昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:心の中のできごと( 525 )

人間の存在を根底から崩壊させる力の存在

Astor Piazzolla - Soledad

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 ほぼ一日中パソコン相手に作業をしていた。ときどき頭の中で断続的に考えていたのは、「人間の存在を根底から崩壊させる力の存在」についてだった。

 人間を成長させようと助ける力もあれば、逆に存在の根底から崩壊させようとする力も存在する。ピアソラの天使の組曲と悪魔の組曲から影響を受けたわけではないが、広い視野で見れば、どうもそのような神学的な意味での闘いが繰り広げられているのではないだろうかという気がする。

 人間が、その存在の根底から崩壊するというのは、不治の病に冒されるという意味ではない。事業に失敗し、莫大な負債を背負ってしまうということでもない。大切な家族を失ってしまうことは、大きな痛手ではあっても致命傷ではない。長年にわたって国会議員として名声を博していたのに、スキャンダルで落選してしまうことでもない。

 いずれの場合も、大きな苦痛を伴うものの、そこで踏み留まって再起への最初の一歩を踏み出すことができるからだ。存在の根底から崩壊するというのは、未来に対して完璧に希望を失い、絶望し、呼吸をする気力すら失せてしまうような状態だと思う。人の声も耳に届かず、真摯な励ましにも心を閉じてしまい、食べることも飲むことも忘れ去り、場合によっては睡魔も感じない。しかし、それでもなおきっかけがあれば、そして正しいと思う方向を促されれば、蘇生する可能性がある。

 つまり、人間という生き物は、どのようなどん底からも這い上がることのできる資質を、生まれながらに与えられていると思っている。それと自分の意思次第で、善なる勢力の目に見えない助けが得られるとも思っている。

 逆に、良心や責任感、正直さを失い、人を憎み妬むことを常とする人間も存在する、人を偽り、踏みつけ、場合によっては平然と人の命を奪う人もいる。そのような人の改心は容易ではないだろう。そのような生き方の延長線上にこそ、存在の根底からの崩壊が待ち受けている。決して後戻りできず、やり直しもできない最後の審判が待ち受けている。

 私には財力もなく、人脈もない。体力も気力も視力も弱まる一方である。しかし、一人の人間として、他者に対しては可能な限り寛容になる努力を継続しようと思っている。状況によっては容易ではないときもあるだろうが、他者の痛みや苦しみに寄り添えるような人間でありたいと思っている。


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by hirune-neko | 2017-11-20 23:37 | 心の中のできごと | Comments(0)

世界三巨頭との衛星中継糸電話雑談が注目されてしまった。要注意だ。


Please Belong To Me - Pascale Lavoie - Please Belong To Me

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 一昨日、11月14日の記事「じーじーが行っても、ばーばーとはこれいかに」の中で、「昨晩遅く、トランプ大統領、習近平首相、プーチン大統領と私の4人で、衛星中継の糸電話雑談を行った。」と書いた。そんなことは100%冗談と受け止められると確信していた。それでひと言だけ「金正恩労働党委員長を亡命させることに合意した」と書いてしまった。
 すると驚いたことに、翌日のZAKZAKで「トランプ氏、正恩氏に亡命促す?」と、トランプ大統領がツィートした内容を報じていた。いやあ、公開のタイミングが早すぎて参ってしまった。こんな調子だと、世界の巨頭との糸電話雑談などと冗談めかしても、うっかりしたことは書けなくなってしまいそうだ。

 その記事を目ざとく見つけられたブログ読者のcausalさんが、早速コメントを送ってくださった。

(以下、causalさんからのコメント一部転記開始・・・実際には「禁止用語発見」で投稿できず、メールで送信されてきた。

・最初に結論ありきで、まずは金正恩労働党委員長を亡命させる。

 私も霊能者ではないので、KIMさんの考えも米中ロ首脳のそれも解らないのですが、皮膚感覚で申せば、その通りだろうと思います。亡命先が中国かロシアかその他の国かは別として。■トランプ氏、正恩氏に亡命促す? 異例ツイートで“真意”注目識者「行き着く先はロシアのプーチン大統領」  2017.11.15https://www.zakzak.co.jp/soc/news/171115/soc1711150004-n2.html

(以上、causalさんからのコメント一部転記終了。

 このコメントには、私が知らなかったジャズシンガーのパスカル・ラヴォワ(Pascale Lavoie)のYouTube動画が添えられていた。少しハスキーな低音で、最初は一瞬男性シンガーかと思った。何曲も聴いたが、私の好みで選定させていただいた。

