昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:音楽・映画・本の世界( 202 )

久しぶりにピアソラと対面した


Astor Piazzolla - Introducción al Angel (Gidon Kremer)

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 夜になってからだが、久しぶりに8千歩を歩いた。出かける直前にappleミュージックでピアソラのアルバムを5枚、月額定額なので無料でダウンロードした。そして珍しく、歩きながらずっとピアソラの曲を聴いていた。改めて、ピアソラの世界に引き込まれて時間を過ごした。

 途中、ピアソラ自身がライブコンサートで、聴衆に語りかけたメッセージが入っていた。英語だったので、完全に理解はできなかったが、1960年当時は自分の音楽を理解してくれる人が存在せず、人からは「きちがい音楽」と悪口を言われたそうだ。バンドネオンはドイツが発祥で精緻で複雑な機構の楽器だが、とても素晴らし楽器なのでドイツ人に感謝していると言っていた。どうやらドイツでのコンサートだったようだ。自分が演奏するバンドネオンは、1925年にドイツ人の・・・名前までは聞き取れなかった・・・手になるもので、名品であり、作ってくれたことに感謝しているとも語っていた。

 本当に久しぶりにピアソラの世界に入り込んだ。故人となった福岡貞夫さんが、ピアソラは精神的に強いときでないと聴くことができない、と言っていたのを思い出した。なるほど、本当にその通りだと同意する。

 ピアソラの作品、そして演奏にはとてもリアルなイメージが満ちている。かなり具体的なストーリーや登場人物が、その背負っている過去の陰影を表情に出しながら語りかけてくる。どう表現すればいいのか分からないが、ピアソラの作品には魂がこもっており、音楽自体がまるで生き物のように存在感を主張している。

 今年は仕事の営業成績を上げるよう次男から期待されてる。ボランティアはほどほどにして、営業コンタクトを増やすよう期待されている。そんな状況なのだが、今日は新たに別のボランティアの依頼があり、引き受けてしまった。明日、次男にそのことを伝えたら、呆れた表情を見せるだろうと思う。しかし、それが私の生き方なので受け入れてもらいたい。決して仕事の手は抜かないので。

 自分でいうのもなんだけど、組み立てのスピードは速いほうだと思っている。許可を得る前から、そのボランティアのためのドメインを夕方には取得し、基本設定を終えて、仮登録申請のフォームまで設置してしまった。

 ピアソラの作品と演奏を聴きながら、励まされているような気持ちで作業を行っているが、さすがにもうここまでにしておこうと思う。


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by hirune-neko | 2018-02-04 01:36 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

似て非なるもの ビル・エヴァンスとキース・ジャレット


Bill Evans - Young and Foolish

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 高校生の頃、最も頻繁に聴いたのはジョン・コルトレーンとビル・エヴァンスだった。ビル・エヴァンスのピアノ演奏には独特の緊張感があり、緻密で知性的でもあった。そんなある日、店内を流れたピアノ演奏を聴き、間違いなくビル・エヴァンスだと思った。確認したらキース・ジャレットだった。ちょっとした驚きだった。タッチと雰囲気ががとても良く似ていたので、混同してしまった。結局、キース・ジャレットはほとんど聴くことがなく、今でも最も好んで聴くジャズ・ピアニストはビル・エヴァンスである。

 ジャズ・ピアニストの聞きくらべなんて、誰も興味はないかもしれない。しかし私にとっては、音楽は対話と一緒のようなものであり、伝わってくるものが具体的であり、好き嫌いがはっきりしてしまう。

 つい最近まで知らなかった曲だが、Young and Foolishという作品を、ビル・エヴァンスもキース・ジャレットも演奏しているのを見つけた。上部に掲載したのがビル・エヴァンスの演奏で、下部に掲載したのがキース・ジャレットの演奏だ。同じ曲ではあるものの、テンポや雰囲気が大きく異なる。しかし、タッチやテンションに共通点があると思う。

