昼寝ネコの雑記帳

2017年 03月 07日 ( 2 )

(超長文要注意)アンドリュー・マーシャルの後ろ姿が見えてきた


Astor Piazzolla -- Loving - Kronos Quartet - Leonor Fini.

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 私にしては珍しく、こんな早い時間(午後9時台)にブログを書き始めている。それには理由がある。

 「国際インテリジェンス研究所」から、毎日のように送られてくる、「国際インテリジェンス機密ファイル」という名の、無料のニュースレターを開いたら、アンドリュー・マーシャルに関する書籍の案内が掲載されていた。
 アンドリュー・マーシャルについて、かなり詳しく記されていた。アマゾンで購入できると書かれており、アマゾンサイトを見たら、 何人かの方がとてもしっかりした書評コメントを掲載していた。

 アンドリュー・マーシャルの名を知る人は、あまりいないのではないだろうか。私自身は2年ほど前のインテリジェンスの授業で、講師の先生からその存在を教えてもらった。ランド研究所とネット・アセスメント、この2つの言葉が印象に残っている。

 授業で習ったのは、アンドリュー・マーシャルは軍事顧問として、ニクソン大統領から代々の大統領に仕え、最後はオバマ大統領に仕えていたが2年ほど前に現役引退した。確か92歳で現役引退をしたはずだ。信じられない経歴だ。大統領が共和党であれ民主党であれ、解任されずにずっと同じポジションを維持したというのも驚異的だ。

 アンドリュー・マーシャルは、表に出ることを好まず裏方に徹したようだし、人前に出ること自体が、あまり好きではなかったようだ。あまりにも個性的な人間臭さを感じ、畏敬の念とともにとても親近感を持った。

 あの当時、アンドリュー・マーシャルに関する書籍は英語でしか出版されていなかった。少し長いタイトルだが・・・
「The Last Warrior: Andrew Marshall and the Shaping of Modern American Defense Strategy」・・・これが原題だ。
 このkindle本を見つけたときはとても嬉しくて、すぐにダウンロードした。アンドリュー・マーシャルがソ連の崩壊を予測した、ネット・アセスメントという手法が、どのような内容なのかにとても興味があった。しかし、残念ながら読み始めることができずそのままになってしまっていた。

 ニュースレターで紹介されていた、日本語の書籍のタイトルは
「帝国の参謀:アンドリュー・マーシャル」となっている。表紙カバーを確認したら原書のタイトルである「The Last Warrior」が、上部に印刷されていた。つまり、その翻訳本ということになる。

 ランド研究所のことやネット・アセスメントの手法について何も知らないのに、ただ漠然と強い関心を持ち続けていた。そのため、昨年日本語で出版されたこの書籍をすぐにKindle版でダウンロード購入していた。ああそれなのに、それなのに、雑事に追いまくられ、まだ読んでいない。というか、昨年はじっくりと読書する時間を確保できない1年だった。

 個人的には、アンドリュー・マーシャルについて、断片的でもいいから、少しでも何かを吸収し学びたいと思っている。私の言葉として、彼について語るだけの知識は無い。しかし、相当の読書家でありまた、統計学を学んだ戦略的な予測を得意とする、独創的な軍事予測手法を編み出した人のようだ。おそらくは寡黙な人物で目立つことを嫌い、裏方に徹した人なのだろうと想像している。私の体質に似ていると感じている。

 今日ばかりはニュースレターと、アマゾンの書評コメントを読んで、改めてアンドリュー・マーシャルに対する興味と関心、それと畏敬の念やさらには親近感を再現されたような思いなので、是非ブログに記録として残したいと思った。

 ブログには文字制限があるので、もしかしたら全てを掲載できないかもしれないが、もしアンドリュー・マーシャルに興味をお持ちの方がいらっしゃったら、折角の機会なので、全文を以下にご紹介したいと思う。興味のない方は、お読みいただく必要はない。アマゾン読者の書評コメントも、なかなかしっかりしたいい内容なので、記録として掲載したいと思う。したがって、もし字数オーバーで掲載しきれなかった場合は、前編と後編の2部構成にして残しておきたいと思う。

