昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:音楽・映画・本の世界( 183 )

今晩ばかりは短稿で失礼させていただく


Chris Botti - Emmanuel


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 明日にに向けて体力を温存するため、今日は短稿で失礼させていただく。

 疲れ切った神経に優しい・・・と自分で勝手に思っている曲である。
作曲者はトランペットを演奏しているクリス・ボッティ・・・のはずだ。

 おかげでなんとか集中力が途切れず、気力も失われていない。明日はいよいよ遅延案件のうち、最も大変な作業に集中する予定だ。この作業のメドがつけば、精神的にもかなり楽になると思っている。

 国内外の不穏で不安な情勢は常に視野に入っているものの、なかなか実態がつかみきれない。ときには、ゆったりリラックスできる音楽に耳を傾け、心身の緊張をほぐすのも悪くはないと思う。

 本当に短い文章で内容もなく、大変申し訳ないがこれにて失礼させていただく。

 もう1曲おまけに・・・。

Shirley Horn - Here's To Life (Verve Records 1992)


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by hirune-neko | 2017-05-06 01:31 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

ピアソラの作品を聴く人々


ASTOR PIAZZOLLA - PELÍCULAS CASERAS DE JOSÉ PONS EN FRANCIA


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 この曲とピアソラとの関係が分からない。映像を観る限りでは、ピアソラ自身と家族や知人・友人なのだろうと推測される。

 しかし、この曲想はおそらく、ピアソラの作品ではないと思う。誰かが、ピアソラへの追悼曲として作曲したのではないだろうか。

 数日前、ブログ読者の方が一冊の本を紹介してくれた。
 「昼寝ネコさんは青林堂から先月発売になった、『約束の大地ー想いも言葉も持っている』という詩集をご存知ですか?」

 へえ、青林堂が詩集を出版するんだ、と驚いて先を読んだ。
 「生後一ヶ月で最重度の脳障がい児となったみぞろぎ梨穂さんとおっしゃる、からだを動かす事もしゃべる事もできない24歳の女性の詩集です。 長年、障がい者の教育について研究され、コンピュータを通じて重度の障がい者の言葉を引き出し、会話する事を実践されてきた國學院大学の柴田保之先生により紡ぎ出された、梨穂さんの珠玉の詩集です。 ただただ感動です。梨穂さんもピアソラがお好きと知ったので、お知らせしたくて。」

 大変な境遇の方だと思うが、ピアソラのどの作品を、どのような心象で聴いていらっしゃるのか興味があり、深夜過ぎだったが、アマゾンで注文したら同日の夕方には郵便受けに入っていた。

 この著者の方が好きとおっしゃるピアソラの作品が、どれなのか知りたいと思っている。

 音楽に関しては、好き嫌いがはっきりしている。ピアソラの曲想は実に幅が広い。しかし、作り物ではなく虚飾を排した曲には心を捉えられる。そして、魂を揺さぶられる。

 ところで、北朝鮮情勢に関して複数のブログが、同じような方向を暗示し出している。中国政府が、金正恩氏の亡命を説得しているという。トランプ大統領は、亡命後の北朝鮮は中国が主導して新政権を樹立することを認めるが、その条件は北の非核化だともいう。

 最終的には、国際政治の意向と地政学的な価値によって、運命が握られているのだろう。中国政府も人民解放軍も一枚岩ではなく、習近平氏の立場も決して安泰ではないようだ。

 しばらくは目が離せない状況なのだろう。唯一心配なのは、米・中を中心とする国際的な包囲網に反発した金正恩氏が、暴発して実際にミサイルを発射することではないのだろうか。もし、韓国、中国、日本るいはアメリカにミサイルが着弾するようなことがあったら、かなり混乱するだろうと想像している。

 心を平静に保ち、冷静な判断をするよう自制を続けたいと思う。


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by hirune-neko | 2017-04-19 23:45 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

高場将美先生、ご覧になっていますか?


El exilio de Gardel Tango


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 掲載した動画は、アルゼンチンの映画監督ソラナスによる「ガルデルの亡命」の冒頭シーンだ。音質も画質も良くないが、ピアソラが作曲を担当したという三部作のうちの1つだ。この映画3作品ともDVDを購入し、大事に持っている。初めてこのシーンを観たとき、バンドネオンのソロ演奏でピアソラの曲が演奏されたのを耳にして、とても感銘を覚えた。

 どのような経路だったか覚えていないが、おそらくコロンビアの福岡貞夫さんと高場将美先生がFacebook友達であり、偶然私のブログをご覧になった福岡さんと私がFacebook友達になり、その流れで私が高場将美先生に友達申請をしたのだろうと思う。

 その高場先生のタイムラインに、3月14日付でヴォーカリストの峰さんが、高場先生の入院についてコメントを入れていらっしゃった。様子は皆目わからないが、高場先生のご快復を願っている。

 高場先生は東京外語大学のご出身で、ご専門はスペイン語とポルトガル語だ。一度だけ恵比寿で開かれたスペイン語講座に、参加させていただいたことがある。かつてピアソラが来日したときに、 通訳をされたり取材をされたとおっしゃっていた。お仕事で中南米音楽にも精通されており、色々と教わることの多い先生である。

 この映画、ガルデンの亡命はすべてピアソラが作曲したとばかり思っていた。それにしては、ピアソラらしくない曲があるなとブログに書いたことがある。すると即、何曲かは監督のソラナス自身が作曲したのだと、確か仙台の鈴木さんが指摘してくれた。その後、高場先生がコメントを入れてくれて、それに対し福岡貞夫さんが参入してきた。私が読んでも、あまりにも内容が専門的すぎて、ある種の畏敬の念を感じたのを覚えている。当時、「ピアソラ音の出る図書館」という名のサイトを、ネット上に設置していた。 クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のアレンジャーである梶さんと知り合いになったのも、この図書館がきっかけだった。 

 今日は、入院中の高場将美先生への お見舞いメッセージとして、当時の図書館に保存した、やりとりを以下にご紹介したいと思う。

(高場先生へ)
 高場先生、実は私は極度の怠け者ですが、語学に対して異常な執着を持っています。一段落したら先生のスペイン語クラスとポルトガル語クラスを受講させていただきたいと、ずっと思っているのですがなかなか果たせないでいます。先生が退院されてお元気になられたら、何とか時間をやりくりして勉強させていただきたいと思っています。私がこんなことを申し上げても、何の励みにもならないとは思いますが、どうぞゆっくり養生なさり、無事に退院なさってください。お願いいたします

(ピアソラ音の出る図書館から転載)

 福岡貞夫さんが、Archivos BoesmiのコレクションをFacebookに掲載し、そこから自然発生的に交わされた対話をそのまま、転載します。へたに手を入れずに、そのまま転載した方が対話の息づかいが再現されると思いますので、リアルなサイト上鼎談をお楽しみください。(本当は、編集作業が面倒なだけだったりして)とくに、高場将美先生の解説にご注目ください。なお、文中の敬称は省略させていただきます。

福岡 貞夫
何回見ても橋の上で踊るグロリアとエドァルドの姿に釘ずけになってしまう・・・

高場 将美
福岡さん情報をありがとうございます! じつは、ついこないだ、この映画をレンタル・ヴィデオで借りて、コピーしようかなと思っていましたが、めんどくさいので返してしまい、今になって「また借りて、こんどこそコピー」と思っていたのでした。YouTubeの画質は、わたしのPCの画面で見るくらいならVHSと、まぁ変わりないですね。音はこちらのほうが鮮明でしたよ。また、この映画の日本語字幕はヘタクソなので(アルゼンチン人はおしゃべりすぎるので、短い字幕ではむずかしいのではありますが)、ないほうがスッキリしますね。ほんとに大発見ですね!