 だからどうなんだ?とか、それがどうしたの?とか言われても返答に窮してしまう。自分で音楽の話題を提供しながら言うのも気が引けるが、今の私は音楽に耽溺していられるような立場ではなくなりつつある。データベースソフト・4Dの基本をマスターすること、サイト制作ソフトの大幅な更新内容をマスターすること、電子書籍のKindle本を自分で製作すること、ネイティブの人に対し英語で国家安全保障をテーマに意見を述べること・・・昼寝もままならず、これはもうすでに拷問なのではないだろうか。拷問は国際法で禁止されているのではなかっただろうか。

 やれやれの人生ではあるが、同時に目的の明確な人生でもあるので、本心では佳き人生だと思っている。

Keith Jarrett Trio - Young and Foolish


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by hirune-neko | 2018-01-26 00:28 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(5)

昨晩はご心配をおかけしたが、なんとか快復した


ome Other Time - Monica Zetterlund - Bill Evans Trio - Leonard Bernstein

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 昨日の足裏の激痛は、かすかに痕跡を残しているもの、激しい痛みが断続的に襲ってくることもなくなり、今日はなんとか集中力も回復した。お読みくださった方々には、大変ご心配をおかけしたが、ほぼ平常の状態に戻っているのでご安心いただきたい。

 最近は記憶が逆流することが多い。appleミュージックで、ビル・エヴァンスのアルバムを何枚かダウンロードして、1枚ずつ聴いている。その中の1枚は、ビル・エヴァンスが女性ボーカルのモニカ・ゼッタールンドと協演したアルバムだ。高校生の時、ビル・エヴァンスが女性ボーカルと協演しているこのアルバムを聴き、新鮮な驚きを感じたのを今でも憶えている。モニカ・ゼッタールンドは確か、スウェーデンか北欧のどこかの国の出身だったと思う。

 調べたらWikipediaでは、以下のように記されていた。

 モニカ・ゼタールンド(Monica Zetterlund、1937年9月20日 - 2005年5月12日)は、スウェーデンの歌手・女優。本名は、Monica Nilsson。優れたボーカリストとして知られ、特にジャズ作品が有名。
 ビリー・ホリディ、エラ・フィッツジェラルド、そして特にサラ・ヴォーンを聴いて育つ。ラジオやレコードからジャズを学び始める。(以下略)

 このモニカ・ゼッタールンドの歌を久しぶりに聴きながら、ところどころの声質が、過日ブログ読者のcausalさんから教えていただいた、パスカル・ラヴォワに似ているなと思った。
 冒頭の演奏は1965年となっている。なんと、私がまだ中学生の頃だ。改めて、音楽的には少し早熟だったのではないかと思う。小学校低学年の頃、祖母の家に行くとまだ独身だった叔母のコレクションであるSPレコードを、むさぼるように聴いた。確か、ビング・クロスビーやコール・ポーターばかりだったように記憶している。後年、叔母にその話をし、おかげで音楽がとても好きになったと言ったら、嬉しそうに笑っていた。

 今日も、なんとか6千歩を歩くことができた。歩きながらいつしか・・・いや、いつものことだが、ぼんやりとここ数年の近未来を想像していた。いや、妄想していた。とても自分に都合のいい、ありえないような成功事例が思い浮かんだ。売り上げ規模とか、世界的な資産家になるとか、そのような尺度ではない。みるとす会員がついに1千万世帯を超え、新聞やテレビがどれだけ印象操作や世論誘導に必死になろうが、ことごとく反証することでプロパガンダの悪巧みを無に帰せしむる、という他愛の無い内容だ。しかし、私にとっては自分の使命を達成した充足感があり、国家に対しては国家安全保障に対して少々の貢献を行い、結果として日本国民の皆さんの、平和と安寧の構築に陰ながら役立ったと実感できるのではないだろうか・・・。やはり妄想だ。

 誰の迷惑にもならないいつもの妄想なので、大目に見てお許しいただきたい。


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by hirune-neko | 2017-12-12 23:06 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

朝からピアソラを聴きたくなり、驚いている


Chant Et Fugue - Astor Piazzolla

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 今日はどうした訳か、朝からピアソラを聴きたくなった。夜ならいざ知らず、朝からピアソラを聴こうとする自分自身に驚いている。夜も暗くなり、一日の疲労を感じながら、ピアソラの作品の暗鬱さに同化し、耽溺したことなら数え切れないほど経験している。