 ほぼ独学でインテリジェンスを学ぶ者として、私はアンドリュー・マーシャルを、ある種の師として仰いでいる。


【国際インテリジェンス研究所・国際インテリジェンス機密ファイル】
(以下転載開始)

◆クレピネヴィッチ『帝国の参謀:アンドリュー・マーシャル』を読み解く
※要旨

・本書は、非凡でありながらほとんど知られていない90代の人物の生涯を振り返るものだ。その名は、アンドリュー・マーシャル、ニクソン政権のジェームズ・シュレンジャー以後すべての国防長官に仕えている。(昼寝ネコ脚注:どうやら私の勘違いで、大統領にではなく国防長官に仕えていたようだ)

・1960年代後半、ランド研究所に入って、20年目を迎えようとしていた頃、マーシャルはシステム分析の限界に挑戦し始めるとともに、ソ連との対立が続いていたアメリカの戦略策定能力を改善する方法を模索していた。

・その結果生まれたのが、「ネットアセスメント(総合戦略評価)」と知られる分析手法である。数年のうちに、国防総省にネットアセスメント室(ONA)が設置され、マーシャルは室長に就任した。

・ONA、すなわちマーシャルは、戦略的に重要な事柄に対する革新的思考を重んじ、国防総省幹部が注目すべき新たな課題や機会を、発足以来41年間一貫して明らかにしてきた。

・本書を執筆したそもそもの目的は、アンドリュー・マーシャルの伝記を作ることではなく、彼の知の歴史をたどることだった。

・マーシャルがアメリカ有数の陰の戦略家になるまでの知の軌跡は1940年代後半、シカゴ大学大学院で経済学を学んでいた頃に始まった。

・ランド研究所での23年間(1949~72年)にマーシャルが達成した最高の業績は、言うまでもなく、大陸間核戦力における米ソ対立を長期的競争枠組みの中で分析したことだった。

・マーシャルにとって、ネットアセスメントとは、アメリカの兵器システム、兵力、作戦ドクトリンと実践、訓練、兵站、設計・調達アプローチ、資源配分、戦略、戦力の有効性を、既存の敵や将来の敵と注意深く比較する手段だった。

・近年、戦略研究の世界では、マーシャルを「決して知られていない最も影響力のある人物」とみなす声がある。

・国防関係者の中には、マーシャルの豊富な経験、知恵、スポットライトを避ける姿勢、長年指導してきた優れた研究者や高官の存在を称え、
「ヨーダ」と呼ぶ者もいるほどだ。

・ちなみに愛弟子たちは、「ジェダイの騎士」と呼ばれている。騎士たち自身は、もう少し謙虚に、「セイント・アンドリューズ・スクール」の誇り高き卒業生と名乗る。

・マーシャルの知的貢献が十分理解されていないのは、彼が自己宣伝を極端に嫌うからだ。「手柄を気にしなければ、人間はいくらでも優れたことを成し遂げられる」と彼はよく言う。

・あまり知られていないもう一つの理由は、人は、特に彼が指導してきた人々は、自身もそうしてきたように、発見という知的旅路をそれぞれが独自に歩むべきだという考えによる。

・マーシャル自身の功績は、独学と、同僚との日常的なアイデアのやり取りに負うところが多い。彼は他者に自分の考えを押し付けるのではなく、彼らが自分なりの探求を深めるために必要な指導と励ましを与えようとした。

・マーシャルは、代々の大統領や国防長官に対しても、取るべき行動を具体的に提案することはなかった。正確な診断こそが、適切な戦略的判断を下すためのカギだと認識しているからだ。

・「私は、見当違いの問いにもっともらしい答えを出すのではなく、正しい問いに対してまずまずの答えを出したい」とも述べている。

・アンドリュー少年は、父親同様好奇心旺盛で、読書が大好きだった。一家のささやかな蔵書には文学全集や百科事典が混じっていた。彼はそれらをむさぼるように読み、さらに知的刺激を求めてデトロイト公共図書館を訪れた。

