昼寝ネコの雑記帳

2017年 08月 03日 ( 2 )

なんてこった トウモロコシが目に入った


etrato Em Branco E Preto...♪Clémentine♪


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 トウモロコシが目に入るわけはない、普通は。しかし今日は、朝早くから(私にとって)電話で起こされてしまい、睡眠が十分ではなかった。その上、倉庫に行って台車で絵本の表紙や本体を搬出し、製本屋さんまで往復した。消耗し、途中で異常な眠気に襲われた。

 夜になって一段落し、椅子に座っているのが辛くなったので、床に仰向けになって身体を休めた。そこに茹でたてのトウモロコシが運ばれてきた。普段の私は無精でズボラなのだが、疲労困憊した今日は、さらに無精になっていた。起きて食べればいいのに、仰向けのままムシャムシャと食べ始めてしまった。

 トウモロコシの一粒丸ごとだったら、絶対に目の中に入ることはない。しかし、勢いよくガツガツと食べたせいで、小さな破片がホールインワンで、見事に左目の中に入ってしまった。パチパチと目をしばたいたものの改善しない。洗面所に行き、両手をお椀にしたぬるま湯の中で洗顔ならぬ、洗眼をしてみたがあまり好転しない。酸素水を何滴も落としてみたら、気のせいか少しずつ改善しているようだ。参った参った。

 無精もほどほどにしなさい、という教訓と警告を与えられたようだ。

 最近は、自分がすっかり年寄りらしくなったと自覚するようになった。ヨチヨチ歩きの子どもを見かけると、とてもかわいく思えて、つい声をかけてしまう。見ず知らずの他人でもだ。
 夕方、道を歩いていたら、前方にベビーカーを押している女性が目に入った。追い越しざまに振り向くと、ベビーカーに隠れて見えなかったが、ヨチヨチ歩きの、性別不明の子どもがお母さんに手を引かれて、なんとか自力歩行していた。
 
 「えらいねぇ、一人で歩いてるの?」
 そしてお母さんに訊いてみた。
 「もう3歳になりましたか?」
 「いえ、まだ2歳なんです」
 と、にこやかな表情で答えた。
 「私の一番小さい孫は、もうじき3歳なんですよ」

 なんて他愛ない会話だろうか。でも、そんなやりとりが自然にできるなんて、平和な日常生活だと感じる。犬を連れて散歩している女性に声をかけたこともある。珍しい犬種だったので、何犬か訊いてみた。誰でも自分の子どもやペットに関心を持たれるのは、嬉しいことのようだ。

 どうやら私は、ひと目見ただけで誘拐犯には見えないし、不審人物にも見えないようだ。どうも皆さんは、初対面であっても私には警戒心を持たないようだ。そりゃあ、警戒されるよりは無警戒で寛いでいただいた方が、私も嬉しい。

 なんの自慢にもならないが、私は直感力が鋭い人間だと思う。数分言葉を交わしただけで、その人の人間性をほぼ把握できる。対面しなくても、その人が書いた文章、あるいはメールを読むだけで、どのような人間性かを感得できる。

 ところが、だ。自分のことになると、からっきし客観視できなくなってしまう。さりとて深刻な自己嫌悪になっている訳でもはない。韓国の言葉で「ケンチャナヨ」(괜찮아요)というのは、大丈夫だよ、気にしなくていいよ、という意味らしい。なんとなくのどかで長生きしそうなイメージだが、国家元首や国家安全に関わる人たちまでもが、そんな感じで、北朝鮮のことは大丈夫だよ、気にしなくていいよ、なんとかなるよ、という程度の認識だと、それは困る。

 北朝鮮は深刻な食糧危機だと聞いている。拉致されている日本人だけでなく、北朝鮮の多くの一般国民の皆さんも、様々な不安と怖れの中で生活を送っているのだろうと考えると、心が痛む。とてもではないが、「ケンチャナヨ」と、気軽に声をかけることなどできない。そして、自分自身のことを、無精なだけでなく、相も変わらず非力な人間だと感じ、ため息が出てしまう。

 東日本大震災の時は、何も役に立てなかったと、心底落ち込んでしまったのを憶えている。将来に発生する非常事態を的確に予測するのは困難だ。しかし、家族のための備蓄・備えなど、最大公約数的な具体的な内容は、これからも提言し続けて行きたいと思っている。