 女性ヴォーカルが歌う、愛の哀しみ、切なさ、高揚、回想は数限りなくあるように思う。古くはビリー・ホリデー、ニーナ・シモン、ヘレン・メリル、カーメン・マックレー。そしてここ数年前から最近にかけては、アンナ・カリーナ、ダイアナ・クラール、エリアヌ・エリアス、シャーリー・ホーン、ステイシー・ケント、パスカル・ラヴォワを思い浮かべている。外出先によって洋服を選ぶ女性のように、そのときの自分の心象に合わせて、無意識のうちに聴く音楽を選んでいるようだ。

 人は自分の心の状態に寄り添い、慰めと癒やしを与えてくれる音楽を必要とするのではないだろうか。自分を責めたり嫌悪する気持ちを和らげ、自己の存在を無条件で包み込んでくれる音楽。泥まみれで悪臭を放つ自分の心を見放さず、霧状の柔らかい洗浄スプレーで純化してくれる音楽。暗鬱で先が見通せないときにも一条の光明となってくれる音楽。

 振り返ってみたら、長年に渡って音楽に励まされ、折々に束の間の休息を与えられたように思う。とくに、深いぬかるみに足を取られて疲労困憊し、先に進む気力が失せてしまったときは、ピアソラの作品から力を与えられたことが幾度もあった。その意味で、一面識も無いまま他界したピアソラではあるが、その作品を通して対話し、自己嫌悪の心を開き、優しい眼差しで見つめながら微笑み、力と勇気を与えてくれた、私にとっては特別の作曲家・演奏家である。

 朝からピアソラの作品を聴こうという気になったのは、もしかしたら私自身が少し脱皮したのかもしれない。戸籍上の年齢を考えると、まだまだ大人になりきれていない自分を実感している。もし仮に、大人になるということが、妥協し自らの理念への拘りを捨てるという意味なのなら、おそらく私は寿命が尽きる最期の時まで、大人になりきれない、妥協を知らない人生を送るだろうと思う。

 どうやらピアソラの作品には、妥協を知らずチャレンジ精神に富んだピアソラ自身の気質が、深く浸み渡っているのではないだろうか。それを、感性というプロトコルによって、私自身が目に見えない領域で感じ取り、共鳴しているのではないかと思っている。


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by hirune-neko | 2017-12-09 14:57 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

少し今年一年の疲れが出てきたようだ

Stacey Kent - Double Rainbow (audio)

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 12月に突入した。押し出されるように、新しい月を迎えたような感じがする。

 少々マニアックな話題になってしまう。読者のcausalさんから、その存在を教えていただいたStacey Kentについてである。Apple Musicは、まだ無料お試し期間中なのだが、すでにStacey Kentのアルバム11枚をダウンロードしていた。なかなか個性的であり、しかも英語とフランス語を流暢に話すので、国籍不明の不思議な存在だと感じていた。

 今日、causalさんからメールをいただいた。Stacey Kentについての情報である。最新版の”I Know I Dream”というタイトルのアルバムが、10月25日にソニー・ミュージックから発売された。冒頭の"Double Rainbow”は、そのアルバムの最初の曲である。ずっと聴いていると、いきなり日本語で新幹線の車内アナウンスが流れる。一瞬、何が混線しているのかと驚いた。曲名は「新幹線」の意味の”Bullet Train”である。「東京から名古屋、そしてベルリンへ」という、不思議な歌詞だと思って聴いていた。

 causalさんからの資料を読むと、なんとその曲に歌詞を提供したのは、カズオ・イシグロ氏だそうだ。あの、ノーベル文学賞を受賞した「日の名残り」の著者のカズオ・イシグロ氏である。新鮮な驚きだった。2007年から歌詞を提供してくれていると、Stacey Kent自身が書いている。耳で聴くだけでは知り得ない「音楽の立体感」を感じることができた。Stacey Kentがカズオ・イシグロ氏と、こんなところで接点があっただなんて、本当に新鮮な驚きだった。

 音楽には、作曲家や演奏家にとっては、音楽理論などという論理性が存在するのだろう。しかし、純粋に音楽を楽しむ人間は、あくまでも感覚で音楽を捉える。しかし、その制作の舞台裏に存在する人間関係を知ることも、その曲に対する親近感をもたらすものだと思う。ちょうど、ビリー・ホリデーとマルウォルドロンのように。