・彼は、かなり早い時期からこの図書館の常連になった。わずかな小遣いを貯めては、チェスや数学、歴史などいろんなジャンルの本を買い集めている。

・マーシャルは、数学、軍事史、人間の進化、文学など、早くから幅広い分野に関心を持ち、知的好奇心が非常に旺盛で、抽象的な理論やモデルよりも経験的データを好んでいた。これらの特質は、どれもランドに来る前から備わっていたものだ。

・著者を含め、長年マーシャルと親しく接してきた者は、その鋭い知性と同時に、独特の個性にも感銘を受けている。戦略や未来の安全保障環境に関連した人や場所、出来事、本質的な論点に対する驚異的な記憶力に恵まれたマーシャルの回想は、文書などの情報源と矛盾することはめったになかった。

・記憶の正確さは、まさに驚くべきものだ。その並外れた能力によって、マーシャルは現代最高の防衛専門家の多くの目が気づかなかった
国家安全保障の問題を関連づけることができた。

・彼のもう一つの個性は、国防総省幹部に対して、どのような決断を下すべきかを伝えようとしなかった点だ。水面下で影響力を持つ助言者として、いわば「黒幕」として働きたいという意思は、謙虚で控えめな人柄の表れだ。

・ランド研究所でも国防総省でも、地味で控えめな個性を失うことなく、マーシャルは権力を拡張しようとはしなかった。ONAは一度も大きな組織になったことはない。秘書や事務職員を含めても、スタッフの数は20人を超えたことはなく、
通常かなり下回っていた。

・ONAについて繰り返される問いがある。「マーシャルは何かを成し遂げたのか」最も明白な成果は、1970年代と80年代に、ソ連の軍事計画が経済全般に及ぼしていた負担を推計したことだろう。これはシュレンジャーがマーシャルに最初に検討を求めたテーマの一つだった。

・シュレンジャーは、ソ連のGNPのわずか6%が軍事費として使われているというCIAの推計を再検討させるようマーシャルに命じた。CIAの推計が正しくて、ソ連の指導者が「奇跡を起こす人」であるなら、米ソの長期的対立の最終的な勝利者はソ連になる。シュレンジャーとマーシャルが正しいのなら、アメリカには有利な状況であり、このことは戦略の展開に重要な意味を持っていた。

・マーシャルは、スタッフに対して、アセスメントの作成法を懇切丁寧に指導しようとしなかった。ONAの新しいメンバーにネットアセスメントについて説明することもなく、調査とデータの必要性を強調し、概要をまとめるよう指示するだけだった。

・彼のONAのスタッフへの対応には、謙虚さ以上の深い教育的な理由があった。長年の間、自身がたえず学び続け自問自答を繰り返してきたように、ネットアセスメントとは何なのか、スタッフにも自力で答えを出してもらいたいと考えていたのだ。

・マーシャルのネットアセスメントの根幹には、徹底的な調査に基づいて問題の本質を究明する姿勢がある。さらにもう一つの傾向は、適切な質問を行うことを常に重視していたことだ。

※コメント
 アメリカの軍事戦略はどれほど深く長期的に練られているか、洞察されているかが、よくわかる。日本における戦略立案の参考にしたい。

★クレピネヴィッチ『帝国の参謀:アンドリュー・マーシャル』の詳細,amazon購入はこちら↓

(以上転載終了)


【アマゾン読者による書評コメント】
(以下転載開始)