 一般論として、低い声の女性は知性を感じさせるという。しかし意外なことに、動画で見る彼女は、かなり「妖艶さ」を前面に出していたが、プロデューサーの方針なのかもしれない。
 
 とくに何か変化があったわけではないが、ようやく最難関の遅延案件に手をつけることができた。不思議なもので、いざ始めてみるとどこに何があるかが視野に入り、そんなに厄介なものではない。しかし、締め切りのある案件が湧き出るように重なるときは、整理も整頓もできずただひたすら間に合わせることしか視野に入らない。脳内の疲労も感じることなく、ひたすら突っ走るので、いざ立ち止まったときの反動は全身に及ぶ。

 今日はぼんやりと「産婦人科のマーケティング」について考えていた。医療機関にはマーケティングなどという言葉は似つかわしくないのは分かっている。しかし、最近ではインターネット上で患者さんからの口コミ情報を閲覧することができる。なかなか気を緩めることのできない「メディカル・サービス」である。ひと昔前と違い、上から目線で「診察してやるぞ」、という時代ではないことを実感している。

 私がそこまで心配する筋合いはないと思うのだが、せっかくご縁のあった産婦人科は、やはり安定的に患者さんが増えていってほしいと思う。独創的なサービスを提案し、とくに退院後の各家庭の皆さんと院長先生が、信頼関係を長く築いていただきたいと考えている。

 仕事以外の余計なことを考える必要はないのかもしれないが、どうも私はその余計な領域に立ち入りたくなってしまう。そんな性分なので、やりたいようにやらせていただきたいと思っている。


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by hirune-neko | 2017-11-16 22:47 | 心の中のできごと | Comments(0)

これでも、少しずつ朝型になりつつある


Eliane Elias - Time Alone - Dreamer (2004).wmv

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 劇的な変化は望めないものの、少しずつ朝型に移行しつつある。一定の歩数を歩き、週に2回か3回はジムに行って身体を動かし、セブンイレブンのスゥイーツの前は素通りする。これだけでも寿命がかなり延びそうな気がする。

 今日、五反田に本社のある企業に、2度目の訪問をする機会があった。駅からの道順は分かっているつもりだったのに、何か様子がおかしい。山手線沿いの通りを歩いた記憶があったのだが、どうやら間違って右側を歩いたようだ。少し歩けば、線路の下を横切る通路があるだろうと考えたが、なかなかない。とうとう中原街道の交差点まで行き、線路の左側の道を引き返した。しかし、どうも見覚えのある建物が見当たらず、とうとうまた駅の近くまで戻ってしまった。狐につままれたような感覚だったが、そこで斜めのY字路が目に入った。
 
 もうすでに待ち合わせ時間まで5分を切ってしまっていた。しかし、ようやく目指す建物が目に入り、3分ほど遅れて目指す相手に会うことができた。極度の方向音であることを理由にお詫びしたが、ときどき現実と記憶の間に亀裂が発生してしまうことがある。困ったものだ。

 お目にかかった方は、膨大な数の子会社を束ねる経営戦略室の室長だった。すごい名前の部署だと思う。私など、会社案内に目を通しただけで、あまりの守備範囲の広さにめまいがしたほどだ。この会社は、礼儀を非常に重んじているようで、エレベーターの前で見送ってくれる際に、ガラス越しのドアの向こうで、ずっと頭を下げっぱなし状態だ。欧米では絶対にあり得ない光景だと思う。

 わが社の商品である絵本の特性と、今後展開するバリエーションについて説明した。次いで、ファミリー・インテリジェンスサービスを提供する、無料の会員制の仕組みで持論を展開した。およそビジネスとはかけ離れた話題だったが、辛抱強く聴いてくださり、また鋭い質問を受けた。

 さて、検討結果はどのようになるだろうか。反応はとても良かったと思う。

 帰路、乗換駅の池上線・旗の台で、ワッフルを買った。シナモンとプレーンの2種類だが、なかなかおいしい。脳内疲労とストレスには、甘い物が欠かせない・・・と思い込んでいる。でも、ほどほどにしなくては。文字通りサイレントキラーであることは重々承知している。ずいぶん以前だが、合併症を経験しているのに、どうやら懲りない人間のようだ。

 今日訪問した企業は、まるで総合デパートのようだ。それに較べると、わが社は単品商売の豆腐屋みたいなものだ、といったら笑い声を聞くことができた。単品といえど、何年もかけて様々な工夫を凝らし、付加価値を高めている・・・と自分では思っている。つまり、競合されにくい商品になってきていると自負している。加えて無料のファミリー・インテリジェンスサービスの存在がある。半ば呆れ顔で、ビジネスというよりボランティアですね、といわれたが、それでいいと思っているので、嬉しく思った。