 今日は深いうたた寝を、2回もしてしまった。周りも心配するぐらい、今の私は籠の中の鳥同然である。iMacの前に座っている時間が圧倒的に長く、それ以外は近所への買い物かウォーキングぐらいのものである。こんなときは、ぼんやりと水平線を見たくなる。逗子の海辺にデニーズがあり、湘南に行くと必ず立ち寄る。決まって窓際の席をお願いし、水平線を眺めながら神経と目を休める。

 しかし、もう少しで全ての遅延案件が視野に入りそうだ。さて、年内にどこまで追いつけるだろうか。こうしてStacey Kentの歌声に神経を癒やしてもらいながら、狭い鳥かごの中でネコが一匹、不機嫌な顔で考え事をしている。癒やしのの返礼に、もし私にも歌詞を提供してほしいと言ってきたら、なんとか希望に応えようと思っている。(笑)


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by hirune-neko | 2017-12-02 23:57 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のピアソラコンサート

Che Tango Che - Astor Piazzolla (cover)

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 なんとか無事にコンサートを終えることができて、ほっとしている。

 フルート、ソプラノサックス2本、ホルン、ファゴットの五重奏で演奏したのは、以下の曲だった。

1. Fugata(作曲:A.ピアソラ)
2. Adios Nonino(作曲:A.ピアソラ)
3. Ave Maria(作曲:A.ピアソラ)
4. 神の子です(教会の子どもの歌)
5. 神は造り主(教会の賛美歌34番)
6. cafe 1930(作曲:A.ピアソラ)
7. Duo de amor(作曲:A.ピアソラ)
8. Oblivion(作曲:A.ピアソラ)
9. Libertango(作曲:A.ピアソラ)

 教会のホールを貸していただいたこともあり、教会の子どもの歌と賛美歌が組み込まれた。子どもたちは生の管楽器の演奏を背にして歌った。緊張したようだったが、いい経験だったのではないだろうか。

 ピアソラの演奏を数多く聴いてきたが、その多くが人生の徒労を引きずり、歩みを止めて視線を虚空に漂わせているかのようだ。あるいは絶叫調の演奏もある。ピアソラの曲想をどのように再現するかは、演奏家の技術的水準というより、感性や心象風景によるところが大きいように思う。

 冒頭の「Che Tango Che」と同じタイトルのアルバムをリリースしている、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のメンバーは、全員が女性であり、しかも現役音大生、あるいは音大を卒業してまだ年数が経過していない、という圧倒的に若い世代である。ピアソラを歌う歌手を思い浮かべると、人生経験が豊富であり酸いも甘いも味わい尽くした「年輪」を感じてしまう。

 その点クレモナのメンバーは、この先に人生の起伏が待ち受けてはいるものの、無垢で清楚な魂のままピアソラの空間に飛び込んでいるかのようだ。音楽の演奏には、最低限の演奏技術が必要とされるのは言うまでもない。しかし、これはあくまでも私の持論なのだが、音楽には言葉と同様に聴く人間の心を開き、共感、感銘、感動を、その心に到達させる使命がある。奇をてらった間の取り方、表面的な形だけの技巧などは、音楽的感性を持つ聴き手に容易に見透かされ、空虚さだけが際立ってしまう。

 さりとて、若き女性たちが今すぐに、シャーリー・ホーンやレオ・フェレのような、時間経過を必要とする達観を身につけることは不可能だろう。今日、ステージの真横で演奏を聴きながら感じたことは「胎動」だった。何かが新たに生まれ、中心部分で膨張しつつあるという、ある種の予感だった。具体的なイメージは像を結ばなかったが、私の感覚は何かを捉えることができたように思う。

 音楽的表情・表現に深みとリアリティを与えるには、どうすればいいのだろうか。人と話しているときに、急に感情がこみ上げて言葉に詰まることがある。感極まってしまい、声が上ずることもある。数日前にYouTubeの動画を掲載した、レオ・フェレのアヴェク・ル・タンでは、感極まり言葉に詰まった表情を見るうちに、感動が大きなうねりとなって伝わってきた。

