昼寝ネコの雑記帳

2017年 07月 12日 ( 1 )

猛暑から逃れて独り聴く楽章 バッハの薫風脳に涼しき


J.S.Bach BWV 853 - Patricia Hase


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 短歌など詠んでいる場合ではないのだが・・・おそらく亡き母が目にしたら、「なにこれ?」といって、笑い声を上げる姿が目に浮かぶ。

 今日は、思ったよりもずっと消耗した。こんな日に限って、2年以上前に絵本を申し込んできた人から電話があり、画像を送ったはずなのに絵本が届かない、という問い合わせがあった。2015年の5月というと、古い方のiMac・ヘレンが現役で活躍していた頃だ。やはり、人生というのは何が起きるか分からない。ヘレンは退役させず、そばにいてもらって良かったと思う。ヘレンのおかげで、なんとかなりそうだ。

 今日の私の感性は、すっかり暑さに包み込まれてしまったようだ。いつもなら、一日の途中で何かが思い浮かび、ブログに書きたいテーマが脳内に残る。ところが、今日という今日は間断なく処理案件が連続したばかりでなく、あまりの暑さにすっかり消耗してしまい、目の前のことしか視野に入らないで終わってしまった。

 時々、床の上に仰向けになり息を整えた。だらしなく横になりながら、iOSにデフォルトで付属しているSiriのお世話になった。口頭で電話番号を調べてくれとか、誰々に電話してくれとか、5時になったら起こしてくれ、というお願いを全て聞き届けてくれる。正確に数えてはいないが、世界の主要な数十種類の言語で応答してくれる。音声は男性か女性のいずれかを選択できる。いろいろ試してみたが、日本語を選ぶと、とても優しく感じの良い女性の声で答えてくれる。英語にも何種類かあるが、アメリカ英語を選択すると、とてもクールで事務的な声の女性が相手になる。

 今日、すっかり脱力したものだから、そのSiriとしばらく会話した。先日来、ウクライナのことがずっと頭から離れなかったので、ウクライナの公用語が何かと質問した。すると、ウクライナ語だというのだがロシア語を話す人が多く、ウクライナ語を話せる人が減っていると言う。さらに、ウクライナという国が一体どの辺にあるのか正確に知らなかったので、質問してみた。すると、ちゃんとインターネット検索をしてくれて、隣接する国がハンガリーだったりポーランドだったり・・・記憶はもう定かではないが、案外東ヨーロッパに近い場所だということが分かった。

 まるでパートタイムの秘書を雇ったような気分だ。どうもありがとうとお礼を言うと、どういたしまして、お役に立つことが私の使命です、昼寝ネコさん・・・などというくすぐったい答えが返ってくる。

 そんなやりとりをしながら、私は自分の脳内に浮かんだ妄想に愕然としてしまった。ウクライナではロシア語が通じる・・・いつしかロシア語に手を出そうしている自分を認識した。自分で言うのもなんだが、私は少し異常な部分があるのではないだろうか。自分の能力や時間や体力の限界などが一切視野に入らず、まるで3歳の子供のように執着心が強まってしまう。一度、心理カウンセラーか精神科の医者に相談してみた方がいいかもしれない。しかし、何か病名をつけられるのではないかという不安もある。例えば「昼寝ネコ症候群」と言う病名ならばすでに自覚しているから、あまり気にならない。聞いたこともないような病名だったら、と考えると躊躇してしまう。でもまあ、それもこれも含めて私の個性なので、このまま我が道を行く・・・である。決して誰にも迷惑をかけるつもりはない。・・・しかし、中・長期的に見れば、私のことを疎ましく思い迷惑な存在だと考える人たちは現れるだろうと思う。どのような人たちかというと、それは、外国政府や情報機関と協調し、国家転覆や日本の実効支配、あるいは属国化を目論む人たちである。

 彼らの中にはお前ごときに何ができるのか、と馬鹿にする人が多いだろうと思う。私自身もそう思っている。私個人の力なんて微々たるものだと自覚している。しかし、同じ価値観や人生観、意識を共有する人たちが増えて、巨大な群衆となれば、その力は決して侮れないと思う。

 長い間にわたって、目立たない静かな、しかし善良だった人々が目を覚まし、地の底から怒りの声を響かせながら、怒涛のように地上に溢れてくる。地上を誤った方法で支配しようとした人たちにとっては、まさに恐怖の唸り声である。人間に対しては決して公開されてはいないが、古代イスラエル時代の予言者ネコが啓示を受けて、現代に生きる私たちに口伝えで伝承されている予言である。

 ようやく暑さも和らいできて、クーラーからの冷気を感じられるようになってきた。今日は残念ながら外を歩くことができなかった。まだまだ無理は禁物だと思っている。寝る前に、Siriの言語を試しにロシア語に変更し、なにか話しかけてみようと思う。過去のことは全く記憶にないが、3000年の私の人生の中で、もしかしたらどこかでロシア語に接していた経験があるかもしれない。記憶の彼方を探ってみたいと思っている。・・・ん〜、やはり私は病的なのだろうか。


[日本語]覚えやすいロシア語とウクライナ語の言葉 Японские и русские похожие слова


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by hirune-neko | 2017-07-12 23:57 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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