福岡 貞夫
高場さん、お役に立てて幸いです。これも偶然です。ボゴタで上映された時は何度も観に行きました。繰り返し、繰り返しでもあきませんね。終わり近くになるとカルロス・ガルデルが登場するシーンがありますが・・・ここで当地の映画館は観衆総べての拍手で騒然となります。これには感動しました。今でも彼ガルデルはアイドルなのですねー。

高場 将美
あのシーンは、わたしも最初に見たとき、そして今でも、うれしくて涙が出ます。まず街頭に人影が見えて、「あれ? もしかして、ガルデール先生がいらっしゃるのでは・・・」と思わせるではないですか。すぐに、やっぱりホンモノだ!と大感激します。3度めか4度めになると、なんだこの役者は顔も変だし、セリフもヘタクソだなぁ、と腹が立つんですが(わたしのほうが上手にガルデールみたいにしゃべれるぞ!)、わたしの大好きな曲、またこの場にふさわしい «Anclao en París»をうたうのは、本当にホンモノだから大感激です。歌がうまいこと! 当たり前ですがね。福岡さんがグローリアとエドゥワルドなら、わたしはガルデールに会うために、この映画を何回も見てきました。

福岡 貞夫
あれ、ガルデルの本物ではないんですか???ぼんやりしていて気が付きませんでした。そうかしゃべり方に気を付ければいいんですね^コロンビア人達も気が付いていないんですよ・・・

高場 将美
「ガルデルだー!」と感激して、目がくらまされるんですね。また、生きていると信じたい気持ちがありますから。そして、なんたって歌声はホンモノですからね。

昼寝 ネコ
福岡さん、有難うございます。日本語字幕のものを一度だけ観ましたが、ガルデルもどきの役者の登場には気付きませんでした。たしか、終わり頃に公衆電話のシーンでガルデルが話題になり・・・そのシーンに登場したのでしょうか。恥ずかしながら、その当時はガルデルについて全く知らなかったものですから、感動もせずただ見過ごしてしまいました。

高場 将美
最後のほうでガルデールとサンマルティン将軍がマテ茶をのみながら、『ボルベール(帰郷)』のレコードを聴きますよね。将軍はどうでもいいですが(失礼!)、ガルデール(になった役者)の顔は見えないようにして、また話もさせないでほしかったですね。逆光のシルエットで歌いダンスするシーンは、いまYouTubeで見て、わたしは、また感動しましたよ!

昼寝 ネコ
高場先生が役者と知りつつ感動なさるとは、高場先生もかなりのガルデル教信者のようですね。もし私がガルデルにも傾倒してしまったら、そして十分な蓄えができたら、もしかしたらアルゼンチンに行ってしまいそうな気がします。

高場 将美
昼寝ネコさま 公衆電話のところに出てくるのは、作詞作曲家のディセーポロです。これもニセモノとすぐわかりますが、そんなこと言ったら監督にも役者さんにも悪いですよね。すぐその次のシーンで、ガルデールがタクシーから下りてきて、2人のギタリストとともに『パリに錨をおろして』を歌います。このギタリストたちも、嘘っぽい……なーんて、勝手なことばかり言っちゃいけませんね。ガルデール自身は「よくできた。いい監督だね」と喜んでいるでしょう。彼は、「出演料はいらないから、この映画に出たかったけれど、いろいろ障害があって、うまくいかなかった」と、わたしに語っています。

昼寝 ネコ
以前、福岡さんかSuzukiさんの記事で、高場先生がピアソラの通訳をされたとか、コンサートのミキシングを担当されたとか目にしていましたので、ちょっと時系列が錯綜していました。さらにガルデル(ガルデール?)との会話だなんて、ますます不思議な感じがします。

高場 将美
ガルデル――わたしはガルデールと書きますが、カタカナ表記はどれが正しいというわけではないんです――がお話してくれるようになったのは、ごく最近です。すごく集中して、いっしょうけんめいレコードを聴いてきたので、「よしよし」と認めてくれたのでしょう。私生活の話はしないようにしています。ハハハ・・・

昼寝 ネコ
なるほど。そうですね、私生活のリアルな部分は横に置いて、引き続きお話しをなさってください。最近になってようやく、ピアソラがあまりにしつこい私の追求にうんざりしたのか、ときどき話し相手になってくれています。なのでオール「ピアソラ・プログラム」で、一度コンサートをプロデュースしたいと申し出たら快諾してくれました。でも、出演だけは勘弁してくれと念を押されてしまいました。残念ですけど仕方ないですね。なので、現存する演奏家候補を物色中です。気の長いお話しです。私が墓に入る前に実現するかどうか、少し弱気になっている次第です。

福岡 貞夫
高場さん、昼寝ネコさん、お二人の楽しそうな話題に割り込むのもどうかと躊躇しますがあつかましく・・・この映画をはじめからじっくり良く見ないと駄目だなと思います。PCの画面では俳優さんの顔もろくに判明も出来ないし、それ以前に感動が邪魔して平静に画面を見ていないんですよ。映画を見てたときもそんな状態だった。と思い出します。それから私はガルデルの傍に居るんだと一人よがりの上に彼に構わずに私生活をほじくりアサリ、今、後悔の念にさいなまされています。

高場 将美
一人よがりは、わたしも含めて、みんなそうじゃないですか??? 後悔なんかするな、とガルデルも言って・・・なかったですかね。ハハハ

昼寝 ネコ
高場先生に同感です。自分が忘れ去られていない、と思えるのは誰にとっても悪い気がしないものですよ、きっと。だから、そのうち福岡さんの夢にガルデルが現れて、グラシャスというか、メルシーっていうかわかりませんが、感謝の意を伝えることがあるだろうと想像しています。

