしょうけんめいレコードを聴いてきたので、「よしよし」と認めてくれたのでしょう。私生活の話はしないようにしています。ハハハ・・・

昼寝 ネコ
なるほど。そうですね、私生活のリアルな部分は横に置いて、引き続きお話しをなさってください。最近になってようやく、ピアソラがあまりにしつこい私の追求にうんざりしたのか、ときどき話し相手になってくれています。なのでオール「ピアソラ・プログラム」で、一度コンサートをプロデュースしたいと申し出たら快諾してくれました。でも、出演だけは勘弁してくれと念を押されてしまいました。残念ですけど仕方ないですね。なので、現存する演奏家候補を物色中です。気の長いお話しです。私が墓に入る前に実現するかどうか、少し弱気になっている次第です。

福岡 貞夫
高場さん、昼寝ネコさん、お二人の楽しそうな話題に割り込むのもどうかと躊躇しますがあつかましく・・・この映画をはじめからじっくり良く見ないと駄目だなと思います。PCの画面では俳優さんの顔もろくに判明も出来ないし、それ以前に感動が邪魔して平静に画面を見ていないんですよ。映画を見てたときもそんな状態だった。と思い出します。それから私はガルデルの傍に居るんだと一人よがりの上に彼に構わずに私生活をほじくりアサリ、今、後悔の念にさいなまされています。

高場 将美
一人よがりは、わたしも含めて、みんなそうじゃないですか??? 後悔なんかするな、とガルデルも言って・・・なかったですかね。ハハハ

昼寝 ネコ
高場先生に同感です。自分が忘れ去られていない、と思えるのは誰にとっても悪い気がしないものですよ、きっと。だから、そのうち福岡さんの夢にガルデルが現れて、グラシャスというか、メルシーっていうかわかりませんが、感謝の意を伝えることがあるだろうと想像しています。

福岡 貞夫
後悔しているといいながら・・・ガルデルの事ばかり書いている。ところで、ソラナース監督がこの映画に「ガルデルの亡命」となずけた意味を考えたのですが、やはり彼も亡命者であった。だからフアン2に彼の心情を語らせた。ではガルデルは?彼も当事アルゼンチンではウルグアイ人ゆえに阻害されたのです。サンマルティンも政治亡命ゆえにパリで病死したわけですから。私はアルゼンチンから軍事クーデターの直前に逃げ出した一人です。外国人である者が他国の政治情勢を語る事は触れませんが。

高場 将美
この映画のための歌をぜんぶ作曲したカスティニェイラ(ほんとは、もっと長々しい名前なんですが)も亡命者です。ソロを歌っている女性歌手スサーナ・ラゴは彼の奥さんでいっしょに亡命しました。彼女は、すごく個性的な魅力ある、要するにわたしの好きなタイプの顔のひとなんですが、画面には出てきません。それに、コーラスとまじっているので、ソロも目立たなくて、わたしは口惜しいです。それから、ピアソーラの演奏以外で聞こえるバンドネオンは、たぶんモサリーニだと思いますが、彼も亡命者ですね。ピアソーラだって精神的には亡命者みたいなものですよね。

福岡 貞夫
そうすると、亡命者達が作った映画。ともかく稀に見るよい映画だと思います。ピアソラのフアンとしてはテーマ曲に酔い、ガルデルの登場でとどめを刺される。あの軍事政権はありとあらゆる人権蹂躙を行ないましたから・・・モサリーニもそうでしたか。たしかにピアソラもにたような者。娘さんのディアナさんもメキシコに政治亡命していました。

昼寝 ネコ
ちょっと高場先生、待ってください。過日、この映画で使用されているTngo-Tangoを最もピアソラらしくない曲だと書きましたら、Suzukiさんから、これはソラナス自身の作品であり、ピアソラは一部しか作曲していないという指摘をいただいたばかりです。全曲そのカステラとかなんとかいう人の作曲なんですか?私は冒頭のDuo de Amorを聴いた瞬間、悶絶したというのに、ピアソラが最も情熱を傾けて作曲した映画だというのはまやかしなんですか?Soloという曲も、たぶんゴジェネチェが歌っていると思うのですが、聴いて、さすがピアソラ=ゴジェネチェのゴールデンコンビだと思っていたんです。ああ、なんだか詐欺師にだまされた気分になってきました。人生の終盤で、思いがけない真実に直面するというのは残酷なものですね。でも、ピアソラ図書館では事実を公開しなければいけませんので、高場先生のコメントと引用しつつ、皆さんにも落胆の気持ちを共有していただこうと思いますが、よろしいでしょうか?すみませんが許諾を宜しくお願いいたします。

