昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:音楽・映画・本の世界( 195 )

まるで実在しないかのような女性ヴォーカル


Pascale Lavoie - Change partness - Female Voices 097

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 先日、読者のCausalさんから教えていただいたPascale Lavoie/パスカル・ラヴォァ。低く独特な声質の歌に惹かれ、アルバムを探してみた。ところが、appleミュージックで検索してもiTunesストアで検索しても、見つからない。今どき、そんなことがあるのだろうか。不思議な歌手である。Please belong to meという曲が収録されている、同名のタイトルが見つからない。さて、どうしたものだろうか。

 大阪・池田から演奏に来てくださる、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のコンサートが、いよいよ今週の土曜日に迫っている。当日のプログラムを作らなければならず、なんとか試作を終えた。クレモナの皆さんには、パリ在住の世界的に有名なネコのグラフィックデザイナー、その名もラング・ド・シャに無理をお願いして作ってもらった、と説明している。またいつもの冗談が始まった、と相手にもされていないと思う。

 以下に労作のプログラムの、表1部分だけをご紹介させていただく。もう何年も前に、いつかピアソラだけのプログラムでコンサートをプロデュースしたい、と書いた記憶がある。ん十年前には、ほとんどクラシックだけのサロンコンサートを主催していたが、こうしてとうとう念願の、ピアソラ作品だけのコンサートをプロデュースすることが実現し、我が人生の佳き思い出になった。・・・まだ終わっていないので過去形では書けないが、あとは無事に終えられることを願っている。
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 ん〜、こうして改めて見ていると、さすが世界的に有名なネコのデザイナーの作品である。まるでセーヌ川に架かる橋・ポン・ヌフの上で、まだ熱い甘栗を頬張っているような、パリらしい雰囲気が漂っているではないか。・・・ん〜、自分でも何を言っているのか分からないが、まあ経費をかけずここまで一人で作業ができたのだから、それはそれでよしとしようと思う。

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by hirune-neko | 2017-11-21 23:00 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

久しぶりに消耗した一日だった

Barbara ma plus belle histoire d'amour c'est vous

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 なんとか今日なすべき最低限の作業を終えた。かなり消耗していたらしく、途中で何度もうたた寝をしてしまった。手からiPadが滑り落ちるのを感じ、反射的に目が覚めて大事には至らなかった。そんなことが数回あった。

 もう11月も残りが少なくなってきた。しかしなんとか遅延案件に手がつき始めているので、精神的重圧は徐々に快方に向かっている、やれやれだ。

 ふと思い出した曲がある。もう何年も前のことだ。仕事で車を運転し、どこかに営業に行った帰り道だったと思う。あのときは初めて聞く「クミコ」という名の女性シャンソン歌手で聴いた。日本語の歌詞で歌ったので、意味は良く理解できた。原題はフランス語の”ma plus belle histoire d'amour c'est vous”で、ネット上を検索すると、邦題は「私の最も美しい恋物語」となっている。どうも、いかにも直訳表現だと思う。クミコ流では「我が麗しの恋物語」だったのではないだろうか。

 外国語から日本語への翻訳は、とても難しい作業だと思う。その逆もまた然りではないだろうか。翻訳家が日本語に訳す際、翻訳能力が重要なのは当然だが、文法的に間違っていない訳であることは当然としても、日本語としての善し悪しがとても重要だと、個人的にそのように思っている。

 ある感情や感覚的なイメージを表現するとき、どの言葉を使ったら最も適切かを考えて文章は練られる。それを日本語に訳す際に、やはり日本語としての様式美が要求されて当然だと思う。・・・翻訳家の皆さん、生意気を言ってしまいお詫び申し上げる。

 この原題の”ma plus belle histoire d'amour c'est vous”に込められた感情を、全て日本語で言い尽くすとするなら、「私の人生で最も深く愛した人、それはあなた」となるように思う。勿論、歌のタイトルなので長ったらしくてはいけないだろうと思う。全てを言い尽くさずに、行間にイメージを埋め込むことで簡潔に表現する手法が必要なのだろう。従って個人的には「我が麗しの恋物語」の方が「私の最も美しい恋物語」より、数段いいタイトルだと思う。

 なんだか翻訳評論家のような言い草になってしまったが、この曲の歌詞を日本語で味わっているとなかなか大人の恋、そして哀惜、離別の悲しさが伝わってくる。歌詞には火葬場の煙突から出て、空に上っていく相手に対する気持ちを織り込んでいるが、フランスでは火葬をしていないと思うので、日本的に翻案したのだと思う。しかし日本人のメンタリティを巧みに捉えた名訳だと思う。