投稿者Yasuo 2016年10月9日

 米国がいかに戦争を勝ってきたか、その影の立役者の人物について語られる。戦争に勝つための多大な調査や分析、技術開発などを紹介している。人類というのは、生き残ることにかけては必死で、戦争を通じてさまざまな技術を産んできた。核技術だけではなく、組織の運営、オペレーション・リサーチ、統計学の発展など、昨今のビジネス書で解説されるものが、戦争のために産まれ、戦争のために利用されていることが分かる。冷戦中に、爆撃機を配備して、ソ連に高コストの防空体制を構築させたこと。米国は低予算で相手に大きな負担をさせることを目論むところなど、攻撃兵器を防衛手段にしたり、SDI構想(いわゆるスターウォーズ計画)が自国を守るというよりソ連に多大なお金を使わせる攻撃手段だったことなど、米国の当時の手の内を解説してくれる。確かに、ソ連は内部崩壊したが、それが米国の軍事戦略が成功した結果だったとは驚きである。本書で語られる話は、あくまでも公開できる範囲に留まる。現在の米国がパワーバランスについて考えている内容を知りたい。当然機密事項であるが、本書で公開されている内容から鑑みると、とてつもないことを考えていることだろう。何を考えているのか、それが恐ろしい。

投稿者古本虫がさまよう 2016年9月7日
 
 マーシャルと聞くと、ついついマーシャル・プランの「マーシャル」を想起するけど、もちろん、まったくの別人。世代も異なる。とはいえ、かなりの高齢。1921年生まれというから、90代まではたらいていたことになるのか? アメリカは定年がないんだっけ?
デトロイトで生まれた時から話が始まるが、シカゴ大学で学んだり、ランド研究所でハーマー・カーンなどと共に研鑽を積んだりしながら、初代国防総省総合評価局局長となり、その地位をずっと務めて官僚としての生涯をまっとうしたようだ(まだ存命中)。「初代」と聞くと、初代内閣安全保障室長の佐々淳行さんを想起するけど、「ミスター危機管理」同様、「ミスターネットアセスメント」といったところか? 日本は「定年」が厳然としてある。官僚の世界も。しかし「定年延長」で、佐々さんのような人が「初代内閣安全保障室長」を定年を超えてもずっと80歳ぐらいまでやり続けていたら、そして内閣が代わってもやり続けていたら、日本の国政もちょっと変わっていたかもしれない。マーシャルも、共和党、民主党区別なく要職を務めあげたようだから。

 40年近く同一のポストを占め続けたというのは、FBI長官を長期間務めたフーバーを想起もさせるではないか? フーバーもまた司法省捜査局局長こと初代FBI長官。1924年から1972年に死ぬまで長官(正確には「局長」?)だったというから凄い。フーバーに関する本は多々出ているが、最近だとティム・ワイナーの『FBI秘録 その誕生から今日まで 上下』 (文藝春秋)が手頃かとも。

 ともあれ、マーシャルの専門というか、職務である「総合評価局」こと「ネットアセスメント」とは何か?

 ウィキペディア的には、マーシャルの考えるネットアセスメントとは以下のことを意味しているという。

 戦車の数、原子力潜水艦の数、核弾頭の数などをいちいち数え上げて機械的に比較する「ビーンカウンティング」の手法では、ソビエト連邦との差を比較評価できないと主張した[2]。そのうえで、戦車の数の比較だけではなく、軍隊の士気、将校と兵卒との関係性、通信系統の効率性、通信系統を支える技術力などといった要素も勘案して総合的に比較評価する「ネットアセスメント」の手法を導入した[2]。冷戦後は、中華人民共和国に対する研究にも積極的に取り組んでいる。公開されている情報が少ないことから「うーん、中国は分からん」[3]とこぼしながらも、人口動態、水の需給、世論の変化、さらには、中国の歴代王朝の行動なども調査し、それらを勘案して分析を試みている[3]。

 東西冷戦下の80年代、核も通常戦力もソ連が西欧を上回っていると考えられていたときに、そういう「ネットアセスメント」の視点からソ連の総合力・軍事力を分析し、ソ連の経済力はいわれているほど大きくはなく、その軍事負担はかなりの重荷になっており、通常戦力でも決して西欧は弱くないと見ていたという。CIAが、ソ連の経済力を過大に見ていたのは間違っているとの指摘もしていたそうな。

