昼寝ネコの雑記帳

2017年 09月 09日 ( 1 )

笑うに笑えない、泣くに泣けない失敗談


4 Rare Guitars - One Piece: Isabella Selder plays Cello Suite No. 2 BWV 1008 IV Sarabande J. S. Bach

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 最初にお断りするが、今日ばかりは、退屈な日記のような記事である。

 桜木町で催されたセミナーに出席した。Evernoteとクラーク記念国際高等学校の共催で、学校法人向けにEvernote Businessの活用事例を説明するセミナーだった。現在はEvernoteのプレミアという、有料のものを使用している。

 申込時に、当方は学校法人ではないが、子育て中の家庭を会員化し、ファミリー・インテリジェンスについてのオンラインセミナーを実施する構想がある。それでも参加可能か、と問い合わせた。参加可だという返事が来た。

 会場はクラーク記念国際高等学校第2学舎となっていたので、間違えないよう事前に地図で確認していた。午後2時開始なので、5分程度の遅刻になると思われたが、まあ許容範囲だろうと考えた。
 それなのに、間違えて第1学舎の方に行ってしまった。職員の方に事情を説明すると、第2学舎は離れた場所のビルの16階だという。すでに通り過ぎた紅葉坂交差点を、左、いや右にずっと行った所だと説明を受けた。(結局は左が正しかった)

 紅葉坂交差点はすぐに分かったが、右に曲がるとかなりきつい上り坂になった。高い建物を探しながら、ギシギシいう足を引きずって坂をほぼ上り詰めたのだが、一向に高いビルが視界に入らない。汗が噴き出すだけでなく、日頃の運動不足がたたり徐々に脳貧血状態になってしまった。見ると、神奈川県公会堂が目の前にあったので、中に入って椅子を探し息を整えた。

 逆方向に坂を下り、途中でお年寄りだが元気満々の男性に道を尋ねた。目の前の交差点を渡り見上げると「TOCビル」という表示が目に入った。なんだ、第1学舎とは目と鼻の先ではないか、と安堵し。エレベーターホールに入った。
 ところが、階数表示は8階までしかない。さすがに息が切れてしまい、床にへたり込んでしまった。少し息を整え、気を取り直して駅の方に向かった。少し歩くと、かなり高いビルが目に入ったので、中に入った。入口すぐの店舗の人に、エレベーターホールの場所を教えてもらい、ほっとしながら進んだ。???ここも階数表示が8階までしかない。

 入口に戻り、店舗の人に事情を話したところ、16階なら一度表に出て一番目の入口を通り過ぎ、二番目の・・・すでに頭が朦朧としていたが、とにかく一番目の入口を確認して通り過ぎ、二番目のドアを入った。エレベーターホールに入ると、先ほどの場所だった。なんだか呪われているのではないだろうかと思った。再び床に座り込んでしまった。
 気を取り直して、もしかしたらもうひとつ入口があるのではないかと思い直し、念のため再度外に出た。三番目の入口が見つかったので中に入ると、正面にエレベーターがあった。確か20階以上あったようだ。壁面の案内板を見ると、ちゃんと「16階・クラーク記念国際高等学校」と表示されている。家からそこまでの歩数を確認したら、すでに5,500歩を超えていた。

 すでに1時間近くの遅刻だったが、会場に案内された。思ったよりたくさんの人が参加していた。100人はくだらないだろうと思った。席につき触ると、ポロシャツまでが汗にぬれている。脱水症状が気になったが、ほどなく休憩時間になったので、自動販売機で水を2本購入し、1本を一気に飲んだ。
 話者が替わり、教育工学の専門家が話し始めた。話を聞きながら、2本目のペットボトルの栓を開けて飲み続けた。あと5分ほどでこの先生のお話が終わる、と思った瞬間、お腹に痛みが走った。
厭な予感がした。お腹が緩むときの前兆だ。あと5分だからなんとか我慢しようと思ったが、無理だった。気が引けたが席を立ち、すぐ横の廊下で様子を見ていたスタッフの方に、トイレの場所を訊いた。
 廊下を早足で進み、間に合いそうもないので、目に入った身障者用のトイレに駆け込んだ。・・・尾籠な話になってしまい申し訳ないが、ほんの数秒間遅かった。下着を汚してしまった。十数年ほど前、同じような経験を娘に話したら、それ以来何かある度に「ウンコじじい」という蔑称で呼ばれたことを思い出し、苦笑してしまった。懐かしい思い出であり、笑うに笑えない、泣くに泣けないシーンが甦った。

 なんとかセミナーを最後まで受講し、電車を乗り継いで帰宅したが、Fitbitを確認したら朝から8千歩以上歩いていた。疲労困憊はしたが、身体はしゃきっとした。ある意味で、まだ復元力が残っていそうなので安心もした。

 すっかりアホな地をさらけ出してしまったが、まあ私の人生はこんなものである。


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by hirune-neko | 2017-09-09 23:57 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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