昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:心の中のできごと( 459 )

ようやく最難関の遅延案件に本格的に手がついた


k 1 BWV 853 8. Prelude & Fugue 8 in E flat minor

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 この案件を終えて納品したら、晴れて放免され自分自身の案件に集中できるようになる。今日は夕方前から取りかかり、夢中で作業をしていたが気がついたらいつの間にか深夜1時を回っていた。徹夜をしても終わる分量ではないので、今日はここまでにしようと思う。

 作業はクォークエクスプレスという編集ソフトを使っている。最新バージョンなので使い慣れた機能とはまったく別物だ。昨年の9月に更新したが、どこに何が配置されているか、あまりにも複雑になってしまったので、まったくの初心者同様右往左往する期間が約半年も続いた。

 このボランティアの製作物は、かなりの種類の機能を使いこなさなければ、到底仕上げることは出来ない。ページの途中に画像ページを挿入したりなど、かなり大変な作業になっている。作業をしながら思った。もし半年間の壮絶な苦労体験がなければ、とてもスムーズに作業ができなかった。自分で企画段階から作り上げる文書だと、どこに何があるかがすぐ分かる。しかし、他人の手がけたもので、しかも数回の修正が入り、画像も50点以上あり、挿入ページもあるとなると、頭が飽和状態になってしまい、思考停止状態になってしまう。そんなことを繰り返していると、作業効率も悪くなるし気力もどんどん減退してしまう。でもなんとか出口が見えてきた実感があり、少し安堵している。

 いよいよ全国の産婦人科病院・クリニックに対して営業を本格化する準備をしている。営業といっても、まずはメールによるマーケティングである。産婦人科と名のつく医療機関は、何年も前の調査によると約5千カ所あった。しかし、分娩をしていない「産婦人科クリニック」もかなりあるので、正確な実態はまだ把握できていない。

 医療機関名、院長名、都道府県名・市区町村・住所、電話番号、メールアドレス、サイトのURL、さらには開院年などを、とりあえずはエクセルブック形式で作成し、それをテキスト形式にしてデータベースプログラムに読み込ませる。最終的にはサイトにの会員管理ソフトに登録すれば、産婦人科名や院長名は自動変換して、一斉にメールを送信してくれる。したがって当面の課題は、インターネットで名簿などを探し効率よくデータ化することだ。自分ではとてもできないので、知人の息子さんにアルバイトでお願いしようと思っている。

 本文の一部に赤ちゃんの名前を入れる絵本は、何種類も販売されている。わが社の絵本の特長は、やはり文章だろうか。私が文章を担当しているが、両親版、シングルマザー版、天使版、先天性障がい児版を準備している。地上に生を受けた赤ちゃんへの、親からの愛情のメッセージになっている。イラストデザインは現在は2種類用意している。

 ひと月ほど前、離婚調停中だというお母さんから電話があった。絵本の著者は両親の名前を印刷する。父親の名前は記載しないでほしいという。それと、見本には父親の画もあるが、母親だけのはないのかと質問された。シングルマザーといっても、いろいろなケースがあるが、名前も姿もすべて断ち切りたいというケースもあるのだろう。年間で発生する天使版もシングルマザー版も、決して多くはない。画家の方には、買い取り条件でそれなりの予算を確保しないと、引き受けにくいだろうと思う。しかし、個別の状況に寄り添って心に想い出を残していただく、というのがこの絵本の基本コンセプトなので、いずれはお母さんと赤ちゃんのバージョンの絵本もデビューさせようと思う。いつかできあがったら、そのお母さんには、改めてプレゼントしようと思う。

 産婦人科から出産祝いで絵本を渡すとき、一緒に「みるとす」の入会案内チラシを同封する。登録したご家庭には、院長先生や助産師さん達から、ときどきメッセージが届くお手伝いをする予定だ。それも会員管理ソフトの一斉メール送信機能を利用して行う。そんなところまで無料サービスにしてしまおうという、まったく商売っ気のない話だ。

 全国の産婦人科へ本格営業する前に、みるとすのサイトを復元し、ウィークリー・みるとすも復刊しなければいけない。でも、どんなに忙しくても、それが自分のライフワークだと思っているので、全然苦にはならない。

 できるだけたくさんのご家庭を、会員としてお迎えしたいと思っている。

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by hirune-neko | 2017-07-25 02:25 | 心の中のできごと | Comments(0)

ヘレン・オーギー共謀の反逆か?


MILONGA - Astor Piazzolla


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 明日のミーティングのために、資料を作成した。合計で、約180枚を印刷しようとしたのだが、iMacのヘレンもしくはインクジェットプリンターのオーギー、そのいずれか、あるいは両方とも機嫌が悪いらしく、あれこれ手を尽くしたものの、最終的には諦めた。しかし、新しいiMacのアリスと新しいインクジェットプリンターのオーギー・ジュニアが、その仕事をちゃんとカバーしてくれた。やれやれだ。

 おかげで数時間のロスタイムが発生してしまい、この時間からもう少し参考資料を閲覧して、準備をしなくてはいけない。そのようなアクシデントがあったので、勝手ながら今日は短稿で失礼させていただく。

 そういえば今日は嬉しい発見が1つあった。MacOSに付属してるiCloudは、無料の5ギガバイトである。かなり以前に調べたら50ギガバイトは、月額で140円であることが分かった。iCloudはiMac、iPhone、iPadで共通して使える領域なので、私のようにやたらと資料を溜め込んでしまう人間にとっては、とても便利だと思った。現在はその50ギガバイトの有料プランで契約している。