 ちょっと調べたら、「我が麗しき恋物語 」作詞:覚和歌子 作曲:Barbaraとなっていた。覚和歌子さんという方は、とても秀逸な感性の方だと敬服している。

 フランス人女性は離婚したその瞬間に、「さあ、もっといい男を見つけるぞ」と張り切る、と何かで読んだ記憶がある。私はこれでも精神的にひ弱なので、冒頭のバルバラのような迫力ある女性よりも、クミコのような日本的優しさを感じさせる女性に愛される方がいいなと、贅沢な希望を持っている。

 ここまで書いたのだから、その、クミコの歌う「我が麗しき恋物語 」を以下に掲載する。ご自分の感性に照らし合わせながら、日仏比較鑑賞をしてみていただきたい。作詞をされた覚和歌子さんが、ご自身でフランス語から訳詞されたのかどうか、それはご本人に訊いてみなければ分からないことだが、それは別問題として、とても情感溢れる歌詞に仕上げてくださり、お礼を申し上げたい。

わが麗しき恋物語


あたしは十九で 町でも噂の ちょっとした不良で
わりかし美人の 部類だったから ちやほやされたわよ
眉をひそめてる 大人を尻目に ずいぶん遊びもしたわ
人生って 何て ちょろいもんだって 冷めたまなざしで

あなたがあたしを 好きといったとき 思わず笑ったわ
あんまり真面目で こちこちになって ふるえてさえいたでしょう
そんな男って 見たことなかった それであたしもふるえた
人生って 何て 奇妙で素敵って 少しだけ泣いた

安いアパート 暗い部屋 景気の悪い時代だって
へらないジョーク言い合って ふたり笑えば しあわせで
五年がたったら あたしはやめてた 煙草をまたはじめ
あなたの浮気が 七回目 数え あたしも三回目
視線をそらして 会話も減ったけど どこでもそんなものでしょ
人生って そうよ 退屈だったって 思い出しながら

さもない毎日 半年が過ぎた その日は止まない雨
聞いたこともない 病気の名前が あなたのくちびるから
あたしは壊れた 空缶みたいに 口を開けていただけ
人生って 何て 意味が不明なの いなくなるの あなた

白い煙が昇った日 空はどこまで よく晴れて あたしは泣いた 
自分でも疑うくらい 大声で
愛だったかなんて 誰もわからない 教えてほしくない

とっくに忘れた 昔の日のこと 時々浮かぶけど
ほほ笑みが少し 混じっているなら それでいいと言うわ
人生って 何て 愚かなものなの あとになってわかる
人生って 何て 愚かなものなの みんなあとで気づく


< クレジット >
「わが麗しき恋物語」
作詞 覚 和歌子 作曲 Barbara
2003年 エイベックスイオ IOCD-20045
< コメント >
シャンソンの名曲を覚さんが訳詞。
「覚和歌子の物語詩」の世界がそのまま歌詞になった。
クミコさんの歌声が多くの人を泣かせた傑作。

【作詞図書室より転載】


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by hirune-neko | 2017-11-19 23:48 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

Avec le temps〜Léo Ferré・・・


Léo Ferré - Avec le temps (enregistrement TRS)

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 最近、Apple Musicの「3ヶ月無料お試し」に登録した。長年、アルバムはiTunes storeでダウンロード購入していたが、Apple Musicのなんたるかも良く知らず、登録したまま時間が経過した。

 過日、ブログ読者のcausalさんから教えていただいた、Stacey KentのアルバムをApple Musicで探したら見つかったので、ダウンロードしてみた。さらに、以前Silvius Leopold Weissの" Fantasie”の演奏を聴いた、Asya Selyutinaという女流ギタリストをまた聴きたいと思い、探したらアルバムが見つかったので、ダウンロードした。

 デスクワークをしながらStacey Kentの曲を聴いていたら、耳馴れた曲が聞こえてきた。”Avec le temps”(アヴェク・ル・タン)という曲だった。激しく感情移入した女性ボーカルの歌声が記憶に残っていたので、YouTubeで探してみた。ダリダだったかもしれないが自信がなかった。閲覧しているうちに、”Avec le temps”を作詞・作曲をしたLéo Ferré(レオ・フェレ)が目に留まった。残念ながら、フランス語の歌は聴いてもまったく意味が理解できない。しかし、すっかり惹きつけられてしまい、聴きながら深い感動を覚えた。涙が流れるほどだった。

 Apple Musicで”Avec le temps”を収録しているLéo Ferréのアルバムを探してみた。何枚かあったが、3枚組で全50曲のアルバムをダウンロードした。しかし、一向に課金される様子がない。

 そこでアップルのサポートに電話して確認してみた。驚いたことに、Apple Musicは、月額980円でダウンロードし放題だというではないか。すっかり嬉しくなってしまった。聴きたい音楽を、豊富に保有できるようになるなんて、ここまで生きてきて良かったと、単純に喜んでしまった次第である。

