昼寝ネコの雑記帳

2017年 05月 03日 ( 1 )

霊界からのお迎えがやってくるのだろうか


Changeling Soundtrack - End Title


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 普通、亡くなった人は夢に出てこないというし、ましてや夢の中で亡くなった人と会話を交わすことはないとも聞いている。

 土曜日の早朝、夢の中で知人の家に泊めてもらったが、数年前に亡くなった男性も一緒にいた。会話した記憶はないのだが、目が覚めてしばし茫然としていた。

 今日の朝、何時頃だったか正確に覚えていないのだが、まことに奇妙な夢を見てしまった。

 旅支度の私は、大きなスーツケースを持ってロンドンの母の家に行った。今は亡き母がそこにいた。その日には飛行機で日本に帰る予定だった。そこになぜか、三男の家族がいた。

 母は知人に電話をしている。泣きながら、せっかく息子が来ているのだから、普通だったら何か手土産を持ってきてくれるべきではないか、と訴えている。あんなに感情的になる母を見た記憶が無かった。

 やがて、三男の娘二人を幼稚園に送ることになった。車には、三男とその妻、二人の娘達、そして私と母が同乗していた。幼稚園のある場所は、オックスフォード・サーカスという通りのすぐ近くだった。三男が降りて後部のドアを開けようと思ったとき、後ろから走ってきた車にはねられた。

 道路の脇にうずくまる三男の所に行こうと思ったら、いつのまにか、はねた車の後部座席に座り、苦しそうにお腹を押さえている。隣に座る男性も運転していた男性も、信頼の置けそうもない印象だった。三男に声をかけると、かなり痛いという。

 とっさのことだったが、そのまま病院に連れて行くと言われても、どこかに捨てられて放置されるような気がしたので、免許証の提示を求めるか、救急車を呼ぶか、車の子ども達をどうすべきか・・・緊張した瞬間だったが、そこで目が覚めた。

 連続して死人と過ごし、しかも研修医として激務の最中の三男の痛み苦しむ姿を目の当たりにし、とても後味の悪い夢が続いた。胸騒ぎもする。夕方になって、ようやく次男にメーrを送った。ひと言だけ「生きてるか?」と送信した。まだ返事はないが、何かあったら嫁から連絡があるだろう。

 私の年齢になると、身近には他界する人やカウントダウンの人たちが何人も存在する。奇妙な夢が続くと、お迎えが来たのかなと思ってしまう。少しばかり、弱気になってしまった一日だった。

 その割には、かなり集中して懸案事項をこなした一日だった。改めて、たとえお迎えが来たとしても、後顧の憂いなく心穏やかに旅立てるよう、集中してスピードアップし、なすべきことをやり遂げようという気持ちになっている。

 糖分の摂取を減らすため、カカオ分95%のチョコレートを買って食べてみた。正直に言うと、不味い。甘さを求めているのに裏切られた感じだ。甘くないのは当たり前なのに。

 余命というのは、不明なのがいいところなのだろう。でも、強い使命感があれば、生命力も高まるような実感がある。すでに三千年も生きているというのは、嘘のような本当のようなあやふやな心象だが、でも、これまでの人生は密度が濃かったように思える。

 実際には、十の位を四捨五入したら百歳だというのに、知識欲と好奇心、向学心はますます高まっている。複数の外国語、暗号数理学、統計学、データベースプログラム、そして勿論インテリジェンス。多少使いこなせるのは英語ぐらいなので、本当に三千年も生きているのか、疑わしくなることがある。しかし、思索は長く深く継続してきたように思う。サルトルもカミュも、ニーチェもヘーゲルも、その述べている内容を自分自身の考えと比較して判断しているではないか・・・それは冗談であるが、冗談はほんの数%だというのも、正直な気持ちがする。

 絶え間なく考え続け、なんとなく収束に向かっていると思えるのは、実際にそうなのか、あるいは単なる希望的幻想に過ぎないのかか。それはあと5年もすれば、検証ができていると思う。なんとか最低5年は第一線で生きていたいと思う。少しでも多くの、善良な方々のために、共有していただける遺産を遺したいというのが、私のささやかな野望である。


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by hirune-neko | 2017-05-03 01:01 | 心の中のできごと | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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