 まだまだ雑多な処理に追い回されているが、照準器にはちゃんとターゲットがロックオンされている・・・と自分では思っている。しかし、他人に何といわれようが、まずは自分で確信を持たなければ、風に揺れ動く葦のようになってしまう。右顧左眄(うこさべん)せず、私は自分自身の妄想・妄言に殉ずる覚悟ができているように思う。余命時間の延長という儚い努力を重ねながら、老いぼれネコは厚木街道を今日も行く・・・演歌調の人生である。


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by hirune-neko | 2017-11-16 00:14 | 心の中のできごと | Comments(0)

原因不明で作業が完了できない・・・苦闘の一日だった


Stacey Kent & Jim Tomlinson - The Gentle Rain

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 今年1月1日から今日までの受注データはExcelで保存してある。それをテキスト化してから、過去14年分のデータを保存している、4Dというデータベースプログラムに結合しようとした。1年に1度程度しか行わない作業なので、思い出しながら作業を進めたが、どうしても最後でエラーになってしまう。あれこれ考えつく限りの異なる保存方法を試したが、もうお手上げだ。サポートに電話しようとしたが、すでに午後6時を過ぎてしまっていた。これ以上粘ると心身に良くないと考え、明日になったらサポートに電話することにした。

 今日だけで、およそ10時間はかかりきったと思う。脇目も振らず、一心不乱に取り組んだため、想像や妄想とは無縁の一日だった。こんな日は脳内が無味乾燥になってしまい、何かを書こうという気力も低下してしまう。

 このけだるい曲を歌っているのは、ブログ読者のcausalさんが教えてくれた、Stacy Kentだ。歌声は不二家のミルキーみたいに甘ったるい。何を血迷ったか、今日コンビニでそのミルキーを買ってきた。口に入れたのは半世紀以上ぶりだと思う。

 世の中の事象がほぼ不変であると誤認させ、長期ローンを組ませて投資用のマンションの購入を勧める営業マンが存在する。今からほんの10年程度前だったら、そのような手法は通用しただろうと思う。しかし、多くの人たちは今、漠然とではあっても国内外の緊張度の高まりを肌で感じ、先が見通せない不安も感じている。

 私自身は、そろそろ余命が尽きてもおかしくない年代になりつつある。状況が許せば、自然に近い温暖な気候の地域に定住し、世俗とは距離を保って静かに暮らしたいと思うことしばしばである。iMac、iPad、iPhoneにインターネット環境が加われば、とりあえず情報の孤立は免れるし、音楽も映画も自在だ。ブログを続ける気力が残っていれば、読者の皆さんとも静かな対話ができる。徒歩圏にセブンイレブンさえあれば、日常生活も不自由には感じない。自家製の和菓子屋さんが近くにあれば、楽しみも増える。窓越しに水平線が見え、新鮮な空気を吸いながら散歩ができるとなお嬉しい。

 イメージは不思議と太平洋側だ。日本海はほとんど見たことがないせいだろう。能登半島にもいつか行ってみたいと思っている。北海道で生まれ育ったせいか、東北には違和感がない。とくに、東日本大震災後に、気仙周辺に何度もお邪魔したせいか、あのリアス式海岸の景観と、暗緑色の海水を湛えた湾内の不思議な雰囲気は今でも忘れられない。

 最も現実的なのは、湘南・逗子辺りだと思うが、そうなると娘から電話があり、「出かける用事ができたので、夕方まで預かってね」と、孫の世話を言いつけられそうな気がしている。それはそれで喜ぶべき晩年の姿だとも思う。

 ときどきふと、自分がいつまで生きて、どこまで仕事を進められるだろうかと、ぼんやり考えることがある。絶対的な目標値を掲げず、いつダウンしてもいいように、柔軟な危機管理対策を講じるようにしようと思う。

 改めて、絶対数は少ないもの、気を許し安心・信頼できる人間関係に恵まれていることを有難く思う。

 病は気からというが、やはり人生にも確固とした目的と目標を持ち、心身を鍛えるならば、かのアンドリュー・マーシャルのように、90歳を過ぎても思考力と判断力を維持できるようになるのだろうか。健康でいさえすれば、湘南といわず、東欧から北欧まで足を伸ばしてみたい。その頃に、年金はあまり当てにならないものの、毎月それなりの印税が銀行口座に振り込まれる環境になっていれば、地の果てまで行ったとしても、野垂れ死ぬことはないのではないだろうか。