 YouTubeでは音楽だけでなく様々なセミナーも閲覧できる。したがって、音声だけのMP3ファイルに加え、動画のMP4ファイルも蓄積するようになっている。Airyというソフトを見つけ、YouTubeの動画を簡単にデスクトップにダウンロード出来るようになったので、かなり容量が必要になってきた。それで、今日はアップルに問い合わせてみたら、50ギガバイトの上は200ギガバイトで、月額400円だそうだ。さらに容量の大きいプログラムがあるかと訊いたら、200ギガバイトの上は2テラバイトだという。そうなると、ほとんど外付けハードディスクの容量だ。

 もう少し様子を見るが、200ギガバイトのクラウドサービスが、月額400円ならば、私にとっては非常に利用価値が高いと思う。

 これだけ社会が流動的になり、かつ多面的な構造になっているので、必要なときにすぐにアクセスできる情報量は、多ければ多いほど助かる。時々ふと思うのだが、もう少し自分の実年齢を自覚し体力・記憶力・気力などが徐々に衰えている現実も、視野に入れるべきなのだろう。でも、トランプ大統領や小池都知事を見ていると、やはりやる気のある人間には体力も記憶力も気力も自然と備わるのではないだろうか。そんな風に感じている。

 この年齢になっても、まだまだ課題を抱えているしボランティア活動も、それなりの量をこなしている。余命があと何年残されているのか、皆目想像もつかない。最後の最後まで運命や寿命などを気にきにせず、前傾姿勢を保っていきたいと思っている。


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by hirune-neko | 2017-07-23 00:34 | 心の中のできごと | Comments(0)

なかなか充電する機会を確保できない


Alfonsina y el Mar


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 もうかれこれ1年半ぐらい放電状態が続いている、という実感がある。 音楽を聴くのは運転しながらでもできるし、眠りに落ちるまでの時間に音楽を流すこともできる。しかし、本を読むには何かをしながらというわけにはいかない。ある程度のまとまった時間が必要になる。

 ひと口に本といっても、色々なカテゴリーがあるが、少なくとも著者の方がそれなりの時間をかけて研究し、あるいは考え調査して書き上げたものなので、読者にとっての資料性は高いと思う。すなわち、1冊の本を読むことにより脳内に新しい小さな世界が構築される。もちろん読解力や理解力にもよるが、読書は決して無駄にならないと思う。

 私の場合は、どうやら「積ん読」ならぬ「ダウンロー読」が趣味のようで、読みたいと思う本があればAmazonでKindle版を探し、iPadにダウンロードしている。書籍は基本的には活字文化だ。それに比べると映画は総合芸術といえるのではないだろうか。俳優さんのセリフをを耳で聞き、表情は目で見ることができる。おまけに、そのシーンにあった音楽も流れる。注目したいときはカメラがズームアップしてくれるので、至れり尽くせりである。

 その点、活字が羅列されている本の場合は、読者の想像力や理解力、基本的な知識、感性に大きく依存すると思う。しかし、特に歴史の流れを把握したいときは、根気が必要かもしれないが、本は役に立つと思う。「役に立つ」、と断言できないのは、私自身にそこまでの読書量がないからだ。

 母の話によると、私は小学校に入る前から横に本を積み上げて、長時間にわたり黙々と読書をしていたそうだ。既に亡くなっている母方の祖母がある日、そんな私の姿を見て、「このままだと、この子は頭がおかしくなるから本を取り上げた方がいい」と母に言ったそうだ。幸いにして、小学校の高学年あたりから中学校、そしてさらには高校時代には、ぷっつりと本を読まなくなってしまった。そのおかげで、あまり頭がおかしくならなかったのだろうか。いやいや今でも多少は、ずれているような気がする。

 大学に入学した翌年が、70年安保闘争の年だった。私にとっては非常に大きなカルチャーショックだった。感覚的に現実社会を否定することになり、とうとう就職試験を受けないままで終わってしまった。父が早く他界したため、学生時代から進学塾の講師をしていたが、大学卒業と同時に、そのまま講師としての生活を送るようになった。

 ・・・そのつもりはなかったが、まるで身の上話のような展開になってしまった。言いたかったことは、読書が貴重で大切な習慣だということだ。しかし、読書は単に知識を得るための行動ではなく、自分自身の考える力を育成し判断力を養うための機会だと考えている。

 人生に対し意欲的な目的があれば、それに必要な知識を読書から得ることができる。しかし、人生の目的というのはしばしば実用的なものであることが多い。ある資格を得る、ある企業に就職する、ある職業に就きたい、などだろう。そのためには、ともすれば人間にとって宿命的に背負わされている、形而上学的な葛藤との対話をする時間が、希薄になってしまいかねない。

 人間の一生は、考えようによっては単純だが、実際にはかなり複雑なものだと思う。人生のどの時期にどの本と出会い、どのような影響を受けるかによって、その人の形而上学的な思考領域の空間的広がりや方向性が異なるはずだ。

 私は個人的に、最期のときを迎えるまで知識欲と向学心を持ち続けたいと願っている。もちろん自分自身の知識を深め知恵を増し加えたいと思っているが、その結果もたらされる果実は自分の腹を満たすためではなく、飢え渇き弱り果てている人の前に差し出したい。もちろんそれは、年齢・性別・国籍・人種には関係ない。すべてが同一である。

