昼寝ネコの雑記帳

2017年 05月 13日 ( 1 )

リアルな夢と、夢の中のような現実


Obsessão/Não Me Diga Adeus/Pois E/A Flor E O Espinho - Maria Creuza


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 意識が混濁する、という表現がある。死線をさまよって、この世と霊界との境界線を行ったり来たりしているような状態なのだろうか。

 久しく、とてもリアルな夢を見ていなかったが、最近立て続けに見るようになっている。とても現実的で、具体的な会話はするし周りの情景もしっかりしている。目が覚めて初めて、あぁ夢だったんだと思うぐらいだ。

 今日の夕方前、段取りを組んで1つずつ仕事を片付けていたのだが、突然どういうわけか産婦人科医会に電話をするようにという促しを、心に感じた。何も理論的な根拠があるわけではなく、数週間前にインターネットで検索して閲覧していただけた。

 そこが私の単細胞なところで、ためらわず電話番号を探し当てて電話した。ある県の産婦人科医会である。全国の産婦人科に対して全面営業を開始するには、まだ態勢が整っていない。準備を進めながら、どのような方法でアクセスすればいいか、考えてはいる。しかしどういうわけか、突然産婦人科医会に電話するようにと言う思いが強くなってしまった。

 何を話し、何を依頼するかの準備も全くなしに電話をかけた。相手は女性だった。ほんの少し躊躇しながらも、こちらの自己紹介とお願いしたい案件を伝えた。すると、口頭ではなく資料を送ってほしいと言われた。メールで良いかどうか尋ねたら、誰かに相談したらしく、ファックスで送ってくれと言う。そう言われた以上、従うしかない。

 最終的に、約6時間半かけてA4判で5ページの資料を作成した。普段あまり使ってはいないが、eFaxといって、作成した文章をPDFに変換し、それを添付で送る形でメール送信すると、相手のファックス機に着信する。

 わき目もふらずも6時間半だったので、さすがにくたびれてしまった。現実に作業をしていたのだが、まるで現実世界から切り離されて、別世界にこもって過ごしていたような気分だ。

 今日送ったファックスを読まれた会長さんが、一度話を聞くから事務所に来るように、と言ってくれれば大きな前進である。そこには100カ所以上の産婦人科医療機関が会員として登録されているようだ。会長さんが、推薦や紹介をしてくれれば、その結果はともかくとして、他の都道府県の産婦人科医会に対してもアプローチできる実績になる。

 仕事なんて、全て計算通りにことが運ぶわけがない。とにかく、絶えずベクトルを前方に向けてひたすら前進するしかない。どこかで、堰を切ったように流出してくれることを願っている。

 私は自分に、予知能力があるなどとは思っていない。しかし、不思議なことに既視感のようなものを感じることが多い。先が見えるとか、結末が見えるとか、若い男女を見てもどのような老人になるか、その表情が見えるような気がする。

 何事も先が見えてしまうなんて、ある意味では、味も素っ気もないつまらない人生かもしれない。しかし、よくよく考えるとそうでもない。まさかそんなことが実現するわけがない、と思われるようなことでも想像力を逞しくして、かなりリアルに想像・妄想することができる。そうだ。想像力・妄想力・空想力だけはそんなに衰えていないような気がする。

 創作活動には、その想像力・妄想力・空想力は不可欠だ。それらの力を結集して、今未来の韓国情勢を透視してみた。

 どう想像しても、バラ色の光が射す気配が感じられない。いくつものブログを閲覧していると、決して楽観的な方向性が見えてこない。

 文在寅新大統領は、もともと北朝鮮に太いパイプがあるようだ。窮地に陥っている金正恩最高指導者とは、感情的に一蓮托生の覚悟なのかもしれない。距離を置いて眺めているだけの部外者だが、どうも韓国の政治指導者は感情論や情実論で、しかも国民の人情論に強い影響を受けてしまう傾向があるようだ。

 就任して間もない大統領ではあるが、あまりにも極端な方向に舵を取り、急激な方向転換をするならば、危機感を抱く人たちも現れるはずだ。すでに、韓国の財閥を解体するという意向を示していると聞いている。南北朝鮮のいずれにも、国家元首を見放した軍部によるクーデター、あるいは国の前途を危機的な状況に陥れたことに対する憤怒の感情から、暗殺などのテロ行為に走る人が現れるかもしれない。関係当事国を混乱に陥れるため、無差別テロ事件を起こすかもしれない。それぐらいの緊迫感を感じる。

 もう数十年前のことだが、当時居候をしていた男性を、一緒にアメリカに連れて行くことになった。ユナイテッド航空のソウル経由便だと安かったので、成田からソウルに向かい、そこからアメリカに発つ予定だった。ところが、何が起きたのかは知らないが飛行機が出発せず、ホテルを用意されて一泊することになった。あの当時の私は、韓国に対する警戒心も忌避感も何もなかった。用意された観光ツアーに参加し、韓国料理店で無料の夕食をいただいた。旅行ブックを片手に「イッスムニダ」(美味しい)などと、無邪気に韓国語を話した。

 正確には、あれから少なくとも30年以上が経過している。居候していた男性はその後、千葉大の医学部を卒業し、現在は北海道のある病院の院長をしている。隔世の感がある。

 南北朝鮮情勢。それに絡む中国やロシア、そしてアメリカの出方。日本の現在は、憲法改正や共謀罪などの議論の真っ最中だ。そんな緊迫した情勢には関係なく、昨日紹介したように、日本には黄砂やPM2.5が飛来している。なんと生きるのが大変な時代だろうか。

 いろいろな人がいろいろな予測を立てるが、どこかが戦争状態になれば、予測が当たったとか外れたとか、そんな議論は吹き飛んでしまう。現実的に、様々な緊急事態に直面することになる。それが夢であれば、じきに目が覚めるのでどっと疲れる程度で終わる。しかし、実際に東アジアで武力衝突が発生し、日本もそこに巻き込まれるならば、これは本当に現実的な問題になる。

 どんな状況になるかを正確に言い当てることは困難だ。しかし、何度も繰り返すように、少なくとも食料品と飲料水は不可欠であろう。さらには通信機器も不可欠だと思う。通信機能を維持するためには電源も必要である。一体どれぐらいの期間、自給自足体制を継続できればいいのか、それは誰にもわからないと思う。しかし、あれこれ備えていて良かったと思える状況になるか、あるいは、人の助言を聞いてちゃんと備えていればよかった、と後悔することになるかのどちらかだ。そのいずれを選択するかは、今この瞬間の私たちにできることだ。今からでも決して遅くはない。

 少しでも必要な物資をリストアップして、備蓄しておくことが重要なのではないだろうか。他人事のように、高見の見物でいられるほど、事態は楽観的ではないように思える。


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by hirune-neko | 2017-05-13 00:40 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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