昼寝ネコの雑記帳

2017年 10月 18日 ( 2 )

久しぶりのピアノリサイタル〜福田直樹さん


バッハ/平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1番 ハ長調

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 午後3時半から広尾で始まったミーティングが終わり、カーナビに行く先をセットした頃から、徐々に闇が拡がりだした。

 紀尾井ホールに着いたのは、開演時間の20分ほど前だった。いつもは音楽を聞きながら何かをするのだが、今日は純粋に音楽を鑑賞しにホールに行った。

 前半はJ.S.バッハの平均律クラヴィーア曲集 第1巻、後半はR.シューマンのクライスレリアーナ 作品16。最近、バッハの良さを再認識していたので、ゆったりと寛いで聴くことができた。福田直樹さんのピアノ演奏は、微妙な間とデリケートな音の強弱、そして力強いタッチと繊細なタッチが交錯する、立体感のある仕上がりだった。

 自宅の一部をイエスタイヤーズ・ホールと名付け、クラシック音楽を中心にホームコンサートを行っていたのは、かれこれ20数年前のことだ。福田直樹さんには何回か出演していただいたことがある。
 ある日、リハーサル演奏中に小学校低学年だった娘が帰宅した。福田さんは、その娘一人のためにといって、一曲演奏してくれたらしい。娘に訊いたら、30歳を過ぎた今でも、その時のことを憶えていると言ったそうだ。休憩時間、隣に座っていた家内が私に説明した。

 紀尾井ホールのピアノはスタンウェイのようだった。自宅でコンサートを主催していた当時は、80席程度の小さな空間だったが、ピアノはスタンウェイのフルコンサート・グランドを設置した。なんという無謀な贅沢だったのだろう。しかし、そのおかげで音楽との接点をしっかり保つきっかけになったように思う。

 座席に深く身を沈めながら、しばしの間、言葉の無い会話を味わった。作曲家と演奏家によって奏でられる音楽作品は、とても饒舌である。聴き手の感性、感覚、心象、そして心の遍歴によってそのまま伝わることもあれば、減衰してしまう場合もあるだろう。

 福田直樹さんのプロフィールには、以下の記述がある。

 「福祉のコンサートにも力を入れ、福祉施設、養護施設、病院、ホスピス、少年院など、コンサート会場に行きたくても行けない人たちのための訪問コンサートは年に80カ所以上、すでに27年目となる。」

 福田直樹さんはウィーンに留学し、いくつもの国際コンクールで入賞しているし、NHKをはじめとするいくつものテレビ番組の演奏も引き受けている。アメリカ・バーンスタイン協会に日本人初のアレンジャーとして認定されている。そんな彼が、音楽を生で聴けない人たちのために、あるときはチェンバロを担いで出向いているという。なかなかできないことではないだろうか。

 今の私は仕事に追いまくられているが、本質的に昼寝と甘い物を除くと、音楽が一番好きなので、いつかまたコンサートをプロデュースできるようになればいいなと思ってしまっている。自分でも呆れるのだが、余命が尽きず永続するかのように錯覚して人生設計を立ててしまっている。

 今夜は、全身を音楽に委ねて過ごすことができた。改めて、音楽は言語や国境を超越した生きた言葉だと感じている。しかも、脳に対してではなく、心に語りかける希有な言葉だとも感じた。


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by hirune-neko | 2017-10-18 23:40 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

耳について離れない曲を探すのは、至難の業だ


Loreena McKennitt " Tango to Evora " [CINEMATIC]

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 少し前から、まるで幻聴のように耳に付いて離れない曲がある。女性のスキャットのような感じで、単調な旋律なのだがどうしても思い出せない。気になって仕方がない。一度ブログで紹介したと思うのだが、片っ端から開くわけにもいかない。今日はその曲を選ぼうと思ったのだが、身動きがとれなくて困っている。パラノイア気質なのだろうか。・・・何かの映画のシーンで流れていたのだろうか。でも最近はずっと、ジャック・バウアーしか観ていないので、絶対に違う。

 フウ・・・。とうとう執念で見つけた。ブログ記事をひとつずつひっくり返し、9月2日の「さようなら、しょうちゃん・・・」という記事で使っていたのを見つけた。あの日は夕方から、装丁家のしょうちゃんのお通夜で、立川の近くまで行ったことが記されていた。

 約一ヶ月半の記事をざっと読み返してみたが、まるで日記帳のような感覚で毎日の雑感が綴られており、カテゴリーにはまったく脈絡がない。読みに来られる方としては、たまったものではないだろうと思うものの、一日の終わりに肩の荷を下ろせる、唯一の寛ぎの時間なのでお許しいただきたい。

 この曲のタイトルは " Tango to Evora " [CINEMATIC]となっているのでどうやら映画の一シーンのようだ。何やら恋愛もののようだが、探してまで観る気がしないのでそのままになっていた。しかし、この哀切さを感じさせる曲想が、記憶の底で干からびずに残っていたようだ。

 ここまで来たら、政局や選挙結果の話題はもういいだろう。ただ、マスメディアが自公で過半数以上とかはやし立てているが、安心した保守層の投票率を下げようという謀略だという指摘もあるので、あくまでも棄権せず投票所に行らっしゃるよう、引き続き呼びかけをさせていただく。

 私は引き続き、サイトの修復作業を進め、個人と家庭向けに地道に情報提供させていただく仕組みを構築したい。海上がどんなに荒れていようが、水面下深くは静まり返っていると思う。世の中の喧噪に惑わされず、冷静に落ち着いて推移を見守りたいと思っている。


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by hirune-neko | 2017-10-18 00:32 | 心の中のできごと | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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