 今日は、このような内容の文章を書くつもりはまったくなかった。不思議な流れだと自分でも驚いている。人種や国籍問題、思想信条のぶつかり合い、軍事的な対立・緊張など、私たちに不安を与え視野を狭める要素はそこら中にたくさんある。

 目の前に飢え渇き弱り果てた人がいて、それを無視することはしない。それは人間として当然の行為だと思う。一方で、人の親切や寛容さにつけ込み、さらには無知や不理解の間隙にくさびを打ち込むような、謀略・奸智奸計が横行しているのも、現実社会の特長である。

 したがって、現代に生きる私たちは、人間らしい慈愛と寛容さを持ちつつ、同時に冷徹で現実的な洞察力をも持つ必要がある。それが、現実社会で人間として生き延びるためのサバイバル技術であり、同時に個人的なインテリジェンス手法でもあると思う。

 ・・・なんだか今日は改めて、いつもと違う論調になってしまったと思う。今ここで全容はご紹介できないが、匿名希望1さんから4本の連続投稿を送っていただいた。内容は国内政治から、宇宙事象、人間の内面に至るまでの広範囲なカテゴリーだった。それが大きな刺激になったのかもしれない。

 ブログ読者の皆さんからは、幅広いカテゴリーの情報だけでなく、良質な音楽や映画の話題、そして何よりも励ましと関心をお寄せいただき、目に見えないエネルギーを与えられている。いつも感謝の気持ちに満たされている。ともすれば、孤軍奮闘の思いを持つことが多いが、挫折せず放棄せずになんとかやって来られたのも、読者のみなさんのおかげである。


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by hirune-neko | 2017-07-21 00:39 | 心の中のできごと | Comments(6)

疲れ切った頭で綴る雑感


Astor Piazzolla - Woe pass away (11 - CD3)


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【読者の皆さまへのお詫び】

 7月14日に投稿した記事注意喚起のための緊急速報・韓国がなくなる?」に関し、お詫びを申し上げます。

 投稿者も私自身も、twitterの構造に対する理解が不足していたため、渡邉哲也氏ご自身が独自の情報に基づいて「韓国がなくなる」という見解を述べたものと解釈し、ご紹介しました。
 直後に読者の方からご指摘をいただきましたが、それでも「浮浪者」さんのコメントとの位置関係を明確に把握できずにいました。さらに、何人かの読者の方からご指摘をいただき、このコメントは渡邉哲也氏が「浮浪者」さんのコメントに対して述べられたものだと、ようやく理解したした次第です。
 普段はtwitterを独自に使っていないとはいえ、基本的な判断ミスで大変お騒がせしました。改めてお詫び申し上げます。当該記事そのものは削除せず、今後の反省のための記録として、このまま保存させていただきます。 (2017.07.19)


 夕方から夜まで外出したが、普段は外出が極端に少ないため、さすがに消耗してしまった。消耗して疲労が蓄積してくると、思考パターンが徐々に否定的、悲観的、厭世的になってしまう。濃い無常観に囚われてしまう。

 自分が何かに取り憑かれているのではないかと思えるほど、前傾姿勢を維持しようと苦闘している。全てから距離を置いて、海辺の街で静かに暮らしたいという感覚はまだどこかに残っている。しかしどうやら、自己欲求を満たしたい、自己顕示欲が強い、注目されたい・・・そのような資質は何もないのは確かだ。あるのはおそらく、ある種の使命感なのだと思う。

 人間には、誰にでもなんらかの使命感があるだろうと思う。私の場合は、自分の子どもや孫たちと同じように、平和が永続することを信じて疑わず、無邪気に日々を送る人たちが、ある日突如として自然災害以外の非常事態に直面したときのことが思い浮かんでしまう。自分には関係ないと視野の外に追いやった後に、いつか悲惨な光景を目にしたときは、壮絶な自己嫌悪と自己責任を感じるに違いない。そのように思う。

 自分を振り返って、なぜ、あのときに思い浮かんだことを実行に移さなかったのだと、厳しく責められるだろうと思う。自分の良心からも厳しく咎められ、自責と後悔の念に苛まれる心境が見える。

 もし近い将来、5万世帯を超え、さらに10万世帯を超える人たちに的確な情報を発信できるようになり、やがて何十万世帯もの皆さんが社会の動向を洞察できるようになったら、私は自分の責任を果たせたと思えるだろう。私たちの使命は、最終的には個々の皆さんの自己判断に委ねるものの、できるだけ正確な情報をお伝えすることだと思っている。

 そんな動きが拡大するなら、私たちの行動を疎ましく思う人たちが現れることは十分に想定できる。情報戦争は相当以前から、既にかなり深刻に始まっている。情報戦争を制するために、様々な陰謀・謀略が図られるだろうし、心理的・物理的な妨害も起こる可能性は否定できない。すでにその兆候を感じている。

