昼寝ネコの雑記帳

2017年 07月 11日 ( 2 )

改めて、いつ何が起きるか予測がつかない時代だと思う


[キエフ・バレエ] ジゼル


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 昨日の小坪しんやさんのブログによると、翁長知事派が絶対優勢といわれていた地域で、元航空自衛官の新人候補・大山たかおさんが、まさかの奇跡的当選を果たしたと書かれていた。那覇市議選挙の話である。実は極秘裏に、小坪さん自身が選対本部長を努めていたようだ。

 沖縄といえば、琉球新法、沖縄タイムス2紙の牙城と言われていたが、最近は八重山日報が、本島での販売も始めて話題になった。「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員の、我那覇真子さんの行動も注目に値すると思う。

 何も声高に語らず、事態の推移を冷静に見守っていた一般市民が、さすがに最近のメディアの報道姿勢、左翼勢力の言動を見て危機感を抱き、静かな投票行動に移ったのだと判断している。

 私に専門知識はないが、確かに現在の日本の法制度は「有事」をあまり想定せず「無事」を前提に年月を重ねてきたのではないだろうか。その制度疲労の間隙を衝いて「やり逃げ」と言われるほどの、卑劣な捏造報道が横行している。いつか将来振り返ったら、ブーメランとして逆襲を受けることになった主要因だったと、分析されるのではないだろうか。冷静な国民は、国家の存続を危うくするような報道機関や政治家、市民団体に対し本能的・直感的に違和感や忌避感を持ちつつあると思う。

 何年か前までは、メディアスクラムなる報道機関が、彼等の不都合は報じずに、国民の耳目を集めずに済んだ。しかし、昨今のインターネットやブログの発達、広範囲な浸透によって、「ごまかしや隠蔽」はできなっくなっていることを理解すべきだと思う。しかし、それはもう手遅れなのではないだろうか。

 私自身は、時間をかけて情報収集と分析手法のスキルを高め、一般国民の皆さんに信頼感と安心感で受け入れていただける情報発信を目指して行きたいと思っている。まだまだ仕事に忙殺される毎日だし、理念があれば直ちに構築できるほど簡単な機能ではない。しかし、5,6年ほど前の発案当時には、日本語でも英語でもファミリー・インテリジェンスという本来の意味での言葉は、Googleで検索しても存在しなかった。これからも、自分自身の嗅覚と直感を信じて試行錯誤を続けようと思っている。未踏で未開の荒野を切り拓くには、努力も継続力も大事だが、何よりも妄想力、想像力、直感力・・・そして閃きが不可欠だと実感している。

 今日は一日で六千歩以上を歩いた。少しずつだが、身体の変化を実感している。それに伴って、気力や集中力も徐々に向上しているようだ。しかし、将棋の棋力の方は急激には向上せず、一進一退を繰り返している。どんなに忙しくても、趣味の時間は大事にしたいものだ。常にそばに音楽があることも、救いになっている。

 まだ深夜前だが、活動の時間帯を少しずつ朝型に切り替えようとしている。はかない抵抗かもしれないが、健康も重要な要素だと思うので、少しでも寿命を延ばしたい。・・・どうでもいい話だが、ウクライナの首都はキエフだそうだ。高校時代、世界史や地理をサボったせいで、基本知識が欠落している。キエフはバレエ団でも有名だが、一度訪れてみたいと思い始めている。いつか実現することを願っている。

【ウクライナ・キエフの幻想】 
 ウクライナ・キエフ 2017.04 ①
  

【ウクライナ・キエフの現実】 
 ウクライナ騒乱から1年 首都キエフで追悼イベント(15/02/18)
  


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by hirune-neko | 2017-07-11 23:29 | インテリジェンス | Comments(0)