 池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団には、梶野元寛さんという音楽監督が存在する。五重奏団が脱皮を続け、成長することを見守り叱咤激励している。私自身は何もお手伝いできないが、何が変貌のきっかけになるだろうかと考えている。今日ひとつだけ思い浮かんだのは、演奏者の感情が溢れ出し、ちょうど言葉に詰まるように自然に間が空いてしまう・・・そのような表現が加われば、音楽的表情に深みと厚みが増すのではないか、そして聴き手に対するメッセージが増幅するのではないか、という付加価値だった。

 私にとっては念願のピアソラ作品のみのコンサートだった。プロデュースと司会を務めさせていただき、晩年の人生の佳き思い出となった。以下に、今日の出演者の皆さんのお名前を残し、記念とさせていただく。またさらに成長し、ピアソラに清楚に反逆する彼女たちの演奏を聴きたいと願っている。

【池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団】
・フルート:森脇 佑季/大阪音楽大学4年
・ソプラノサックス:上野 舞子/関西(かんせい)学院大学4年
・ソプラノサックス:山本 桃実/相愛大学4年
・ホルン:松田 あやめ/大阪音楽大学卒業
・ファゴット:久保田 ひかり/京都市立芸術大学卒業
・音楽監督/編曲:梶野 元寛/

 ああそういえば、司会者の特権で音楽監督の梶野さんの、恋愛遍歴をお訊きしようと思っていたのに失念してしまった。残念なことをした。


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by hirune-neko | 2017-11-26 00:22 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

改めてピアソラと向き合う時間を持った


Astor Piazzolla - Viaje de Bodas

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 目下、明日のコンサート用プログラムを印刷中である。プログラムには、ピアソラの経歴を簡単に記そうと思い、調べてみた。Wikipediaで、以下のような記述を見つけた。

 「元来タンゴは踊りのための伴奏音楽であり、強いリズム性とセンチメンタルなメロディをもつ展開の分かりやすい楽曲であった。ピアソラはそこにバロックやフーガといったクラシックの構造や、ニューヨーク・ジャズのエッセンスを取り入れることで、強いビートと重厚な音楽構造の上にセンチメンタルなメロディを自由に展開させるという独自の音楽形態を生み出した。これは完全にタンゴの表現を逸脱しており、『踊れないタンゴとして当初の評判は芳しいものではなかった。一方で、ピアソラの音楽はニューヨークなどのあまりタンゴと関わりを持たない街で評価されたため、タンゴの評論家から意図的に外されるといった差別も受けた。」

 これを読んで、ジャズ・アルトサックス奏者のチャーリー・パーカーを思い出した。その昔、ジャズはタンゴ同様ダンスのための音楽だったらしい。ところが、チャーリー・パーカーの演奏では踊れないと不評であり、演奏中に後ろからシンバルが飛んできたという記事が印象に残っている。高校生の頃の記憶なので、おそらくスゥイング・ジャーナル誌で読んだのだと思う。

 アストル・ピアソラとチャーリー・パーカー両者の共通点だと思う。個人的に、チャーリー・パーカーはそんなに聴かなかった。記憶に残っているのは、April in Parisぐらいのものだろうか。

 世の中の流れや風潮に左右されず、独自の感覚、スタイルを貫いたという意味では、敬意を表したいと思う。一人の作曲家・演奏家である存在にここまで傾倒したのは、ピアソラだけである。しかし、最近はピアソラ図書館もFacebookページも更新ができていない。墓の中のピアソラが顔をしかめているような気がする。しかし、明日はうら若き乙女たちが、そのピアソラに清楚に反逆するのだから、興味を持ったピアソラが、オラシオ・フェレールを伴って、霊界から様子を見に訪れるかもしれないと思っている。

 私にとっても、初めてのオール・ピアソラプログラムのコンサートである。人生の佳き思い出のひとつにさせていただきたいと思っている。


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by hirune-neko | 2017-11-25 01:44 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