 私は信念をお金で売り渡すことはしない。恫喝を怖れず立ち向かうだけの勇気と気力を持ち続けたいとも思っている。徹底的に悲観視しているが、同時に楽観視もしている。

 何度か引用したことがあるが、ハワード・J・ラフがその著「破局に備える」で述べているように、既存の価値体系が崩壊する日は訪れるという予感を持っている。

 旧約聖書と新約聖書の両方で、貨幣単位であるアサリオンという言葉が使われているようだ。以下の一節をご紹介する。
 
 「五羽のすずめは二アサリオンで売られているではないか。しかも、その一羽も神のみまえで忘れられてはいない。その上、あなたがたの頭の毛までも、みな数えられている。恐れることはない。あなたがたは多くのすずめよりも、まさった者である。」(新約聖書ルカによる福音書12:6-7)

 どういう意味か?ただ思いだしただけであり、何も深い意味はない。しかし、ハワード・J・ラフの記述内容から想起されるのは、以下のような情景だ。

 「その日、絹のドレスや宝飾品には値がつかず、高値のついたひと切れのパンに人が群がるだろう。多くの人々は、富や名声のために競って費やした時間と労力を虚しく思い起こし、賢く備えた人々は賢人から教えられた知恵に感謝の気持ちを新たにするだろう」【古代イスラエル時代のネコ預言者による箴言(しんげん)

 ときどき近未来のイメージが見えることがある。論理的な根拠は全くなく、ただ直感力で思い浮かぶに過ぎない。しかし、人間には誰にでもそのような資質が具わっていると思う。目に見える範囲でしか捉えられない人も存在するが、多くの人は「何か変だぞ」とか「心深くに響く」という経験を何度もしているはずだ。

 ・・・悪い癖で、書き始めると止まらなくなるので、疲れていることもあり、今日は昼寝ネコ一族に口承されている、箴言もどきの一部をご紹介するに留めたいと思う。


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by hirune-neko | 2017-07-20 01:27 | 心の中のできごと | Comments(0)

女に泣かれると男は弱いものだ


A House Is Not A Home ~ Eliane Elias


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 今日は緊急速報を掲載したが、連続投稿させていただく。

 これまでの私の人生を振り返ってみても、女に泣かれたことはちょっと思い出せない。人からも、女泣かせな奴だ、と言われた記憶もない。

 今日、イラスト画が添付されたメールが届いた。開いてみると、

 「悲しいことがありました。電話してください。」

 と書かれていた。イラストには、ぼろぼろと涙を流している(らしい)自分の姿が描かれていた。一体どうしたのだろうと心配になり、すぐに電話をした。電話に出たのは、三男のお嫁さんのお父さんだった。この春から、三男家族は富山を後にして、お嫁さんの実家に居候になっている。

 実はたった今、こんなメールが届きまして、とことの次第を説明した。本人がいますので代わりますか?と言われたのでお願いした。

 受話器から聞こえるのは、泣きじゃくる声で会話にならない。どうしたの?何かあったの?と訊くと、ようやく途切れ途切れに説明し始めた。

 「ママが、私のこと何のために生まれてきたの!って言ったの」

 さっぱり事情が飲み込めない。何かしたの?と訊くと、自分が遊んでいた人形を妹が取ったらしい。そこでトラブルがあったようなのだが、自分に都合の悪いことは言わないだろう。あくまでも想像だが、妹に対してかなりキツく当たったのではないだろうか。それで母親から叱られたに違いない。

 そこで私は、分かったような助言をした。

 「悲しいときはたくさん泣きなさい。たくさん涙を流しなさい。そうすれば、少しずつ悲しさが薄れるから」
 「はい、分かりました。どうも有難うございました」

 と、幾分吹っ切れたような声になったので、それで電話を切った。

 ・・・その数時間後、またメールが届いた。メールにはこのように書かれていた。

 「夜遅くすいません。ママがいなくて、不安で心配なんです・・・ママがとても大好きなんです・・・どうしたらいですか?」

 そこで私はまた、お嫁さんの実家に電話をした。お嫁さんのお父さんが出た。ママがいないので心配だと言ってますが、と告げると、近くの友だちの家にちょっと行っただけなので、大丈夫だという。でもまた電話を代わってもらった。そしてこのように助言した。

 「ママが帰ってきたら、抱きついて、ママがいなくて寂しかった、ママのこと大好きだよ、と言いなさい」
 「はい、分かりました。どうもありがとうございました」

 まだ小学校3年生の孫娘だが、口調だけは一人前の大人のようなので、ときどき可笑しくなってしまう。女性には男性にない、母性愛というものがある。私は、心から寂しくて悲しくて、行き場のない感情をもてあまし、泣きじゃくる孫に対して・・・適切な日本語が思い浮かばないのだが、さしづめ「じじい愛」は持っていると自覚している。

 離れて住んでいるので、このように余裕を持って文章にしているが、これがもし同居していて、毎日何度も妹との大声バトルを見聞きしていたら、いい加減あきれ果てるだろうし、母親の苦労も並大抵ではないと想像がつく。

 以下が、イラスト入りのSOS画像である。なんて平和な日常生活だろうか。今のうちに、このような平和を満喫し、いつでも懐かしく思い出せるようにしておきたい。
c0115242_22373589.jpg


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by hirune-neko | 2017-07-14 22:40 | 心の中のできごと | Comments(0)

ホットな街・川崎市からの暑中お見舞い


Eliane Elias - Estate (Summer)


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 今日は、全国的に猛暑の一日だったようだ。熱中症で病院に運ばれた人の数も多いそうだ。記録的な猛暑だというので、改めて暑中お見舞い申し上げる。