 YouTubeは動画なので、Léo Ferréの表情がよく分かる。”Avec le temps”は、「時の流れに」と訳されている。歌詞の意味は理解できなかったものの、晩年になって人生を回顧し、忘れ去りたい悔悟の出来事、失ったものの大きさ、やり直せないことへの苦渋などに思いを馳せているのが感じられた。同時に、最後の最後まで自分らしく生きようとする神々しさを感じた。

 ふと、Shirley Hornが歌う”Here’s to life”と重なって見えた。

 ネット上では、何人ものシャンソン歌手の皆さんが、歌詞の和訳や作品が作られたときの時代背景まで説明してくれていた。なるほどだったが、私の場合は感覚的に理解しようと思う。

 以下に、この曲が和訳されている歌詞と掲載画像を紹介掲載させていただく。引用先は、「朝倉ノニーの<歌物語>」http://chantefable2.blog.fc2.com/blog-entry-727.html

 ん?フランス語を勉強されている方のようだが、もしかして朝倉季雄先生のご子孫の方なのではないだろうか。唐突にそんな気がした。余談だが、大学のフランス語は朝倉季雄先生に習った。教室内を移動しながら、生徒一人一人にフランス文を読ませる先生だった。私の前で立ち止まり、短い文章を読まされた。すると「キミはフランスに留学していましたか?」と質問された、勿論「そんなバナナ」の世界ではあるが、単純に嬉しかったのを憶えている。あれ以来、フランス語は半世紀近く停滞状態である。

Avec le temps  時の流れに(アヴェック・ル・タン)
Léo Ferré  レオ・フェレ
(文字数制限に引っかかったため、残念ながら訳詞t画像だけを転載させていただく)

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  面影を忘れ また声を忘れる
  心臓、それがもう打たなくなったとき、それ以上努力したってもう無駄、
  なるがままにしておくべし、それがたいへんいいことだ

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  大好きだった相手も
  雨のなかを捜し歩いた相手も
  言葉の間、行間、そして見せかけの誓いの裏側を
  ちらと覗いて本心の知れた相手も
  その誓いは自ら眠りへと向かい
  時とともにすべては消え去る


  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  とてもすてきな思い出にさえ 君はうんと浮かない顔をしている。
  陳列室で 私は喪失の陳列棚を探してまわる
  優しさがおのずと消えゆく土曜の夜に

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  風邪や、たいしたもんじゃないことのように思っていたあの人
  無価値なものやあるいは高価な宝石をあげた相手。
  その人のためならと わずかな金で魂を売ってしまった相手
  その金欲しさに ひとは犬を引きずるように、わが身を引きずったが
  時とともに、すべてはうまく行く


  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  熱い気持ちを忘れ、また声を忘れる
  哀れっぽい言葉をあなたたちに低くつぶやいていた声を
  あまり遅く帰らないで、とくに風邪をひかないでね という

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  そして 疲れ果てた馬のように自分が老いていると感じ
  そして 行きずりのベッドの中で凍えていると感じ
  そして、ひとりぼっちだろうが気楽なんだと感じる
  そして、失った年月に騙されたと感じ
  それで本当に… 時とともに…もう愛さなくなるのだ


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by hirune-neko | 2017-11-19 00:02 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

久しぶりのピアノリサイタル〜福田直樹さん


バッハ/平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 ハ長調

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 午後3時半から広尾で始まったミーティングが終わり、カーナビに行く先をセットした頃から、徐々に闇が拡がりだした。

 紀尾井ホールに着いたのは、開演時間の20分ほど前だった。いつもは音楽を聞きながら何かをするのだが、今日は純粋に音楽を鑑賞しにホールに行った。

 前半はJ.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻、後半はR.シューマンのクライスレリアーナ 作品16。最近、バッハの良さを再認識していたので、ゆったりと寛いで聴くことができた。福田直樹さんのピアノ演奏は、微妙な間とデリケートな音の強弱、そして力強いタッチと繊細なタッチが交錯する、立体感のある仕上がりだった。

 自宅の一部をイエスタイヤーズ・ホールと名付け、クラシック音楽を中心にホームコンサートを行っていたのは、かれこれ20数年前のことだ。福田直樹さんには何回か出演していただいたことがある。
 ある日、リハーサル演奏中に小学校低学年だった娘が帰宅した。福田さんは、その娘一人のためにといって、一曲演奏してくれたらしい。娘に訊いたら、30歳を過ぎた今でも、その時のことを憶えていると言ったそうだ。休憩時間、隣に座っていた家内が私に説明した。

 紀尾井ホールのピアノはスタンウェイのようだった。自宅でコンサートを主催していた当時は、80席程度の小さな空間だったが、ピアノはスタンウェイのフルコンサート・グランドを設置した。なんという無謀な贅沢だったのだろう。しかし、そのおかげで音楽との接点をしっかり保つきっかけになったように思う。

