昼寝ネコの雑記帳

2017年 05月 04日 ( 1 )

フィクションとノンフィクションが交錯する領域


Reflections in D • Bill Evans


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 今日から実施的なゴールデンウィークが始まったが、私は年中無休なのでゆっくり休むことができない。しかし、ちょっと頭休めに途中まで観ていたアメリカのテレビドラマ・24(Twenty-Four)のシーズン3-シリーズ3を観た。

 このシーズン3は、刑務所に入っている麻薬王を釈放させるため、感染力も致死力も強力な生物化学兵器を、ロサンゼルスに散布するという脅迫電話がFBIにかかってくる、という筋立てだった。小さな包みに入った生物化学兵器を、あちこちにばらまくという恐ろしいテロ行為だった。あくまでも、テレビドラマの中のフィクションなので、それなりに緊張はするものの、リラックスして観ることができる。

 今日、政治ブログランキングの30位までをざっと閲覧してみた。かなり速いスピードで読むので、メモは取っていない。しかし、1つだけとても気になる記事があった。あの強気のトランプ大統領が、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会談してもいいと言い始めているらしい。

 強力な海軍の艦船を朝鮮半島沖に待機させ、今にも攻撃をするぞという姿勢を見せていたのに、その相手に対して話し合いをしてもいい、というのはいかにも不自然に感じる。

 今更言うまでもなく、私は全くの門外漢であり素人であり、あくまでもあれこれの公開情報から推論しているに過ぎない。いくつかの報道記事とブログ記事を組み立てて、推測をしてみた。いわゆるOSINT情報である。

(推測その1)
 金正恩朝鮮労働党委員長が、さすがにアメリカ軍、韓国軍、日本軍の包囲網に恐れをなし、なおかつロシアも中国も助けてはくれそうもないという状況下で、極秘裏にトランプ大統領に対し白旗を掲げた。これからは核開発を放棄し、親米路線の国家になるので助けて欲しい、とギブアップした可能性はゼロではないだろう。さしものトランプ大統領も、そこまで相手が折れてくれば、武力衝突を避けて対中国・ロシアの地政学上の拠点として、是非とも管理下におきたいのではないだろうか。それはそれで、最悪の事態が避けられ多少は安堵できそうな気がする。そのようなシナリオなら、トランプ大統領の面目も立つし、やれやれなのではないだろうか。

(推測その2)
 過日、匿名希望1さんの投稿で、閲覧したブログがある。そのブログ「中杉 弘の徒然日記」を読むと、残置諜者(ざんちちょうじゃ)という初めて目にする言葉があった。大東亜戦争の末期に、日本がアメリカの原爆によって敗戦すると予測した人たち(記憶が間違ってなければ陸軍中野学校出身の人たちだったように思うが)が、日本に帰らず敗戦後もそれぞれの国に残って、情報活動を続けたという。それが残置諜者だ。その一人が北朝鮮に渡り、当時、ソビエトから帰った金日成を軍事的に指導したと書かれている。その人物は、アメリカに原爆を落とすという執念に燃え、北朝鮮での原爆開発を推進したらしい。

 以前から聞いていたことだが、北朝鮮にはプルトニウムやウラン、タングステンなどの地下資源が豊富にあるらしい。技術的な問題さえクリアすれば、原爆を作るのに必要な資源は豊富にあるということだろう。問題は、現在マスメディアで話題にしているミサイルや大陸間弾道男などではなく、小型で高性能の原爆が存在するらしいということだ。

 同じく、ブログ「中杉 弘の徒然日記」を読むと、「タングステン原爆(水爆)」という言葉が目に留まった。広島や長崎に投下された原爆は、何メートルもの長さだったそうだが、この耳慣れない「タングステン原爆」は、わずか1から2キログラムの重さで、広島原爆の10倍の破壊力があると言う。その程度の大きさなら、カバンやリュックサックに詰めてどこでも持ち歩くことができるだろう。つまりアメリカの主要な都市のあちこちに、すでにこの「タングステン原爆(水爆)」と言う名の、超小型原爆が密かに設置されている、という懸念がありそうだ。手動タイマーあるいは遠隔無線操作で起爆させるのか、まではわからない。しかし、アメリカ政府にとっては、もしこれが事実だとすれば、とんでもない脅威である事は間違いない。

