昼寝ネコの雑記帳

2017年 05月 02日 ( 1 )

そういえば、最近は創作する余裕がない


Astor Piazzolla - Tango Blues (Campeón).wmv


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 創作ストーリーを考えるのが楽しみのひとつである。しかし最近は、現実社会があまりにも緊迫しており、一触即発になりかねない状態のときに、妄想の世界に閉じこもるだけの心のゆとりがない。

 かなり以前、アウトドア・サバイバルに関する本を読んだ。人間が極限状態に置かれた時・ ・ ・例えば、山奥で道に迷ってしまい携帯電話もつながらない、あるいは砂漠の真ん中で車が故障し、身動きできなくなってしまう。いずれも、食料と飲料水が底をつき、死と隣り合わせになれば不安感と恐怖感が募る。

 そのような状況に置かれた人間の、最も死に至るケースが多い原因は何か、について書かれていた。一言で言えば、パニック症状を引き起こし、冷静な判断力を失ってむやみに動き回り、やがては体力を消耗し死に至るそうだ。極限状態にあって、パニック状態にならないよう自分をコントロールするのは、かなり難しいだろうと思う。

 30年以上も前の頃だが、アウトドア・サバイバルに興味を持った。その少し後で、アーバン・サバイバルと言うテーマの本が出版された。著者は海外で傭兵経験のある方だった。自然界の厳しさと対峙したサバイバルではなく、飛行機事故など、いわゆる都会の日常生活で発生する、様々なリスクに対応する方法が述べられていた。

 あれからすでに30年以上が経過した。今現在の私たちにとって視野に入れるべきアーバン・サバイバルとは、どのような手法なのだろうか。

 書籍検索をしていないので、正確な事は言えないが、個人的な見解を述べさせていただきたい。あくまでも参考にしていただく程度の内容だが、私も含め、今この時代を生きている人たちにとっては、意味のあることなのではないかと考える。

 なんだそんな程度のことか、と思われるかもしれない。しかしこれらは、平常時から大事にしておくべきテーマだと思う。何せこれまで三千年の長きにわたって生きてきた私が言うのだから、そんなに的外れてはいないと思う。

【昼寝ネコ一族に代々伝わる家訓】

(1. 方向感覚を身につける)
 見渡す限り地平線の灼熱の砂漠や、暗く道標のない山奥では、自分のいる場所や進むべき方向が分からなくなってしまう。それ自体が、恐怖感と不安感を募らせる。現代社会でも同様に、世の中が複雑な動きを見せ、また種々異なる意見が錯綜すると、何が正しいのかが見えなくなり、不安になってしまう。したがって、日ごろから信頼できる複数の情報源を探し当て、それらから得た情報で社会の進むべき方向を見極めるよう努める。

(2. 危険の所在場所に敏感になる)
 不慣れな自然界では、どこに危険が潜んでいるかを知ることが難しい。野生の動物や毒蛇あるいは猛禽に襲われる可能性もある。もちろん、都会生活ではそのような危険は考えにくい。しかし、何度もお伝えしているように、日本社会に同化している組織や人々の中で、いざ有事の際には、武器・弾薬を手にして日本人を攻撃するように、敵国から命令される人たちが存在する。したがって、そのような可能性のある企業や団体、組織が身の回りのどこに存在するのかを知ることも必要だろう。今日、世界中で一般市民がテロ攻撃の危険にさらされている。どの国も、莫大な予算を投じているものの、効果的な対策を実施できないでいるのが実情のようだ。中には、ひっそりと身を隠し生物化学兵器を散布するテロも起こり得る。したがって、ある程度は基本的な知識を得ておくことも、自分や家族あるいは友人を守るきっかけになるかもしれない。

(3. 生命維持に必要な最低限の物資を貯蔵する)
 再三お伝えしていることであるが、非常事態が宣言されマスメディアも報じる状態になると、全ての人は本能的に、人間の生存に最も必要な食料品と飲料水に殺到する。東日本大震災直後の情景を思い出す。近所のコンビニやスーパーの棚からは、食べられるものや飲めるものが、あっという間に消えてしまっていた。たとえ一週間分でもいいから備蓄することが、明暗を分けることになりかねない。

