昼寝ネコの雑記帳

2017年 08月 07日 ( 2 )

へぇ〜、二度も驚いてしまった


Lilium - Coro UTFSM

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 今日は、ブログ読者・causalさんからの投稿を紹介させていただく。へぇ〜と、二度も驚いてしまった

(以下、causalさんからの投稿引用開始)
■コメント開始
 「放送法第4条には罰則が無い事をいい事に、報道テロ、報道犯罪を繰り返す反社会的なテレビ局・番組に、スポンサー料と言う名の資金提供を行う企業は犯罪団体の共犯として社会的制裁を受けるべきですね。」
 以前、話題となったP&Gにも、上記の趣旨で抗議しておきました。

 宗教的な音楽でこの腐った世界が浄化できれば良いですね…。

■恐るべし日本のアニメ音楽。
 日本のアニメ「エルフェンリート」のオープニングソング「LILIUM」が、世界の合唱団に気に入られ、各地の教会などで歌われていました。エルフェンリート(Elfen lied)とは、ドイツ語で「妖精の歌」"lilium" はラテン語でユリを意味するとの事です。(受け売り)

 アニメそのものは裸体や残酷な描写もあり、賛否両論もある様ですが…。私は見ていませんので。
 でもこの曲の反響はすごいものがあった様です。「バロック音楽特有の対位法に基づき、肉を離れた精神性の高いメロディーが聞く人の心に滲みわたる。」
 と言った処でしょうか。
(以上、causalさんからの投稿引用終了)

 何曲か投稿していただいた中から一曲を選んだのが冒頭の動画である。そして、最後にこの歌詞は・・・と、歌詞が掲載されているURLの紹介で投稿は終わっている。そのURLを開いて歌詞を読み、また驚いてしまった。
 日本のアニメソングがバロック音楽に変容し、さらにはそのイメージが以下にご紹介するように、旧約聖書の聖句に結びついているとは・・・旧約時代の預言者の言葉は現代の私たちに向けて語られている、といわれているが、暗示的な印象を持つ投稿だった。いつもcausalさんには、新鮮な情報と音楽で刺激をいただいている。改めてお礼を申し上げる。

(エルフェンリート」のオープニングソング「LILIUM」の歌詞)

Os iusti meditabitur sapientiam,
正しき者の唇は、叡智を陳べ

Et lingua eius loquetur indicium.
其の舌は 正義を物語る

Beatus vir qui suffert tentationem,
幸いなるかな 試練に耐え得る者よ

Quoniqm cum probatus fuerit accipiet coronam vitae.
之を善しとせらるる時は 命の冠を受くべければなり

Kyrie, ignis divine, eleison
主よ 聖なる炎よ、憐れみ給え

O quam sancta, quam serena,
おお、何と聖なる哉 何と静かなる哉

quam benigma , quam amoena
何と慈悲深き哉 何と情愛厚き哉

O castitatis lilium
おお、清廉なる白百合よ


1~2行目 旧約聖書「詩篇」37-30より
3~4行目 新約聖書「ヤコブ書」1-12より
5行目 グレゴリオ聖歌「キリエ・エレイソン」より
6~8行目 賛美歌「めでたし世の希望なるマリアよ」より

ちなみに、アニメ・エルフェンリートの一部を以下にご紹介する。最終話となっているが、ストーリーはチンプンカンプンながら、なかなか深みのある作品のように思えた。

エルフェンリート最終話 マリコと蔵間

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by hirune-neko | 2017-08-07 23:12 | 心の中のできごと | Comments(0)

興味深い記事〜沈黙を破る羊たち


Antonio Carlos Jobim & Shirley Horn Once I Loved

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 これまでにも何度か触れているが、受信料を徴収しているNHKを除くと、基本的にはどのテレビ局、新聞社、雑誌出版社の主要な収入源は広告である。さらに言うと、広告主は広告効果によって売上が伸びることを期待している。しかし、購買者である消費者がその企業体質や、あるいは商品に対して拒否感を抱いてしまうと、売り上げが落ちてしまう。そのような状況になると、広告主にとっては大きな痛手となる。

 私は以前、他国の原産である食品を、「加工日本国内」の表現を前面に出し、大々的に加工食品を販売しているスーパーについて指摘したことがある。この場合は企業の姿勢とともに、食品そのものの安全性について不安を抱くからだ。それ以来私はここ何年ものあいだ、そのスーパーには立ち寄っていない。