 「レーガン時代のアメリカの軍備増強が一九九一年のソ連崩壊を招いたと主張するのは言いすぎだが、マーシャルは八〇年代後半には、私的な場では、ソ連経済は「連邦破産法代1章」適用寸前に見えると語っていた。ソ連の国防負担を正確に推定するというマーシャルの試みは、ONAの特権とマーシャル自身の在任機関の長さによって実現した。マーシャルは、目の前の喫緊の課題の先を見据え、冷戦の最後の一〇年にアメリカの戦略にきわめて重要な貢献を行うことができたのである」

 キッシンジャーよりマーシャルの分析のほうが的確だったともいえようか。そして、今、中国の野蛮な威嚇政策が問題になっているが、ソ連同様、本当の「国防費」の実態が分からない。経済力も、その発表される経済数字がどこまで本当かが怪しいといわれている。

 CIAのために活動したロシア人スパイの生涯を追ったデイヴィッド・ホフマンの『最高機密エージェント CIAモスクワ諜報戦』 (原書房)に出てくるトルカチョフもソ連の国防費の実際額を突き止めるようなことはできなかった。もし、トルカチョフがソ連の国防費の正確な額、その内訳を明らかにする機密情報を入手してCIAに渡し、それがアメリカ政府、ひいてはマーシャルにもたらされていれば、マーシャルは、「信じられない、どうやって手に入れたんだ? なんとかしてもっと手に入れてくれ!」とCIAに怒鳴ったのではないか? いや、跪いて哀願したかもしれない?

 中共のみかけの経済力や軍事力にばかり幻惑されることなく、「民族対立」の実態や、士気の動向や海外観光などを通じて増大する海外諸国への認識力の高まり等々が、近い将来の中国共産党独裁体制にどのような作用するか、環境アセスメントならぬネットアセスメント、政治アセスメントを十分科学的にやっておく必要があるだろう。そういう手法の提唱者としてのマーシャルの視点、実績を知る上で、本書は役立つ本だった。

 関連書として、マーシャルから知的影響を受けたというフリードバーグの『支配への競争 米中対立の構図とアジアの将来』 (日本評論社)という本もあるそうな。読んでみたくなる。

 またランド研究所(ランドコーポレーション)に関しては、アレックス・アベラの『ランド 世界を支配した研究所』 (文春文庫)がある。おもしろい本だった。マーシャルのことも出てきたかどうかは記憶には残っていないが。

投稿者藤崎健一VINEメンバー 2016年8月11日

 半世紀近くアメリカの軍事戦略において(本書の言葉を借りるならば)黒子に徹してきたアンドリュー・マーシャルの評伝です。

 ネットアセスメント(総合戦略評価と訳されているが、解説によると米国でも「定義」が定まってないとのこと。解説者による(相手と自分を比べての各種戦争遂行能力の)差し引き相対評価という表現の方が分かりやすいと感じました。

 ・対ソ連
 ・冷戦終了後の世界
 ・軍事における革命
 ・現在(主に中国の台頭)

 …という状況において、アメリカが軍事面でどうべきか?を、彼と彼に関係した人間の動きで読ませる内容です。(軍事面の専門的な話は、別を当たる方が良いようです。但し、著者によると「ネットアセスメント」に関するものは、ほぼ秘密指定=開示不可扱いになっているとのこと)

 アメリカの軍事戦略が、人的な面でどのようにして進められたのか?を知るには良い一冊だと思います。

 ただ、前知識がかなり必要な模様。そこら辺を知らない人間が読むには、厳しかったです。興味あるから程度では手を出さない方が良いのでは?と感じました。

 最後に。解説含めて本文460pぐらいあります。時間のない方&知らない世界だけど、チャレンジしてみたい!という方は、最終章「結論」と、解説から読むことをお勧めします。この2つで概要を掴んで、本文を読んだ方が、読みやすいのでは?と考えます。

投稿者Amazon カスタマー 2016年7月10日

 アメリカの軍事及び経済学的戦略について実に参考になりました。ネットアセスメントという方法を駆使してCIAにも勝るほどの分析力を発揮できています。超一流の経済学者や物理学者なども参加していることだけでなく、アンドリュウ・マーシャルの私心のない活躍が政権の交代にも影響されることなく続けられてきていることに感銘を受けました。日本では各党独自のあまり根拠のない政策が提唱されていますが、このような研究所があったら、もっと真面目な政策立案がなされるのではないかと思っています。