 私自身は、土曜日の朝なのでだらだらと眠りこけていた。ふと目が覚めたのだが、なんとなく心臓に力が入らない。これはいよいよ心不全か何かで危険な状況になるのだろうかと.不安になってしまった。気がつくと部屋の温度が異常に高い。眠りこけているうちに、二階なので部屋の温度がどんどん上昇したようだ。やっとの思いで一階に下り、すぐに冷房のスイッチを入れた。しばらくすると、徐々に不安感が薄れ体調も正常に戻った。

 それでなくても日本は暑い。北朝鮮を中心として東アジア全体が暑い。ここ川崎市もヘイトスピーチ条例がどうだとかこうだとかで、すっかりホットな街になってしまったようだ。そのせいもあって暑さが厳しいのかもしれない。

 昨日、いくつかのブログを閲覧して驚いてしまった。東京都知事選のあと当選した小池都知事が、自民党都連事務所を表敬訪問した。その時、出迎えた自民党議員が手を差し出した小池都知事に対し、握手を拒絶したと報道されていたのを記憶している。いくつかのブログを閲覧すると、ちゃんと握手しているではないか。握手していない写真を報道に使い、新任の都知事を冷遇したという印象操作を行った。そのことが露見したとき、TBSのアナウンサーは編集上のミスだと釈明したらしい。へえ、編集上のミス?ずいぶん見え透いたことを言うなと思った。

 もう何年も前のことになるが、博士の独り言というブログがあった。ブログ主の島津先生は、時々横浜周辺でセミナーを開催した。一例を挙げると、国立国会図書館法の一部改正という話が進んでいるが、裏にはどのような意図が隠されているか、さらには人権擁護法案が話題になり、人権擁護委員には国籍条項がない、そこにはどのような意図が隠されているか、などについて講義をしてくれた。つまり、日本人ではない人物が、人権擁護委員になると、・・・正式な名称がなんだったか忘れてしまったが・・・その強力な捜査権や逮捕権により、自分たちにとって不都合な相手に人権を侵害する言動があったと虚偽の申し立てを行い、恣意的に敵対する人たちを弾圧する懸念がある・・・これが島津先生の論旨だった。

 公共の電波を使ったTBSという放送会社が、公然と恣意的に捏造報道によって印象操作を行ったという事実は、さすがに温厚で気が長く柔和で、しかも人情深く慈悲深い、さらにもっと言わせていただくが、包容力と忍耐力に富んだ私であっても看過することができない。これはとんでもないことである。

 個人的なことになるが、知人がTBSのドラマ制作部門で中堅として働いている。そのルートから、昼寝ネコの創作ストーリーをテレビドラマ化したい、というお誘いがあり、日頃お世話になっている相手でもあるし、またせっかくの機会でもあるので、お引き受けしようかと思っていたが、このような露骨な、しかも卑劣な報道を公然と行うようなテレビ会社とは快く仕事ができるはずがない。なので、このお話は無かったことにしていただこうと思う。・・・いや違った。今現在、そのようなお誘いの話はない。もし仮に将来、そのような機会があったとしても残念ながら、お断りさせていただく決意である。もしかしたら、ブログ読者の中にTBS関係の方がいらっしゃるかもしれない。気分を悪くされたかもしれないが、これは私自身の哲学や理念、そして価値観・生き方の問題であり、金銭や社会的な名声・地位などによって浸食され得ない領域のものである。

 ことほどさように、日本だけでなく世界中が報道機関によるプロパガンダ活動・情報戦争の渦中にある。しかし、たとえどのような不合理な、そして看過できない言動を目にしても、感情的にならず声高に相手をののしることはしない。それこそが、やれヘイトだ人種差別だ、人権侵害だ、など不要な攻撃理由を相手に与えることになってしまう。声高に攻撃したい人は、それはそれで自由なので、そういう方々にお任せしたいと思う。

 ただ、そのように隠蔽されっている様々な事実を目にしたなら、それはしっかりと記憶に留めるべきだと思う。そして選挙や外患罪集団告発、官邸メールなどを通して、一国民としての意思表示をすることは大切だと思う。

 さらに言えば、日本の将来を危うくすると懸念されるメディアは、断固拒否すべきだと思う。私はこれからも継続して公開情報を精査し、多くの国民のみなさんが知るべきだと考える情報は提供し続けていきたい。決して特定の方向に誘導するのではなく、正確な判断をしていただく上で重要だと思える情報は、定期的に提供することこそが私たちの使命だと考えている。

 今日は、いろいろな意味で暑い一日だった。「夏」(EstateまたはSummer)という曲を暑中見舞いとしてお送りする。最後の最後まで、どちらの曲にするか迷った。どちらにも捨てがたい魅力があるので、最初にエリアナ・エリアスを、そして最後にシャーリー・ホーンの歌をお届けする。こんな言い方をするとシャーリー・ホーンには申し訳ないが、まだまだ女盛りのエリアナ・エリアスと、枯れた女性(失礼)・シャーリー・ホーンの捨てがたい魅力を聴き比べてみていただきたい。個人的には、シャーリー・ホーンの人生の機微を知り尽くした歌唱法が好みである。多分、私はマザコンを通り過ぎて、ババコンだと思う。

今日は猛暑の中、通算して何とか5千歩以上を歩いた。暑さが厳しかったので、駅前のマルイの店内をぐるぐると歩き回った。それでも途中、少し心臓に不安を覚えた。無理しない程度で継続して歩くなら、気力と集中力が徐々に回復するのではないかと期待している。


