昼寝ネコの雑記帳

2017年 06月 04日 ( 1 )

NOVAに行ってきた ・・・広告記事に非ず


Astor Piazzolla - Tango Blues (Campeón).wmv


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 初めて外国語学校に行ったのは、まだ大学生の時で、あれは日仏学院だったと思う。1回授業に出ただけで2回目からは行かなくなってしまった。なぜなのか、その理由は思い出せない。1クラスに50人以上の生徒がいたように記憶している。ただ遠くから、フランス語の授業を眺めているような雰囲気だったので、つまらなく思ったのかもしれない。

 あれ以来、外国語学校には全く縁のない生活を送ってきた。何度か書いたように、英語でレクチャーする機会が訪れそうな予感が強く、英語を学ぶことに飢餓感すら感じるようになってしまった。いろいろな方法があるのだとは思うが、マンツーマンで英語のレッスンを受けたいと思っている。調べてみたら、駅に行く途中にNOVAがあることを知り、数週間前に電話してみた。丁寧にレッスン内容や概要について教えてもらっていた。

 今日の夕方、直接説明を聞いて、雰囲気も見てみたいと思ったので、ふと思い立ちNOVAに電話した。電話に出た女性は、前回説明してくれたのと同じ人だった。説明会を開いてくれるというので、行くことにした。

 現在工事中のスーパー・マルエツのすぐそばにあるビルだった。思ったよりは小ぶりなスペースだったが、小さな部屋に通されいろいろ質問された。何十年か前には頻繁にアメリカやヨーロッパの国々に行き、ほとんど飛び込み同然で取引契約にこぎつけたが、長いブランクがあるのでもう一度、きちんと英語を使えるようになりたいと説明した。ボランティアで、英語を公用語とするミーティングに出席し、一般社会情勢について説明する機会がありそうなので、と付け加えた。

 本当に長いブランクがある。果たしてどの程度英語で対話できるか、試してみないとわからない。いささか自慢話になってしまうが、30数年前は友人のアメリカ人から「目を閉じて話すのだけを聞いていたら、ネイティブの人が話してるように聞こえる」と言われたことがある。私と話すアメリカ人の話すスピードは、全く普通のスピードだとも言われた。つまり、私が外国人だという認識をしていないのだと、彼はそういった。そんな思い出程度だが、英語に関する私の唯一の財産である。

 もう一つあった。アメリカで英語に対する自信を深めていたのだが、初めて英国に行き、ロンドンのヒースロー空港からタクシーに乗ったときは愕然とした。一瞬、タクシーのドライバーが何語をしゃべっているのかと思った。そこで思い出したのは、ミュージカルのマイフェア・レディで、イライザが口ずさむ歌だった。文章で表現すると、The rain in Spain stays mainly in the plaIn・・・これが、英国のコックニー訛りだと「ザ ライン イン スパイン スタイズ マインリー イン ザ プライン」と発音する。つまり、今日という意味のtodayは、トゥデイといわずに、トゥダイと発音する。万事がこのような音になってしまう。最初は英語に対する自信が完璧に崩壊してしまった。何度か行くうちにだんだん聞き取れるようになり、最終的には同じ英語でもカナダ人のアクセント、アメリカ・ウェストおよびイーストコーストのアクセント、テキサスのアクセント、黒人のアクセントなど、異なる国や地域の英語に対する適応能力が増したと思う。・・・説明会では、教師の国籍や学力・教養レベル・一般常識度などに対する確認をしたい、とまで言ってしまった。ずいぶん生意気で、扱いにくいじじいだと思ったことだろう。しかし、へんてこな言い回しや、無作法な英語を刷り込まれてはかなわないと思う。それは、当然のことではないだろうか。

 入学するには、最初に15分程度のレベルチェック・テストがあるという。大阪だったかの本部と、テレビ電話のような形式で行うらしい。果たして、どの程度のレベルだと判断されるか、心配でもあり楽しみでもある。

 時々ふと、自分の精神・心理状態を客観視することがある。明らかに私には、自分自身の小さな世界の中に閉じこもったまま、そこから出たくないという側面がある。こんな病名はないとは思うが、精神的閉所安堵症候群かもしれない。矛盾するようだが、今日のように家の外に出て、しかも新しい世界の入り口に入って行くときに、気持ちが高揚する。集中力と闘争心が湧き上がってくるのも感じる。

 人間は誰でも、複数の側面を持っていると思う。それらが相互に機能・干渉し合うことにより、その人の個性を構築していくのではないだろうか。お金をもらえば嬉しいとは思うが、幸か不幸か、私にとって金銭は絶対的な価値を持たない。使命感や達成感、あるいは他の人に感動や癒し・寛ぎを提供できたと思える時が、最も至福の瞬間である。

 1の位を四捨五入すれば70歳であり、心象イメージからすると、すでに3000年以上を生きている・・・と思い込んでいる。そのような視点から、あれこれの行動様式が生まれてくる。これはもうすでに、私の個性なので善し悪しは別として、引き続き大事にしていきたいと思う。

 (・・・実は、NOVAの説明会で、初級レベルから最上級レベル、つまりネイティブと対等にディベートできるレベルまでのテキストを見せてもらった。ここだけの内緒の話だが、最上級レベルのテキストは、活字を見るだけであればほぼパーフェクトに理解できた。ただ、耳で聞き取れて、自分の考えをそのレベルの英語で話せるかどうかというのは、全く別問題だ。おそらく、レベルチェック・テストを受けて、毎週一度通うことになると思う。まるで、小学生が遠足に行く前のような、楽しさとささやかな興奮を感じている。つくづく、人間は何歳になっても、やりたいことがあるというのは実に幸せなことだと思う。これは、周りの人たちには決して言えないのだが、フランス語のレッスンについても質問してみた。英語以外はオンラインのテレビ電話のようなレッスンがあるそうだ。月に一度のグループレッスンであれば、授業料はそんなに高くはない。フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語などがある。もちろん中国語と韓国語もあるそうだ。ロシア語、ヘブライ語、アラビア語について訊いてみたが、それはないそうだ。私に与えられているのは、あと何年生きる人生なのか、皆目わからない。人生で大切なのは、何を成し遂げたかだけではなく、何をやろうとし続けていたか、のような気がする。)


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by hirune-neko | 2017-06-04 01:19 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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