昼寝ネコの雑記帳

2017年 10月 07日 ( 2 )

カズオ・イシグロ作「わたしを離さないで」


Shirley Horn - "Never Let Me Go"

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 昨晩の記事で日系英国人の作家カズオ・イシグロ氏に触れた。映画化もされた「日の名残り」The Remains of the Day)を紹介したところ、二人の方が「わたしを離さないで」という作品も読んだとコメントを入れてくれた。思いがけず、日本にも結構読者が存在する作家なのだ。

 「わたしを離さないで」という作品名を目にした瞬間、「Never let me go」という音楽の曲名が思い浮かんだ。調べたら、ウィキペディアに次の表示があった。わたしをはなさないで、原題:Never Let Me Go)・・・カズオ・イシグロ氏がこの名曲をモチーフにしたのかどうかまでは分からない。

 YouTubeで探したら、真っ先に目に飛び込んできたのは、冒頭のシャーリー・ホーンとビル・エヴァンスの演奏だった。他にも、ナット・キング・コール、ナンシー・ウィルソン、カーメン・マックレーなど、そうそうたるジャズ・ミュージシャンが演奏していた。しかし、自分の好みに合わせてシャーリー・ホーンを選んだ。寛いで聴くことができる。

 あくまでも想像の世界だが、誰かから日本語で「わたしを離さないで」、あるいは英語で「Never Let Me Go」と、感情を込めて言われたらどんな気持ちになるだろうか。少なくとも男性が口にするような言葉ではないと思う。では、女性から言われたらどうだろうかと、ちょっと想像してみた。

 まだ3歳の孫娘から「じいじ、わたしを離さないで」と言われたら、文句なくかわゆいと思うだろう。年齢が上がるほど段々微妙になりそうだが、思い切って80歳代の女性に言われたらどうだろうか。そうなるともはや心理カウンセラーの立場なのではないだろうか。

 まあいろいろな人間関係があるだろうなと、改めてあれこれ考えてみた。

 小池百合子・希望の党党首はまさに有権者に対して、「有権者の皆さん、わたしを離さないで」という心境なのではないだろうか。

 そういえば今日、共産党事務所だと名乗る女性から電話があった。少し高齢だったし馴れていない感じだったので、人海戦術で電話をかけまくっているのではないだろうか。なるべく感じよく離して、お引き取り願おうとしたのだが、やはりそうは行かなかった。

 「国会の冒頭での解散で無責任だ」、「庶民のことを考えていない」、「森友、加計疑惑に誠実に答えていない」、「安倍政権は暴走している」など、ざっとこのような決まり文句を並べた。ひとつひとつに丁寧に反論した。

 そういえば、ブログへのアクセス状況を確認したら、昨日だけで閲覧数が通常の5倍に跳ね上がっていた。今日、データを辿ったらある政治系ブログのコメント欄に、読者の方が私の先日の記事「ついに漏洩した安倍晋三総理と小池百合子都知事の密約」を紹介してくれていた。それを読まれた皆さんがおいでくださったようだ。

 東アジア情勢が緊迫しているこの時期に選挙を行うとは、確かに不安に思う。しかし逆に、選挙結果の詳細はともかくとして、選挙が終わるまでアメリカから北朝鮮への攻撃は控える、というトランプ大統領の言葉があったのではないだろうか。それと、最悪でも安倍自民党と小池希望の党が暫定的にでも連立し、憲法改正を行って、先制攻撃を可能にし、スパイ防止法を成立させ、場合によっては抑止力としての核武装までをも視野に入れているのではないだろうか。安倍=
トランプの極秘会談で、かなり突っ込んだ打ち合わせが行われたのではないだろうか・・・と妄想している。

 いずれにしても、選挙には棄権しないことだ。何があっても悔いが残ることは避けたいものだ。どの議員、どの政党に投票すべきだとは私が言うべきことではないが、投票できない議員、政党を消去法で消していき、絞り込んではいかがだろうか。なかなか先が読めない、難しい時代になったものだ。