高場 将美
引用に許諾なんかいりません。情報は、ご自由に使ってください。補足しますと――Duo de amor など、ピアソーラの演奏で聞こえる曲は、もちろんすべてピアソーラ作曲です。どこかに挟んで、バンドネオンのソロでガルデルの『想いのとどく日』を短く弾いていたように思いますが、とにかくピアソーラ作曲です。Tango-Tango や Solo など、歌の入る曲はすべて、脚本・監督を担当したソラーナスが歌詞をつくり、それにカスティニェイラ・デ・ディオスが作曲・編曲しました。歌の伴奏の一部分にバンドネオンが聞こえますが、これはパリにいたモサリーニが弾いていると思います(わたしの推定です。確率70%くらい???)。「ピアソーラが最も情熱を傾けて作曲した映画」というのは意味がよくわかりませんね。彼のような特別な存在でなくても、ほとんどすべての音楽家は、どんな曲でも、そのときのすべての情熱をそそいで作曲しています。それから、映画音楽は、じぶんが演奏するための曲と違って、画面の邪魔にならないように、多くの人の耳に親しみやすいように、より、わかりやすい音楽を作曲するのがプロですね。どんなシーンに使うかという、たとえ大ざっぱでも監督からの指示があって、いちおう制約の中で作曲するので、自由な創造活動ではありません。でも、かえって具体的なイメージがあればインスピレーションもわくでしょうね。もちろん作曲しているときは「最も情熱を傾け」ますよ。結果として、とてもすてきな曲ばかりで、映画を離れて演奏のみの曲としても愛され、(ふつうの?ピアソーラは気に食わない人も含めて)多くの人を感動させ、ピアソーラ本人もたいへん満足した音楽になりました。タンゲディアという造語は「タンゴとトラヘディア(悲劇)を合成したもので……」と、映画のことをなにも知らなかったときのわたしに解説してくれましたので、ソラナス監督の考えに、ピアソーラもとても共感していたのでしょう。

福岡 貞夫
高場さん:解説ありがとうございます。この映画を繰り返し見るのに益々楽しくなります。

高場 将美
ありがとうと言われると恥ずかしいです。暑さで1ヶ所忘れていました。造語タンゲディアには「コメディア(喜劇)も含まれています。タンゴ悲喜劇ですね。ついでに、ホセ・ルイス・カスティニェイラ・デ・ディオス José Luis Castiñeira de Dios (これがフルネーム)について、わたしの書いたものを引用します。「1947年生まれ。(中略)77年のフランス公演を機会に、パリに亡命(中略)、ほとんど同時に、別ルートで亡命してきたモサリーニとともに(共演したわけではないが)、パリにアルゼンチンあるいはラテンアメリカ音楽の場所を育て、守ってきた。ギター、エレキ・ベースなどを弾くが、リーダー、作曲、アレンジといった面が主である。フォルクローレからタンゴにいたる、非常に多くのアーティストをサポートしてきた。自身での活動は、前面に妻のスサーナ・ラゴ(1939年生まれ)を立てる。スサーナは個性的で力強い魅力をもった歌手で、すぐれたピアニスト、民俗楽器もこなす。(齋藤充正/西村秀人・編『ピアソラ タンゴの名曲を聴く』 2000年、立石書房発行より)

福岡 貞夫
貴重な追加情報も興味あふれるものです。感謝です。

昼寝 ネコ
高場先生 大変貴重なコメントを有難うございます。書籍『ピアソラ タンゴの名曲を聴く』の中に、高場先生が寄稿されている、ということですね?ピアソラ図書館は、単純に作品紹介と鑑賞を目的に始めましたが、高場先生や福岡さんのコメントも「ピアソラうんちく」というコーナーを新設し、紹介させていただきたいと思います。引き続き、宜しくお願いいたします。