 座席に深く身を沈めながら、しばしの間、言葉の無い会話を味わった。作曲家と演奏家によって奏でられる音楽作品は、とても饒舌である。聴き手の感性、感覚、心象、そして心の遍歴によってそのまま伝わることもあれば、減衰してしまう場合もあるだろう。

 福田直樹さんのプロフィールには、以下の記述がある。

 「福祉のコンサートにも力を入れ、福祉施設、養護施設、病院、ホスピス、少年院など、コンサート会場に行きたくても行けない人たちのための訪問コンサートは年に80カ所以上、すでに27年目となる。」

 福田直樹さんはウィーンに留学し、いくつもの国際コンクールで入賞しているし、NHKをはじめとするいくつものテレビ番組の演奏も引き受けている。アメリカ・バーンスタイン協会に日本人初のアレンジャーとして認定されている。そんな彼が、音楽を生で聴けない人たちのために、あるときはチェンバロを担いで出向いているという。なかなかできないことではないだろうか。

 今の私は仕事に追いまくられているが、本質的に昼寝と甘い物を除くと、音楽が一番好きなので、いつかまたコンサートをプロデュースできるようになればいいなと思ってしまっている。自分でも呆れるのだが、余命が尽きず永続するかのように錯覚して人生設計を立ててしまっている。

 今夜は、全身を音楽に委ねて過ごすことができた。改めて、音楽は言語や国境を超越した生きた言葉だと感じている。しかも、脳に対してではなく、心に語りかける希有な言葉だとも感じた。


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by hirune-neko | 2017-10-18 23:40 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

不在者投票の期限が迫ってきた

Kurt Moll - Magic Flute - 2 Basso Arias

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 考えてみたら、投票日はこの日曜日だ。時間が経つのは速いものだと思う。解散直後の希望の党の怒濤の勢いには、官邸を含む政界関係者が目を見張った。ひょっとしてもしかして、小池百合子都知事が急遽衆院選に立候補し、総理の座を狙うことになるのではないかという観測も流れた。しかしあっという間に失速し、希望の党の党名が、失望の党と揶揄されることになった。最新の予測では、希望の党の候補者は東京都全選挙区で全敗の可能性がある、といわれている。驚いたことに、注目と期待を集めた希望の党は、失望の党に変わり、ついには絶望の党になろうとしている。

 私は政治評論家ではないし、政界の裏事情にも疎い。ただ単に、いろいろな発信記事を含む公開情報を読み較べて、妄想推測をしているだけだ。ある記事によると、小池百合子さんは政局勘が鋭い猛女で、なかなか大胆な勝負師であり策士でもあるという。ふ〜ん、そうなんだ。

 解散直後の希望の党の勢いと、自信に満ちた小池都知事の言動を目の当たりにし、官邸内では解散の取り消しを主張する声も出たという。しかし、その後の失速の原因は、小池百合子さんの失策だと言われている。まずは踏み絵を迫り、結果的に民進党を分裂させたが、その後、踏み絵条件を撤回し、さらには在日外国人への参政権付与反対も公約から外した。脱原発など、どんどん民進党色が強くなってしまった。一瞬だけ表面化し、すぐに撤回されたが、選挙後の民進党再結集という「恫喝」によって、当初の強気な姿勢が崩されたのだろうか。どう見ても朝令暮改の無残な姿であり、有権者の不信感を煽ったように見える。

 結果的に、自公連立に対峙するのは、三極化した立憲民主党、共産党、無所属であり、反安倍政権で結集するどころか、野党三党で安倍政権批判票を奪い合う結果になってしまった。まさに共食いである。

 仮に視点を変えてみると、まだまだ予断は許さないものの、安倍政権にとっては政権安定の流れに大きく傾いてしまったのではないだろうか。表面的には、小池百合子さんの失策だという見方が拡がっているが、大胆に妄想してみると、「政局勘が鋭い猛女で、なかなか大胆な勝負師であり策士」である人物が、このような重大局面でそんな見え透いた判断ミスをするだろうか。

 重大な国難のこの時期に直面し、小池百合子さんは国益のために身を挺して悪役を引き受けた、という可能性はゼロだろうか。水面下で、安倍晋三首相と極秘裏に打ち合わせを行い、今日の状況に至るシナリオを描いて、実行したのではないだろうか。いわゆる、「百合子ちゃんの自爆テロ」である。
 そんなことは当人でなければ分からないことだし、口が裂けても言わず墓まで持って行くだろうと思う。そんな馬鹿な、と思われるかもしれないが、ストレス解消のために日々映画で、謀略ストーリーを目にしている私にとっては、あまりにも稚拙な展開にしか映らないのである。小池百合子さんは、政治家として決してそのような「小物」ではないはずで、数年後に振り返ってみたら、なるほどそういうことだったのか、と頷く事実が表面化するような気がする。