福岡 貞夫
後悔しているといいながら・・・ガルデルの事ばかり書いている。ところで、ソラナース監督がこの映画に「ガルデルの亡命」となずけた意味を考えたのですが、やはり彼も亡命者であった。だからフアン2に彼の心情を語らせた。ではガルデルは?彼も当事アルゼンチンではウルグアイ人ゆえに阻害されたのです。サンマルティンも政治亡命ゆえにパリで病死したわけですから。私はアルゼンチンから軍事クーデターの直前に逃げ出した一人です。外国人である者が他国の政治情勢を語る事は触れませんが。

高場 将美
この映画のための歌をぜんぶ作曲したカスティニェイラ(ほんとは、もっと長々しい名前なんですが)も亡命者です。ソロを歌っている女性歌手スサーナ・ラゴは彼の奥さんでいっしょに亡命しました。彼女は、すごく個性的な魅力ある、要するにわたしの好きなタイプの顔のひとなんですが、画面には出てきません。それに、コーラスとまじっているので、ソロも目立たなくて、わたしは口惜しいです。それから、ピアソーラの演奏以外で聞こえるバンドネオンは、たぶんモサリーニだと思いますが、彼も亡命者ですね。ピアソーラだって精神的には亡命者みたいなものですよね。

福岡 貞夫
そうすると、亡命者達が作った映画。ともかく稀に見るよい映画だと思います。ピアソラのフアンとしてはテーマ曲に酔い、ガルデルの登場でとどめを刺される。あの軍事政権はありとあらゆる人権蹂躙を行ないましたから・・・モサリーニもそうでしたか。たしかにピアソラもにたような者。娘さんのディアナさんもメキシコに政治亡命していました。

昼寝 ネコ
ちょっと高場先生、待ってください。過日、この映画で使用されているTngo-Tangoを最もピアソラらしくない曲だと書きましたら、Suzukiさんから、これはソラナス自身の作品であり、ピアソラは一部しか作曲していないという指摘をいただいたばかりです。全曲そのカステラとかなんとかいう人の作曲なんですか?私は冒頭のDuo de Amorを聴いた瞬間、悶絶したというのに、ピアソラが最も情熱を傾けて作曲した映画だというのはまやかしなんですか?Soloという曲も、たぶんゴジェネチェが歌っていると思うのですが、聴いて、さすがピアソラ=ゴジェネチェのゴールデンコンビだと思っていたんです。ああ、なんだか詐欺師にだまされた気分になってきました。人生の終盤で、思いがけない真実に直面するというのは残酷なものですね。でも、ピアソラ図書館では事実を公開しなければいけませんので、高場先生のコメントと引用しつつ、皆さんにも落胆の気持ちを共有していただこうと思いますが、よろしいでしょうか?すみませんが許諾を宜しくお願いいたします。

高場 将美
引用に許諾なんかいりません。情報は、ご自由に使ってください。補足しますと――Duo de amor など、ピアソーラの演奏で聞こえる曲は、もちろんすべてピアソーラ作曲です。どこかに挟んで、バンドネオンのソロでガルデルの『想いのとどく日』を短く弾いていたように思いますが、とにかくピアソーラ作曲です。Tango-Tango や Solo など、歌の入る曲はすべて、脚本・監督を担当したソラーナスが歌詞をつくり、それにカスティニェイラ・デ・ディオスが作曲・編曲しました。歌の伴奏の一部分にバンドネオンが聞こえますが、これはパリにいたモサリーニが弾いていると思います(わたしの推定です。確率70%くらい???)。「ピアソーラが最も情熱を傾けて作曲した映画」というのは意味がよくわかりませんね。彼のような特別な存在でなくても、ほとんどすべての音楽家は、どんな曲でも、そのときのすべての情熱をそそいで作曲しています。それから、映画音楽は、じぶんが演奏するための曲と違って、画面の邪魔にならないように、多くの人の耳に親しみやすいように、より、わかりやすい音楽を作曲するのがプロですね。どんなシーンに使うかという、たとえ大ざっぱでも監督からの指示があって、いちおう制約の中で作曲するので、自由な創造活動ではありません。でも、かえって具体的なイメージがあればインスピレーションもわくでしょうね。もちろん作曲しているときは「最も情熱を傾け」ますよ。結果として、とてもすてきな曲ばかりで、映画を離れて演奏のみの曲としても愛され、(ふつうの?ピアソーラは気に食わない人も含めて)多くの人を感動させ、ピアソーラ本人もたいへん満足した音楽になりました。タンゲディアという造語は「タンゴとトラヘディア(悲劇)を合成したもので……」と、映画のことをなにも知らなかったときのわたしに解説してくれましたので、ソラナス監督の考えに、ピアソーラもとても共感していたのでしょう。

福岡 貞夫
高場さん:解説ありがとうございます。この映画を繰り返し見るのに益々楽しくなります。

高場 将美
ありがとうと言われると恥ずかしいです。暑さで1ヶ所忘れていました。造語タンゲディアには「コメディア(喜劇)も含まれています。タンゴ悲喜劇ですね。ついでに、ホセ・ルイス・カスティニェイラ・デ・ディオス José Luis Castiñeira de Dios (これがフルネーム)について、わたしの書いたものを引用します。「1947年生まれ。(中略)77年のフランス公演を機会に、パリに亡命(中略)、ほとんど同時に、別ルートで亡命してきたモサリーニとともに(共演したわけではないが)、パリにアルゼンチンあるいはラテンアメリカ音楽の場所を育て、守ってきた。ギター、エレキ・ベースなどを弾くが、リーダー、作曲、アレンジといった面が主である。フォルクローレからタンゴにいたる、非常に多くのアーティストをサポートしてきた。自身での活動は、前面に妻のスサーナ・ラゴ(1939年生まれ)を立てる。スサーナは個性的で力強い魅力をもった歌手で、すぐれたピアニスト、民俗楽器もこなす。(齋藤充正/西村秀人・編『ピアソラ タンゴの名曲を聴く』 2000年、立石書房発行より)

福岡 貞夫
貴重な追加情報も興味あふれるものです。感謝です。

昼寝 ネコ
高場先生 大変貴重なコメントを有難うございます。書籍『ピアソラ タンゴの名曲を聴く』の中に、高場先生が寄稿されている、ということですね?ピアソラ図書館は、単純に作品紹介と鑑賞を目的に始めましたが、高場先生や福岡さんのコメントも「ピアソラうんちく」というコーナーを新設し、紹介させていただきたいと思います。引き続き、宜しくお願いいたします。

福岡 貞夫
この映画の解説は多く見つかるのですが、高場先生の解説のように各テーマ曲まで裏の裏までの詳しく説明された貴重なエピソードがありません。

高場 将美
昼寝ネコさま その本の執筆者は10数名おり、上記はわたしが書いたものです。ピアソーラへのインタビューも載っています。本の制作に当たり、書房の編集者の方々、そして編者たちがすごい情熱を傾けてつくった本で、内容はなかなか熱いです。