 不思議なことだが、創作意欲は日本を超えて、なぜか北欧と東欧に向けられている。映画で垣間見ただけの自然の景観や人間の表情、陰影のある建物や歴史(歴史はほとんど勉強してはいないのだが・・・)。そこに興味を惹かれる登場人物が存在するという予感がある。雑踏を歩いているときにすれ違う人の群れの中に、唐突に出現するという予感がある。

 いつも冗談めかして、ノーベル即興文学賞だなんて言っているが、本当に冗談であって、脳内に登場した人物を丹念に描き、生命を吹き込むことができれば、それだけで大満足である。もちろん、少しでも多く買ってくれる読者が存在すれれば、餓死しなくて済むのでとても有難い。

 ・・・とまあ、このような荒唐無稽な妄想を公言できるうちはまだ、何かが激変して病院で緊急手術という事態にはならないのではないだろうか。

 ゆったりとした時間を確保し、作品を書ける環境に身を置ければ、それが最も自分らしい至福な生き方だと、改めて感じている。


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by hirune-neko | 2017-11-13 23:55 | 心の中のできごと | Comments(0)

最悪に近いコンディションだった


Kiri Te Kanawa - Pie Jesu from "Requiem" Op. 48 (G. Fauré)

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 この曲を聴いて、ようやく心が鎮まってきた。静と動の兼ね合いが、なかなか難しい長い一日だったが、なんとか今日の責務は果たした。最大の遅延案件には、そろそろ着手できるだろうと思っている。

 改めて人間の判断力について考えてみた。ある事象に接し、対応を考える必要があるとき、人によって判断基準が違うだろうと思う。

 ある人は、関係する他の人たちの意向を考えるだろう。目に見える事象だけを見て判断する人もいるだろう。あれこれ想像を巡らし、視野に入らない要素も勘案して判断する人もいるだろう。つまり、一口に考えると言っても、難しい問題になればなるほど理論的に考えるだけで、公式から答えを導き出すように結論を出すのが難しくなると思う。つまり、心に投影される閃きや洞察も必要になることはいうまでもない。

 しかし無知・無経験な人には、なかなか的確な閃きは訪れず、洞察力も育たないのも事実だろう。かくのごとく、より正しい判断を行うためには、無意識のうちに複雑なプロセスを辿っているのだと思わざるを得ない。

 夕方からずっと、クシャミと鼻水が止まらない酷いコンディションである。今日は短稿にて失礼させていただく。


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by hirune-neko | 2017-11-12 23:01 | 心の中のできごと | Comments(0)

私はくずかごではないのに、次々と用事を投げ込まれている


声楽レッスン Hi-Cを楽に出す方法

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 声楽の公開レッスンの動画を掲載してみた。最初の部分では高いポジションで声がひっくり返ってしまう。そこで先生が口の開け方や顔の筋肉の使い方などを指導する。そして、最終的にはテノールの高音部が、ちゃんときれいに歌われる。生徒さんとはいえ、とても歌唱力がある男性だと思う。
 音楽には、演奏家の「血」が影響を及ぼす、という言葉を聞いたことがある。とくに声楽家の場合は、身体全体が楽器だと言われる。首から上だけで歌ったのでは、大きなホールではとても届かないだろう。

 今日は集中力が持続し、いくつかの遅延案件を順調に処理することができた。なかなかいい調子だぞ、と思っていたが、そこに一本の電話が入った。具体的な場所は特定できないが、ある寂れた商店街の復興の手伝いを要請する電話だった。一体全体私ごときに何ができるというのだろうか。
 商店街と行政機関、そして金融機関が協力し合い、後継者が育たず衰退している商店街を活性化したいそうだ。私に何を期待しているのかと思ったら、コンサート活動や高校生のための英語スピーチコンテストなど、一連のボランティア活動の経験に着目し、何やら文化的な企画を期待しているようだ。

 確かに最近ではインターネットショッピングで購入する人が増えてきていると思う。私自身、最後に本屋さんに入ったのはいつのことだったか思い出せない位だ。ビデオレンタルショップだって、インターネットで観ることができない映画が、レンタルショップにあるのを確認して借りに行った程度だ。ほとんどの人は車で大きなスーパーかショッピングモールに行って買い物することが多いのではないだろうか。よほどのマニアックな商品か、量販店では売られていない商品を求めて、個人商店や専門店に行く位ではないだろうか。