まるで実在しないかのような女性ヴォーカル


Pascale Lavoie - Change partness - Female Voices 097

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 先日、読者のCausalさんから教えていただいたPascale Lavoie/パスカル・ラヴォァ。低く独特な声質の歌に惹かれ、アルバムを探してみた。ところが、appleミュージックで検索してもiTunesストアで検索しても、見つからない。今どき、そんなことがあるのだろうか。不思議な歌手である。Please belong to meという曲が収録されている、同名のタイトルが見つからない。さて、どうしたものだろうか。

 大阪・池田から演奏に来てくださる、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のコンサートが、いよいよ今週の土曜日に迫っている。当日のプログラムを作らなければならず、なんとか試作を終えた。クレモナの皆さんには、パリ在住の世界的に有名なネコのグラフィックデザイナー、その名もラング・ド・シャに無理をお願いして作ってもらった、と説明している。またいつもの冗談が始まった、と相手にもされていないと思う。

 以下に労作のプログラムの、表1部分だけをご紹介させていただく。もう何年も前に、いつかピアソラだけのプログラムでコンサートをプロデュースしたい、と書いた記憶がある。ん十年前には、ほとんどクラシックだけのサロンコンサートを主催していたが、こうしてとうとう念願の、ピアソラ作品だけのコンサートをプロデュースすることが実現し、我が人生の佳き思い出になった。・・・まだ終わっていないので過去形では書けないが、あとは無事に終えられることを願っている。
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 ん〜、こうして改めて見ていると、さすが世界的に有名なネコのデザイナーの作品である。まるでセーヌ川に架かる橋・ポン・ヌフの上で、まだ熱い甘栗を頬張っているような、パリらしい雰囲気が漂っているではないか。・・・ん〜、自分でも何を言っているのか分からないが、まあ経費をかけずここまで一人で作業ができたのだから、それはそれでよしとしようと思う。

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by hirune-neko | 2017-11-21 23:00 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

久しぶりに消耗した一日だった

Barbara ma plus belle histoire d'amour c'est vous

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 なんとか今日なすべき最低限の作業を終えた。かなり消耗していたらしく、途中で何度もうたた寝をしてしまった。手からiPadが滑り落ちるのを感じ、反射的に目が覚めて大事には至らなかった。そんなことが数回あった。

 もう11月も残りが少なくなってきた。しかしなんとか遅延案件に手がつき始めているので、精神的重圧は徐々に快方に向かっている、やれやれだ。

 ふと思い出した曲がある。もう何年も前のことだ。仕事で車を運転し、どこかに営業に行った帰り道だったと思う。あのときは初めて聞く「クミコ」という名の女性シャンソン歌手で聴いた。日本語の歌詞で歌ったので、意味は良く理解できた。原題はフランス語の”ma plus belle histoire d'amour c'est vous”で、ネット上を検索すると、邦題は「私の最も美しい恋物語」となっている。どうも、いかにも直訳表現だと思う。クミコ流では「我が麗しの恋物語」だったのではないだろうか。

 外国語から日本語への翻訳は、とても難しい作業だと思う。その逆もまた然りではないだろうか。翻訳家が日本語に訳す際、翻訳能力が重要なのは当然だが、文法的に間違っていない訳であることは当然としても、日本語としての善し悪しがとても重要だと、個人的にそのように思っている。

 ある感情や感覚的なイメージを表現するとき、どの言葉を使ったら最も適切かを考えて文章は練られる。それを日本語に訳す際に、やはり日本語としての様式美が要求されて当然だと思う。・・・翻訳家の皆さん、生意気を言ってしまいお詫び申し上げる。

 この原題の”ma plus belle histoire d'amour c'est vous”に込められた感情を、全て日本語で言い尽くすとするなら、「私の人生で最も深く愛した人、それはあなた」となるように思う。勿論、歌のタイトルなので長ったらしくてはいけないだろうと思う。全てを言い尽くさずに、行間にイメージを埋め込むことで簡潔に表現する手法が必要なのだろう。従って個人的には「我が麗しの恋物語」の方が「私の最も美しい恋物語」より、数段いいタイトルだと思う。

 なんだか翻訳評論家のような言い草になってしまったが、この曲の歌詞を日本語で味わっているとなかなか大人の恋、そして哀惜、離別の悲しさが伝わってくる。歌詞には火葬場の煙突から出て、空に上っていく相手に対する気持ちを織り込んでいるが、フランスでは火葬をしていないと思うので、日本的に翻案したのだと思う。しかし日本人のメンタリティを巧みに捉えた名訳だと思う。

