昼寝ネコの雑記帳

2017年 03月 17日 ( 2 )

ほう、それは意外な流れだと思う


Shirley Horn - "The Island(MIDI orchestrations:George Mesterhazy)

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 今日、仕事の合間にいろいろなブログ記事に目を通してみた。すると、意外なタイトルが目に飛び込んできた。電子書籍の販売数が減少傾向だという。
 そんなことは当たり前の時代になってしまったが、電子書籍は紙の書籍に比べると、場所を取らないし重量もかさばらない。大量に読書をする人にとっては、これほど重宝なものはないのではないかと思っている。したがって、紙の書籍は衰退の一途をたどり、印刷会社や製本会社の仕事は、ますます減るものと予測していた。

 しかし、その電子書籍の販売数が減少傾向だという。一体どのような変化が起きているのだろうか。零細規模ではあるが、一応は出版社として仕事をしている。考えてみれば、私たちの主力商品となっているのは、子供の名前を入れた絵本で、著者がお父さんとお母さん、そして子供への愛情のメッセージが綴られている。外見は皆一緒だが、子供の名前を入れるので1冊1冊がすべて異なる。結果的に、手作りの絵本になってしまっている。考えてみれば、電子書籍前世のこの時代に、なんと原始的な方法で本を作っているのだろうか。

 しかし、もし誰かが私を励まそうと考え、私を主人公にした本を作ってくれたとする。題して「昼寝ネコ繁盛記」だったとしよう。この本が、紙製の本であり相手の手紙を添えて手渡された、という状況を想像してみると、確かに丹精込めて1冊の本を作り、プレゼントしてもらったという実感と感謝の念は湧くだろう。

 一方で、その人が単行本をPDF化し、メールに添付して送ってくれたとしよう。もちろんそれでも嬉しいには違いない。しかし同じ内容の本でも、紙に印刷された本と電子化された本とでは、確かに違いがあるだろうと想像できる。つまり、一言で表現するならば、ぬくもりがあるか、あるいはないか、その違いではないだろうかと想像する。

 今はまだ時間的な余裕がないので、手をつけられないが、あれこれ欲張らずにKindle本だけを手掛け、Amazonで売るような流れを作りたいと思っている。AmazonでKindle本を売るとなると、流通形態も異なるしそれなりのテクニックもあるのだなと思う。しかし、その辺の事情さえ飲み込んでもらえれば、かれこれ35年ほど本作りの仕事をしてきているので、なんとか土俵に乗れるだろうとは思っている。

 電子書籍の販売数が減少しているとはいっても、情報を得る対象として購入する本であれば、やはり電子書籍が好まれると思う。全文の中から特定のキーワードで検索することもできるだろうし、かさばらず重くないのが最も助かる。しかし、内容によっては紙の本とkindle本との二本立てで出版するのも面白いかもしれない。もちろんリスクとの相談になる。

 このように、近未来の構想をあれこれ考えるだけでも、とても心の栄養になっている。

 電子書籍の販売動向について興味がおありになる方は、いかに情報記事をご紹介するので、参考にしていただきたい。


(Business Newslineの記事引用開始)
欧米書籍販売市場で異変、電子書籍の販売部数減の傾向が顕在化

 欧米の書籍販売市場で、電子書籍の販売部数が減少する傾向が顕在化してきている。
 業者の間では、印刷媒体よりも手軽でスペースも取らない次世代の媒体として電子書籍を進める動きが強まると同時に、一部の消費者の間でも「自炊」と称して、既に購入した印刷媒体をスキャナーで読み込み、電子化する動きも広がっていたが、現状の電子書籍の販売部数減が今後も続いた場合、業者や消費者の間で生じていた電子書籍を推す動きは一過的なブームで終わる可能性も生じている。

 Nielsenの調査に基づくtheguardian.comの記事によると、イギリスで2016年に販売された書籍数は前年比2%増の3億6000万部となったのにも関わらず、電子書籍の販売高は、同4%減となり、2年連続での売上減となったとしている。

 この傾向は米国でも同様に顕在化してきており、現時点ではまだ2016年の売上高の詳細については判っていないが、fortune.comの記事によると、2015年の米国における電子書籍の販売高は前年比11%の大幅減となったとしている。