 全国にほぼ無数にあると思われるコンビニには、日常生活で必要とされるものがほとんどが売られているといってもいいのではないだろうか。商品に対し特にこだわりを持たず、何でもいいのであればコンビニで十分なのではないだろうか。

 さて、相手の期待を裏切らないために私は何ができるだろうか。ふと自問してみた。もともと営業が不得意で人付き合いも悪く、人脈も持っていない。すぐに親しくなれるのは2・3歳の小さな子かネコぐらいのものだ。
 しかしさらによく考えてみると、人数は多くはないものの多少の無理をお願いできる音楽関係の人たち、将棋関係の人たち、英語が堪能な外国人たち(それは当たり前か?)、その他人間として信頼のおける人物なら多少の交流がある。

 その辺を起点にして何か提案できるといいなと思っている。いや、よくよく考えてみると私の最大の特性は、ある種異常な妄想力ではないだろうか。つまり、一般的には視野に入らない奇想天外なストーリーを組み立て、そこに現実を落とし込んでいく・・・。まだまだ漠然としているが、何か閃くのではないだろうかと思っている。

 書こうか書くまいか迷ったが、結局は書くことにした。掲示した動画についてだが、公開レッスンの女性の先生の指導法ではなく、着ている洋服のことだ。私は視力が落ちているせいもあり、最初は気にならなかったのだが、何回か見るうちに胸元が大きく開いていることに気づいた。視力のせいかと思って何度も確認したが、やはり開いていると思う。
 何を着ようが人の勝手ではあるだろう。しかし個人的には、公開レッスンの場であのような洋服をまとう感覚が理解できない。私が保守的すぎるのかもしれない。しかし年齢の割に感受性の強い(?)私なので、今晩私自身が公開レッスンを受け、先生の胸元が気になって集中できなくなり、何度も声がひっくり返る・・・そんな夢を見るのではないかと思うと、布団に入るのが恐ろしくなっている。まるで小さな子どもみたいだが、文字通り悪夢である。


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by hirune-neko | 2017-11-10 22:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

深夜のブログから早朝のブログへの転身なるか


Bill Evans - Remembering the Rain

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 三男からずっと注意されていることがある。「午後10時から午前2時の間の睡眠は免疫力を高めるので、絶対にその時間帯に寝た方がいいよ」と言われている。そうなのだろうと頭では分かっている。最近は身体でも実感するようになってきている。

 なかなか終わらない仕事を抱えているが、午後10時前には切り上げて、翌日の早朝から始めればいいではないか、と言われている。

 さてでは、深夜のブログを早朝のブログに転身させるのは、果たして容易なのかどうか考えてみた。いや、考えるまでもなく決して容易ではない。やりかけの仕事を途中で切り上げるのはまさに断腸の思いだし、疲れ切った頭のクールダウンにもなっている。しかし、決意してiMacの電源を落とすしか解決方法はないだろう。いっそのこと、タイマーを午後9時30分にセットし、強制的に電源を遮断するしかないだろうと思う。

 時間の流れを感じずに、邪魔をされない静かな空間で集中したいのだが、それはどうやら健康の法則に反するようだ。早朝だって邪魔をされない静かな空間だよと突っ込みを入れられそうだ。私の感性はあまり健康的で健全なものではないのかもしれない

 老いては子に従えと言われるが、・・・こうしている間にも、絵本の申し込みフォームやアルバムページ用の画像の着信、さらには今月予定しているピアソラ作品のコンサートの予約が入ってくる・・・確かに、朝になってから処理すればいいようなものだが、どうもそれができない。

 それでも今日は、いつもより数時間早くブログを書き始めている。このようなことを「葛藤」というと笑われると思うのだが、長年続いている生活習慣を変えるというのは、なかなか容易ではない。

 しかし、少しでも余命期間を延ばし、少しでも多くの皆さんのお役に立ちたいと思うので、一気に生活リズムを変えることは難しいが、徐々に就寝時間を早めるように努力したいと思う。

 ブログの冒頭に音楽のYouTube動画を掲示する習慣は維持したいと思う。しかしおそらく、選曲傾向も徐々に変わっていくような予感がしている。けだるいジャズバラードを選ばずに・・・かといって、清々しい早朝にふさわしい健康的な曲なんてまったっく思い浮かばない。そのときのために探してみよう。

 「morning」で検索したら、モーニング娘が出てきた。別の検索結果を以下に掲示したいと思う。う〜ん、なんか眠くなってしまいそうだ。
E Ku,u MORNING DEW BRUDDAH IZ