*引用元・ピアソラ音の出る図書館:http://www.piazzolla-library.com/index.php?go=nsu6JZ


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by hirune-neko | 2017-03-26 01:03 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

昼下がりの脱力系ブログ


Les Parapluies de Cherbourg Vincent Niclo & Marie Oppert

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 日曜日の昼下がり。さすがに電話がかかってこないし、即対応しなければならないメールもない。たまにはこういう時間を過ごすのもいいなと思う。

 4、5歳位の男の子が私の前にやってきた。いきなり、何が入ってると思う?と質問された。見ると明らかに円筒形のお菓子のパッケージで、中に何が入っているかなど分かるはずがない。ポテトチップスの容器のようだ。ん〜と、少し考えるふりをして、ヘビが入ってる?と答えた。すると、違うと言う。じゃぁモグラ?と答えると、違うと言う。次の彼の言葉を聞いて、全身から力が抜けてしまった。何故かというと、ポテトチップスの容器の中に入っていたのは、ポテトチップスだったからだ。彼は、一体どのような意図で質問しに来たのだろう。いまだに理解が及ばない。

 気が向いたので、昼下がりのブログを書こうと思った時、「昼下がりの情事」という名の映画を思い出した。YouTubeで探してみたら、この映画は1957年の制作らしい。私が小学校1年生の頃だ。今の世相と較べると、 どうもかけ離れた設定のように感じたので、魅惑のワルツという名のテーマ音楽を断念した。

 次の候補として、「シェルブールの雨傘」が思い浮かんだ。同様にYouTubeで探したら、カトリーヌ・ドヌーヴが雪の降りしきる夜、ガソリンスタンドに給油しに来るラストシーンが見つかった。スタンドのオーナーとおぼしき男性との、久しぶりの偶然の再会。かつての恋人同士が、すれ違いの別れを経てお互いに家族を持っている。私の記憶が正しければ、助手席に乗っていた女の子は、彼の子供だったはずだ。戦地に赴き戦死したという誤解があって、お腹の中に子供を宿した彼女は、富裕な男性と結婚した、という経緯があったのではないだろうか。

 映画のこのラストシーンがあまりにも切々としているので、かなり高齢になったミシェル・ルグランがピアノ伴奏者として登場する動画を選んだ。シェルブールの雨傘の音楽を担当した作曲家だ。かなり高齢になっていると思うが、達者にピアノを弾いている。ひと頃、ルグラン・ジャズという言葉が一般的になった時期があった。それほど、彼の音楽活動は多岐にわたり、多くの映画作品のために音楽を作っている。

 思い出したエピソードがある。フランス映画のViaje de Bodasにピアソラが音楽を担当し作曲し終えた。この映画の邦題は「新婚旅行」だったはずだ。せっかくピアソラが作曲したのに、どういう経緯かは知らないが最終的に、ミシェル・ルグランの曲が採用されたそうだ。確かにルグランは映画音楽の作曲家として屈指であり、才能豊かな人だと思う。しかし、両方を並べられてどちらを選択するかといわれれば、つまり私の好みで選んで良いならば、ためらわず、迷わずにピアソラを選ぶ。

 習慣とは恐ろしいもので、こうしてiMacのアリスの口述筆記機能に助けられてブログを書き始めると、どうにも次々と言葉が溢れ出てきて止まらない。困ったものだ。

 昨日は私の誕生日だったが、何人もの方がメールやメッセージでお祝いしてくれた。その中の1人は、大阪・池田市が拠点のクレモナ・モダンタンゴ五重奏団のバンマスの方だった。コメントの中で私のことを、「日本一のピアソラ学者」と呼んでくれた。そう言われて悪い気はしないが、私の場合はただ好きで聴いているだけであり、墓の中のピアソラが聞いたら、昼寝ネコよ、お前は私の何を知っているのか、と不機嫌になるに違いない。確かに、何も分かっていない。

 せっかくの機会なので、ミシェル・ルグランに作曲を変更されてしまった映画・ Viaje de Bodas(新婚旅行)ためにピアソラが作曲した作品をひとつ、以下にご紹介する。

 夜遅くになって、もし気が向くようなことがあったら、またブログを更新するかもしれないが、たまには早く休もうと思ってもいる。


Astor Piazzolla - Viaje de Bodas


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by hirune-neko | 2017-03-19 15:53 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

すっかりCovert Affairs依存症になってしまった

Roberto Goyeneche - Sólo


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 今日は同居している義理の母の、94歳の誕生日だった。昼ご飯が終わった頃を見計らってドアを開けると、ベッドの横にあるポータブル便器に座っていた。

 今日は誕生日おめでとう、と言うと何も言わずただ笑った。お祝いに何か買ってくるから食べたいものがあったら言って、と言うと何もいらないと言う。そういえば、退院して以来ずっと花の塗り絵を黙々と楽しんでいたが、もうすでに何冊も塗りつぶしてしまっていたのを思い出したので、駅前のビルに入っている文教堂書店に行ってみた。以前も何度か買ったことがあるが、どうやら置き場所が変わってしまったらしく、店員さんに場所を教えてもらって2冊を購入した。なんて優しい娘婿だろう、と思ったかどうかは知らないが喜んでくれた。

 来週の火曜日に使用する企画書を作っている最中だ。頭の中であれこれシナリオを描き、仕上げようと思っていた。しかし、先日来観ているCovert Affairsまだ途中なので、キリのいいところまで観ようと考えた。シリーズ1からシリーズ5まであるのだが、もうすでに最終シリーズの途中まで来ている。キリのいいところで打ち切ろうと思ったのだが、そこはそれ、なかなか上手に作っているので次が気になって仕方がない。結局今日一日で、7話も観てしまった。あと4話で全て完食することになる。合計で76話だ。延べで3百数十時間に及ぶ。なんだかんだ言って、私は結構暇人なのかもしれない。自分ではそう思っていないが、夢中になると他のことが視野に入らなくなってしまう傾向が強い。

 もちろんノンフィクションではなくドキュメンタリーでもなく、創作ストーリーではあるが、とてもリアルでよくできた脚本だと思う。さらには、とても現実的な設定で、アメリカのCIAや国務省その他、インテリジェンス組織が頻繁に出てくるのでとても勉強になっている。あるブログ読者の方が、ご夫婦でCovert Affairsを一緒に観ています、とい言うメールを送ってくれた。すっかり悪い影響を及ぼしてしまっているかもしれない。