 今日、目に留まったのは行橋市議会議員の、小坪しんやさんのブログ記事だ。
 8月5日付の記事で、タイトルは

【拡散】再春館製薬がTBSひるおびのスポンサーから撤退【偏向報道を許さない人はシェア】

 あるテレビ局が放送している番組の報道姿勢に対し、視聴者の方が直接スポンサーにコンタクトして、疑問や不満を伝えたようだ。その結果、そのスポンサー会社は数ヶ月前から広告を出さないようになったと書かれている。

 小坪議員は、そのような動きが広がることを期待し、スポンサー企業側の思考パターンについても分析している。なるほど、と感心している。

 平均的な日本人は、すぐに激高したりせず、抑制的・理性的な行動に出ると感じている。それだけに、表面的には目立たないが、そのような意識は瞬く間に共有され、大きな流れを形成する可能性が高い。

 ともすれば、団体で示威行動を行うような人たちも多く存在するが、文字通りもの言わぬ沈黙の羊たちが、個々に冷静な行動を起こすだけで、現今の情報戦争に一石を投じるようになりつつあるのだろうか。いや、このような動きが連鎖的に広がれば、一石どころか二石も三石も投じる結果になるのではないだろうか。実に賢明で戦略的な発想だと思う。

 以下に、小坪議員のブログ記事から一部をご紹介する。日本国民による主体的・自主的な民間防衛にもつながると判断している。

【行橋市 市議会議員 小坪しんや
【拡散】再春館製薬がTBSひるおびのスポンサーから撤退【偏向報道を許さない人はシェア】
(以下、一部引用開始)
元都議の吉田康一郎氏がTwitter上で投稿していた通り、捏造や偏向報道が酷いと指摘されている「TBS・ひるおび」について、再春館製薬所がスポンサーを降りていた。本件について、”私たちが為すべきこと”と、今後につなげていくための戦法を記しておきたい。
まず事実認定であるが、スポンサーから降りているのか否かも、web上ではひと悶着あった。結論であるが、スポンサーは降りている。理由については(様々な憶測があるが)偏向報道が起因かは不明。またスポンサーを降りたのも数か月前の模様。
私たちは、再春館製薬を応援せねばならない。
理由の如何を問わず、降りたことは事実だ。
①声を届ける
1-1)メールを送る。
1-2)英断であるとネットで拡散する。
1-3)発言できる場があれば、支持表明を行う。
これが重要なのは、「目に見える」からだ。
スポンサーからの撤退は、収益上プラスであるか否かで判断され、それはつまり「消費者の声」が全てである。ブランドイメージを向上させるために広告を打っているのであり、”降りたほうが得だった”と思って頂く必要がある。
そう思わせることができなれければ、【次は出てこない】し、【スポンサーに戻る】だろう。このように注目されれば、TBSひるおびは、『何がなんでも再春館製薬に戻って欲しい』と懇願するだろうし、凄まじい値引きだってあるかもしれない。今こそ動きべき時。これが防御に相当する。
②買う。
1-1)ドモホルンリンクルなど、再春館製薬の製品を購入する。
1-2)試供品でもいいので、何か先方の利益となる行動を行う。
1-3)男性陣は、女性陣にとりあえず勧める。
「声を伝える」ことを防御と書いたが、こちらが攻め、だ。
再春館製薬の場合は「通販」であり、当該企業側で「成績」がはっきりわかる。スポンサーを降りたことで【売上高が、あがった】場合はどうだろう?
同業界の動き、それは化粧品関連ではなく、”通販全体”に対して、どのようなインパクトを与えるだろうか。
だからこそ、買い支える必要がある。
再春館製薬は決断をした。私たちはこれを喜ぶだけでいいのか。
ここで動かねば「戻ってしまう」リスクがある上に、「次が続かない」のだ。
決めるのは、メディアではない。最終的に決めるのは、私たち消費者だ。

※ 小坪ショック
各企業のコンプライアンス部門を”震撼”させた事件がある。
かつて、同じくTBSにおいて、ブルーリボンバッチをつけた政治家を悪しざまに描いたドラマがあった。多数の抗議がいつものように寄せられ、同じくスポンサー凸がなせれた。
「企業側からのレスポンス」を列挙し、「横並びで比較検討」され、【点数付け】されたというのは、先方からすれば【衝撃】だったらしい。いまだに大企業からアクセスが絶えない。以降、(スポンサー凸に対する)対外文書には、相当に気を使っているそうで、(比較される可能性を考慮し)「他の企業の動き」を意識しているそうだ。これは”小坪ショック”と名付けられているそうで(知らなかった。)そちらについても紹介する。
(以上、一部引用終了)

・引用先 URL:
 https://samurai20.jp/2017/08/tbs7/

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by hirune-neko | 2017-08-07 01:37 | インテリジェンス | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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