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by hirune-neko | 2017-10-07 23:58 | 心の中のできごと | Comments(0)

ノーベル賞の残念な結果〜今年もダメだったか

Opening Titles, Darlington Hall - The Remains of the Day by Richard Robbins

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 今年も村上春樹大先生が、ノーベル文学賞を逃したそうだ。受賞者は日系英国人のカズオ・イシグロ氏で、代表作かどうかは知らないが、映画「日の名残り」(The Remains of the Day)の原作者でることは記憶にあった。確か、執事役はアンソーニー・ホプキンスではなかっただろうか。とても渋いストイックな映画だったが、好印象だった。

 で、残念だったというのは村上春樹大先生が、ノーベル文学賞を逃したということではない。今回も「ノーベル即興短編文学賞」という賞が、新設されなかったのが残念でならない。一体全体、「ノーベル即興短編文学賞」とはなんぞや・・・?一枚の画あるいは写真をじっと見て、思い浮かんだストーリーを即興で作品にする・・・それが「ノーベル即興短編文学賞」の定義である。私が勝手に命名し、勝手に定義しているだけの独善的賞である。

 そのような文学賞のカテゴリーを新設していただき、ノミネートされることを人生の支えにしたいと考えている。新設されなければ、それまでのことである。残念ながら長編小説など書いたことがないので、現行のままでは私の人生も徒労に終わってしまうことになる。たとえ徒労に終わろうが、希望を持ち続けたまま最後まで生きられたら、それはそれで佳き人生だったと思える。・・・しかし、仕事が落ち着いてゆっくりと構想を練り、取材旅行に出かける体力が残っていたら、長編小説にもチャレンジしてみたいなと、淡い期待も持っている。

 またそんなアホな妄想を、と思われてもいい。せめてそれぐらいは個人的でわがままな夢を見させていただきたい。

 一体何を創作の素材にしようとしているのか。・・・人間の心の陰影である。様々な経験を通して人の心は高揚し、沈み、あるときは重く閉ざされ、傷つき、涙し、挫折し、しかしなおも歩き続け、やがて立ち直る・・・パソコンのOSは常に進化するが、人間ほど多様に変化する生き物は存在しない。朽ち果てる人生、開花する人生・・・その変化の様子や変遷に惹かれ、興味を持っている。

 どんな人間でも、常にやり直すことができる。心が萎え、弱り果て、自己嫌悪に陥り、取り返しのつかない状況だと思い込み、絶望し、立ち上がれない・・・。
どんな状況の人間でも、一歩前進することができる。その気力の源泉はどこに存在するのか。それを私は知ってる。作品を通して、読者の皆さんに気づいてもらいたいと願っている。書く動機はただそれだけである。

 私の話す言葉を聞いたり、私の書く短編を読むことで、心の中に理屈抜きの希望を見いだし、立ち上がる勇気を得ていただけたら、それこそが私自身の至上の喜びである。「ノーベル即興短編文学賞」は照れ隠しで言っているのであり、本心は苦渋の渦中に在る人が自身の心を開いて活力を得、正しい方向に最初の一歩を踏み出していただきたい・・・どん底時代の私自身が、ゴジェネチェの歌うピアソラのVuevo al Sur(南へ)に、魂の底から揺さぶられて覚醒し勇気を得たように、言葉によって励ましたいというのが、そもそもの書きたい動機である。

 哀しみ、怖れ、不安、苦しみを経験しない人など存在しない。しかし、それらを乗り越えた先には、自分を受け入れ、赦し、人生の視界が拓けるという貴重な世界があることを、今の私は確信できるようになった。

 決してどれだけの地位や名誉を得、資産を残したかではなく、振り返ってみて佳き人生だったと心から思え、悔いのない、一点の曇りもない心で人生を閉じられる人こそが、地上での旅の終着点に到達した人生の勝者なのである。それが私の人生観であり価値観となっている。
Astor Piazzola y Roberto Goyeneche - Vuelvo al Sur

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by hirune-neko | 2017-10-07 00:39 | 創作への道 | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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