 私自身、数十話に及ぶスパイ映画を観ていると、すっかり疑い深くなり人を容易に信用できなくなってしまっているのを感じる。陰謀があり裏切りがあり、予測のつかないことが次々と起こる。もちろんこれはテレビ用に製作されたドラマなので、当然視聴者に対して見せ場を作る必要があるだろう。

 それにしても、スパイというのは孤独な職業なんだなぁと、改めて思った。だから、信用できる友人や知人というのは、とても価値がある存在なのだと再認識した。

 さて、肝心の企画書だが、頭の中でぐるぐると反芻している甲斐があり、なかなか説得力のある内容に仕上がりつつあると考えている。考えてみたら、過去30数年の間にわたり、ずいぶんいろいろな企画書を作ってきたなと思う。時代が変われば、コンピューターやインターネットを活用し、さらにはサイトに色々な機能を付加することもできる。

 公的機関が絡むので、ここに具体的な事は何も書けないけれど、もし正式に決まって公にできるようになったら、皆さんにはご報告をさせていただきたいと思っている。毎日私のブログを読みに来てくださる方がそれなりの数いらっしゃる。たとえコメントをいただかなくても、読んでいただくだけでとても励みになっているので、ありがたく思っている。

 私はどこの情報機関にも属していないし、1年ほど前、空港で老テロリストに間違えられた位で、スパイではない。しかし、ある意味では孤独の戦いを強いられている。居酒屋で和気あいあいと騒ぎ、取引先を接待し、ゴルフやカラオケに行くなどという習慣は全くない。その意味では、スパイと似たような心境になることが多いのかもしれない。

 Covert Affairsが、アメリカ人の間でどの程度話題になっている番組だったかは把握していない。あと数話で完食なので、新たなスパイ作品を物色したいと思っている。これはもう病的な嗜好だと思っている。



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by hirune-neko | 2017-02-19 01:27 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

久しぶりに集中力と思考力が回復した日だった


Piazzolla - Agri - Los pájaros perdidos


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 ここ10数年、最優先課題は新規開業の産婦人科クリニックとの契約だった。思いがけず簡単に契約したこともあるし、多少の試行錯誤を経ても最終的に契約したこともある。門前払いだったり無視されたこともある。いずれにしても、ゼロからリスクを負って開業される院長先生に対し、私たちが提供するグリーティング絵本の価値と期待感を説得しなければならない。

 去年は公私ともに課題が多く、新規の産婦人科クリニックに対する営業テンションがとても下がっていた。もともとが手作業の絵本なので、営業だけに力を入れ製作する絵本がどんどん増える一方だと、対応できないことになってしまいかねない。従って、適正なスピードで契約を増やそうと考えていた。しかし現実的には、適正なスピードよりははるかに遅いテンポで、ゆっくりとした営業展開になっていた。

 オープン前の院長先生は、医療スタッフや事務スタッフなど、人の確保や建物の建設、設備の配置等に追われている。ましてや、一体どれぐらいのスピードで患者さんが増えるかなど、不安な要素も多いだろうと想像している。

 そんなプレッシャーの中で、連日判断を重ねていらっしゃる園長先生に対し、どのようにアプローチすれば効果的なのか、それがなかなか難しい。ここ数ヶ月、横浜市内と宮崎県内で新規に開業される院長先生に対し、どのようにコンタクトすればいいか、なかなか糸口が掴めないで苦しんでいた。

 2年ほど前から、ダイレクトレスポンス・マーケティングという手法を少し勉強し、基本的には相手のメールアドレスを教えてもらって、情報提供するようにしている。多くの場合、開業コンサルタントの会社が間に入るケースがある。その場合は、コンサルタント会社にコンタクトし、こちらの意図を伝えて院長先生に紹介してもらう。判断力のある会社であれば、園長先生にきちんと紹介してくれる。その手法であっけなく契約が決まったケースもある。

 どのような内容のメールを送ればいいか、乏しい知識ではあるが、聞きかじった原則を思い出しながら、頭の中でずっとイメージを反芻していた。今日になって、とても集中力が持続し、なおかつ想像力や思考力がかなり回復した。それでも半日がかりだったが、一気に仕上げることができた。スランプ状態が長かったので、ストレスやプレッシャーも募っていた。それが嘘のように、一気に解放され仕上げることができた。

 いつかまたスランプに陥ったときのために、どのようにすれば良好なコンディションを維持できるのか、その法則を確認したいと思ったのだが、さっぱり思い当たらない。
 和菓子や洋菓子を口にせず、ブラックチョコレートだけを口に入れたのも良かったのかもしれない。夜7時以降に、固形物を食べないようにしたのが良かったのかもしれない。しかし、私なりに最良の方法だったと思えるもののひとつは、詰めパラという詰め将棋ソフトを、毎日必ず数問解き、頭のウォーミングアップをしたことだと思う。

 しかし、決定的だと思えるのは、先週あたりから何度か書いているようにCIAの内情をテーマにした、アメリカのテレビドラマを観ているせいなのではないだろうかと感じる。とてもリアルに描かれていて、様々な陰謀が複雑に絡まっているため、かなり集中しながら想像を巡らして観ている。主要な登場人物の数も多いので、名前と職業、バックグラウンドなどをすぐに思い浮かべないと、ストーリー展開についていけない。詰将棋を解くよりはもっと複雑な要素があり、脳内刺激になっているのだと思う。

 私が名前を知っているような著名な俳優は出ていないが、主役も脇役もとても見事な演技をしている。脚本も大変見事である。相当入念な取材をし、調査もして、おそらくはCIAに長く勤めた人物からの情報も得ているのだろうと思う。何度も書いたが、パソコンの前に座って疑似体験をさせてもらい、とても貴重な時間となっている。

 シリーズ1から5まであるが、今日現在すでにシリーズ4の後半である。本当は睡眠時間を削って、このままずっと鑑賞し続けてたいのだが、それはちょっと無謀な選択だろうと思う。やはり睡眠時間はちゃんと確保しようと思う。でも久しぶりに見応えのある作品と出会い、とても嬉しく思っている。


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by hirune-neko | 2017-02-14 01:35 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

【全面広告】美しく若き反逆者たちの群像と輝き


Astor Piazzolla - Tango Blues (Campeón).wmv



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もうずいぶん以前のことだが、梅田駅を始発とする
阪急宝塚線をよく利用していた時期がある。
どう表現すればいいのだろうか・・・
昔風のレトロな、小豆色の電車だ。

その沿線に池田という名前の駅がある。
文字で書くと、東京人の池田も大阪人の池田も
同じ文字で、違いは見えない。
実際には、東京人は「いけだ」と平坦に発音するが、
大阪では「いけだ」の「い」にアクセントがあるんだよと、
よく娘に矯正された記憶がある。