福岡 貞夫
この映画の解説は多く見つかるのですが、高場先生の解説のように各テーマ曲まで裏の裏までの詳しく説明された貴重なエピソードがありません。

高場 将美
昼寝ネコさま その本の執筆者は10数名おり、上記はわたしが書いたものです。ピアソーラへのインタビューも載っています。本の制作に当たり、書房の編集者の方々、そして編者たちがすごい情熱を傾けてつくった本で、内容はなかなか熱いです。

*引用元・ピアソラ音の出る図書館:http://www.piazzolla-library.com/index.php?go=nsu6JZ


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by hirune-neko | 2017-03-26 01:03 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

昼下がりの脱力系ブログ


Les Parapluies de Cherbourg Vincent Niclo & Marie Oppert

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 日曜日の昼下がり。さすがに電話がかかってこないし、即対応しなければならないメールもない。たまにはこういう時間を過ごすのもいいなと思う。

 4、5歳位の男の子が私の前にやってきた。いきなり、何が入ってると思う?と質問された。見ると明らかに円筒形のお菓子のパッケージで、中に何が入っているかなど分かるはずがない。ポテトチップスの容器のようだ。ん〜と、少し考えるふりをして、ヘビが入ってる?と答えた。すると、違うと言う。じゃぁモグラ?と答えると、違うと言う。次の彼の言葉を聞いて、全身から力が抜けてしまった。何故かというと、ポテトチップスの容器の中に入っていたのは、ポテトチップスだったからだ。彼は、一体どのような意図で質問しに来たのだろう。いまだに理解が及ばない。

 気が向いたので、昼下がりのブログを書こうと思った時、「昼下がりの情事」という名の映画を思い出した。YouTubeで探してみたら、この映画は1957年の制作らしい。私が小学校1年生の頃だ。今の世相と較べると、 どうもかけ離れた設定のように感じたので、魅惑のワルツという名のテーマ音楽を断念した。

 次の候補として、「シェルブールの雨傘」が思い浮かんだ。同様にYouTubeで探したら、カトリーヌ・ドヌーヴが雪の降りしきる夜、ガソリンスタンドに給油しに来るラストシーンが見つかった。スタンドのオーナーとおぼしき男性との、久しぶりの偶然の再会。かつての恋人同士が、すれ違いの別れを経てお互いに家族を持っている。私の記憶が正しければ、助手席に乗っていた女の子は、彼の子供だったはずだ。戦地に赴き戦死したという誤解があって、お腹の中に子供を宿した彼女は、富裕な男性と結婚した、という経緯があったのではないだろうか。

 映画のこのラストシーンがあまりにも切々としているので、かなり高齢になったミシェル・ルグランがピアノ伴奏者として登場する動画を選んだ。シェルブールの雨傘の音楽を担当した作曲家だ。かなり高齢になっていると思うが、達者にピアノを弾いている。ひと頃、ルグラン・ジャズという言葉が一般的になった時期があった。それほど、彼の音楽活動は多岐にわたり、多くの映画作品のために音楽を作っている。

 思い出したエピソードがある。フランス映画のViaje de Bodasにピアソラが音楽を担当し作曲し終えた。この映画の邦題は「新婚旅行」だったはずだ。せっかくピアソラが作曲したのに、どういう経緯かは知らないが最終的に、ミシェル・ルグランの曲が採用されたそうだ。確かにルグランは映画音楽の作曲家として屈指であり、才能豊かな人だと思う。しかし、両方を並べられてどちらを選択するかといわれれば、つまり私の好みで選んで良いならば、ためらわず、迷わずにピアソラを選ぶ。

 習慣とは恐ろしいもので、こうしてiMacのアリスの口述筆記機能に助けられてブログを書き始めると、どうにも次々と言葉が溢れ出てきて止まらない。困ったものだ。

 昨日は私の誕生日だったが、何人もの方がメールやメッセージでお祝いしてくれた。その中の1人は、大阪・池田市が拠点のクレモナ・モダンタンゴ五重奏団のバンマスの方だった。コメントの中で私のことを、「日本一のピアソラ学者」と呼んでくれた。そう言われて悪い気はしないが、私の場合はただ好きで聴いているだけであり、墓の中のピアソラが聞いたら、昼寝ネコよ、お前は私の何を知っているのか、と不機嫌になるに違いない。確かに、何も分かっていない。

 せっかくの機会なので、ミシェル・ルグランに作曲を変更されてしまった映画・ Viaje de Bodas(新婚旅行)ためにピアソラが作曲した作品をひとつ、以下にご紹介する。