 今日は、そんな政局妄想を書くつもりはなかった。モーツァルトの歌劇「魔笛」で歌われる、ザラストラのアリアについて書こうと思っていた。このバス歌手であるクルト・モールの歌唱法に傾倒し、何度も聴いた。

 冒頭で歌われている、O Isis und Osiris(オー・イージス・ウントゥ・オジリス)、In diesen heil'gen Hallen(イン・ディーゼン・ハイルゲン・ハーレン)の2曲は、声楽を習っていた30歳頃、発表会で数回歌った。

 数日前、最初に声楽を習った故・宮本良平先生の奥様である初音先生、弟さんの喜十郎先生、そして息子さんの良樹先生がいずれも他界されていると聞いた。驚くとともに、ずっとご無沙汰していた数十年の歳月の流れを痛感した。

 宮本良平先生は藤原歌劇団で、藤原義江先生と協演された、温厚な先生だった。初めて声楽を習う私に、発声の基礎から丁寧に教えてくださった。移転のため、東京・大田区から川崎に移ったが、宮本良平先生が他界されたので、後輩に当たる坂本博士先生に習い、しばらくしてウィーン留学から帰国された息子さんの坂本秀明先生に教えていただいた。イタリア歌曲やフランス歌曲、イタリア語のオペラ・アリアは多少歌えたが、シューベルトの歌曲「冬の旅」は初めてのドイツ語だった。魔笛ももちろんドイツ語だった。秀明先生も奥様もウィーンに留学されていたので、ドイツ語はお手の物だった。おかげで、ごまかし程度だがドイツ語もなんとか読めるようになった。

 バリトン歌手として高名な(名前がなかなか出てこない)・・・フィッシャー・ディスカウの歌唱法が好きになれず、あれこれ探してクルト・モールに行き着いた。自分で言うのも恥ずかしいが、まだまだ多感な時期だった(と思われる)あの頃がとても懐かしく感じられる。

 こうして、音楽を通じて知り合った方々が一人ひとり視界から消え去って行く・・・。寂しい限りである。しかし、これまでの半世紀以上にわたり、様々な音楽的遍歴はあったものの、常に自分の感性が音楽とともに在ったことは、とても至福なことだと思っている。
 
 オラシオ・フェレールもロベルト・ゴジェネチェも、ある種のだみ声だと思うのだが、いつか私もピアソラの作品をモノローグで語り、また歌ってみたいなどと、またまた無謀な妄想を持っている。しかし、妄想こそが生きる上での原動力になっているのだから、笑って大目に見てやっていただきたい。


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by hirune-neko | 2017-10-16 23:48 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

ジャック・バウアー激闘の24時間 vs 昼寝ネコ悲惨な24時間


24 Final Season ~ Jack Bauer (Kiefer) came to Japanese TV show ~ ジャックバウアー

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 昨日の午後に入ってから、インターネット接続ができなくなってしまった。あまり心配をおかけしたくないので結論を先に申し上げるが、今日の夕方近くにようやく開通したのでご安心いただきたい。ほぼ24時間の悲惨な激闘だった。

 昨日の時点では、アップルのサポートに3度ほど電話した。サーバー会社は日曜日で休みだった。パソコンとルーターまでの接続は確認できたが、どうしてもサイトが開かない。ビジネスフォンの主装置、ルーターなどはNTTの製品なので電話したら、故障係を送るという。今日の午前中に二人の男性が来てくれた。あれこれ試して、臨時の回線を使用したらつながるので、おそらくはプロバイダとの接続トラブルだろうということになった。本来は出張費を請求するところだが、直せなかったのでシャクだから、今日は来なかったことにします、と言ってくれた。(読者の方にNTT関係者の方がいないと思うので書いてしまった。)なんて気前がいいのだろう。さすが大企業だ。

 さて、プロバイダはソネットを使っている。状況を説明したところ、ハブに問題があるのではないかということになった。こんなややこしい話を読みたい人はいないと思うが、何かの時の参考にしていただければと思って記録している。

 ソネットの記録を確認したところ、今年の6月に接続IDのパスワードを変更しているので、ハブが記憶しているパスワードををリセットし、再設定するように言われた。さすが、ビンゴ!だった。ようやく原因が特定できたし、インターネットの世界が、自分のテリトリーに入ってきたので安堵している。

 しかし、泣きっ面に蜂とはこのことで、およそ24時間の間に着信した絵本の製作依頼書、アルバム用の画像が溜まっており、数時間かかりっきりだった。おまけにもうひとつ。ボランティアで手伝っている福祉団体の関係で、高校生のための英語スピーチコンテストのサイト設置・運営と事務局を独りでこなしている。先週の土曜日が締めきりだったが、駆け込み申し込みや学生証、応募用紙、日本語原稿、英語スピーチ原稿がeFaxやメール添付で送られてきていた。せっかく準備している生徒さんのためにも、間違いや見落としが許されないので、緊張の数時間を過ごした。