その池田市に・・・まだ行ったことはないのだが、
「ルーク・カフェ」という名の喫茶店がある。
店長さんはピアソラの作品に惚れ込み、
木管五重奏団のためにアレンジをされている。
商売そっちのけということはなく、ちゃんと喫茶店も
営業されている。

つい先刻、随分遅い時間だったが、店の電話番号に
発信してみたら、ちゃんと店長さんが出てくれた。
ここ数日前から、「クレモナ通信」という名の
ニュースレターを発信してくれているのので話題にした。
驚いたことに、週刊ではなく日刊で、連日送ってくれている。

発行人は、喫茶ルーク・カフェで、けなげにコーヒーを焙煎している
ぴかりんさんという名の女性だ。
彼女は、「池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団」の
バンマスで、ファゴットを演奏している。
奥付を見ると、22歳と書いてあったので、まるで孫の年齢だ、
といったら、店長さんは娘の年齢だと反応した。
じゃあ、店長は私の息子か?と訊いたら、42歳だという。
なるほど、ほぼわが家の長男と同年齢だ。

店長さんも「池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団」も、
ピアソラ作品に惹かれている人たちで、たくさんの
ピアソラ作品レパートリーがある。

今は故人となってしまったが、コロンビアに住んでいた、
ピアソラとガルデルオタクの福岡貞夫さんと意気投合し、
ネット上に「ピアソラ音の出る図書館」を作ってしまった。
そんな私なので、クレモナの皆さんからピアソラの新しい
息吹を感じられてとても嬉しく思っている。

「クレモナ通信」では、ぴかりんさんの
ピアソラを軸とする音楽論が展開されている。
もちろん、店長さんの目が光っているので(笑)、
ちゃんとコーヒーとお店の紹介も掲載してる。
その「クレモナ通信」の最新号で、演奏家であり
音楽評論家でもあるぴかりんさんは、以下のように書いている。

【「クレモナ通信」最新号からの抜粋】
(引用開始)
◆現代音楽としてのピアソラ
 没後急激に称揚され、ヨーヨー・マによる爆発的ヒットとなったアルバムを始め、とてつもなく多くのカヴァーがされたのがピアソラですが、演奏家の多くは(もしかしたら、聴衆の多くもですが)南米のタンゴの作曲家で、ライト(軽い)な音楽でしかないという評価が一般的ではないでしょうか!?(イージーリスニングというジャンルがあるみたいですが、真心こめて演奏するのにイージーってなんですか!!)
 ピアソラは、その超ブームが過ぎ去りレパートリーは残ったのですが、ストラビンスキーや、シェーンベルクといった現代の作曲家としては扱いにくい作曲家といえます。ブームとしての音楽は消費尽くされ、少し人々が忘れた今日、その楽曲をしっかりととらえたいと私たちは考えています。

 だから、こそ

 現代音楽コンクールに出場いたしました。ピアソラの音楽と私たちの演奏を純粋に評価してもらいたい気持ちがいっぱいです。幸いなことに、今までのいわゆるクラッシクのコンクールでは高い評価を受けていますが、現代音楽のコンクールでも同じように評価されるか??? おそらく審査員の方も初めて聞く作品だったと思います。もしかして、普通にこの編成でピアソラが作曲したと勘違いするかもしれませんが…。それでも、私たちの演奏する音楽(ジャンルやスタイル)が、現代音楽として評価されるよう、思いをすべてぶつけて演奏しました。
 めっちゃ楽しかったです。演奏したのは、『Duo de Amor』という私たちのCDにも入っている作品です。CDを聴かれた方はわかると思いますが、冒頭と最後にファゴットの超絶なソロがあります。恐らくコンチェルト以外でこんなに長いソロをファゴットがすることはありません。室内楽では唯一の作品といえます。本当にたくさんの方に聴いてもらいたいCDです。
(引用終了)

このような美しく若き反逆者たちが、ピアソラ作品に
新たな生命を吹き込もうと、情熱を傾けている。
この光り輝く眩しさを、少しでも多くの方にご覧いただきたいと
思ったので、店長さんに許諾のお願いで電話をした次第だ。

すると快く承諾してくださったので、コーヒーの香りと一緒に
瑞々しいピアソラ音楽論をお受け取りになりたい方は、
以下のメールアドレスにお申し込みいただきたい。

【「クレモナ通信」無料購読申込フォーム
https://sv3.mgzn.jp/sys/reg.php?cid=P701161
 *このURLで開く登録フォームで、購読申し込みの
 登録をなさってください。


必要事項はとくに指定されていないが、せっかくなので
居住されている都道府県名とハンドルネームぐらいは
お書きいただきたい。
「クレモナ通信」購読希望と書き添えていただければ、
ぴかりんさんの喜ぶ笑顔が思い浮かぶ。
やはり、読んでくださる方の存在は大きな励みになる。

このお嬢さんたちのデビューCDは、以前ご紹介しているが、
改めて、購入していただけるサイトのURLと、
そのCDの一曲を、下部に掲載させていただく。

どうか、孫娘たちを応援してやっていただきたい。
以前いきなり電話し、「川崎まで出前できますか?」といったら、
すぐに私だと分かったらしく、笑いながら断られてしまった。

【池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団」のCD購入ページ
 https://c.thebase.in/order/cart/cremona


Libertango -リベルタンゴ- 【池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団】

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by hirune-neko | 2017-01-17 00:56 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

久しぶりに厳しい寒さを体感した


Astor Piazzolla - Romance Del Diablo

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同居している義母のために、近所の調剤薬局に行った。
出がけに、何かほしいものがないか訊いたら、
つぶしあんの饅頭が食べたいという。
人生の晩年になってなお、まだ食べたいものがある。
まだまだのどかな日常が送れて、良かったと思う。

義母は数日後に94歳の誕生日を迎える。
一度骨折しているので、単独歩行は禁じられているが、
ときどき部屋から出て来るので、ひゃっとすることがある。

難聴気味だが、頭はしっかりしており、ちょっとした
冗談にも反応して笑う。

私は、自分が94歳まで生きることを想像しようとしただけで、
あり得ないことだとの徒労感から、中断してしまう。
しかし、あとどれぐらいの年数をかければ、
安住の時間と空間の中に入れるのだろうか、と考える。
ある程度、先を見通せるようになるまでは、なんとか
第一線に居続けたいと希望している。

周りには、会えば挨拶をする人たちは、それなりに存在する。
しかし、私が何を考え、どのような感覚で事象を捉えているかを
理解している人はほとんどいない。
こうして、思い浮かんだことを正直に、そのまま書いているので、
かえって、一面識もないブログ読者の皆さんの方が、
私という人間の本質を、的確に感じ取ってくれていると思う。

その意味で、ブログが習慣化してよかったと思っている。
言葉によって、目に見えない記録を残すことができている。
読んでくださる方の反応によって、書いている実感を
与えられており、大きな励みになっている。