 つまり、金正恩委員長がトランプ大統領に対し、アメリカの主要都市数十カ所にすでにこの超小型原爆を配置し、いつでも起爆できるという事実を開示したと仮定しよう。裏付けも取れたとするならば、むやみに北朝鮮を攻撃するなら、全米の数十カ所で一気に巨大な原爆が炸裂することになる。そうなれば、アメリカの終焉だろう。トランプ大統領としてはなんとしても避けたいシナリオだ。

 これがもし、アメリカのテレビドラマ・24(Twenty-Four)の中の出来事ならば、CTU(カウンター・テロ・ユニット)のチーフであるジャック・バウワーが、ハラハラさせながらも最終的にはこれらの原爆の所在地を突き止め、起爆装置を外してこのシーズン3は無事に終わる。しかし、今現実に展開している緊迫した情勢は、テレビドラマ中のフィクションではなく、文字通りノンフィクションの現実である。

 重さがわずか1から2キロ程度の爆弾であれば、見つけ出すのは困難なのではないだろうか。文字通り海岸の砂浜の中から一本の針を探すようなものだ。そこで、屈辱的な選択肢にはなるが、とりあえず会談を持ち相手の要求を聞き、なんとか妥協点を見出そうという状況になっているのかもしれない。それであれば、トランプ大統領の「状況さえ整えば、金正恩委員長と会談しても良い」、と発言した背景の辻褄が合うのではないだろうか。

 本当に、テレビドラマで展開するフィクションと、国際政治・軍事の舞台で展開するノンフィクションとの境界線が曖昧になっている。ある意味では恐ろしいことである。

 こう書いてしまうと、せっかくお越しくださった読者のみなさんを不安に陥れ、恐怖感を持たせてしまうことになりかねない。しかし残念ながら、これが現実世界である。

 何度も何度も繰り返すが、何が起こるかわからないという事は、逆に言うと何も起こらないかもしれない。しかし、いずれにしてもお互いに努力して何とか生き延びようではないか。同じことを繰り返すが、食料品と飲料水は予算と場所の許す限り、是非確保していただきたいと思う。いつか一緒に、よかったねと、お互いに胸を撫で下ろせる日が来ることを願っている。

 なお、以下の資料(2)を読まれた読者の方が、次のようなコメントを残していらっしゃる。なかなか冷静に述べていらっしゃるが、さすがにこのような超小型の爆弾となると、FBIその他対テロ対策機関にとっても、全てを摘発するのはかなり至難の業なのではないかと感じる。

(順番が前後するが、以下で紹介する参考資料「北朝鮮のタングステン原爆」に対する読者のコメントである)
3. 妄想の流布は、いけません。
米国は、長期的な戦略に基づいて核の小型化や米国内等における中国や北朝鮮の工作員による小型核の設置の可能性を含む軍事情報を収集分析し、軍事行動をとります。 米国が、今の段階で北朝鮮を攻撃しないのは、できないのではなく、やらないのです。 なぜなら、すぐに決着がついてしまうからです。 また、軍事面だけでなく、世界経済面からしても、その景気回復のために最低3年間の大規模な戦争は必要です。 今の段階は、大規模な戦争の舞台を綿密に設定している最中です。 遅くとも2019年9月までに、このような国際情勢にあることを理解できるようになるでしょう。

【今日の記事に関連する参考資料】
(1)Newsweek(2017年5月2日(火)09時20分)
   トランプ大統領、北朝鮮の金正恩と首脳会談も「適切な状況下なら」

(2)ブログ「中杉 弘の徒然日記」
   北朝鮮のタングステン原爆(水爆)

(3)ブログ「中杉 弘の徒然日記」
   北朝鮮は、日本の残置諜者の国

(4)ブログ「中杉 弘の徒然日記」
   北朝鮮と畑中理(おさむ)
   https://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi/entry-12266715553.html


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by hirune-neko | 2017-05-04 01:36 | インテリジェンス | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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