 電子書籍の販売不振の原因は、消費者が電子書籍の形態を好まず、書籍は印刷媒体で読みたいする欲求が強いことが原因とも見られている。

 電子書籍の場合、印刷媒体の書籍のように、借りたり、読み終わったものを古本として売却することも困難で、電子書籍という形式で得られる利点以上に、利便性の欠点も生じることなども、電子書籍が敬遠される要因となっているものとも見られている。

 電子書籍ブームが一過的なものに終わる可能性が生じて生きている中で、これまで電子書籍を強く押し出してきたAmazonは、書籍販売の実店舗を全米に各地の主要都市に設置する動きを強めてきている。

 このAmazonの実販売店舗網構築の動きこそが、印刷媒体の書籍復権の大きな証拠となるのかもしれない。
(Business Newslineの記事引用終了)
(Business Newsline http://businessnewsline.com/news/201703160315580000.html


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by hirune-neko | 2017-03-17 23:57 | 現実的なお話し | Comments(0)

今日は我ながら、よく働いたものだと思う

Isn't it a Pity - Shirley Horn


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 昨日のブログは、まるで小学生の日記みたいだと書いた。今日のブログは、まるで幼稚園生の日記みたいになると思う。

 もう深夜1時を過ぎてしまった。この時間まで連続約7時間ほどパソコンに取り組んでいた。いや、そういえばFacebook友達の記事にコメントを入れた。私はめったにFacebook友達の記事にコメントすることはない。彼の記事にはこのように書かれていた。

 「今日、iPhoneに指紋認証の設定したんだけど、今、風呂上がりで押すと認証通んないよ。そんなもん?」

 私自身も同じような経験をしている。iPhoneが何度トライしても認証してくれない。指を置く位置が悪いのか、あるいはかさかさに乾燥しているので認識しないのか。さっぱり原因がわからないままでいた。なので、今日のFacebook友達の記事を読んで、思わずコメントを入れてしまった。その内容は以下の通りである。

 「私も同様の被害(?)に遭っています。アップルのサポートに電話して、上級アドバイザーに相談してみました。すると驚いたことに、最近のiOSは人工知能だけでなく、感情機能も発達しており、不機嫌なときは持ち主を無視する事例が多発しているそうです。再起動もOSの再インストールも効果が無いそうですが、唯一の方法として、デバイスに名前を付け、電源を入れるときと切るときに「How are you?」とか「See you tomorrow morning」と声をかけると、解決される事例が多いと聞きました。私はiMac2台とMacboolにそれぞれ、ヘレン、アリス、ジュディと命名しており、これ以上増えると混乱しますので悩んでいるところです・・・という嘘のような嘘のお話でした。April Foolの前倒し情報でした。でも、指紋認証を再設定しても、iPhoneに無視されているのは本当のお話です。・・・騙されたと思って、名前を付け、機嫌を取りながら試してみられてはいかがでしょうか。」

 すると彼は、このようなコメントを返してきた。

 「わははは!では、ウチのジュリエッタにも言い聞かせておきます(笑)」

 ん〜、ジュリエッタときたか。そういえば、私はiPhoneにもiPadにも名前はつけていない。ひがまれているかもしれない。でも、それでなくても物忘れが少し加速しているようなので、これ以上身の周りの人たちの名前を増やすのはあまり気が進まない。

 つい数日前に、もう二度と言及することはないと言ったばかりだ。 福祉団体のために作る情報機関のことだ。おそらく関係者の皆さんは、単なる情報収集だという認識だろうと思う。しかし私の頭の中では、小規模ながらも機能としては、あくまでも情報機関である。

 かつて、福祉団体との間に入っている人からの要請で、自民党系の国会議員7人の調査結果をまとめたことがあるのを思い出した。まだ、あるサイトにパスワードを設定して保存されていた。現在、新しく構築中のサイトに事例研究としてそのままコピーした。中には、いくつか削除されているyouTube動画もあったが、他はほとんどそのまま使用できた。実は、改めて自分自身に感心した。完全にボランティアなのに、相当の時間と労力をかけて調査し、評価していた。見ようによっては、おめでたい人間だと思う。