ときどき、分不相応な重荷を担ごうとして
いるのではないだろうかと、足を止めて考えることもある。
しかし、最後まで全てを、自分独りで背負っていく必要はないと
自分を慰めている。

構想と設計図を描き、基礎を造っているうちに、
同調者の輪が拡がり、いずれは第一線から退くという
贅沢な悩みを持てるようになるのだろうか。

久しぶりに、ピアソラの「悪魔の組曲」の一曲である
「悪魔のロマンス」を聴いてみた。
「天使の組曲」との境界線が、どこに存在するのか、
なかなか聞き分けられないほど、ピアソラの世界では
天使と悪魔の世界が混沌としている。

断片情報だけからの印象にしか過ぎないが、
ここ近未来に、戦争が過ぎ去り荒廃した大地の情景が見える。
まだ硝煙の匂いが漂い、肉片と鮮血が無残に拡がる
赤い大地が目に浮かぶ。

凶暴な独裁政治の限界が露呈し、大衆の激情と恨みに先導された
脆弱な国家が無残な姿を曝して崩壊する。

ここ日本には、物言わぬ賢明な知者が多く存在する。
通りですれ違う多くの人たちの血には、正義と温情が
受け継がれているのを、確かに感じ取ることができる。
大多数の日本人には、遙か彼方の時代から、
すでに「国を護る」意思が具えられていると感じる。

日本人は、国が危殆に瀕する状況を見聞きすると、
あっという間に結束して外敵に立ち向かうだろう。
日本は滅亡しない国だ、と実感している。

神学的には、悪魔はある時期まで権力と勢力を誇示するが、
最後は天使の軍勢に打ち破られてしまう、と教えられている。
激しい戦いの後に、戦力と権勢を喪失し、徒労感に襲われる
悪魔とその手下たち。
さらには、後悔と悔悟の念が甦り、かつて殺戮し蹂躙した
人々の嘆き悲しむ叫び声が、大地の底から聞こえてくる。
自らの最期の時を悟り、濃い徒労感に包まれながら、
取り戻せない野望と栄華の過去を、葬送曲のように聴いている。

ピアソラの「悪魔の組曲」には、
どの曲にも根底には同じ曲想が流れている。
憔悴しきった悪魔が、独りだけになれる場所を探し、
手下の目を避けて、歯がみをしながら、
流したことのない苦渋の涙が、自分の頬を伝い落ちるのを
感じている、そんな曲想が流れている。
天地創造の彼方から、決して味わったことのない
「人間的な感情」が、最期の瞬間になって心を満たしている。
・・・のではないかと想像するが、悪魔はそこまで
感傷的になるような存在ではないだろうとも思う。

しかし、ピアソラ自身には、
そのような優しい視点があったのではないだろうか。


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by hirune-neko | 2017-01-15 00:03 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

人生の途中で立ち止まれない人に薦める映画作品


Complete Unknown Trailer #1 Music | Mechanitis (Feat. Tanya Batt) - Mechanitis

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人生の途中で立ち止まり、自分の生き方を客観的に
吟味しようとする人は、どれぐらい存在するだろうか。
来る日も来る日も、
処理案件と時間に追われる毎日なのではないだろうか。
肉体機能が低下してしまい、強制的に人生の終盤で
立ち止まらざるを得なくなるのが、
圧倒的に多いケースではないだろうかと思う。

昨晩、いや正確には早朝だったかもしれない。
久しぶりにかなりリアルな夢を見た。
これまでにも、時々リアルな夢を見ることはあったが、
いずれも無言で周囲の情景を眺めるぐらいだった。

夢の中で、私はどこかの大衆食堂に席を取り、
重いカバンを置いたまま店の外に出た。
カバンを置いて何の用事で外出したのかは、全く記憶にない。
しばらくしてテーブルに戻ると、カバンはそのまま
床の上に置いてあったが、目の前に見知らぬ男性が座っていた。
年齢は30歳前後だろうか。
幾分長めの髪の人物で、私にこやかな挨拶を送ってきた。
あまりにも親しげでにこやかな表情だったので、警戒心を解き
何やら話し始めた。

食堂の少し奥まった場所のテーブルだったのだが、
気がつくと店の入り口の、すぐそばの窓際に移っていた。
不思議なことがあるものだ。
少し内外の政治情勢について話したような気がする。

彼はいつの間にか連絡を取ったらしく、60歳前後の男性が
店内に入ってきて、私の前に座った。
会話のやり取りで、その男性が医者であることがわかった。
黙って話を聞くと、かなりの読書量の人らしく、
なかなか説得力のある話し方だった。

政治的に一体どのような立ち位置なのか、
なかなか判断できないほど話題が多岐にわたった。
そこで私は、これからの日本はどの様な方向に進むべきか、
と質問してみた。
すると彼は、世界中の多くの国々が深刻な病巣を抱えており、
日本も大手術が必要だといった。
それは、左右どちらの位置の人間にも共通して
発言できる内容なので、次にどのような質問をして
彼の思想的背景を探ろうかと考えた。

気づいたら、そこはどうやら新大久保の焼肉料理店だったようだ。
通りは渋滞しており、都営バスが走っていた。

そこで目が覚めたらしく、夢の続きは何も記憶に残っていない。

久しぶりの休日なので、ゆっくりとした時間を過ごすことにした。
しかし、何もしない時間を過ごすことには慣れていないのか、
何かしなくてはと思い始めた。

特に目的があったわけではないが、アマゾンのプライムビデオで
字幕映画のタイトルを次々と眺めてみた。
初めて目にする「Complete Unknown〜私の知らない彼女」
というタイトルが気になった。

概要説明には、以下の文章が掲載されていた。

「衝撃的な過去を持つミステリアスな女性が、かつての恋人の前に再び現れ、彼が築き上げた妻との安定した生活をかき乱す。高い評価を受けている映画監督ジョシュア・マーストン(『そして、ひと粒のひかり』、『The Forgiveness of Blood(※原題)』)が贈るアイデンティティの探求を描くサスペンス。」

一向にストーリーが展開する気配もなく、ただいたずらに
過去の記憶が交錯するシーンが連続する。
少々退屈になり何度も止めては、また再生した。

最後まで観たが、一言で言えば
「人間の深層心理の再現映像」だろうか。
主人公の女性の詳細な過去は、最後まで閉ざされたままだった。
しかし、病的なまでに過去の自分を抹消し、新たな架空の自分を作る。
さらにはまたその自分を抹消し、再び新たな名前の自分を作り上げる。
常識的には、確かに病的な行動だと思う。
しかし多感な現代人が抱える葛藤や焦燥、自己嫌悪、自己逃避などを、
比喩的に表現した作品なのではないだろうか。