 夜遅くになって、もし気が向くようなことがあったら、またブログを更新するかもしれないが、たまには早く休もうと思ってもいる。


Astor Piazzolla - Viaje de Bodas


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by hirune-neko | 2017-03-19 15:53 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

すっかりCovert Affairs依存症になってしまった

Roberto Goyeneche - Sólo


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 今日は同居している義理の母の、94歳の誕生日だった。昼ご飯が終わった頃を見計らってドアを開けると、ベッドの横にあるポータブル便器に座っていた。

 今日は誕生日おめでとう、と言うと何も言わずただ笑った。お祝いに何か買ってくるから食べたいものがあったら言って、と言うと何もいらないと言う。そういえば、退院して以来ずっと花の塗り絵を黙々と楽しんでいたが、もうすでに何冊も塗りつぶしてしまっていたのを思い出したので、駅前のビルに入っている文教堂書店に行ってみた。以前も何度か買ったことがあるが、どうやら置き場所が変わってしまったらしく、店員さんに場所を教えてもらって2冊を購入した。なんて優しい娘婿だろう、と思ったかどうかは知らないが喜んでくれた。

 来週の火曜日に使用する企画書を作っている最中だ。頭の中であれこれシナリオを描き、仕上げようと思っていた。しかし、先日来観ているCovert Affairsまだ途中なので、キリのいいところまで観ようと考えた。シリーズ1からシリーズ5まであるのだが、もうすでに最終シリーズの途中まで来ている。キリのいいところで打ち切ろうと思ったのだが、そこはそれ、なかなか上手に作っているので次が気になって仕方がない。結局今日一日で、7話も観てしまった。あと4話で全て完食することになる。合計で76話だ。延べで3百数十時間に及ぶ。なんだかんだ言って、私は結構暇人なのかもしれない。自分ではそう思っていないが、夢中になると他のことが視野に入らなくなってしまう傾向が強い。

 もちろんノンフィクションではなくドキュメンタリーでもなく、創作ストーリーではあるが、とてもリアルでよくできた脚本だと思う。さらには、とても現実的な設定で、アメリカのCIAや国務省その他、インテリジェンス組織が頻繁に出てくるのでとても勉強になっている。あるブログ読者の方が、ご夫婦でCovert Affairsを一緒に観ています、とい言うメールを送ってくれた。すっかり悪い影響を及ぼしてしまっているかもしれない。

 私自身、数十話に及ぶスパイ映画を観ていると、すっかり疑い深くなり人を容易に信用できなくなってしまっているのを感じる。陰謀があり裏切りがあり、予測のつかないことが次々と起こる。もちろんこれはテレビ用に製作されたドラマなので、当然視聴者に対して見せ場を作る必要があるだろう。

 それにしても、スパイというのは孤独な職業なんだなぁと、改めて思った。だから、信用できる友人や知人というのは、とても価値がある存在なのだと再認識した。

 さて、肝心の企画書だが、頭の中でぐるぐると反芻している甲斐があり、なかなか説得力のある内容に仕上がりつつあると考えている。考えてみたら、過去30数年の間にわたり、ずいぶんいろいろな企画書を作ってきたなと思う。時代が変われば、コンピューターやインターネットを活用し、さらにはサイトに色々な機能を付加することもできる。

 公的機関が絡むので、ここに具体的な事は何も書けないけれど、もし正式に決まって公にできるようになったら、皆さんにはご報告をさせていただきたいと思っている。毎日私のブログを読みに来てくださる方がそれなりの数いらっしゃる。たとえコメントをいただかなくても、読んでいただくだけでとても励みになっているので、ありがたく思っている。

 私はどこの情報機関にも属していないし、1年ほど前、空港で老テロリストに間違えられた位で、スパイではない。しかし、ある意味では孤独の戦いを強いられている。居酒屋で和気あいあいと騒ぎ、取引先を接待し、ゴルフやカラオケに行くなどという習慣は全くない。その意味では、スパイと似たような心境になることが多いのかもしれない。

 Covert Affairsが、アメリカ人の間でどの程度話題になっている番組だったかは把握していない。あと数話で完食なので、新たなスパイ作品を物色したいと思っている。これはもう病的な嗜好だと思っている。



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by hirune-neko | 2017-02-19 01:27 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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