昼寝ネコの雑記帳

2017年 03月 04日 ( 2 )

久しぶりに電子出版を視野に入れてみた


Lo que vendrá - Astor Piazzolla : Juan José Mosalini

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 「Amazon・ Kindleで、誰でもミリオンセラー作家になれる」と言うとても魅力的なタイトルの営業メールが送られてきた。誰でもミリオンセラー作家になれる、というのはすごい表現だと思う。

 私は、1981年から出版業界に身を置いている。ということは、今年で36年目になるようだ。数十年たっても、いまだに零細規模のままだというのは、なかなか大したものだと思う。
 自分で言うのもおかしいが、昔から独創的な試みを出版業界に持ち込んだので、ライバル会社同士だったトーハンと日販両方の社長や役員の皆さんと、親しくさせていただいた。

 今では、電子書籍はごく当たり前の存在になってしまった。アメリカでAmazonがkindleという名の電子書籍を本格的に普及させたが、仕事でアメリカに行き出版関係の人たちと話したときには、Amazonはどうやら倒産しそうだ、という評価を受けていた。

 ところが、今ではどうだろうか。日本に上陸してきた当初は、出版物を大阪屋という取次会社から仕入れていた。再販法の関係もあったりして、出版社との直接取引はできない状況だったと思う。その昔、アメリカの取次会社は、特定の地域のみの流通と全米の流通と言う区分があった。日本の場合、基本的には全国流通の役割を担っている。しかしここ数年、出版業界の不況のあおりで、吸収合併が相次いでいる。長年にわたり、業界トップだったトーハンがその地位を日販に明け渡しているようだ。

 そうこうするうちに、Amazonは出版社との直接取引の幅を広げ、今ではおそらく取次を通さずにほとんど直接取引をしているのではないだろうか。かくいうわが社も、何年も前からAmazonに取引口座を開き直接取引をしている。

 電子書籍の便利さや手軽さは、今更説明するまでもないだろう。しかし、紙の書籍に愛着を持つ人たちも少なからず存在する。私の場合は、iPadにKindle for iPadというソフトをインストールし、既にかなりの数のKindle本をダウンロードして読んでいる・・・いや、正確にはダウンロー読状態だ。

 紙の書籍でミリオンセラーになるというのは、至難の業だと思う。しかし、Amazonの計算しつくされたマーケティング手法を活用すれば、ちょっと話題になると数万あるいは数十万のダウンロードは、決して非現実的な話ではないようだ。

 紙の書籍と電子書籍を比較すると、出版社にとっては制作コスト、すなわちリスクが大幅に違う。つまり、電子書籍の場合は用紙、印刷、製本、加工、在庫、流通などの費用が不要になる。実質的に発生する費用は、原稿をデジタル化する編集・製作費用、それと表紙に相当する部分のデザイン費用までと言っていいだろう。

 当初はインデザインという名のDTPソフトで、e-pub形式と呼ばれるフォーマットに変換する必要があった。いつかはその技術を習得しなくてはいけないと、ずっと思っていた。しかし、長年使い馴れているクオーク・エクスプレスというDTPソフトが、最新バージョンではKindle形式を選んで保存できるようになっている。つまり、流通先をAmazonに限定して考えるならば、Kindle版の電子出版が手の届く距離に存在することになった。

 残る課題は、出版コンテンツである。しかし、コンテンツを考えるのは私にとって、趣味のようなものである。「続・昼寝ネコの雑記帳」、「続々・昼寝ネコの雑記帳」・ ・ ・と、延々と続くと思う。かと思うと、「家族まるごと幸せ・安全・平和に暮らす〜ファミリーインテリジェンスの基礎知識」というコンテンツだったら自分で書けそうだ。

 以前ご紹介したことのある、ちはやさんの「妄想版〜国際政治時事小説」もありかもしれない。同じく、大阪・池田のクレモナ・モダンタンゴ五重奏団のバンマスであるぴかりんさんが、毎日発信するクレモナ通信でピアソラを中心とする、いろいろな音楽家を論評している。そうなると「ぴかりんの音楽メッタ切り〜ピアソラ編」というシリーズも面白そうだ。