 ちょっと調べたら、「我が麗しき恋物語 」作詞:覚和歌子 作曲:Barbaraとなっていた。覚和歌子さんという方は、とても秀逸な感性の方だと敬服している。

 フランス人女性は離婚したその瞬間に、「さあ、もっといい男を見つけるぞ」と張り切る、と何かで読んだ記憶がある。私はこれでも精神的にひ弱なので、冒頭のバルバラのような迫力ある女性よりも、クミコのような日本的優しさを感じさせる女性に愛される方がいいなと、贅沢な希望を持っている。

 ここまで書いたのだから、その、クミコの歌う「我が麗しき恋物語 」を以下に掲載する。ご自分の感性に照らし合わせながら、日仏比較鑑賞をしてみていただきたい。作詞をされた覚和歌子さんが、ご自身でフランス語から訳詞されたのかどうか、それはご本人に訊いてみなければ分からないことだが、それは別問題として、とても情感溢れる歌詞に仕上げてくださり、お礼を申し上げたい。

わが麗しき恋物語


あたしは十九で 町でも噂の ちょっとした不良で
わりかし美人の 部類だったから ちやほやされたわよ
眉をひそめてる 大人を尻目に ずいぶん遊びもしたわ
人生って 何て ちょろいもんだって 冷めたまなざしで

あなたがあたしを 好きといったとき 思わず笑ったわ
あんまり真面目で こちこちになって ふるえてさえいたでしょう
そんな男って 見たことなかった それであたしもふるえた
人生って 何て 奇妙で素敵って 少しだけ泣いた

安いアパート 暗い部屋 景気の悪い時代だって
へらないジョーク言い合って ふたり笑えば しあわせで
五年がたったら あたしはやめてた 煙草をまたはじめ
あなたの浮気が 七回目 数え あたしも三回目
視線をそらして 会話も減ったけど どこでもそんなものでしょ
人生って そうよ 退屈だったって 思い出しながら

さもない毎日 半年が過ぎた その日は止まない雨
聞いたこともない 病気の名前が あなたのくちびるから
あたしは壊れた 空缶みたいに 口を開けていただけ
人生って 何て 意味が不明なの いなくなるの あなた

白い煙が昇った日 空はどこまで よく晴れて あたしは泣いた 
自分でも疑うくらい 大声で
愛だったかなんて 誰もわからない 教えてほしくない

とっくに忘れた 昔の日のこと 時々浮かぶけど
ほほ笑みが少し 混じっているなら それでいいと言うわ
人生って 何て 愚かなものなの あとになってわかる
人生って 何て 愚かなものなの みんなあとで気づく


< クレジット >
「わが麗しき恋物語」
作詞 覚 和歌子 作曲 Barbara
2003年 エイベックスイオ IOCD-20045
< コメント >
シャンソンの名曲を覚さんが訳詞。
「覚和歌子の物語詩」の世界がそのまま歌詞になった。
クミコさんの歌声が多くの人を泣かせた傑作。

【作詞図書室より転載】


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by hirune-neko | 2017-11-19 23:48 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

Avec le temps〜Léo Ferré・・・


Léo Ferré - Avec le temps (enregistrement TRS)

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 最近、Apple Musicの「3ヶ月無料お試し」に登録した。長年、アルバムはiTunes storeでダウンロード購入していたが、Apple Musicのなんたるかも良く知らず、登録したまま時間が経過した。

 過日、ブログ読者のcausalさんから教えていただいた、Stacey KentのアルバムをApple Musicで探したら見つかったので、ダウンロードしてみた。さらに、以前Silvius Leopold Weissの" Fantasie”の演奏を聴いた、Asya Selyutinaという女流ギタリストをまた聴きたいと思い、探したらアルバムが見つかったので、ダウンロードした。