結局、ドラマチックなストーリーは無いに等しい。
しかし人間として生きる私たちの深層心理を、
プロフェッショナルな手法で表現しているのではないだろうか。

この映画の予告編は、何本もYouTubeに存在した。
しかしその予告編を観ても、おそらくはこの作品のエッセンスが
一部たりとも伝わってこないだろうと思う。
目に見えない深層心理がメインストリームだからだ。

この映画の監督は、高い評価を受けているそうだ。
そんな監督だから、音楽にもかなりこだわって
いるのではないだろうか。
たまたま音楽だけのYouTube動画を見つけたので
冒頭に掲示しておいた。
個人的には、音楽性の点で存在感があるとは思えない。
しかし雰囲気だけでも味わっていただけるのではないだろうか。

終わり近くのシーンで、犬を連れて散歩する老女が登場した。
転んで歩けなくなり、主人公の女性と15年ぶりに再会した恋人男性、
・・・本当の自分の過去を知る、最後の男性の二人に
アパートまで連れて行って、介抱してもらう。
自然な表情で、演技力のある女優だなと思った。
肉付きの良い女性だったが、タイトルロールを見たら
彼女はキャシー・ベイツだった。懐かしい女優だ。

さらに調べると、この主人公の女性はジェイソン・ボーンシリーズの
一番新しい作品に出演していることが分かった。
マット・デイモンのこのシリーズは、全て観ていると思っていたが、
この作品は見逃していた。
早速ダウンロードした。

特異な感覚の女性の深層心理を描いた作品なので、
作品中で飛び交う何気ない会話を、集中して聴かないと
作品の意図は理解しにくいと思う。
それでも以下に予告編を1つだけ掲示する。
この数分の予告編を観ても、残念ながらこの映画作品の
雰囲気はほとんど伝わってこないだろう。


Complete Unknown Official Trailer 1 (2016) - Rachel Weisz Movie


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by hirune-neko | 2017-01-09 22:24 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)

まるでパソコンにからかわれているようだ


Mama's Memories! Ute Lemper Sings "All That Jazz”

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ちょっと仕事の話題になってしまうが、
MAC OSでカタカナ変換するには、F7キーを使う。
OSによって異なるはずだが、最新のOS10.12.2をインストール
したため、最初は変換方法が分からずアップルケアに電話して
教えてもらった。
メール、テキストエディット、エヴァーノート、そして
最も頻繁に使用する製作ソフトのクォークエキスプレス、
そのどれでも、F7キーで一発、カタカナ変換ができていた。
それは昨日までの話だ。

ところが今日、突然、クォークで変換できなくなってしまった。
他のアプリケーションでは大丈夫なのに、原因不明で
クォークでの変換だけができなくなってしまった。
あれこれ当てずっぽうで試し「コントロール・K」で
変換できることが分かったので、馴れれば仕事に支障はない。
アップルサポートに電話しても、当たり前だが原因不明。
去年まではクォークジャパンが東京にあったので
すぐに電話で相談できたが、すでに閉鎖されてしまい
英国が本部になっている。
時差を考えてスカイプで電話しようと思ったが、
とうとう電話番号を見つけられなかった。

まだ使い始めて数ヶ月なので、このiMacの性格がいいかどうか
ちゃんと判断できていない。
まさか、人間をからかって喜ぶような性格ではないだろう、
とは思うが、大量生産の器械であっても、
大真面目で、個々に性格が異なるような気がしている。

先日、見慣れないCDが出てきた、ということで
Ute Lemperの歌を数曲紹介した。
ピアソラの作品も歌っているが、相性が悪いと書いた。
しかしどういうわけか、彼女のことが気になり、
今日改めて調べてみた。
別に暇だったからではなく、パソコンにからかわれてしまい、
ふてくされて、しばし仕事を離れたくなったからだ。

Ute Lemperは、シャンソン歌手だと思い、したがって
フランス人だと思い込んだので、ユテ・ランペールだなんて
フランス語読みをしてしまったが、ドイツ人だった。
ウテ・レンパーが、ドイツ語読みだそうだ。
ということは、推薦者は故・福岡貞夫さんではなく
もしかしたら音楽通のcausalさんだったのかもしれない。

わずか数曲しか動画を観なかったが、個性的なキャラクターに
興味が残り、Wikipediaで調べてみた。
好奇心がいつまでも退化せず、困ったものだ。

【以下はWikipediaからの抜粋】
 ケルンのダンス・アカデミー、ウィーンのマックス・ラインハルト演劇学校を卒業。ミュージカルでその名を知られるようになり、『キャッツ』ウィーン公演、『ピーターパン』ウィーン公演の主役、『嘆きの天使』のローラ役などで頭角を現した。また、『キャバレー』のパリ公演ではサリー・ボウルズ役、『シカゴ』のロンドン公演ではヴェルマ・ケリーを演じた。
 (以上、罰す有為終わり)

へえ、ダンサーだったんだ。演劇学校も出ている。
どんなダンサーだったのだろう。バレエダンサーだったのだろうか?
そこで「Ute Lemper dance」で検索した中から選んだのが
冒頭の「シカゴ」の1シーンだ。

笑わないで読んでいただきたいが、結婚後の20代の後半、
近所のバレエスタジオに通い、近所のおばさまたちに混じって
クレシック・バレエの基礎を学んだ。
当時はビデオで、著名なバレエダンサーの踊りを
かなり観たので、目は肥えている方だと思う。
その「肥えた目」で観ても、Ute Lemperの動きは
なかなかのものだ。

ドイツ語、フランス語、英語で歌い踊るなかなかの
エンターテイナーだということが分かった。
これで謎が解けたので、やっとすっきりした次第だ。

改めてこの「シカゴ」のダンスシーンを観てみると、
しなやかで、なおやかでクネクネの動きで、
幅広い役柄をこなせる多才な舞台人だと再評価した。
隣国のクネクネ大統領も、これぐらい器用に上手に立ち振る舞い、
難局を乗り切れないものだろうかと、他人事ながら案じている。
韓国の代々ほとんどの大統領は、悲劇的な最後を迎えているようだ。
そこが法治国家と人治国家の根底的な違いなのではないだろうか。

話は戻るが、もしUte Lemperが来日して、
かの有名な「PPAP」を歌い、踊っても、あるいは
「逃げ勝ち」のダンスシーンを踊っても、ピコ太郎や
ガッキーにはない、芸術的で風格のあるパフォーマンスに
なるのではないだろうか。
個人的には、是非実現して欲しいと思ってしまった。
Ute Lemperの「PPAP」がどんな感じになるのか、
一度観てみたいと、本気で思っている。


PPAP Pen Pineapple Apple Pen by Piko-Taro ピコ太郎


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by hirune-neko | 2016-12-24 23:31 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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