 わが社が企画出版するKindle書籍が、すべてミリオンセラーにでもなってしまったら、大変なことになる。

 出版社の営業マンが主要書店を訪れ、棚担当者に一生懸命お願いして良い場所に自社書籍を置いてもらう、という姿は徐々に消えてしまっている。一抹の寂しさもあるが、これも時代の流れなのだろう。

 今すぐには着手できそうもないが、Kindle版の書籍発行に向けて具体的な準備は進めておこうと思う。

 改めて思うのだが、長年にわたって自分の妄想体質がひょっとして、病的なのではないだろうかと、不安に思う事は・ ・ ・考えてみたら全くなかったが、このような電子出版の時代を迎えてみると、案外私の妄想体質は1つの武器になるのではないかと、都合よく考え始めている。

 やはり第一号は、私自身の作品を刊行しようと思う。どうかご期待いただきたい。

 冒頭に掲載したピアソラの「Lo que vendrá〜来たるべもの」は、今は亡き福岡貞夫さんにとって、人生の分岐点となった曲だそうだ。東京でピアソラのこの演奏を聞き、福岡さんは大きな衝撃を受け、同時にピアソラにすっかり傾倒してしまった。その後、船を乗り継いでブエノスアイレスに行き、帰国してまた改めて飛行機でブエノスアイレスに行き、そのまま南米に住み着いたまま骨を埋めてしまった人だ。彼は、カルロス・ガルデルの大ファンでもあった。自らをボヘミアン(放浪者)と称し、エル・ボヘミオという名のブログで、ガルデルに関する記事を書き溜めていた。いつか出版しようと話をしていたのだが、とうとう実現しないまま終わってしまっている。



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by hirune-neko | 2017-03-04 23:45 | 創作への道 | Comments(0)

ありえないアクシデントの渦中から生まれたタスク管理フォーム


"DESPERTAR" - Astor Piazzolla

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 わが社の仕事は、毎週木曜日がピークだ。木曜日の夕方に製本が終わった絵本を引き取り、持ち帰って検品を始める。しかし、金曜日に一ヵ月健診がある患者さんの絵本がある場合は、パッケージに入れて梱包し翌日到着するように発送する。しかし、夕方の時間には既に郵便局の集荷は終わっている。したがって、宅配会社のセンターに持ち込むことになる。

 車で10分ほどの宅配センターに着いたのは、8時少し前だった。トラックの最終便が出発するのは午後8時なので、発車前であることを確認して荷物を差し出す。今日の金曜日は、群馬県・宇都宮市の産婦人科と、茨木県・ひたちなか市の産婦人科二箇所に、1ヵ月検診の患者さんを控えていたため、昨晩大急ぎで梱包して間に合うように到着した。

 今朝になって、宇都宮の産婦人科から電話があった。絵本が届いていないという。送り状の番号で追跡調査をしてみたら、ちゃんと引き受けたという記録があった。そこで、宇都宮の営業所と近所の営業所の両方に電話をしてみた。すると、データとして上がっていないという。

 絵本を持ち込んで発送した近所の宅配センターの人から、もしかしたら発送せずに倉庫の中にあるかもしれないので、調べますと言われてしまった。1時間ほど経って電話があり、荷物が2つとも発送せずに保管してあると言われた。大変なことになってしまった。

 最近は、インターネットで購入する人が急増しており、配達に行っても不在だったりして宅配外車の負担が大きくなっているらしい。それで業界最大手のクロネコヤマトが値上げをしたと聞いている。平均単価数百円の送料の膨大な数の荷物を扱うのだから、どこかで夫と集中力が途切れ、うっかりしてしまうこともあるだろう。あまり強硬にクレームをしても、当の担当者の方が車内で責められ、ついには失職したりうつ病になってもらっては困る。なのでどの宅配会社だったかには触れない。

 病院に事情を話し、何度も電話で打ち合わせをした。その事実が判明した時点では、どう対応するのがベストなのか思い浮かばなかった。なぜなら、明日も一ヵ月健診の患者さんが何人もクリニックに来るため、発送を一日延ばしてしまうと事態がが複雑になってしまう。