 デスクワークをしながらStacey Kentの曲を聴いていたら、耳馴れた曲が聞こえてきた。”Avec le temps”(アヴェク・ル・タン)という曲だった。激しく感情移入した女性ボーカルの歌声が記憶に残っていたので、YouTubeで探してみた。ダリダだったかもしれないが自信がなかった。閲覧しているうちに、”Avec le temps”を作詞・作曲をしたLéo Ferré(レオ・フェレ)が目に留まった。残念ながら、フランス語の歌は聴いてもまったく意味が理解できない。しかし、すっかり惹きつけられてしまい、聴きながら深い感動を覚えた。涙が流れるほどだった。

 Apple Musicで”Avec le temps”を収録しているLéo Ferréのアルバムを探してみた。何枚かあったが、3枚組で全50曲のアルバムをダウンロードした。しかし、一向に課金される様子がない。

 そこでアップルのサポートに電話して確認してみた。驚いたことに、Apple Musicは、月額980円でダウンロードし放題だというではないか。すっかり嬉しくなってしまった。聴きたい音楽を、豊富に保有できるようになるなんて、ここまで生きてきて良かったと、単純に喜んでしまった次第である。

 YouTubeは動画なので、Léo Ferréの表情がよく分かる。”Avec le temps”は、「時の流れに」と訳されている。歌詞の意味は理解できなかったものの、晩年になって人生を回顧し、忘れ去りたい悔悟の出来事、失ったものの大きさ、やり直せないことへの苦渋などに思いを馳せているのが感じられた。同時に、最後の最後まで自分らしく生きようとする神々しさを感じた。

 ふと、Shirley Hornが歌う”Here’s to life”と重なって見えた。

 ネット上では、何人ものシャンソン歌手の皆さんが、歌詞の和訳や作品が作られたときの時代背景まで説明してくれていた。なるほどだったが、私の場合は感覚的に理解しようと思う。

 以下に、この曲が和訳されている歌詞と掲載画像を紹介掲載させていただく。引用先は、「朝倉ノニーの<歌物語>」http://chantefable2.blog.fc2.com/blog-entry-727.html

 ん?フランス語を勉強されている方のようだが、もしかして朝倉季雄先生のご子孫の方なのではないだろうか。唐突にそんな気がした。余談だが、大学のフランス語は朝倉季雄先生に習った。教室内を移動しながら、生徒一人一人にフランス文を読ませる先生だった。私の前で立ち止まり、短い文章を読まされた。すると「キミはフランスに留学していましたか?」と質問された、勿論「そんなバナナ」の世界ではあるが、単純に嬉しかったのを憶えている。あれ以来、フランス語は半世紀近く停滞状態である。

Avec le temps  時の流れに(アヴェック・ル・タン)
Léo Ferré  レオ・フェレ
(文字数制限に引っかかったため、残念ながら訳詞t画像だけを転載させていただく)

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  面影を忘れ また声を忘れる
  心臓、それがもう打たなくなったとき、それ以上努力したってもう無駄、
  なるがままにしておくべし、それがたいへんいいことだ

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  大好きだった相手も
  雨のなかを捜し歩いた相手も
  言葉の間、行間、そして見せかけの誓いの裏側を
  ちらと覗いて本心の知れた相手も
  その誓いは自ら眠りへと向かい
  時とともにすべては消え去る


  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  とてもすてきな思い出にさえ 君はうんと浮かない顔をしている。
  陳列室で 私は喪失の陳列棚を探してまわる
  優しさがおのずと消えゆく土曜の夜に

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  風邪や、たいしたもんじゃないことのように思っていたあの人
  無価値なものやあるいは高価な宝石をあげた相手。
  その人のためならと わずかな金で魂を売ってしまった相手
  その金欲しさに ひとは犬を引きずるように、わが身を引きずったが
  時とともに、すべてはうまく行く


  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  熱い気持ちを忘れ、また声を忘れる
  哀れっぽい言葉をあなたたちに低くつぶやいていた声を
  あまり遅く帰らないで、とくに風邪をひかないでね という

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  そして 疲れ果てた馬のように自分が老いていると感じ
  そして 行きずりのベッドの中で凍えていると感じ
  そして、ひとりぼっちだろうが気楽なんだと感じる
  そして、失った年月に騙されたと感じ
  それで本当に… 時とともに…もう愛さなくなるのだ


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by hirune-neko | 2017-11-19 00:02 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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