Shirley Horn - "Estate(Summer)" (Joao Gilberto) (Music:Bruno Martino, English. Lyrics:Joel Siegel)


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by hirune-neko | 2017-07-09 00:33 | 心の中のできごと | Comments(0)

忙中閑なし・・・トホホの青息吐息だった


Diana Krall - My Love Is Where You Are


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 今日こそは請求書を作成して発送しようと思っていた。それなのに、朝から衝撃的な電話でスケジュールが狂ってしまった。衝撃的といっても私にとって衝撃的なのであって、普通の言い方をすれば依頼されたことを、すっかり忘れて放置していたに過ぎない。後でやろうと思って、頭の中に入れておいたつもりが次々と新しい案件が入るため、いつの間にかどこかに行ってしまった。メモる時間も惜しい状態なので、改めてきちんとタスク管理の仕組みを作り直さなければならない。

 なんのことはない。産婦人科で出産したお母さんに、絵本の申し込みセットを渡してもらうのだが、100セット作って送ってくれと言われていたのだ。もう数週間以上前のことだと思う。説明チラシ、製作依頼書、足形色紙、郵送用の大型封筒を大至急つくらなければならなくなってしまった。

 たまたま寿命だと思っていたインクジェットプリンターが蘇生し、今では目の前に2台のプリンターが並んでいる。初代はオーギーという名で呼んでいた。新しく購入した同じ型のプリンターには、手抜きをしてオーギー・ジュニアと名付けた。

 夕方前になんとか印刷し終えたが、郵便屋さんが集荷に来るまでに請求書を印刷し、封筒に入れなくてはならない。これもなんとかギリギリに終えることができた。ところが、悪いことは重なるものでIMacのメール機能が働かなくなってしまった。3回も電話サポートに電話して、なんとか動くようにになった。

 どうでもいい話ではあるが、MacOSとIOSの音声入力ソフトが異なるものになったようだ。以前は、かなり正確に変換してくれたし、早口で話してもちゃんと変換してくれた。今、この記事は新しくなったiMacで音声入力している。数ヶ月前に「兄弟」といったのに「姉妹」と変換されてしまう不具合をアップルに報告した。確かにそれは修正されたようだ。しかし、かなりの確率で誤変換が発生している。ちょっと難しい漢字の熟語だとカタカナで表記されてしまう。これまでのソフトが高校生レベルだとすると、新しいソフトはせいぜい小学校高学年レベルである。しかし、どうやら学習機能があるようで、少しずつだが精度が増してきているようだ。音声入力ソフトに言わせると、さんざん私のことをこき使っておきながら、そこまで悪く言うか・・・ということになるだろう。しかし、私にとっては重大な問題なのだ。だって、変換した瞬間は正しく表記しているのに、ちょっと目を離すと全く別の文字になってしまっている。まぁ長い付き合いだから、お互いに切磋琢磨して精度高めて行こうではないか。

 そんなこんなで、今日はすっかりさんざんな目に遭ってしまった。遅い時間になったがこれから歩こうと思った。しかしあいにくの雨だ。すぐ自分に都合よく解釈し、今日はやめておこうと一気に無精者に逆戻りしてしまった。

 長時間にわたって神経を酷使したせいで、頭のクールダウンが必要だと思った。クールダウンになるわけがないのに、アホな私は将棋道場81に行き、ログインした。少し待ったら、ドイツの方から対戦申し込みがあった。相手が先手で、初手がなんと1六歩だった。かなり格下の相手だったので、中盤まで行かない前に相手が投了した。ドイツ在住で、一体誰に将棋を習っているのだろうか。・・・そんなことより、そこで止めておけばいいのに今度は24将棋の方にログインした。私よりもかなりレートの高い人から挑戦を受けた。しかし、少々乱暴な指し方をする人で、中盤までに相手の飛車と角を手に入れてしまった。しかし、なかなか粘る人だったので最終的に詰め終えるまで、かなりの手数を要した。

 そのようなわけで、相変わらず大型の遅延案件が行く手を塞いでいる。なんとか片付けようと毎日思っているが、人生はなかなか思うようにいかないものだ。しかし逆に、人生のすべて思い通りに運び、順風満帆で進んでいると、見た目はいいかもしれないが人間としての深みや奥深さが、どうなっているか私は懸念する。かといって私自身は、これまでに様々な辛酸を舐めてきたが、では、私自身の人間としての深みや奥深さはどうだろうか。実際には、そんなことに神経を使っているような余裕がない。ただ言えることは、冗談半分で自分のことを妄想家と自称しているが、確かに人間や社会の目に見えない部分をあれこれイメージとして捉えられるようになっていると思う。時間があれば、じっくりと創作したいと思うが、今の私にとってはそれは、とても贅沢な話だ。日に日に老いていくことを視野にも入れず、ただひたすら前傾姿勢を保っている。・・・心なしか音声入力の精度が少し上がってきたような気がする。パソコンでもおだてれば、木に登るのかもしれない。


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by hirune-neko | 2017-07-05 00:07 | 心の中のできごと | Comments(0)