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by hirune-neko | 2017-11-09 23:33 | 心の中のできごと | Comments(0)

退院おめでとう、まあやちゃん。よかったね。


La Bohème

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 日曜日に、まだゼロ歳児のまあやちゃんがけいれんを起こして、意識不明になった。今日、無事に退院したと連絡があった。私の一番小さい孫よりもまだ小さい女の子なので、ずっと心配していた。両親はさぞかし不安で心配な時間を過ごしただろうと思う。お見舞いメッセージには、会うといつも私がまあやちゃんのほっぺをいじるので、それが原因ではないかと反省している、と書いて送った。無事に退院してきたら、顔中を舐め回したいとも書いた。今日は退院したと聞いたので、退院祝いに私の代わりにまあやちゃんの顔を、ペロペロ舐め回してほしいと書いた。想像しただけで、口からヨダレが溢れてきたとも書いた。その都度、お母さんからはスヌーピーや犬が笑っているイラストが送られてきた。親として、最も辛い時期に笑うことができて、元気をもらったとも書かれていた。やれやれである。

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 今日ばかりは各駅停車のスローペースで過ごそうと思った。しかし、昨日依頼を受けた案件をなんとか仕上げようと思い、作業を進めた。
 しばらくして、ブログ読者の方からメールが入った。さる全国新聞社の、新規事業室長の方に資料を渡してくださったが、提携の検討をしてくださるとのことだった。
 またしばらくして、同じブログ読者の方が同行してくださり面談した、ある大手企業の方から連絡があった。経営戦略室の室長から連絡が行くから、という内容だった。5分も経たないうちに、その室長さんから電話があり、来週お会いいただくことになった。

 人生を各駅停車のペースで進もうかと考えていたのだが、どうやら準急でも間に合わず快速でもだめで、特急電車程度にスピードアップしなければいけない情勢になってきたようだ。
 紹介者の方は、一連の絵本事業とファミリー・インテリジェンスサービス構想が、社会的にとても有益だと評価してくださっており、私の余命が尽きて事業が存続しなくなると、勿体ないと考えて応援してくださっている。有難いことではないか。

 まだ私の心肺機能はかろうじてなんとかなっている。ちゃんと生きている。しかし不思議なことなのだが、魂は地上と霊界を往来しているような、妙な非現実感に包まれることがある。ある意味では、俗世間のことに対する執着が徐々に希薄になり、霊界銀行の貸金庫に少しずつ大切なものを保管しているような、そんなイメージがある。
 
 40年来の旧知の男性が、何も不具合がなく健康診断に行ったら、即入院で10時間におよぶ心臓の手術を受けたそうだ。私は健康診断なんて、過去10数年以上受けていない。行くべきだとは思うのだが、とんでもない病気が見つかるのが怖い。酷い臆病者だ。それと、三男には悪いが正直に言うと、西洋医学に対する不信感がある。本当に困ったものだ。自分で自分をもてあましている。かと思うと、あるサプリメントが肺がんを誘発することが分かったとか。何に信頼を置けばいいか、確信の持てない不安な時代である。
 そんなことを言っているが、身体に不調と不安を感じたら、おそらくはすぐに病院に行くだろうと思っている。

 そういえば、トランプ大統領は韓国で無事に過ごしていらっしゃるのだろうか。晩餐会には「従軍慰安婦」が招待され、トランプ大統領とのハグを強いたようだ。メニューには独島エビが出されたとか。素人考えではあるが、最近、親北、従中色を鮮明にしている文在寅大統領に対する、トランプ大統領の不信感は最高潮に達しているのではないだろうか。とにかく、アジア歴訪を無事に終えて帰国していただきたい。日本滞在中に、トランプ大統領から将棋対局の申し込みがあるかと思い待機していたが、お誘いはなかった。・・・あるわけがない。


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by hirune-neko | 2017-11-09 00:35 | 心の中のできごと | Comments(0)

愚考〜人間にも具わっている帰巣本能


Bill Evans Trio With Symphony Orchestra - Valse

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 渡り鳥は毎年、何千キロも離れた同じ場所に飛来するそうだ。家から何百キロも離れた場所に車で家族旅行し、一緒に連れて行った犬が迷子になってしまった。いくら探しても見つからず、後ろ髪を引かれる思いで家に帰った。そしてその数ヶ月後、見るも無惨にみすぼらしく痩せこけた愛犬が、玄関に辿り着いているのを目にした、という話を聞いた。