(4. 誰にでも与えられている権利と義務を認識し行動する)
 差し迫った危機的な状況への対応とは異なるが、何度かお伝えしたように選挙というのは、国の方向性を平和的に、かつ合法的に明確に決定付けられる機会である。したがって、一国民として選挙には棄権せず投票場に行っていただきたい。その前提として、これまで以上に政治に関心を持っていただき、目先の議論に惑わされず、日本の将来を託せる政治家や政党を選んでいただきたい。最近は、選挙だけでなく官邸メールや外患罪集団告発など、基本的には誰でもが意思表示をできる環境が整ってきているようだ。多くの国民が明確な意思表示をすることにより、政府も国民の意思を尊重しやすくなるだろうと思う。無用な争いを避け、時間をかけても合法的に、かつ平和裡に社会を健全化する機会を大事にしたいものだ。

(5. 怒りや憎悪の感情を増幅させず心に平常心を保つ)
 ともすれば、人は誰でも不法・違法な行為を見聞きすれば、憎しみが湧き怒りを感じるだろう。それは人間として自然なことだ思う。しかし、これだけ社会が複雑化してくると、より正確な情報を得て、正しい判断をするためには、心が感情的にならず平静・客観的な判断力を維持することが大切だと思う。一朝一夕に完成できるものではないと思うが、日頃から自分自身の心の状態を客観視し、感情的にならないよう自己訓練をしておくことも大切なのではないだろうか。

(6. 目に見えず心で感じる要素を意識する:感性・直感力)
 平常心とか平安な心、という表現がある。どのような方法で心を平和に保つかという、全ての人に共通の方法があるはずがない。しかし、普段から目に見えない要素を心で感じられるよう、意識することは現代人にとってとても大切だと思う。つまり、音楽や詩、映画や舞台作品あるいは文学作品などを鑑賞することは、私たちの感性を育ててくれる。心に平安や感動を感じた状態というのは、忘れることのできない印象・心象である。心に平安や感動を感じる経験が多いほど、感性が育ち、また人間としての徳性も高まると思っている。人生で重要な選択を迫られる時には、情報やノウハウの知識以上に、感性や直感力などがとても重要になると、改めて申し上げたい。

(7. 家族や友人、信頼できる人間関係を大切にする)
 たとえ自閉症の人であっても、あるいはうつ状態の人であっても、人からの心からの親切には心を開く可能性がある。お互いに安心・信頼しあって接することのできる人間関係は、とても貴重な資産だと思う。大切に思う人が存在すれば、その人のために何かしよう、その人のために生きようという内面的な動機・エネルギーが湧いてくる。また、自分の周りにそのような人間関係があれば、孤立感を感じずに済む。人に優しく親切に接し、相手から感謝の気持ちを伝えられる機会があれば、これも貴重な人生経験であり、人生観や価値観をより健全な方向に構築できるようになる。


 今日は、少しばかり偉そうに述べてしまった。少々上から目線だったかもしれない。しかし、私自身が自分のことを上から目線で眺め、自分に対する教訓だとも思って書いている。

 いろいろ考えてみると、最も秘密のベールに包まれているのは、国際政治舞台の国家元首の頭の中なのではないだろうか。大統領の決断ひとつで、敵国のトップを暗殺することもある。したがって、評論家や学者の皆さんがどのように予測し、あるいは意見を延べようが、それはあくまでも推測に過ぎない。

 大統領は、国家安全保障会議で報告されるあらゆる情報を基に、最終的には自国の国益を考えて判断する。いかに側近といえども、最終的な大統領の判断まで踏み込むことは難しいだろうと思う。

 私たちは政治評論家でもないし、大統領補佐官でもない。いろいろな判断力を養うことは望まれていると思うが、まずは自分と自分の家族をよく備えることなのではないだろうか。より多くの国民が必要な物資を備蓄しているならば、それだけ国家や自治体の負担を軽減することにもなる。

 非常に緊迫した調整が続いているけれど、どうぞ平常心を失わず、いろいろな状況を想定して備えをしていただきたいと、心から願っている。


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by hirune-neko | 2017-05-02 01:01 | インテリジェンス | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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