不精者 中継地点で折り返し 心新たに初めの一歩


Pat Metheny and Toots Thielemans - Always And Forever 1992.wmv


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 今日は2017年の折り返し地点だった。

 正直に言ってしまうが、私はかなりの不精者である。メールを受信したら、迅速に返信するし、対応案件に見落としが発生しないよう、できるだけ緻密に管理する努力はしている。従って、仕事面では決してズボラではないと思っている。

 何が無精かというと、まずは医者嫌いで病院に行きたくない。最後に病院に行ったのは、何日も熱が下がらず食欲も失せてしまい、さすがに不安になって近所の病院に行った。もう5年以上も前のことだと思う。足の傷から菌が入り、胆嚢炎を起こしているという診断で、即入院となった。担当の内科医は癌があると思うと言い、消化器外科に回された。MRIやCTスキャンの検査の結果、消化器外科の医師は、「癌はありません。しかし尿管結石があるので手術で取りましょう、いつにしましょうか」、と言われてしまった。「結石はどれぐらいの大きさですか?」と質問したら、一瞬ためらった「1センチ」だと言われた。少し考えさせてほしいと言ったまま、放置してしまった。何も不具合は発生してない。

 実は床屋に行くのも好きではない。頭髪が鬱陶しいぐらい伸びてしまって、仕方なく行っている。風呂に入るのも好きではない。体質的に熱い風呂が苦手で、これは小さい頃銭湯で貧血を起こし、後ろ向きに頭から湯船に落ちたのがトラウマになっているようだ。あの時は祖母がすぐに気づいて、両足を掴んで引き上げてくれたので、大事には至らなかった。さすがに今では、血行促進のために毎日入浴するようになっている。

 出不精という体質もあり、困ったものだ。デブ症だったら、ダイエットで解決すると思うが、群れてカラオケに行く、温泉に行く、宴会に行くという類いのことが、今でも苦手である。本当に人付き合いが悪い。このDNAは、次男と娘に受け継がれているようだ。

 当たり前だと言われるかも知れないが、ここ5日間連続して、それなりの歩行時間を確保したら、気力が出てきている。足先の鬱陶しさも改善してきた。気力があるかないかは、私にとって非常に重要だ。気力が出ないと、何もかもが億劫になり先延ばしにしてしまう。今日も、初期化したiPad Proにサーバーから流れてくる、数千通の過去メールを忍耐強くひとつひとつ削除し、なんとか空にする作業を終えた。

 気力が落ちると、もういいか、という気分になってしまう。厭世的な気分を薄めるために、甘いものが常備品になっていた。その点は改善してきており、セブンイレブンに行っても、ひと頃のようにブルボン製菓のチョコブラウニーは買わなくなった。チーズケーキもマカダミアクッキーも素通りできるようになったし、チョコレート依存症も、カカオ成分の比率の高いのをしばらく食べて、克服することができた。

 森友、加計、大臣の失言、国連報告などの推移を見ても、日本人として恥ずかしくなってしまう。あれが国会議員の職務なのかと思ってしまう。また、外患罪集団告発から、司法に対する懲戒請求に移行している状況を見ていると、日本の病巣の深さを再認識している。現実に距離を置き、評論家的な視点から論評する私に較べると、改めて余命3年時事日記+余命三年時事日記のように、決してブレずに目的ブログとして邁進してる姿には、頭が下がる。

 しかしながら、人にはそれぞれの個性と立場があり、全てが画一的な動きをする必要はないと思っている。時間はかかると思っているが、私は私なりの構想と方向性を維持したと思う。登山経験はないが、頂上まで行かずとも、中腹まで辿り着いただけでも、視界は大きく開け全体を眺望できると思う。少しずつでも登り続けていれば、徐々に視界が開けるだろうと、不精者らしく楽観的に考えている。

 本当に実感しているが、毎日のウォーキングは、心身に好影響をもたらすようだ。そのうち、すっかり変容してしまい、人と群れるのが楽しくて仕方がないと思うようになるかもしれない。


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by hirune-neko | 2017-07-01 00:40 | 心の中のできごと | Comments(0)

高場将美先生の訃報を目にした


Erik Satie - Gymnopédie No.1


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 今日の日中、Facebookで高場将美先生の訃報を目にした。

 毎週木曜日は製本所に行くため、ゆっくり目を通すことが出来ず、夜になってから記事を探したが、二つしか見つけられなかった。時間をかけて一番下まで探したが、視界からは消えてしまっていた。

 故・福岡貞夫さんのFacebook友だちだったご縁で、私も友だちにしていただいた。恵比寿で開かれたスペイン語講座に出席させていただき、そこで初めてお目にかかった。仕事が落ち着いたら、改めてスペイン語とポルトガル語の講座にお邪魔したいと思っていたが、とうとう果たせないままで終わってしまった。

 Facebookで、いろいろ教えていただき、意見交換もさせていただいたが、今となっては懐かしい思い出だ。

 既に家族葬で葬儀は済ませた、とどこかに書かれていたし、高場将美先生の経歴も紹介されていたが、とうとう見つけることが出来なかった。かろうじて、2枚の画像とコメントを見つけたので、紹介させていただく。お元気な頃のギターを抱えたお姿と、パコ・デ・ルシアと一緒の画像である。