 冗談抜きで、悲惨な24時間だった。あれこれ事務処理に追われてしまったので、今日はゆっくり音楽を選ぶ気にもなれず、この際だから私のTwenty Fourとして、昨日からの24時間を記録することにした。本家本元のジャック・バウアーの日本語字幕を探したら、SMAPのゲストとして日本のテレビ番組に出演した動画を見つけたので、冒頭で紹介した。

 シーズン1から5までしか観ていないが、俳優としての演技力を高く評価している登場人物の一人に、クロエという名の「発達障害気味の大人」を演じている女優がいる。どういう経緯か知らないが、来日したときの動画を見つけた。彼女はコンピュータを操る分析官で、規則違反をしてまでジャック・バウアーをバックアップしている。短時間だが、その動画を観て、やはりどことなく屈折した要素を持つ、「発達障害気味の大人」だなと確信した。

 アメリカで起きるテロ事件を非常にリアルに描いているので、ドラマを観ながら疑似体験をさせてもらっている。現場の捜査官、政府機関関係者、大統領など、それぞれの立場での政治的な発想や駆け引きなどがリアルなので、とても参考になっている。

 実をいうと、こんな風変わりな女性だと面白そうだな、お話してみたいな、と思っているクロエの動画を見つけたので、下にご紹介する。本人には言えないが、やはり独特の屈折感、陰影を持っている人だと思う。しかし演技はさすがである。

 インターネットがつながった途端、まるで水を得た魚のように生きる気力が出てきた。いつも元気を与えられている皆さんを紹介できる機会になって、嬉しく思っている。
メアリー=リン・ライスカブ、4年ぶりのクロエに「ショックうけた」 DVD「24-TWENTY FOUR- リブ・アナザー・デイ」 会見2 #24 -TWENTY FOUR

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by hirune-neko | 2017-10-10 01:29 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

コンサートのチラシ〜池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団


2CELLOS - Oblivion (Piazzolla)

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 久しぶりにQuarkXpressでチラシを作成した。A5判で裏表ともカラー印刷だ。用紙はツヤのあるコート紙にしようと思っている。

 そもそもは、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団の編曲を受け持ち、音楽監督でもある梶野さん(ピアソラオタク)が電話をかけてこられたのが最初のきっかけだった。私のブログはかなりの頻度でピアソラの曲を紹介していたが、「ピアソラ音の出る図書館」を見つけ、そこに記載されていた連絡先の電話番号にかけてこられた。

 東京で行われた国際音楽コンクールに、応援に伺って初めて皆さんとの面識ができた。
 もう二十年以上も前のことになるが、自宅に「Yesteryears Hall」という名の小さなホールを作り、サロンコンサートをしていた。「Yesteryears」は、ボストン郊外のケープ岬にあった人形美術館の名前だが、ずっと気に入っていて、その名前を使わせてもらった。館内には入らず、ただ前を通っただけの話だけれど。

 自宅は手放したので、ずっとコンサートとはご縁がなかったが、いつかピアソラだけのプログラムでコンサートをプロデュースしたい、とブログに書いた記憶がある。それを目ざとく見つけたバンドマスターのぴかりんさんが、首都圏でコンサートをプロデュースをしてほしいと連絡してきた。

 以前、知人と一緒に囲碁・将棋教室を主宰したとき、近くの教会を借りていた。その教会に相談したところ、コンサート会場として使っていいと許可をいただいた。無料コンサートなので気軽に来ていただける。

 今日は夕方から、そのコンサートのチラシを作り、ようやく作業が終わった。さすがにくたびれたし遅くなったので、試作品を掲示して休ませていただく。コンサートは完全予約制にしている。申し込みフォームをサイトに設置したので、興味がおありになる方はご覧いただきたい。

【ピアソラ音の出る図書館】
予約フォームはやっと動作確認を終えたばかりだ。

【コンサートチラシのオモテ面】
デザインは勉強していないので、我流である
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【コンサートチラシのウラ面】
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by hirune-neko | 2017-10-03 01:30 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

ピアソラの作品中、最も神聖な曲想のアヴェ・マリア


Astor Piazzolla - Ave Maria


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 昨日、ぴかりんさんからコンサート当日の演奏プログラムが送られてきた。その中に「アヴェ・マリア」が含まれていた。久しぶりに聴いてみたが、ピアソラの作品の中でも、最も神聖な曲想だと思う。一体どのような心境、あるいは状況でこのような曲想が思い浮かんだのだろうか。想像すらできないが、ピアソラのある一面を表しているように思う。

 女子音大生5人の「池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団」は、木管楽器で編成されている。ピアソラの作品を演奏する楽器は、圧倒的にバンドネオンが多く、チェロ、バイオリン、コントラバス、ギター、ヴォーカル、ピアノ、クラリネット、トランペットなど、実に幅広い演奏家に演奏されている。