投稿者旅する韃靼人ベスト1000レビュアー 2016年6月2日

 ジュダイの騎士”とも“ペンタゴンのヨーダ”とも呼ばれ、40年間に渡り米軍の戦略策定に携わってきたアンドリュー・マーシャルの伝記です。米国では、民主党と共和党間での政権交代に際して、官庁の主要なポジションは入れ替わります。マーシャルは、政権交代に関係無く、敵と味方の戦力の掛け値なしの評価を行うネット・アセスメントという分野を確立し、その室長を長く務めることになります。

 最大の功績は、旧ソ連の経済力の適正評価を行い、ソ連側に多大な軍事費負担を発生させる戦略を採用して自壊に導いたことでしょう。CIAはソ連のGNPは米国の5割程度と分析し軍事費負担は許容範囲としていましたが、マーシャルはGNP比で2~3割程度しかなく、かつGNPの40%も軍事費に使っていると見て、ソ連の防衛負担が膨大になるB1爆撃機の開発・配備といった戦略を推進し、冷戦での勝利に貢献します。一方で、米軍が実質惨敗したアフガニスタン、イラクでの非正規軍との戦いで果たした役割はあまり詳しく述べられていません。薫陶を受けた人が著者なので、ある程度割り引いて読む必要があるのかもしれません。

 気になったのは、精密誘導兵器・ミサイル弾道弾の発達で、航空母艦を中心とした米国の海軍戦略は有効性を失っている可能性があるという指摘です。第二次世界大戦で確立した戦略ですが、さすがに賞味期限切れなのかもしれません。

 元々は統計学の専門家ですが、歴史や文化にも通暁し、謙虚で、幅広く奥深い視野を持ったマーシャルは余人を持って変え難かったのでしょう。こうした、その時々の政権や官僚組織とは異なる視点を持っている人を大切にしてきた米国の懐の深さを感じさせる本でもあります。
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投稿者風月 2016年5月29日

 昨年に退職するまで、四半世紀にわたり米国防総省(ペンタゴン)の「相対評価局」という戦略策定部署を率いて冷戦における対ソ連戦略の中枢を担いた戦略家の、足跡をたどる大著。

・冷戦史、特に米国の対ソ戦略の変遷
・軍隊とイノベーション
・対ソ戦略、コスト強制戦略
・戦争シミュレーション、システムアナリシスの考え方などの視点から読むことができます。

 はじめにで、著者たちは「これは個人の伝記ではない」と明記していますが、ほぼ時系列で彼の来歴とその活動が主軸に展開されていきます。
 システムアナリシスという手法を用い、米国を優越しつつあると危惧されたソ連に対抗するための戦略をいかに作っていくか、またその基盤となる人材育成や組織づくりをいかに行ったか、が分かります。
最近のトピックでは、「エアシーバトル」と呼ばれる次世代作戦構想を策定したことで有名になったCSBAというシンクタンクがありますが、その歴史や、それがどのような思想の下で活動し戦略を策定しているのか、も伺え知れました。

 私自身数学には非常に弱いのですが、戦争シミュレーションの手法や定量分析の重要性の一片を知ることができたのは、非常に勉強になりました。
(これらの点はごく概説にとどまるため、実践的・専門的な内容を知るには他の専門書にあたる必要があります)
私見ですが、どちらかというと文系出身者が多くなる?戦略分野における、学際研究の必要性を感じます。

 日本でも断片的に伝わってくる米国の戦略に関する概念や専門家が一本の線上に登場し、点と点が繋がるのも、本書の魅力の1つです。
 アーロン・フリードバーグ(米中関係の研究者)、エリオット・コーエン(RMAを推進した元海軍大将)、クレピネビッチ(CSBAを率いる元陸軍将校)などの人材が彼のもとで育っており、人材発掘やコミュニティの形成がどのようになされるのか、についても興味深く読むことができました。