(株式会社ラティーナのサイトから、先生の画像を転載)
c0115242_02010202.jpg


(志風恭子さんの記事で紹介されていた画像と記事を転載)
c0115242_02014487.jpg
Se ha ido nuestro musicologo, intérprete de Paco y Gades, ex-redactor jefe de Paseo, guitarrista aficionado, Masami Takaba. Ahora estará el cielo con Paco y Piazzolla juntos. Buen vieje maestro.
この写真の左端、中南米音楽やパセオの元編集長で、たくさんのCD解説などや、写真のパコを始め、ガデスらの通訳も務めた高場先生が亡くなったそうです。パコに紹介してくれたのも高場さんだったし、教わったこと数かぎりないです。これからも背中見続けていきます。ー 友達: 高場 将美Jose Maria BanderaStella Arauzo FernandezJuan Manuel Cañizares

 高場将美先生、病気から解放されて、ゆっくりとお休みください。


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by hirune-neko | 2017-06-30 02:05 | 心の中のできごと | Comments(0)

家出ではない、ちょっと旅に出るだけだ


北欧音楽


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 いつものようにインクジェット・プリンターで印刷したが、色が薄い。ヘッドクリーニングを試したが、状況に変化がない。もうかなりの年数にわたって酷使しているので、寿命ではないかと三男が言う。そうかもしれない。しかし一応念のためと考え、キャノンのサポートに電話して相談した。専門部署から電話を待ったが、外出時間になってしまったので、留守中、三男に応対を頼んだ。帰社して様子を聞いたが、やはりどうやら寿命のようだ。プリンターには、オーギーという名前を付けていたが、明日届く予定の同機種のプリンターも、やはりオーギーと呼ぶことにしようと思う。

 今日、久しぶりにギターのレッスンに行った。いつも先生の前で弾く練習曲のアルペジオは、頭で反芻してみたが途中で途切れてしまっていた。ちゃんと弾ける自信は無かったが、完璧ではないものの、かろうじて指が憶えていたようで、途中でつっかえながらも、最後まで弾くことができた。相変わらず進歩のない落第生徒である。帰り際に、先生からマスタークラス受講でイタリアにいらっしゃったお土産に、去年と同じイタリア製のネコのカレンダーをいただいた。こうして見ると、世界のどこの国に行っても、ネコはネコなのだと改めて思った。少しばかりネコ禁断症状が治まった感じがする。
 なかなかピアソラのオブリヴィオンが進展しない。先生曰く、難曲だそうだ。別の曲、2曲を推薦していただいた。バーデン・パウエルの「名前のないワルツ」(Valsa Sem Nome)、それとレオ・ブロウエルの「11月のある日」(Dia de Noviembre)だ。いずれも、すぐに弾けるなどとは思っていないが、ピアソラの曲よりは弾きやすいのだろう。乾燥しきった脳にも休養を与え、音楽的な別空間を創って避難場所にしたいと思っている。(深代朋子先生、有難うございました。)

c0115242_01041616.jpg
 原因不明なのだが・・・もちろん原因はあるはずだが・・・なんといえばいいのだろうか。現実から押し出されてしまったような感じで、すっかり集中力と積極的な気持ちが失せてしまった。では、現実を離れて旅行に行こうと考えた。さて、どこに行こうかと、改めて考えてみた。シベリア、モスクワ、昔のレニングラード(今現在の名前が思い出せない)、東ヨーロッパ、そして北欧を思い浮かべた。いずれも一度も行ったことがない。現実問題として、何日も留守をして仕事に穴を空けることは出来ない。ではせめて、各国の街並みをYouTubeの動画で眺め、旅行に行った気分になろうと考えた。

 私だって人間である・・・正確に言うと人間として過ごす時間が長い。やはりたまには現実を離れることも必要なのだろうと思った。どこまでも迷路を突き進み、疲労とストレスを溜め込んでいると、徐々に効率も悪くなる。

 そう考えながら、気の向くままにYouTubeの動画を観ていたら、スウェーデン映画の予告編と出会った。短いので最後まで観てみた。ほんの数分なのに、肩から力が抜け、心の重荷も軽くなったように感じた。初めて知った映画なので、いつ公開されたのかすら知らない。でも、探して観てみたいと思った。

 まだまだ旅に出る余裕はないが、せめて映画の世界に入り込んで自分自身を再起動したいと思う。

 ふと考えてみたのだが、先週ある方からボランティアで協力してほしいという依頼を受けている。これがまた数年がかりで、しかも壮大なプロジェクトである。私の個人的な見解だが、ボランティアの領域を遙かに超えるハードな内容である。地域も全国にまたがるし、海外の教育機関との提携もある。さらには政府機関や一般企業・団体との調整も発生する。お断りするのは申し訳ないと思うが、さりとて全面的に引き受けるとなると、どれだけの時間と労力を必要とするか、見当もつかないぐらいの内容なのだ。決して安請け合いはできないと考えているところだ。そんなこんなで、少々気が重くなっているのかもしれない。決して極端な表現ではなく、全面的に事務局部分を引き受けるだけでも、自殺行為ではないかと思っている。

 自分の実年齢は気に留めないようにしているが、さすがにいつかは寿命が尽きる身体なので、手当たり次第、自分の中に詰め込むのは自重しなければ、最悪の場合皆さんにご迷惑をかけることになってしまうと思っている。・・・そう思いつつも、まだ迷っているアホな私が自分の中に同居している。


スウェーデン映画史上記録に残る大ヒット/映画『幸せなひとりぼっち』予告編


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by hirune-neko | 2017-06-27 23:57 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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