昼寝ネコの雑記帳

2017年 06月 10日 ( 1 )

このブログ主の発信情報に興味を持っている


Emmanuel - played by Toots Thielemans ( Michel Colombier ) - baroqer 2010


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 今日もまた、一段落したのは深夜1時過ぎになってしまった。これでもまだ、締め切りを過ぎてしまった案件を、いくつも抱え込んでいる。毎日発生する処理案件がなかなか途切れず、分断されながら本来の仕事を考えるので、遅々たる歩みになってしまう。集中力が途切れないように・・・ちょっとした拷問のようなものだ。

 もうかなり以前、匿名希望1さんが提供してくれた情報で、残置諜者(ざんちちょうじゃ)という存在を、初めて知った。大戦末期に日本の敗戦を悟った、陸軍中野学校出身の軍人達が、日本に帰国せず、それぞれの国に残った、というのが、残置諜者だという。「ブログ・中杉弘の徒然日記」に詳細が書かれていた。

 興味深かったのは、北朝鮮がタングステン水爆を既に開発し、アメリカのあちこちに秘匿しているというブログ主の記述だった。世界各国が核爆弾の小型化を目指しているとは聞いていたが、仮に北朝鮮が大量に生産し、秘密裏に世界中に拡散していたら、大変なことになるのは目に見えている。いわゆるスーツケース核爆弾と同類なのだろう。

 もう一つ興味深かったのは、日本人の畑中理という名の、陸軍中野学校出身の兵士が、北朝鮮に残置諜者として残り、金日成主席の軍事顧問として、軍事面、とくに核爆弾の開発研究を進めたという。無垢の一般市民数十万人の命を一瞬にして奪った、長崎・広島の原爆。畑中理は、北朝鮮で核開発を指導し、アメリカに核報復する執念に燃えていた・・・という内容のブログ記事だった。

 今日の「ブログ・中杉弘の徒然日記」の記事が、興味深かったので以下に引用させていただく。国際政治や軍事の動向は、なかなか予測が難しいと思うものの、ブログ主の分析内容が正しいとすると、穏やかではない。徒に不安感を煽るつもりはないのだが、事態が緊迫しているため、国会を空転させている場合ではないと思う次第だ。


(引用開始)
【「ブログ・中杉弘の徒然日記」から一部引用】
「アメリカと北朝鮮」2017.06.09

 アメリカが空母を引き上げているらしい。もうどこかに行きかけているのです。空母の行先は秘密事項だから司令官以外は誰も知りません。もう米軍の空母は、引き上げに入っているのです。これが大事な一つ目の情報です。
(中略)
 それから、僕が流した情報では「北朝鮮はタングステン水爆をもっている」ということです。これも情報です。タングステン水爆をもっていた場合、米軍は手も足もでません。

 もうすでにワシントン、ニューヨークに埋め込まれているはずです。リュックサックに入る大きさですから、ポンと置いておけばよいのです。こんなものを造られていたら、アメリカは手も足もでません。
(中略)
米軍は空母を撤退するとなると、「北朝鮮はタングステン水爆を持っている」という情報は正しいかもしれません。「これはヤバイ。このまま時間が経つと北朝鮮を攻撃せざるおえなくなる」という判断で、空母を静かに撤退させて他に持っていくのです。米軍は北朝鮮を攻撃できない」ということです。

 その動きから見て、事実を探っていくと、もしかしたら北朝鮮はタングステン水爆をもっているのかもしれません。

 また、このような情報を流しています。北朝鮮の水爆は日本が造ったのです。日本の畑中理さんが造ったものです。畑中理さんは陸軍中野学校の卒業生で、朝鮮名は金策です。北朝鮮に残置諜者が集まったのです。それに技師や軍人が集まって国家を造ったのです。

 北朝鮮は金日成を奉って造った国家です。では、その証拠は何でしょう。
金策の死後「共和国英雄」とされた彼の功績をたたえ、出身地に近い城津市は、1953年に金策市に改名されました。
 また、金策製鉄所(清津市、清津製鉄所(旧日本製鐵清津製鉄所から改名)、金策工業総合大学(平壌市、平壌工業大学から改名)、金策軍官学校(第二軍官学校から改名、現・金日成政治大学)も改名されている。1956年に設立された空軍の教育機関は金策航空大学(清津市)と命名されました。
この話はそれを見ていくと本当かもしれません。
(後略)

(ブログ・中杉弘の徒然日記〜「アメリカと北朝鮮」)
(引用終了)

 本当に、米海軍の原子力空母が撤退したら、マスコミが報じるはずだ。ここ数日の日本海情勢に注目したいと思う。

 ただ、いずれにしても、情報の断片に一喜一憂せず、不安や怖れも持たずに、物質的、精神的な備えを怠らないことが大切だと思う。個人的には、国際情勢に対しては悲観的な予測を立てている。それだけに、個人で、あるいは家庭での備蓄を万全にすることを、改めてお勧めする。


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by hirune-neko | 2017-06-10 01:59 | インテリジェンス | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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