 総じて、我が国の将来の安全保障にも極めて深いインプリケーションを持つ内容ではないかと思います。
(ただし、この本で具体的な指針が得られるわけではないですが。)

 ちなみに著者の一人クレピネビッチは、元陸軍中佐で、ベトナム戦争にも参戦し、対ゲリラ戦に関する研究でPh.Dを取得、最近は前出のCSBAを率いてエアシーバトルと呼ばれる(古巣の陸軍にはたいそう評判の悪かった)次世代作戦構想の開発に尽力した、所謂学者軍人です。
物量だけでもマネーだけでもなく、こういった傑出した人材の存在(こそ)が超大国を支えているのであろうことにも、思いを致すひと時でした。

(以上転載終了)
・・・長文読了大変お疲れ様でした。お読みくださり、ありがとうございました。


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by hirune-neko | 2017-03-07 23:07 | インテリジェンス | Comments(0)

What are you doing the rest of your life?


Bill Evans : What Are You Doing The Rest Of Your Life

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 唐突にこの、What are you doing the rest of your lifeという曲が思い浮かんだ。YouTubeで調べてみたら、ミシェル・ルグランの作品だった。そういえばそうだった。
 実にたくさんのアーティストが、この曲を演奏しているのが分かった。かなりあれこれ聴いてみた。歌詞のある曲なので、ヴォーカルで聴こうと思った。でも結局は、ビル・エヴァンスの演奏を選んだ。

 What are you doing the rest of your life?・・・譜面に例えると、後半のあるところで突然楽譜が消えてしまっており、さて、そこからはどのように演奏すればいいのか一瞬立ち止まってしまう。そのような意味のタイトルだと理解している。つまり、少し将来の自分に思いを馳せて、一体、その頃には残りの人生を、どのように過ごしているのだろうか、という自分自身への問いかけなのだと思う。

 逆に考えると、これまでの自分の人生を振り返り、懐かしさと共に思い出すのは、おそらくは苦い思い出ばかりなのではないだろうか。何かを背負ってずっと歩いてきた、自分へのいたわりの気持ちかもしれない。もしかしたら、ほとんどが悔悟の念かもしれない。

 いずれにしても、振り返った過去に存在した様々な感情や言葉が、今現在の生きる原動力になっていると思う。未熟な発想や稚拙な手法、理性や自制心に注意を払わなかった時期。明らかに誤った判断や選択が多かったと思う。しかし居直るわけではないが、そこから少しずつ学び、視野を広げることができたように思う。

 人は失敗から学ぶことが多い。これまでの人生を振り返ってみて、改めてそう思う。人生の終盤で、何を手にしていれば一番至福に思えるかがわかってきたように思う。

 安堵しているのは、どうやら自分は私利私欲にとらわれた人間ではないと自覚できることだ。一見すると難解そうに思われる人生でも、実は案外と単純明快なものだと思えるようになってきた。

 学生の頃感じていた無常感や虚無感というのは、あくまでも感覚的・観念的なものに過ぎなかったように思う。 あの頃から四十数年をを生き、いろいろな経験をしたが、今でもある種の無常感と虚無感が内面に同居している。しかし、冷静に考えると、そのような世俗と距離を置くような感覚は、逆に長い消去法を経て、本当に価値のあると思えることを見いだす原動力になっているように思う。

 晩節を穢すという言葉がある。たとえわずかながらの知恵や理性・自制心であっても、最後までそれらを失わず、穏やかな余生を送りたいと願っている。

 仕事に追われて、なかなか創作する時間を確保できないが、最も充実している時間は、脳内に愛すべき主人公が現れ、対話しながらストーリーをなぞるひとときである。

 創作者としての私の心から、読み手である読者の心に届くようなメッセージを作品として残したい。まだまだ、いつのことになるかわからないけれど、これまでのように創作を手がけ、日常の雑感をエッセイとしてまとめ、文字にして残しておきたいと思う。


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by hirune-neko | 2017-03-07 01:15 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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