アンドレイ・タルコフスキーの世界と郷愁


Nostalghia(1983)/ Andrei Tarkovsky / BWV853


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 高校生の時、誰よりも授業が退屈に感じた。世界史の先生は、授業中に体調が悪くなり、薬を服用しに席を外した。世界史の授業があまりにも退屈で、私は気持ちが悪いと嘘をつき、同級生の友人に付き添ってもらって保健室に行った。
 倫理社会の先生には授業中に良く質問した。「先生、限界効用逓減の法則ってどういう意味ですか?」。先生が答えると、「じゃあ、限界効用逓増の法則はどういう意味ですか?」と、また質問した。すると「キミは私の知識を試しているのか!」と怒鳴りだした。
 英語の授業も気が進まないので、職員室に行き、先生に「これからクラスで、学校の問題について(でまかせを言った)クラスで話し合いたいので、授業は無しにしてください」とお願いし、聞き入れられた。そのまま先生はクラスに来ないと思ったら、始業時間を10分ほど過ぎて、様子を見に来た。私は慌てて教壇の所に行き、「それではみんな、これから討論しよう」と声をかけた。先生は怪訝な表情で引き上げていった。
 誰かが玄関に来ている、と同級生が呼びに来た。誰だろうと行ってみたら見知らぬ大人の男性で、喫茶店に連れて行かれた。開口一番、中学時代の素行の悪かった同級生の名前を出し、「お前の同級生から聞いたが、お前が遊んだ女は俺の姪だ。どうしてくれるんだ!」と凄まれた。見え透いたことを言ってるなと思ったが、「姪御さんって、なんていう名前なんですか?」と質問したら、相手のヤクザは返答に窮してしまった。最後は「お前の同級生は悪いやつだから、あいつとは付き合うなよ」と忠告してくれ、家まで車で送ってくれた。

 こんな話題を書き連ねたらきりが無いほど、私はひどい高校生だった・・・いや、問題児だった。これでも、北海道の地方都市では一番の進学校だった。実際には、全然興味を持てなかった化学と世界史は赤点だったが、追試験ではなくレポート提出でいいと言われた。両方とも同級生に作成してもらい、無事に卒業した。
 あくまでも想像だが、あの生徒を留年させたら、さらに1年間、相手をしなくてはいけない。大学もどこか合格しているようだから、このまま卒業してもらった方が学校のためだ・・・というのが、職員室の成績会議の結論だったのではないだろうかと思っている。

 北海道は歴史の短い土地だ。初めて京都の街並みを目にしたときは、圧倒されたのを憶えている。どの街にも独特の雰囲気がある。また行ってみたいと思うのは、パリとロンドンだ。行ったことがないのに、違和感なく郷愁を感じるのは、理由は不明だが、モスクワ、キエフ、レニングラード(今はサンクトペテルブルクだと、石川さんが教えてくれたが)・・・なぜだろうか。

 先日YouTubeで見つけた、アンドレイ・タルコフスキーの映画「ノスタルジー」の一部を目にし、音楽を耳にしたとき、強烈な懐かしさを感じた。記憶の彼方に埋もれてしまった幼少時期のシーンが再現したような印象だった。

 自分なりに、もう人生の責任を果たしたと思える時期が来たら、仕事も何もかもから離れ、終の棲家を探しに行くだろう。体力や健康、言葉の問題は徐々に深刻化すると思うが、本当の意味で神経が休まるのは、もしかしたら湘南ではなくロシアから北欧にかけてなのかもしれない。しかし、実際に居を定めてしまってから、こんなはずではなかったと思っては手遅れなので、一度旅行気分で行ってみたいという望みがある。

 アンドレイ・タルコフスキーの作品はひとつも観たことがないが、もしかしたら現実には存在し得ない世界を創作しているだけなのかもしれない。
 英国のスパイ小説作家、ブライアン・フリーマントルの「チャーリー・マフィンシリーズ」に登場する主人公のチャーリー・マフィンは、MI6の老スパイという設定だ。シリーズの中に、唯一(多分)ロシアが舞台の作品がある。邦題は「亡命者はモスクワを目指す」(Charlie Muffin and Russian Rose)だ。シリーズ全作品を読んだのは、30代前半ではなかったかと思う。

 振り返れば、何年も旅行をしていない。その国の基本的な歴史を勉強した上で、街に足を踏み入れれば、かなり具体的な人物イメージとストーリーが思い浮かぶのではないかと感じている。人生の最後で静かに創作するための、必要な訓練を受けていると思えば、仕事に追われていても苦にはならない。

 改めて、自分が年齢不相応な人生計画を立てていると思っている。かつて青年は荒野を目指したが、老年にだっていくつになっても、荒野を目指す心意気があってもいいのではないだろうか。


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by hirune-neko | 2017-07-11 01:01 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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