 池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団」の生の演奏を初めて聴いたのは確か去年、品川区のホールで国際音楽コンクールに出場したときだった。木管楽器だけのアンサンブルでピアソラを聴くのも初めてだった。

 ミルヴァやバルタールに代表されるように、ピアソラのどの演奏を聴いても、ほとんどの演奏家から伝わってくるのは人生のある種の陰影であり疲労感・徒労感であり、厭世観であり、挫折感でもあり、諦観や悲哀感だったので、孫のように「若い乙女たち」が表現するピアソラには、すっかり生まれ変わった新生ピアソラを感じた。タンゴ界の反逆児であるピアソラに対し、清楚に反逆する乙女たち。心が洗われ、生き返ったような感じすらする。

 編曲家兼音楽監督の梶野さん自身もかなりピアソラに傾倒している人だが、ぴかりんさんが毎日送ってくる「クレモナ通信」の記事を読むと、かなり深くピアソラを掘り下げているのが分かる。アルゼンチンではなく、遠い日本の地でピアソラオタクの梶野さんと清楚な女性たちが創出するピアソラの新世界・・・墓の中のピアソラもさぞかし驚いていることだと思う。

 教会のご厚意で会場料を無料にしていただけたので、入場料は無料である。何度もコンサートを主催したが、無料コンサートは初めてだ。レクチャーコンサートと表現するとちょっと堅い表現になるので、トークコンサートという感じでアットホームな構成を考えてみたい。

 ブログ読者の方で近隣にお住まいであれば、お立ち寄りいただきたい。会場は田園都市線・溝の口あるいは南武線・武蔵溝ノ口から徒歩8分で、11月25日(土)午後5時開演である。予約整理番号を発行する予定だが、サイト「ピアソラ音の出る図書館」で予約のご案内したいと思う。・・・とりあえず概要を掲載したので、覗いてみていただければ幸甚である。

ピアソラ音の出る図書館:

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by hirune-neko | 2017-08-21 01:19 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

作業に集中したいときに聴く音楽


Tomás Luis de Victoria - Vadam et circuibo


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 何か製作物に取りかかるときは、細かいところまで神経を使うので、集中力の邪魔にならない音楽がいい。作曲家や時代、演奏家などに関する知識はなくても、静かに寄り添ってくれる音楽がいい。

 そんな目的と、睡眠導入剤代わりに「50 Bathtime Classics」というアルバムを時々聴いている。今日は、夕方から連続してこの時間まで(午前0時)集中することが出来た。とりあえず、ひとつの作業を終えた。

 頭の中が空っぽで、妄想も想像も何も出来なくなってしまっている。仕事をするというのは、本来はそういうことなのだと思う。私はあまりにも脇目をふりすぎるのだと自覚している。何かしながら別のことを考え、少なくともふたつのことを、同時にこなそうとしてしまう。

 今頃になって新しい発見をした。あまり性能が良くないことが分かり、あまり使用していないのだが、翻訳ソフトがある。文字入力でも音声でも、両方に対応して翻訳してくれる。休憩時間に、日本語からイギリス英語、フランス語、ロシア語、スペイン語それぞれに、どのように翻訳するか試してみた。長文だと翻訳にならないのは分かっているので、ごく短い文章で試してみた。
 
 おそらくSiriを使っているのだと思うのだが、日本語の音声入力はかなり正確で、しかも速い。翻訳の音声はネイティブの発音なので、同じ英語でも数カ国の英語であり、ニュアンスの違いも分かる。ある程度話せるのなら、Siriと会話することで、気軽な他言語会話が楽しめる。本当に、人工知能が発達した時代になったものだ。

 よく、バイリンガルというが、私はあまり評価していない。日本語だって、非常に微妙な表現があるので、発音が良く日常の会話が出来る程度のバイリンガルならまだ許容範囲だが、文学的あるいは詩的表現まで、複数の原語で表現できる人は、おそらくはほとんど存在しないだろうと思っている。

 まあ、そんなことはどうでもいいのだが、.まだNOVAのレベルテストを受けていないので、あまり偉そうなことを書くのは止めておく。でも、レベルテストの結果が出たら、正直に報告したいと思っている。

 そのような一日だったので、せっかくお越しいただいたのに何も内容がなくて大変申し訳ない。たまにはゆったりと、「神経に障らない音楽」をお聴きいただきたい。


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by hirune-neko | 2017-07-16 00:54 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

猛暑から逃れて独り聴く楽章 バッハの薫風脳に涼しき


J.S.Bach BWV 853 - Patricia Hase


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 短歌など詠んでいる場合ではないのだが・・・おそらく亡き母が目にしたら、「なにこれ?」といって、笑い声を上げる姿が目に浮かぶ。