 自慢にならないが、私は極端な方向音痴である。普段あまり訪れない場所で運転していると、完全に方向感覚を失ってしまう。周囲がまるで映画の一シーンであるかのように、現実感を喪失した景観になってしまい、軽いめまいを覚える。

 人間にとっての帰巣本能には、単に目指す場所に正しく到達できる能力以上の意味があるのではないだろうか。単に地理上の目的地なのではなく、人生で生きる方向に迷ったとき、生きる気力や目的が希薄になったとき、人はそこからどのようにして次の一歩の方向を見出すだろうか。あるいはしばし停滞し、場合によっては後退するのだろうか。

 生き方や生きる動機というのは、ある意味では複雑であり、同時に単純でもあると思う。

 ある人にとっては、損得や利害という数字が基準であり、別の人にとっては、たとえ金銭的な損失を伴っても、自分の理念や哲学を優先し貫くかもしれない。自分の理念や哲学を大切にする人にはきっと、目に見えない領域が見え、心の中に生じる達成感、使命感、充足感を優先する感性が備わっているのではないかと想像している。

 他人の犠牲を踏み越えて自分の欲望を満たすか、逆に他人の痛みを無視せず、自分の時間や労力あるいは金銭を差し出して、相手の苦痛を和らげることに達成感や歓びを持てるか・・・生き方の違いである。

 昨晩から早朝にかけて、かなり長時間のリアルな夢を見た。夢の中には現実に知っている人が登場したし、使い慣れたパソコンがいつの間にか他社製のものに変わってしまい、操作方法が分からなくなったり・・・もうすでに記憶は曖昧になってしまったが、思うようにいかず必死に解決策を考え続けていたことは憶えている。

 そのせいか、朝、目覚めたときに脳が膨張しているかのような違和感があり、脳内が飽和状態になって思考力が半減以下になった感じがした。気のせいか、意識が少し希薄になっているようにも感じた。
 昨晩眠りに落ちるまで、次男から読むようにいわれ、贈ってもらった「腹筋を割る」というタイトルの本を読んだ。腹筋を鍛えることと、脳の活性化・判断力の強化には密接な関係がある、という著者の考えに引き込まれて読んだ。
 仕事上の必要に迫られ、脳内に雑多な知識を詰め込もうとして飽和状態になっていることは自覚している。自由時間が乏しいため、どうしてもパソコンの前に座りっぱなしで、身体を動かす時間は絶対的に短い。遅延案件にまだ手が届かないため、自信喪失、自己嫌悪の気分に包まれてもいる。

 92歳まで、現役でアメリカ政府の軍事顧問を務めたアンドリュー・マーシャルは、つくづく化け物だと思う。しかし、そのような目標とすべき人物が実在することは大きな励みになる。

 私の帰巣本能を吟味すると、方向性に迷いはない。最終到達目標を直視しているのも間違いない。しかし、ときどき森永のチョコウェハースや亀屋万年堂のこしあん大福、紀の国屋の黒糖饅頭、などの誘惑に幻惑されてしまうことがあるのは、恥ずかしながら事実である。その度に反省はするものの、また繰り返してしまうのも事実である。

 アンドリュー・マーシャルは、一体どんな嗜好だったのだろうか。あらゆる誘惑を退けるだけの強靱な意志を持つ人物なのだろうと思う。
 そういえば、昨晩読んだ「腹筋を割る」の目次には、「甘い物は厳禁だ」という記述があった。いよいよ私も「暖冬宣言」・・・ではなかった、「断糖宣言」をすることになるのかもしれない。想像しただけで、口の中と脳内が寂しくなってしまう。


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by hirune-neko | 2017-11-06 00:11 | 心の中のできごと | Comments(0)

愚考〜神学的発生から神学的終焉への変遷

Carol Sloane - My Foolish Heart

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 今日は少し、旧約聖書の世界に浸ってみた。感じたままを書かせていただくものの、シッチャカメッチャカな内容になってしまうことを、最初にお断りさせていただく。

 学生の頃、パスカルのパンセ(仏語で考えるの意味)を読んだが・・・最後まで読了できなかった。しかし、とても印象深かった表現がある。「神学的発生」という言葉だ。時間をずっと遡ったとき、仮にそこで人類の最初の人間に辿り着いたとして、ではその親は誰なんだ?と堂々巡りになってしまい、そこで神学的発生という考えを認めざるを得ない、というのがパスカルの結論だったと思う。

 今日、改めてキリスト教関連の書籍を読んでみた。イザヤ書から多くが引用されていたのでとても分かりにくかったが、ヤコブ、イスラエルの民、ユダヤ人、失われたイスラエルの10支族、イスラエルの集合などの言葉を、私自身は集合的に捉えてしまっており、正確な理解をしていていないと自覚した。