 結局は納品書と受領書を作り直し、間に合わなかった絵本を荷物から抜いて、ご自宅に直送することにした。それがベストの選択肢だと確信するまで、頭の中は堂々巡りだった。両方のクリニックに何度も電話し、わが社の落ち度ではないものの何度もお詫びした。宅配会社にも何度も電話して、善後策を協議した。

 通常では起こり得ないアクシデントが起きてしまったので、私自身も脳内が少々パニック状態になってしまった。

 今日は朝から、私なりのタスク管理方法を考えていた。ちょうど今日のように、電話中に電話が入り、即対応しなければならないメールが入り、なおかつそんな最中に遅れている案件を思い出し、書店さんからの注文電話が入り、リース会社からは再リース契約についての打ち合わせ電話が入る。文字通り、処理案件の洪水が押し寄せた。

 これまでに、何種類ものタスク管理ソフトを試してみたことがある。ポストイットを使ったりなど、いろいろな方法にもチャレンジした。最終結論としては、常に手元にメモできる紙があり、思い出した案件や対応しなければいけない案件を、即メモることが最善の方法だという結論になっていた。文具の伊東屋に行き、いろいろなサイズや形状のメモパッドを購入して試した。記入した瞬間までは問題がない。何が問題かというと、紙にメモをした用紙自体がどこかに紛れ込んでしまったり、次々と上に新たな用紙が乗っかるため、最終的には目が届かなくなってしまう。せっかくの方法だが、デジタル検索できるデータではないのである意味では失敗作だった。

 過去の数々の苦い失敗経験を生かし、何とか私の状況に適合したタスク管理方法が作れないかと考えてみた。結論は、とてもシンプルなタスク・リストフォームを作成し、A4サイズのバインダーに閉じてメモもすることにした。伊東屋で購入したバインダーには、2枚の半透明のビニール袋が綴じ込まれ、大きなポケットも付いている。これだと、納付書や資料などを区分して一緒に携帯できるのでとても便利だ。

 午後から、印刷したこのフォームを使い始めた。なるべくすぐそばに置いて、何か思い出したらすぐにメモするようにした。1ページに21案件を記録することができる。この時間までに30以上のタスクリストを作成することができた。気を張って、忘れないようにという努力を常にすることは、時として苦痛を伴う。何かに夢中になったり、突発的に何かが起こってしまうと、記憶に留めてすぐに処理しようと思っていたことも、きれいに忘れ去られてしまう。それは大変なストレスだ。だからたとえなぐり書きであっても、後で読み返していつでも思い出せる状態にあるというのは、脳への負担を軽くしストレスから解放されることを実感している。

 もちろん、時々時間を確保して作成したタスクリストをデジタル化すれば、理想的だ。スケジュールであればGoogleカレンダーに入れる。 内容によっては、Evernoteに作成したノートブックにノートを作って記録する。そうなると完璧だろう。

 遅まきながら昨日発見したのだが、これまではPDFファイルをiBooksに保存して読むようにしていた。ところが、Evernoteを使うとpdfファイル、wordファイル、excelファイル、さらにはYouTube動画をAiryというソフトで、デスクトップにダウンロードファイルなども全て、Evernoteのノートにドラッグアンドドロップで保存することができる。これは私にとって非常に便利であり、機能的でもあって私自身の個人的な機能も拡張される。

 あらゆる情報を1つのシステムで管理し、いつでも手が届くようにできれば時間と労力の節約になり、もちろんストレスの軽減にもつながる。

 今日作成した、とてもシンプルなタスク・リストフォームを、ご参考まで以下にご紹介する。ひと目見た瞬間、どこに機能性があるのかと思われるだろう。しかし、これまでタスク管理でさんざん苦労してきた私にとって、非常に原始的ではあるが、次にデジタル化したりIT機器と連動させることにより、非常に高い拡張性があると確信している。要するに、最も苦心したポイントは、思い浮かんだことを記憶という脆弱な領域に保存するのではなく、紙に記録することができて、さらには散逸しない環境を構築する・ ・ ・そうすることによって、自分の視野の中に処理すべき案件を常に視野に入れられるようになる。これが最大の収穫である。
 これでも、人知れず日夜前向きな方向に向かって悪戦苦闘している。
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by hirune-neko | 2017-03-04 00:34 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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