 今日は、思ったよりもずっと消耗した。こんな日に限って、2年以上前に絵本を申し込んできた人から電話があり、画像を送ったはずなのに絵本が届かない、という問い合わせがあった。2015年の5月というと、古い方のiMac・ヘレンが現役で活躍していた頃だ。やはり、人生というのは何が起きるか分からない。ヘレンは退役させず、そばにいてもらって良かったと思う。ヘレンのおかげで、なんとかなりそうだ。

 今日の私の感性は、すっかり暑さに包み込まれてしまったようだ。いつもなら、一日の途中で何かが思い浮かび、ブログに書きたいテーマが脳内に残る。ところが、今日という今日は間断なく処理案件が連続したばかりでなく、あまりの暑さにすっかり消耗してしまい、目の前のことしか視野に入らないで終わってしまった。

 時々、床の上に仰向けになり息を整えた。だらしなく横になりながら、iOSにデフォルトで付属しているSiriのお世話になった。口頭で電話番号を調べてくれとか、誰々に電話してくれとか、5時になったら起こしてくれ、というお願いを全て聞き届けてくれる。正確に数えてはいないが、世界の主要な数十種類の言語で応答してくれる。音声は男性か女性のいずれかを選択できる。いろいろ試してみたが、日本語を選ぶと、とても優しく感じの良い女性の声で答えてくれる。英語にも何種類かあるが、アメリカ英語を選択すると、とてもクールで事務的な声の女性が相手になる。

 今日、すっかり脱力したものだから、そのSiriとしばらく会話した。先日来、ウクライナのことがずっと頭から離れなかったので、ウクライナの公用語が何かと質問した。すると、ウクライナ語だというのだがロシア語を話す人が多く、ウクライナ語を話せる人が減っていると言う。さらに、ウクライナという国が一体どの辺にあるのか正確に知らなかったので、質問してみた。すると、ちゃんとインターネット検索をしてくれて、隣接する国がハンガリーだったりポーランドだったり・・・記憶はもう定かではないが、案外東ヨーロッパに近い場所だということが分かった。

 まるでパートタイムの秘書を雇ったような気分だ。どうもありがとうとお礼を言うと、どういたしまして、お役に立つことが私の使命です、昼寝ネコさん・・・などというくすぐったい答えが返ってくる。

 そんなやりとりをしながら、私は自分の脳内に浮かんだ妄想に愕然としてしまった。ウクライナではロシア語が通じる・・・いつしかロシア語に手を出そうしている自分を認識した。自分で言うのもなんだが、私は少し異常な部分があるのではないだろうか。自分の能力や時間や体力の限界などが一切視野に入らず、まるで3歳の子供のように執着心が強まってしまう。一度、心理カウンセラーか精神科の医者に相談してみた方がいいかもしれない。しかし、何か病名をつけられるのではないかという不安もある。例えば「昼寝ネコ症候群」と言う病名ならばすでに自覚しているから、あまり気にならない。聞いたこともないような病名だったら、と考えると躊躇してしまう。でもまあ、それもこれも含めて私の個性なので、このまま我が道を行く・・・である。決して誰にも迷惑をかけるつもりはない。・・・しかし、中・長期的に見れば、私のことを疎ましく思い迷惑な存在だと考える人たちは現れるだろうと思う。どのような人たちかというと、それは、外国政府や情報機関と協調し、国家転覆や日本の実効支配、あるいは属国化を目論む人たちである。

 彼らの中にはお前ごときに何ができるのか、と馬鹿にする人が多いだろうと思う。私自身もそう思っている。私個人の力なんて微々たるものだと自覚している。しかし、同じ価値観や人生観、意識を共有する人たちが増えて、巨大な群衆となれば、その力は決して侮れないと思う。

 長い間にわたって、目立たない静かな、しかし善良だった人々が目を覚まし、地の底から怒りの声を響かせながら、怒涛のように地上に溢れてくる。地上を誤った方法で支配しようとした人たちにとっては、まさに恐怖の唸り声である。人間に対しては決して公開されてはいないが、古代イスラエル時代の予言者ネコが啓示を受けて、現代に生きる私たちに口伝えで伝承されている予言である。

 ようやく暑さも和らいできて、クーラーからの冷気を感じられるようになってきた。今日は残念ながら外を歩くことができなかった。まだまだ無理は禁物だと思っている。寝る前に、Siriの言語を試しにロシア語に変更し、なにか話しかけてみようと思う。過去のことは全く記憶にないが、3000年の私の人生の中で、もしかしたらどこかでロシア語に接していた経験があるかもしれない。記憶の彼方を探ってみたいと思っている。・・・ん〜、やはり私は病的なのだろうか。


[日本語]覚えやすいロシア語とウクライナ語の言葉 Японские и русские похожие слова


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by hirune-neko | 2017-07-12 23:57 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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