 今回に懲りて、次回トウモロコシを食べるときは、ちゃんと座って食べるようにしたい。誰でも失敗を経験しない人はない。人は失敗から多くを学ぶ。忘れることも人間の特質だが、失敗で味わった苦さ、痛み、苦しみは、建設的な反省点としたいものだ。

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by hirune-neko | 2017-08-03 22:27 | 心の中のできごと | Comments(0)

印象に残った言葉「新しい心を得る」


Shirley Horn - Someone To Light Up My Life

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 あまり気づいていないかもしれないが、日常生活では何気なく聞き逃している言葉が多いのではないだろうか。 今日ある人のお話を聞いていて「新しい心を得る」という表現が強く印象に残った。

 新しい心、という言葉は私にとってはとても新鮮だった。なぜなら、日常生活にあふれる膨大な量の会話や情報の中で、どれほどが人間の心について語られているだろうか、といつも思っているからだ。

 私自身は、かなり以前から国家インテリジェンスの機能に興味を持ち、徐々に政治ブログも閲覧するようになった。しかし振り返ってみると、そこから心に感動を覚え、心が洗われたという経験を思い出せない。

 いろいろ勉強すれば確かに知識は増える。それはそれでとても有益なことだと思う。しかし、獲得した知識をどのように活かすかというのは、必ずしも論理的なことではなく、最終的には心に促しや閃きを感じて、方向性が決定されるのではないだろうか。

 論争すると大概は、より知識が豊富な人や、弁舌が巧みな人には反論できなくなることが多いのではないだろうか。私は、なるべく物事を論理的に考えるように努めているが、本当の意味での確信・得心というのは、必ずしも論理性が全てではないと思う。

 あくまでも、私個人の経験則によって申し上げている。

 今の時代は、日本だけでなく世界中が情報戦争に巻き込まれている。そのような状況下で、どのようにして生き残るか、すなわちどのようにすればより正しい判断力や洞察力を身に付けられるだろうか。知識の量と分析力、それに加えて心の状態などの総合的なバランスが大切だと思う。

 政治論争の渦中にあって、人間の心が分析や判断にどのような影響を及ぼすのか。それはとても難しく、現実的には検証することが不可能だという気もする。それでも私は、人間にとっての心というのは、その人間を形成する上で最も重要な要素だと、確信を持って言える。

 心ない人、という言葉がある。実際には心のない人間は存在しないと思う。しかし残念なことに、過去の生い立ちや人間関係その他、複雑な事情により心の表面に何かがこびりついてしまい、長い年月のうちに徐々に鈍感になってしまうこともあるだろう。心で何かを感じるという繊細さが失われ、単に怒りや憎しみなどのような人格を破壊する要素で、心の中が占められてしまう。

 どんなに有能な外科医だったとしても、人間の体にメスを入れて心をとり出し、人に見せることなどできない。誰でも自分の中に心があるという実感はある。しかし、では心がどこにあるのかと、必死になって神経を集中させても、せいぜい心臓の近くかなと感じる程度なのではないだろうか。

 感受性とか感性という言葉がある。その感受性や感性を通して、人間は何かを心で受け止めることができる・・・違うだろうか。同じ音楽を聞いても、同じ映画を見ても、同じ文学作品を読んでも、涙が溢れ出る人もいれば、何も感じない人もいる。その違いは何に起因しているのか。それを研究して学問的に体系づけるのは、心理学者なのだろうけれど。

 私は個人や子育て中の家庭に対して、いくつかのカテゴリーで提案や情報提供を行おうとしている。しかし、最も重要視しているのは心に感動を覚えたり、優しさが沸き上がってきたり、寛容な気持ちに満たされたり・・・それが人間の根幹に関わる最も重要な要素だと考えている。目先のことや表層だけを見て判断し、あるいは不安を覚えたり怖れを感じるような生き方は勧められない。

 具体的なことを動画で見せたりはできないのが残念だが、文章の行間に存在する要素を感覚的に捉えていただければ、それが最良だと思う。

 ほとんど抽象的な表現に終始してしまったが、なんとか感覚的に納得していただければ嬉しく思う。

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by hirune-neko | 2017-08-03 01:16 | 心の中のできごと | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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