 しかし、私の頭の中ではかなり具体的にイメージが固まってきている。この新しい情報機関で、ボランティアとして手伝ってくれる人たち何人かを確保しなければならない。この情報収集と分析部門は私に委任されることになっている。サイト内に、おそらくは情報収集や分析など初めてであろう人たちのために、ウェブセミナーを設置する構想をまとめた。かつて自分が受けたインテリジェンスの授業の教材はまだ残っている。先生の手製の教材なので、そのまま使用することはできない。それに、もともとは大学院生のための授業なので、少々レベルも高いと思う。エッセンスを上手に抜き出し、後は積ん読とダウンロー読状態になっている、インテリジェンス関係の書籍に目を通し、つまりは私自身も改めて初心に帰り、勉強しながら皆さんと一緒に学びたいと思っている。

 政治家の判断基準として、外患罪集団告発の対象となっているかどうか、というのはおそらく最新の基準ではないだろうか。情報収集と分析を手伝ってくださる皆さんには、当然のことながらいくつかの政治系ブログも紹介したいと思う。個人的には、プロパガンダ活動の手先となっているマスメディアの影響を受けず、実態をあからさまに開示してるブログといえば、やはり余命三年時事日記を外すことができない。

 私自身は、なるべく表面に出ないように仕組みを作り、あくまでも裏方に徹したいと思っている。あー、書き始めの時は幼稚園レベルの日記として、簡単な記述をし、すぐに休もうと思っていた。しかし、何時間も頭と神経を酷使したせいか、一気にクールダウンするのが難しそうだ。したがって、少々はみ出してしまったし裏話も入ってしまったが、まぁそれも良いのではないだろうか。

 脱線ついでにもう一つ記録しておきたい。今朝、北海道からゆうパックが届いた。それなりの大きさの木箱で、中には母が十代の頃から亡くなるまで、短歌を書き留めたノートやメモ紙がたくさん入っていた。送ってくれたのは母のケアマネジャーだった女性で、文字通り最後の最後まで傍に寄り添ってくれた人だ。その方のお姉さんが母の残した短歌全てを清書してくれた。見ると、大学ノート3冊にびっしり書かれていた。大変な忍耐と根気が必要な作業だったと思う。今度は、ケアマネジャーだった方の息子さんが、すべての作品をデータ入力してくれると言う。

 まだ構想段階だが、昼寝ネコの編集で「名も無い歌人の遺稿集」というタイトルで出版しようと思っている。巻頭では、短歌仲間だった母の友人の思い出話、巻末では清書してくれた方やデータ入力してくれた方、また最後まで母に寄り添ってくれた皆さんの思い出話を教えたいと思っている。私はどのような立場でになるかまだ決めていないが、最後の最後に、少し長い編集後記を書きたいと思っている。

 最後の最後まで、お前は親不孝息子だと、ずっと言っていた。そうかもしれない。全く名前のない市井の歌人が遺した短歌など、 一体誰が興味を持つだろうか。少なくとも、身近に接してくれていた人たちや、母の古くからの友達の皆さんには、ぜひ手に取ってほしいと思っている。

 後は、新聞社や雑誌社を選定し、書評掲載をしてもらおうと思っている。無名の故人に対し、誰も興味を持たないかもしれない。それはそれで良いのではないだろうか。有名になること、ミリオンセラー作家になること、それらはある意味では偉業だと思うが、ある意味では無意味なことだとも思う。

 たとえ少ない人数の人たちであったとしても、心を開き、短歌を通して心から、その人の生涯を受け入れてくれる、そういうことが起きればそれは既に亡くなっている母にとって、最も幸せなことだと考えている。そして、この出版が実現すれば、母は霊界でこのようにつぶやくだろうと思う。

 「あぁ、あの子は親不孝息子ではなかったようだ。」

 幼稚園の日記のつもりで書き始めたのだが、どうやら中学生レベルの内容になったのではないかと、自分で勝手に評価している。


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by hirune-neko | 2017-03-17 02:09 | 心の中のできごと | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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