 21世紀の現代に、今さら旧約聖書がどのような関わりがあるのか、と思われるかもしれない。私は個人的に、既述のように「神学的発生」があるならば、「神学的終焉」もあるのではないかと感じている。
 すなわち戦争の噂や戦争、飢饉、暴虐、圧政、疫病、大地震が、この世の終わりに地を覆うという、旧約の預言者たちが述べている状況が、現在の世界状況と重なって見えるからだ。

 乏しい知識ながら自分なりに整理してみた。

 ヤコブは主から、名前をイスラエルとするようにいわれた。イスラエルの別名はエシュルン(主に忠実なる者の意)であり、アメリカの大規模通信傍受システムの名はエシュロンだ。ちなみに、エシュロンはフランス語であり「ハシゴ」を意味するという。ヤコブは夢の中で、天に届くハシゴを天使が上り下りする情景を見ている。エシュルンとエシュロン・・・面白い偶然だと思っている。あるいは偶然ではないのかもしれないが。

 ヤコブは親戚筋の娘であるラケルと結婚しようと思ったが・・・詳細を述べると長くなるので・・・ラケルの姉のレア、そして仕え女のビルハとジルパ、そしてラケルとの間に、12人の息子が産まれた。ラケルとの間に生まれたのが、ヨセフとベニヤミンであり、最終的にはヨセフが長子の特権を受けた。12人の息子の一人がユダである。(12支族=ルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン、ダン、ナフタリ、ガド、アセル、ヨセフ、ベニヤミン)

 イスラエルはやがて、10支族のイスラエル王国とユダ王国に分裂する。今日ユダヤ人と呼ばれるのは、1)イスラエルの12支族のひとつであるユダの子孫、2)古代ユダ王国の民、3)血統によらずユダヤ教の教えや生活様式、伝統に従う人々、という説がある。その説によれば、イスラエルも含めてユダヤ人と総称するのは誤りということになる。

 失われたイスラエルの10支族とは、イスラエル王国の10支族が主の怒りに触れて世界中に散らされたためだ、とされている。そして、この世の終わりの前に、その失われた10支族が北から現れ、イスラエルの支族の集合が行われる・・・ざっと簡単に説明するとこのような流れになるのだろう。

 以前、「神学的インテリジェンス・Theological Intelligence」という言葉を使ったことがある。念のため、Googleで日本語と英語の両方を検索してみたが、1件もヒットしなかった。ということはやはり、私の妄想的造語にしか過ぎないということだ。神学者も哲学者も、誰からも見向きもされていない領域だということなのだ。まあそうだろうと思う。

 またまた悪い癖で、前書きがすっかり長くなってしまった。世界情勢を考える際に大切な背景情報だと思うので。しかし本論はわずか数行である。・・・本当だろうか?自分でも疑わしく思っている。

 顕著な事例のひとつは北朝鮮を中心とする東アジア情勢ではないだろうか。非民主的な独裁国家であり、長距離弾道ミサイルに核を搭載すれば、EMP(電磁パルス)攻撃によって、アメリカからアジア、ロシア、ヨーロッパまでを射程に入れて、深刻な破壊・被害をもたらす可能性が指摘されている。国軍のかなりが栄養失調だといわれるほどで、国際社会からの経済制裁が長期化すれば、かつて発生した数百万人といわれる餓死者をさらに上回る餓死者が出ると予測する人もいる。国中が覚醒剤に蝕まれているとの報告もある。

 神学的に地球を創造・発生させ、人間も同様に創造したのであれば、そこには何かの目的があったはずだ。人智を超える計画なのだとは思うが、一人の独裁者のために、膨大な無実・無垢の人たちが生存を脅かされているのは事実だ。

 目的の伴う神学的発生があったのなら、是非とも、この地球上の多くの人たちが直面している深刻かつ重大な危機を、「神学的終焉」に至らしめてほしいと願っている。手段や方法は思い浮かばないが、人智を超える神学的インテリジェンス手法で、救ってほしい。飢えに苦しみ、理不尽な虐待を受け、耐えがたい恐怖と不安に苛まれている、北朝鮮の国民や兵士の皆さんに、一日も早く平和と平安が訪れるよう心から願っている。勿論、近隣国や他国の皆さんのためにも。それと我が同胞のネコたちも含めてほしいものだ。


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by hirune-neko | 2017-11-03 00:45 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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